「お姉ちゃんと妹……どっちが欲しい?」
そんなことを簪に尋ねられたのは、二人一緒に休日の時間をまったりしていたときのことだった。
その日は朝から雨でISの訓練を室内型の競技場でしようと思ったが同じことを考える人は多くて、使用許可を貰う書類の段階でかなり人数を待たされることを教えられ、待っていたらその日にできそうにないのでISの稼動訓練はあきらめた。
次に専用の部屋で体作りをしたが一通り終えてしまい、他にやることもなく手持ち無沙汰を感じながらも俺の個室で二人一緒に過ごしていた。
突拍子のない突然の質問。内容がよく意味が分からない。
どういう意味なんだ?
「えっとね……今あるツイートを見つけて。これ」
俺の部屋のベッドに寝そべって端末を見ていた簪は体を起して、ベッドに腰掛けて雑誌を読んでいる俺に端末の画面を見せてくれる。
そこには
『フォロワーに聞く。姉か妹、どちらが欲しい?』
という二択のアンケート形式のツイート文が書かれていた。
ちなみに簪は妹に票を入れているのが分かった。
妹欲しいんだ。
「この二択ならね……お姉ちゃんはいるから」
ああ……楯無会長がいるなら姉はいらないわな、まあ。
あんなアグレッシブなお姉ちゃんが二人もいたら凄い大変そうだ。
もう一人の姉が楯無会長と同じ性格とは限らないし、どう大変そうなのかは言わないが。
「それで……どっち? お姉ちゃん? 妹?」
簪は再び問いかけてきた。
そうだな……この二択なら妹かな。
お姉ちゃんはいるにはいるし……
「妹かぁ……ってあれ? 一人っ子じゃなかった?」
俺が一人っ子なのを知っている簪は不思議そうに聞いてくる。
違う違う。言葉足らずだった。
お姉ちゃんみたいな存在というのが適切な表現だ。
いるだろう、楯無会長が。
「ああ……そういうこと」
簪は納得してくれたみたいだ。
楯無会長は俺にとって……というか、一年生にしたら上の学年の人なんて兄貴やお姉ちゃん的存在だ。
実際、楯無会長はお姉さん的存在そのものだし。
それに簪と結婚すれば……事実上、楯無会長は姉もとい義姉になる。そう言って自分がとんでもないことを言っている事を自覚した。
「け、結婚してくれるんだ……」
両手を深く染まった頬に当て簪が嬉しそうしているのが分かった。
流れでとんでもないことを言ってしまったが否定する必要はない。ゆくゆくはだけど……ちゃんと簪との将来を考えているのだから。
「嬉しい……すっごく。ありがとう」
そう言ってベッドに腰掛けている俺に抱きついてくる。それを受け止めて、抱きしめる。
「ふふっ、えい……っ!」
驚く間もなく押し倒すように簪は体重を全部預けてくる。上半身だけでは上手く受け止め続けることが出来ず、簪の狙い通りなのかはわからないが押し倒され、ベッドに二人して寝転がる。
「~♪ ~♪」
鼻歌を歌いながら、俺の首筋に簪はすりすりと頬ずりをしてくる。くすぐったいが首筋が気持ちよくていい気分だ。簪の柔らかな体が密着し、女の子独特の甘い匂いがする。抱きしめあうなんてことは今まで何でもしているがやっぱりドキドキと鼓動が早くなる。しかしそれでいて同時に簪の優しい暖かな体温に安心感を感じてまどろむ。
「あ……そうだ」
首筋にすりすりと頬ずりするのをやめて簪はこちらを見つめてくる。
俺はどうしたんだと問いかける。
「あの二択以外にも選択肢があってもやっぱり妹が欲しい? 例えば、お兄ちゃんや弟を選べたとしても」
そんな質問を問いかけてくる。
どうだろうな……と少し考える。一人っ子だが兄妹が欲しいなんて考えたこともなかった。だからやっぱり、選ぶとすれば妹かな。特に深い意味はないけど。
そう答えると簪は嬉しそうな顔をしていた。
「そっか……妹かぁ。そっかそっか……」
簪はしきりに何か納得した様子。
よかった。理由でも聞かれたら困っていたところだ。選んだ理由なんて本当に何となく。
そんな風に思っている時だった。
「お兄ちゃん」
時が止まった感覚を生まれて初めて肌で感じた。
聞き間違えではないようだ。簪に『お兄ちゃん』と呼ばれた声が脳裏で反響して、嫌でも現実逃避なんてことはさせてもらえない。
「凄い顔してる」
笑われながら言われてしまった。それだけ面白い顔をしてるってことなんだろうけど、突然『お兄ちゃん』なんて言われれば、驚くに決まっている。しかし、いきなりどうして……いや、前フリみたいなものは 思い返せばあったけど。
「ふふっ、お兄ちゃん」
嬉々とした声で呼ばれる。誰かにその呼び名で呼ばれるのは初めてじゃないはずなのに、簪にその呼び名で呼ばれるのはなんだかむず痒い。
「顔、赤くなってますよ。お兄ちゃん」
からかう様にまたその呼び方をしてくる簪。言われて俺は、顔が赤いことを自覚した。簪は俺が赤くなって照れているのが珍しくて楽しいんだろう。これじゃあからかわれるのも無理もない。可愛い反応をしてくれるからついからかってしまうけどいつもと逆だな、まったく。
