日が沈みきり、辺りはすっかり暗くなっているというのに祭囃子と喧騒溢れる境内。
辺りに目をやれば、浴衣とかを着た人が多くいる。そんな様子を見ているとやっぱり夏……というか、祭りに来ているんだという実感できる。
「何ぼーっとしてるんだ」
ばったり会った知り合いと話していた一夏が戻ってきた。
ここに来るまでもそうだったが、一夏は知り合いと思わしき人に話しかけられることが多い。
「そうか? いつもこんな感じだぜ。まあ、地元だからかもな」
一夏の場合、地元だからと言っても多い。
それだけ一夏はやっぱり多くの人に慕われているという証拠に他ならない。
にしても簪と本音は大丈夫なんだろうか。心配で落ち着かない。
「何そわそわしてんだよ。やっぱ、楽しみなのか」
二人が来るのは勿論楽しみだけど、この落ち着かなさはそれだけじゃない。
八月上旬の今日。夏休みに入った俺達は一夏の地元、そこで行われる夏祭りと花火大会に参加する為、泊りがけで来ていた。
今日もこの四人だともう定番となっているダブルデートなので基本四人一緒に祭りを周る予定。そして今、祭りの会場にいる俺と一夏は、簪と本音とその待ち合わせの最中。
一夏の家では四人一緒にいたのだから一緒に出ればよかったんだけど、デートの醍醐味はまず待ち合わせからという本音と簪達の意見で待ち合わせをすることに。
待ち合わせは別に構わない。醍醐味だというのはよく分かるし、女子は何かと準備に時間がかかる。
だがしかし、一夏以外は初めての不慣れな土地。無事に合流できるか心配になってしまう。
「あー確かにな。道込んでたし。まあ、家に来るときには一応道教えたし大丈夫だろ。最悪、分からなかったら
それもそうか。
一応、分かりやすいようこうして境内、神社の入り口前にいるわけだし。
そうして待つこと少しの間。
「おっ、来た来た。こっちこっち」
向こうからやってくる浴衣姿の簪と本音を見つけた一夏が手招きしてこちらへと呼ぶ。
「ごめんね~暑いのに待たせちゃって」
「いや、大丈夫。それにしても」
と、一夏が目の前の本音を見て固まっていた。
俺もまた、目の前の簪を見て言葉を失っていた。
「――」
簪もまた何故だか、俺の姿を見て言葉を失っている。
辺りが暗いが、よく見ると簪の頬が赤く染まり、照れているように見える。
「……」
お互いに相手の姿に見惚れあっているのが分かり、しばしの間無言が続く。
だからなのか、周りの喧騒が大きく聞こえてくる。
若干、気恥ずかしい。
「……それ」
一言、無言を破ったのは簪だった。
言われて、簪の言葉が俺の格好を察しているのだと分かり、自分の姿を確認する。
浴衣を着てきた簪に合わせて俺も浴衣を着てきた。この浴衣姿を見せあう前に家を先ら出たので、簪の浴衣姿を見るのは勿論、自分の浴衣姿を見せるのも初めてになる。
変の変哲もない黒色の男性用浴衣。どこか変だったりするんだろうか。一言言っただけで、それ以上何も言わない簪の様子に心配になってしまう。
「ううん……そんなとこないよ、大丈夫。とっても素敵……。その……かっこいい」
褒める前に褒められ、思わず照れてしまう。
普段こういったのは着ない為着慣れない感じは強いが、簪に喜んでもらえたのならよかった。
褒めてもらえたからこそ、俺も簪に感想を言ってあげたい。
今一度、簪の浴衣姿を見てみる。
淡い紺の布地に大輪の椿の花がちらほらと咲くようにデザインされ、白の帯もそんなに浴衣と上手く調和しており、モダンな雰囲気を感じさせる浴衣姿。
そして、髪にはいつかあげた髪挿しがつけられ、髪が結われている。
自分の語彙力のなさや言葉のたりなさに不甲斐無さを感じるが、それでも今夜の簪もまたいつも以上に綺麗で美しい。とてもよく似合っている。そんなにありふれた言葉を伝えることしか出来ない。
それでも簪は嬉しそうに微笑んで喜んでくれた。
「ふふっ、嬉しい。ありがとう。暑いけど……そう言ってもらえるなら着た甲斐ある」
汗を額に少し滲ませながらも簪の喜んでいる顔を見て、今更ながらある一つのことに気づいた。
今夜の簪は、化粧をしている。
決して派手な化粧ではない。浴衣に馴染むような艶っぽく、ナチュラルなメイク。
「変、かな……? 浴衣の着付けと一緒に折角だからって本音にしてもらったんだけど……」
俺が一夏に着付けしてもらったように、簪はやっぱり本音にしてもらったのか。
一夏は勿論だが、本音も何だかんだで多芸で器用だ。化粧に疎い俺でも簪の化粧の出来がいいことは分かる。
