静かさに包まれる自室。
そこにあるものと言えば、ノートを走るシャーペンの小さな音ぐらい。
そして、テーブルの向こう側に視線を向ければ、そこには勉強をしている簪がいる。真剣な表情で教科書や参考書を見つめ、ノートに問題を解いていっていた。
真剣な簪の表情は凛々しい。こういう表情の簪もいい。見ているだけで楽しい。
「? どうかしたの……?」
ふいに簪と目が合った。
特にどうかしたというわけではない。ただ何となく簪に見惚れていただけ。
まあ、いくらなんでも見すぎか。勉強の邪魔してしまったみたいだ。
「ううん、大丈夫。そっちはもう、終わったんだね」
その簪の言葉に頷く。
簪と同じ様に俺もついさっきまで勉強をしていた。
もっとも、宿題として出された課題を片付けた後に、少し予習復習をした程度。
今夜はいつもより勉強量は少なめで、簪ほどガッツリしてないので早終わってしまった。
「じゃあ……私もおしまいにする。そろそろ時間だし」
言って簪はキリがよかったのか、勉強道具一式を片付け始める。
時間と言われてスマホで時間を確認すれば、夜も遅い時間。寮部屋からの外出禁止までは長いようで短い残り時間があった。
夕食を食べ、風呂から上がってから、俺の部屋で一緒に勉強していたから、何だかんだ大分長い時間勉強していたことになる。やめ時には丁度いい。
しかし、なんというか手持ち無沙汰だ。
これといってやることがない。だからといって、無駄な時間を過すわけでもない。
二人一緒に過ごしていれば、何かしてなくても楽しいはずだ。
だが、手持ち無沙汰なのは変わらない。これを解消する為に何かないかと二人を何となく辺りを見渡す。すると、別の机の上にあった綿棒と耳かきが目に止まった。耳かきでもするか。
以前は一応定期的に耳掃除していたけど、ここ最近は怠っていた。いい機会だ。思いついた今のうちに軽くにでもしておこう。
俺は、容器から沢山ある綿棒を一本取り出し、耳の中に入れてコロコロと回す。こうしているだけでも気持ちいい。
「耳掃除……? かゆいの……?」
いや、何となく。
そんな風に答えると簪は、興味なさそうにして、その辺に腰を降ろす。
彼女の前で耳掃除はいかがなものかと思ったが、まあこのぐらいなら許されるだろう。
「……」
体育座りをして膝の上に顎をおいた簪が、じっーと見つめてくる。
しかも、無言。そんなに見られても困る。
ただ、表情こそはいつも通りだけど、何か悩んでいる様子なのは分かった。どう言おうか迷っている様子も感じられる。
どうかしたんだろうか。そう思っていると簪が言った。
「そこの耳かき貸して」
言われて、耳かきを簪に渡す。
簪も耳かきしたくなったんだろうか。他人がしているのを見ていると、自分も何となくしたくなるってのはたまにあるから、そういうのだろう。
けれど、簪は耳掃除する気配はない。それどころか、何故か正座している。おいでといわんばかりの様子だ。
「ん」
たったそれだけ。他に言葉ないが、それが何を指しているのか、俺には分かった。
その言葉が意味しているだろうことに従い、使っていた綿棒をゴミ箱に捨て動き始める。
そして、簪のすぐ傍へ。床に寝転び、頭を恐る恐る簪の膝の上へ置。その行動は当たっていたようで、簪に頭を優しく撫でてくれた。
「耳かき、してあげるね……」
耳かき持って、正座して待たれれば、そういうことだよな。
何か悪いな。
「ううん、気にしないで。私がしたいだけだから……」
なら、素直にお言葉に甘えよう。
簪の膝枕に膝枕をしてもらうのは始めてのことじゃない。
何度してもらっても簪の膝枕は、柔らかくて気持ちがいい。
オマケに簪の今の服装は夜なのでパジャマ。女の子可愛らしいデザインだが、バジャマなので薄い。そのおかげというべきなのか、パジャマ越しに何とも言えない優しい暖かさを感じた。
今の膝枕は耳かきをするためのものだけど、ただこうしているだけで癒される。
枕で頭を置きなおすように身じろぐ。
「やっ、んっ……くすぐったい」
そんなこと言いながらも簪は満更でもない様子。
「だめ……。もう……じっとしてるの」
可愛らしく注意されてしまった。
まあ、ふざけるのはこのぐらいしておこう。今から耳掃除してもらうわけだし、変なことしてられない。
「そうだね。あんまり……えっちなこと、してると刺さっちゃうかもね」
なんてことを簪は、冗談めかしに言って、悪戯っぽく微笑んでいた。
えっちなことってあのな……するわけないだろう。
今は耳掃除。大人しくしている。終わったら、どうなるかは知らないが。
とにかく、簪に任せよう。
「ん、任せて」
耳かきを始めてくれる簪。
カリカリと耳かきの先で中を掻いていく。
手つきはゆっくりだが、とても丁寧に、それこそ労わる様にしてくれているのが伝わってきた。
「痛くない……? かゆいところとかない……?」
心配そうに簪は言う。多分、誰かに耳かきするなんて初めての経験で不安だろうけど、大丈夫だ。
くすぐったくて、むずむずするが、それかまた何というか気持ちいい。
「よかった」
簪が安堵したのが何となく分かった。
しかし、どうしてこうも誰かに耳かきをしてもらうのはこんなにも気持ちいいんだろうか。
自分でするのも気持ちいいには気持ちいいが、今こうして簪にやってもらってるのとでは比べ物にならない。
安堵はもちろん。リラックスして、夜も遅い時間帯だからなのか、だんだんまどろんできた。
「思ったよりも綺麗だね。あんまりない」
簪の声でまどろみの中から少し意識を呼び起こされる。
久しぶりの耳掃除とは言え、定期的にはやっていたから、そこまで耳垢がぎっしりということはないはず。それでも耳垢があるにはあり、簪が丁寧に掃除してくれているのが分かる。
普段は綿棒で軽くする程度で、今みたいに耳かきですることない。それに他人にやってもらうことで、普段自分では気づかない、届きにくい奥とかもやってもらえるだろう。
「奥……? あっ、本当。ちょっと、溜まってるね。痛い時は痛いって言ってね? い、入れる、ね」
遠慮気味に簪がそう言うと、耳の奥のほうでカリカリという音が耳いっぱいに広がった。
簪が奥のほうで小刻みに耳かきを動かす度に、普段触れられないところなだけにゾワゾワと背筋に鳥肌が走り、何ともむず痒い。ちょっとづつ、耳垢が取れていっているのが分かる。
なんだか、普段手の届かないところに手が届く感じがして、気持ちいい。すっきりした気分だ。
「よいしょ、取れた。多分これで大体綺麗になったと思う。残りは綿棒でやって、もっと綺麗にしちゃうね」
今度は綿棒で耳の中を掃除してもらう。
竹の耳かきよりも柔らかい綿棒の感触。これはこれで中々いい。
耳の中でコロコロ左右に綿棒を回されたり、中をほじったりされる。そうすると耳かきで取りきれなかった耳垢がとれ、耳の中の綺麗さが満足いくものになったのか、綿棒が抜かれた。
これでおしまいか……。気持ちよすぎて、もっとしてほしくなった気分。
今終わったのが左耳。まだ、右耳のほうが残ってる。心なしか何だか待ち遠しい。
そんなことを思っていると、簪の顔が耳元に近づいてくるのが分かった。
簪は、仕上げとするかのように、耳元で穴にめがけて優しく息を吹きかけてきた。
「ふぅ~……」
突然の不意打ちに我ながら何とも情けない変な声が出てしまった。
「ふふっ」
簪は、くすくすと楽しそうに笑っている。
恥ずかしい限りだ。
「可愛かったよ ほら、綺麗になった。次、反対側するから向こう向いて」
いろいろと反論したいが、ここでは耳かきの気持ちよさが優ってしまった。
言われるがまま俺は、大人しく反対側の左を向いた。
すると、そこには目の前には簪のいい匂いが広がっていた。鼻先で感じるパジャマからした柔軟剤の匂いと、これは簪の甘い香り。包まれてる感じがする。心地よさを感じて、更にまどろみが強くなるのが分かった。
こうやって考え事しているのも、正直辛いほど眠気が強い。気を抜くと寝てしまいそうだ。
「ん? 眠たい、の……? 夜も遅いからね。寝てもいいよ。終わったら起しちゃうけど……それまでなら」
そう言って簪は、耳かきを動かす手はそのままに、頭を押さえていたもう片方の手で優しく頭を撫で始めてくれた。
これは抗えそうにない。すまないな。またお言葉に甘えよう。
そうだ。今度は俺がこんな風に簪に耳かきしてあげよう。
「ん、楽しみしてる」
そんなことを思いながら優しい簪の手つきに誘われるように、眠ってしまった。
・
・
・
「――きて。起きて」
遠くのほうから呼びかける声が聞こえ、身体を優しい揺すられているのがわかる。
まどろみから夢の中にあった意識は段々と覚醒していき、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
最初に見えたのは顔の顔を優しく眺めている簪だった。
そうだ。俺は寝てしまっていた。起してくれたということはもう時間か。
「うん。ごめんね、気持ちよさそうに寝ていたのに……」
どうして簪の方がそう申し訳なさそうにするんだ。
申し訳ないというのはこっちのほう。
膝枕に耳かきしてもらった上に、少しとはいえ寝させてもらった。何だかしてもらってばかりで悪い。
「ううん、気にしないで。今日も大変だったからね……疲れ出ちゃっただけなんだよ、きっと。私にだけそういう顔見せてくれて、そんなあなたを私が労うこと出来てうれしい。それに……いつも、私の方が甘えっぱなしだから……たまには逆もいいね」
本当に嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべて簪がそんなことを言ってくれた。
確かに今日も大変で疲れたけど、それは簪も同じはずだ。
気にしすぎなのは分かっているが、簪にしてもらってばかりでは男として立つ瀬がない。
今夜のこと、何かお礼したい。
「お礼……? ……じゃ、じゃあ……ぎゅっ、ってして……? 苦しいくらいに」
頬を薄っすらと赤く染めながら控え目がちに簪はそう言った。
そんなことでいいのか。そう思ったが、これが簪の望みなら喜んでする。このぐらいならいくらでも。
俺は膝枕してもらっていた状態から体を起し、簪をぎゅっと抱きしめた。
背中に回される簪の両腕を感じて更に自分の方へ抱き寄せる。
「ん~……充電。気持ちいい……ふふっ、これじゃあ何だか……余計に帰りたくなくなるね」
確かに。俺も簪を帰したくなくなる。
だけど、時間は時間。守らなければならない。
それは簪も充分理解していて、今こうして抱き合っている瞬間を惜しむように、抱きつく決して痛くない力が篭るのが分かった。
「ん、ふっ……充電完了……。今日は私が甘やかそうと思ったのに……結局、甘えちゃった。でも、ありがとう。幸せ。ねぇあなた、大好き」
そう簪に言ってもらえて、俺は、俺達は幸せな気分にもう少し浸った。
…
いつも感想、評価ありがとうございます。
この場を借りて改めて、お礼申し上げさせていただきます。
hirohirohr様のリクエストで「耳かきをする/される簪ちゃん」書かせて頂きました。
現在もネタは募集しています(いつやるかは未定ですが
よければ、活動報告の「リクエストについて」のほうでお気軽に書いて下さい。
くれぐれも感想のページでは書かないようにしてください。
リクエスもですが、沢山の方からの感想もお待ちしております。
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは