最高に興奮するんですけど
圭が出て行ってから、外から聞こえてくる音といえばうめき声と荒々しくドアを叩くものだけだった。
もしかしたら他の音も聞こえていたのかも知れないが、聞き取れなかったし自分からじっくり聞こうと思う気も無かった。
このショッピングモールでみんなで避難生活を始めた時は 「2人で生きていこう」と決めた。
いつ死ぬかも分からない、食べるものだっていつもとは質素なものだし、住みやすい環境とはお世辞にも言えなかった。
それでも、あの生活は楽しかった。
楽しかったんだと思う。
慣れないことばかりで大変なときもあったが、隣には何時でも誰かが、圭がいた。
私達をまとめていたリーダーの人柄もあったんだと思う。
とにかく、足りないものが気にならないくらいには過ごしやすい場所だった。
このままずっとここで生活出来れば… なんて思ってしまうくらいには。
でも、そんな私達の願いを嘲笑うように、一幸せな生活は一夜で崩れていった。
今となっては誰が原因かは分からない。
もう居なくなってしまった人に文句なんて言えないし、誰かを攻める気持ちなんて少しも浮かばなかった。
私と圭が目を覚ました時には、そこは地獄絵図だった。
火に焼かれる肉の匂い、助けを求める叫び声。
忘れたくても忘れられない。
私たちはなんとか避難所の更に奥にある部屋に逃げ込めた。
とにかく安全な所にいたかった。
ドアの外からは逃げてきた人の助けを求める声が聞こえてきたけど、私たちはそれを無視した。
中に入れたって、きっと助からない。
あれだけお世話になった人たちを見殺しにした。
自分でも最低だと思う。
でも、そうするしかなかった。
圭はあの日から笑わない。
最初は何とか暮らせていた。
でも、私たちの心はどんどん限界に近づいていった。
『生きていれば、それでいいの?』
圭は泣きそうな顔でそう言った。
私はその言葉に答えることは出来なかった。
出来なかったから独りになってしまった。
ただ、"生きているフリ" をしているだけの存在になった。
狭い部屋の中で、今日も1人で無為に過ごす。
そのはずだった。
不意に聞こえてきたのは、何かが崩れる音。
"彼ら" は普段激しい動きはしないから、こんな音が聞こえることなんて滅多に無い。
室内だから風の様な自然現象はありえない。
じゃあどうして…
いや、どうせ大した理由じゃないのだろう。
歩いている途中に何かにぶつかったとか、そんな些細な理由のはずだ。
何が起きたのか分からないまま、逃げるように布団へと潜り込んだ。
ここで目を閉じれば、いつもどおりの日常が、変化のない世界が戻って来る…
『くるみちゃん!』
『あぶない!』
今のって…
先ほどとは違う、明らかに人の声。
"彼ら" には発せない意味のある言葉だ。
私以外に生存者が…
声が女性のものだったし、切羽詰まったものだったから救助隊のようなものじゃないかもしれない。
でも、そうでなくてもいい。
ただ、生きている人に会いたかった。
「だれか…いるの?」
答える人はいない。
「だれか…」
このまま、ずっと独りなの?
ここで待っていれば来てくれるのか?
こんなとき、圭ならすぐにでも外に飛び出していくんだろう。
でも私は…
いや、駄目だ。
ここで逃げたら、圭に顔向け出来ない。
あの日、私は前に進めなかった。
ここでも引いてしまったら、二度と前に進めない。
一度深呼吸をしてから、あの日以来初めてドアノブを掴んだ。
何日ぶりの外だろうか。
いや、正確にはまだ室内だけど。
薄暗いフロアは、"彼ら" が徘徊しているものの、思ったほど荒らされてはいない。
火の手が上がっていた辺りは黒く炭化してしまっていたりしたが、棚が崩れていたり柱が折れていたりということはなかった。
これなら、問題なく歩いていけそうだ。
このフロアには、最低でも10人は "彼ら" がいる。
私の力では逃げるのが精一杯だけど、動きは遅いようだし数が少なければ撒けるだろう。
物陰に身を隠しながら階段の方へと向かう。
この辺りの物が壊れたりしていないということは、先ほどの音はバリケードが壊れた音だと思う。
確かに下から上がってきて最初にあるのはあのバリケードなのだから、筋も通っている。
果たして、そこにあったはずのバリケードは崩れていた。
私が居たフロアには誰も居なかった。
つまり、ここで何かがあって逃げて行ったのだろう。
周りに何も居ないことを確認してから階段を降りていく。
踊り場に落ちていのは、仄かに光るサイリウムだった。
それは、ここに何者かが居たことを如実に物語っていた。
サイリウムを回収して下に降りていけば、先ほどのとは別の色のサイリウムが落ちていた。
よく見れば、向こう側にも落ちているのが見える。
これを辿っていけば…
「待って…」
これが使われてのがいつかわからない。
ちょっと前なのかもしれないし、少し時間が経ってしまっているのかもしれない。
でも、もたもたしていたら、また置いて行かれてしまう。
「待って!」
いるかも分からない生存者の元へ、私は駈け出した。
