魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』   作:ロシアよ永遠に

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2『敗北…そして』

ビリビリと腕に衝撃が走る。

いや、ブロックしたが、その上からでも防御を抜かれそうなほどのストレート。正直、ある程度の痛覚遮断はしていたが、それを上回る痛みに顔をしかめた。

すさまじいまでのインパクト。

踏ん張り、防御を崩すまいとしたが、それでも威力を押さえ込みきれず、数メートル後ろに後退させられた。殴る威力もさることながら、受け止める防御と踏ん張りもかなりの物、それを物語るのが摩擦によって焼かれた靴底、そのゴムが地面にこすりつけられることにより出来た黒い線だった。

 

(つっ…!なんという速度とインパクト…!)

 

歯を食いしばり、腕の痺れと痛みに耐える。これだけの拳、今までに戦った中で受けたことはあっただろうか?

いや、ない。

もとい、受ける機会すらなかった、と言うのが事実だ。昨日まで、まともに攻撃を当てられた者などいない。全てが避けることも出来たし、受け流すことも勿論だ。

しかし、目の前にいる彼はどうだ。避けようと思う暇も与えず、とっさに防御を禁じ得ない判断を下させ、魔力により強化していたとは言え、その上からでもこの威力…。

 

「どうやら…今までの方とは違…」

 

「どらぁっ!!」

 

言葉を紡ぐ事はなかった。左手でブロックしたのは、レオンの右足。跳躍し、胴回し回転蹴りを浴びせられていた。爆発的な出力の魔力を脚に集中させた一撃は、防御の上から押し潰さんと圧力が掛かる。その衝撃は、相手の身体を伝い、アスファルトが足を飲み込まんとするようにめり込んでいく。

 

「ぐっ…!一撃が…重い…!」

 

顔をしかめ、歯を食いしばり、眼を細める。

動き自体は単純だ。

しかし、それを補って余る身体能力が厄介だ。

技術を力でカバーしているに過ぎない。女性から見れば、打点、重心、足運びは、レオンの言うとおりに素人。

蹴って来た足を弾かんと左手を払う。それに押し負けることはなく、敢えてレオンは弾かれる。その勢いをそのままに、次は右側から顔を狙い足が跳んできた。

しかし、それは読めていたのか、左へ顔を逸らして躱す。そのまま旋回。完全に無防備となったレオンに返しとばかりに右回し蹴り。

インパクトなら負けない。完全に宙に浮いている時に打ち込まれたので、踏ん張ることも出来ない。まるで漫画のように地面と平行に吹き飛ぶ。

しかしレオンも負けじと、空中で体制を整える。このまま吹き飛べば背中から立ち並ぶビルに強かに叩き付けられ、ノックアウトだろう。しかし、あえて足をそちらに向けると、足に魔力を集中。

痛覚遮断と脚力強化に専念。

重力の角度がまるで90度変わったかのように、ビルの壁に『着地』。

膝を曲げ、腰を落とし、着地に伝わる力を足へと伝え、溜め込む。

それはプロレスラーがネットの反動を利用して、相手に突っ込むように。足の力を解放したレオンは、弾丸と化す。反動と身体強化の脚力が相乗効果となり、一瞬にして相手に肉薄した。

 

「おぉぉぉっ!!」

 

再び体制を反転して、思いっきり両足で踏みつけるように蹴り込む。

『弾丸ドロップキック』

マッチしているのか、はたまたダサいとの烙印を押されるかは分からないネーミング。

しかし、その単純明快な名の通り、銃弾でも撃ち込まれたかと言わん衝撃を相手に当てた与えるだろう。

 

そう

 

『当たれば』だ。

 

あくまでも弾丸。それは直射に他ならない。

 

相手にとって、そこまで読みやすい手はない。

自身のいた場所から肩幅分横に逸れる。ただそれだけ。

それだけで避けられてしまう。

 

やはり、彼の言っていたことは本当だったようですね。

 

本当に喧嘩殺法と言わんばかりに我流で、破天荒で、それでいて今までに味わったことのない戦いぶり。力任せだが、流儀にとらわれないスタンスが新鮮だった。思わず口元を緩めてしまう。

避けられたと分かるや否や、レオンは着地に移る。女性も次の一手が来るのを警戒、背後に向き直る。

 

しかし、次の一手はまだ来ない。

ガリガリと地を踵で削り、アンカーのように減速。

 

「…なるほど。確かに貴方の言うように、こと格闘戦に置いては心得を持ち合わせておられないみたいですね。」

 

「アンタ程の実力者なら、戦う前から解ってたろうにな。どんだけ強い奴と戦いたいんだっつーの。」

 

「…古き王を屠り…天地に覇を成す為。」

 

「は?」

 

古き王というワードは、レオンの中でどことはなく知るものだ。

彼女が言うソレは、おそらく古代ベルカの諸王達のことと見るに間違いないだろう。

そして…ヴィヴィオとオリヴィエの関係性を勘ぐっているなら、その矛先はいずれ…

それは、それだけは…!

 

「つまり、アンタは…古代ベルカの王族関係者を倒して、自分の強さを証明したい、そう言うことか?」

 

「お察し頂き、配慮痛み入ります。それが私の悲願…」

 

「ハハッ…!…………巫 山 戯 ん な よ?」

 

鋭い目が、女性を射貫かんばかりに睨み付ける。

 

「古代ベルカの戦争かなんかのいわれか知らねえが…今を生きるその血縁者にそれは関係ねぇ!お前がやってるのは先祖の怨念返しと変わんねえんだ!アイツに…これ以上聖王関係で…ごたごたに巻き込むんじゃ…ねぇよ!!」

 

瞬間、姿勢を低くしてレオンは突っ込む。右手と両足に魔力を集め、女性から見れば左方向から弧を描くように駆けていく。

右からフックを掛ける。

しかし、相手の軌道から攻撃の方向性は読めていた女性は左手でブロック。

返しに右のストレートを顔面目掛けて放つ。

レオンも左腕で防ぐ。

防いだ矢先、次の一手を繰り出そうとするレオン。しかし、達人たる彼女はその隙を与えなかった。突き出した右手を引くその影で、左手の掌底が唸りを上げる。軽く指を曲げ、最も硬い部分を、最もダメージを与えられるように振り上げて狙う先。それは…

 

(顎…!!)

 

咄嗟に身を逸らして躱した。目の前を、意識を刈り取らんとする剛腕が下から駆け抜ける。…恐らくアレを貰っていたら、ほぼ決着だっただろう。

 

「覇王流…落葉!」

 

その声が警笛を鳴らした。身を逸らして見上げた視線の先に、『奴』はいた。左手を突き上げた勢いそのままに、1メートルほど飛び上がっている。振り上げの次に行われるのは…打ち下ろし!

 

(ちくしょっ…!)

 

腕をクロスさせて防ぐ。踏ん張ろうとするも、身体を反らして崩れた体勢ではソレも適わず、ふわりと宙を浮いてしまう。

ダウンしてしまえば、相手はその隙を見逃すことなく追い打ちを掛けるだろう。そうなればほぼ負けは確定だ。相手の一撃をクリーンヒットさせられて生き残る自身なんざ持ち合わせていない。バリアジャケットを展開していたならまだしも、こちとら制服のままなのだから。

だったら…!

レオンは咄嗟に右足を振り上げた。

 

「ぐっ!」

 

女性は思わぬ腹部からの衝撃に、口許をしかめる。何が起こったかも解らぬまま、痛みそのままに、レオンから思いとは裏腹に距離を離される。

腹部の圧迫感から解放されると、彼女は体勢を整えて着地する。

レオンも吹き飛ばされて背を強かに打ち付けることなく、受け身を取ってものの見事に立位を取る。

レオンは足を女性の腹部に押し込み、巴投げの要領で蹴り飛ばして難を逃れたようだ。

 

「…確かに貴方の言うように、私のしていることはただの怨念返し…ただ過去の事を掘り返しているだけなのかもしれません。」

 

「それがわかるなら、なんで…!」

 

「あなたに…解りますか?逃れようとする過去の記憶、それが自分の記憶のように身体に、頭に纏わり付いて…もどかしくも悲しくなる私の…!……いえ…これ以上は詮無きことです。」

 

レオンには、バイザー越しではあるが、彼女の悲しい眼を感じることが出来た。

彼女の言う過去の記憶。それについては解らないこともある。

だが、この襲撃。それについては自分の意思も勿論あるだろう。しかし、それと同時に、別の意思があるように感じてならないものもある。…一概には言えないが、それでも…

 

「…少し、喋りすぎたようですね。再開…よろしいでしょうか?」

 

「………。」

 

先ほどの声色から一変し、元に戻る。

 

コイツの気を晴らすにはどうすれば良い?

 

ヴィヴィオと引き合わせる?

死んでもゴメンだね、そんな案は。

 

ともすれば、今の自分に出来ること。

相手が強いと自覚するまで戦う?

