東方神喰人 作:蜜柑の缶詰
最初の方は、その匂いがするたびに一々顔をしかめていたけど、今じゃ何も感じない。血の匂い、だからどうした?血が出ているなんていつもの事だ。それが獣の血だろうが人の血であろうが、私は何も感じない。血が出ている、ただそれだけの事。
そう思ってしまう私の感情はもう正常なものではないのだろう。
段々と狂っていく自分。自分が人ではなくなっていく。日が経つごとに、そんな感覚が徐々に強まっていく。
今の私は、楽園の巫女でも異変解決のプロでも何でもない。
私は、ただの……
「レイム、準備はいいな?次で確実にしとめる。失敗は無いぞ……
……おい、聞いているのか?」
男の声がする……聞き覚えのある声。
その声で、はっと我に返った。ここは戦場だというのに、何をしているのだ私は。
考え事なんて、帰ってからいくらでもできる。今はそんな事よりもするべきことがあるだろう。
「ええ、ごめんなさい……ついぼーっとしちゃって」
男にそう返すと、男は呆れたように額に手をやって首を振る。言いたいことはわかるが、流石に少しむっとした。まあ、こんなところでぼーっとしていた私の方が悪いのだが……
「まあいい、気を取り直そう。お前はあれの機動力を削いでくれ。動けなくなったところを俺が叩く」
「分かったわ、リンドウ。つまりは私はあれの腕を千切ればいいのね」
「……怖いことを言うなぁ、まあいつもの事か。それで頼んだわ」
そう言って、リンドウは獲物の方へと目を向けた。私も、同じようにそいつに目を向ける。
体長5メートル程あろう巨大な猿のような体は、全身金色。そして背中には、大きな赤いパイプがくっついていて、赤い面のような甲殻下には、裂けるほどの大きな口がついていている。
コンゴウ、別名猿神とも呼ばれる中型アラガミは、廃墟の前で建物の壁を壊して、その破片を剛腕で掴んでは口に運んでいる。
不気味な光景だ。いくら雑食とはいえ、あんなものを食べる生物なんてアラガミくらいだろう。まあ、人間が食べられている光景の方がもっと不気味でグロテスクな光景なのだが。
「なあ、コンクリートって美味いと思うか?」
そして、そんな事を思う私とは対照的に、リンドウは緊張感のない声でそう言った。命をかけて仕事に来ているハズなのに、よくもまあそんな言葉が出るものだと思う。その油断が命取りになることをこの男はいつになったら勉強するのだろうか?というか、先ほど油断していた私を指摘したのはどこのどいつなのかと言いたい。
まあ、コンゴウ程度ならどれだけ油断をしていてもこの男なら勝てるだろうが。フェンリル極東支部の中で、最前線にいる第一部隊の隊長の称号は伊達じゃない。
まあでも、イラつくのは確かだ。こうやってへらへらしているリンドウが、私は嫌いだ。
「知らないわよ、何なら試してみれば?」
なので、私は少しきつめの口調でそう言ってやった。言葉にはしないが、もっとまじめにしろという意味も込めて。
「……さすがにそんなことまでして知ろうとは思わんな。というかそんな怒らないでくれよ……」
「そう言うならもっと自分の言動を直してからにしなさい」
「はいはい、わかりましたよ」
本当にこの男はわかっているのだろうか?
だが、このまま続けてもきりがないのでどうせ行っても意味がないと割り切る。今大事なのは、そんな事よりも目の前の獲物を殺すことだ。
神器を片手に持ち、集中する。リンドウからの突撃の合図を待つ。
コンゴウは未だにコンクリートに夢中だ。周りは何も気にしていないのでこちらの事は気づくはずもない。
「んじゃ、そろそろ行くか」
そう言って、リンドウは神器を構えて私に合図を送った。
それと同時に、私は地面を蹴った。アラガミの細胞を取り込んだ私の身体は、もはや人を通り越して妖怪のそれである。私の蹴った地面はその衝撃に耐えきれず、砕けて陥没した。
そして、地面の砕ける音で獲物がこちらを振り向いた。
コンゴウはこちらを見て、裂けた口を両端に釣り上げた。コンクリートではなくこちらへと興味が移ったようだ。
背中に冷たいものが走る、何度も戦場に来てはいるのだが、敵から殺意を向けられる時の恐怖は未だに消えない。いや、これが消えてしまったら本当に私は人外の仲間入りを果たしてしまうのかもしれない。
「気持ち悪い顔をむけないでくれるかしら……」
恐怖を払うように、私はそう言った。それとほぼ同時に、コンゴウは雄たけびを上げる。大声が耳に響くが、耳をふさぐ余裕はない。