「さて、みんな忘れ物はない?」
「あったとしても、また来る機会がありそうだけど」
「確かにな」
欲しかったものは大方回収できたし、今回の遠足は成功ね。
生存者がいなかったのは少し残念だけど、仕方がないこと。
今は、食料や服が手に入った事を喜ぼう。
学校の購買部にあるものでは、いつか限界が来る。
その時の買い出しの予行演習になったし、収穫は多いといえるでしょう。
「どうした、由紀」
「ねぇあーくん、何か聞こえない?」
「んー、何も聞こえないけど…」
ゆきちゃんとアキくんのやり取りに、思わず振り返る。
目を閉じて耳を傾けてみても、何も聞こえない。
そういえば、さっきからゆきちゃんが後ろを気にしていたけど、その時から聞こえていたのかもしれない。
「…ほら! また聞こえたよ?」
「誰かが騒いでるだけじゃねーの?」
「そうね… 巻き込まれる前に帰ったほうがいいかも」
私にも何も聞こえないし、くるみやアキくん、めぐねえにも聞こえないとなると、ゆきちゃんの思い違いなのかしら。
「絶対聞こえたもん! ちょっと見てくる!」
「おい、待てよ!」
「ゆきちゃん!」
彼女の中では確信に近い何かがあったのだろう。
それを否定されたから自分で見に行こう、と思ったのか、ゆきちゃんは走っていった。
すぐにアキくんとくるみがその後を追っていた。
「めぐねえ、私達も行きましょう」
「ええ、急がないと」
私達もさっき通った、1階の吹き抜けになっているスペース。
そこに、彼女はいた。
「いた! あそこ!」
「おい、大丈夫か!?」
本当に、生存者が…
奴らから逃げていたのだろう、ピアノの上にいる彼女の顔も、私達と同じように驚きの色で染まっていた。
制服から見るに、彼女は同じ高校の生徒らしい。
私達も混乱しているが、向こうの混乱はこちら以上の様だ。
こちらしか見えていないように、よろめきながら歩め始める。
狭いピアノの上でそんな事をすれば、当然下に落ちる。
下で待っていた奴らは、彼女がピアノから落ちた瞬間にそこへ殺到した。
何度もみた光景だ。
ああなってしまえば助からない。
そこにいた人は、彼女の生を諦めた。
1人を除いて。
「早くしなきゃ! 離してよくるみちゃん!」
「もう無理だ! 諦めろ!」
何が彼女をそこまで動かすのか分からない。
でも、私達が "後ろ" を向こうとした中で、彼女だけが "前" を向いていた。
「あっ、ゆきっ!」
「はぁ… めぐねえ、こっちは頼む」
「明くん!?」
ゆきちゃんの肩がリュックから抜けると、その勢いのまま走り出してしまった。
それをみたアキくんが慌てて追う。
くるみも追いかけようとしていたが、奴らに阻まれて動けなくなっていた。
アキくんが奴らの数を減らしていっているが、依然ゆきちゃん達の周りには何人も残っている。
このままじゃ…
っ!これなら…
「くるみ、めぐねえ! 急いで耳を塞いで!」
「え?」
「何言ってんだよ!?」
二人ともわたしが何をしようとしてるか分かっていないが、説明している暇はない。
耳を塞いだか確認せずに、その場に投げ捨てられていたゆきちゃんのリュックのブザーの紐を引き抜いた。
その瞬間、耳を劈くような音が鳴り響く
思わずその場にしゃがみこんでしまうほどの音量が頭を揺さぶった。
奴らは音にかなり敏感だ。
これほどの大きさの音を聞けば、混乱するに違いない。
音を聞いて暴れだしたりする可能性もあってすこし不安だったが、それは杞憂に終わった。
奴らはブザーの音を聞いて、まともな行動が取れなくなっていた。
その場に膝をつくものもいれば、頭を抱えてフラフラしているものもいる。
正直、ここまで効果があるとは思わなかった。
「ナイスだ悠里!」
「おっしゃ!」
いち早く回復していた2人が、それぞれの得物を持って奴らに躍りかかる。
まだかなりの数がいたのに、数分とかからず奴らは地面に倒れていった。
黒ずんだ血だまりや飛び散った肉片が散乱する中に、眠るように2人の少女が倒れている。
見たところ、どちらも大きな怪我は負っていない。
ゆきちゃんの強い思いが、この少女を救った。
この少女を見捨てようとした私が、ひどく小さな人間に思えた。
「めぐねえ、由紀の方はよろしくな。エビちゃん、護衛お願い」
「おう、さっさと戻ろうぜ」
「あ、くるみちゃん。ちょっとおんぶするの手伝って…」
皆が出口の方へと向かう中、私だけは立ち止まっていた。
こんなことで悩んでいても意味は無いのかも知れない。
でも、自分で自分が許せなかった。
そう悩みながら立ち尽くす私の横を、先ほどの少女を抱えたアキくんが通り過ぎていく。
「いい機転だった。お陰で助かったよ」
すれ違いざまにこちらを励ます言葉を掛けてくれた。
違う…
私にはそんなことを言ってもらえる資格は…
「まぁ、あの状況じゃ諦めても仕方ないさ。由紀がすごかっただけだ」
まるで私の心を読んだような発現に思わず動揺して何も言い返せなかった。
ただ、出口へと向かうアキくんの背中を見つめることしか出来なかった。
次回からちょっとオリジナル展開入ってきます