簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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眠れない冬の夜は簪と

 眠れない。

 布団に入って早数十分。こんなことを思うのも数回目。

 普段はそんなことないのに今日に限って寝つきが悪い。

 眠気は布団に入る前あったはずなのに。

 

「……んん」

 

 寝返りをうった先では簪がぐっすり眠っている。

 思えば、寝返りも数回目。ごそごそするのもよくない。起こしてしまいかねない。

 体をリラックスさせ、心を無にする……が、眠れない。むしろ、意識がさえてきた感じすらある。いっそ起きるか。正直、寝付こうと布団の中でジッとしているのが辛くなってきた。

 上半身だけ起こしてみたが、今の季節は冬。布団の中は暖かかったが、外は寒い。冷える。

 起きてはみたもののこれからどうするか。していこともなければ、するようなこともない。それにまだ夜は深い。

 

「ん……どうか、したの……?」

 

 ぼんやりしていると隣から簪がそう言ってきた。

 眠そうな声。起こしてしまったか。悪いことをした。

 

「ううん……大丈夫。眠れない……?」

 

 言うよりも早く気づかれた。流石だ。簪の言葉に頷いてみせた。

 簪の邪魔をするのは悪い。まだ眠気はこないことだし、布団から出よう。

 

「どこいくの……?」

 

 どこ……そうだな。

 とりあえずリビングに行こうかと思っているが、その後どうするかだ。

 今一つこれといってすることは思いつかない。しいて言うなら、散歩か。

 

「え……今から? 外寒いよ」

 

 それは知ってる。

 冬の夜、真夜中の人はよく冷える。

 まあもっとも、家の近くのコンビニに行く程度の散歩。ちゃんと厚着していくし、そんな長いこといるわけでもないから心配無用だ。

 

「なら、いいんだけど」

 

 そう言いながら簪は体を起こし、布団から出ようとする。

 何か用事か? 

 まあ、簪は気にせずゆっくり寝といてくれたらいい。

 

「や……私も着いてく」

 

 ちょっと耳を疑った。

 この季節の外は寒い。

 

「知ってる。ちゃんと着込んでいくから心配無用、ね」

 

 言ったのと似たような感じで返される。

 起こしてしまって、少し話しているうちに目が冴えてしまったか。

 特にこれと言って止める理由もない。好きにしたらいい。

 

「うん、好きにする」

 

 暗がりの中でもそう簪が何処か嬉し気に言ったのが分かった。

 そうと決まれば、早速でかける用意を始める。

 まずは外へ出る服に着替え、防寒対策し、財布や携帯など必需品を持った。

 

「戸締りよし」

 

 鍵がしっかりかかっているのを確認すると俺達はエレベーターで下へ降り、住んでいるマンションの玄関をくぐる。

 

「寒っ」

 

 軽く吹いた夜風が頬に伝って簪は縮こまる。吐いた息が白くなって、消える。

 案の定の寒さ。簪は大丈夫か。

 

「ん……平気。今夜はいつもより寒さマシ。それにほら、朝から暖かい一日になるって天気予報で言ってたしね」

 

 そうだったな

 それでも寒いものは寒い。下手に遠出したら大変そうだ。

 とりあえず散歩コースは、少し遠回りしてコンビニでいいか。

 

「了解」

 

 俺達はコンビニへとゆっくり散歩を始める。

 時間が時間だから当然、自分達以外の人影はない。あるのは電柱の明かりぐらいなもの。

 自分達の住んでいるところは静かな住宅地。いつも静かだが、夜中の静けさは何だか違ったものを感じる。狭い道。広い道。上の地区へと続く階段。公園。まるで普段住んでいるところをそっくりそのままコピーした裏世界にいるみたいなそんな感じ。

 

「あ~……分かる。何だか冒険してるみたい」

 

 そう言った簪の足取りは軽く楽しそうだ。

 いつもとは違った雰囲気があっても見知った場所。その安心感があるから、いつもと違っていても夜の散歩を楽しめる。

 

「やっぱり、着いてきて正解だった。まあ、あなたの邪魔しちゃったかもだけど」

 

 どっちでもよかったというのはアレだが一人でもよかったけども、二人で出かけられるのなら二人の方がいい。

 夜出かけることは今までもあるが、こんな夜中に出かけるのは初めだ。

 

「ふふっ、不良だ」

 

 簪が楽しそうに変な冗談言うからつられて笑ってしまう。

 なんだそれ。でもまあ、そういう感じか。

 

「そうそう。そういう感じ」

 

 そして夜の街を二人歩いていると目的のコンビニに着いた。

 早速中に入る。店内にはレジにいる定員以外人はいない。

 というより、入ったのはいいが何買うか。

 

「冷蔵庫の中、何もないから朝ごはん買わないと」

 

 そうだったか。

 なら、朝ごはんだ。食べたい惣菜パンをいつくか選んでカゴに入れる。

 

「好きだね、それ」

 

 惣菜パンを買う時、いつも同じのを選ぶから言われてしまった。

 嫌いなもの選んでも仕方ないし、朝は好きなもの食べて力つけたい。

 簪もそうだろ。手に取ってるのは簪がいつも選ぶ惣菜パン。

 

「朝は好きなもの食べて力つけたいからね」

 

 とおどけるような笑みを浮かべ、同じ言葉を返された。

 簪も自分が食べるのを同じカゴへと入れる。

 他に買うものはないか。

 

「牛乳とかまだあったよね」

 

 あったと頷く。

 欲しいものも特にない。

 

「だね。じゃあ、会計してくる」

 

 そう言った簪にカゴを渡し、会計が終わるのを待つ。

 いつものことだ。

 

「ん……終わったよ」

 

 待つ事数分、会計を終えた簪が来て共にコンビニを後にする。

 この後はもう帰るのみ。いい夜更かしになった。

 

「だね。あ、そうだ……最後に公園寄ってもいい……?」

 

 公園と言うと家からコンビニまでの間にあるところか。

 構わないが何かあったりするんだろうか。

 帰り道を歩きその公園へと着いた。電柱の明かりがあるだけの夜の公園。

 

「よいしょ……っと」

 

 ベンチに二人並んで腰をかける。

 人のいない静かなここは返る前の一休憩にはちょうどいい。

 

「はい、これ」

 

 その言葉と共に渡されたのは肉まん。

 暖かい。出来立てだ。会計の時に買ったのか。

 

「そう。わたしのが豚まんで、あなたのがピザまん。丁度小腹空いてきたころでしょ」

 

 言われてみれば、確かに。

 これはありがたい。冷めないうちに食べてしまうか。

 その前に半分にして片方を簪に渡す。すると、同じように簪から豚まんの半分を渡された。

 

「ん……いただきます」

 

 二人の声が重なった。

 頬張った肉まんは美味い。寒空の下で食べているからか格別だ。

 

「罪の味がする」

 

 変なことを言いながら食べる簪は満面の笑みだった。

 まあ、言いたいことは何となくわかる。味が体に染みる。

 

「お茶もあるよ」

 

 ついで小さめの熱いペットボトルを渡された。用意がいい。

 一口飲むとまた温まる。落ち着く。吐いた息が真っ白だ。

 散歩でいい感じに疲れて、小腹も満たされた。これならもう寝れるな。

 

「よかった。夜のお散歩、楽しかったからたまになら行ってもいいかも」

 

 本当夜の街を歩いただけだったが楽しかったからたまにならアリかもな。

 ただ次は春頃。暖かくなってからにしたい。

 

「ふふっ、そうだね」

 

 簪は温かな笑みを見せてくれた。

 

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