魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』 作:ロシアよ永遠に
クリスをレオンに紹介し、奇妙な絆とか友情を結んだその夜。
赤毛の女性は仕事を終えて帰宅していた。ボーイッシュに短く切られた髪。勝ち気そうな琥珀色の目。バッグを片手に家路を急ぐ。街灯が未知を照らし、しかしそれでいてぽつぽつと、まばらな距離を開けているのが少し不安と、早く帰りたいと思う焦燥感を募らせる。人の通りもなく、ビル街から住宅街へ移り行くその街道は、遅い時間なのがよく分かり、物陰に何者かが潜んでいるのかという、夜独特の恐怖感を煽る。
(今日の夕飯当番は…確かチンク姉だったかな…?)
背の小さい姉が、その体躯を駆使して健気に姉らしくあろうと夕飯をこしらえる姿を想像して、ちょっぴり苦笑する女性―ノーヴェ・ナカジマ―。しかし、その帰宅時間は大幅に遅延するとはいまだかつて思わなかった。
「ストライクアーツ有段者、ノーヴェ・ナカジマさんとお見受けします。」
呼び止められた。
振り返れども姿はない。ただ、夜の帳と静けさが目と耳を支配し、照らす街灯がそれを遮るように光を灯す。
されど声の主の姿は見えない。
見上げれば、銀碧の髪の女性が街灯の上に立ち、見下ろしていた。夜風に流れる髪は、暗闇と相まって美しさすら感じられる。
ノーヴェは悟った。
(コイツが一昨日、レオンを襲ったストリートファイターか…!)
ふつふつと沸き上がる怒り。しかしそこは大人の落ち着きか、冷静に。あくまでも平静を装って応対する。まだコイツが襲撃犯と確定したわけではない。
「貴女に幾つか伺いたいことと、確かめさせて頂きたいことがあります。」
「質問すんなら、バイザーを外して名を名乗れよ。」
表面上、平静を装っていても、やはり言葉の端々に怒気が混じってしまうのは否めない。そんなもどかしさがノーヴェのイライラを加速させてしまう。
「失礼致しました」
カチャリとその仮面を外す。そこに現れたのは青と紫の瞳。凜とした雰囲気と、その眼差しの奥にある鋭い刃物にも似た闘志がノーヴェを包む。
「カイザーアーツ正統『ハイディ・E・S・イングヴァルト』。覇王を名乗らせて頂いています。」
覇王。
そのキーワードがノーヴェの中で、確信に至らせた。どうやらビンゴのようだ。
「噂の通り魔か?」
「否定はしません。」
トン…と街灯から軽く跳躍するとかなりの高さから飛んだにも関わらず、ふわりと舞い降りた。
「…で?何が聞きたいって?」
「貴女の既知である王達。聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、冥府の焔王イクスヴェリアについてです。貴女ならその両方の所在を知っていると…。」
ピクリとこめかみがぶれる。
焔王?
聖王?
「知らねぇな…。聖王だの冥王陛下だのなんて連中と知り合った覚えもねぇ。アタシが知ってんのは、一生懸命生きてるだけの普通の子供達だ!」
神経を逆なでされるような感覚だった。
冥王や聖王なんて今は存在しない。平和を夢見て眠り続ける少女と、大好きな格闘技(ストライクアーツ)に打ち込む少女。それだけ。ただそれだけなのだから。
「理解できました。その件については他を当たるとします。ではもう一つ、確かめたいことが…。貴女の拳と私の拳、一体どちらが強いのかを確かめさせて頂きたいのです。」
…なるほど。
これもレオンからの報告通りだ。
強い奴と戦い、強さを誇示する。
それが目的なのだろう。
ノーヴェは手に持っていたバッグを投げ離す。
突きつけられた挑戦状、受けてやろうじゃんか!
それに丁度良い。覇王だかカイザーアーツだか知らないが、局員としても目の前に襲撃犯がいる以上、看過するわけにはいかない。
もともと気が長いわけでも無いことを自覚している。スニーカーの爪先をアスファルトに打ち付け、軽く準備運動。
「……こいよ」
ほぼ構えもなく、ジェットエッジの展開もなく、煽るような口調で言い放つ。
「防護服と武装をお願いします。」
「要らねぇよ。」
「…そうですか。」
武器も防具も必要ない。
覇王の要請にも、ノーヴェは応じることなく、煽りを続ける。しかし、相手は思った以上に淡々と、それでいて落ち着いているように思えた。
「よく見りゃまだガキじゃねぇか…何でこんなことしてるんだ?」
「強さを知りたいんです…。」
その言葉が紡がれたとき、目をそらして一瞬だけ、ほんの一瞬だけだがその瞳に寂しさのような…悲しさを帯びたものが映ったかのように見えた。
「ハッ…!!…バカバカしいっ!!」
ノーヴェの鮮烈な膝蹴りによる先制攻撃が、戦いの火ぶたを切った。
翌日。
とても晴れた小春日和だった。
ぽかぽかと降り注ぐ日光は身体を温め、活性化してれる。
住宅街近郊にある公園。彼女、高町ヴィヴィオもその例に違わず、相方のクリスと共に日課であるトレーニングをしていた。動きやすい上下おそろいピンク色でウサギのシルエットがアップリケされたジャージをまとい、軽快な動きでシャドウも兼ねてストライクアーツの型を確かめる。
「ふぅっ……今日はこの辺で置いておこうかクリス。」
コクコクと頷くウサギのデバイス。額に軽く滲んだ汗を肩掛けのタオルで拭い、小休止の為にベンチに座る。
少し上がった呼吸を整えつつ、手を組んでぐっと背伸びしつつベンチにもたれる。
そういえばこの間も、レオンはこんな風に空を見上げて黄昏れてたなぁ、と自分の無意識な行動に少しおかしくなる。
ヴィヴィオの思考には、ある2つのことが巡っている。
一つはレオンの怪我のこと。
二つは覇王と名乗る連続襲撃犯のこと。
一つ目は昨日、直接見た怪我からして、やはり右半身ばかりを階段から落ちて怪我をするなんて事は不自然さすら感じられる。…おそらくは何かを隠している。怪我の理由に思い当たる節は喧嘩。しかし、レオンの身体能力の高さはよく知っているし、並大抵の、ましてや同い年くらいの相手数人くらいなら、勝つことはなくとも、あそこまでの怪我を負うまでに離脱することも出来るはずだ。
そして二つ目の理由、覇王。ヴィヴィオはオリヴィエの記憶転写を受けて生み出された、いわゆるクローンだ。時々ではあるが潜在意識の中で聖王時代の記憶の端々が見えることがある。タイミング、というのも、普通に起きているだけでは何も無く、主に寝ているとき、ひいては夢の中でそういったものを見ることが稀にある。
その中で、鮮明且つ頻繁に出て来る人物。名はわからない。周囲は瓦礫と炎に蹂躙され、戦火が焼き尽くした後であるというのは想像に難くない景色。ベルカの戦乱。
相手は青年だった。顔は、特に目元が墨で塗りつぶされたかのようにわからない。しかし、周囲に誰も居ない、瓦礫と炎が見守る中で二人は拳を交わし、言葉を交わす。やがて自分が…いや、オリヴィエが青年を下した。
そして、自分は立ち去る。背中から…自分の名を呼んで、止まるように懇願する声が聞こえた。
その声は悲しく、炎の赤が照らす夜空に掻き消えるばかりだった。
名はクラウス。オリヴィエが聖王と呼ばれるように、彼もまた王の名を連ねる人物。
そう…。
『覇王』と…。
もし、連続襲撃犯がクラウス、彼の子孫であるならば、覇を成したと記される彼の武術を受け継いでいる可能性も十二分にある。
となると…二つの事が繋がってくる。
「レオン君を怪我させたのは…覇王って人なのかな?」
まだ確証はない、あくまでも可能性。ただ、そんなもやもやとした拭いきれない可能性がある以上、払拭出来ないでいる。
ただ…もしそうなら、どう接すれば良いのだろう?
