簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪達はいない。一夏と本音のバレンタイン

 シャルロットが泣き止むのを見届けた後、一夏はシャルロットを一人残し、屋上を後にした。

 先程まであんなにも泣き叫んでいたシャルロットを一人にするのは不安ではあるが。

 

『今は一人にして』

 

 そう言われてしまえば、一夏からは何も言えない。

 一頻り泣いた今だからこそ、落ち着いて頭が少しは冷えてきたはずだ。そうなれば今一度、一人で考えたいことや見つめなおしたいことがあるのだろう。

 そんな風にシャルロットのことを一夏は考えるからこそ何も言わず、一人にした。

 屋上を後にした一夏は、寮へと戻りながら、スマホのLINEアプリで本音に用事が済んで帰っていることを伝える。するとすぐに返事がくる。

 

『分かった~ 寮のロビーで待ってるね~』

 

 といったメッセージが可愛らしいスタンプつきで送られてきた。

 一夏はそれを確認するとスマホをポッケにしまい足早に寮へと帰る。

 寮の中へ入るとメッセージ通り、ロビーに本音がいた。本音は、戻ってきた一夏に気づくと駆け寄ってくる。

 

「お帰りなさい、おりむー」

 

「ただいま、のほほんさん」

 

 優しい笑みを浮かべながら一夏を迎える本音。

 それを見て一夏は、シャルロットに悪いという気持ちは確かにあるが、ようやく肩の荷が降りたことを実感して、安堵を覚える。

 シャルロットとのことで自分が捲いた種が起したことが全て終わったわけじゃないけども、それでもようやく一つ区切りをつけることは出来た。

 それに本音は出迎えの言葉だけをかけてくれるだけで、それ以上は何も言わない。別に何も一夏は、『お疲れ様』や『大変だったね』とかを言ってほしいわけじゃない。その言葉通りだが、それだけで済ませられるのは嬉しくない。そんな心情を察してくれたのか気遣ってくれる本音の気遣いを一夏は、嬉しく感じていた。

 

「あっ、それ」

 

「ああ、これ。受け取ってきた」

 

「そうなんだ」

 

 一夏が手に持っていた紙袋の存在に本音が気づく。

 おそらく中身が何であるか本音が気づいたことは一夏には分かった。

 理由はどうあれ、彼女に他の女子からチョコを貰ったことを気づかせてしまい一夏は、ふとした罪悪感から一瞬誤魔化そうという考えが頭に過ぎったが、素直に答えた。

 すると本音は、特にこれといった反応はせず、いたっていつも通りだった。

 

「あ」

 

「ん~? どうかしたの~?」

 

「い、いや! 何でもない!」

 

一夏はあることに気づく。

 そういえば肝心の本音からまだ貰っていない。

 本音から貰うチョコは本命チョコで間違いなだろうし、自惚れ抜きにしても確実に貰えるはずだ。

 しかし、まだ貰ってないだけに今か今かと胸がドキドキしてくる。こんなにもチョコを期待したのは、生まれて初めてかもしれない。

 だからといって、自分から『チョコがほしい』なんてことを言うのは、言葉に出来ない気恥ずかしさがあり、中々言い出しにくい。どうしたら自然で恥ずかしくないものかと一夏は悶々と考えてしまう。

 

「ええっと……おりむー、この後はもう特に予定はないんだよね」

 

「えっ? ああ、そうだな」

 

 悶々とした思考の渦から、本音の声が聞こえ、ハッと我に返る一夏。

 この後は特に予定はないはずだ。あえて予定らしい予定をあげるとすれば、夕食と入浴ぐらいなもの。

 だから、特に予定はなく今日はもうゆっくりできるはずだ。

 

「だったら、ね」

 

「?」

 

 頬を赤く染めて本音が恥らいながら問いかけてくる。

 一夏がどうしたのだろうと思っていると。

 

「今からおりむーの部屋行ってもいいかな?」

 

「俺の部屋?」

 

「うん。ほら、部屋のほうがゆっくりできると思うから」

 

 それは確かにそうだと一夏は思う。

 このままロビーでゆっくりしていてもいいのだが、ロビーは公共の場。当然、ここには一夏と本音達以外にも他の生徒がおり、行き来する。普段の一夏なら一目なんて気にしないが、今日は少し訳が違う。本音からのバレンタインチョコを期待しているだけに何だか落ち着かない。人目もいつもより気になって、尚更。けれど、自分の部屋なら人目も気にせず、落ち着けるはずだ。

 

「それもそうだな。よし、行くか!」

 

「うん!」

 

 一夏と本音の二人は仲よくロビーを後にし、一夏の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「お邪魔しま~す」

 

 本音のその声と共に、一夏の一人部屋へ入る二人。

 

「まあ、そのへん好きなところに座って」

 

「分かった~」

 

 そう言って本音は、一夏の部屋にあるベッドに腰をかける。

 続くように一夏も本音のその隣に腰をかけ、ベッドに座った。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 思ったとおり、部屋は人の目を気にせずに済み、二人っきりの空間なのでゆっくりはできる。

