魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』 作:ロシアよ永遠に
「…で?」
「何でしょうか?」
「どうしてこうなっているんですかねぇ…?」
「テスト勉強以外に無いと思いますけど。」
レオンは自室に設けられた四角いテーブル。その一角でテスト勉強をしている。
それはまだ普通だ。
だが隣に座る人物、と言うのが些か問題なのだ。
「レオンさん、設問4が間違っていますよ。ここに当てはめる公式は…」
…どうして覇王先輩ことアインハルト・ストラトスが居るのだろうか…。
遡り1時間前。
昨日、散々姉にテスト勉強をするように言われたレオンは、テスト前の午前授業が終わると、帰宅後に昼食を摂って渋々テスト勉強を始めた。
普段なら勉強をそこそこにトレーニングをするものだが、今年からはお目付役がいる。
『さぁ主!張り切っていきますよ!目指せ全項目A評価です!』
口うるさいデバイスがこうして見張っているのだ。サボろうものなら、姉が帰宅するや否や、それをチクるのだろう。普段優しい姉だが、怒るととんでもなく怖い。笑顔のまま説教とか、半ば拷問に等しい。この怒り方は母であるティナと似通っており、こう言うところが母子なんだろう。
ちなみに、試験の評価判定はAが最高ランクで最低がGだ。平均がDであり、レオンの最高の評価は過去最高でA。魔法出力の項のみだ。次いで勉学がCとDをウロウロしており、最低がF評価の魔力制御である。辛うじて補修評価であるGは免れているが、それでもGに近いFだと思う。
「でもさぁ、お前が制御訓練をしてくれるのは良いけど、1~2週間でどうにかなると思うか?」
『それでも何もしないよりは違いますよ。私の自己評価ですが、今年は最悪ワンランクアップ。最高でDまではイケそうな気がします。』
「そうかぁ?今まで練習してもてんで駄目だったのに、いきなりそこまで成果があると思う?」
『だからこそです。今回は試験まで日取りがありませんが、少しでも成果が出せることに意義があります。』
ここで成果が出たのならば、これからレオンに向上意識が芽生えることだろう。
努力すれば実る、成功する。
努力が必ずしも実るとは限らない、しかし成功した者は須く努力はしているものだ。
それを自覚させるためにも、ブリュンヒルデは鬼のように、制御の要であるマルチタスクと集中力を鍛えてきたのだ。
「まぁそっちはなるようになる、として…。」
『問題は勉学ですね。』
「特に数学がなぁ…。答え、教えてくれないわけ?」
「教えたところで意味がありません。答えを求める過程に意味がありますので。」
「ですよねー。」
数学は答えを理解しても、その答えとなる理由が分からなければ身に付かないものだ。でなければ、テストと言う物は良い点数を取れない。現に、丸覚えだけでないように、大抵出題される中には、少し捻りを加えた応用問題と言う物が大抵含まれていたりする。
「あーもう!数学とかやってられっかぁ!わっかんねー!」
『…チクりますよ?』
「…う、ぐぅ…!何という悪寒を感じさせる言葉だ…!」
自身の頭を休めるか、それとも恐怖の説教を食らうか。その葛藤の狭間で揺れ動く中で…
ピンポーン
来客を知らせるインターフォンが鳴らされた。
「…客か?」
『どうやらそのようです、…おや?この反応は…』
「どうかしたか?」
『いえ。とりあえず応対されてはいかがですが?客人を待ちぼうけにさせるのは些かヨロシクありませんので。』
なにやら含みある言い方に疑問を浮かべつつも、やはり客人を待たせるのは礼儀として宜しくないので、急ぎ足で階段を下りていく。
「はいはい、今開けますよっと。」
念のために掛けている鍵とチェーンロックを外し、いざ玄関を開封。
そしてそこに立っていたのは自身が最近知り合った人物。
碧銀の髪と、青と紫の虹彩異色。普段お淑やかな雰囲気漂う中等科制服ではなく、やや露出の高いミニスカート。白のブラウスと赤いネクタイがとても栄えて見える。
「こ、こんにちは、レオンさん。」
「は、はぁ。」
意外や意外、アインハルト・ストラトスの来訪であった。
さすがに玄関で立ち話も何なので、リビングに上げたところ、彼女の持っていた手提げバッグが気に掛かった。
遊びに来たのか?
いや、普段の振る舞いから見る限り、真面目な性格だ。テスト前にそんな事はせず、しっかりと勉強をするタイプのハズだ。
ならばなぜ自身の家に来たのか?
そんな疑問がぐるぐるとレオンの脳内に駆け巡っていた。
そして彼の疑問を知らずか、アインハルトは物珍しくキョロキョロと辺りを見回していた。
「えっと、本日はどのようなご用件で?」
「あ、そ、そうですね。今日はその…テスト前なので、一緒にテスト勉強はどうかと…」
「は、はぁ…。」
まさかのLet'sテスト勉強のお誘いだった。それはまぁ確かに、そう言った用事も言うのもありと言えばありだろう。しかし、それにしてはまた一つ疑問が生まれることになる。
「えっと…どうして俺のとこに?テスト勉強なら、俺のとこじゃなくても、同級生の友人とか、ヴィヴィオの所とかでも良いんじゃ…。」
「あ、それに関してはその…、私、同じ歳の人に友人と呼べる人がいませんので…」
………思っていた以上にヘヴィな理由である。確かに以前の彼女は、何処かとっつきづらく、話し掛けにくい雰囲気を出してはいた。でも友達の一人や二人いるだろうと思っていたレオンは、この疑問をぶつけたことを酷く後悔してしまった。
「ヴィヴィオさんに関しては…そちらよりもレオンさんの方を優先する理由がありましたので。」
「俺を優先する理由?」
はて?何かそんな物あっただろうか?
特に当たり障りない関係だったと思うし、レオン自身は年上の先輩であり、ヴィヴィオを通じた友人の一人だとも思っている。どちらかと言えば自身よりもヴィヴィオの方が友人として親密だとも思っているわけであり、優先する理由ならばヴィヴィオの方に軍配が上がるとも思う。それだけに、レオンを優先する理由が見当たらないのではあるが…。
「はい、前回、負傷させてしまったお詫びも兼ねて…レオンさんのテスト勉強をお手伝いしに来ました。」
「負傷させてしまったお詫びって…もしかしてあの襲撃のことを言ってる?」
「は、はい。言葉では謝罪しましても、私の中ではどうしても申し訳ない気持ちが燻っています。なので、どうにか形に出来るお詫びを、と。」
訂正
真面目な先輩ではなく、クソ真面目な先輩にランクアップ
「そ、それに関してはもう言いっこなしのはずでしょ?俺だって怪我させてるんだし、そんなに気にしなくても…」
「いえ、私もあれから気にしないようにはしました。ですが、日が過ぎれども、その想いは募るばかりなのです。そこで…」
「詫びとして、勉強を教えに家に押しかけた…家庭教師みたいに?」
「はい、ヴィヴィオさんに相談して、どうお詫びしようかと打ち明けましたら、住所と共に、レオンさんの勉学の成績が芳しくないと言うことを教わりまして、それを閃いたんです。」
「俺のプライベートの保護って何なのさ…。人の口に戸は立てられないらしいけど、これはひどい…。」
よもや住所のみならず、自身の浅学ぶりを吐露されるなどとは思ってもみなかったレオンは、密かに心中血涙を流すと共に、ヴィヴィオへの仕返しを硬く心に誓うのだった。
そして冒頭へ
もはや拒否する理由もなくなり、円卓を二人で囲んでの勉強会へと相成った。
実際、最初こそ客人のアインハルトではなく、部屋の主のレオンが居心地悪くしていたが、慣れという物なのか、徐々に硬さも取れて、今ではアインハルトの頭の良さに舌を巻き始めた。
レオンが中学の勉強を逆に教える、と言うのは天地がひっくり返っても有り得ないことだが、アインハルトの教え方が解りやすいのか、かなりの手応えを感じながらも、時間はどんどん進んでいった。
ずっと集中していたからか、凝り固まった筋肉を解していると、勉強会を始めてから見なかった時計にアインハルトは視線を向ける。
「早くも始めてから2時間、ですか。」
「ん?もうそんなに経ったのか。早いもんだ。」
『お二人とも集中しておられましたので、時刻を伝えるのは宜しくないと感じました。』
デバイスなのに気遣いが出来るというのも有り難いが、レオンとしては普段からの気遣いももう少しして欲しいというのは常に思うところでもあるのだが。
だが、時刻としては15時を回ったところだ。一服入れるには丁度良いかもしれない。
「んじゃ、そろそろお茶でもしますか。覇王先輩。何か飲みたいものでもあります?」
「え?あ、そうですね。基本的は好き嫌いはありませんので、お任せしても宜しいですか?」
「りょ~かい、じゃ、少し待っててくだせぇ。」
そう言い残すと、レオンは部屋を後にして、とたとたとキッチンへと続く階段を急ぎ足で下りていった。
ポツンと、一人残されたアインハルト。
暫くボーッとしていたが、改めて男子の部屋に一人残ったことを認識すると、突如として落ち尽きなくキョロキョロと部屋の中を見回す。
何せ…同年代の男子の部屋、と言う物に始めて入ったのだ。そのシチュエーションに慣れていないアインハルトに落ち着いていろ、と言うのには無理があるだろう。
「な、何だか…変な気分ですね。男の人の部屋に一人、と言うのも…。」
だが、見回したところで、特に着飾った感じもなく、有るのはベッド、円卓、それを囲むようにおいて有るクッション、勉強机、そして数々のトレーニング器具。アインハルトの自室にも、おおよそ年頃の少女に似つかわしくない、物々しいトレーニング器具はあるため、必要最小限の家具とトレーニング器具のみの部屋という物は、どこかデジャビュを否が応でも感じてしまう。
「こ、これは…!期間限定販売された特殊デザインのダンベル…!?こっちは数量限定のブルーシー印のプロテイン…!さらにあれは応募者限定の…!な、何ですかこの部屋…レアものだらけじゃないですか…!?」
なにやら鼻息荒く、興奮してそれらを見つめるアインハルト。興奮の対象と言う物が些かどうかと思うが、ここには彼女一人。誰も咎めもしなければ、奇怪な視線を見つめる
器具に目を走らせる中で、ふと一つの物に目が留まる。
勉強机の片隅に、普通よりも僅かばかりに大きな写真。それが木で出来た写真立ての中に収められていた。
普通ならば特に気にも留めないものだろう。しかし、アインハルトの中でどうしてもそれが気に掛かるのか。
ゆっくりと立ち上がると、机の傍らまで歩を進め、その写真立てをそっと手に取る。
「これは…管理局の…?」
そこに写るのは数十人という多大な人数の集合写真だ。そしてその九割は茶色い、陸士官制服を身に纏っている。隊舎をバックにして桜の舞う駐車場やに並び立ち、ショートヘアにした茶髪の女性を中心に、サイドポニーと金髪の女性がその両側を。サイドポニーの女性の腕の中には、自身のよく知る少女の幼い頃の姿。その隣には、金髪をポニーテールにした女性が、同じ髪色の少年の肩に手を置いて和やかに写っている。
「これは…ヴィヴィオさんとレオンさん…?」
今と比べて、その顔付き、体つきは幼く、そして年相応だ。満面の笑みを浮かべるヴィヴィオと、彼女と手を繋いで、対称的に少々仏頂面なレオン。
そして、写真中央下部には、ミッド文字でこう書かれていた。
『機動六課解散記念写真』
「機動…六課…」
ポツリとアインハルトが呟いたその名は、ミッドチルダでもかなり通った名前だ。
隊長の八神はやて二等陸佐を始めとし、高町なのは一等空尉にフェイト・T・ハラオウン執務官、ヒカリ・如月二等空尉に、ハル・エルトリア二等陸尉、その他多数の高キャリアを重ねた面々を集めて編成された古代遺失物を対象とした特殊部隊。名の知れた人物ばかりを集めた、実力もさることながら、その華やかさも相まってアイドル部隊としても有名だ。そして、アインハルトにとって…否、自身の中にあるクラウスの記憶の中で、拭いきれない黒い過去を象徴する『聖王のゆりかご』、それを破壊に貢献した部隊でもある。
「じゃ…ヴィヴィオさんの後ろにおられるのが、高町一等空尉で…レオンさんの後ろにおられるのが如月二等空尉…?」
そこまで芸能誌やそう言った類の雑誌は読まず、写真も見たことがなかったので、どう言う人物なのかは解ってはいなかったが、だがそう考えると納得がいくと共に、少々アインハルトの中で驚きが走る。
「お、お二人とも…凄くキレイな人です…。」
脳筋格闘系少女であるアインハルトではあるが、同性への美の観点という物は人並みには持ち合わせている。それだけに、写真に写るなのはやヒカリのみならず、はやてやフェイト、ハルやシグナムにシャマル等々…見目麗しい面々が並び立つその光景は、まさに圧巻ともいえる。
なるほど、これならばまことしやかにアイドル部隊と囁かれるのにも合点がいく。
そして…レオンとの初対面の時に、煽るために罵倒してしまった人であるヒカリ。あの時の激昂ぶりを見るに、余程大切な姉なのだろう。
『まぁ主は、ドが付くほどのシスコンです。そんなことをしては激おこになるのは必然といえますね。』
「ひゃあぁぁぁっ!?」
この部屋には一人しか居ないと踏んでいたため、思いもしなかった声に、普段あげないような悲鳴にも似た声が出てしまった。しかも内心を悟ったような物言いだから余計に、だ。
『フッフッフ…さしもの覇王を名乗る貴女が私の存在に気付かぬとは…私の隠密スキルもなかなかですね。』
「っ!?…!?」
余程驚いたのか、バクバクと高鳴る心臓の鼓動を治めんと胸を押さえる。こうしたところでどうなるというわけでも無いが、それでも条件反射の行動として取ってしまう。
声の正体、ベッドの上に放置されていたレオンのデバイスであるブリュンヒルデ、その碧のコアがチカチカと点滅していた。
レオンが持って行っていたと思っていたが、まさか置いていったとは…。
『その顔は、なんでデバイスを置いて行ったんだろう?的な疑問を浮かべてますね?』
「な、何で分かるんですか!?」
『それは私ですから。…まぁ先の疑問の理由としては、主がまだ当機を持つと言うことに慣れておりません。携帯端末と同じように、常に持つという行動を無意識にまだ取らないのでしょう。まぁ、家の中ならばともかく、外出の際に忘れていたら呼び止めますが。』
それはまぁ確かに、家の中ででも四六時中デバイスを持ち歩くのはどうかとも思うが…。アインハルト自身もデバイスを持っては居ないものの、ブリュンヒルデの言葉には同意できる。
『ところで…その写真が気になりますか?』
「え…?あっ…!」
無意識の内に手に取ってしまっていた、機動六課解散記念の写真立て。指摘されるまで全く気付かないで居たアインハルトは、少々慌てふためいてしまい、危うく写真を取り落としそうになってお手玉になるが、何とか踏ん張った。
『ふむ…。機動六課。かつて存在した、奇跡の部隊…そう、私のライブラリには存在します。』
「私もその存在と名前、武勇は聞いては居ました。その部隊に高町一等空尉や如月二等空尉が所属しておられる、と言うのは少々聞いた程度でしたけど…。」
アインハルトの中では所属している隊員の名前は聞けど、顔と名前が一致していなかったのが事実だ。
この写真を見るまで、ヒカリが一体どんな人物なのかがわからなかった。
『そして…主が護る強さを求めるようになったのも、機動六課が原因であったと私は推測しています。』
「推測…?事実かどうかはわからない、と?」
『私が完成したのはつい最近です。未だ主と完全に打ち解けきってないのも事実。主の力を求むる理由を、未だ聞かされていないのです。』
しかし、とブリュンヒルデは言葉を繋ぐ。
『ライブラリと照合して、そして当時における主の立場や年齢を鑑みると、自ずと答えが見え始めてきます。』
「それは…一体…。」
「ブリュンヒルデ、あんまり人の事をぺちゃくちゃ教えていくのは感心しないぞ?」
ふと、第三者の…いや、話題に挙がっていた人物の声に、アインハルトは視線を部屋の入口へと移した。そこには、呆れた顔で突っ立っているレオン。その手には二つのマグカップがのせられたトレイ。
「ったく…人が居ない間に…。」
『すいません。しかし、これは私の中で燻っていた思いでもありますので…。』
「だからって、俺と二人ならともかく、覇王先輩まで巻き込むってのは…。」
「そ、それは…私がこの写真に眼が付いたのが原因で…。」
「あ~…その写真、か…。」
六課の写真
それを見たとき、彼が苦虫をかみつぶしたような、そして若干ながらも険しい顔付きになったのを、アインハルトは見逃さなかった。
「…その、やっぱり気になったり、しますかね?」
「えっ!?そ、そんなことは…」
