魔法少女リリカルなのはVivid『閃光の獅子』 作:ロシアよ永遠に
朝特有の肌寒い風は、少しずつその鳴りを潜め、暖かな物へと変わりゆく季節。4月も終盤を迎え、華々しく咲き誇っていた桜もその花びらを散らし、青々とした葉をその枝に彩り始める。それともなって、日が昇る時間帯も早くなり、早い時間から街を照らし始めていく。そして4月を終え、暫くすれば中間テスト。それを終えるとテスト休みと共に連休が待っている。だが、赤点を取ろうものならば、テスト休みは補修となり、連休日数が少なくなってしまう。それだけに、休みを少しでも多く取ろうとする学生は、昼夜問わず、テスト勉強に明け暮れているだろう期間。
日が昇り、暖かな陽射しが公園を照らす。身を刺すような寒さはなくなり、早朝の運動にはもってこいの気候だ。
ペットの散歩を行う者も
健康のためにジョギングを行う者も
皆がこぞって身体を動かす。
だが公園の池周囲に設けられた散歩コース、そこに備えられた落下防止用の柵に上っている彼にとっては、早朝の運動は日課であり、夏の暑い日も、冬の寒い日も、季節を問わず欠かさず行ってきたことだ。
「フゥ……」
白い鉄パイプのような金具を組み合わせて造られた柵の上で一息。靴底に面した部分は円状となっており、バランスを取るのが難しい。しかし逆を言えば、バランス感覚を培うのには最適であるとも言える。
一息吐き出し、目を閉じる。そしてゆっくり、ゆっくりと柵の上を歩いていく。目を閉じることでバランス感覚を失いかねないが、これも1つの鍛錬。両手を広げることで、バランス維持を手伝い、若干覚束なくも、それでも確実に一歩一歩前へ進んでいく。
空間認識と平衡感覚を活かし、開始してから一分ほどで、五メートルほど進めることが出来た。もちろん、彼にとってはどれくらい進んだかなど、自覚など出来る余裕もない。ただひたすらに、前へ前へと進んでいく。
そして…現在、後もう少しで10メートル…!
「おはようございます、レオンさん。」
「ふぉっ!?」
いきなり元気よく、しかも背後から声を掛けられたことで、レオンは妙な悲鳴をあげて飛び上がる。先程まで、平衡感覚と空間認識、さらには集中力を駆使して歩いていただけに、いきなりの大声で驚愕。そして飛び上がったことで柵から足を踏み外す。
「「あ………。」」
柵のこちら側ならまだしも、向こう側へとバランスを崩してしまい、まるでスローモーションのようにその高度を下げていくレオン。
先述の通り、彼が歩いていたのは池を囲う散歩コースに設けられた落下防止用の柵だ。つまり、散歩コースではない方に彼は今現在落下していると言うことになる。
よって…
ドポォン!!
「レオンさぁぁん!?」
大きな水飛沫と共に、彼は池の中へと姿を消した。
「へっくしっ!!!」
着込んでいたジャージと、髪の先端から水を滴らせて、盛大なクシャミを1つ。なんとか池から這い出てきたレオンは、案の定水浸しの状態だった。
「す、すいません!何の確認もなく声を掛けてしまって…。」
平謝りしているのは、アインハルトだ。まさか挨拶をしただけであそこまで盛大に驚いて、挙げ句に池にまでドボンするとは露とも知れなかった。だが、自身の挨拶が原因でこうなってしまったことに変わりないので、謝る以外に出来ないのだ。
「いや、いいっすよ。前なんか挨拶しなくたって自分でバランスを崩してハマってたし、慣れたもんだ。」
肩に掛けていたタオルを絞って池の水を落として、未だ滴り落ちる髪の水を拭いていく。あまり効果が無いかも知れないが、何もしないよりは幾分マシだ。服は流石に洗濯して干さないといけないので仕方ないが、少しでも身体を冷やす要因を減らしておかなければ、その分風邪を引く可能性の向上に繫がってしまう。
「ところで…覇王先輩は何時もここでランニングを?」
「いえ、何時もは違うコースなんですが、今日は…」
「おーい!アインハルトさーん!!」
