柊とフローネがやって来る5年前、星宮大和は学園が存在するラグナ大陸とは別の大陸に住んでいた。マキア大陸、かつてそう呼ばれていたその大陸は現在の地図には載っていない。それはマキア大陸には近づくなという警告の意である。
そこに大陸があったことは皆覚えている。が、なぜ地図から消される必要があったのかを知っている人は少ないだろう。
5年前のある日、星宮大和はいつものように魔法の訓練を受けていた。学園のような施設ではなく、村中の子供達をかき集めて行うといったものだ。武術の訓練だけでなく勉強もさせられる。講師は専門家などではなく、村の大人達の中から年交代で選ばれる。とはいえ、武闘派で知恵もある民族なので他の大陸の子供達に劣るほどではない。
「いくぞ、茜!」
そう叫んだ大和は自分の周りに魔法陣を展開する。魔方陣から発せられた光は大和の頭上に集まっていく。
「で、できた…のか?」
しかし次の瞬間、光の塊が暴発して大きな爆風を巻き起こした。爆発に巻き込まれた大和は遠くに吹き飛ばされてしまった。
「大和!大丈夫!?」
うつ伏せに横たわる大和に駆け寄ったのは幼馴染みの桜木茜《さくらぎあかね》だ。幼馴染みといっても、この小さい村の中では誰もが互いに幼馴染みと言える関係だ。
「あ、あぁ。大丈夫だ、問題ない」
起き上がりながら大和はそう言うと、茜は
「やっぱり12星術なんて高度な魔法はまだ無理なんだよ。他の魔法を練習した方がいいんじゃない?」
と心配するような顔で言った。
「悪いけどそれは無理だ。俺は絶対にこの魔法を使えるようになるんだ!」
「だからべつに今すぐじゃなくてもいいじゃん…。私、すごく心配してるんだよ?」
「それでも俺は」
大和が反論しようとしたが、茜がその先の言葉を聞くことはなかった。突然大きな音が村中に鳴り響いたからである。
「な、なんだ?!」
「広場の方からだね。行く?」
大和は一瞬迷ってしまった。突如鳴り響いたその音に異様な恐怖を感じたのである。しかし、家族が心配な大和はその場から逃げ出すことはできなかった。
「うん、行こう」
何かを決意するかのように大和は言い、2人は走り出した。
「見て、大和!」
広場のすぐ近くまで来たところで、前を走る茜がいきなり叫びだした。
「ん?どうした茜…っ!?」
茜が指をさす方を見た大和は言葉を失った。たくさんの家が燃えていたからだ。しかし誰も火を消そうとしない。ただ混乱して辺りを走り回るだけだ。
「どうして火を消さないんだ!」
1人の男の手を掴み、大和は叫んだ。するとその男は大和の手を振りきり、
「それどころじゃない、変な奴がいきなり現れたかと思えば俺たちに攻撃してきたんだ!最初に話しかけようとした村長も死んだ。今もあいつは村中を襲ってる!!」
「なんだよそれ、あいつって誰のこt」
大和が言い終える前に、目の前にいた男の首が身体から切り離された。ついさっきまで喋っていた男の首がゴロゴロと大和の足元まで転がってきた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「や、大和!落ち着いて!」
茜が必死になだめようとするが、残酷な光景を目の前で目撃した大和が落ち着けるはずがなかった。そんな大和たちをジッと見つめている人物がいた。村を襲い、男を殺した『あいつ』である。
その人物がゆっくり大和へ近づいて来た。
「だ、だれか…。大和を助けてぇぇぇぇえ!」
茜が叫んだ次の瞬間、大和と謎の人物の間に鋭い閃光が走った。
「大和!茜ちゃん!早くここから逃げて!」
駆けつけてきたのは星宮美月《ほしみやみつき》、大和の姉である。
「もうすぐ避難用の船が出る。港へ急いで!」
「逃げるって…お姉ちゃんはどうするんだよ!」
「ばかね、私が逃げたら誰が足止めするのよ」
大和は悟った。姉は、村のみんなのために犠牲になるつもりなのだと。
「死ぬつもり…なんですか…?」
大和が思ったことを代弁するかのように茜がそう言った。
「死ぬだろうね、間違いなく。でもタダでは死なない。最後の最後まで足掻きつくす。刺違えてでもあいつを殺す、殺してみせる」
そう言った美月の顔は大和には死に顔のように見えた。
「行くよ、大和」
茜がそんなことを言ったので大和は驚いた。茜は昔から美月とも仲が良かったので、そんな選択をするとは思わなかったのである。
「ほ、本気かよ茜!ほんとにお姉ちゃんを見捨てるのかよ!いいさ、だったら俺だけでも」
大和が美月のもとへ向かおうとした瞬間、茜の右の手のひらが大和の頬を叩いた。今まで1度も大和に暴力を振るったことがない茜が、だ。
「あ、茜…?」
「いい加減にしてよ大和!美月さんの気持ちが分からないの?!」
「そ、それは…」
「行くよ!」
呆然とする大和の手を掴んで茜が走り出す。港へ向かって、美月を残して。
2人がいなくなったことを確認して、美月は微笑み、
「ありがとう、茜ちゃん。2人とも、生き延びるのよ」
と言った。
瞬間、2つの影が激突した。
―――5年後。
1人の少年宛に、1通の手紙が届いた。
差出人は不明。内容は5年前にとある大陸を滅ぼした謎の人物、通称『ファントム』についてのものだ。手紙を読んだ少年は無言で立ち上がり、部屋の外へ出る。
――――止まっていた時間が、再び動き出す。