魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』 作:ロシアよ永遠に
アリーナの一枠。
正方形に囲まれた間取りの中央で、二人の少女が向き合う。背丈もほぼ同じく。手と足には、アリーナ貸し出しの黒いプロテクター。まわりでトレーニングをしていた人達も組み手が始まるからか、ちらほらと周囲に集まっている。
二人のうち、金髪の少女であるヴィヴィオは、このアリーナでトレーニングをする人々の中で、名が知れている一人だ。
整った容姿もさることながら、ストライクアーツの技術は年齢に比べて抜きん出ており、その動きは華麗とも取れる。有段者のノーヴェを師事していると言うことも納得の実力者だ。
「それじゃ、アインハルトさん。よろしくお願いします。」
「はい、一槍、お願いします。」
礼儀正しく一礼する彼女、それに肩や肘を軽く柔軟で解しつつ相対するアインハルト。この施設を利用する者では見たこともない少女。ヴィヴィオと同じく、体つきは華奢な方に見える。しかし、そのヴィヴィオと組み手を行うだけあって、相当の実力の持ち主なのだろうと、ギャラリーの興味と視線を集めている。周囲の視線が少し気になるのか気まずそうにするが、目の前の相手を見据えると、自然と気にならなくなってくる。
(…まさかこのような形でオリヴィエの血縁関係の方と相見えることになるとは…。)
運命とは解らないものですね、と心中で苦笑する。しかし、これは願ってもない好機だ。これでヴィヴィオを下せば、聖王よりも強いことの証明となる。そうすれば…クラウスの悲願に一歩近付くことを意味するのだ。
(そう…覇を成す…その一歩…!)
覇王流の基本の構え。
これは、覇を以て和を成そうとした、先祖の悲願。
力が、
想いが、
強くなければ護れない。護るための覇の力。
組み手のはずが、全開と言わんばかりの闘気を放つ。それは見るものの緊張感を誘発し、見る目を釘付けにし、汗を滲ませる。
スゴい迫力だ…!下手をしたら呑み込まれそうな位。蛇に睨まれた蛙と言うのはこういうことを言うのかな…。
ヴィヴィオはゴクリと固唾を呑み込む。汗は頬を伝い、握り拳にはいつも以上に力が入ってしまう。
怖い…。手足が震え、闘気を真っ向に受ける身。幾度となく視線を反らしたいと思ったか。
でも…、それ以上に、
(私は…この人と戦ってみたい…!)
ノーヴェに聞いた話では、古代ベルカの正統武術を使うようだ。
どんな戦い方をするのだろう!
そんな彼女にどこまで通用するのだろう!
そう思うと、浴びる闘気も程よい緊張感へと形を変え、表情には笑みが浮かぶ。
「そんじゃ、軽く、軽くだぞ?射砲撃無し、格闘オンリーのスパー一本勝負だ。制限時間は4分。準備は?」
「いつでも…!」
「どこでも!」
「「ロックンロール!!」」
開始の合図を待たずに両者踏み出す。初歩で互いの間合いはほぼゼロになる踏み込み。パァン!と弾けるような音を、両者が打ち合わせた右拳同士が放つ。
快音にも聞こえた。互いの意図が合致したのか、はたまた実力の片鱗を垣間見る事が出来た嬉しさからか。自然と口許が釣り上がる二人。
ものの一秒ほど拳を合わせた二人は、どちらからともなくバックステップで互いに距離を取る。
「アイツら…勝手にはじめやかって…」
「ま、いいんじゃないかな?二人とも始めるタイミングは一緒だったんだから、仕切り直しは無しで」
先に踏み込んだのはヴィヴィオだ。振り子のように身体を左右に揺らしながら近づく。ボクシングで言うウィービングという技術。相手に攻撃を当てられないようにステップ。
対しアインハルトは不動。基本の構えは崩さず、あくまでもヴィヴィオの動きを観察し、どのような攻撃にでも対応できるようにする。
しかし、
ヴィヴィオの頭の上を拳が空を切った。
辛うじて姿勢を低くしたヴィヴィオは事なきを得たが、もう少し反応が遅れていれば終わっていた可能性は十二分にある。そこまでの速さだった。
しかし、相手が空振りをした、と言うことは、懐が目の前にある。回避の後に最大の好機!
「フッ!」
一息と同時に一撃を入れに掛かる。
しかしそこは格闘技の達人。懐にもぐり込まれ、且つボディを狙ってくるのは定石。となれば、
(ある程度は…読めます。)
左腕が一撃を拒んだ。
返しと言わんばかりに右膝がヴィヴィオの意識を刈り取らんと唸りを上げ、横から迫る。
「くっ!」
ヴィヴィオも左腕でブロックし、何とか防ぐことには成功した。しかし、ガードの上からでも重く腕に走る衝撃に顔が歪む。
それを、見たアインハルトは好機と言わんばかりに続けざまに左の掌底をヴィヴィオに叩き込む。
空気が弾けたように感じた。
腕をクロスさせ、何とか防ぎきったが、それでもその威力はヴィヴィオの軽い身体を吹き飛ばすには十分なほどの物。ダウンこそしなかったものの、クリーンヒットしたときのことを思えばぞっとする。
「強い…!」
ことごとく防がれ、隙を見せれば畳みかけてくる。
高ぶる鼓動。
しかしそれは、激しい動きから来るものではない。
興奮。
こんなに強い人と戦えるんだ、という昂ぶり。
「……よしっ!」
一度、両手で自分の頬を二、三度叩き、気合いを入れ直す。
どこまで行けるか解らないけど…
「ぶつけて見せます!」
目の前で行われる激しい攻防。その鮮烈さにギャラリーは息を呑んだ。
これが子供の繰り広げる格闘技か?
正直、その闘いが舞い踊っているかのように美しさすら感じられるものもある。
「お、やってるやってる~!」
「へぇ…ヴィヴィオもそうだけど、あのアインハルトって子もスゴいのね。」
「お、スバルにティアナも来たのかよ。仕事の方は終わったのか?」
「当然でしょ?ここ最近は重要な案件も回ってこないから、切り上げるには問題なかったわ。」
「私も特にはね。まぁ緊急要請が入ったら出向するのにはいつもと変わらないけど。」
ギャラリーの一角にて、二人の組み手を見守るノーヴェ以下三人。その集団に二人加わった。
一人はスバル・ナカジマ。管理局の特別救助隊に所属するノーヴェの姉。
もう一人はティアナ・ランスター。管理局執務官にして、スバルとは訓練校時代からの腐れ縁でパートナー。
実は前回のノーヴェとアインハルトのストリートファイト。それはノーヴェが打ち負かされる、と言う結果で終わった。
しかし、試合に負けて、勝負には勝った、と言えば良いのだろうか。
ノーヴェの攻撃が一度クリーンヒットしたとき、彼女はスタンとセンサーを付与しており、後々のダメージによってロッカー前で倒れていたのをティアナが保護した、と言う物だった。ノーヴェも結局はダメージも少なくはなく、アインハルト共々スバルの居宅にて朝を迎えた。
「しっかしまぁ…ノーヴェを打ち負かした相手と、ヴィヴィオってば打ち合ってるんだもん。凄いねぇ。」
「でもまぁ…アタシとやり合ったとき、アインハルトは万全じゃなかったけどな?」
「どういうことよ?」
「…あいつの右腕。あの時、左に比べて右の一撃はそこまでの強くなかった。動きとしても、無意識なのか右側を庇うように戦ってたしな。…恐らく、レオンの奴と戦ったときにでも負傷したのか。ま、なんにせよ、怪我した状態でよくもまぁ戦おうなんて思ったもんだよ。」
ヴィヴィオ達曰く、師匠らしい自分からしてそう言った目で見てみれば、アインハルトのその行動に頷くことは出来ない。怪我を押してまで試合に臨む彼女の姿は、とても見ていられるものではない。
「やれやれ…真面目を通り越して、変な方向にバカ真面目を通す奴がいるとは…盲点だったかな。」
見守る試合も、佳境を迎えていた。
(真っ直ぐな技…)
右ストレートを掌で受け止め、再度打ち込まれる右ストレートをしゃがんでに躱す。
(真っ直ぐな心…
だけど…だから…この子は…
私が戦うべき王ではない…!)
そう…余りにも、オリヴィエと容姿が似ていても、アインハルトの目には『楽しんで』戦っているヴィヴィオ。それはかけ離れて映っていた。
(私とは…違う…!だから…)
しゃがんで曲げた膝。その右足を踏み込み、左足で練り上げた力を右手に集約。
もう…終わらせます…。
衝撃を伴うほどの掌底が、ヴィヴィオの腹に打ち込まれた。
腹を押し込まれたことで、胃が圧迫、その勢いを押し殺せずに大きく枠外に吹き飛ばされてしまった。
「はぁっ…はぁっ…!」
息を整える彼女を見るアインハルトの目は、やるせない寂しさと悲しさが満ちていた。
(…私の知る…オリヴィエとは…やはり違う。)
対し、ヴィヴィオはアインハルトの強さに目を輝かせていた。ことごとくクリーンヒットしない拳も蹴り。ほぼ二発でやられてしまった自分。どれをとってもレベルが高く、ノーヴェとはまた違った彼女の強さに、ヴィヴィオは惹かれていた。
(スゴい…!)
屈託ない笑みを向ける彼女に、現実への失念から視線を逸らすと、そのままの勢いで踵を返して出口へ歩いて行く。
「ぁ……あの!…す、すいません…私、何か失礼を…?」
試合の痛みを押して追いかけるヴィヴィオ。その眼は先程と違い、戸惑いに満ちる。
「いいえ。」
「じゃ…じゃあ…ぁの……、私、弱すぎました…?」
「いいえ……趣味と遊びの範囲内でしたら…充分すぎるほどに…。」
「ぇ……!?」
ヴィヴィオは目を丸くする。
趣味と遊び
その言葉が心と耳に山彦のように響き渡る。
それは見て聞いているギャラリー。
そして、ヴィヴィオを知る皆の耳にも響いた。
「すいません、私の身勝手です。」
「あ、あの!今のスパーが、不真面目に感じたなら謝ります!…今度は…もっと真剣にやります…!だから、もう一度やらせて貰えませんか!?今日じゃなくても良いです!明日でも…!来週でも!」
泣きそうな声で…縋り付くように…。
ヴィヴィオはアインハルトに懇願した。自分だって…ただの遊びでストライクアーツを学んできたわけではない。
ヴィヴィオにそう言われてはどうすれば良いか解らず、振り返ったアインハルトは困惑した表情を浮かべる。
そんな状況と空気に戸惑い、目に映ったノーヴェに視線で助けを求めた。
「ぁ……あぁ~…!」
さすがにノーヴェもいきなり振られてもどうしたら良いのか解らずに、言葉を濁しながら先程のアインハルトのように視線を逸らしてしまう。
この空気…どうにかしないと…。
「そんじゃまぁ…来週またやっか?今度はスパーじゃなく、ちゃんとした練習試合でさ!」
「そーだね。誰かさんは右手を痛めてるんだし?お互い万全にしてやったら良いんじゃないっすか?ねぇ、先輩?」
ニヤリと右手を痛めさせた本人が悪戯っぽい笑みを浮かべ、ノーヴェに便乗してくる。リオやコロナ、いつの間にかいたスバルとティアナも口々に賛同しているではないか。
賛成が圧倒的多数。スパーに勝っても、多数決でアインハルトの敗北は決定した。
「…解りました。時間と場所は…お任せします。」
承諾の返事に、ヴィヴィオは満面の笑みを浮かべた。
「…どうして、あの時私を非難しなかったのですか?」
夕暮れの日がガラス越しに差し込む受付前の長椅子に少し離れて座る二人。
レオンとノーヴェをこってりと絞った後、ヴィヴィオ達三人は仲良く帰宅し、レオンはティアナが病み上がりなので送ると言うことで、彼女が愛車を取りに行っている待ち時間。
