「今週の課題も無事達成。よくやったな、簪。だいぶ良くなってるぞ」
「は、はいっ……!」
「それでは今日はここまでとしよう」
織斑コーチから終わりを告げる声をかけられる。
それを聞いて私は機体の展開を解く。
すると機体からの身体補助も解け、ドッと押し寄せてくる疲れを感じつつも絶え絶えとなった息を整えながら、一礼する。
「ありがとう……ございました……っ」
今日のトレーニングはこれで終わり。
普段通り、ハードなトレーニング。凄く疲れた。このハード具合は毎回のことなのに全然慣れない。慣れたと思ったら、新しいトレーニング始まるんだから当然と言えば、当然かもしれないけど……。
対する織斑コーチはいつも平気そう。今の私みたいにバテバテになった姿を一度も見たことがない。私と同じぐらい動いているはずなのに。
体力面は兎も角、気力面でもそうなのだから末恐ろしい。現役引退してからもう随分と経つけどそんなことコーチの前では関係ないんだろうな。
「腐っても初代ブリュンヒルデだからな。現役を退いても後進にはそう簡単に遅れは取らん」
「……心、読まないでください」
「読んでなんかいないさ。見れば何考えているのかなんて分かる。お前が学生の頃からの長い付き合いだからな、簪。だろう?」
それはそうかもしれない。
付き合いの長さがあるからこそ、見れば分かるのはある。
最近、私も織斑コーチが何を考えてるのか分かるようになったし、当てられるようにもなった。
「さてと……」
いつまでもこうしてはいられない。
今日のトレーニングは終わったのだから帰る準備をしないと。
帰る用意が出来るとスタッフの皆さんにお礼を言ってから、汗を流しに織斑コーチとシャワールームに向かう。
「そうだ、簪」
道中、織斑コーチが声をかけてきた。
またいつものかな。今週のトレーニングも今日で終わり。明日は土日休みだし。
何言ってくるのか分かった。
「また今夜、飲みに?」
「よく分かったな。今週はこれで終わりだし、折角だからな」
「折角って……ほぼ毎週言ってますよね、それ」
毎週のように言ってきたら分かる。
察するとか以前の問題。
「まあ、いいですけど……行きます。今夜は彼も遅いみたいですし」
「では、決まりだな。店はいつものところでいいだろう。今日はめいっぱい飲むとしようか!」
いい顔してる。
織斑コーチ、本当にお酒大好きだな。
心の中ではほんの少しだけ呆れつつも、夜を楽しみにした。
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・
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約束の夜。
いつもの馴染みの店で夜ご飯を食べながら、お酒を楽しむ。
愛用しているこのお店は和風の落ち着いた雰囲気の居酒屋で、料理もお酒も美味しい。織斑コーチとトレーニング終えた週末に通っていたらいつのまにか常連客になり、こうして人目に付きにくく、いい感じの個室の席を用意してくれる。オマケにいろいろとサービスしてくれるようにまでなった。ありがたい限り。
おかげでこうして織斑コーチと飲んでいても騒がれず、ゆっくりとお酒や料理を味わえる。
実際、楽しみまくってる。言うまでもなく織斑コーチが。
「ぷはっ、生き返るッ!」
「初っ端から飛ばし過ぎじゃ……」
豪快。気持ちよさそうに織斑コーチはお酒を飲む。
まだ始まったばかりなのに凄い飲んでる。
「何を言っている。このぐらいまだ序の口。言っただろう。めいっぱい飲むと」
また飲んでる。
この姿見たら、ファンの人達はどうなるんだろう。
素の部分見れたって喜ぶのかな。
まあ、間違いなくクールでカッコイイヒーロー像は木っ端みじんになるだろうけど。
お酒好きもそうだけど、結構だらしないし……。
「というか、簪も飲め飲めっ!」
「ちょっ!? あぁ~!」
グラスが空いているのに目をつけられ新しくお酒を注がれてしまった。
このお酒、コーチが好きな強めのお酒。しかも、量が多い。溢れそうになって焦っちゃった。
注がれたからには飲まないと。断れないとかそういうのじゃなくて勿体ないのと、単純にこのお酒は美味しい。
一口飲んでみる。
「……」
「どうだ?」
「美味しいです……」
「だろう。ふふっ」
満足そうに笑ってコーチも同じお酒を飲む。
このお酒、美味しくて飲みやすいけどアルコールが強い。飲み過ぎないように気をつけないと。前勧められて飲み過ぎて凄いことになった。口にはしたくないありさまに。あれは恥ずかしかった。
料理とお水を挟みながらちびちびと飲んでいく。その間もコーチの飲むペースは速いまま。これで潰れないんだから凄い。
「本当、不思議なものだ……」