 しかし逆に二人っきりの空間だからこそ、余計にそれを意識してしまい一夏はまた言い表せない気恥ずかしさを感じてしまい、チョコを気にかけていることも相まって何だか落ち着かない。

 何も今みたいに一夏の部屋で二人っきりになることは何も初めてのことではない。何度も経験していることだが、落ち着かない理由が理由なだけにいつもと違う感じがする。

 

「……」

 

 一夏の緊張が本音にも伝わってしまったのか、頬を赤く染め恥ずかしそうにしている。

 折角、部屋で二人っきりになったのにこのままではいけない。ゆっくりするはずなのに、これでは体は兎も角、精神的にゆっくりできない。本音にリラックスしてもらわないと。

 

――俺から何か話すべきだよな。というか、こういうの前にもあったよな。確かのほほんさんに二度目の告白をした時もこんな感じだった。

 

 もう数ヶ月の前になったことを一夏は思い出す。

 今となっては懐かしい思い出。一度振られて、二度目の告白で想いは通じあった。あの時は、本当に嬉しかったという想いは、一夏の中に今も鮮明にある。

 あれから沢山の日々を共に過ごし、本音と過ごすうちに自分は変わっていくことが出来た。それでもやっぱりこういう些細な今のような状況、そして何より一夏の本音への想いは今も変わらない。むしろ、強くなっているのを一夏は実感する。

 そう思うと何だか嬉しい気持ちで胸が一杯になり、また熱くなる。一夏は、思わず小さく笑ってしまった。

 

「どうしたの? おりむー、急に笑って」

 

「いや何でもないよ」

 

「変なおりむー」

 

 二人して笑いあう。

 一緒になって笑ってくれる本音を見ていると、一夏にはその姿が堪らないほど愛おしく思えた。

 暖かい雰囲気が二人を包む。

 

「そうだ。はい、どうぞ」

 

 本音から一夏の前にあるものが差し出される。

 

「これってもしかして……!」

 

 差し出されたものが何であるか気づくと、一夏はパァッと嬉しそうな笑顔になる。

 それを見て本音も嬉しそうにして微笑む。

 

「もしかしなくてもそうだよ~ ハッピーバレンタイン! おりむー!」

 

 差し出されたチョコレートが入ってるだろう包みは丁寧かつ可愛らしいラッピングがされている。

 見ただけで気合が入っているのは一目瞭然で、一夏の胸は期待で高鳴る。

 

「開けてもいいか?」

 

「どうぞ~ おりむーの為に腕をふるったんだよ~」

 

 ラッピングを丁寧に解き、その中にある箱を開ける。

 すると中には、小さい小部屋に入った小さなチョコが並んでいた。

 

「すげぇ、これトリュフじゃん!」

 

「さっすが、おりむー! よく分かったね。嬉しいよ~」

 

 本音が作ったのはトリュフという名のチョコレート。

 形は全てハート型だが、一つずつデザインが違う。

 一夏は元々料理や菓子作りが出来るため、一目でトリュフだと分かった。

 トリュフは綺麗な見た目通り、作るのが難しい。様々な種類のトリュフがあるのを見ると、沢山の手間隙をかけて作られているのが、よく分かる。

 このチョコを自分の為に本音が作ってくれたんだと思うと、一夏はたまらなく嬉しい。

 

「ありがとうな、のほほんさん。大変だっただろ?」

 

「まあね~ やっぱり、見本みたいに綺麗に出来なくて、ちょっと不恰好になっちゃったから」

 

「そんなことないって」

 

 本音はそういうが一夏には充分すぎるほど綺麗に、そして美味しそうに見える。

 

「喜んでくれたみたいでよかったよ。さっきからおりむーずっとそわそわしてたから気になって」

 

「うっ……それはのほほんさんのチョコが楽しみで」

 

「そうだったんだ。なら尚更嬉しいよ」

 

 一夏の言葉に嬉しそうに頬を綻ばせる。

 

「じゃあ、早速」

 

「あ、ちょっとまって!」

 

 トリュフを一つ取り、食べようとした一夏に待ったをかける本音。

 何事かと一夏が不思議がってると、本音はトリュフを一つ取って、満面の笑みを浮かべながら一夏へと差し出してきた。

 

「は~い、おりむー。あ~んっ」

 

「えぇっ!? ちょっと! のほほんさん!?」

 

「早く早くぅっ! 落ちちゃうよ! ほら、あ~んっ」

 

「……あーん」

 

 本音に言われて、照れながらも一夏は大人しく口を開け、食べさせてもらう。

 口の中で広がる甘くて美味しいチョコの味。それと同時に何だか優しい味がすると一夏は暖かさを感じていた。

 

「どうかな? 美味しい?」

 

「もちろん、美味い。美味くできてる」

 

 嘘はもちろん、お世辞でもなく一夏の口から素直な言葉が出た。

 心からの言葉だが、もっと気が利いた言葉がなかったものかと一夏は思ったが、一夏の言葉を聞いて喜んで笑顔を浮かべている本音を見て、一夏も安心した。

 

「よかった~」

 

「本当、美味い。そうだ! のほほんさんも食べてみろよ! 食べさせてあげる」

 

「えぇっ!?」

 

「さっきのお返しだ。ほら、あ~ん」

 

「……あ~ん」

 

 ニッと笑みを浮かべると一夏はトリュフを一つ取り、本音の口へと運ぶ。 

 本音は驚き頬を深く染め照れながらも、ゆっくりと口を開け、一夏に食べさせてもらった。

 口を開けた瞬間、一夏の指が本音の口に触れたような気がした。

 

――自分でやっといてアレだけど、これ結構恥ずかしいなぁ

 

 自分のやったことをされてその恥ずかしさを本音再確認し、恥ずかしさを感じていた。

 だが、相手が恋人なら恥ずかしさ以上に、嬉しさで胸が一杯になる。

 

「美味いだろ?」

 

「うん! おりむーに食べてさせてもらったから尚更美味しい」

 

 本音はうっとりと目を細めて、はっーと幸せそうな吐息をもらす。

 つられて一夏も幸せな気持ちになってくる。

 

――幸せだぁ

 

 しみじみと一夏は感じていた。

バレンタインを今日みたいに過ごすのは初めてのこと。こんな風に過ごせたのは、本音だからなんだと一夏は実感する。胸のうちから熱いものがこみ上げてくる。

 幸せでたまらいなことを今無性に本音に伝えたい。それは押しつけなどではなく自分が幸せでたまらないことを知ってもらい安心して喜ばせてあげたい。

 そしてまた、本音にも幸せでいて欲しい。

 

――何かお返ししたいなぁ

 

 そう思いたった一夏は言った。

 

「のほほんさん、お礼したいんだけど何かしてほしいことないか?」

 

「ええ!? おりむー、気が早いよ。ホワイトデーはまだだよ?」

 

「それは分かってる。ホワイトデーはホワイトデーでちゃんとお返しするよ。けど、それとは別に今のほほんさんにお礼がしたくてまらないんだ。こんなバレンタイン初めてだからさ」

 

「そっか~。今……う~ん」

 

 一夏にそんなことを言われたら、本音は悩んでしまう。

 別に嫌だからとか、困っているからというわけじゃない。一夏が自分のバレンタインチョコを、一夏に捧げる自分の想いを、そして自分と今いるこの時間を幸せに感じてくれていることはよく分かっている。

 一夏の望みは叶えてあげたい。しかし、急にそんなことを言われても、一夏にしてほしいことなんてとっさに思いつかない。本音は今で充分だと感じてる。一夏とこうして恋人同士の一時を過ごせているだけで幸せでたまらない。これ以上、何か望むのがほんの少しばかり怖い。

 それでもやっぱり、一夏の望みは叶えてあげたい。これもまた一夏なりの本音への甘え方の一つなのだと分かっているから。

 悩んだ末に本音は一夏に言った。

 

「じゃあ、キス」

 

「ん?」

 

「キスしてほしいな」

 

 言って本音は、静かに目を閉じる。

 それは一夏から本音へキスしてほしいという合図。

 一夏はほんの一瞬だけ、気恥ずかしさから迷ったが、すぐさま迷いを断ち切る。

 

――あれ?

 

 目を閉じてキスを静かに待っていた本音だったが、思っているよりも中々一夏からキスしてもらえない。

 やっぱり、いくらなんでもキスなんてお願いは迷惑だったのかもしれない。そう不安に思い本音は閉じていた目を開けそうになったが瞬間、異変を感じた。

 

「んっ……」

 

 触れ合うような軽いキスをしあう本音と一夏。しかし、それだけではない。

 

――あっ……嘘。おりむーに抱きしめられてる

 

 本音は、キスと同時に一夏に抱きしめられているのを感じていた。

 一夏からしてくれたキスとハグ。キスは二度目で、一夏からのちゃんとしたハグは初めてかもしれない。もう自分からハグすることに一夏が抵抗を感じているのだとは、本音にはもう思えない。

 唇と唇が触れ合う程度のものだが、本音の唇に何度もキスの雨がふる。

 

――今、私おりむーに甘えられてるんだ。幸せ。

 

 ぎゅっと抱きつかれ抱きしめられながら、一夏から本音へ送られる甘えるようなキス。

 そのことが今、ようやく精神的にも肉体的にも甘えてもらえているんだと実感させられ、嬉しいと幸せだと感じる以上に一夏のことが愛おしくてたまらない。きゅぅと“何か”が締め付けられ疼き、母性本能が刺激されていた。

 名残惜しさを感じながらもお互いどちらからともなく唇を離すと、抱き合ったまま顔を見合わせ、笑いあった。

 

「チョコの味がしたよ、おりむー」

 

「それはのほほんさんもだぞ。チョコ食べたから当たり前だけどな」

 

「ふふっ、その通りだね~」

 

 幸せそうに笑いあう二人。

 チョコの様に甘くて幸せな二人だけの時間が、ゆっくりと二人の間に流れていた。

 

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