簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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あなたの匂い/簪の匂い

「お邪魔します……」

 

 合鍵で鍵を開け、一応声をかけながら部屋の中へと入る。

 返事は返ってこない。それは分かっているから、別に気にはとめない。

 この部屋の主である彼は今留守にしている。

 朝は一緒に実機訓練をして、つい先ほどお昼ご飯を一緒に食べたところまでは一緒だったけど、いざ彼の部屋へ行こうとした時、彼は織斑先生に捕まり何やら手伝いごとを頼まれていた。

 それを彼は引き受け、手伝い自体はすぐ終わるとのことなので私は一人一足先に彼の部屋へと今やって来ていた。

 

「相変わらず綺麗な部屋……」

 

 ひとまず私はベットに腰掛けながら、ふと部屋を見渡す。

 

 先に部屋へ来たから、日頃の感謝に部屋の掃除でもと思ったけど、彼の部屋はいつ来ても綺麗。

 世間一般的に男子の部屋って散らかっているものだと聞いていたけど、同じ男子でも違う。彼はこまめに掃除しているみたいで、整理整頓されていて清潔。

 別に感謝を押し付けたかったわけじゃないけど、これじゃあ彼に何もしてあげられない。それがちょっぴり悔しい。後、手持ち無沙汰。彼が来るまで何して待ってよう。

 

「ん……ん? あれって……」

 

 何しようかぼんやり考えていると、椅子の背もたれにかかったワイシャツが目に入った。近づいて、それを手に取ってみる。

 男子達が、彼が普段制服の中に着ているワイシャツ。出しっぱなしなんて珍しい。いや、もしかすると洗濯し忘れたのかな。でも、パッと見普通に綺麗だ。

 

「というか、これ……彼の、だよね……」

 

 彼の部屋にあるのだから、彼ので間違いはず。

 自信はある。でも名前が書いてあるわけじゃないから、確かではない。だったら、ここは確認しないと。だってほら、他の人……織斑のだったら、いろいろとまずいから。

 方法は……やっぱりアレしかない。

 

「……っ」

 

 何故かゴクリッと息を呑んでしまった。

 そしてだんだんと恥ずかしさまで感じ始めてくる。

 これは確認。そう確認。ただの確認。それ以上でもそれ以下でもない。変なことじゃない。大丈夫。

 心の中でそう唱え、彼のワイシャツかどうか確認した。

 

「……くんくん……」

 

 ワイシャツに鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。

 

「ああ……~ッ、この匂い……」

 

 間違いない。間違えるわけがない。大好きな彼の匂いだ。

 洗濯した後だからなのか、柔軟剤の匂いのほうが強いけど、それでもちゃんと残っている彼の匂いがたまらない。

 いい匂い。凄く安心する。私、やっぱり彼のこの匂い大好き。

 

「……く、くんくん……~ッ、ふふふ」

 

 だめ。いい匂い過ぎる。幸せ。変な笑い声まで出ちゃう。

 彼の匂いを嗅いでいるだけで頭がクラクラしちゃう。

 確認の為にしているだけなのに、くんくん匂いを嗅ぐのが止まらない。

 

「……あれ? 確認……? ――ッ」

 

 ハッと我に帰る。

 反射的に辺りを、入り口玄関を見て、彼がまだ帰ってきてないことにひとまず安心した。

 でも、だんだんと自分のした事にとてつもない恥ずかしさを覚えた。

 

「あぁ~! 何やってるんだろ、何やってるんだろうぉぉぉ……!? うぅぅっっ!」

 

 そう叫ばずにはいられなかった。

 私、なんてはしたないことを。これじゃあ、まるで変態みたい。……今更な気もしなくはないけど。

 ただ確認するためだったのに、本当何やってるんだろう私。

 

「と、とりあえず……離れよう」

 

 私は元いたベットへと腰をかける。

 

「……あっ」

 

 手にはしっかり握られたワイシャツがあった。

 私は馬鹿だ。こんなんじゃもう私、本音のこと何も言えない。

 ワイシャツ、元の位置に戻さないと。匂いを嗅いでいなくても、持っているだけでもおかしい。

 

「……」

 

 でも、私は名残惜しさみたいなのを感じてワイシャツを手放せずにいた。

 もうちょっとだけ、このワイシャツに残る彼の匂い堪能したい。

 

「……だめ……だめ、私」

 

 頭を振りかぶって邪な考えを振り払う。

 自分で自分のこと変態だと思ったばかりじゃない。

 もうそんなはしたない真似できない。仮に万が一見られてもこんなことで彼は流石に怒らないだろうけど、私が恥ずかしさで死にたくなる。

 でもまだ彼が帰ってる気配はない。

 

「……っ、う~ん……っ、うーん……う~んッ……く、くんくん……」

 

 ワイシャツに鼻を埋めて匂いを嗅ぐ私。

 結局、私は自分の欲求に勝てなかった。彼にも昔指摘されたけど、私は変なところで欲求に忠実。幼い子供のように我慢弱い。思い返すと自分で自分のことが嫌になる。

 でもやっぱり。

 

「いい匂い」

 

 匂いを嗅いで私はうっとりしていた。

 どういう匂いなのかはうまく説明出来ないけど、本当にいい匂いで癒される。凄く安心する。

 いつまでもこうして嗅いでいたい気持ちになってしまう。

 

「そうだ……」

 

 魔が差した。いや、変態みたいなことして私はどこかで開き直ってしまった。

 ワイシャツを広げ、袖に腕を通す。

 

「……着てしまった」

 

 私何やってるんだろうと一瞬思ったけど、それを上回る達成感が胸いっぱい。

 

「大きい……」

 

 彼のワイシャツを着てしまったけど、私にはサイズが大きかった。

 体格差があるから当然なんだろうけど、ぶかぶか。袖から手が出てない。

 着ると私の匂いがついちゃって、彼の匂いが薄れる気がしてたけどこれはこれでいい。彼に包まれている様な感じがする。

 

「~ッ」

 

 えも言えぬ衝動に身悶え私はベットに倒れこんだ。

 

「そう言えば、このベットも……」

 

 彼が普段から使っているものだ。

 よじ登って枕の顔を埋める。

 

「あいた……」

 

 眼鏡を取るのを忘れていた。

 眼鏡を外し壊さないよう枕元において、今一度枕に顔を埋める。

 

「くんくん……はぁ~」

 

 ワイシャツ以上にいい匂いがするこの枕。

 

「ッ~、ダメになる」

 

 はしたないと分かっていながらもやめられない。止まらない。末期かもしれない。

 でも、女性が彼氏の匂いをいい匂いだと感じるのにはどうやら遺伝子レベルの深い理由があると聞いたことがあるし、多分、きっと、ギリギリセーフなはず。

 

「早く帰ってこないかな……」

 

 こうして匂いを嗅いでいるだけでも満足なはずなのに、欲深な私は彼が恋しいという気持ちが少しずつ沸いてきた。大好きな私の彼氏。彼に抱きしめられて直接匂い嗅いだら、どうなるのか分からない。でも、それはそれで楽しみ。

 

「ん……」

 

 欠伸を噛殺す。

 そう言えば、時間帯的にまだお昼。今日外は快晴で過ごしやすいぽかぽか陽気。だからなのか、こうやって安心していると眠気が段々強くなってきて。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 いつしか私は眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 ようやく織斑先生から頼まれた手伝いが終わった。

 すぐ終わると言われていたし、俺もすぐ終わるだろうと思っていたけど、思ったよりも時間がかかってしまった。まあ仕方ないことだが、簪を待たせてしまっていることにも変わりない。暇してるのだろうか。

 そんなことを考えながらも部屋に着き鍵を開ける。中には先に簪がいるのだから、ただいまと声をかけてみたが返事は返ってこない。

 どうしたのかと部屋の中へ入ると。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 ベットの上で気持ちよさそうに寝ている簪の姿がそこにはあった。

 今は昼時。ちょうど眠くなる昼寝にはもってこいの時間帯。しかも、今日はいい天気。眠くもなるし、昼寝していても全然いいのだが、何で簪はワイシャツを羽織っているんだろう。

 アレは俺のシャツだ。洗濯し終わってしまい忘れていた奴。理由は検討つかないが興味本位で着たくなったんだろうか。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 簪は相変わらず気持ちよさそうに寝ている。

 意味は分からないものの、いいな。彼女が自分のワイシャツを着ている姿を見れるというのは。

 昔ながらの定番シチュエーションだが、定番だからこそいつの時代もグッとくるものがある。体格差で簪にサイズがあっておらず、どこかダボダボな感じが更にポイント高い。

 これで下が洋服ではなく、裸だったらさぞそれは夢のような光景だったんだろう。

 

「ん……んんっ……」

 

 ビックリした。

 頭の悪いことを考えていて気が抜けていたから、身じろいだ声にドキッとした。

 幸い簪はまだ起きてない。相変わらず、ぐっすり熟睡中。

 

 さて、どうするか。起こす……のは可哀想だ。起こしたところでやるべきことがあるわけでもない。

 それにこんな気持ちよさそうに寝られたら、起こすのは気が引ける。

 となるとここはやっぱり、簪の寝顔を眺めるのがベストな選択だろう。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 寝顔までこんなにも綺麗でかわいい。俺にはもったいない彼女だ。つくづくそう思う。

 

「……えへへ……」

 

 そっと頭を撫でると幸せそうに笑って頬を緩める。

 やっぱり、簪のこと好きだなあとしみじみ思う。

 いつもまでも幸せでいてくれるように、俺は頑張っていかないとな。

 

