(7巻までの深刻なネタバレがございます)。
半オリ主物となっていますので、苦手な方はご注意ください。
原作とは一部異なる点がございます。
今作は「炎髪の彼女の副官」の続編、エピローグとなっております。
戦が終わり、歴史の影に葬られた一人の副官。
満足気に息を引き取った彼の墓前に現れた、一人の少年。
少年は一人語る。魂なんて非科学的なもの、信じてはいないけれど。
いつものように、飄々と。けれど漏らす叫びは、まるで涙のようで。
彼女が庇われたことを知って、最初に覚えたのが安堵だった。
すぐに、慙愧の念が襲う。彼女がそもそも危険に晒されたのはお前のせいだろうが、
傍から見ても、ひと目でわかる。彼はもう、助からない。
彼を死なせるのは、僕の油断だ。
ヤトリの背中をいつも追っていた彼。
彼女を思っていた、彼。
心を刺す痛みを、忘れるな。
目に焼き付けろ。
ヤトリが、亡骸を抱いて呆然としている。
彼女が人の死に対して、これほど取り乱すのを見るのは初めてだった。
少しだけ、彼が羨ましいと思った。僕が死んだら、ヤトリはあれだけ悲しんで、くれるだろうか。
「葬儀以来だね、恋敵。」
―――少年は墓前で、あくまで飄々とした態度のまま語りかける。
僕はお前に嫉妬してた。多分、お前が僕を羨んだように。
僕には、本気の彼女を追って走れる体力も、彼女の剣を一部とはいえ継ぐような剣術の腕もない。
ヤトリも僕にはそれを求めなかった。求めてはくれなかった。
最初からお前が気に食わなかった。彼女みたいにトップを走り続けて、経歴に疵もない。
学も十分で、剣術に関しても彼女の手ほどきを受けて、
係累以外で唯一、イグセムの剣を不完全とはいえ振るえるほど。
まるで、英雄じゃないか。気に入らない。
「まぁ、死んだら全部おしまいなんだけど。」
―――空気が、ふと切り替わる。
「ねぇ、なんで死んだんだ、お前。」
隊長のためならこの命ぐらい惜しくはない、なんてヤトリの隊の人間はよく言うけどさ。
実際に命の危険がある中で、実行に移せる人間がどれだけいるか。
ましてや彼女はとても強い。
「ヤトリを戦場で守った奴なんて、世界でもお前くらいだろうさ、馬鹿。」
ああ、認めるさ。
同じく彼女を想っておきながら、お前がかばうのを見ているしかなかったのが悔しいんだ。
「けど、それで死んだら意味無いだろ!感謝の言葉も聞けない、
ヤトリに付いていくこともできない!」
もう、彼女を見ることすら、できないんだ!
ヤトリは今、剣としての自分と戦ってる。
ヤトリはすごく強いから、きっとヤトリシノを取り戻す。
お前は、彼女の心も救ったんだ。
「だから、これからは僕の番だ。」
これからは、今回のことが帰ってきたヤトリを苦しめるだろう。
「僕は、ヤトリの中のお前を倒すよ。」
それでようやくイーブン。勝ち負けつけるのは、僕が死ぬ時だ。
―――それは少年らしい、イタズラじみた宣戦布告。少年らしくない、非科学的な思考。
「せいぜい、ヤトリに忘れられないように頑張ってよ。」
ぜったい、負けては、やらないけどね!
―――ふと、聞き慣れた声がかかる。
あれ、イッくん。
―――目に映るのは、人懐こい顔の少年。
あぁ。
そっか。でも、イッくんって
ああ、そのとおりだよ相棒。
墓参り、なんて非科学的なことに時間を使うぐらいなら、
二度寝をするか、寂しがってるお姉さんたちを慰めるのに使うのが僕の主義だよ。
部下が死んだ時には、冥福を祈るぐらいはしてあげるけどね。
イッくんらしいね。それじゃ、今日はなんで?
言ったとおり、気まぐれさ。こいつとは話しておかなきゃ、って思っただけだよ。
まったく満足そうな顔して逝きやがって。文句の一つも言えなかったからね。
ふふ、そっか。僕もお礼をしなきゃって思って。ヤトリさんを守ってくれてありがとうって。
礼を言ってる余裕があるのか?
