簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪「一人ってこんなに寂しいものなんだ……」

 彼が家を空けて今夜で三日目。

 一昨日から彼は地方へ出張に出かけている。

 何でも仕事関係の講習会にいくつか呼ばれたとか。

 私はというとお留守番。とはいっても一昨日と昨日は訓練、今日明日はおやすみ。

 昨日一昨日は織斑コーチや山田コーチといて。今日は朝から本音や谷本さん達と遊んでたから気にしてなかったけど……。

 

「一人ってこんなに寂しいものなんだ……」

 

 ベッドの上でタオルケットに包まりながらぽつりと呟く。

 一昨日昨日は訓練を終えて、お二人と食事をして帰ってきた。

 その後、お風呂に入って疲れてたからすぐ寝たけど、今日はまだこうして起きてる。

 何かネット配信で映画とか番組でも見てれば少しは気が紛れるんだろうけど、そんな気分になれずこうして包まってる。

 包まっていると余計、寂しさを感じてしまう。

 

「そう言えば、こんな風に何日も一人で寝るの……久しぶり。というか、同棲してからは初めての気が……」

 

 彼の帰りが遅いとかで今まで一人で寝ることは何度もあった。

 けど、こうして連日一人で寝るのはほぼ初めて。

 二人用のベッドがいつも以上に大きく、広く感じる。

 

「電話……いや、メッセ……」

 

 声が聞きたい。それが叶わないなら、メッセでも。

 と思ったけど、思いとどまった。電話するにしても時間はもう遅い。

 メッセを送るにしても、昨日一昨日と来てたのに寝てて返事返せなかったから、何だか申し訳ない。

 そもそも彼は仕事をしに行っているんだ。遊んでた私とは違う。自分勝手すぎる。

 

「寂しいなんて子供じみたこと言ってたらだめ」

 

 自分に言い聞かせる。

 今日声が聞けなくても話ができなくても、明日には帰ってくる。早くてお昼頃らしいけど。

 それに私にはとっておきのアイテムがあったんだ。

 

「……これでよしっ」

 

 自分の部屋から持ってきたとっておきのアイテム。

 彼のワイシャツを着る。ちなみに洗濯前のもの。出張に行くことは前もって聞いていたから洗濯物の中から回収して私の部屋に隠しておいた。

 理由は勿論、もしもの時の為にと思って。そのもしもが今。

 

 持ってきたのはワイシャツだけじゃなく、たくさんある彼の服。

 当然、これも洗濯する前のもの。

 パジャマを抱き枕代わりにして、他の服は周りに置く。

 そんな量があるわけじゃないけど、一人だと広く感じていた二人用のベッドがいい感じの狭さになった。

 ここまで来たら当たり前だけど枕は彼が普段使ってる枕を使わせてもらってる。最強装備の完成。

 

っ、くんくん

 

 鼻をくんくん動かして匂いを堪能する。

 洗濯する前だから彼の濃い匂いがたくさん残ってる。いい匂い。彼に抱きしめられてるみたい。

 何か物足りない気もしなくはないけど、これなら一人寂しい夜は何とか乗り越えられるかも。

 お行儀はよくないけど、このまま眠ってしまおう。丁度、眠気もやって来た。

 

「ぁ……洗濯物……起きてからでいい、か……」

 

 帰ってくるまでには起きるからその時に洗濯もの回せば、とりあえずセーフ。バレない。

 やっぱり、こんな姿は見せられないもの……。

 

 

「ん……んん……」

 

 誰かに身体を揺すられる。

 優しい揺すり方。覚えがある。

 それに声も覚えがある。彼だ。彼の声。

 

「あ……おかえりなしゃい……」

 

 寝起きだから呂律が回らなかった。

 でも目を覚ましたら、彼がいた。

 ワイシャツ姿。帰ってきたのかな。

 

「……あれ……?」

 

 ちょっと待って。帰ってきた……?

 その事実を飲み込んでいくと寝惚ける頭がみるみる強制的に覚醒していく。

 もしかして寝坊した? 家の中でだけどお出迎えしようと思っていたのに。

 

「えっ……? あ……朝一で帰って来たんだ……本当だ、まだ朝」

 

 スマホで時間を確認すると起きようと思っていた朝の遅い時間帯。

 よかった。寝坊じゃなかった。

 それに早く私に会いたくて予定よりも早く帰って来たとか……嬉しい。にやけちゃう。もしかして彼も寂しかったのかな。そうだと……。

 

「んふふっ……え? 惨状……?」

 

 何のことか分からない。

 きょとんとしながら、彼の指さした先を目で追う。

 するとそこにはベッドの上で繰り広げられてた惨状があった。

 

「う、あ、え? あ……あッ、あぁぁああぁぁ……!?」

 

 ガバッとタオルケットを頭から被る。

 酷いはしたない声を出してしまったけど、今はどうでもいい。

 それよりも気になるのがある。彼の洗濯前ワイシャツを着て、洗濯前の服を抱き枕代わりにして、周りに洗濯前の服を囲むように置いたこの惨状を見られたことが。

 

 失敗した……!

 なんで早く帰ってくるの! いや、それは言い過ぎで早く帰って来てくれたのは嬉しい。でも、一言先に言って欲しかった。こんな……!

 

「わぁぁぁぁぁんっ……!」

 

 恥ずかしい、恥ずかしいっ。

 顔が熱い。顔、見せられない。見せたくない。

 なのに。

 

「せ、説明……!?」

 

 彼はからかってくる。

 私からこの惨事ができた理由を説明してほしいだなんて。鬼畜。

 そりゃ私のことを心配してくれる優しい声色だけど、どこか喜々としたものを感じなくもない。

 言いたくないけど言わずにいて、そっとされるのもそれはそれで何だか寂しい。

 この惨状を見られたんだ。

 

「うぅ……かっ……だもん」

 

 もう自棄だ。

 

「寂しかったんだもん! 昨日だけはなんかすごく寂しくて。でも夜も遅かったし、電話もメッセもするのも気が引けて。だからせめてもと思ってやっちゃっただけで、起きたら洗濯するつもりだったもん!!」

 

 言い訳にもならない言い訳。

 本当に自棄。しかし、怒鳴っちゃって怒ったみたいになちゃった。怒ってないのに。

 正直に言ってみたけど、恥ずかしさだけが増した気がする。

 

「……なによぉ」

 

 彼は私の名前を呼んで、隣をぽんぽんと叩く。

 仕方なく私は被ったタオルケットから顔だけ出す。

 すると優しい顔で両手を広げて手招きしてくる。抱き着いて来いと言わんばかり。オマケにおかしなことまで言って。

 

「匂い嗅ぎ放題って……もう、おかしいなことって言って。あなたがそういうなら仕方ない」

 

 なんてせめてもの強がり。

 本当に強がり。言い終える前に私はタオルケットから出て抱き着いた。

 しかも、首に鼻を埋めちゃってる。

 

「ふふんっ、はぁ……いい匂い」

 

 ワイシャツやパジャマとは比べ物にならない濃くて新鮮な匂い。

 そして、ワイシャツ達にはない体温の暖かみと彼の存在感。安心具合が段違い。

 

「そっか……昨日の物足りなさってこれだったんだ」

 

 そりゃ物足りなさを感じるわけだ。

 

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