「よし」
目の前の鏡に向かって私は意気込む。
鏡に映るのは、普段の私ではなく、妹である簪ちゃんの姿をした私。
変装なんて生易しいものではない。顔は似たもの姉妹だと昔から評判で自分でも私と妹の簪ちゃんとよく似ていると思うから、メイクでちょっと簪ちゃんに似せるだけで簪ちゃんそっくり。
髪型や声、口調やしぐさ。何を取っても、何処からどう見ても今の私は簪ちゃんそのもの。誰も私だとは思わない。見抜けない。友人や虚や本音、実の父親はもちろん、もしかする当の本人である簪ちゃんですら分からないかもしれない。それほどまでの完成度。
まあ……正直なところ自分でも何やってるんだろうとは思わなくはない。
でも、これは当主楯無として、何より姉として必要なこと。だから、間違った行動ではない断じてない。
そう私は、自分の中で結論付けて自室を後にする。
「……」
簪ちゃんの姿をした私がこれから向かうは、簪ちゃんの彼氏の自室。
私の情報網によると彼は今、自室で一人っきり。簪ちゃんは別のことしているらしく、目的を果たすのにうってつけ。
目的とは、彼が簪ちゃんに相応しい男かどうか確かめること。これもまた当主楯無として、何より姉として必要なこと。言うならば、そう使命。生徒会長として当主として姉としての使命なのだ。
それに妹に彼氏が出来たなんて気になるじゃない。いや、男性として好きだからとかでは決してなくて、純粋に簪ちゃんが心配だから気になる。私達が生活するIS学園で男女のカップルが誕生するなんてありえないことだし。ましてや、あの簪ちゃんが男性と男女交際するだなんてありえない。ただでさえ、引っ込み思案な子なのに。まあだからって、二人を別れさすなんて無粋なことはしない。本当にただ確かめるだけ。
簪ちゃんと彼は、つい最近付き合い始めた。
虚と本音じゃなくて私の情報網によると、二人が出会ったのは五月頃。そこからISを通じて交流し、夏休みであった八月頃に交際をスタート。だから、夏休み本家に帰ってこなかったのね。専用機の完成のついでに彼氏を手に入れるだなんて我が妹ながらよくやるわ。
というか、私が家の仕事や国家代表としての仕事とかを済ませる為学園を離れているうちにひっそり交際するだなんて……簪ちゃんにあまりよく思われてないのは分かっているけど、交際をしただなんて一言も簪ちゃん達からは私から聞くまで一切教えてもらえなかった。そんな素振り見せなかったから余計に気になってしまう。
簪ちゃんの彼氏である彼。
一夏君の次に発見されたISの男性操縦者。男性でありながらISを扱える点以外、特特質すべきところがない男性。勉強は平均以上には出来るみたいだけど、肝心のISの操作技術についてはとても平凡。一夏君のように目に見えて成長するわけでもなければ、特にこれといった潜在的才能が秘められている様子もない。同じ男性である一夏君と比べると彼は凄い地味。それはIS操縦者としては勿論、人としても。一夏君を太陽とするのなら、彼は太陽があってこそ存在できる暗い影の様。だから、私が気にかけるほどの男性ではない、はず。
でも、彼がいたから簪ちゃんの専用機、打鉄弐式は完成した。もっとも彼ではなく、他の人が協力していても完成はしただろうけど。彼がいなければ打鉄弐式のお披露目として私の簪ちゃんが試合することもなかったはず。
あの試合内容に不満は今でもない。姉として、先輩操縦者として簪ちゃんの成長や努力がよく分かる一試合だった。結果としては私の勝利だったけど、あの試合は私にしてみれば、試合に勝って勝負に負けたようなもの。
それに、簪ちゃんの試合の簪ちゃんはとても感情的だったのは今でも鮮明に覚えている。それは暴走的な意味のものではなく、一つ一つの攻撃に簪ちゃんの強い感情が篭っているのを感じて、それは私が知らなかった、知ることのできなかった簪ちゃんの秘められた感情だった。
私のほうが姉として家族としてずっと簪ちゃんと一緒にいたはずなのに。私ではなく彼のほうがあんな簪ちゃんの一面引き出せると思うと、取るに足らない男性だと思っていても恥ずかしながら、あの時のことを思い出すと苛立ちにも似た何かが再燃するのが分かる。
何だか悔しくて今でもあの時のことが忘れられない。
悔しいといえば、私は簪ちゃんの専用機開発に結局最後まで何も手を貸すことができなかった。
簪ちゃんによく思われてないことは分かっていたから、一夏君にでも頼んで開発を手伝ってもらって、一夏君経由で私も稼動データをひそかに送って、陰ながら協力しようと思っていた。裏から手を回すみたいでアレだけど、これが私のが出来る精一杯のこと。でも、出来なかった。
私が気づいた時には、もう簪ちゃん達は自分達でやり始めていて、手出しする隙もありゃしない。
彼経由で稼動データの提供も試みたけど、彼に断られてしまった。協力したしたければ直接簪ちゃんに言えばいいだなんてよく言ってくれるわ。そんなこと出来たら、私は彼になんて頼らない。それが分かってて言ってるぽいところが、ムカつく。
「……ッ」
ハッと私は、我に返る。
いけない、いけない。彼のことを思うとイラついたのは認めるしかない事実だけど、こんな感情的なのは私じゃない、
今からは目的を果たす大事な時。取り乱したりなんかできない。そう私は気持ちを一新して、彼の部屋、その扉の前に立つ。
「お邪魔しまーす」
そう小声で言いながら、あらかじめ用意していた彼の部屋のルームキーカードを使って扉を開け、中へと入る。
部屋の中は思ったよりも静かだった。人の気配は感じるが、賑やかさは感じない。奥で勉強でもしているのかしら。何にせよ、今のうちから気づかれたら台無しなので気配を殺し、奥へと進む。
すると、部屋の主である彼は、ベットの上でお昼寝していた。
「はぁ~……」
呆れて思わず溜息が出る。
簪ちゃんほっといてこんな時間から昼寝だなんていいご身分だこと。
安眠しているのか私の気配に気づく様子も起きる気配もない。でも、私にとって好都合なのは確か。再び気配を押し殺しながら、寝ている彼のベットへと近づく。
「よいしょっ、とっ」
そのままベットへと上がり、彼に馬乗りになる。
すると一瞬、むっと苦しそうな表情をしていたが、すぐに元の表情に戻る。
これでも起きる様子はない。どんだけぐっすり眠っているのかしら。本当、呆れちゃうわ。
だけど、これでじっくり彼を観察できる。
「……」
不細工ってほどではないではないけど、美形ってほどでもない。有り体に言えば、整った顔立ち。まあ、顔は悪くはないと思う。
それによくよく考えれば、寝顔ではあるけれど、こうして真面真面と彼の顔を見るのは初めてかもしれない。私、彼に嫌われていて何だか避けられてるぽいから。
ぽいと私が勝手に思っているだけで、簪ちゃんほど露骨に避けられているわけでもなければ、失礼な態度取られているわけでもない。むしろ、彼は一夏君以上に礼儀正しい。嫌われていると感じるのは多分、簪ちゃんと一緒にいるから必然的に避けることになっているだけだと思いたい。
もっとも礼儀いい態度取って体よくあしらわれている気もしなくはない。そう思うと邪険に扱われている気がしてきた。何だかムカつくわね。
自分で言うのは気色が悪いけど、私は今までそんな風に扱われたことなかったし、それどころか周りの人間に愛されて大切にされてきたという自覚すらある。
だから、余計に彼のことが気になってしまうのかもしれない。そこに他意はないけど。
でも、本当に簪ちゃんが彼と付き合うなんてね。
正直、妹に先に越された気がしなくはないし、羨ましいと思わないなんてことも言えない。羨ましいものは羨ましい。こんなこと絶対に口には出せないけど。
これまた自分で言うのも気色悪いけど、私は何でも持っている。地位も容姿も力も何もかも。欲しいものは何だって自分の力で成し遂げてきた。
何でも持っているけど、全部持っているわけじゃない。ない物だってある。特に大きいのが自由。
私は、簪ちゃんの様に自由恋愛できない。簪ちゃんの場合は相手が彼だったから運よかっただけだけど、私は簪ちゃんの様にはいかない。家の為、家の輝かしい発展の為、好きでもない男性と結婚する未来が強い。自由恋愛なんて夢のまた夢。だから、羨ましいと思う。
「……欲しい」
そう、羨ましいから欲しいと今感じている。
生まれて初めて簪ちゃんにあって、私にはない明確なものが出来てしまった。
こんなこと考えるだなんて私らしくないとは分かっている。簪ちゃんが交際していることは姉として嬉しい。交際によって簪ちゃんは変わっていっている。そのことも喜ばしいこと。でも、素直に喜びきれない。寂しいやら悔しいやら何とも言えない複雑な気分だわ。
私は問いかける。
そんなに邪険に扱わないで。ねぇ、どうしたら、あなたは私を見てくれるのかしら。
――私を見て。そう思うのは
「……ッ!?」
ふと、彼の小さな寝声が聞こえ、ビクッと驚いてしまった。
起きては……ない。私はほっと胸を撫で下ろす。まったく、ビックリさせてくれちゃって。
でもおかげで我に返れた。私、とんでもないことを考えていた。
まったくらしくない。忘れよう。
とりあえず今は、私がすべきことをしよう。
このまま寝られっぱなしじゃ、事態は進展しないからとりあえず起す。
今の私は誰が見たって簪ちゃんにしか見えない。それが馬乗りして、目の前にいるんだものきっと驚くはず。加えて、彼は寝起きだから絶対簪ちゃんと見間違えるはず。
彼の驚いた顔が目に浮かぶわ。それでも見抜けるものなら見抜いてみなさい。見抜けたらあなたの負けだけど。そうワクワクしてくるのを教えながら、簪ちゃんっぽく彼を起す。
「ねぇ……起きて……」
あれだけぐっすり寝ていたから、一度や二度体をゆするだけじゃ起きない。
だけど、寝起きはいいみたいで何度かそうしていると彼は眠そうにしながらも、ゆっくり目を開けた。
さあ、これで。
「――」
彼の言葉を聞いて、私は言葉を失った。
彼は確かに寝起きで完全に意識が覚醒しているわけではなさそうだけど、確かに呼んだ。簪ちゃんの名前ではなく、私の名前を。
寝起きの声。言い間違いかと一瞬思ったが、そうじゃない。確かに彼は、私だと分かって名前を呼んだ。
絶対に見間違えると高をくくったのに いとも簡単に見抜かれてしまった。それはそれで嬉しいような……でも、それ以上に私は今の自分のことが酷く滑稽に思えた。
何やってるんだろう、私は……。
そう私があっけに取られているうちに、彼は完全に目が覚めたようで周りと私を交互に見て、状況を冷静に確認していた。対する私は、完全に我に返ってしまい、その反動のようにあっけに取られたまま。
すると彼は訝しげな目を向けながら、何しているんだと聞いてきた。
「そ、それは……ほ、ほら、うん。あ、おはよう、弟君」
いつも彼を呼ぶ呼び方で呼んだ後に今の自分の格好を思い出した。この格好で弟君って呼んだら、意味ないじゃん。
冷静に努めようとしたけどすればするほど、どんどんボロが出てしまいそうになる。
何だか情けなくて、無性に恥ずかしい。穴があったら入りたい。
というか、慌てる私とは対照的に冷静な彼。これって普通、逆じゃないの。
「えっ? あ……うん、ごめんなさい」
とりあえず退くように言われ、私は彼から退き、ベットからおりる。
このままだと根掘り葉掘りいろいろと聞かれそうな気がひしひしとする。
ここは戦略的撤退あるのみ。これは決して敗走ではない。仕切りなおしあるのみ。
そう私はすぐさま判断しこの場、彼の部屋を後にしようとした。
「きゃっ!?」
でも、出来なかった。
思っていた以上に内心取り乱していたようで、足がもつれて倒れてしまった。
しかも運悪く彼の方へ。何たる不覚。
「っ……ごめんなさい」
格好としては私が彼を押し倒すような感じ。逆ならまだしも、これではあまりにも不恰好。
視界が安定してくると、すぐ目の前に彼の顔があった。
押し倒したのだから当たり前かもしれないけど、思った以上に近い。
「何、してるの……?」
聞きなれた声。
ハッと我にかえり、声が下した方向を振り向くとそこには簪ちゃんがいた。
本当に運が悪い。何でこのタイミングで簪ちゃんが来るのかしら。私は何か罰が当たったのかもしれない。
「え? 私……?」
信じられないものを見ているかのような簪ちゃん。
一瞬どうしてかと思ったけど、そうか……今の私は簪ちゃんそのもの。驚いても無理はない。やっぱり、本人である簪ちゃんは私だとは思ってないみたい。だったら、何故彼は気づけたんだろう。
簪ちゃんが困惑していると彼がこれは私だと教えた。
「ちょ、ちょっと!」
何であっさりバラすのよ!
こうなった以上、いずれバレるのは確実だけど、だからって言わなくてもいいじゃない。
心底あきれ果てたような簪ちゃんの冷たい視線が今までで一番痛い。
「本当、何してるの。というか……早く彼から離れて」
「うっ……」
言い訳も何も出来ないので大人しく彼から退き離れる。
もう戦略的撤退も出来そうにない。進退窮まれり。
そして、彼から何してたのか、どうしたこんなことをしていたのかと改めて問い詰められる。
「そ、それはほ、ほら、うん。そう! 簪ちゃんが心配で確かめに来たのよ!」
「心配? 確かめに?」
不思議そうに簪ちゃんは、首をかしげる。
嘘は言ってない。というか、これが今回の行動理由、のはず。多分。
「だって、簪ちゃんが彼と交際するって聞いたらいても立っていられなくて!」
「……そう。でも、余計なお世話。そんな格好までして……」
「っ……分かっているわ。でもね、弟君が簪ちゃんに釣りあうかどうか確かめたくて……私はお姉ちゃんとして本当に簪ちゃんが心配で!」
これも嘘じゃない。
心配だから私は今こうしているのだ。ただそれだけでしかないのに……。
「いい加減にして! なんでお姉ちゃんはいつもそうなの!」
部屋に響く簪ちゃんの大きな怒鳴り声。
見てみれば、私を睨みつけ怒っていた。簪ちゃんのこんな大声を聞くのも始めてだけど、こんな風に怒鳴られるのも初めて。その様子に私は思わず、ビクッとなる。
「都合がいい時だけお姉ちゃんぶらないで! 釣りあうとかそういうことじゃないの! 私は彼が好きだから付き合ってるの! 今更お姉ちゃんに心配される筋合いはない! だからもう、余計なことして邪魔しないで!」
簪ちゃんのありったけの想いをぶつけられる。そんな想いを私は、受け止めてしまった。
こんな感情的な簪ちゃんなんて私は知らない。今まで知ることができなかった。あの時……あの試合を嫌でも思い出させられる。胸の奥が嫌な締め付けられ方をして気持ち悪い。
今みたいに簪ちゃんのありったけの想いをぶつけられるとショックなのか、私は頭の中が白くなる。何か弁解したい、言い返したい気持ちは確かにあるのに頭の中が言葉が浮かんでは消え、言葉が上手く口に出来ない。
「だって……私は簪ちゃんが……」
ようやく口に出来た言葉がこれだ。
これじゃあまるで、駄々をこねる幼い子供のよう。
こんなの
どうしたらいいのか分からず、感情的な簪ちゃんの姿を見て呆然としていると、彼は簪ちゃんを宥めるように抱きしめ、私に一言すまないと謝り帰ることを進めてくれた。
「……そう、ね」
そう言うので私は今精一杯。
私は大人しく彼の部屋を後にすることにした。
去り際、簪ちゃんに一言謝りたかったけど、そんなこと言えばますます傷つけてしまうことは今の私にでもよく分かった。
悔しさと情けなさが入り混じった思いで胸が一杯になる。
本当、何やっているんだろう、私は……。
…
今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。
それでは