え、イッくん何を言って……ぁ。
ちちちちちがうよ!僕はそういうのじゃ―――
さて、行こうか相棒。
―――トルウェイの腕を掴み、その場を離れるイクタ。
え、そんな急に―――
これからは、彼女の時間だ。
―――イクタに引きずられたままのトルウェイが目の端に写したのは、風になびく炎髪で。
死んでいい、と思った。
その覚悟で、それでも自らの半身を守ろうと、イクタの前に立ったのだ。
その自分の前に、割り込む影。
え、と声が漏れる。その影がなんなのか、わかったときには手遅れで。
ぽす、ぴちゃ、こんこん、と私の軍服に赤い液体にまみれた小さな玉がぶつかり、地面に転がる。
目の前には、真っ赤に染まった、軍服。
「■■■、少、尉?」
ぽつり、と口が彼の名を呼ぶ。
立ち尽くした私の前で、影が崩れ落ちた。
うつ伏せに地に落ちた影には、いくつもの穴が開いていて。
そこから赤い赤い血が、あふれていた。
目の前の光景を理解できず、冷え切った頭が「この人は助からない」と冷静に告げる。
混乱したままの
そのとき、ようやく、彼であることを理解した。
認めたくなくて、それでもそれが現実で。
私は、彼のからだを抱えたまま、呆然と晴れやかな死に顔を眺めていた――――――
―――目的地に着いた私が見たのは、どこか面倒げに、しかし手順に則って行われた墓参りの跡。
―――供えられた、白い花。それはいつかイナーク族の里で見たもので。
ああ、なるほど。イクタの奴ね、これ。
あいつ、墓参りするぐらいには義理があったのね。
―――もう一つ、小さいが質の良い、供え物の菓子。
こっちはトルウェイね、多分。それなりに馬もあったようだし、仲は良かったわよね。
さて、と。
永らえたものの義務を、果たしましょうか。
僅かに雑然とした墓周りを整え、手順一通りを済ませた私は、ふ、とひと息つき。
目蓋をそっと閉じて、思いを馳せる。
私は、あなたに救われた。
あなたを死なせたのは、剣になりきったつもりで周りが見えなくなった、私。
あのときイクタを守ろうとしたのは、きっと義務感よね。
あいつは一度、私とイグセムのせいで全てを失っている。
だから、今度は私の番だと思って駆け出したの。
剣になりきれていたのなら、あいつをかばおうとはしなかった。
ただのヤトリであったのなら、もっと冷静に対処できていたでしょう。
あなたを殺したのは全部、私自身の、甘さのせい。
きっと昔の私なら、もう一度ヤトリシノを殺して、今度こそ甘さを消そうとする。
でも私は、もうこの甘さを否定しない。
だって、あの時あなたは、
それはきっと、上官でもイグセムでもなく、
その時にミットカリフ少尉には、とても怒られてしまったけど。
だから、私は。
あなたが守ってくれた私の全てを、もう否定しない。
何もかも切り捨てない。あなたが守ってくれたものを全部全部抱えて。
ただの私で、生きていく。
―――きっと、私はあなたに恋してはいなかった。
イグセムに恋をする資格なんてない。
―――きっと、私はあなたが嫌いではなかった。
どんなときでも、あなたになら背中を任せられると思う程度には。
―――きっと、私はあなたを愛してはいなかった。
ヤトリシノにあるのは家族愛と、そして友愛だけだった。
―――きっと、私は。
あなたとの日々を、愛おしく思っていた。
あなたとする訓練が楽しかった。ずっとずっと続けていたいと思うほどに。
あなたの上達を見られるのが嬉しかった。
―――軽く教えただけの矢払いを成功させたのは、きっとその訓練を欠かさなかったのね。
あなたがどんな時もついてきてくれるのが嬉しかった。
―――イグセムになった私についてこられるのはイグセムだけだと、どこか諦めてもいたのに。
「だから、ありがとう。」
「こんなにも、大切になっているなんて、思いも、しな、かった、わ。」
―――言葉が、途切れながらあふれる。
「はは、涙、なんて。もう何年ぶりでしょう。」
「止まらない、わね。これは、参る、わ……。」
―――慟哭混じりに、声を漏らす。
「流すとしたら、
「これが物語なら、涙はもう流さない、なんて誓う場面、なんでしょうけど。」
「私を全部持って生きるといったんだから、持って行かなくちゃ、ね。」
この涙は、きっとあなたが取り戻してくれたものだから。
―――涙を軽く拭うと、少女は凛としたヤトリシノの顔を取り戻していた。
「そうだ、その剣。」
―――自ら供えた一対の剣を指す。
「イグセムの剣匠に打ってもらったわ。」
「というより、元からあったのをもらってきたのだけどね。」
「一つの鉄塊から、同じ打ち方で二対の剣を作るそうだけど、それは私の剣と同じ鉄から打った剣よ。」
「次に会う時までに、使いこなして見せなさい。」
―――言うべきことは言った、と踵を返す。立ち去ろうとして、思いとどまり。
―――背を向けたまま、言葉を紡ぐ。
「さようなら、■■■。きっと、私は地獄に落ちるから。また会えるかは、わからないけれど。」
「さようなら。戦場で私の背中を預けられる人は、もう見つからないでしょう。」
「私はあなたを尊敬してた。父上と、同じくらいに。」
「私はあなたが大切だった。騎士団のみんなと、同じくらい。」
「私はあなたが好きだった。もう一人の母と、同じ程に。」
「いつかまた、あなたと同じ空の下で戦いたいわ。」
―――炎髪を翻し、少女は自らの戦場へと立ち返る。
―――風が、白い花びらを揺らした。
読了ありがとうございました!
リクエストを頂いてから、投稿が非常に遅れまして、申し訳ございません!
卒業研究やら定期試験やらでぐだぐだしておりました(言い訳)。
そんなわけで続編でございます。
時系列としては前作ののち、戦後処理が終わり、
原作エピローグと同時期を想像して書きました。
今作では原作と異なり、ヤトリが無事であり、イクタが引きこもらず、
姫さまがイクタに対しさらに積極的で元気なまま、と言った変化があります。
ちなみにトリスナイはまだ獄中で生きている模様。きっとまた何かしでかすでしょう。
蛇足かと思いましたが、リクエストを頂きましたので正当なエンディングを。
誤字脱字はなるべく早く対応いたしますので、一報いただけると嬉しいです。
それからぜひぜひ批評・感想をおねがいいたします!
執筆の励みになりますし、厳しいものであれば上達に活かしたいと思います。
それでは、「一般兵A」はこれにて完結、といたします。
拙筆をお読みいただきありがとうございました!