御館様との話が終わり、簪と共に宴会場へと戻る。
年明けはまもなく。後、一時間もない。年明けの瞬間は、勢揃いで迎えたいということらしい。
だからだろう。宴会場を離れていた人達が次々と戻ってきている。最初よりか、席順は曖昧になっていて、歳の若い人達は一夏と本音を囲んで何やら談笑している。
この様子なら、ゆっくりしていても問題なさそうだ。俺達は適当なところに腰を落ち着ける。
「……お父様に……認めてもらえて……よかった」
隣にいる簪が安心した声色で言う。
表情は沢山の人の前もあってか普段どおりだが、嬉しさが隠しきれておらず、口元が小さく笑っているのが可愛らしい。
よかった。今はこの言葉に尽きる。
思っていたよりも随分あっさり、認めてもらうことが出来た。案ずるが何とやらなんていう諺があるけど、まさにその通りだった。昔の人はいいこと言ったものだと思う。
でも、大変なのはこれからだ。更識家に入る覚悟を示した。それに御館様の前で俺みたいな若造が大口叩いたんだ。言葉をなかったことには出来ない。口だけなら誰でも叩ける。これからは行動で示していかないといけない。御館様だけに認められるんじゃなくて、更識家の人達にもちゃんと認めてもらえるように。
「……私も……頑張らないと」
簪も決意を再認識しているよう。
「その様子ならお父様とのお話は上手くいったようね」
突然の聞き覚えのある声に俺達は体をビクっと振るわせる。
声の正体は楯無会長。楯無会長は俺達の隣に座る。俺達は当主の前ということもあって、崩れていた姿勢を正す。
それを見て楯無会長は苦笑いを浮かべていた。
「いいわよ、楽にしてもらって。今はオフ。当主、楯無じゃなくて貴方達の先輩としているつもりだから」
言われて、楽にする。
オフという言葉通り、楯無会長の周りには布仏先輩どころか沢山引き連れていた他の使用人すら今はいない。
そしてオフだからなのか、一息ついている楯無会長は何処か疲れている様に見える。当主とは言え、年齢は俺達と大して変わらない。流石の楯無会長でも、こういった宴ごとは疲れるみたいだ。
「当たり前よ。楯無の名前継いでから毎年のことだけど、流石にね。飲みなれないお酒飲まなくちゃいけないし」
疲れを一瞬で引っ込めて、困ったように楯無会長は苦笑いする。
それもそうか。
労いもかねて、俺は手近にあった飲み物を注ぐ。
「あら、ありがとう。婿殿に注いでもらえるだなんて光栄だわ」
その言葉にドキッとする。
「お姉ちゃん……まさか……聞いてたの?」
「やぁねぇ、そんなわけないじゃない。弟君か簪ちゃん、どちらか一人だけ呼び出したならまだしも。二人揃って呼び出してたのなら、お父様が何話すかなんて大体察しはつくわ。それに」
楯無会長はニヤついた笑みを浮かべながら、簪の口元を指差す。
「簪ちゃん。口元、そんなに嬉しそうにさせてたらどうなったかなんて言っているようなものよ」
「――ッ!」
顔を赤くして、簪は慌てて口元に手を当てて隠す。見られたのがくやしいようで簪は楯無会長を睨むが、睨まれている当の本人は楽しげに笑っている。
いくら表情が普段どおりでも、口元を嬉しそうにさせていたら、言っているようもの。
それだけで楯無会長が、ことの全てを察していてもおかしくはないか。
「おめでとう。簪ちゃん、弟君」
そう一言楯無会長は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「ありがとう……お姉ちゃん」
俺達はお礼の言葉を述べた。
「お父様が認めたのなら私、当主楯無からも異論はないわ。二人の仲を認めましょう」
嬉しい言葉だ。
御館様だけじゃなく、当主である楯無会長から簪との仲を認めてもらったのなら、これほど心強いことはない。
「知らない仲じゃないし、それに簪ちゃんの婿は弟君以外考えられないしね。何より、弟君は一夏君と同様非常に貴重な存在。護衛対象が近くにいてくれるのなら、更識としてはそれにこしたことはない。むしろ、更識に入ってくれるのならいろいろと都合が良いからありがたいぐらいよ。まあ、持ちつ持たれつってこと」
言って楯無会長は何処からともなく広げた扇子を出し、口元を隠している。
広げた扇子には「互助」との言葉が書かれている。
楯無会長のいうことは分かる。
「でも、実際いろいろと都合いいのは確かよね。簪ちゃんには、そろそろ遠縁の親族の中からか交友のある名家から婚約者の一人でもって話が一族会議でも出てたから」
「……そうだね」
少し暗い表情を簪は浮かべる。
やっぱり、名家。俺からしたら遠い創作物上のことにように思えるが、そういうことは必要になってくるもので、避けられないものなんだろう。
「当たり前よ。更識に生まれた以上、人生は自分のものであると同時に更識の為にもあるんだから。家の発展の為に生きて、家の為に死ぬ。婚約だってその一つ。代々そうしてきて、それはこれからも変わらない。変えるつもりもない。人あっての家だけど、更識ほど大きくなると家あっての人になるからね。だからこそ本当、簪ちゃんは好きな人と婚約者になれてよかったと思うわ」
当主としててではなく、一人の姉としての顔をしている楯無会長。
ただ表情こそは普段と変わりないのに、何処か楯無会長の表情は複雑そうにも見える。
それを見ていたのに気づいて、楯無会長はおどけたような笑みを浮かべる。
「でも、個人としては複雑よ。妹に彼氏兼婚約者が出来て先越されちゃったんだもの。困ったわ~」
何か言いたそうにじとっとした目を向けながら楯無会長は言ってくる。
複雑ってのはその言葉の意味以外にも意味があるのは明らかだ。何のことかは大体察しがつくが、言葉にはしたくない。言葉にしたら面倒なことになる。
楯無会長の言葉を適当に受け流していると、不服そうに口を尖らせる。
「もうっ、弟君ってばつれないわね! そうだ! 今なら楯無である
公の場なのに、体を摺り寄せて迫ってくる楯無会長。
押し返そうとしても負けじと押してくる。というか時と場合を考えろ。勧められたお酒の飲みすぎで酔っ払ってるのか、この人は。それに囲うってなんだよ……女子の口からそんな言葉聞きたくない。
第一、簪の前でそういうことはしないでほしい。
「いいじゃな~い! 今夜は無礼講よ! って……簪ちゃん、今日は何も言わないのね。いつものなら絶対に何か言ってくるはずなのに」
「……呆れて何も言えないだけだよ……お姉ちゃん」
簪は呆れたようような顔をしている。
簪の言っていることはもっともだが、楯無会長の言っていることももっともだ。
いつもならこの辺で簪が妬いたり、怒ったりする。それを狙って楯無会長は俺をからかっているんだろうけど、今の簪にはその様子はない。
「まあ……その、お姉ちゃんがやっぱりくっついてるの見るのは嫌だけど……私はあなたがお姉ちゃんに気がないの知ってるから大丈夫だよ」
ね、と笑みを向けられる。
その笑みが凄い信頼されてると感じると同時に、これは裏切れないと、裏切る気持ちなんてなくてもそう強く思わせられる。
何だか、今の簪はいつもと違う。
「い、言うようになったわね、簪ちゃん」
簪がそんなこと言うなんて思ってもいなかったようで、楯無会長も驚いている。
驚いた隙に楯無会長から離れる。
まさか、簪がこんなこというなんて俺も思ってもなかった。簪には悪いが、こういう時いつもの反応をしそうなものだとばかり思い込んでいた。
今の簪は何だかとても頼もしい。やっぱり、さっきの御館様との話の中で簪にも何か思うものがあったんだろう。
「これでも私は更識の人間……それに彼の妻になる身ですから……それ相応の態度でいようと思っただけのことですよ……楯無様」
「あらやだ、身が固まったら強くなっちゃって。お姉ちゃん何だか悲しいわ。まあ、今更妹の婚約者に手を出すつもりはないから安心し……」
「お話し中に申し訳ございません。お嬢様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間なのね。分かったわ」
現れた布仏先輩の言葉を聞いて楯無会長は腕時計で時間を確認する。
自分も時間を確認すれば、そろそろ日付が変わる約十分前ほど。
「ごめんなさい、二人共。そろそろ、行くわね」
「うん……いってらっしゃい」
楯無会長は席を立つ。
その時に「ああ、そうだ」と何かを思い出した様に呟くと俺達のほうを向き言った。