両足をそろえて礼儀正しく座るアインハルトと対照的に、だらけて、まさに『かったりぃ』を体現してずり落ちそうに座っているような格好のレオン。
切り出したのはアインハルトだった。
「あの時、貴方は私を拒絶することも可能だった。なのになぜ?」
「知らねぇっす。」
素っ気ない返事だった。目を閉じていて、聞いているのかそうでないのか。格好もさることながら、言動もだらけているようなものだから、少しアインハルトもムッとしてしまう。
「俺はまぁ、強くなりたいって言うのはまぁ個人の自由だし?好きなだけ鍛えたら良い。けどな、ヴィヴィオ達を巻き込んてほしくない、と言うのが本心なんすよ。…まぁ古代ベルカの王を本気で倒すつもりなら、出会った瞬間問答無用で挑んだはずだし、でも先輩はそうしなかった。…だから、俺は攻める気は無し。」
「でも結局…私は彼女と戦ってしまったんですも?」
「あぁ。でも、ヴィヴィオにとっちゃ、聖王覇王は関係なし、格闘を極めんとする者同士の闘いだったはずです。」
「…じゃあ…ヴィヴィオさんは…。」
「多分、アイツは先輩と仲良くなりたいんじゃないすか?拳を重ねることで、もっと強くなれる。一緒に歩んでいきたい仲間として。」
「…ですが私は…彼女のストライクアーツを…趣味と遊びと…。」
「あぁ、だから一週間後、覚悟しといた方が賢明ですよ?…あいつ、自分が一生懸命なのを伝えるために、さらに一生懸命になるんで。…だから。
先輩も、ヴィヴィオと全力でぶつかってください。勝っても負けても、きっとそれがアイツのためにもなると思うんで。」
「…はい、そうさせて貰います…!」
気付けば二人は笑い合っていた。互いにヴィヴィオのことを思いながら、最悪の出会いはどこへやら。拳と拳でわかり合うという、何とも汗と泥の匂いが充満した少年漫画染みた展開ではある。
しかし、ヴィヴィオを基点に二人は出会い、将来もう一人の格闘技のライバルとなろうとは、この時予想だにしなかっただろう。
「あ…とな、先輩。」
「はい、なんでしょう?」
「実を言うとさ、先輩があの時襲撃してきたこと、あれについて礼が言いたいんすよ。」
「礼…ですか?…それは一体?怪我を負わせて、それでお礼を言われるのは…」
アインハルトの疑問ももっともだ。非難されるならまだしも、お礼を言われるのは筋に合わない。
…もしかして、殴ったときとかに勢いで虫歯が抜けた、とか?
はたまた、殴られてその気持ちよさに目覚めたとか…!それで定期的に殴って欲しいとか、そういうアレな趣向に走る気では…!
「…俺、先輩と戦って、殴られて、負けて…、それでようやく気づいたんっす。そして目覚めた。」
やっぱりそっち系なんですかぁぁぁぁっ!?
「俺、格闘技、本格的にやろうと思います。」
……………………………へ?
「力だけじゃ勝てないことにようやく気付いた。…だから、技術を学んで、強さを手に入れたい。…護れる力を。」
「そ、そうですか!そうですよね!赤ろうそくとかボールギャグとかロープとか必要ありませんよね!!」
「へ?あ、あぁ、勿論要らないはず…でしょ?」
なにやら変な妄想でも働いたか?
妙に挙動不審な先輩に少し首を傾げながらも、決意を新たに前を歩こうと決めたレオン。
アイアンアスレチックスはあくまでも鍛錬の延長線に過ぎなかったが、この区切りがどう転ぶか解らない。
でも、自分で決めた一つの道。それを進む上で後悔しないように。