そう言いながらも、視線を逸らしてはこちらをチラチラと見てくる。…この人ほどポーカーフェイス、と言う言葉が不似合いな人は居ないかも知れない。
「…先輩、顔に出やすい、って良く言われません?」
「ふぇっ!?そ、そんなわけ………あるんでしょうか?」
「いや、俺に聞かれても…。」
正直、自分の強さを求める理由と言うものを人に話すのはこっぱずかしい。というか、話すほどのものなのかとも思うが…。
「…レオンさんは、私が強さを求める理由をご存じ…ですよね?」
「ん?あぁ確か、旧き王達を屠り、天地に覇を成す為…だったかな。」
「…良く覚えていますね。」
「そりゃまぁ、とても鮮烈な出会いでしたのでね。」
ニヤリと、悪戯っぽく笑ってみせると、過去の恥ずかしい出来事を思い返して、アインハルトは顔を赤らめてそっぽを向く。
「では、私の強くなりたい
「ぐっ…!そ、それは…!」
「女子の秘密、と言う物は、レオンさんが思っておられる以上に高価なものなのです。何せ、秘密を持つことが女を女らしくする、とか言う意味の名言もあるらしいですので。」
それ、漫画のキャラの台詞だし、そもそも秘密もなにも、自分から喋っていたんじゃなかったか。そんな疑問とツッコミを、レオンは脳内に浮かべるが、ややこしくなりそうなので、グッと飲み込んでおくことにする。
『主。』
「な、なんだよぅ。」
『私も主の強くなりたい理由を知りたいです。憶測の域よりも、やはり主本人から聞かせて頂いた方が、やはり納得がいきますので…。』
よもやブリュンヒルデまでアインハルト側だとは思いもしなかった。碧のコアをチカチカと点灯させ、まるで《おう、ゲロって楽になっちまいな。》と訴えているように見えなくもない。
「…わかったわかった!…ったく、仕方ねぇな。」
『ふふふ…計 画 通 り!』
「…ブリュンヒルデがあくどい笑みを浮かべているのが容易に想像できますね。」
「それに関しては同意だな。」
二人顔を見合わせ、深い溜息をつくのだった。
「さて、と。何処から話したものか。」
立ち話も何だし、何より折角入れてきた一服用のココアが冷めてしまうので、二人は机を間に見合わせて座る。
いざ話すと言いながら話の筋道を立てていないだけに切り出せずに居る。
「そう、だな。まず確認しときたい。機動六課が一度壊滅状態になった、と言うのは知っているか?」
「壊滅状態…ですか。」
「そう。四年前の9月12日。管理局地上本部でデカい会議があって、それをテロリストが襲撃したって言う事件だ。それと同時に、テロリストの別働隊が有る目的のために六課の隊舎も襲ったんだ。」
「そう、ですね。確かにそんな事件があったと、記憶にあります。」
「あの日…幼い俺は、自分の無力さと言う物を、文字通り痛感した。そんな日だった。」
赤々と燃え、夜空を照らす炎を上げる隊舎。
連れ去られる自分に懐いていた
何も出来ず、ただただそれを見ていることしか出来なかった。
いや…抵抗はした。それが抵抗と呼べるかと言えば呼べないかも知れないが。
そして…目が覚めたときには、病院の中。
自身の姉は、泣きながら無事を喜んでくれた。
自身を可愛がってくれていた人達も、意識を取り戻したときには、喜んでくれた。
だが…
その中にヴィヴィオは居なかった。
連れ去られたのが夢であって欲しかった。
燃え盛る隊舎は幻であって欲しかった。
しかし、あの夢だったと思った中で、身体を張ってくれたヴァイスが、包帯まみれで隣のベッドで気を失っていた。
自分とヴィヴィオの面倒を、影ながら見ていてくれたザフィーラも、痛々しいまでに包帯を巻かれていた。
そして…崩壊した隊舎に代わり、仮隊舎として廃艦寸前のアースラを引っ張り出し、隊員がそちらへ移る中。
自身は移ることをはやてに、ヒカリに禁じられた。
事件解決に向かう最終決戦。その最前線へ六課は、アースラは赴く。そこに局員ではないレオンが同行することは、流石に許可できなかったのだろう。
悔しかった。
幼く、そして力が無いから戦えない。
大切な人達が、命を賭けて戦いへ赴く事に、唯々指をくわえて見ていることしか出来ない、そんな歯痒い感覚。