「私とお父様が貴方達の仲を認めたからって、それで安心したらダメよ。楯無と御館が認めたから他の人達も認めるしかないっていうのに甘えてないで。弟君がいくらISを使えようとも、更識に何の力もない一般家庭の子が婿入りするのはよく思わない人達だって当然いる。更識に入るっていってもそう簡単なことじゃないんだから。だから、私達のこと抜きで他の人達にもゆっくりでいいからちゃんと認めてもらうこと。それは楯無家一族もそうだけど、世間様にもね」
それは先輩である楯無会長としてではなく、いち当主としての忠告。
分かっている。その通りだ。二人が認めてくれたからと安心していたけど。それだけじゃ、やっぱりいけない。更識家に入るということは楯無会長達以外の一族の人達が当然いるわけで、その人達にも自分達の力で認めてもらわなくちゃいけない。
そうでなければ、本当の意味で更識家に入るとは言えない。
「それと弟君。簪ちゃん泣かして不幸にしたらあなたが生まれ変わっても絶対に許さないから。簪ちゃんも私にさっきあんなこと言ったんだから、それ相応の態度は見せ続けてもらうわよ。 二人には私個人としても楯無としても期待しているんだから、その期待裏切りでもしたらどうなるかは分かっているわよね?」
口元を広げた扇子で隠し、俺達を睨むように言う。
楯無会長が漂わせる雰囲気は、いつもの知っている生徒会長の雰囲気ではなく、更識家当主の圧倒的な雰囲気。御館様から感じた雰囲気を髣髴とさせる。
俺と簪は、楯無会長の言葉に静かに頷く。
まあ、例に漏れず頷くだけなら誰にだって出来る。楯無会長にちゃんと期待していると言われたのだから、しっかりその期待に応えていかないと。
俺達の答えに楯無会長は満足したのか、当主の席へと布仏先輩を引き連れて戻っていった。
俺達も最初に座っていた席へと行き、全員が元いた席に座る。
そして、年が開けた。
「楯無様。新年あけましておめでとうございます」
「ええ。新年明けましておめでとう」
まず最初に新年の挨拶。
宴の席にいる楯無会長以外の一同が挨拶を揃えて言い、当主の座に向けて深々と頭を下げる。
何だかヤクザ映画のワンシーンみたいだ。後はまた宴会という名の酒盛りが再開した。
この様子だと大人達は夜中まで飲み明かすんだろう。正直、付き合っていられない。 明日も明日で更識家は行事があるらしいから、それにも付き合わないといけない。
そんなわけで楯無会長には悪いけど、俺と簪は先に休むと告げ、宴を後にした。
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部屋へと戻ってきた。
人目がなくなったと思うと、一気に身体の力が抜けた。
何とも情けない声を漏らしながら、俺は床へと腰を降ろす。今日はこれで終わり。後は明日に備えて早めに寝るだけ。ようやくゆっくり休める。
始めよりかは更識家の雰囲気というか名家独特の雰囲気には慣れた気がするけど、やっぱり初めてなだけに精神的にかなり疲れた。肩が凝った感じがしたりと身体もあちこち悲鳴を上げている。 しかも、これが明日以降も続くと思うとやっぱり少しはキツい。
「……お疲れ様。……疲れたよね……」
隣に座る労うような笑みを簪は見せてくれる。嬉しかった。
まあ、流石に疲れた。こればかりは正直になるしかない。
俺とは対照的に簪はさほど疲れてない様には見える。
「……私は毎年のことだから……疲れはもちろんあるけど……もう慣れた」
苦笑いを浮かべながら簪は言う。
慣れか……俺もその内慣れていくのだろう。というか、慣れないとこんな堅苦しいことはやってられない。
更識家に入ると言ったからには、これから同じようなことが何度もあるような気がする。早く慣れていかないと。
「……だね」
でも今回は明日一日乗り切れば終わる。後一日の我慢。
「うん。だから……もうゆっくり休もう」
明日もまた朝早い。
明日は明日で年始行事が控えている。俺と簪はさっさと寝ることにした。
二人揃って、一つのベッドへ潜り込む。
「……おやすみなさい」
そう言葉を交わし、俺達は寄り添いあいながら眠りにつく。
こうして更識家で過ごした怒涛の一日目が終わった。
…
こんな風にじゃれあっている楯無姉妹の姿を原作でも見たかった人生だった……
楯無さんが二人に言っている事は、楯無さん自信にも言えてること。
強くなった簪ちゃんくっそ可愛い。 というか、簪ちゃん可愛い。
今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは~