魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』 作:ロシアよ永遠に
早朝
朝靄が残り、肌寒さが身を刺すミッドチルダ。
住宅街から少し移動した場所にある公園の散歩コースを走るヴィヴィオと、それに伴ってクリスが浮遊する。
一重にこれは日課のランニングであり、この後は広場にて型の練習を行う予定だ。
だが正直、いつもより少し早い時間であることが違う点である。
理由としてはやはり昨日に行った、アインハルトとの手合わせの事なのだろう。趣味の遊びの範囲、そう括られた自分のストライクアーツ。再戦こそ約束できたが、それでも悔しさがない、と言うわけでもない。自分としても、その範疇ではないと自負できるほどに打ち込んできた。しかし彼女の技は、古代ベルカから引き継いだ記憶に裏打ちされたものであり、そして覇王の記憶を受け継ぐ物なのだとノーヴェから聞いたのも昨日の話だ。
背負っているものが違うのか。
だが、覇王の記憶を継いだからとは言え、このまま引き下がるのもヴィヴィオとしても嫌だ。全力で戦って、ぶつかって、自分の本気を彼女に知って欲しい。
その想いが、ヴィヴィオをいつもより早いトレーニングへと駆り立てた。
ランニングで程良く暖まった体。ウォームアップとしては充分。そして丁度辿り着いた運動広場。いつものトレーニングであっても、やはり早い時間帯であるからか誰もいないもの。今日も誰もいないだろうと踏んできたヴィヴィオであったが…
「あれ?…誰かいる…?」
先客がいた。朝靄の中でうっすらとシルエットが見える。その動きは拙く、ぎこちないながらも、ヴィヴィオのよく知る型にも似ていた。
ストライクアーツ
「誰だろう…?いってみようか?クリス。」
コクコクと頷く相棒と共に、一歩、また一歩と近付いていく。植えられた芝生の上で、スポーツシューズを踏み締め、渾身の蹴りを放つ。その流れで一呼吸し、引いた足と握りしめた右の拳でのストレート。端から見たヴィヴィオの目には動き自体に無駄は見えたが、その拳足の速さ。それには驚くべきものがある。アーツ自体は始めて間もないが、力その物は強いと感じるほどに。
そしてそれは、自分もよく知る人物であった。
「レオン、君?」
そこには自分と同じ、金の髪を振るって舞う、幼馴染みの少年。彼は普段、筋力トレーニングを重視して、大抵放課後に皆で型の練習をする。恐らくはヴィヴィオのようにストライクアーツを極めるために身体を鍛えるのではなく、その逆の理由で、身体を鍛えるためにストライクアーツをしているはずなのだ。それだけに、彼一人でのストライクアーツ鍛錬は、5年ほどの付き合いで初めて見るかも知れない。
先述の通り動きに無駄はあるが、しかしそれを補う筋力によって拳や蹴りが空を切る音が聞こえるほどに鋭い物だ。
これに技術が合わされば…。
ゴクリ、とヴィヴィオは固唾を飲み込んでしまう。
勿論、ストライクアーツの技術によって、力を技で制する事も出来る。それだけに技に力を加えるならば、きっと凄い選手になれるはず。
しかし、ストライクアーツをしようと誘いはしたが、
『筋トレの方が良い。力はパワー。パワーは力だ。』
などと、意味不明の理屈を捏ねていたが、彼なりの考えがあるのだろうと大人しく引き下がってはいた。事実として、鍛える上で喧嘩か何かのような、彼なりの戦い方を身に着けようとしていたのは知っていた。しかしヴィヴィオは、あーだこーだと言う内に、ストライクアーツや、スバルのシューティングアーツとの手合わせの他に、我流の喧嘩殺法を振るう彼の手合わせも頼み込んで相手をして貰った。その時の試合では、僅差で彼に軍配は上がったが、今ではストライクアーツ有段者のノーヴェから身体の鍛え方や、格闘技の基礎を共に学ぶ迄になっていた。
「…で?いつまでボーッと突っ立ってんの?」
「はわっ!?」