日本酒を煽りながら、ふと目の前の席に座る織斑コーチがしみじみと言う。
最早耳馴染みとなったよく聞く台詞。
お酒がたくさん進むと織斑コーチは言うことが多い。
自覚しているようで苦笑する織斑コーチ。
「っと、すまん。いつも悪い癖が」
「いえ……不思議ですからね。こうしてコーチと二人で飲んでるのとか、本当に」
言いたくなる気持ちはよく分かる。
こうして織斑コーチと飲んでいるのはもちろん。
教える側と習う側、先生と生徒の関係にまたなるなんて思ってもいなかった。
「まったくだ。ドイツからの付き合いのあるボーデヴィッヒや小さな頃から知ってる篠ノ之、凰といった一夏の幼馴染連中。オルコットやデュノアといった担任クラスの生徒ならまだしもお前が学園の学生だった時はここまで深い関係になるなんて全く思ってなかった」
私もそうだと頷いてお酒を一口飲む。
学生の頃、織斑コーチ、織斑先生は初代ブリュンヒルデということもあって先生達の中で一番存在感のある先生だったのは確か。
でも、黄色い声を上げていた子達みたいにファンというほどでもなく、担任の先生ではなく、クラスは持ち上がりだったから関わりが少なかった。
代表候補生関係のことで関わる機会はあるにはあったけど、それ以外で関わる機会はなかったし、私は自分から先生に関わっていくタイプでもなかった。
なので織斑先生は大勢いる先生の一人でしかなく、それは先生にとっても同じことだろう。大勢いる生徒の一人でしかなかったはず。日本の代表候補生だとしても。
でも、正式に国家代表になってからは一変した。
「お前が私に指導者をやってくれと言ってきた時は本当に驚いた。今でもよく覚えてるぞ」
「そんなにですか……?」
「まさかあの更識簪が言ってくるなんて全く思ってなかったからな。指導者は必要なのはよく分かっていたが」
たくさんの期待を寄せられ、様々な思惑と責任を感じ、国の威信がかかっている国家代表は優秀な成績、あるいは各大会での優勝などを収めることを求められる。
その為、代表候補生時代よりも更に高度な訓練などをしなくちゃいけなくなる。他のスポーツ競技と同じく、IS競技にも指導者は必要となる。
そこで私が指導をお願いしたのが織斑先生だった。もう、かれこれ数年前のことになるのか。
「でも、最初織斑コーチかなり渋ってましたよね」
お願いしたものの二つ返事でとはいかなかった。
かなり渋られたのをよく覚えている。
「正直、山田先生のほうが私より遥かに適任だと思ったからな。彼女はぽやっとはしているが、実力は確か。教えるのは非常に上手い。加えてサポートも手厚い」
「それはまあ、そうですね」
たまに山田先生もIS学園から出張という形で指導に来てくれる。
学生の頃から実力の高さは感じていたけど、1対1の指導を受けてより実感した。何より、物腰柔らかなのもあって分かりやすい。
代表候補まで上り詰め、あのルクーゼンブルク近衛騎士団長が堂々とライバル宣言するほどの人、実力は確かじゃないわけがない。もっとも本人はやっぱり謙遜するし、何処か黒歴史扱いしているみたいだけど。
「聞いたことなかったが、私を指導者に選んだ決め手は何だったんだ?」
「決め手……? そうですね、やっぱり……私が知る限り、織斑コーチは世界最強の人で同じ日本の国家代表。偉大な先代である織斑コーチを超えたい。その為には織斑コーチに指導を受けるのが一番の道だと思ったのが決め手ですね」
「一番の道……お前らしい。アイツの影響か。越えなければならないではなく、超えたい……言ってくれるな、まったく」
口角を嬉しそうに尖らせ、またグイッとお酒を呷る。
そのせいでどんな顔してるのかはちゃんと確認できない。
でも、きっと照れてるんだろうな。ふふっ、付き合いの長さが生きた。
「まあ、コーチに指導者になってもらうのにはいろいろありましたけど」
「あー……それはすまんとしか言えんな。いつになっても立場のややこしさは解決せん。私はもう過去の人間だと言うのに」
織斑コーチはそう言うけど、世間はそう思ってない。嫌がるコーチにはちょっぴり悪いと思うけど、私だってそう。
生ける伝説、織斑千冬。日本にとっては勿論、世界にとっても特別な人。
織斑コーチに教わりたい人は世界中にいてIS学園という中立の場だからこそある意味公平に教えられるわけだけど、そんな人を同じ国の人間だとしても世界大会に向けて専属コーチとするのはいろいろとある。うるさいところは本当にうるさい。
彼が各方面にかけあってくれたからこそ、今が実現しているのは本当に感謝してる。
でなきゃ何年も専属コーチになってもらうなんて無理だったわけで、ましてや簪と呼ばれる仲にまではなれなかっただろう。
「そう言えば……」
ふいに思い浮かんだことを言ってみる。
「この間、学園に帰ってましたよね。どうでしたか……?」
