簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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最近、雨の日が多いのでこんな話を

ハーメルンにここすきボタンというものが実装されたのでお気軽に連打していただければ幸いです。


簪と雨と傘と虹

「本当、ついてない」

 

 隣で簪が愚痴る。

 愚痴りしたくなる気持ちはよく分かる。俺だってそうだ。

 折角の遠出からIS学園への帰り道。突然雨が降ってきてずぶ濡れになったのだから。

 

「天気予報じゃ晴れだったのにね……」

 

 晴れも晴れ、一日中大晴れの予報。

 確かにIS学園と寮を出た時は晴れていたが、帰り道を歩いていると振り出してきた雨。それも一瞬で大雨へと変わり、今こうして適当な屋根の下で雨宿りという名の避難を余儀なくされている。

 激しく降りしきる雨。雨粒自体大粒で遠くの様子が見えづらくなっている。

 

「少しはマシになってくれるといいいけど……」

 

 マシになってくれないことにはどうしようもない。

 今はこの屋根下で様子を見守るしか。

 

「はぁ……」

 

 溜息にも似た声を漏らしながら簪はタオルで濡れた身体を拭く。

 

「ん、何……?」

 

 ぼんやり簪の姿を見ていたら声をかけられたので適当なことを言いごまかす。

 髪、頬、そして身体。雨粒が滴るのを拭く簪の姿、その仕草は何だか艶っぽい。

 ドキッとして見惚れていたわけだが、そんなことを口にするのはどうか。言われてもってところだろう。だがしかし。

 

「えっち……」

 

 ジト目を向けてそう言う簪。

 言わずとも気づいたようだ。

 そうなると観念して苦笑いするしかなく、簪からは悪戯な笑みが返ってきた。

 

「ふふっ……そうだ、ちょっと屈んで」

 

 言われた通りに屈む。

 何をする気だ。次に感じたのは頭、髪を何かで触られる感触。

 それはタオルだった。先ほどまで簪が自分を拭いていたタオルを使って簪に髪を拭かれている。

 

「タオル一つしかなくて私の後で悪いけど濡れたままはよくないから」

 

 周りに人がいなくても外で頭を拭かれるというのは少々気恥しいが悪くはない。

 身をゆだねる。

 

「ふふ~んっ」

 

 髪が終わると服の上からではあるが体まで拭いてくれる。

 楽しそうに歌う簪の鼻歌がしとしと降り続く雨の音と合わさって心地いい。

 

「よし、拭けた。あ……雨、大分マシになってきたね」

 

 未だ雨は降り続いているが、ここへ避難してきた時よりも小雨になってきている。

 これならもう少し待てば止む可能性も出てきた。たた雲の様子は結構怪しい。また振り出してきそうな感じもある。

 

「動くなら今がチャンスだよね」

 

 今なら傘を指して帰りの駅まで行ける。ここからそんなに距離はない。ただし傘は折り畳み傘が一本のみ。

 となると選択肢は一つになってくる。タオルを鞄にしまうと簪と二人で一つの傘を指して、屋根の下から出た。

 

「もっと中に入って。また肩濡れる」

 

 傘を持つ腕を組まれると内側へと軽く引っ張られる。

 おかげで濡れることは少なくなった。

 二人で傘を指すこと自体そんな経験もなければ、そもそも傘を指す機会が少ない。

 

「最近、雨降ってなかったし。そもそも学園生活というか寮生活だと傘指すそんなに機会すらないからね」

 

 基本的な生活は学園や寮がある島で完結している。

 それに建物と建物が中で繋がってたり、外出ても小走りで済んだりとかそういうのが常。

 傘はあるにはあるけど返って邪魔になり、邪魔くさく感じてしまう。

 

「それでも折り畳み傘はちゃんと持つようにしないと。あなたが持ってなかったらどうなってたことか」

 

 いまだ小雨ではあるがそれでも傘がなければ歩けなかった。

 

 雨が強まる気配はない。

 雨の中を二人一つの傘に入りながら歩いていると駅までの距離が段々短くなる。

 傘があるとは言え、いつまでも雨の中にはいられないからいいことではあるはずなのに何だか。

 

「ね、ちょっぴり名残惜しいというか。もうちょっとこうしてたいよね」

 

 同意するように頷く。

 雨の日に傘を差すことはあっても、二人で一つの傘をさすことはない。

 「何だか私達二人だけの雨の世界って感じする。って、もうすぐ笑う。確かにポエムみたいなこと言っちゃったけど もうっふふふっ」

 

 楽しそうに笑う。

 連れてこちらまで楽しくなって笑う。

 簪の表現は言い得て妙。雨の日さまさま。

 

「たまにならこういう雨の日も悪くないよね」

 

 弾むような声と共に腕は組み直された。

 ずぶ濡れになって嫌気がさしていた雨でも状況と感じた、考え方を変えるだけでこんなにも楽しいものになる。

 

 そうして歩いていると駅に着いた。

 名残り惜しいが傘はここまで。閉じて傘に着いた雨を払っていると簪に肩を叩かれた。

 

「ねぇねぇ」

 

 上の方を指していて、空を見上げると。

 

「ほら、虹」

 

 空にかかる大きくて綺麗な七色の虹。

 つい先ほどまで大雨だったが嘘みたいに晴れ空は青く澄み渡っていた。

 

「綺麗……!」

 

 虹は日の光に照らされてキラキラと輝く。

 空を見上げて虹を見る簪の目もまたキラキラ輝いて綺麗だった。

 いつぶりだろうか。虹なんて久しぶりに見た。

 

「私も。虹なんてそんなに見られないからね。見れてよかった。ずぶ濡れにはなっちゃったけどいろいろあって本当雨さまさまだね」

 

 雨宿りに相合傘、そして虹。

 雨の帰り道も出来事は豊富。

 何だかんだ簪と一緒に楽しめたそんな雨の日。

 




※追記 ここすきボタン押してくれた方ありがとうございます!どの部分を好きになってくれたのか可視化できるので凄く嬉しいです!まだの方いましたら連打お待ちしております

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