過去のイベントを回想し、思いに耽っていた所を彼の一声で現実に戻される。目の前にはいつの間にやらレオンがジィッとジト目で見ており、明らかに『妖しいヤツ』を見ているかのような眼差しだった。
「…なんかトリップしていたみたいだったけど、こんな朝早くに妄想は程々にしとけよ?」
「え?あ、うん。そうだね…って!妄想じゃないよ!」
「そうか?なんか少しだがニヤけてたけど?」
「え″!?嘘っ!?」
ストライクアーツを本気で学んだレオンの強さを想像して居たときなのか?そんなに顔に出ていたのか!?自分としても、そこまで悦に入るまで想像していたわけではないのに。
「なぁんて、冗談だっての。」
「はぇ?冗…談?」
「まぁどっちかというと、考え込んでたみたいだけど、なんかあったのか?」
「そ、それは…えっと…。」
まさか目の前の人物の将来について考えていた、などと言うわけにもいかない。が、
「まぁ大方、覇王先輩の事だろうな。昨日の今日だし。」
「へ?…あぁ、そうそう!そうなの!アインハルトさんとの試合が頭に残ってるのかな?いつもより早く目が覚めちゃったんだ。」
まぁ違う方向に話題が行ってよかった。あながち間違いでもないし、自分としても次こそは!という意気込みもある。そのやる気が自然と目を覚まさせたのだと自分に言い聞かせる。
「…まぁ確かに、昨日の試合を見るに、素人目の俺からしても覇王先輩は強い。…まぁ実際戦ってみたから、その強さは身を以て知ってる。ヴィヴィオの性格から、気にならないって言う選択肢はないだろうとも思ってたし。」
「だ、だよねぇ。ノーヴェにも聞きたいと思ってたんだけど、私、勝てるかなぁ…?…うぅん、勝てなくても良い。だけど全力でぶつかって、アインハルトさんに私が本気でストライクアーツを学んでいて、アインハルトさんをもっと知りたい、そう思っていることを伝えたい。」
いつの間にやら、アインハルトへの想いを吐露してしまった。強い彼女と戦い、そして自分の力が何処まで通ずるか、そして思いを伝えたい。ヴィヴィオの内にある、唯々純粋な気持ち。
「…ま、ヴィヴィオがそう思うなら、俺は何も言わんさ。実際戦うのは1週間後なんだろ?」
「うん、ノーヴェが場所は用意しとくって。」
「正直、1週間でヴィヴィオと覇王先輩の実力差を埋めるのは…まぁ無理かも知れない。…勝てる可能性としても…3割で良いところかも知れない。」
「だ、だよねぇ…。でも正面切って言われるのはちょっとショックかも…。」
スパッと下された彼我の実力差に、しょぼくれる他ない。それはまぁ…昨日の組み手でクリーンヒットしなかった点からも、嫌と言うほど思い知った。それでも面と向かって言われるのは中々に響く物がある。
「でもある程度、先輩の技に対策してたら少しは…。」
「それは駄目だよ。なんか…フェアじゃないって言うか…。」
「お前、変なところで騎士道精神なんだな。」
「変、かな?」
「いや…まぁ正々堂々戦いたいって言う意気込みは伝わったよ。…まぁ全力でぶつかれ。俺から言えるのはそれだけ。」
『お母様の全力全開との戦いの後に、お話。やはりこの流れは受け継ぐ物なのですね。』
二人と一体しか居ないはずのこの場に、機械的な音声が響いた。その正体を知らないヴィヴィオとクリスは、その発声源を探してきょろきょろと辺りを見回す。ヴィヴィオはともかくとして、クリスさん。デバイスなのにそれで良いのか。
『声はすれども姿は見えず。今も昔も、ステルスを究めたヤツが上を行くものです。』
「ブリュンヒルデ。お前、趣味悪いな。」
『ふふん、ヴィヴィオさんは良いオモチ…げふんげふん、遊び相手になりそうです。』
「そりゃまぁ確かに…オモチ…いや、遊び相手には持って来いだけどさ。」
「言い直してる意味があんまりないよ!?それ!って…レオン君、そのペンダント…。」
ようやく気付いたのか、レオンのジャージ、その胸元から飛び出ている緑のコアがチカチカと点滅しているのに目をやる。じっと、半開きの目で睨み付けられて、正直怖い。
『そんなに見つめられては照れてしまいます。ポッ…!』
「ポッ…じゃねぇよ。初対面の相手にアホ言ってないで自己紹介しろよ。」
『失礼しました。では…。
主である、レオン・如月の所有物でありますデバイス、ブリュンヒルデと申します。以後お見知りおきを。』
「あ、私は高町ヴィヴィオ。こっちはクリス。よろしくね。」
先ほどのジト目はどこへやら。にこやかに紹介するヴィヴィオと、紹介されてフヨフヨと浮きながら礼儀正しくお辞儀するクリス。…あぁ、デバイスのAIというのは設定が違うだけでこうも変わるのか、とレオンの心はクリスの育ちの良さが羨ましくなる。
『………。』
「なんだよ?急に黙りこくって。」
『いえ…自己紹介の時に、所有物、と言えば、皆がドン引きすると踏んでいたのですが…、これはなぜでしょう?普通に返されちゃいました。』
「…元のネタはわからんけど。まぁなんだ。俺としては…お前は所有物とは思ってない。」
『…と、言いますと?』
「バッカ…、言わせんな。お前は物じゃなくて、デバイスって言う相棒なんだよ。…物って言う概念じゃなくて、相棒っていう括りなんだから、そこんとこ覚えとけ。」
『…ふむ、なる程。』
あ…。と、レオンは明後日の方向を見ながら、発言した後に気付いてしまった。このデバイス…てかてかと点灯して、内心ニヤついているのが手に取るように分かってしまったからである。
『やはり主はツンデレさんですね。これで確信が持てました。いやいや、さっきの台詞のレコードは
「だぁっ!ちくしょう!何だってあんな事を…!消せっ!今すぐに!」
『だが断るっ!ヴィヴィオさんも、主はツンデレです!落とすには苦労しますねぇ~?』
「ふぇっ!?おおおおお落とすって!?」
混沌とした公園広場には、漫才をする主従コンビと、それに巻き込まれて顔を紅くする少女と、そして収拾が付かずにあたふたする兎の人形が、朝霧が晴れるまで居たという。
ちなみに、
所有物云々についての台詞は、
とある荒唐無稽な物語に登場する美少女の姿を取った最強の魔道書が、他者にお前は主の何なのだと尋ねられた際に発した台詞だ。主は成人男性。魔道書は製造されて幾百年と経ってはいるが、見た目は10代前半。そんな見た目のギャップによって、主である男性は、魔道書のワルノリもあり、社会的に抹殺され掛けた逸話がある。
しかし今回ブリュンヒルデが発した際に、いくら女性音声ではあれど、その見た目はペンダント。そしてレオンは11歳。いかなそのような凶悪な台詞を吐こうと条件が揃わないために、効果は余りなかったというわけである。
「うぅ…今日は朝から大変な目に遭ったよぅ…。」
「同感だ。…もちっと俺も口を固くした方が良いのか、これは…。」
朝早くから1日分の疲労を蓄積してしまった二人は、肩を落としてとぼとぼと歩いて行く。家に帰った二人は、片や母に、片や姉に、そのげっそりとした表情に驚いたのはまた別の話だ。
「…ブリュンヒルデ、頼むから学校で変なことは言うなよ?絶対言うなよ?」
『成る程、それはジャパニーズコメディアンの、所謂『振り』ですね?わかりました。ではクラスをトラブルに巻き込みましょう!どうにも主のクラスにはトラブルの匂いがします!トラブル大好き!』
「…あはは…レオン君、これから苦労しそうだね。」
「俺、将来が不安になってきた。」
少年の呟きは、少女を除いて届かない。明日辺りには体重が減っているかも知れない、そんな冗談とも取れない現実に戦慄を禁じ得ない。
『まぁ冗談は置いといて…、真面目な話し、私は主の勉学に横槍を入れるつもりは毛頭ありませんよ。これはブリュンヒルデという名において宣言します。』
「お、おう…。」
いきなり口調が真面目になり、レオンも若干気が引き締まる。
『無論、勉学の妨げとなる物を授業中に撤廃させる。その様な任務を姉上より賜っております。』
「ヒ、ヒカリさんから?」
『えぇ、もし授業中に居眠りしよう物なら電気ショックで起こす許可も出ております。』
「いぃっ!?」
『学生は学業が本分です。それをせずして通う意味がありましょうか?いやありません!』
「か、勘弁してくれ…!」
『学力の低下を見逃すわけには参りません。他にも授業中にマルチタスクで数式の解を求める特訓も…。』
別の意味で死ぬかも知れない…。なんで事勉強になるとこうスパルタになるんだ…。いくら姉の指示とはいえ、これはやばい…。
「…あ、成る程ね…。」
『ふふ…ヴィヴィオさんはこの意図に気付きましたか。』
「何となく、ね。まぁレオン君、もうすぐ試験なんだし、これもいい薬だよ?」
「ヴィヴィオ、お前もかぁぁ!!」
少年の叫びは誰に届くともなく、地獄の授業が始まった。
そして、
五年生のとある教室で、授業中に変なうめき声がたまに聞こえるとかなんとか、そんな奇怪な現象が学院内にて噂になった…らしい。
かくして放課後。
いつものようにトレーニングに揃って向かうために、校門で待ち合わせる四年生の3人。あとはレオンが来れば出立できる、という段階なのだが。校門を背もたれに待ちぼうけである。
「おにーさん、遅いね。」
「うん、掃除当番とかそう言うのではなかったみたいだし。」
「お、噂をすれば!おーい!」
心配していた矢先、リオが見付けて大手を振り、待っていたことをアピールする。
それに釣られて、コロナとヴィヴィオも校舎側へと視線を移す。確かに彼だ。若干下を向いてはいるが、地毛で派手なあの金髪は見間違えようがない。
「おにーさん、遅かったですね。」
「もしかして、また何か破壊したんですか?」
心配するコロナと対象的に、彼が引き起こすいつもの『アレ』関連だろうと勘ぐってからかいに走るリオ。しかし、件の彼は下を向いたまま何も答えない。
「レオン、君?」
いつもの彼とは違う雰囲気。さすがにこの中で一番付き合いの長いヴィヴィオも違和感を感じ、彼の顔を覗き込む。
瞬間、
文字通り目を見開いてギョッとした。
「魔力素を媒体とした術式構築………集束魔法における周辺魔力濃度に因果する効率………結界の展開とその硬度に対して破壊に必要な魔力……。」
虚ろな目をして、ブツブツと呪いの言葉でも紡いでいるのかと言わんばかりの負の念が滲み出ていた。しかも、数式の解とかなんとかブリュンヒルデは言っていたが、その設問は魔法関連の物へとシフトしているようだ。マルチタスクの鍛錬、とは言っていたが…。
『どうやら、いきなり10の数式の同時解答はやり過ぎでしたでしょうか?』
「10!?いきなりそれはやり過ぎ!頭がパンクしちゃう!?」
まず無難に2つから始めるのが普通だろうに、このデバイスはいろんな段階をすっ飛ばしていた。お陰で脳への負担がかかり、このような廃人にも似た症状になっているわけだ。
「拘束魔法における強度と、そのランク別による解析時間の算出……飛行魔法における速度と消費魔力の……。」
「れ、レオンく~ん!?」
『ふむ、仕方ありませんね。まぁ学業時間も終わったことですし、解除いたしましょう。皆さん、少し距離を。』
解除する術があるなら、早いところ済ませて欲しいのも本心であり、三人はレオンから距離を置く。
しばし間があり…
『じゅうまんボルト』
「あばばばば…!」
ギャグ漫画であれば、骨が透けて見えるのだろう。バリバリと流れる電流、否、ボルトだけに電圧によって意識を戻す、文字通りショック療法が目の前で敢行される。下手をすれば死人が出かねないのだが…。
「う……はっ…!?ここは…校門…?確か俺は…あれ?1時間目から記憶がないんだけど?」
身体を鍛えていた恩恵か、さも当然のようにケロッとしていた。
デバイスにもそうだが、この少年もなかなか人外染みている。そう思わざるを得ない3人の少女だった。