織斑コーチも学園から出張という形でコーチ業をやってくれている。
なのでたまにIS学園に顔を出しに行っているみたい。
「相変わらずだな。ただ帰ってきただけでお祭り騒ぎはやめてほしいが……私がいない穴もちゃんと山田先生とデュノア先生が上手く埋めてくれている」
デュノア先生。
まだ聞き慣れないな。不思議な感じがする。
デュノアさんは今IS学園の先生をやっている。なったのはもう大分前のことだけど。
「不思議な感じがします。同級生が母校の先生をしてるなんて」
「それを言うなら私のほうが不思議なことだらけだ。教え子が弟の嫁に、お前とも遠縁ながらも親戚になるかもしれんしな」
「あー……それは確かに」
苦笑いする織斑コーチに私も苦笑いした。
織斑コーチの弟、
そろそろ結婚も視野に入れているとか何とか。
そうなると更識と布仏は親戚関係にあるから、織斑コーチとも遠縁ではあるけど親戚関係になるのかな。
「一夏はもう一人立ちしてもう大人になった。いつまでも私が構い続けるべきではない。一夏に私の将来のことで心配されるのも癪だ。だから、私もそろそろ腰を落ち着けるべきか」
「おっ……!」
思わず声を上げてしまう。
織斑コーチからこの手の話題は初めて聞いた。
今までずっと仕事一筋だったらしいけど、織斑と本音のことで織斑コーチにも何か心境の変化が生まれたのかな。それはきっといいこと。なんて私が思うのはおこがましいのかもしれないけど。
「まあ、相手なんていないわけなんだが」
「でも、コーチなら引く手数多……」
「だと思うか? そう言ってくれるのは嬉しいが、私みたいなのと一緒になろうと思ってくれる奴なんてそうはおらん。何より、私のことなのに周りがうるさくなるのは目に見えている」
「それはまあ……」
初代ブリュンヒルデが、ともなれば周りが放っておかない。
所謂、ありがた迷惑なお節介を焼かれるのは間違いなし。
その光景が容易に浮かんでしまう。
「その点、お前らは上手くやったな。私も教えが生きて嬉しいよ」
「あはは……」
わぁ……凄い皮肉たっぷり。苦笑いするしかない。
でも、我ながら上手くやったとは思う。彼の立場とか付き合い始めた頃がまだ代表候補生時代だったからといろいろ運がよかったっていうのが大きいだろうけど。
私も織斑コーチみたいにありがた迷惑なお節介を焼かれてた未来があったと思うと織斑コーチの心情は察するに余りある。
「なぁ……簪」
「は、はい……」
「誰かいい人はいないのか。紹介してくれてもいいんだぞ」
「えぇ……」
突然の無茶ぶりにこんな反応しかできなかった。
言ってくるような気は薄々していたけど。それ、私に聞くの。
というか、織斑コーチ若干目が座っているような。いつの間にか新しいお酒を注文していて、飲むペースがまた早くなっているような。
「競技関係以外で男性の知り合いなんてほとんどいませんし、ましてや男性の友人なんて……女性のほうがいいってわけじゃないんですよね」
「それはそうだ。簪のそういうところは学生の時となんら変わってないな」
「そりゃ女ばかりの環境ですし、大学もやっぱり女の友達や知り合いの方が多いので……うーん、あっ! そんなに紹介してほしいならいないわけじゃないですけど……」
「おっ! どんな奴だ?」
凄い喰いつき。
そこまで興味あったんだ。
酔いが相当回ってるのもあるんだろうな、これは。
「織斑、一夏さんの中学の頃の友人……」
紹介できるとは言えば、この人達。
競技関係以外でなら交友がある。会った回数が多いってだけだけど。
これも織斑と彼がいての交友なので、私個人ってなると居ない。
期待を見事に裏切ったからか、コーチはさっきの反応が嘘みたいに意気消沈している。
「それは……複雑だな。かなり、うん……というか、上げて落とすな」
「ふふっ」
笑いながらお酒とおつまみの料理を口に入れる。
「だったら、アイツならば……」
「彼に聞いても同じ返答をすると思いますけど」
「だろうな。はぁ、身内でもこれか。思った以上に前途多難だな、これは」
「まあ、コーチに紹介できる素敵な人がいれば紹介します。いろいろサポートしますし」
「うむ、それは助かる。私はいい教え子を持ったものだ」
流れていく穏やかで楽しい時間。
ちなみにこの後また強めのお酒を飲んじゃって、顔を覆いたくなる恥ずかしい黒歴史を生んだのはまた別の話。
…
箒や鈴、ラウラだと近すぎて姉や先生の面が強く出て
セシリアやシャルロットだと、所属してる国の都合上、ここまでの関係にはならず。
楯無さんだと裏のややしい事関係でお互い一線引いた大人な付き合いになると感じて
簪とならこういう関係になれば、こんなふうになるのかなぁと。簪は千冬さんの周りに居なかったタイプでしょうし。