「ん……」

 

 頭を撫でていると、簪がゆっくり目を開ける。

 しまった。起こしてしまった。

 とりあえず、声をかけてみた。

 

「……うん……おは……よう」

 

 寝起きでまだ頭が寝ているのか、ぼーっとしている簪。

 何か俺を見て辺りを見て自分を見てってのを繰り返している。

 

「――ッ」

 

 突然、カッと目を見開く。

 そしてみるみる簪の顔が赤くなる。

 

「う……」

 

 意味が分からず、釣られて同じ言葉で聞き返す。

 

「うぁあああっ!!」

 

 慌てた声を大きくあげて、簪は布団を頭まで被って丸くなる。

 ビビった。というか、何故丸まっているのかまったく意味分からん。どうしたんだ。

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ」

 

 何に対して謝っているんだ。ますます謎は深まる。

 

「いや、そのっ……あなたのワイシャツ勝手に着ちゃって。に、匂い嗅いじゃったから……って! あっ、あぁああっ! い、今の忘れてっ!」

 

 俺のワイシャツにそんなことしてんだ。

 口が滑ったのは分かった。けれど、そんなこと言われると恥ずかしいものがある。洗濯してたのはある意味不幸中の幸いというべきなんだろうか。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい! はしたないことして」

 

 もう訳なさそうに言って凹んだ声をあげる簪。

 なるほど、そういうことか。いろいろと納得がいった。

 匂いを嗅がれていたのは恥ずかしいが別に咎めるほどのことでもないから、出てきてくれると嬉しいんだけど。

 

「むりぃ~ッ恥ずかしくて顔見れないぃぃっ……はぁぁっ、何で私あんなことを」

 

 直接見なくても簪が今布団の中で過去の事を思い出して悶えている簪の姿が目に浮かぶ。

 穴があったら入りたいといった感じか。

 ここはそっとしておこう。ひとまず俺はベットに腰掛けた。

 

 そもそもそんなに嗅いでしまうほどいい匂いなんだろうか俺。自分では分からない。

 

「まあ、それは……よかったです、すごく」

 

 控えめながらも簪は答えてくれた。

 そっか。好きな人に匂いまで好かれているのはそれはそれで嬉しいものがあるような。

 簪の匂いはいい匂いで凄く癒されて、俺も好きだからそういうものなんだろう。

 

 簪はさっきまで俺の匂いを堪能していたが、俺は堪能できてない。

 何か卑怯だ。

 

「ひ、卑怯って……」

 

 それはそうだろう。起きたと思ったら、丸まったまま布団の中にずっと篭っているのだから。

 出てくれたら、好きなだけ匂い嗅いでもいいのに残念だ。

 

「うっ……」

 

 簪が揺らいでいるのが分かる。

 何だかんだ簪は欲求に素直なのは知っているから、まあわざとそんな言い方をした。

 これはもう一押しといったところか。でも、まだ気持ちが落ちついてないだろうし、そっとしておくべきか。 

 

「ね、ねえ……」

 

 ぽつり簪が問いかけてくる。

 

「変態みたいなことして幻滅してない……?」

 

 いつしか簪は頭だけ布団から恐る恐る不安そうに聞く。

 ビックリはしたものの、幻滅なんてしてない。

 あれは好きだからこその行動。好きでもない相手にする訳ない。簪なら特に。そのことはちゃんと分かっている。 

 もう落ち着いたみたいだ。

 

「うん、もう大丈夫。ごめんなさい、毎回毎回めんどくさいことして……」

 

 まあまあと俺は簪を宥める。

 すると、ようやく簪は布団から出てきてくれた。

 

「いい……?」

 

 何を、と確認するまでもない。

 俺は歓迎するように両手を広げた。

 

「はぁ~……」 

 

 胸に飛び込んできた簪を受け止めて抱きしめる。

 腕の中にいる簪はうっとりした顔をしている。

 

「あなたの匂い好き。落ち着く……」

 

 鼻をすんすんしているあたり、本当に匂いかいでる。恥ずかしいが微笑ましい。

 お返しってわけじゃないが、俺も簪の匂いを堪能する。

 

「恥ずかしいよ……」

 

 何を今更。

 香水や柔軟剤とかといったいい匂いとは少し違う、簪のいい匂い。

 変態チックなのは重々承知だが、嗅いでいると心地よくて落ち着く。

 癖になるな

 

「ふふっ、そうでしょ」

 

 得意げに言う簪は、いつしか首元に顔を埋めてスリスリしてきていた。

 くすぐったいが、それがまたよかったりする。

 

「~♪」

 

 まだくんくん首元の匂いをかいでる簪。

 何ともまあ、幸せそうな声もらして。

 でも、そんな簪もまた可愛い。

 俺はそんな思いながら、じんわりと幸せを噛み締めた。

 




今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません

それでは
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