もし平凡な主人公が異世界へ転生したら   作:悠木仁

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略奪者&始まりを告げる者

 ここはとある世界にある聖域。

 

 あたり一面に緑が敷き詰められ、周りには100mを優に超えるたくさんの巨樹が立っている。巨樹を支える、太く真っ黒で血管のような根は、土から表れて巨樹の周りに張り巡らされている。

 

「こんなところにいたのか」

 

 神聖な、しかし不気味な雰囲気を感じさせるその森に現れたのは、Leshy《レーシー》の老婆だった。

 

「間もなく『主座争奪戦《フェスタ》』が始まるぞ。のんびりしていていいのか?」

 

 老婆がそう言った途端、1本の巨樹の頂上から1人の少女が落ちてきた。

 100mを超える高所から落ちてきたにもかかわらず全く音を立てずに着地したその少女は、

 

「まぁまぁ、そんなに慌てなさんな」

 

 と、落ち着いた声で言った。

 

 老婆と同じ、レーシーであるその少女は、黒い髪を両側で結んでおり、血のように真っ赤な眼をしていた。

 森の妖精らしからぬその見た目から、仲間たちからは野蛮人《バーバリアン》と呼ばれていた。

 

「キャストの準備は整ったようだ。ゲストも待ちくたびれた頃だろう」

 

 そして少女は魔法陣を展開した。音声を伝えるだけの、ただの通信魔法だ。

展開にはさほど時間はかからなかった。

 魔法が発動したことを確認すると、少女は一歩前へ出てゲストに向かって叫んだ。

 

「さぁさぁ皆さま、長らくお待たせしました!これよりショーを上演いたします!」

 

 大きな強い風が吹き、少女の髪をなびかせる。

 

「人間たちの無様で滑稽な物語を、どうぞお楽しみください」

 

 そう言い残した少女は不気味に微笑み、魔法陣を消してどこかへ去っていった。

 

 

 

 

 

 

―――嵐が、吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界はいくつも存在すると言いましたがぁ、当然仕組みが全く同じわけではありません」

 

「仕組み?」

 

 突然大声を出したり、冷静になったりと忙しい奴だなと思いながら、俺はフローネの話を聞いていた。

 

 

「えぇ、魔法がある世界もあればぁ、魔法とは全く異なる力が存在する世界もありますぅ」

 

 なるほどたしかに異世界へ飛ばされた少年が魔法を使えるようになる、なんてのはよくある話である。

 

―――もちろんフィクションだが。

 

「じゃあこの世界にも何か特徴があるのか?」

 

 テレビでよく見る超能力者とか霊能力者は実は本物だったりするのか?

 今まではまったく信じてなかったが。

 

「何もありませんよぉ」

 

「えっ」

 

 フローネの回答が想像以上にあっさりとしたもので、俺はついマヌケな声を出してしまった。

 

「異能の類は一切ありません。科学の発達もここより上の世界がいくつかありますぅ」

 

「か、科学ぅ?」

 

 なんだそりゃ?ファンタジーのカケラもないじゃないか。

 

「ほ、他にあるだろ?な?」

 

 フローネは右手を口元にあてて首をひねり、何かを考えるような仕草をした。

 1分ほど経っただろうか。フローネは突然、

 

「あ!ありましたよぉ!とびっきりのがぁ!」

 

 と言った。

 

 お、おぉ!やはりこの世界にもあったのか!

 

「戦争が少ない!」

 

 想像のななめ下をいかれた。

 

「そ、それだけ!?」

 

 俺は生まれてくる世界を間違えたのではないか。何も特徴のない世界、嫌な響きである。

 

「とにかくぅ!この世界の神や精霊のように、他の世界には『力』が使える人間がいるんですぅ。私たちはその『力』を『異能力《スキル》』と呼んでいますけどねぇ」

 

「なるほど、まぁなんとなくだけど『主人公』や『異能力』のことは分かったよ」

 

 しかし俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 

 俺がそんなことを考えていると、またもや顔に出てしまっていたのか、「分かっていますよぉ」とでも言うかのように、フローネは話を続けた。

 

 

「柊さんには『主座争奪戦《フェスタ》』で生き残って、いえ、勝ち残って欲しいのですぅ」

 

「フェスタ?」

 

 また新たな言葉が出てきた。

 今日は覚えることが多いな・・・。

 

「はい、『世界』と同じ数だけある数多の『神界』の中でもぉ、たった3人しかいない創造神たちが提案したらしいんですけどぉ」

 

 創造神、おそらく『世界』を創り出す神のことだろう。

 

「なんでも『新世界』を創るらしいんですぅ」

 

「新世界?」

 

「えぇ、NPCがいない世界。全員が『主人公』の世界のことですぅ」

 

「全員が主人公?そんなことができるのか?」

 

 それなら最初からそうすればよかったじゃないか。

 

「えっとぉ、『新世界』を創るには莫大な神力と巨大な器が必要らしいですぅ」

 

 巨大な器?

 コンピュータで言うところの容量のことだろうか?

 

「えぇ、そんな感じですぅ。そのため創造神は1つを除くすべての『世界』を消去するみたいですぅ」

 

――――は?

 

「消去?!それってつまり……」

 

「当然、消去された世界に住んでいた全ての生物、無機物、神や妖精でさえ消えてなくなりますぅ。あぁ、精霊は別ですよぉ?」

 

 お、おいおいおい!なんだよそれ!!

 創造神、勝手すぎるだろ!?

 

「そのための『主座争奪戦』ですよぉ」

 

 フローネは動揺する俺を見て、困ったような口調で言った。

 

「つまり、『主座争奪戦』ってやつで勝ち残れば俺の世界は見逃してもらえるってことか?」

 

「話が早くて助かりますぅ」

 

 なるほど、だんだん話が見えてきたぞ。

 つまり俺はこれから異世界へ転生して敵を倒し、自分の世界を救うんだな!

 

「やってやるぜ!」

 

「飲み込みが早すぎて怖いですぅ、ついさっきまで凡人だった人のセリフじゃないですぅ」

 

 ほ、ほっとけ!

 俺はこういうのに憧れてたんだ!これでつまらない平凡な毎日ともおさらばだぜ!

 

「まぁ説得する手間が省けたんでいいですけどぉ、それじゃあ異世界へ転生しますねぇ」

 

 おぉ!夢にまで見た異世界転生!

・・・・じゃなくて、はやくね?

 

「もう行くのか?まだ何をすればいいのかよく分からないんだけど。それに家族にも別れを言っておきたいし…」

 

「続きは転生後に話しますぅ。あと何度でも帰ってこれるので大丈夫ですよぉ。時間の進み方は同じなので学校とかが大変でしょうけどぉ」

 

 学校、イキナリ現実を叩きつけられた。

 

「それならいいか」

 

 奏にはメールを送っておこう。

 俺はケータイを制服のポケットから取り出して奏にメールを送った。

 

 と、そこで重大なことを思い出した。

 

「そういえばこの教室で何があったんだ?」

 

 そう、俺が一番聞きたかったのはこれだったんだ。あんな光景を見て、どうして今まで忘れていたのだろう。

 

「教室?一体なんのことですかぁ?」

 

「え?な、なにってそりゃあ……っ⁈」

 

 後ろを振り返った俺は言葉を失った。

 教室には、傷一つなかったからだ。

 

「どうしたんですぅ?」

 

 フローネが心配そうに尋ねてきた。

 

「いや、さっきまでこの教室がぐちゃぐちゃで、床に血が落ちてて…」

 

 混乱した俺は自分でも何を言っているのかよく分からなかった。

 

「見間違いじゃないですかぁ?私にはそんなもの見えませんでしたよぉ?」

 

 み、見間違い?ほんとうだろうか?

 いやでもたしかに、あの光景はさすがに現実離れしすぎていた。いや、今の状況も十分非現実的なんだが・・・。

 

「見間違いで床に血が見えるなんてぇ……精神病んでるんじゃないですかぁ?」

 

 ほ、ほっとけ!

 

 

 

 

 

「さてさて、準備はいいですかぁ?」

 

 準備といっても俺の手持ちは中身が空っぽのカバンだけだった。教科書等は邪魔になるだろうと思い、教室の机の中に入れておいた。

 

 もう一度この場所へ来る羽目になってしまった原因である傘は・・・・・教室にはなかった。

 どこか別の場所に置いてきたのだろうか?

 

「あぁ、行こう」

 

 俺がそう答えるとフローネが何やら呪文のようなものを唱え初め、魔法陣が俺たちの足元に出現した。

 魔法陣から出てきた虹色の光が、俺たちを包み込んだ。

 

「待ってろよ異世界!」

 

 世界の命運がかかっているにもかかわらず、異世界のことばかり考えている俺を悲しそう目で見つめるフローネに、俺はまったく気がつかなかった。

 

 

 

 

 

「ん?メール?」

 

 風呂に浸かっていた1人の少女は、脱衣所から鳴り響く音に反応した。

 

 1人で入るには無駄に大きい浴槽から出た少女は、3畳ほどあるとても広い浴室を歩いていく。

 

 水に濡れた少女の白髪はいつにもまして輝いており、毛先から滴り落ちる水滴は、彼女の足元で綺麗な音を奏でている。

 

 脱衣所へつながる扉の前にたどり着いた彼女は扉を開け、中へ入る。

 濡れた手でそのままケータイを掴む。着信音はすでに鳴り止んでいる。

 少女はメールの履歴をひらき、一番上の欄をタッチした。

 

 

『とうぶん帰れない。心配するな、世界は俺が救う!!』

 

 白髪の少女は微笑み、小さな声で

 

「いってらっしゃい、お兄ちゃん」

 

 とつぶやいた。

 

 

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