それに簪にそう呼ばれるのが今初めてなだけで悪い気分はしない、むしろ違和感みたいなものも感じない。多分それは簪が楯無会長の妹で妹がどんなものか知っているからなんだろう。
「お兄ちゃん~んふふっ」
しきりに何度も『お兄ちゃん』と呼び、俺の胸に簪は頭を埋めてぐりぐりとしてくる。いつもとは違う甘え方。それは普段の恋人に甘え方ではなく、妹が兄貴に甘えるような甘え方。
その甘え方をされるのは満更でもないが、何度も彼女に『お兄ちゃん』と呼ばれているとそういういかがわしいプレイでもしている気分になってくるのは男の性のせいだ。
にしても、簪は急にどうしたんだろう。深刻な感じではないが、『お兄ちゃん』と呼ぶのには並々ならぬ思いがあるのを感じる。
どうして急にそんな風に呼んだのか当たり障りのない様に聞いてみた。
「さっきのアンケートの二択以外でも妹選ぶのかってあなたに聞いたよね。私はね、あの二択以外ならお兄ちゃんが欲しかったの」
そう答えてくれた簪。
妹ではなく、兄が欲しかったのか……一般的にだが兄姉がいるひとは弟妹がほしくなるって聞くが姉がいても兄が欲しいと思うものなんだな。
しかし、どうしてまたお兄ちゃんを欲しいだなんて。
「どうしてって顔してる。まあ……お兄ちゃんが欲しかった理由は簡単。甘えたかっただけ。更識の家は厳しいし、お姉ちゃんとは物心ついた時からもう自分との差を感じちゃって……誰かに甘えるなんてとてもじゃないけど出来なかったし、甘えようとも思わなかった。でも、お姉ちゃんじゃなくておにいちゃんならもしかして甘えさせてもらえるんじゃないかって」
そういうことか。
「でも、お兄ちゃんがいても結局変わらないかもしれないね。私はダメダメだから」
伏せ目がちな簪の表情は悲しそうにみえる。
「ごめんなさい、変なこと言って。変な甘え方しちゃったね、しかもこんな口実まで使って。また甘え過ぎちゃってごめんなさ……な、何?」
そこまでだ、と言葉を止めるように抱き寄せて顔を埋めさせる。
また簪の謝り続ける悪い癖が出ている。思い込みの激しい簪は自分のことをダメだと思い、ダメだと思っているを自覚しているから余計に自分のことが嫌になって謝ることしかできなくなる。
甘えるのだってそうだ。甘えたいけど、甘えすぎてしまうことを自覚して、そんな自分ことがまた嫌になって罪悪感から謝ることしか出来なくなる。
まったく、不器用だな、簪は。気にせず、何も気にせず甘えればいいものを。まあ、気にせずにはいられないから不器用になってしまうんだろうけど、その不器用さが簪のかわいいところだけども。
落ち着かせるように抱き寄せて胸に顔を埋めている簪の頭をポンポンと優しく撫でる。
簪の気持ち分かるから気にするなとは直接的にも言えないが、それでも存分に頼ってくれていい、好きなだけ甘えてくれればいい。
付き合う前の一人で何でもしようとして冷たかった簪を知ってるからこそ、余計に素直に頼ってくれるのが嬉しい。自分の性癖じゃないが、頼られたり、信じてくれる人がいるといろいろ力が沸いてふつふつと「男としての幸せ」を感じる。
嫌だったりしたらちゃんと言うし、頼りないかはちゃんと頼って甘えられる方がいい。それが許されるのが今の俺達なのだから。
そんなことの思いを簪ちゃんと伝える。
「そう、だね……ごめんなさ……じゃなくて、ありがとう」
引き合うように自然に俺達は優しいキスをする。
それと簪に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは悪くはないが、俺は簪の『お兄ちゃん』になりたい訳でもないし、なってもあげられない。
「どういうこと?」
恋人だから、と言って照れくさくなったけど。
「ふふっ、そうだね。お兄ちゃん欲しかったけど、もういいかな。今は何よりも大切な
簪は幸せそうに笑みを浮かべていた。
そんな笑顔を見ていると、俺もまた幸せを感じて口元が緩むのが分かった。
まあ、たまになら簪も『お兄ちゃん』と呼ばれるのは悪くなく、また満更でもないので捨てがたい。
そんな風なことをぼやく様に漏らしてしまったようで。
「そうなんだ……ちなみに他に呼ばれたい呼び方ってある? お兄様とかにぃにぃとか兄様とか」
兄様はヤバい感じがするのは気のせいだろう。
他の『お兄ちゃん』の呼び方か……どれもおもしろそうでいいけど、やっぱりシンプル・イズ・ベスト。
お兄ちゃんでお願いします。
「は~い、お兄ちゃんっ♪」
…
脳内で浮かんだ話を整理するためにこっそり投稿。
テーマはタイトル通り『付き合っている簪に突然お兄ちゃんと呼ばれたら?』
まあ、いつも通りの仲良しさんな二人ですが。
簪にお兄ちゃんと呼ばれたら、いろいろとヤバい感じがするのは確か。
簪の場合は実妹よりも義妹のほうが元から持っている妹属性が発揮される気がします。
まあ実際、簪‘みたい’な(←ここ重要)妹いたらめんどくさくて可愛い。
今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは~