もし平凡な主人公が異世界へ転生したら   作:悠木仁

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炎の女神

 木々が生い茂る自然豊かな森の中にある、小さな1つの小屋。カーテンの隙間から差す木漏れ日が顔を照らし、俺に朝を告げる。

「う、うーん…あと10分だけ…」

 

 そんな寝言を言う俺に聞こえてきたのは、

 

「ごらぁ!さっさと起きろぉ!」

 

 というごっつい大男の怒鳴り声だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 ビックリした俺は木製のベッドから自分に掛けていた毛布ごと落ちてしまう。

 

 「いててて…」と言いながら床にぶつけた頭を抑える俺に大男は、

 

「さっさと井戸で顔を洗ってこい。約束どうり、たっぷり働いてもらうからな」

 

 と言って、壁に掛けてある斧を持って外へ出ていった。

 

 そうだ、俺はあの人に泊めてもらったんだった。

 

 フローネと共に異世界へやって来たのはいいものの、着いた先は真っ暗な山奥だった。

 当然周りに店なんてあるはずもなく、俺とフローネは夜道をさまようことになったのだが、なかなか山からは出られず、とうとう力尽きてしまった。

 

 そんなところに偶然通りかかったのが、あの人というわけだ。「泊めてもらう代わりに仕事の手伝いをする」という条件付きで、だが。

 

 立ち上がった俺は枕元に置いてあったタオルを掴み、玄関に置いてあった靴を履いて、外にある井戸へと向かう。

 

 

「やっとお目覚めですかぁ」

 

 冷水で冷えた顔をほんのり温かいタオルで拭いていると、背後から声をかけられた。

 

「意外とお寝坊さんなんですねぇ」

 

 そう言いながら近づいてくるのは、俺をこの『世界』へと転生した、エルフのフローネだった。

 

「仕方ないだろ、いつもは妹に起こしてもらってるんだから」

 

 大切な物の価値は失くしてから初めて気づく、とはよく言ったものだ。

 無論、俺は失くす前から気づいていたが。

 

「妹って…兄としての威厳はないんですかぁ?」

 

 「兄としての威厳」か・・・。

 昔はあったはずなんだがなぁ・・・。

 

 何をしても「妹以下」だった俺はいつの間にかそれを失くしてしまったようだ。

 出来の良すぎる妹を持つのも問題である。

 

「それで?これからどうするんだ?」

 

 憧れの異世界転生はとりあえず果たされたものの、何をすればいいのかサッパリ分からない。

 

「えぇ、そのことなんですがぁ…」

 

 と言いながら、フローネは肩にかけている花柄の鞄の中からメモのようなものを取り出した。

 

「あれ、そんな鞄持ってたっけ?」

 

 昨夜は暗かったからか、そんなものを持っているようには見えなかったが・・・。

 

「最初から持っていましたよぉ?この鞄はエルフの間でも大流行しているんですよぉ」

 

 妖精の間にも流行りというものがあるのか。

 ますます俺の妖精に対するイメージが崩れていく。

 

「ふーん、けっこう似合ってるじゃないか」

 

 緑色の生地にたくさんの花が描かれているその鞄は、まさに「妖精」という感じがする。

 

「え”、もしかして口説いてるんですかぁ?ゴメンナサイ、タイプじゃないんですぅ」

 

 グサッ!!とフローネの口から出た棘が俺の胸に突き刺さる。

 褒めたのに何でそんなこと言われなきゃいけないんだ・・・。

 記念すべき1本目のフラグが折れた瞬間だった。

 

―――俺、ほんとに『主人公』なのかな・・・。

 

 

 

 薪拾いに薪割り、食用のキノコと薬草集めなど

他にもいろいろやらされてヘトヘトな俺に、フローネが「お疲れ様ですぅ」と言いながらグラスに注がれた麦茶(?)を持ってきてくれた。

 

 喉がカラカラだった俺はお礼を言い、左手を腰にあてて一気に飲み干した。

 

「あぁ〜!生き返るぅ!」

 

 空になったグラスをフローネに渡して、俺が仕事へ戻ろうとすると、フローネが「あっ!」と言ったので、俺はフローネの方に向き直った。

すると、

 

「顔に泥が付いてますよぉ?」

 

 と言いながら、鞄から出したピンク色のハンカチで俺の頬のあたりを拭いてくれた。

 

「むむぅ、なかなか落ちないですねぇ」

 

 そう言ったフローネは俺に顔を近づけてくる。

 

 ち、近い・・・!これ、いろいろマズくないか?

 俺の純粋(笑)な心が限界点に達するかと思われたそのとき、

 

「ん、やっと落ちましたぁ」

 とフローネが言って俺の目を見てきた。

 

 至近距離で俺とフローネの目が合う。するとフローネはハッとした顔で、

 

「な、なにか変なこと考えてませんかぁ?勘違いしないでくださいよぉ!?」

 

 と言いながら俺から離れ、顔をそらす。

 

 一瞬見えたその顔は少し赤いようにも見えたが、たぶん気のせいだろう。

「あっ、ほんとに気のせいですからねぇ?」

 

 おっと、また顔に出ていたのか?