私はコンゴウに肉薄し、大きな腕に向かって自分の神器を振り下ろした。
だが、コンゴウはそれを少し後ろへ後退してかわす。神器は空を切って地面を砕くだけに終わった。
今度はコンゴウの反撃。その巨体を大きくそらして、私にのしかかろうとする。
だが、その動きは鈍重だ。そのような攻撃が当たるはずもない。コンゴウの身体は私を押しつぶすことなく地面に自分の身体の倍ほどの広さのクレーターを作った。
驚異的なパワーだ、油断なんてできたものではない……一発喰らってしまえばかすり傷程度では済まない。
だが当たらなければどうという事はない。
のしかかりを外したコンゴウは、今隙だらけだ。その隙を、私が逃すことはもちろんない。
自分の神器をコンゴウへと振り下ろした。
鋭利な刃物が、肉を抉る感触。傷口から溢れる紅い液体。今度こそはコンゴウの巨大の腕を神器が抉った。
斬られたことに気付いたコンゴウが悲鳴を上げる。コンゴウはたまらず抵抗しようとするが、その前に私はリンドウへの宣言通り、コンゴウの腕を掴んで引き千切ってやった。引き千切った腕は、邪魔になるので横へと放り投げる。
コンゴウがまたも悲鳴を上げる。その隙に、後ろに待ち構えていたリンドウがコンゴウへと突っ込んできた。無数の刃が回転しているチェーンソーのようなリンドウの神器……ブラッドサージで、コンゴウの頭を横薙ぎに斬りつけた。
頭の甲殻が割れて、中の肉が露出する。リンドウは、神器をコンゴウの露出した顔面の傷に突っ込んで肉を抉った。コンゴウの顔の肉を巻き込んで回転する刃、悲鳴を上げ続けるコンゴウ。でも、アラガミの生命力ではこの程度で死ぬことは無い。全く持って恐ろしい生物だ、人が絶滅の危機に晒されるのも分かる。
コンゴウはリンドウを鬱陶し気に腕で払おうとする。だが、顔を潰したおかげで目の見えていないコンゴウの攻撃は、リンドウに当たることは無かった。
「なかなかしぶとい……しょうがない、レイム、止めを刺せ!」
「全く、突っ込む前にカッコつけてとどめは刺すみたいなことを言ったのはどこのどいつなのかしら……ね!」
そう言って、私は地を蹴って飛んだ。
5メートルほどまで飛んで、私の身体は重力で地面に引きつけられる。そのまま私の神器であるショートブレイドを両手で持ち、下に向ける。
そのまま落下、そして着地するのはコンゴウの背中。
刃が背中のパイプを砕き、その下の甲殻を貫通して肉へと突き刺さる。痛みに暴れまわるコンゴウだが、私は刃を抜かずにそのまま背中を貫く。
「ガァ!」
コンゴウは暴れまわる。だが私は背中から離れずにどんどんと深くへと、自分の神器を背中へ突き刺す。
「グォオ……ゴガァ……」
そして数10秒経って、ようやくコンゴウは暴れることをやめて、地面にその巨体を倒した。
「終ね」
「ああ、お疲れさん」
コンゴウが絶命したのを確認して、自分の神器を引き抜いた。もともと白色をしていた神器は、血のせいで真っ赤に染まっている。
「しかしさすがはレイム、腕を引き千切ることに何のためらいもない」
「さすが?この憎たらしい生き物の四肢を引き千切るのになんで躊躇しなきゃいけないの?」
「まあ、それはごもっともだ。戦闘でそんなことを思うのはただの油断。油断は隙を生む。アラガミだってその隙を見逃してはくれないからな」
それが戦闘前に油断を見せまくっていた人間のいう事か?まあ、面倒くさいので何も言わないが。
「さてと、んじゃさっさとコアと素材を貰って帰りますか」
「そうね……」
私は、神器の手元の部分についているボタンを押した。
すると、神器の根元から黒い頭部が生える。頭部は唸りをあげ、涎を垂らす。
そしてそのままそれを、コンゴウの死体へと向けた。
「……まあ、あんたもこんな生き物に生まれたことを後悔するのね」
かけてやる慈悲はない、こいつだって多くの人間を殺しているのだ。
頭部が、死体に向かってその大きな口を開けた。
アラガミが跋扈するこの世界。平穏など訪れる日なんて来るのだろうか?
昔の様に、友人とお茶を飲んで笑いあえる日は来るのか?
いや、ありえない。
幻想郷はもうない。
友人もいない。
もうどうにもならない。
それに、いま生き延びている私でさえ、こんなに狂い果ててしまったのだ。
希望なんてない。
絶望に埋め尽くされたこの世の中で、私は今日も殺し続ける。
極東支部第一部隊副隊長 博麗霊夢。
彼女は、楽園の巫女でも異変解決のプロでもない。
アラガミを殺し続ける、ゴッドイーターだ。