モニター越しに唯、勝利と、皆の無事を祈ること。それくらいしか出来なかった。
やがて、終結した戦いの果てに、皆は五体満足で帰ってきた。
その中には姉も、そしてヴィヴィオも居た。
皆が無事で良かった。
と同時に、悔しさもあった。
結果として皆が笑って終われた。
だが過程として、自身の無力さに打ち拉がれたレオン。
護られて、そして護れなかった自身の無力さ。
そしてその想いが悪夢として、時折襲ってくる。
今どう足掻いたところで、過去は変えようが無い。
だからこそ護れる未来を掴む。
その為の力。
そう思って…ひたすら、唯ひたすらに鍛え続けてきた。
「だから…なんて言うのかな。護れなかった過去をこれ以上増やさないために、力がなかったことを後悔しないように、これからの未来で護れる強さを手に入れたい。そう思ったから…俺は力を求めてるってわけ。」
話し続け、気付けばマグカップのなかのココアは空になり、窓の外は茜色に染まってきていた。
時間を見れば…軽く1時間以上話し続けていたみたいだ。
「長々話してしまったな。まぁ…これで満足していただけましたでせうか?」
「護れなかった過去よりも…これからの未来を護る…。」
ポツリと、アインハルトは呟いた。
似ている。
自身の…いや、先祖であるクラウスの想いと。
オリヴィエを護れなかった過去。それを後悔しているが故に、子孫であるアインハルトにまで記憶が引き継がれる事になったと言っても過言ではない。
その想いがあるからこそ、アインハルトは強さを求め、自身が、覇王流が世界最強であることの証を立てるために、旧き王の末裔を下すことを目的としていた。自分自身の記憶ではないにせよ、アインハルトとして先祖の悲願として叶えたいのも事実だ。だが目の前の少年は…過去の後悔よりも、これより来たる未来へと目を向けている。自身の過去と同等と扱うか否かは別としても、その見据える先にある訪れる未来が後悔で染まらないように、過去の後悔を晴らすために拳を振るい、強さを求めた自身とは違った。
「成る程…。レオンさんの強くなろうとするその意志の根源。ようやくわかった気がします。」
「そっか、それなら良かったっす。」
しかしそれを知ったとしても、アインハルトの中では未だ過去の暗い影を落としていた。
彼の強さを求める理由は分かった。しかしだからといって、彼女の中で自身と比べることはあっても、納得がいくことはあっても、同調とまではいかなかった。
自身の中で総てだった、覇王流と、そして祖先クラウスの悲願。それらは決して
以前にもノーヴェに言われた、『過去の王に関係なく、今を一生懸命生きる』ヴィヴィオ達の事。
だが強さを証明し、覇王流が最強であることを轟かせるには、護るために強くあろうとする彼等とは、決して交わることのない道。
(共に居ることは出来ても、歩むことは…できません。私の…強さを求める理由が…清いものでは…)
アインハルトが心中で袂を分かとうと、そう思ったとき、
「ただいま~!…あれ?お客さんかな?」
「ふむ、靴のサイズは目測で23㎝。…女物で若い人向けのものだ。…む。靴もしっかり揃えられている。よほど几帳面な性格なのか…。」
「そ、それだけで分かるんだ…。」
1階で女性の元気な声と、凜とした声が響く。…どうやらアインハルトの靴を分析されているようだ。
「お、もうこんな時間か。」
時計を見れば、17時。外はほんのりと茜色に染まってきていた。
「えっと…」
「多分姉ちゃんだな。早番だったから早く帰ってきたみたいだ。あと今日はハル姉が来たらしい。」
「ハル姉さん…?」
「ほら、写真にも写ってたでしょ?」
「えっと、エルトリア二等陸尉のことですか?」
「そうそう。」
幼い頃から自身を育ててくれた、親と実姉、そして血は繫がらないが、沢山の姉のような存在の一人であるハル。物静かで硬派な人だが、時折見せる茶目っ気が光る人物。そしてヒカリとは幼少の頃からの友人の一人でもある。
「…レオンさんの周りには、有名な方ばかりですね。」
「…俺も正直、そう思うことが時々ありますわ。」
姉が六課所属となる以前から、周囲には実力と名声を兼ね備えた人物ばかりなのだから、こう言われても仕方ないかも知れない。