 それにしてもこいつは次々とフラグを折るな。

 これからはこいつのことを「伏線殺し《フラグブレイカー》」と呼んでやろうか。

 

 俺がそんなことを考えていると、木の家へ向かって歩いていたフローネが足を止め、こっちに戻ってきた。フローネの顔は真っ青だった。

 いや、真っ青とは少し違う。青白く、何かに怯えているような顔だった。

 

「ど、どうしたんだフローネ!?」

 

 フローネの顔から危険を感じた俺は、叫びながらフローネに駆け寄る。

 

 俺がその場から走り出した瞬間、

パリン!と薄いガラスが割れるような音が上空から鳴り響いた。その透き通った音からは想像もできない、とてもとても大きな音。周りに生えていた木々が、草花が、丈夫そうな木の家でさえ、その大きな音の衝撃で揺れている。

 割れた、破れた空の隙間から、強い光が差す。白い、今までに見たことがないほどに神々しい光。

 光が差しているのは、俺とフローネのちょうど真ん中あたりだった。

 太いレーザービームのような直線の光は時間が経つと、点の光、数多の光の粒となり、集まっていく。その光の粒の集合体は、まるで1人の人間のようだった。

 

 光の粒が一斉に弾ける。

 そして光の粒と入れ替わるように、そこには1人の女性が現れた。

 

 眼と髪、服まで赤い。

 着ているのは着物だ。赤い布に、金色の炎が描かれている。

 背後に浮かんでいる9個の炎の玉は、大きなアーチを描いている。1つ1つはボールのような大きさだ。

 女性は裸足だったが、地面から10cmほど離れている。宙に浮いているのだ。

 

「か、かみさま…?」

 

 俺がなんとか声を絞りだし、最初に発した言葉が、それだった。

 

「ほう、察しがいいな。さすがは私の『お気に入り』だ」

 

 女性はニッコリと微笑んで言った。

 

「も、もしかしてぇ…カムイ様…ですかぁ?」

 

 俺と同じように呆然としていたフローネが、その女性に話しかけた。

 

「おぉ、私の名を知っているのか」

 

 どうやらこの女性・・・神様はカムイという名前らしい。

 

「フローネ、知ってるのか?」

 

 今まで神様を見ていたフローネが、俺の方へ目を向ける。

 フローネの顔色は元通りになっていた。

 

「『主人公』を決める権利を持つ5人の女神、その中の1人、カムイ様ですぅ」

 

「『主人公』を決める?」

 

「はい、『世界』を創る創造神たちが『主人公』まで決めてしまうのは色々と問題があるようで…」

 

 問題?神様とあろうものがそんな姑息なことをするのだろうか?

 

「権力を持つ者なんて誰でもそうさ、人間も妖精も…神も例外ではない」

 

 カムイ様が苦笑いをしながらそんなことを言った。

 そういえばそんな話をフローネから聞いたことがあるような気がする。

 

「それで、どうして女神様がわざわざ人間界なんかに?」

 

「いやぁ、別に私が来る必要はなかったんだけどね。せっかくだからキミを間近で見てみようと思ってね」

 

 カムイ様は右手をあげ、パチン!と指を鳴らした。

 すると俺とフローネの目の前に一枚の紙と石が現れた。正確には、フローネには紙だけだった。

 

 紙には【主座争奪戦《フェスタ》の開催について】と記載されていた。

 

「キミのように全員が『主座争奪戦』について知ってるわけではないからね」

 

 カムイ様は「逆に知っている方が不自然なんだけどね」と言いながらフローネをチラッと見た。

 

「そしてそれが転生石だ。転生能力を持たない『主人公』にのみ渡される」

 

 なるほど、だからフローネは渡されなかったのか。

 

「さて、私はもう行くよ。こっそり神殿を抜け出してきたからね。バレる前に帰らなければ」

 

「こっそりって…神様がそんなことして大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃないから急いでいるのさ」というカムイ様の言葉に、俺はつい呆れてしまう。

 

「また会おう、神崎柊、フローネ」

 

 カムイ様が再び指を鳴らすと、突如現れた光がカムイ様を包み込み、次の瞬間には消えてしまった。

 

「いきなり現れてすぐに去っていく、まるで嵐のような人だったな…」

 

 そんなことを俺が呟くと、ついさっきまでカムイ様がいた所を眺めながらフローネが、

 

「さすが『問題児』と呼ばれているだけはありますぅ…」

 

 と言ったが、聞かなかったことにしておこう。

俺はその『問題児』に目をつけられているのだから。

 

 

 

「それはさておき柊さん、この紙が届いたということがどういうことか分かりますかぁ?」

 

「え?」

 

 どういうことか?えーっと・・・。

 

「鈍いですねぇ…つまり、『主座争奪戦』が開催したってことですよぉ」

 

「わ、分かってるよそんなことは!」

 

「ほんとですかねぇ…まぁいいですぅ。それじゃあ行きましょうかぁ」

 

「行く?どこに?」

 

「街に、ですよぉ。私たちはこの世界について何も知らないんですからぁ。まずは情報収集からですぅ」

 

 いや、そりゃそうだが・・・ん?

 

「お前、自分が知らない世界に俺を連れてきたのか?」

「逆になんで知ってると思ってたんですかぁ?」

 

 まぁ、そりゃそうか。こいつも俺と同じ、とある『世界』のただの一般人だからな・・・。

 

 

 俺たちを泊めてくれた大男に礼を言い、俺たちは街へ向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

―――10月21日

 

 「元」平凡な少年の新たな物語が、その第一歩を踏み出した。

 

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