八月某日。
毎年続く記録的な暑さが最早お馴染みとなった夏。
今日も外は真夏日、猛暑だろうがそれは外の話。室内は涼しく、過ごしやすく快適だ。なにせ、目の前には広々としたプール。
少し遠出した今日、室内プールへと遊びに来ていた。勿論一人ではなく、恋人の簪と二人で。
着替え中だったが、丁度今やって来た。
「ごめんなさい……待たせちゃった」
その言葉と共に現れたのは水着に身を包んだ簪。
トップスとボトムスの間、へその辺りが網目状に結ばれた黒いワンピースタイプの水着。
胸元が見えない露出の少ないその水着は簪にとてもよく似合っている。こうして水着姿の簪を見てると夏なんだなとより実感する。
「ふふっ、何それ。でも、似合ってるって言ってくれて嬉しい」
くすくすと嬉しそうに簪が笑う。
着替えが済んだ。
となれば、後はもう存分にプールを楽しむだけ。
「で、始めはどこで遊ぶの……?」
それは決めてある。
遊びに来たここは少しお高めの室内プール。予約制ということだけあって設備は充実しており、プールも種類豊富。
いきなり激しい系のプールは疲れてしまう。だから、初めは流れるプールにでもしようと思っている。
「流れるプール、いいね……あっだから、浮き輪持ってるんだ」
簪の視線の先には俺が肩に掛けている浮き輪。
流れるプールと言えばこれだろう。欠かせない。簪が着替えている間に借りておいた。
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
頷いて簪と共に流れるプールに向かう。
値は張ったが予約制のここに来てよかった。目の前の流れるプールには人はいるが、混んではない。ゆっくりと過ごせそうだ。
「ね……んしょ、っと。はふぅ、冷たい」
準備体操をして体をほぐしてから水の中に入っていく。
同じ方向に流れるプール水。冷たいが丁度いい冷たさ。逆らえないほど強い流れでもないが、流れに身を任せれば難なく流れていけそうだ。
簪に浮き輪を渡すと流されないよう掴まっていたプールサイドから手を離し、流れに加わる。
「これは楽……ぷかぷか」
浮き輪の外から掴まり流される簪は目を細めまったりしている簪。
早速、楽しんでくれているようで安心した。
今は本当に流されているだけだが、それに飽きたら別のプールもある。ジェットプールとかウォータースライダーとか。果てはプールではなくなるけど天然温泉やワイン風呂まである。
「いっぱいあるね……楽しみ。来てよかったかも」
簪から嬉しい言葉が聞けた。
元々、簪は遊びに出かけるのを嫌がっていたから尚更嬉しい。
まあ、暑い日にわざわざ外に出かけるのは勿論、出かけたところでどこも混んでいるのは目に見えているからな。
けれど、ずっとクーラーの効いた家にいるのもそれはそれで体が弱ってしまいかねない。
ならばと、ここを見つけ予約してみたけど無事予約が取れ、これてよかった。
「ふふっ、ふわふわぁ」
すっかり流れるプールにハマった様子の簪。
この様子なら他のプールに行くのは大分後になりそうだ。
今は思う存分、流れるプールを楽しんだ。
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思っていた以上にはしゃいでしまったようだ。
時間も忘れて簪とプール巡りに精を出してしまった。
楽しかった分、それ相応に疲れてしまうもの。
「疲れた……休憩、しんどい」
まあ、あれだけ流れるプールを周回すればそうなるだろう。
「絶対、あなたが連れまわしたウォータースライダーのせい」
ジト目を向けられるが気にしたら負けだ。
強制したわけではないし、簪が自分で行くと言ったからな。
きゃぁきゃあ声上げて、楽しそうにしていたのも覚えている。
とは言え、疲れたのは確か。
ということで一旦プールから上がって休憩を取る。
ここは水着のまま飲食ができるフードコートが端に隣接されている。ここで簪と休むことにした。
ちなみにここは軽く摘まむ程度のものから、ガッツリ食べれるものまでメニューは豊富とのこと。
まあもっとも、そんなに腹は減ってない。
「私も食べるのはいいかな……飲み物だけで」
簪と飲み物を選んでいく。
屋台で見る様な氷水で満たされたアイスボックスの中にはたくさんの飲み物が入っている。
俺はお茶を選び、簪は。
「私は……あっ、ラムネ」
簪が見つけたのは瓶ラムネ。
こんなものまで売っているんだ。夏だからだろうか。
それにするのか。
「でも、これだと後で喉乾きそう……」
炭酸ジュースだからそれはあるかもしれない。
しかし、俺がお茶を買うから喉が渇けばそれを飲めばいい。
今更気にするようなことでもない。
「あなたがいいならお言葉に甘えよっかな……すみません、お茶とラムネを一つずつ」
飲み物を買い、適当な席に腰を降ろすと一息ついた。
「よしっ」
何故か簪は意気込みながらキャップについたラベルを剥がしていく。
そして、付いていた道具で栓になっているビー玉を押す。
すると、ポンっと響く音と共にビー玉が落ち、炭酸が泡立った。
「いい音……いただきます」
律儀にそう言ってから簪はラムネに口をつける。
「ん、ふっ……」
ごくごくと喉の音が聞こえる。
美味そうに飲んでる。そんなにか。
「美味しいよ……あなたも一口どうぞ」
瓶の中のビー玉が揺れてカランと音を立てる。
差し出されたラムネを受け取って、一口飲んでみた。
口当たり爽やか。本当に覚えのあるラムネの味だ。
「ふふっ、また変なこと言ってる。当たり前でしょ、ん……」
ラムネを返すと簪はまた一口。
よく飲む。それに今度は飲んだ量が多い。
そんな好きだったけか。
「別に大好物ってわけじゃないけど……久々に飲んだら美味しくて。こういう機会にしか飲まないでしょ? スーパーとかで見かけても買わないから」
確かにその通りだ。
スーパーとかで見かけても、買わないことのほうが多い。買うならこういう機会になるか。
何より、祭りの屋台で買うものみたいな特別感あるしな。
「そう、それそれ。……ねぇ、これってビー玉取れると思う?」
空になった瓶ラムネを見ながらそんなことを言ってきた。
このタイプの飲み口なら開けられるだろうけど、何の為に。
「思い出にいいかなぁっと思って。瓶持って帰るわけにもいかないからね」
それはそうだな。
手を差し出し簪から瓶を貰うと飲み口を捻った。
力は要ったけども思ったよりも簡単に開いた。
「流石、ありがとう」
瓶を返すと簪は開いた飲み口を外し、瓶の中からビー玉を取り出す。
そして、用意していたらしいハンドタオルでビー玉を拭くと親指と人差し指で持ち上げ、簪はビー玉を見上げた。
「綺麗……ね、そう思わない?」
何でもないものに宝物の輝きを見つけた小さな子みたいに目を輝かせる簪の方が綺麗に思える。愛おしい。
見上げるビー玉にはまるで今日の思い出が詰まっているみたい。
…
暑い夏は簪とプールにでも行って涼んで、ラムネを楽しむ姿を見ていたい。
後で1シーン追加するかもしれません。