簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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簪に看病してもらって

 今日、風邪を引いてしまった。

 節々の痛みや咳が出たりすることはなく、そこまで酷いものではない。

 ただ少し鼻水が出て、熱が高くて体が少しダルいぐらい。

 今さっき診察してもらった寮の医務室の先生曰く、ちょっとした過労と急な季節の代わり目による風邪とのこと。最近、多いらしい。

 確かに秋だと思ったらもう冬が始まっている。場所によっては雪がもう降るほどの変りようだ。朝、トレーニングしてた時、かなり寒かった。

 それでも風邪を引いてしまうとは体調管理がなってない。我ながら情けないな、まったく。

 

 ここで無理をするわけにもいかないから、大事を取って今日学校を休むことにした。

 担任の織斑先生には休む連絡をして、了承を得ている。

 気休め程度ではあるが常備してあった風邪薬を飲んだから、後は一日寝て体を休めるだけ。

 たくさん着こんでひとしきり寝て、汗をたくさんかけば、明日にはよくなっているはずだ。

 

 寮食の人にお昼のお願いしたから、後は寝る。

 と、その前にやることがもう一つあった。簪達へ一言言っておかなければ。

 一夏か本音に授業のノートとか頼まないといけないし。

 そう思い今朝二度目にスマホを見た。すると、いつものように簪からのメッセージが来ていた。

 随分と時間が経ってしまっているが。

 

《山田先生から風邪で休むって聞いたけど調子はどう?》

 

 山田先生、わざわざ伝えてくれたのか。おかげで説明の手間が省けた。

 まず先に一夏や本音がいる四人のグループで今日休むこと、理由、症状を簡単に説明して、今日のことをお願いした。

 それから簪へ返事を返す。なるべく心配させないように。

 

《そう。今から様子見に行ってもいい?》

 

 来ると思ったその言葉。

 気持ちは嬉しい。簪の顔を見たいが、今から寝るところだし遠慮してもらった。

 

《じゃあ、お昼休みは?》

 

 それも遠慮してほしい。

 というか、治るまで来ないでほしい。

 もちろん、お見舞いに来てくれるのは嬉しい。よくよく考えれば、風邪を引くなんてIS学園入って初めて。数年来ぶりのこと。心細さみたいものがないわけではない。

 しかし酷くないとはいえ、風邪は風邪だ。鼻水出るから、移るかもしれない。

 元はと言えば、俺の体調管理不届き。だからこそ、こんな弱った姿は簪には見られたくない。

 

 既読がついただけで返事がこない。

 しぶしぶにでも納得してくれたか……。

 そう思っていると返事が来た。

 

《お昼休み行くから。必ず》

 

 ただ文字だけなのに、凄い力強さを感じてしまった。

 怒らせたか? しかしな、来てもらっても……といろいろ考えてしまう。

 これ以上どう言えばいいのか分からず、そこで俺はスマホを置いた。

 とりあえず、今は寝よう。

 

 

 

 

 額にひんやりとしたものがあたっている。

 それを感じて、ふと目を覚ました。

  

「ごめんなさい……起しちゃったね」

 

 目を開け、聞き慣れた愛しい人の声が始めに聞こえた。

 声のほうへ向くと、そこにいたのは簪だった。

 マスクをして、俺の額に手を当ててくれている。少しひんやりしたその簪の手が気持ちいい。

 

 簪が来たと言うことはもう昼。それも昼休みか。

 もう少し早く起きるつもりでいたが、風邪のせいか思ったよりも寝すぎてしまった。

 

「体調の方はどう……? 少しはマシになった……?」

 

 風邪薬が早く効いて、たくさん寝て汗をかけたおかげで、朝よりかは大分マシになった気がする。

 まだちょっとした体のダルさや熱っぽさはあるが、これなら明日の朝にはよくなっているはずだ。

 

「そう。よかった」

 

 マクス越しでも簪が安心してくれているのが見て取れた。

 

 しかし簪、本当に来てしまったか。

 嬉しいのは勿論だが、マシになったとは言え、まだ風邪が完全に治りきった訳じゃない。

 マスクをしてくれているが、絶対に移らないわけではない。

 だから、素直に喜ぶことが出来ず、つい強めの口調で何で来たと言ってしまった。

 

「……」

 

 は?それを聞くの?

 とでも言わんばかりに、ただ静かに簪はキッと睨んでくる。

 

 聞かないわけにはいない。言わずにはいられなかったことではあったが、やはりこうしてわざわざ聞く必要もなかった。風邪の身であっても何で来たかなんて聞かずとも分かる。

 心配してくれているからこそ、来るなと言われても来てくれたまでの事。

 

 だから、んなことを言えば、怒らせてしまうのは当然のこと。

 実際、静かに睨みつけている簪は確かに怒っていた。

 

「……」

 

 一瞬、目を閉じ、それで気持ちを切り替えたように簪は言った。

 

「心配してるからに決まってるでしょう。ただそれだけ。これは私の我が侭。風邪を引いてる時ぐらい……風邪を引いている時だからこそ、私を頼ってほしい。風邪の時にも何でも一人でしようとしないで」

 

 悲しい表情の簪に心が痛む。

 別に頼ってないわけじゃない。

 ただやっぱり移したくないのと、男として風邪だとしてもこんな弱った姿を簪には見られたくなかった。それだけなんだ。

 でも、それが独りよがりになって、今こうして簪を哀しませている。悪いことをしてしまった。

 

「気にしないで。来るなって言われたのに我が侭で来て迷惑かけてるの、私なんだし……」

 

 迷惑だなんてそんなことは決してない。

 素直に嬉しい。ありがとうの気持ちで一杯だ。

 

「どういたしまして」

 

 言って簪が撫でてくれた。少し冷たい簪の手が体温の高い今の俺にとって凄く心地がいい。

 手の感触が気持ちいい。だからなのか、簪の手に擦り寄ってしまった。

 

「ふふ……可愛い」

 

 撫でてくれる手付きが幼子をあやす様だ。

 照れくさいことこの上ない。

 撫でてくれるのは嬉しいけど、部屋出るときにはちゃんと手洗いうがいするように。そんな照れ隠し言うことしかできなかった。

 

「分かってる。予防はちゃんとしてるから心配しないで……そうだ、お昼ごはん食べれそう? あなたが頼んでたお粥、寮食の人から貰ってきたんだけど」

 

 今だ熱そうなお粥が入った小さい鍋が出てきた。

 そうだ。お粥頼んでたのをすっかり忘れてた。

 吐き気はないし、朝食べてないから食べられる。というか、かなりお腹が空いている。

 

「そう。じゃあ……」

 

 スプーンを持った簪から受け取ろうとしたが、持った手を引っ込められた。

 素手で食べろってことなのか。

 

「そんな訳ないでしょう。……ふぅふぅ……はい」

 

 掬ったお粥を一度冷ますと、簪は下に手を添えそのままスープンを向けてきた。

 これってまさか。

 

「……あ~ん」

 

 戸惑っているともう一度、スプーンを向けられる。

 そのまさかだった。有無を言わさないように簪はじっと見つめてくる。これは大人しく食べるしかなさそうだ。

 口を開けるとそのままスプーンが運ばれ、食べさせてもらった。

 

「ふふっ……よろしい」

 

 満足げな簪。

 結構だが、するのは好きでも、されるのには慣れてない。

 だからなのか、あまり食べた気がしない。自分で食べさせてほしい。

 

「だめ。今日は私が食べさせてあげる」

 

 と言って、再びスプーンを差し出される。

 今日の簪はしたがり屋のようだ。だったら、仕方ないな。今日ぐらい、甘えさせてもらおう。

 そうして簪に食べさせてもらい物の見事に完食した。

 

 しかし、何だ。

 こうして食べさせてもらうと、以前簪を看病した時のことを思い出す。

 こんな風にお粥を食べさせたな。あの時は俺が食べさせる方だったが。

 

「そうだね。あの時のあなたが私に看病してくれたように上手く看病できるか分からないけど……私も上手く看病できるように頑張るから」

 

 そう簪は意気込んでいた。

 別にそこまで意気込まなくても簪は充分よくやってくれている。

 不器用ながらにでも一生懸命にあれこれ励んでくれている簪は甲斐甲斐しい。

 不謹慎かもしれないが今日風邪を引いて、簪が彼女でよかったと真摯に思う。

 

「お、おだてたって……何もでないんだからね……」

 

 照れ隠すようにベットへと誘導され、布団の中に入る。

 すると、簪が布団を掛けなおしてくれた。

 ご飯を食べて、薬も飲んだからまた寝るだけ。満腹になったから、眠気はある。

 頭では分かっているが、そうなるとここで簪と別れになる。変に名残惜しく感じてしまうのは風邪のせいなのか。

 だからって、簪は午後から授業あるのに長居されてもそれはそれで困るが。

 

「学校終わったらまた来るから……まだ、何かしてほしいことはない……?」

 

してほしいことか……。

俺は何も言わず、簪へと手を伸ばした。

 

「……? ああ、そういうこと。分かった」

 

 何を望んでいるのか簪は察してくれて、手を取って握ってくれた。

 これならまたよく眠れそうだ。

 

「うん……おやすみ。早く良くなってね」

 

 開いたもう片方の手で頭をなでてくれる。

 優しい手付きに誘われるように眠りへとついた。

 

 

 

 

「もうすっかり熱は下がったみたいだね……よかった」

 

 体温計に表示された平熱を指し示す数字を見て、簪が安堵の表情を浮かべた。

 

 夜もまた簪が様子を見に来てくれている。

 ちなみにだが、ついさっきまで一夏と本音達もお見舞いに来てくれていた。

 熱はすっかり平熱まで下がり、風邪的な体のダルさも引いてほぼ全快。

 しいて何かあるかと言えば、寝すぎてダルいくらいか。

 

 本当なら風呂に入るべきだろうが、今日は大事を取って体拭くだけにしておこうと思う。

 

「わ、私が拭く……! 拭かせてください……!」

 

 物凄い勢いで簪がせがんで来た。

 思わず後ろへたじろいでしまった。何もそんなにがっつかなくても。

 

「だ、だって……今日、看病らしい看病、何も出来なかったから……」

 

 そんなことはないと思うが、簪の気がすまないようだ。

 やりたいようにやらせてあげよう。

 ということで、上の服を脱ぎ、上半身を用意してもらったタオルで拭いてもらった。

 

「よいしょ……よいしょ……えっと、お加減? はどうですか? かゆいところありませんか……?」

 

 おもしろい。何だか美容室で髪を洗われている時によく聞く台詞だな、それ。

 いい感じだ。手の届かない背中から隅々までしっかり拭いてくれる。少しくすぐったいが、それがまた気持ちいい。

 

 拭いてもらっていると、ふと簪の手が止まった。

 そして、背中に頭を当て、後ろから抱きしめてくる。

 どうかしたんだろうか。様子を確認しようと、振り向こうとしたがそれがそれは叶わなかった。

 

「本当によかった……よくなって」

 

 声が震えている。というか、明らかに涙声だ。

 見えなくても簪が泣いているのが分かった。しかし、何故。

 

「だって……あなたが風邪を引くなんて初めてで正直私不安だったの。けど、よくなったあなたを見たら安心して何だか嬉しくて涙が止まらないの」

 

 感極まっての嬉し涙らしい。

 大げさだなと思ってしまうが、それだけ簪は俺のことを心配してくれたという証拠に他ならない。

 嬉しい限りだ。

 

「ごめんなさい……泣いちゃって。看病だって何もしてないのに……」

 

 相変わらず後ろから抱きしめたまま、簪は落ち込む。

 何もしてないわけないだろう。昼ごはん食べさせてくれもしたし、今だって体を拭いてくれた。

 何より、簪が会いに来てくれたおかけで早く元気になることが出来た。それが凄い効いたと実感する。病は気からとも言うしな。

 

「ありがとう……そう言ってくれると嬉しい……」

 

 簪の声が明るくなり、元気を取り戻してくれたことが分かった。

 離れてもらうと服を着て、簪の方へと向き直る。

 泣いてバツが悪いのか、目をそらされる。

 

「やだ……見ないで。そんなに見つめられると……」

 

 見つめられると?

 

「その……うぅ……キ、キスしたくなるのっ……」

 

 簪は恥ずかしそうに言った。

 さっきまで泣いてたのに、キスとは。まあ、寂しい思いさせたし当然か。

 だけど、まだ治りかけだ。用心していたい。

 

「分かってるってば……あなたは風邪なんだから本当に甘えてほしいのに……」

 

 これでも充分甘えてるつもりだ。

 甘えるついでにそうだ。明日にはいつも通りの生活に戻れているだろうから、今日のお礼も兼ねて週末にデートしよう。

 

「いいの……?」

 

 もちろんと頷く。

 だから、もう少しだけ看病してほしい。

 

「うん……! 任せて……私、頑張るから……!」

 

 笑顔を見せてくれる。

 やっぱり、簪にはどんなときでも笑顔でいてほしい。

 甲斐甲斐しく看病してくれる簪を見ながら、そんなことを思ったのだった。

 




XIWEI様のリクエストで「簪を庇って事故り、寝込んでいる主人公の側で簪が看病をしており、主人公が目覚めた時に感極まって…」
にお答えする形で看病ネタでした。
時間かかった上に事故ってのは添えませんでしたが、こんな感じです。

という感じでリクエストはお答えしていきます(一夏と本音カップルの話とかも
リクエストは相変わらず募集中です。
もしかしたら出来ないかもしれませんが、感想を書いてからお気軽にリクエストどうぞ。


今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません

それでは
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