簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

27 / 127
あなたはいない。乙女二人の恋話その弐

 

 夜。部屋からの外出禁止時刻まで、彼といつも通り一緒に過ごした。

 そして、自室に戻った私は明日の授業に向けての予習復習をそこそこに、タブレットでネット検索していた。

 検索キーワードは『バレンタイン 手作りチョコ』。来週に控えた来る二月十四日。バレンタインデーに向けて、私は手作りチョコをどんな風にしようかと考えていた。

 渡す相手はもちろん、私の大好きな愛しの恋人。調理室の使用許可届けは用意した。後は具体的にどんなチョコを作るか決めるだけ。

 料理は苦手だけど、カップケーキといったお菓子作りは得意。それと大体要領は同じだろうし、基本的なチョコ自体の作り方も一通りは知っているから多分大丈夫なはず。

 

「……んー……たくさんある」

 

 検索の末、たどり着いた料理レシピのコミュニティウェブサイトで私はバレンタインチョコの項目に目をやる。

 バレンタインデーの時期らしく丁度特集されていて、オススメチョコの特設ページがある。いろとりどり様々なチョコが掲載されていて、パッと見どれも凝って、美味しそうに見える。正直どれを作ろうか迷う。こんな風に凝ったチョコじゃなくて、簡単なチョコでも本当はいいのかもしれない。どんなチョコだって、彼は喜んでくれるはずだ。

そう分かっているからこそ、やっぱり彼にあげるバレンタインチョコは今まで作ったどんなお菓子よりも美味しくて、凄いものを作りたい。

 何より、この年のバレンタインデーは私と彼が付きあって、初めて迎える日。やっぱり、初めてっていうのは私にとっても、彼にとっても大切な日になるし、大切な日にしたい。

 そう思うからこそ、レシピ選びにより熱が入って、迷いが強くなる。どれにしようか沢山悩んで大変だけど、例えばこんなチョコをあげたら、彼はどんな反応をしてくれるのかと何度も頭の中でたくさん想像するのは楽しい。

 

「……」

 

 ふと、隣の本音の様子を伺う。

 本音も同じ様にバレンタインに向けてどんなチョコにしようか、調べて考えているみたいだけど、様子が少しおかしい。端末を眺めてはいるが、心ここにあらずでチョコのことよりも何か別のことを考えいる。ううん、悩んでいるみたい。

 織斑と付き合い始めてから本音は本当に幸せそうだけど、同時に大変そうだ。男性IS操縦者と交際するってことはいろいろな面で大変。本音のその気持ちは分かる。実際、私も同じ様に男性IS操縦者である彼と付き合っていて、正直なところ大変なことは沢山経験してきている。

 何より、本音が付き合っているのはあの織斑。物凄くモテて、あの五人はいまだに織斑のことを好きでいる。そりゃチョコを考えるよりも、大きい悩み事の一つや二つ考えていても無理はない。

 でも、付き合う前……あの時みたいに唸ったりして露骨に悩んでる様子がないだけに、余計に本音の様子が心配になってくる。

 

「本音……悩みごと?」

 

「えっ?」

 

 私の声に驚いて、本音は体をビクっと震わせる。

 

「あ……うん。チョコ中々決まらなくて。どれもおいしそうだし、これだけ数多いとね」

 

 それは嘘じゃないのは分かる。本音がそれでも悩んでいるのは知っているし、私だって現在進行形で同じ様に悩んでいるのだから。

 でも、今私が聞きたいことはそれじゃない。

 

「それにバレンタイン心配で……」

 

「心配……?」

 

「ほら、おりむーって聞いた話だと毎年凄い数のチョコ貰ってるらしいから今更、私がチョコをあげても喜んでもらえるかな~って。今年も多分一杯貰うだろうし」

 

 この子は一体何を言っているんだろう。

 彼女が彼氏にあげないで一体誰があげるというのか。というよりも、彼女を差し置いて、他の女のチョコで彼氏を喜ばせるわけにいかないじゃない。

 

「本音……それ本気で……言ってるの? 本音からのチョコを織斑が喜ばないなんてこと絶対にない」

 

 断言できる。

 織斑なら誰からチョコを貰っても喜ぶだろうけど、やっぱり本音から貰うチョコを一番に喜ぶはず。

 でなければ私と彼とで織斑に説教してやる。

 

「それに沢山貰うって言ったら……それ、私もだよ」

 

「あ……それもそうだね」

 

 本音は、謝るように苦笑いする。

 織斑ほどアニメみたいに信じられない数貰うことは多分ないと思うけど、私の彼も今年のバレンタインデー沢山貰うんだろうな。

 私と彼が交際していることは誰もが知る事実。だけど、彼はIS学園に二人しかいない男子の一人。バレンタイン一色の皆は、おもしろ半分で渡すと思う。実際、私のクラスてある四組のクラスメイトや仲良くなった整備課の知り合いから彼に『友チョコ』としてチョコを渡してもいいかと聞かれた。おそらく、イベントごとやおもしろおかしいことが大好きな私の姉も渡してくるだろう。

 正直、彼が貰うだろうチョコの数を想像したらげんなりはするけど、別に彼が他の女子からチョコを貰うのはいい。聞いてきた子達にもいいと返事したし、そんな些細なことで独占欲みたいなものを表に出すのも何だか情けない。私は彼の彼女。どっしり構えてればいい。

 

「彼氏がたくさんのチョコを貰うかもしれないけど。だからこそ……自分のチョコを一番に喜んでもらえるように……頑張って作るんじゃないの……?」

 

 それが全て。

 彼への想いを少しでも、チョコという一つの目に見える形に出来るように。そして、そのチョコを少しでも美味しいと喜んでもらえるように、今悩んでいる。

 他の子が渡すからとかどうでもいい。自分のあげたチョコを喜んでもらう。本当にただそれだけのこと。

 

「……」

 

 驚いた表情をして、本音は嬉しそうに小さく笑った。

 

「かんちゃん……本当、強くなったね~」

 

 思わず呆れてしまった。強くなったって……。

 何で本音に温かい目を向けられて、しみじみと言われなきゃいけないのか。

 というか逆に、この子は何でこんなに弱気なんだろう。いけない。このままだとはぐらかされる。それにこれでさっき何で悩んでいたのかよく分かった。私は正直に聞いた。

 

「デュノアさん達のこと考えてるんだよね」

 

「……やっぱり、分かっちゃった?」

 

「当たり前。何年一緒にいると思ってるの」

 

「あははっ」

 

 苦笑いしながらも嬉しそうな本音。

 生まれた時から私と本音はずっと一緒なんだ。何考えてるのか、何で悩んでいるのかなんて大体分かる。それはお互いそうで、本音が悩むとすれば、最近だと織斑のことぐらい。織斑のことで悩んでなくても、それ関係で悩んでいるのはさっきの言葉達で察しがつく。

 

「やっぱり、昨日今日で全てが丸く収まるなんて事ないよね」

 

 織斑のことを好きなあの五人。未だに織斑のこと好きみたいだど、最近じゃすっかり落ち着いたもの。凰さんは元々、サバサバしたところもあったせいかすっかり割り切っているみたい。オルコットさんやボーデヴィッヒさんは、織斑に対して兄や父親に向ける異性への憧れのほうが強かったみたいで、割り切りつつある。篠ノ之さんはまだ目に見えて全然ダメージ大きそうだけど、まあ何とか言ったところ。

 一番の問題はデュノアさんだ。篠ノ之さんみたいに目に見えてダメージは受けている様子はない。むしろ、凰さんのように割り切っているみたいだけど、織斑のことを好きなのは変わってない。それどころか、前以上に織斑のことを想っている。何というか、全体的に露骨。

 織斑にはもう本音という彼女がいるのにも関わらず、気にせず織斑にベタベタしたりといろいろと酷い。織斑が珍しく困っていてもやめたりしない。

 私の彼は、デュノアさんのそんな様子を織斑に振り向いてもらおうと必死なんだろうと言ってたけど、そんな可愛い物じゃない。肉体的な繋がりを求めようとしているのが、嫌でも分かる。

 当人ではないけど、今のデュノアさんの行動は、見ていていい気分じゃない。好きでいるのならまだしも、彼女がいる男にちょっかいを出す神経が私には分からない。

 だけど、本音も本音だ。

 

「それはそうだけど……本音。どうして、デュノアさんに対してもっと強くでないの?」

 