過去の記憶がある以上、出会いたいという思いはある。でも、大切な人に怪我をさせて、怒りがないのは嘘になる。
「ハァ…、どうすれば良いんだろう…。」
そんな矛盾するような思いの板挟みが、深い溜息を誘う。
いつの間にか整った呼吸と、引いた汗。すこしシャツがベタいるのに気付く。
もやもやした思いとともに、ヴィヴィオは家路へと歩を進めた。
「…うん、少し楽になった、かな。さすがシャマル姉、良い仕事をするぜ。」
ゆっくりと、ではあるが、右の肘を曲げてみる。昨日までは曲げ伸ばしするだけで刺すような痛みが走り、それで下手に体を動かして鳩尾が更に痛くなるという、嫌な痛みのコンボを喰らっていたことを思えば、大分マシになっているものだ。未だたどたどしいながらも着替えを済ませ、ゆっくりと松葉杖と手すりを使いつつ1階に降りて台所へと足を運ぶ。
窓から差し込む光がほんの少し台所の空気を暖めてくれたのが有り難かった。
しかし、台所に立つ人物をみて、レオンは目を丸くする。本来ならいるはずのない人物が、調理をしていたからだ。
「あら、レオン。おはよう。」
「お、おはよう…母さん。」
ティナ・如月。
腰まで届く、煌びやかな金髪と真鍮の眼鏡が特徴の、十人に聞けば九人が『知的美人』と呼ぶであろう風貌の持ち主だ。
そして二人の母親にして、父親であり管理局の技術開発の一室を任されている雄造の補佐をしている。ここ一ヶ月は手が離せない研究のために泊まり込みを続けていたはずだが…
「帰ってきてたんだ。」
「えぇ、丁度昨日の夜に、ね。仕事の大きな区切りが付いたから。しばらくは大きな依頼の予定はないから、通勤しようかなって思ってるのよ。ちなみに、今日は非番の予定よ。」
「そうそう、ボクも寝ようかなって思ってるときに二人とも帰ってくるからビックリしたよ。」
「ヒカリも気にしなくて寝てたら良かったのよ?夜更かしは美貌の天敵なんだから。」
「それ、ママが言っても説明着かないけどね?」
先に椅子に座っていたヒカリもちょっとした口を交えながらも、何気ない親子の対話を楽しんでいる。普段は、研究者とテスターとの間柄であり、その間には血は繋がろうとも公私を隔てなければならないわけであり、こうして家でプライベートな会話を出来ることは、ヒカリ自身喜ばしいものであった。
「お、レオンも起きてたのか。おはよう。」
「お、おはよう、父さん。」
洗面所へと続くドアが開き、中から姿を現したのは、父親の雄造だ。シャワーでも浴びたのか若干髪が湿っている。大分研究室にこもっていたのか、無精ひげを生やしていた。
「なんか…久しぶりに四人揃ったね。」
「たまには良いじゃないか。家族揃うのは当たり前のことだと思うぞ。」
「そう思うなら二人とも、もう少し研究室にこもるのを止めた方が良いとボクは思うよ。」
「いやいや、やり始めたら止まらないものさ、研究というのは。お前達もやってみれば解るぞ?」
「俺は研究するのは、学校の授業と夏休みの自由研究で満足で十分だよ。」
「はいはい、研究の話で盛り上がるのは良いけど、ご飯にしましょ?ヒカリとレオンは今日は仕事と学校でしょ?」
ティナが朝食を運び始めたのでいそいそと男二人も席に着く。
今日の朝食は和食。白米に味噌汁、焼き鮭にほうれん草のお浸し、更には出汁巻き卵と、日本のテンプレとも言うような朝食であった。
「それじゃ、頂きましょうか?」
「「「頂きます。」」」
如月家に、久々の一家揃っての朝食が始まった。
何気ない会話、何気ない食事。それに家族が揃う。ただそれだけでこんなにも変わるものなのか。治りかけの肘を使いながら、無意識の内に笑顔が飛び交うレオンだった。
「「いってきま~す。」」
姉弟揃って家を出る。玄関先では、雄造がティナの肩を抱いて、手を振って見送ってくれる。
当たり前の風景。しかしそれが堪らなく心地良く、上機嫌でそれぞれの目的地に続く道を揃って歩く。
「あ、そうだ。レオン、今日は夕方予定はある?」
唐突にヒカリが尋ねてくる。
「いや、特にはない、かな。まぁヴィヴィオ達と寄り道するかも、だけど。」
「そっか、ボクも早く帰れるかもだから、今日の夕飯はちょっと豪華にしようか?」
「マジで?じゃ、腹を空かして帰んないと、だな。」
「ふふっ、そうだね。沢山作って、家族揃っての夕飯だ。」