だからこそ浴衣姿といい、化粧といい、それらは今夜の簪を引き立て普段よりも、より一層美しく見せ、そして静かながらも煌びやかな浴衣姿の簪。心の底から純粋にただ綺麗だと思う。
俺は、そんな簪の姿に目を奪われていた。
「……?」
簪に名前を呼ばれ、ハッとした。
気づけば、俺の手は簪の頬を触れていた。
無意識だったとしか言えない。多分、簪の浴衣姿あんまりにもよかったから、つい触れたくなったんだろう。
引っ込めようとしたが、頬に触れた手を簪の手が触れ、出来なかった。
「もう少しこのまま……ふふ、すっごく喜んでくれてるみたいで何だか嬉しい」
頬に当てている俺の手を簪自らも頬に当て、うっとりと心底嬉しそうに頬を綻ばせる。
そんな簪の表情は、目が離せないほど艶めかしい。
目を奪われるだけではなく、ゆっくりと目を閉じた簪へと引き込まれていくようで……。
「あの~珍しく人前でラブラブなのはいいんだけど、そろそろお祭り周ろうよ~」
「えっ……ッ」
本音の声で俺達は我に返り、どちらからともなく離れる。
人前という言葉で周りを見てれば、ニヤニヤして見てくる本音達や知らない人達がこちらを見ていて目立っている。
夏の暑さというより、これは祭りに雰囲気に乗せられていた。人前だというのに簪にはすまないことをした。
「ううん……い、いいよ。祭りの雰囲気って怖いね」
くすりと微笑みながら言う簪の言葉に頷く。
気を取り直して、一夏達と祭りを周る。
この祭りは一夏の地元で人気のある祭りと聞いていた通り、祭りが行われている境内には沢山の人が詰め掛けている。気を抜いたりでもしたらすぐはぐれてしまいそうな程だ。
だから、はぐれないようしっかり簪と手を繋ぐ。簪は黙って繋がせてくれる。簪のほうから嬉しそうに指を絡ませてきて、はぐれない様に寄り添いながら。
「まずは腹ごしらえからだな。
「そうだな~ん~あれもいいし、あっ! あっちのも美味しそう~! 本当にいろいろあって悩む~! むむむ~!」
並ぶたくさんの屋台を見て割りと本気だ本音は悩んでいる様子。
確かにこれだけたくさんあれば、いろいろと目移りして悩む。
俺達もまず何から食べ始めようかと悩んでいる最中だ。
「む~よし、じゃあ定番のたこ焼き! あれがいい!」
「分かった。おっちゃん、一つ!」
一夏が注文して、品を受け取ると、一夏が支払いを済ませていた。
「はい、たこ焼き。かなり美味そうだぜ」
「ありがとう~あっ、お金ありがとね。払うよ」
「いや、いいって。男が払うのが当たり前、って風潮には物申したいが今夜はかっこつけさせてくれ、な?」
「もう~相変わらずだね~。じゃあ、お言葉に甘えちゃうね~」
一夏らしい台詞だが、言いたいことはよく分かる。
俺も一夏を見習わないとな。
簪の様子を伺ってみると、屋台の様子を見ては迷っている。
本音のようにあれもこれもといった感じだろうか。
一度に全部は流石に無理だが、欲しい物があるのなら順に遠慮とかせず言って欲しい。
「遠慮しているわけじゃないだけど……その、いろいろあり過ぎてどれがいいのか分からなくて。こういうところ初めてだから。オススメ……ある?」
オススメか……そう聞かれると悩む。祭りの屋台はどれもよさそうに見え、本音みたいにあれもこれもとなってしまう。それに簪にオススメするのなら、喜んで食べてもらえるものがいい。だが、一体何がいいのか。
悩みながら屋台を見ているとフランクフルトの屋台が目に止まった。定番の一つであれなら簪も食べれるだろ。
一つ買ってきて簪に手渡す。
「ありがとう。じゃあ、いただきます……ふぅ……ふぅ…」
火傷するほど熱くないはずだが、それでもフランクフルトは出来たててで熱い。ふぅふぅと冷ましてから食べようとする簪の姿が何だか可愛らしい。
「……ん」
フランクフルトを食べながら、開いたもう片方の手で前の方に垂れて汗で肌と引っ付いた横髪を掻き上げる。
その簪の姿は何だか色気のようなものがあり、ただフランクフルトを食べているというだけなのに一枚の綺麗な絵のように思えた。
「そうだ。よかったら……どうぞ」
ソースが垂れないよう下に手を添えて、簪はさっきまで食べていたフランクフルトをこちらに向ける。俺は大人しく簪に食べさせてもらった。
よく知るありふれた味。だが、祭りの雰囲気、そして簪に食べさせてもらったか、いつもより美味しく感じる。自然と頬が綻ぶ。
「ふふっ」
そんな俺の様子を見て嬉しそうにしている簪を見て、俺もまた嬉しくなった。
「
「だな! こっちも中々たぜ。ほら」
一夏達を見ると、同じ様に食べさせあっている。
というか、さっきまでたこ焼きを食べていたと思ったら、もう別の食べ物を何品も買っては食べている。
「折角お祭りだから沢山食べないと!」
「その為に晩飯食べなかったわけだし」
俺達だってそうだ。
祭りの出店でしか食べれないものも多いし、食べて楽しまないとな。
「ふふっ、本音楽しそう」
次に買ったベビーカステラを食べながら簪はそう言った。
食べる姿は何だか可愛らしい小動物を思い浮かべさせられた。
本音を楽しそうと言った簪だが、簪だって楽しそうだ。
「うん、楽しい。……祭りって本当はこんなに楽しいものなんだね」
そういえば簪は始めてといつか言っていた記憶がある。
今時、祭り来たことない人っているんだな。
「祭り自体は来たことある。でも……こんな風に屋台を周るのは始めて。いつも、来賓客として招かれてずっとじっとしてたから」
そういうことだったか。
簪の家は名家だから、やはりそういうのってあるんだな。
だけど、今夜は周りいる人達と変らないように俺達は一般参加。何も気にせず、心ゆくまで祭りを楽しめばいい。そうしたら、今夜はきっといい思い出になる。
「うん、もっとあなたと沢山思い出作りたい」
・
・
・
出店で腹を満たし、祭りをぶらぶらして満喫しているとそろそろ打ち上げ花火が始まる時間が近づいていた。
時間に余裕はまだあるが、そろそろ歩き疲れた足や体を休めい。なので、一足先に花火を見る為の場所取りへと来ていた。
「空いてるね~座れそう」
「ラッキーだな」
俺達四人がやってきたのは川の土手。
一夏の地元なら隠れたとっておきスポットみたいなものがありそうだが、運がいいのかここは割りと空いて、近隣住民らしい家族連れやらカップルやらがちらほらといる程度。
見晴らしもよく、これなら座りながらゆっくり落ち着いて見れる。
持って来ていたコンパクトサイズのレジャーシートを周りの邪魔にならないよう四人掛けできる分、敷きそこへ腰を落ち着かせた。
「……ふぅ」
流石に疲れた様子を簪は見せる。
人混みの中、ほとんど歩きっぱなしだったから無理もない。
かく言う俺も疲れた。
「でも……楽しかった。とっても」
確かに。
一夏達と一緒だったとは言え、いつかした約束を果たすように簪と一緒に祭りを周って楽しむことが出来た。
出店で同じものを一緒に食べあったこと。屋台を周るのが初めてな簪が見せる沢山の楽しく嬉しそうな表情。そして、簪と付き合い始めてから共に過した夏祭りの時間。
どれもが充実していて、忘れたくない大切な思い出となっていく。だからこそ、このままが止まればいいとも思ってみたりした。
花火が打ち上がる音が聞こえる。
見上げた夜空に輝くのは、鮮やかな色をした巨大な花の火。
「おっ、始まったな」
「おっきい~!」
次々と打ち上げられていく様々な模様の花火。
見ているものを引きつけ、花火が夜空で咲くのに合わせて、あちこちで歓声が上がるのが聞こえる。
「たーまやー」
「かーぎやー」
夜空を彩る眩い花火の数々に、本音と一夏が歓喜の声をあげている。
子供の様にはしゃぐ二人。確かにはしゃぎたくなるほど花火は凄い。
一方の俺と簪は、静かに花火を楽しむ。
「綺麗……」
うっとりしたした声を小さくこぼしながら、簪はただ静かなまま夜空を照らすいろとりどりの花々に目を輝かせている。
これもまた楽しい嬉しい、満ち足りた今も夜空に輝く花火の様な一時。
ふと気づけば、簪は俺の方へと体を預け、肩に頭を乗せるように寄り添っていた。
人前なのに、それなのに何故だか恥ずかしいとかそういう悪い気はしない。むしろ、花火を見ながら感じる簪の体温に安心を感じていた。
「こうして……あなたと花火、見られて幸せ」
俺もだといいながら頷く。
「こんな風に……ずっとあなたと過せたら……素敵。来年も……ううん、これから先もずっと……お祭りを周って、花火を見たいな」
できるさ、簪とならいつまでも、必ず。
二人ならというシンプルな理由が、来年もそのまた先きもこんな風に楽しくて幸せで穏やかに過せると核心させる。
今夜の祭りは大切な思い出となっていく。
思い出はこれからもまた積み重ねていけばいい。来年も祭りを周って、花火を見ながら。
「そうだね。来年もまた」
また一つ、夜空で咲く大輪の花。
夜空を彩る鮮やかな花火に照らされた簪の微笑は、上がったどんな花火よりも美しい。
俺は花火よりも簪に目を奪われていた。
…
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは