簪とのありふれた日常とその周辺   作:シート

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暑い夏だからこそ簪達とひんやりと

 今年の夏はどういう風に過ごそうか。何処へ旅行に行こうか。どんな美味しい夏料理を食べようか。

 そんな風に周りではいよいよ始まる夏休みに向け、期待と賑やかさが増していく。

 けれど、今日も俺達のやることは普段通り変らない。夏休み前だと言うのに、いや夏休み前だからこそ、夏休みに持ち込まないよう生徒会室で仕事をこなしていた。

 

「はぁ~今日で三日目。ずっと書類仕事とか飽きてきた。というか、これ本当に今日までに終るのかよ。あ~白式動かしてスッキリしてぇー!」

 

「頑張って~! 一夏(おりむー)! 大丈夫っ今日で必ず終るよ~!」

 

「……ありがと。愚痴ってても仕方ない。もう一頑張りするか!」

 

「その意気だよ~!」

 

 ダレる一夏を本音が励ますと、一夏はすぐにやる気を取り戻し、再び自分の仕事を始めていく。

 相変わらず、調子の良い奴だ。

 しかし、一夏がダレるのも分からなくはない。それほどまでにこの時期の生徒会長の仕事は多い。

 思えば、先代の更識さんはこの量を平気で、しかも素早くこなしていた。出来る人だからなのだろうが、それでも一夏を見ていると更識さんの凄さを改めて実感する。

 

 だがこれが1回や2回ならまだしも、最早回数を数えるのすらやめてしまったほど聞き慣れた。

 本音や隣で黙々と仕事をやっている簪、俺と生徒会メンバーは勿論。ここのところ手伝いに来てくれている委員会役員でもある谷本さんや四十院さん、夜竹さん達ですら、またかという反応すらしない。

 聞こえてないかのように気にせず皆それぞれの仕事をこなしている。

 今みたいに唯一本音だけ一夏の相手しては毎回ちゃんとやる気にさせ、手を止めた分しっかり仕事進めさせているのだから恐れ入る。

 

「でね、結構本格的みたいで……」

 

「へぇ~何それおもしろそう」

 

「はい。怖そうですけどそれはそれでおもしろそうですね」

 

「絶対楽しいって! あっ、でも、怖くて夜一人で寝られなくなりそう」

 

「ありえるわ~神楽、結構ビビりだもんね」

 

「なっ!? 私はそんな子供じゃありません! まったくもう~!」

 

 何やら谷本さんと夜竹さん、四十院さん達は賑やかだ。

 

「……」

 

 気になるのか、簪の手は止まっており、チラッと顔を向けては聞き耳立てている。

 

「あっ、ごめん。もしかして煩かった?」

 

「ううん……大丈夫。盛り上がってるみたいだけど……どうしたの……?」

 

 興味を持った簪が尋ねた。

 

「いやね、レゾナンスにこの夏限定のお化け屋敷が出来たみたいでさ。おもしろそうだから皆で行こうって話ししてたのよ」

 

「聞いたことある。学園で結構評判の奴だよな。めちゃくちゃ怖いけどその分楽しいとかって」

 

「そうそう。有名なお化け屋敷プロデューサーとかいう人が手がけてるみたいでかなり手が込んでるらしいんだ」

 

「わぁ~おもしろそうだね~」

 

 一夏と本音も聞いていたのか、話に入ってきては興味津々な様子。

 俺もそのお化け屋敷の話は聞いたことある。学園ではちょっとしたブーム。

 しかし、今時珍しい。お化け屋敷というのは基本、遊園地やテーマパークとかにあるものでお化け屋敷単体では見かけないことの方が多い。

 本当レゾナンスは何でもあるし、何でもやる。

 

「利用してるこっちとしてはありがたい限りだけどね。そうだ! どうせなら織斑君達も一緒にいかない?」

 

「いいの~?」

 

「もちろん。明日行くんだけど大丈夫かな?」

 

「今日中にこれ終るし、明日は何も予定ないから行けるな。あっ! だったらさ、今回手伝ってくれたのお礼したいから、お化け屋敷の後何かスイーツでも奢るよ。ほら、レゾナンスの1階にケーキバイキングの店があったはず」

 

「ありますね。いいですね」

 

「やったー! 織斑君の驕りでケーキだー!」

 

一夏(おりむー)太っ腹~!」

 

 わいわいを賑やかな皆。

 お化け屋敷の後はケーキバイキングと次々と予定が立てられていく。

 ここのところはクーラーが効いて他の部屋よりも快適とは言え、ずっとこの生徒会室で仕事をしていたから、お礼と息抜きには丁度いい。

 

 ということは明日の生徒会は確実に休みか。

 ここのところずっとこうだったから、漸くゆっくりできる。

 

「いや、お前も行くからな。というか、奢るのは俺とお前とでだ」

 

「折角なんだから一緒に行こうよ。楽しいよ」

 

「ケーキバイキングが嫌とか?」

 

 ケーキバイキングは別に嫌ではない。

 ただお化け屋敷が得意じゃない。行くのが久しぶりなのと、どうもにも意識してないところから突然驚かされるのが苦手だ。心臓止まりそうになる。

 

「あ~それ分かる。お化けとか別に怖くなくてもヒヤッとするよね」

 

「まあ、だからこそこの暑い夏にこういう化け屋敷ってヒピッタリなんだよ」

 

「ある意味ひんやり涼しくはなりますからね。でも苦手なら……」

 

 気を使わせてしまった。苦手なのは分かりないが折角誘ってくれたんだ。

 ここで行かないのも悪いだろう。興味がないわけではないし、実際行ってみないと本当にそうなのかは分からない。

 俺も皆と行くことに決めた。

 

「え……」

 

 悲しげな声でぽつりとそう一言言ったのは簪だった。

 本気で行く気なの、とじっとこちらを見つめる目が訴えかけている。

 察するに簪は、行きたくない様子だ。

 

「そうなの? 更識さんも行こうよ」

 

「そ、そういうわけじゃない、けど……」

 

「もしかして、お化け屋敷苦手?」

 

「あ~! そういえばかんちゃん、小さい頃からお化けとか苦手だったような~?」

 

「!!」

 

 簪は両肩を震わせビクッとなる。

 そう言えば、最初一夏達が誘われた時、反応してたな。

 皆は簪の反応を見て静かに察してくれた様子だったが。

 

「あっ……」

 

 わざと言っているだろうってぐらい定番の察したような声を漏らし、一夏は少し驚いていた。

 それが無性に恥ずかしかったらしく簪は、顔を赤くしながら抗議した。

 

「ち、違うから……! 本音変なこと言わないで!  こ、怖かったのは昔の話! 今は怖くない!」

 

 凄い必死だ。かわいそうなぐらい。

 だからこそ、聞いているこっちとしてはますますそうなんだろうと思うし。

 苦手ではなく怖くないと言ってしまっているあたり、よっぽどダメなんだろう。

 無理させるのは勿論させないが、かと言って一人置いていくのも今更一緒に行かないというのも。

 

「だ、大丈夫……私も、行く」

 

 本当にいいのか。声が震えているが……そんな無理しなくても。

 

「してない。私がお化け大丈夫って皆の前でしっかり証明しなくちゃならない。このままは嫌。それに所詮お化け屋敷なんて作り物だから」

 

「おっ、言うね~。じゃあ、更識さんも行くの決定だね」

 

 結局、簪は周りに上手く乗せられた。

 無理させているだろうが、こう言った以上引き下がることも出来なさそうだ。

 もう行くしかないが、大丈夫だろうか。心配になってきた。

 

「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ~。万が一、かんちゃんが泣いたら彼氏である君が慰めればいいだけだしね~」

 

「だね。彼氏なんだからそういうところちゃんとしないと」

 

「泣いてしまった更識さんを優しく抱き慰める。その優しさにときめき更に惚れ直した更識さんはそっと唇に……」

 

「きゃ~!」

 

「泣かないっ! もうっそういうのやめてってば!」

 

 最近では簪の弄られ役が定着してしまい賑やかさが増す生徒会室。

 笑い話になっているが、はたしてどうなることやら。幸先不安だ。

 

 

 

 

「やっぱ、人気だね。凄い人だ」

 

「でも、それだけ評判は確かってことですよね」

 

「ね~楽しみ~」

 

 行列に並びながらも、並ぶことすら楽しんで笑顔を浮かべている皆。

 約束通り、レゾナンスのお化け屋敷に来てからはずっとこんな様子だ。

 周りで同じ様に並ぶ人やお化け屋敷から出てきた人達が口々に言う楽しかったや怖かった感想を聞いて期待が高まる。

 それは俺もまた同じ。久しぶりだからか、苦手意識よりもワクワク感のほうが今勝っている。

 しかし……隣を見てみる。

 

「……」

 

 ぎゅっと口を噤み静かに黙ったまま簪は不安げに顔をこわばらせている。

 皆とは対照的でまだ中に入ってないにも関わらずずっとこんな様子だ。

 若干顔は青ざめているし……やっぱりやめたほうが。

 

「乗せた私らが言えた口じゃないけど、無理しなくていいんだよ? 今ならまだ」

 

「ううん……ありがとう。気使ってくれて。でも、大丈夫……私は負けない」

 

「そ、そう?」

 

「分かりました。ですが、あまり無理なさらないでくださいね」

 

「もちろん、分かってる。四十院さんもありがとう」

 

 簪のあまりの様子を見て心配になったのか、皆は気にかけてくれたが。

 怖いのを我慢しながらももしっかりと揺るぎなく力強い目を向けられると、皆はそれ以上何も言わなかった。

 何かまた変なスイッチが入っている簪だが、本人がそう言うなら俺からも強くも言えない。

 けれど、中では手ぐらいは繋いでおきたい。

 

「いいよ……あなたも気にしなくても。本当……大丈夫だから」

 

 気丈に振るまって簪は遠慮してきたが、別にそういうのではない。

 ただ単に俺が簪と手をつなぎたいだけのこと。

 今はワクワク感のほうが勝っているが、苦手なものは苦手。いざ入ってみるとどうなるか分からない。

 そんな時、簪と手を繋いでいたらきっと心強い。だから、手を繋ぎたい。

 

「何か上手く言われた気分……ん、分かった。手……繋ごう。あっ……でも、中でね」

 

 それはもちろん。

 

「ふふっ」

 

 恐怖なく嬉しそうに小さく笑う簪。

 少しぐらい気持ちが和らいだみたいで俺としても嬉しい。

 

「ほら、イチャイチャしてないで早く行くぞ」

 

「そうそう。更識さん達がイチャつくと織斑君達よりもたち悪いからそういうのは帰ってからにしてよね」

 

「してないっ」

 

 なんて風にからかわれながらも自分達の順番が来て、俺達は中へと入った。

 人数はここに来た時と変らず7人同時。一夏と本音、谷本さん、四十院さん、夜竹さん。そして簪と俺といったメンツ。

 お化け屋敷として使っている場所そのものが広く、お化け屋敷の中は大きくこんな大人数で入っても大丈夫なようだ。

 正直、こんな大人数で入ったら風情崩れるんじゃ中とも思ったが。

 

「ひぃっ!?」

 

「うぁわわっ!?」

 

「ひゃあああっ!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 悲鳴を上げながらも身を寄せ合い恐る恐る進んで楽しんでいる。

 言われていただけあって結構雰囲気あって怖い。

 やたら作りこまれているし、恐怖心を煽ってくる物音や音楽は勿論。中の何とも言えない微妙な空気の温度が余計怖い。やったことないが、まるで夜中の廃墟にハンディーカメラ片手に入っているかのような気分だ。それぐらいの怖さ。

 脅かし方はよく知る定番的なものだが気合が入っていて、ここにくるまで何度ビクっとさせられたことか。やっぱり、意識してないところから突然驚かされるのはヒヤヒヤする。

 これは全員で入って正解だったかもな。2人とか3人とかだと怖くて仕方なかっただろうことが用に想像ついてしまう。

 

「の割りには結構平気そうだな、お前。もっと怯えるかと思ったのに。小鹿みたいにさ」

 

 馬鹿言え。そんな姿一夏、お前の前で見せたらこれネタにしてずっとからかってくるつもりだろ。

 一夏の浅い考えは見え見えだ。

 というか、一夏も怖いなら正直になるべきだ。さっきから我慢しているのは暗がりでもよく見える。

 

「はっ、馬鹿言うなって。お化け屋敷は昔祭りの時によく行ってたから慣れて――のぉわぁぁっ!?」

 

 一夏が隣で変な越えだして驚くからこっちまでその声に驚いた。

 お化けに驚かされるるよりも隣で驚かれる方が余計怖い。

 

「ね、ねぇ。さ、更識さんは大丈夫?」

 

 心配して谷本さんが声をかけてくれた。

 

「大丈夫……平気」

 

 いつもと変らない声色の簪。

 その様子に心配してくれている皆は意外そうだ。

 

「ありゃ~本当にかんちゃん平気そう」

 

 そう言う本音も普段と変らず平然としているが、正直なところ簪は全然平気ではない。

 皆みたいに声をあげて驚いたりもしなければ、声も震えてないし、怯えた顔もしてない。だから一見平気そうに見えるが、これはある意味無我の境地に達しているようなもの。

 中へと入った時点で簪の怖さは限界以上に振り切って、一周回って冷静になっている。

 だが怖いものは、やっぱり怖いらしく。

 

「更識さん、めちゃくちゃ抱きついてますけど……その、腕大丈夫ですか?」

 

 簪に聞こえないよう四十院さんが心配してくれたが、大丈夫だと言ってのける。

 

 中へ入ったはじめはのうちは普通に手を繋いでいたが、いつしか簪は俺の腕に抱きついていた。

 普通に抱きついてくれるだけならまだいいが、最早しがみ付くよう。そして、結構力強い。

 それだけ奥底では恐怖を堪えているのだろうことがよく伝わってくるが、力強すぎて、正直腕が痛い。

 おかげでというべきなのか、痛みに意識をとられてあまり怖さを感じなくて済んでいる。

 

 しかし、腕を楽にしようと動かそうものなら。

 

「ちょっと」

 

 低い声で言われ結構本気で咎められる。

 これは無理だ。腕を動かすことすら出来ない。

 体勢的に腕に胸が当たっているが、痺れてそれどころではない。

 だけどまあ、簪は悲鳴を上げながらも楽しんでいる皆を邪魔しないよう我慢しているんだ。出るまではもうこのままでいいか。

 

「きゃあああ!」

 

「うわああああっ!」

 

「ううぅっ~!」

 

「もぉ~! 本当怖すぎなんだけど!」

 

 先に進んでくれている谷本さん達は一夏と本音は、演技とか抜きでびっくりして怖がっている。

 怖がりすぎて、逆にお化け役のエキストラの人を驚かせているほど。

 おそらくそろそろ出口だからなんだろう。演出は勿論、脅かし方にも今まで以上に気合が入って、これでもかというぐらい恐怖のどん底へと陥れてくる。

 

 ここまでされると簪の前だというのに情けないことに俺もビクビクと驚きっぱなし。

 俺でこうなのだから、隣の簪はというと。

 

「……ッ!」

 

 声をあげることが叶わないほど驚いて怖がっていた。

 暗がりだから確かではないだろうが、顔が青ざめているのが何となく分かる。

 さっきまでの平然とした様子はもうない。おそらくこの恐怖のラストスパートで冷静だったのが一周して恐怖心が蘇ってしまったんだろう。

 相変わらず結構な力強さでしがみ付くように抱きついてくるものだから、前に進みにくい。

 

「だ、だって……!」

 

 泣きそうな声で言わなくても、簪の言わんことは分かる。

 これは怖すぎる。というか、たちの悪さすら感じるほど。

 

「……!」

 

 そうそうと無言かつ高速でぶんぶんと簪は頷く。

 出口は近い。後少し頑張ろう。

 

「う、うんっ……私、絶対に最後まで頑張るっ」

 

 そう決意を新たにする簪は声は強い。

 

「今更後戻りできないし……何より、途中で投げ出すようなことはしたくない。私はもう逃げない。この困難に必ず打ち勝ってみせるっ」

 

 困難って……高々お化け屋敷に大げさだと思わなくはないが、簪らしいと言えば簪らしい。

 簪にしてみたら、それほどのことなんだろう。

 頑張る簪を見るのは好きだが、やっぱり無理はしてほしくない。

 散々驚きまくって説得力に欠けるだろうが、簪は自分がついている。だから、無理せず安心してほしい。そう思う。

 

「あ、ありがとう……とっても心強い」

 

 暗がりでも簪がほっと安心した顔になってくるのが分かった。

 

 そうしてお化け屋敷の中を進み続けるとようやく。

 

「はぁー! やっと終った!」

 

「もー無理! 死ぬほど怖いよ! これ1回で充分!」

 

「だね~めちゃくちゃ怖かった~」

 

「のほほんさん、凄い全然平気そうじゃないですか」

 

 お化け屋敷から皆で出た一様に一息つく。

 短かいようで長かった。だからこそ、出た時の達成感みたいなものは一入。

 あれを体験しても楽しそうにしている本音は流石としか言いようがないが、皆出たばかりでまだ怖そうにしている。

 特に目立つのが。

 

一夏(おりむー)、外だよ。ほら、もう大丈夫!」

 

「うぅ……まだこえぇよ」

 

 途中までのあの様子はもうない。

 へっぴりで本音に手を握ってもらっている一夏は何とも情けなかった。

 何というか母親に慰められている小さな子供みたいだ。

 

「お、織斑君でもそうなるんだね……」

 

「し、仕方ないだろ。あれは本当に怖すぎるだろ」

 

「いや、それは分かるんだけどさ……」

 

 普段一夏のかっこいい姿ばかり見て、こんな情けない姿を見るのは多分初めてだろう谷本さんや夜竹さんは何ともいえない微妙な顔している。

 本音と四十院さんが苦笑いにとどめてくれているのが一夏にとってまだ救いだろう。

 怖いものしらず。見てるこっちの方がヒヤッと怖くなるようなことを言ったりする奴なのに一夏でも怖いものあったんだな。

 

 ふと腕に抱き疲れていた力が弱まっていることに気がついた。出てからずっと簪は静かだ。

 どうしたんだろう……そう思いながら隣を見れば。

 

「……った」

 

 簪が何かを言ったのは分かった。

 しかし、肝心のなんと言ったのかが声が小さくてよく聞こえず、聞き返すと。

 

「やったよ! 私、最後まで諦めずに乗りきれた。泣かなかったでしょ……!」

 

 顔一杯に笑顔の花を咲かせ、凄い喜んでいる。 

 簪、昨日言われてたことずっと気にしていたんだ。

 ああだから、あんなに頑張ろうとしていたのか。健気というか何と言うか。

 目尻に見える涙の跡らしきものはきっと喜びのあまりものなんだろう。

 

「ね!」

 

 いつになく嬉しそうに目で見つめられる。

 まるでその目は、褒めろといわんばかり。

 そういうことなんだろう。

 

「ほら、褒める褒める」

 

「ハ~グっ、ハ~グっ」

 

「いっそキスしろ~」

 

 と口でははっきりと言ってないが、皆から向けられる視線の数々はそう言っていると変らない。

 こんな人前ではちょっと躊躇うものがある。

 だがしかし、ここで褒めないというのも簪の頑張りを認めてないみたいで悪い。そもそもそれは俺が嫌だ。大げさかもしれないが、簪のこの頑張りを褒めてあげたい。

 俺は、簪の頑張りを労い褒めるように頭を優しく撫でた。

 

「えへへ」

 

 嬉しそうに笑って簪は頬を綻ばす。

 苦手なことでも諦めず乗り越えようとする簪の姿はいつでも輝いていて綺麗。

 そんな姿、嬉しそうに簪を見ているだけで、俺もまた嬉しかった。

 

「おーい、お熱いのはいいけどそういうのは帰ってからしてくれよな」

 

「そうだぞ~」

 

「更識さん達、人前なのにだ、大胆っ」

 

「う、うんっ。見ちゃったこっちが恥ずかしくなるよ」

 

「はい。でも、更識さんとても幸せそうで羨ましいです」

 

 言葉でからかってくるのは皆だけだが、ここはレゾナンス。見知らぬ大勢の前。

 熱いねといった視線や暖かい視線が向けられ、簪と俺は恥ずかしさで顔を赤くしたのはお約束。

 

 ちなみに後日知った話なのだがあのお化け屋敷。

 元々よかった評判が更によくなったらしく、その理由が何でもとあるジンクスのようなものが生まれたかららしい。

 「あのお化け屋敷へ一緒に行き、リタイアすることなく出れたカップルの愛は永遠のものとなる」というそんなジンクスが。

 




DF【無価値】様からのリクエスト「彼と簪と一夏と本音とその他もろもろで肝試しに行く」をおこたえしました。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません

それでは
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