これで夕飯が楽しみになってきた。楽しみが出来ると、人間とは不思議なもので足取りが軽くなる。実際に軽くなるわけではないのだが、気分的なものもあり、ステップやスキップをしたくなる衝動、というのも解るような気がするものだ。しかしレオンの場合、足取りではなく、松葉杖が軽くなったように感じた。
「あ、ヒカリちゃん、レオン君、おはよ~」
「おっはよ~!」
「おはよう、二人とも。」
いつもの交差点。管理局と魔法学院への分かれ道。ここで大抵の朝はここでそれぞれが一緒になって、そして別れて通うことになる。
しかし、向こうもいつも二人なのが三人である。
「おはよ、なのは姉、フェイト姉、ヴィヴィオ。」
「グッドモーニング、なのは、フェイト、ヴィヴィオ。」
ハイタッチをしかねないほどに満面の笑顔で朝の挨拶を交わす。
「フェイト姉は今出勤?」
「うん、昨日まで三日間非番だったんだ。」
「へぇ…珍しいな。ウチも父さんと母さんが昨日から帰ってきてるんだ。奇跡的に今日は二人とも休暇だって。」
「おじさん達、本の虫じゃないけど、研究が趣味って感じだからねぇ。確かに休暇を取るのは滅多にないかも。」
「それだけ熱心なんだよ。私も見習わなきゃ。」
「いやフェイト。パパ達のは熱心を通り過ぎて執念に近いから、真似はしないで。主にヴィヴィオの為にも。」
気分が良いと、ここまで会話も弾む。何気ない会話も、一人増えれば一層楽しくなる。
暫く話し込んだ後二手に分かれ、日常へと歩み始めていく。
「レオン君の具合、どう?」
本人が通学路に移ったところで、三人連なって歩いていく。
「ん、シャマル先生のテーピングとかが良く効いてるみたい。今朝は肘も大分曲げれるようになってたよ。」
「そっか…一時はどうなるかと思ったけど…思いの外早く治りそうだね。」
医局員、とは言っても、一括りに治癒魔法ばかりに目が行くものだが、それ以外の分野において秀でた治療スキルをそれぞれ持っている。ミッドチルダにも一般的な病院もあることから、治癒魔法だけでは治らないものなどいくらでもある。逆に言えば治癒魔法で直せるものなど、そこまで多くはない、ということ。今回のように打撲などは整骨・整形に行くのが妥当ではあるが、局員には医師の資格を持ち、治癒魔法以外での治療を許可されたものもいる。シャマルはそう言った治療の知識を様々な分野で習得しており、治療を彼女に頼めばある程度は何とかなる、という信頼感が知人間では持たれている。が、料理に関しては、未だにポイズンクッキングを行うことの方が多いので信頼度は低い。
「それで、今日はパパ達が作ってくれたアレをレオンに渡そうかと思っているんだ。」
「アレって…、えっと最近ヒカリちゃんがテスターをしていた?」
「アレ…?ってなんなの?」
アレとか言われてもフェイトは解らず、ヒカリとなのはで会話が成立しているのもあり、首をかしげる。
ヒカリとなのはは大きなくくりとして同じ教導隊に所属するもの同士であるので、テスター、つまりはロボットアニメとかで言うテストパイロットのようなことを中心にしているヒカリが所属する戦技研究班がテストするものは、ある程度教導隊内部に情報共有されている。なのはの属する戦技教導隊も、テスト評価を下すこともままあるので、こうしてお互い知り得る情報もあるのだ。
「ん、ヴィヴィオが貰ったから、って言う理由じゃないんだけど、ようやく…出来上がったんだ。レオンの…デバイスが。」
「そ!しかも作ったのがおじさん達で、テスターがヒカリちゃんっていう、まさに愛の結晶なんだよ!」
「なるほど…、それでおじさん達は完成させるために泊まり込んでたんだ?」
「そりゃまぁ…好きな研究でもあるし、レオンの為だし…ねぇ?」
ここまで来ると、雄造達の親バカっぷりも呆れを通り越して感心してしまう。さすがにヒカリまで泊まり込めないから通勤するしかなかったので、その間二人は思う存分デバイス開発に打ち込んでいたことになる。
「レオン、喜んでくれるかなぁ…。」
空を見上げて、可愛い弟の喜ぶ顔を想像すると、自分まで頬を緩めてしまう。三人で、精魂込めて作り上げたデバイス。きっと気に入ってくれると期待してしまう。
「大丈夫だよ。だってレオン君だもん。ね~?フェイトちゃん。」
「うん、レオンなら絶対喜ぶよ。もう確定しているようなものだよ。」
「…何だかスゴい確証を得て、二人が予想を立てているのが、ボクは若干気になるよ…。」
でも、気持ちを込めて作り上げた、世界に二つと無いデバイス。それがきっと、レオンのこれからをきっと助けてくれると信じて…。