格闘でトーシローな自分と戦ってそう思うか、と言えば、答えはNOだ。

 

となれば、

 

「むずっかしい話は無しだ。」

 

そう、考えるのは終わってからにしよう。拳を打ち合い、勝っても負けても、それからにすれば良い。

 

再び構えた。

先程までの喧嘩スタイルとは違う。

拳を軽く握る。

左足を前へ。

身体を軽く揺らして、リズムを整える。

囓った程度だろうが問題ない。

 

ストライクアーツ

 

その基本的な構えを取る。

残り魔力は半分を切った。となれば、1発1発に込める。

 

「行くぜ!覇王さん!」

 

ぱぁん!と左手の拳が覇王の掌に収まる。だがあくまでもこれは『魅せ』だ。

素早く左手を引き、そのまま腰のねじりを酷使し、右の本命を打ち込む。

しかしその威力も、左腕でブロックされるが、その壁を弾くことには成功する。

普通なら防御が崩れたと思い、攻勢に出たいところだが、その防御の崩れすら攻撃に転じる。

レオンと同じように左腕を引き右の掌底が飛んでくる。

それを身をかがめ、ダッキングで相手の懐をくぐり抜ける。それと同時で、腹部に左を打ち込んでいく。その勢いで右足を軸に、素早く後方へと向き直る。

背後を取った!

右手の拳、それを開き、指を伸ばす。そのまま力を込めた形である手刀。それに魔力を纏わせる。

これは、レオンが唯一、『技』と言っても良いようなものだ。それは姉からの受け売りでもあり、魅せられた一撃。

 

「なっ…!」

 

振り向いた女性は驚愕の声を挙げる。

今まで身体強化以外で魔法を使わなかったレオンが、金色の近代ベルカの魔法陣を展開していたのだから。右手の手刀。そこからは目映いまでの魔力がバチバチと火花を散らす。魔力のヒカリと相まって電流が迸っているようにも見える。

 

「光牙!!」

 

手刀を突き入れる。

トン…と、腹部に走る衝撃。

見た目のインパクトとは裏腹に物理的な衝撃、しかもそれ程ダメージがない。

 

そう…錯覚してしまった。

 

突如として巻き起った、渦巻く魔力の奔流と衝撃波。殺傷設定がないとはいえ、ガリガリと魔力を削られているのがわかる。このままでは…!

 

「くっ…!!」

 

何とか後方へと飛んで離脱する。そうすると、ダメージその物が止まったのだ。どうやら手刀と同時にその空間にフィールド系の効果をもたらしたようだ。しかも、それを発生させる術式を組むために魔力強化を断っていた。だから手刀自体の威力は大したことはなかったのだろう。

 

そうして視線を戻した先に…相手はいなかった。

 

「どこへ…!?」

 

右を探す。居ない。

 

左を探す。居ない。

 

…となれば…上!?

 

バック宙から身体を直立させてひねり、正面にこちらを捉える。新体操なら高得点が狙えるであろう、見事なフォームだ。

そのままに縦の回転。その勢いを利用して打ち込んでくるのは…!

 

「か・か・と…落としぃっ!!」

 

勢いよく振り下ろされる踵。否、その勢いと速度からして、鉄槌と言わんばかりの凶器と化している。

 

「しかし…その勢いと威力…そして速度が…仇となります…!」

 

読めた…読めていたのだ。踵を出した時点で。女性は肘に魔力を集める。レオンがしていたように、肘への魔力一点集中。

踵落としへのカウンターと言わんばかりに、魔力で硬化した右肘を、肘打ちの要領で踵骨へ叩き込む。

 

「牙山!」

 

公園に、破裂音にも爆音にも似た音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは一方的な展開と化した。利き足の、それも踵を牙山により負傷してしまった。落下速度に加え、回転による速度、更には身体強化まで加味した、レオンが考え得る限りの威力を高めた踵落とし。それを強固且つ堅牢なまでに固めた肘でカウンターを食らった。

焼けるように痛む利き足を庇いつつ、格闘技の達人の攻撃を凌ぐ。

そんな芸当が、格闘技の素人に出来るわけもなく。

フルに強化していた身体は、魔力の減退で弱まっていく。

 

「…正直、ここまで苦戦し、長引くとは思いもしませんでした。」

 

「…ちぃっ!まだ…終わって…」

 

「…既に勝負は見えました。…ですので…」

 

風が…

空気が…

渦巻いたように感じた。

胸を反らし拳を引く。魔力を身体に循環させ、中でも更に右拳にその力を高める。

正三角を型取り、剣十字を携える、白銀に近い碧の古代ベルカの魔方陣が展開される。

一呼吸。

レオンにも、それは危険だと警笛を頭が鳴らす。

コレを喰らえば…やられる。

 

「覇王…!」

 

風が右腕に纏わり付く。さながらそれは竜巻にも見えるほどに。

足下から練り上げる力を拳に集め……

 

踏み込んだ

 

「断!」

 

足を踏ん張り、その力を腰を伝い、上半身へと溜め込む。

 

「空!」

 

限界まで溜めた力をバネに、右拳を突き出す。

 

「けぇぇぇぇん!!!!」

 

覇王流が奥義。

これが

覇 王 断 空 拳

 

打ち込まれた拳は相手を吹き飛ばすには十分すぎるほどに高い。突き抜けた力の余波が周囲に拳圧を感じさせるほどに。

 

吹き飛んだレオンは、公園に敷かれた芝生に突っ込み、沈黙した。

 

「ぐっ…!」

 

女性はその場で右拳を、肘を抱えて膝を突いた。

グローブを外せば、その拳は赤く腫れ上がり、少なくはないダメージを負っているのが目に見えて分かる。

 

「まさか…牙山を貫くほどのあの威力…。更には牙山を見様見真似とは言え、あそこで…」

 

最後の覇王断空拳は確かに手応えは十分すぎた。それだけに、牙山を、猿真似とは言えども返されたときの威力は、使用した彼女が一番よく知っている。

 

「流派を持たない相手にここまで手酷くやられるとは…私もまだまだ未熟ですね。」

 

足の方は問題ないからか難なく立ち上がり、進入禁止の看板が立つ芝生の敷地に突っ伏すレオンに歩み寄る。

気を失っているのか、身動き一つしない。

 

「手合わせ、有難う御座いました。…それと、姉上への侮辱、発破を掛けるためとは言え、申し訳ございません。」

 

一礼し、背を向け歩み出す。

帰って応急処置をしたら、またトレーニングだ。

もっともっと高みへ…。

覇王流を極めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知ってる天井か。」

 

目を覚ましたときには毎朝のように見掛ける天井だった。クリーム色の天井。そこに取り付けられた蛍光灯。特に着飾ったりはせず、勉強机や本棚、クローゼットのある部屋。変わったものがあるとすれば、筋トレ用の簡易なトレーニングセットくらいな物だろう。天井を見たまま、昨日のことを追って思い出す。

確か…校庭にクレーターを作って。

変態博士が作ったクレープを妹分と公園で食べて。

それで家に送り届けた後…。

 

「そうだ!あのバイザーおんn…いってぇぇぇぇっ!?!?」

 

勢いよく起き上がろうとしたのが災いした。身体の至る所が悲鳴を挙げ、特に右踵に右肘、更には腹筋がズキズキと痛みまくる。

若干涙目になりながら、痛む箇所を見てみると、痛々しげにシップが貼られているではないか。踵も骨折した患者のように布でつり下げられ、踵の下にはアイスノンが。

 

………どうしてこうなった。

 

突っ込みは1人寂しく部屋に響くだけ。起きようにも足の布のお陰で大苦戦。腹もズキズキと痛むので、屈むこともままならないし、右手も肘を痛めているので思うように動かせない。

 

「俺は…負けたのか…。」

 

仕方ないのか。相手は見るからに格闘技の達人。こっちは囓った程度の素人。

おそらく、最後の断片的な記憶にある、覇王断空拳。その名称から考えるに、ちまたで噂の覇王を名乗るストリートファイターなのだろう。

 

「アイツ……ヴィヴィオの事を探ってたよな…。覇王…、それに聖王…、……偶然か?いや、イクスの件もある…。」

 

身体が動けない分、頭を動かす。ここ数年で、聖王、覇王、冥王。古代ベルカの三王が出て来ている。

これは偶然なのか?

そう名乗るだけの愉快犯?

憶測だけではパズルを埋めるに至らない。

考えが纏まらず、視線を逸らした先にある壁掛け時計。それが目に入った。

 

10時15分

 

はて…?

何か忘れてて。

やばいような…

 

……

………

 

「ち、遅刻だぁぁっいってぇぇぇぇっ!?!?」

 

起き上がって再び悶絶。ベッドにダウンした。

折角治まり掛けていた痛みが再びぶり返してくる。

 

コンコン。

 

ドアをノックする乾いた音。今のこの時刻、誰も家には居ないはずだが…。

とりあえず入るように促す。

木製のドアを開けて入ってきたのは、ブロンドの髪をポニーテールに縛った、レオンのよく知る人物だった。

 

「ようやく目を覚ましたね。レオン。心配したよ~。」

 

「姉ちゃん…?」

 

ヒカリ・如月である。白虎か何かがアップリケになっているエプロン姿に、お盆を手に持っている。

 

「帰りに公園を通りかかったら、芝生の中に倒れてたんだもん。ビックリしたよ。」

 

「………そう、か。」

 

お盆をサイドテーブルに置くと、一人用の鍋のふたを開けた。湯気を立てて中から姿を現したのは、卵のおじやだ。だしが良く染みこんでいるであろう白米を、黄色い卵がフンワリと固まり、更にはアクセントで青ネギが降り掛かって、とても食欲をそそる見た目と香りだ。

 

「詳しいことはお腹を膨らませてからだよ。」

 

レンゲでおじやをすくい上げ、レオンの口許へ持ってくる。

 

「な、何だよ。」

 

「何って…食べさせたげるんだよ?」

 

「い、いいって!自分で食べれるっての!」

 

「利き腕を怪我してるのに?」

 

それを言われてはぐうの音も出ない。さっきの痛みからするに、動かすのも一苦労なのだろう。ズキズキと痛む患部が、甘んじろと言わんばかりに訴えかけている。

 

「あ、…む。」

 

結局レオンが折れた。

空きっ腹に姉の作ってくれたおじやはとても優しい味だった。

 

 

 

 

 

「それで?どうしてそんな怪我をしてたのか、説明して貰うよ?」

 

少し遅めの朝食を食べ終えたレオンは、姉の尋問にも似たような質問を受ける。目つきは真剣で、いつもニコニコしているのとは比べるべくもなく険しく思える。

 

「べ、別に…何でもない。」

 

「何でもない、で芝生の上に転がってた挙げ句、右肘と右踵、それにお腹に打撲、それに魔力消費八割超え?」

 

「う″……」

 

「シャマルさんに来て貰って、何事もない。それで安心したけど、明らかに普通じゃないよね?パパもママも心配してたよ?…一応何事もないとは言っといたけど。」

 

こうなっては後の祭りとは良く言ったものだ。姉の名誉を守るために戦って負けた挙げ句、心配までされていては世話がない。

 

…何から話すか。

 

一つ考えた後、レオンは口を開いた。

 

覇王と名乗るストリートファイターと思しき人物と戦い、敗れたこと。

ヴィヴィオを探している風なことを言っていたこと。

 

そして…

 

「姉ちゃんを馬鹿にされて…ヴィヴィオを…聖王を探していて…だから戦って…でも喧嘩に負けて…悔しいんだよ…!相手が達人でも、家族を馬鹿にされて…アイツが巻き込まれるんじゃないかって…それで…俺は…!」

 

「レオン…。」

 

気づけば、布団にシミがぽつぽつと、まるでそこだけにわか雨でも降ったかのように黒い点を作っていく。

…泣いていた。

 

「レオン、ありがとう。ごめんね。」

 

「なっ!姉ちゃんが謝ること…!」

 

「ボク自身、弱いよ。…心も、力も。でも、強くありたいとは思う。だから訓練も欠かさないし、ヴァルキリーと研鑚も怠るつもりはない。」

 

けど、とヒカリは言葉を繋げる。

 

「今は弱くても、今日は昨日より、明日は今日より強くありたいとは思う。だから…まだ頼りないお姉ちゃんかもしれないけど、ちゃんと強いと誇れるように頑張るよ。」

 

それは違う。

レオンは心底否定した。

自分自身は知らない事件だが、『砕け得ぬ闇事件』を解決に導いた立役者として活躍したのは、なのは達から聞いた事がある。

それに、4年前の『JS事件』、これもクラナガンに迫るガジェットの大群を多数撃破したのは覚えている。

なのはより、フェイトより、はやてより…、レオンにとって一番身近で、輝いて見えていた強い人。それがヒカリなのだ。

その姉が、自分が弱いと?頼りないと?そんなことはない。

 

「ヴィヴィオの件もだけど、なのは達に警戒するようには伝えておくから。ヴィヴィオ本人には…学校とかあるし、内密にしておくようにするね。」

 

「姉ちゃん…。」

 

「…?何?」

 

「一つ、お願いがあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

St.ヒルデ魔法学院の廊下は、とある人物が通るとざわめきに包まれていた。

頬に擦り傷を隠す10㎝角のガーゼをデカデカと貼り、シャツから僅かに見えるはずの手首は、どこからかは分からないが巻かれた包帯が垣間見える。加えて右足を庇うかのように跛を引きながら歩く様は嫌でも目に留まるものだ。

 

「お、おいレオ、どーしたんだよその怪我!?」

 

教室へ入ると、一昨日は冷やかしながらのくせに、今日は心配しながら寄ってくるエド。一昨日のニヤケ面とは違い表情も目を丸くしていることから本気で心配してくれてるのが分かる。

 

「いや、ちょっと階段から落ちただけだよ。…一応昨日のうちに医者に診て貰ったら打撲って。だからそんなに大したことない。」

 

「なんだよ。お前らしくもないな。」

 

そう言いながら肩を貸してくれる、悪友ながらも良い友人。

悪い、とボソッと謝っておくと、

そこはありがとうだろが、

と返してくる。苦笑いしながらもサンキューと言い直しておく。

 

「安心した。」

 

「なんだよ?」

 

席に座ると、エドはいつもの冷やかす時のように口許をつり上げる。

 

「お前が『ありがとう』なんて言ったら鳥肌が立つところだった。」

 

「へっ、うるせー」

 

悪態をつきながら、エドは養生しろよ、と背中越しに手を振りながら教室を出る。

エドが離れたのを見るや、他のクラスメイトもゾロゾロ寄ってくる。

大丈夫?

治癒魔法、掛けようか?

とか言ってくるので、

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

とドヤ顔で返しておくと、それ、ダメなフラグだぞ、と言いながら安心して去って行く。

もちろん、心配してくれるのはありがたい。加えて1週間くらいで問題なくなるとシャマルも言っていたそうだ。その程度なら、自然治癒力に任せ、魔法の力に頼らないのが良い。

治癒魔法、と言うのは便利な物のように聞こえるが、魔法による治癒促進であり、身体の治癒能力が活性しているものとは違う。もちろん使用すれば自然治癒と比べて圧倒的な早さで回復するが、ソレは同時に身体の免疫力等を衰えさせていく事にもなる。

もちろん応急処置など、命を左右するような救急の事態ともなれば選択肢はない。しかし、生活に支障がない怪我の場合は、医者も自然治癒を推進しているのが医学界での常識となっている。

 

閑話休題

 

始業ギリギリになって、エドが何やら長い物を持って教室に入ってくる。

レオンの机にソレを立て掛けて自分の席に戻っていった。

 

「…気を利かせるな、全く。」

 

立て掛けてくれた松葉杖を見ながら、レオンは心配してくれる友人に心底感謝した。

今日は大人しくしよう。うん、そうだそれがいい。怪我したときくらい体育も休んで、魔法訓練も見学にしよう。

最後の思いを学校の経理の人が聞いたら泣いて喜ぶだろう。

休み時間は…そうだな、たまには図書室へ行って…。昼休みは昼寝して…。

 

「レオン君!」

 

平穏は訪れなかった。1時限目が終わり、休み時間。肘をなるべく動かさないように配慮して、集中して受けた授業。ソレがようやく一区切りし、ゆっくりしようと机に突っ伏していると、よく知った声に叩き起こされた。

 

「返事がない、ただの眠れる獅子のようだ」

 

我ながら上手いこと言ったとレオンは自賛する。眠っているふり、狸寝入りを。レオンという名は獅子という意味を持つらしい。その二つが合わさり『眠れる獅子』。しかし本当の意味合いは、起こしてはいけない危険な物、というらしいが。

 

「怪我したんだって!?平気?歩けるの?何処か痛む?」

 

「………」

 

レオン渾身のボケ?のような物を華麗にスルーし、質問攻め。ラッシュを掛けてくる。おんどりゃあ!と言わんばかりの勢いで教室に突入。一応一つ上の学年とあって、周囲のクラスメイトからの奇異な視線もあるが、そんな物知ったこっちゃねぇと言わんばかりだ。

 

「平気だって。ちょっと階段から落ちただけだから。1週間くらいで治るからそんなに捲し立てるなよ。」

 

「そ、そう。良かったぁ…。」

 

「ヴィヴィオ~、あんまり騒いでいると注目の的になってるよ?」

 

安堵のため息と笑顔を見せるヴィヴィオ。しかし、ヴィヴィオの友人―リオ・ウェズリー―のひと言に、彼女は周囲を見回した。あるものは苦笑いし、あるものはレオンに羨望と嫉妬の視線を投げかける。どっちにしても一行が注目されていることには変わりない。

 

「ヴィヴィオってば、おにーさんの状態を聞いて、1時限目はずっとそわそわしてたもん。よっぽど心配してたんだね。」

 

「コ、コロナ…その話は…内密にしてよ~」

 

もう1人の友人―コロナ・ティミル―はヴィヴィオの事をよく見ていたのか、クスクスと口許に手を当てながら、少し上品に笑う。

 

「まぁちょっと字が書きにくいくらいで、特にこれと言うほどの支障はないぞ。…まぁ、歩くのに松葉杖があったら助かるくらいな物か。」

 

「でも階段から落ちて右半身ばかり怪我するなんて、よっぽど器用に転けたんだね…」

 

リオが呆れながらも、一瞬レオンがビクッとするようなことを言う。恐らく天然とかそう言うのが多いのだろうが、彼女の場合は…その辺の疑りと言うのはあまりない。むしろ純粋に聞いてきただけなのだろうが、反応してしまったのがマズかった。

 

「そー言えばおかしいよね、何でだろ…。もしかしてレオン君、何か隠してない?」

 

ジト目で顔を近付けてくるヴィヴィオに上体を反らして避けようとする。が、腹にも打撲があって反らすことも屈むことも痛みを伴う。

 

「そ、それは…」

 

「あ、二人とも!もうすぐ授業始まるよ!」

 

コロナの言うように時計を見れば、授業開始2分前となっている。

 

「そ、そーいえば次って移動教室じゃ…!?」

 

「い、急がなきゃ!」

 

失礼しましたー、と声をそろえて退散する3人。コロナは最後に一礼してから退室する辺り、上品な物だと感心する。

そして、勘ぐりを入れられた話題を逸らしてくれた彼女に感謝を心で呟いた。

 

 

 

いつも通りに勉学に励み、腹の虫が騒ぎ出した昼休み。

さぁ、弁当だ!飯だ!ランチだ!栄養補給だ!

ゴソゴソと弁当をバッグから取り出したときだ。

 

「レオン君!」

 

やはり平穏は訪れなかった。廊下を横スライド移動で滑りながら登場するヴィヴィオ。

…あ、行き過ぎてら(笑)

てこてこと次の登場のために、速度とスライド開始位置をブツブツ計算しながら教室にインしてくる。

 

「お弁当食べに行こう!今日は桜が咲いて外で食べるにはゼッコーの日だよ!」

 

「俺、かふんしょーなの、くしゅんくしゅん、あーめがかゆい」

 

「リオとコロナも待ってるし、紹介したい子も居るんだよ。だから早く~」

 

「え?何これ?俺に選択肢ってないの?」

 

弁当箱を持って、辛うじて松葉杖を引っ掴みながら、襟首を持ってズルズルと廊下を引きずられていく。その様を見る行き交う人々の視線は、まるで養豚場のブタを見るような目だったのがレオンにとって印象的だった。

 

「リオ、コロナ~!お待たせ~!」

 

「案外早かったね…っておにーさん、白目むいて泡吹いてるよ?」

 

「…これ、首が極まってたんじゃ…」

 

「だぁいじょうぶ!レオン君、これくらいじゃ何ともないからさ。」

 

「ならないでかぁぁぁっ!!!」

 

ビクッと3人は跳ね上がる。目をかっと見開き、至近距離で、しかも大声を上げ、ガバッと跳ね起きる。しかし

 

「い″っでぇぇぇぇぇぇっ!?!?」

 

ごろごろとのたうち回る事になった。見ていて退屈しない、そして学習しない男である。

 

「うぅ…、どうしてこうなった…」

 

よろよろとベンチを手すり代わりにして座る。精神的に打ちのめされたかのようにげっそりとした面は、中間管理職と言う立場で上司と部下に挟まれているサラリーマンのように痩せこけて見えた。

 

「それじゃあ、お昼ご飯にしようか~。っと、その前に。」

 

おもむろにヴィヴィオは通学用のバッグを膝上に置いて開く。すると中から10㎝ほどの白く細長いものがピョコンと伸びてきた。

 

「………?」

 

ソレが何なのかを知るコロナとリオは、レオンの驚くであろう表情を想像してニコニコし、レオンはというとその白いものを穴でも空くのではないかと言わんばかりに眼を細めて凝視している。

それはゆっくりと、まるで日の出が昇るように白く丸いものがふわりとカバンから出てきた。丸く、シンプルながら愛らしい眼と、×型の口。デフォルメされている人形のようにこれまたシンプルな手足と、首と思しき所に青の蝶ネクタイ。先程から見えていた細長いものはどうやら耳だったようだ。そして、長い耳と白いその体躯から導き出される答え。

 

「のろうさ…?」

 

「「「ちっがうよ!!」」」

 

ひときわ激しいつっこみが3人から発せられた。

ちなみに『のろうさ』というのは、通称『のろいうさぎ』の略称。その名の通りうさぎの人形ではあるが、まるで白目のように見開かれた赤い目、黒い蝶ネクタイ、極めつけは縫い合わされたかのように刺繍された口だ。…ぶっちゃけ、幼児が見れば泣き出したくなるような軽いホラーがありながらも、何処か憎めない愛嬌がある人形であり、もともと地球の人形だったが、とある人物のプロデュースでミッドチルダにも流行が来ているというのはまた別のお話だ。

 

「こほん、それじゃあ改めて紹介します。この子はクリス。正式名称は『セイグリッド・ハート』。私のインテリジェントデバイスなんだ。」

 

ヴィヴィオの掌の上に立ち、マスターの紹介に合わせてペコリとお辞儀するセイグリッド・ハート、否、クリス。

 

「ほう…、ヴィヴィオがデバイスか。ようやくなのは姉からお許しが。」

 

「うん、一昨日ね、帰ったらなのはママが四年生の進級祝いにって!本当は昨日紹介するつもりが、レオン君てば怪我して休んでたから…。」

 

「俺だって好きで休んでた訳じゃねーけどな。」

 

一応、事情はなのはには説明している。もちろんフェイトやはやては勿論、ある程度、周囲の知り合いに覇王と名乗るストリートファイターの目撃者及び戦ったものとしての情報提供。心配はしていたが、素人の自分が逃げずに戦ってしまったことによる落ち度がある、と。もちろん覇王とやらを庇うつもりもない。かといって挑んでいったからと言って褒めて貰おうなどとは思ってもいない。が、それでも言うなら反省はしているが後悔はしていない、そう言っておいた。苦い顔をされたのは言うまでもない。

しかし通り魔・覇王などと言う輩に、しかも目的がオリヴィエ絡みともなれば、ヴィヴィオに少なからず影響が出て来る。そんな気苦労を掛けたくないので、この件に関しては彼女に伏せて貰うように言っておいた。

 

「しかし、デバイスか。…うらやましいな。」

 

思い出したように弁当の包みを開けつつ、ふとレオンが呟く。蓋を開けた弁当に感嘆するのと、ヴィヴィオを羨む気持ちが半々と言ったところか。それに釣られて3人も昼食に取りかかり始めた。ふむ、女の子らしく、小ぶりな弁当箱だ、と素直に思っておく。

 

「そーいえばおにーさんはデバイスを持ってないんですよね?」

 

「ん?あぁ、そうだな。今まで別段必要性を感じなかったし。ストライクアーツとかはそこまで本腰入れてなかったからな。魔法の方も授業や通信でくらいしか使わない。」

 

コロナの素朴な質問にお握りを頬張りながら応じる。レオンの好みとして、巻かれた海苔はパリパリ派よりもシットリ派なので、弁当のお握りと言うのは中々好みにストライクだ。

 

「おにーさんはアイアンアスレチックが好きだもんね。あれって基本的に魔法は無しで、身体能力の高さを競う競技だし。」

 

「だがまぁ…今回の怪我とかでインテリとか自律AI搭載型デバイスがあれば助かるんじゃないのかっていう意見が姉ちゃんから出ててな。…もしかしたら我が家もそう言う話になるかもしれん。」

 

自律AIがあれば、緊急時などに救援をデバイスが呼んでくれる。常に身に付けているデバイスは、欠かすことなく簡易なバイタルチェックを通しているので、こう言う場合は大いに役立つものだ。それはそれとしても、レオンとしても一昨日のような失態は犯したくないのが本心ではある。

 

「…ま、いずれは…って思っているよ。単に戦闘するだけがデバイスじゃねぇ。そうだろ?クリス。」

 

肯定だ、と言わんばかりに頷くウサギのぬいぐるみ。デバイスとしての概念で、共通の意思を持てたことで、二人(?)の間に奇妙な友情、いや絆と言うべきだろうか?そう言った物が芽生えたようである。

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