そんなこんなで、階段を上がる音の後、部屋のドアをノックされた。どうぞ~、と言う部屋の主の返事と共に、ドアをは開け放たれた。
「ただいま、レオン。…と、お客さん…みたいだね。しかも年齢的にハルの言ったとおりだし。」
「ふふん、特査官の洞察力と観察眼を甘く見るなよ。伊達や酔狂で10年以上勤めてはいないぞ。」
入ってきた姉の後ろで、未だ薄い胸部装甲を張ってドヤ顔をするハル。いや、既に23という年齢なので手遅れなのかも知れない。
「えっと、とりあえず初めましてだね。ボクはレオンの姉で、ヒカリです。」
「私は…まぁヒカリの友人でハル・エルトリアだ。レオンは…弟みたいなものだ。よろしく頼む。」
「あ、は、はい。よ、よろしくお願いします…!あ、アインハルト・ストラトスです。」
その名を聞いてヒカリと、そしてハルの双方の表情に、少しばかり怪訝な表情が浮かんだが、すぐに戻す。
「そっか、君がアインハルトなんだね。」
「は、はい。そ、その…その節は…弟さんを負傷させてしまい、申し訳ありませんでした!!」
見事なまでの90度の謝罪に、ヒカリは勿論、ハルも眼を丸くする。
「え、えっと…それは…」
「…姉ちゃん、覇王先輩って、真面目を通り越してる人だから、とりあえず謝ってるのを受け入れた方が良いと思う。」
「そ、そうなの?」
「は、はい!その…御家族の方にもやはり謝罪は必要不可欠だと思いましたので…その…」
成る程確かにレオンの言とハルの見立て通り、真面目と共に几帳面とも言える少女のようだ。未だ頭を下げたまま上げないアインハルトに、ヒカリは怒る以前に苦笑いが浮かんでしまった。
「アインハルト。」
「は、はい…。」
「別にボクはもう怒ってもいないよ?それはまぁ…レオンが怪我をした当初は確かに怒ったよ。でも、レオン本人がもう怒ってないみたいなのに、ボクが未だに怒ってるのもおかしいでしょ?」
「し、しかし、私としては…やはりお詫びと言うものをしなければ気がすみません…!」
「覇王先輩…それ、俺の関係者各位にやって回るつもりっすか?」
「…必要とあらば。」
どうしたものか。レオンの時もそうだが、姉のヒカリに対してもこれとは、呆れを通り越して恐れ入る。詫び入れや、罰を受けたりをしなければ、自身を許せないとでも言うのか。未だ地面を見つめるアインハルトに、ヒカリとハルは目を見合わせ、そして瞬きを数回。
(ど、どうしようハル。これじゃ、梃子でも動かん!的な状態だよ…。)
(わ、私に振るな。しかし…まぁ気持ちは分からんでもないが…。)
ヒソヒソと、弟と、件の少女に背を向けて作戦会議。
どうすればアインハルトが納得できるか。それについて話し合う。
(と、とりあえずあぁ言っているのだ。何かしら実りあることを頼んでみるのはどうだ?)
(実りあること?)
(例えばだな…。)
小さな声で話しているつもりの二人の会話は、後ろの少年少女には十分聞こえる音量だったりするのだが、更に身を寄せ合ったことでとうとう聞こえなくなる。
しばらく秘密の作戦会議が続き、
「ハル!それナイスアイデア!」
無駄に発音の良い英語を最後に、討論はお開きとなったようだ。
そして…振り返ったヒカリは満面の、それはもう眩しいばかりの笑みを浮かべてこう言った。
「じゃあアインハルト、ボクのお願いを一つだけ、聞いてくれないかな?」
「お願い、ですか?」
「うん。まぁアインハルトに出来る範囲のことだけど…どう?それで手打ちにしようよ。それでなら、アインハルトも納得できるんじゃないかな?」
あの笑みがどんな意味を持つのかは分からない。しかし、手打ちにする、と言う言葉がアインハルトにとって待ち望んでいた言葉であり、その対価が出来る範囲の事であると言うことが、何よりもアインハルトを肯定の意を示し、首を頷かせる。
「そっか。じゃあ準備してくるから、待っててね~」
もはや自分のペースに持ち込んだヒカリは、意気揚々と部屋を後にし、残されたレオンとアインハルトは顔を見合わせ、事情を知るハルはというと、苦笑しながらも、それは含んだような笑みを浮かべていた。