 デュノアさんが織斑にベタベタしていたら、一言ぐらい本音はデュノアさんに言うけど、本当に一言二言程度。弱腰だ。

 本音にしたら、あの五人……デュノアさんの織斑への気持ちを知っているから、優しい本音は強く出にくいのかもしれないけど、それがデュノアさんにつけいれられる隙になっている。

 本音は周りのことを思うからこそ、自分を押さえていつも一歩引いている。そこが本音のいいところだけど、それが今仇となっているのは明白だ。

 

「……う~ん、やっぱり……負目、感じてるのかも。まあ、感じたところで今更どうしようもないことだとは分かっているんだけど、つい考えちゃうんだ」

 

負目か。

 そう感じるのは本音らしいと言えば本音らしい。織斑と付き合う前からあの五人の織斑への想いを知っているだけに、そう感じても無理はない。

 

「デュノアさんにあんな風にされて、本音は嫌じゃないの……?」

 

 私だったら嫌だ。

 私は今の本音と同じ様なことされた経験があるから、尚更。

 でも、本音は今みたいに困った顔しているだけで強く嫌がったりはしない。それは本音が言う負目があるからそうさせているんだろうけど、本当に嫌がるなりして、本音が織斑の彼女なんだからもっと強く出ないといけないと私は思う。このままでは、本音も辛いだろうし、デュノアさんの為にもよくない。

 それに今更、織斑が本音以外になびくとは思えないけど、万が一ということもあるわけだし。

 本当なら、私達がデュノアさんを止められれば一番いいんだろうけど、やっぱり本音と織斑をくっつけたことで嫌われているみたいだし、何より睨んでくるあの目が怖い。あれは同級生に向ける目じゃない。冗談抜きの殺気が篭った目。あんな目を向けられたら、簡単には二の句を告げにくくなる。情けない話だ。

 そんな私の心配を気遣うように本音は言った。

 

「嫌、だよ。このままじゃなくないってよくないってことも分かっている。ちゃんとケリつけるから、大丈夫!」

 

 私を気遣うように本音は笑ってみせる。

 まったく……この子って子は。本音を心配していたはずなのに、逆に私のほうが本音に気を使われているなんて本末転倒。

 だけど本音がそういうのなら、信じるしかない。ここで食い下がっても、余計に本音に気を使われてしまうだけな気がするし。

 

「本音がそう言うのなら分かった。でも……何かまた何かあったら言ってよね。解決は出来なくても、話ぐらい聞くことできる。それに今更、隠し事なんて水臭い」

 

「分かってるよ~かんちゃん。ありがとうね~」

 

 嬉しそうに笑う本音に何だか結局、上手くはぐらさかされた気分だ。

 でも、こればっかりは仕方のないことなのかもしれない。私じゃ頼りないかもしれないけど、また何かで少しでも力になろう。そして、今はデュノアさんのことが上手く解決するよう祈るほかない。

 

「あっ、そうだ。じゃあ、先輩カップルであるかんちゃんに一つ聞きたいことあるんだけどいいかな?」

 

「……?」

 

「あのね……彼氏君ってちゃんと甘えてくれる?」

 

 甘えてくれるか……。

 

「うん。まあ……ね。頻度としてはやっぱり私のほうが多いけど……それでもちゃんと甘えてくれてる」

 

「そっか~。ちなみにどんな感じ?」

 

「えっ?」

 

 思わず、ビックリしてしまった。

 

「えっと……二人っきりの時にお願いしてなくてもぎゅっとしてくれたり、髪を手で梳いてくれたり……かな」

 

 ただ事実を言っているだけなのに、恥ずかしい。

 いや、事実二人っきりの赤裸々なことを言っているのだから、恥ずかしいのは当たり前なんだけど、言葉にしている以上に恥ずかしい。顔が何だかとっても熱い。

 私達は人前ではそういうことしないし、彼はしっかりしていてクールだけど、二人っきりの時にはちゃんとそうやって甘えてくれる。こんなこと言ったら彼は拗ねるかもしれないけど、甘えてくる彼は可愛くて愛おしい。

 何より。

 

「……そうやって身を委ねてくれるのは嬉しい」

 

 ちゃんと信頼してくれているのを実感できて私はとっても安心する。

 

「かんちゃん、惚気だぁ~」

 

「っ……ほ、本音が聞いてきたんでしょう」

 

 恥ずかしいのを我慢して教えてあげたのに、からかわれるなんて心外だ。

 というか……。

 

「もしかして本音……織斑に甘えてもらえてないの?」

 

「少しね。あ、でも全然甘えてもらえてないってわけじゃないよ。ただ、彼氏君みたいに甘えられたことがなくて……ちょっと気になって」

 

「普段、あんなにベタベタしてるのに」

 

 普段の織斑の様子を思い出す。

 いつも本音といる時は距離が近くて、人前だろうと手をよく繋いでいたりと馬鹿ップルそのもの。

 二人っきりの時はもっとベタベタしてそうなのに、何だか意外だ。

 

「私から抱きついたら抱き返してはくれるんだけど……自分から抱きしめるのは何だか抵抗あるみたいで」

 

「なるほど……ね。でも、そうするだけが甘えてもらうってことじゃないはずだよ。その……キス、とかもそうだし」

 

「っ……」

 

 キスと聞いて、本音はぎゅっと堅く唇を結ぶ。

 

「もしかして……」

 

「うん……その、キスもね。付き合い始めた時に一回しただけでずっとしてないの……」

 

「嘘……」

 

 思わず、そんな言葉が出てしまった。

 男子の方から甘えてこないのはよくある話だと聞いたり、ネットで見かけたりするけど、本音と織斑が付き合って、1ヶ月以上経っているのに、キスがまだ一回なんて。織斑ならいろいろと済ませてそうなイメージが強いし、織斑からよく手を繋いでいるのを知っているだけに、何だか凄く変な感じがする。それを本音も思っているのが、不安げな顔によく出ている。

 

「それで……もっと甘えてほしいと」

 

 本音は静かに頷く。

 全く甘えられてないと分かっていても、キスや相手から抱きしめてくれたりと肉体的なスキンシップみたいなものがないと不安になるのはよく分かる。気持ちで繋がっているとしても、そういう肉体的なスキンシップがあったほうがより仲が深まるのは確か。

 

「そっか……でも、やっぱり……織斑に甘えてほしいっていうしかないじゃないのかな……?」

 

「言ったんだけどやっぱり遠慮してるみたいで。そういうのがないのは生まれもっての感性だったりして仕方のないことなのかもしれないし、私の我侭なのは分かっているけど……」

 

「我侭だなんて……そんなことないよ、本音。これはやっぱり、もっとお互い理解し合えるように、自分の気持ちも話して、織斑の気持ちも聞いてみるしかないよ」

 

 これは私の体験談。

 うじうじ自分の中で考え続けるだけじゃなくて、話し合うのが一番大切なんだと私は気づいた。

 想いなんてものは結局、言葉にしないと相手にはちゃんと伝わりはしない。

 

「そうだよね。うん、もう一度、おりむーと話し合ってみるよ。ありがとうね、かんちゃん」

 

「どういたしまして。でも織斑って案外、パーソナルスペース変に狭いんだね」

 

「あっはは……そうかも」

 

 人のパーソナルスペースにはズカズカと入り込んでくるような人なのに、あんまり甘えたりしてこなかったりと変にパーソナルスペースが狭い。

 

「あんまりおりむーから何がしたいとかって言ってくれないかな。私にはよくどうしてほしいって聞いてくれるんだけど」

 

「知らないのかもしれないね。甘え方も」

 

 こう話を聞いていると恋と同じで知らないだけなのかしもれない。

 お姉さんである織斑先生は昔からあんな風に厳格だったらしいから、織斑は甘える相手いなさそう。それだったら知らないものをやれって言われても遠慮したりするのは当たり前のことかもしれない。

 

「知らないか……」

 

 何か考え込むように呟く本音。

 

「本音?」

 

「あっ、ううん。何でもないよ! まあ、いろいろと頑張ってみるよ」

 

 気丈に笑って見せる本音の笑みが私には何だか痛々しく見えた。

 




修羅場。嵐の前触れ。
バレンタインデー導入編、女子の部。

この物語では度々ある女性視点&簪視点。
“あなた”は今回いませんでした。ご了承を。

この物語ではもう簪は原作よりも精神面強く成長しているので、強く……それでいて面毒差可愛いをテーマに。
のほほんさんは、マスコットキャラの位置から脱却し、一人の恋する乙女として悩んでいく姿をテーマにしています。
悩まず、一夏とイチャラブさせてればいいけど、それじゃあ他とやっていることと変わりないのでこうなりました。

シャルルどうしようか……

それでは~
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。