アインハルトの後方から駆けてくるのは、レオンもよく知る少女であるヴィヴィオだ。ぴょこぴょこと括った髪を跳ねさせながら、大手を振って走ってくる。
「おはようございます!アインハルトさん!」
「お、おはようございます、ヴィヴィオさん。」
未だ、ヴィヴィオの元気に慣れていないのか、少し戸惑っている様子だ。今まで人と接することが少なかった反動によるものか、それとも単に性格の問題か…。
「…なる程。ヴィヴィオからのお誘い、と言うわけですか。」
「そ、そんな所です。」
「あれ?レオン君?何でびしょびしょなの?」
「…いつものアレでミスって落ちたの。」
「なる程。」
それで納得してしまえる辺り、日常的な物なのか。だが、この受け答えに異議を唱える声もあった。
「れ、レオンさん!そ、それは…」
「無問題!…俺としても、荒波立てたくないの。」
先日の襲撃に関してもそうだが、どうして彼はこうも庇うのだろうか。自身に非が有るわけでも無く、こちらに非があっても責めはせず。自己犠牲の精神だとでも言うのか。
「二人で何の話ですか?」
「いや、池に落ちたときに、覇王先輩が引き上げてくれてな。そのことで。」
これに関しては事実だ。目の前でドボンした彼を、アインハルトが放っておくハズもなく、鍛え上げたその筋力で、自身より少し重いレオンを片手で易々と持ち上げて引き上げた。だがその年に似合わぬ筋力には引き上げられた彼も驚いたのは記憶に新しい。
「すいませんアインハルトさん。ウチの幼馴染みがお世話になって。」
「い、いえ…」
「お前は俺のオカンか。」
「いいでしょー?別に。というかどっちかと言えば私が年下のお姉ちゃんみたいな物だし。」
「矛盾って言葉を知ってるか?」
罵りあっているようで、しかし悪意を感じさせないやりとり。決して仲が悪いわけでもなく、仲の睦まじい兄妹…いや姉弟なのだろうか?そうアインハルトの目には映る。
一人っ子である彼女にとっては、兄弟と言うものに憧れがないと言えば嘘になる。幼い頃から祖先の記憶と身体能力を受け継いだだけに、その哀しき願いを成就すべく、ひたすらに鍛錬に次ぐ鍛錬。両親も共働きで、不自由はしないものの、親の帰りを待つ彼女には、共に待つ兄弟もおらず、その寂しさを紛らわせるためにひたすら鍛錬の日々を過ごしてきた。だから目の前で行われるやり取りに、無意識ながらも羨望を抱いていた。
「っと、そうだ。私はアインハルトさんとこれからランニングなんだ。レオン君も一緒なら誘いたかったけど…、その格好だと、早いとこシャワーを浴びた方が良さそうだね。」
「…そうだな。一応、今日のリハビリ用の鍛錬は大方消化したし、そうしても問題ないか。」
「じゃあこれ。使ってもいいよ。」
そう言ってヴィヴィオが何をするのかと思えば、自身の肩に掛けていた汗拭き用のタオルを差し出してきたのだ。
「…お前、それを俺が使ったら、そっちはどうやって汗を拭くんだよ?」
「え?まぁ私よりもレオン君の方が早いところ拭いた方が良いでしょ?」
「そりゃそうだけど…」
「ほら、風邪引いたら大変なんだから!」
そう言って強引にタオルを手渡してくる。女の子らしい、華やかともいえる色合いのそれは、男子たるレオンには似つかわしくない物である。引き攣った表情でそれを見つめる彼に、ヴィヴィオは首をかしげる。
「?どうしたの?早く拭いたら良いのに…。」
「お、おう…追々…な。」
似つかわしくない、という物以外にも、レオンには躊躇う理由があった。
現在彼は11歳。
10代に差し掛かった男子は、所謂思春期や第二成長期と言う物に突入する、と言うのは皆ご存じだろう。それは身体的に成長期を迎え、男として、女としての身体を作り始めると言う物もあるが、精神的にも大人へと足を踏み入れ始める。それ即ち…
(これ…使ったら変態扱いだろ…)
女性を異性として意識し始めるということ。
昔ながらに知った間柄であれど、子供という一括りであったはずが、何時しか男と女という篩い分けがされる。
四年前から共に過ごし、成長してきたヴィヴィオであるが、思春期に差し掛かったレオンには、彼女の昔から変わらない接し方と言う物は、少々受け入れがたいものだ。それを口に出すわけにもいかないが為に、案にこうして拒むにも関わらず、押し付けてくるなど…。
「…わかった。じゃあ…ありがたく借りるよ。」
「ん!じゃあ私達は行くから、帰ったらちゃんとシャワーを浴びて着替えないとダメだからね!」
「だからお前は俺のオカンか!?」
「あはは!じゃ、アインハルトさん、行きましょうか!」
「は、はい!レオンさん、それでは失礼します。」
笑ってはぐらかすし駆け出すヴィヴィオと、丁寧に一礼して後に続くアインハルト。2人を見送りながら一人残されたレオンは溜息を1つ。
「…ハァ。とりあえず、帰るか。」
手に持ったタオルに向けようのない視線を泳がせながら、家路へ向かって走りだした。
その後、帰宅すると共に、朝食を用意していた姉にお小言を食らったのは言うまでも無い。
ヴィヴィオ達にとって、今年はある意味特別な年だ。
DSAA主催のインターミドルチャンピオンシップ。正式名称は
その出場年齢である、10~18歳という規定を満たすことが出来るようになった。
もうすぐ執り行われる地方選考会。そこで優秀選手であるスーパーノービスとして選出されれば、その上位大会である地区予選にシード枠などを獲得することが出来る。
今回そのインターミドルを1つの目標として練習を積み重ねてきたヴィヴィオ達。その最終的な仕上げの意味を込めて、試験休みにある計画を立てていた。
「じゃあルールー、今年もヨロシクね!」
『はいはーい、任されました~!最高のお持て成しを期待しててね~?』
「あはは…程々にお願いします。」
その日の夕方。試験を一週間後に控えたヴィヴィオ、その自室にて、彼女とディスプレイ越しに話す紫色の髪をした少女はルーテシア。カルナージにおいて、母親であるメガーヌと召喚獣と共に暮らす、ヴィヴィオの友人だ。数年前、なのは達と敵対しては居たが、構成プログラムを終えて、母親と共に保養目的でカルナージで暮らしている。出会った当初は物静かな印象を受けてはいたが、この数年間に何があったと言わんばかりに活発化しているのは、当時の彼女を知る人々が誰しも共通して思うことだ。
そしてそんな彼女の家で、数年前からこの時期に、知り合いと休みを合わせてのオフトレーニングを行っており、今回は改めてそれに対してのお願いを兼ねての通信だ。
なのだが…
「で?で?今年もヴィヴィオの想い人は来るの?」
「お、お、想い人って…?」
「モ・チ・ロ・ン、彼の事に決まってるじゃない♪」
「れ、レオン君の返事は…まだ聞いてない、ケド…。」
「あらあらぁ?別に何もレオンの事なんて一言も喋ってないけど?」
「る、ルールー!!」
カマを掛けられ、顔を真っ赤にして睨みつけるが、そんな反応を待っていたと言わんばかりに、画面越しにニヤニヤとルーテシアがしてやったりと笑みを浮かべている。
「ほんっとにわかりやすいわねヴィヴィオは。青春してるなぁ~。」
「そ、そんなんじゃないよぉ!れ、レオン君は…その…大事な弟みたいなもので…」
「ヴィヴィオ、矛盾て言葉、知ってるかしら?」
「同じ台詞を朝にも言われたような気がするんだけど…」
「まぁいつも来る人で返事がまだなのが如月さん家だけなのよね。一応宿泊先である私の方からどうなのかって尋ねるのもアレだし、そっちの方で聞いておいてくれない?」
「じゃあ今のうちに聞いておくから、ちょっと待っててね~。」
いつもならトレーニングとあって我先にと言わんばかりに出席表明を立てるのに、今回に限っては渋っているとでも言うのか。彼らしからぬ判断に首を傾げながら、クリスに通信先の変更を指示する。
「クリス、次、レオン君に繋いでくれる?」
コクコク、と頷いてしばし後、つぶらな瞳からまるで光子力ビームの如き光で、仮想ディスプレイを構築していく。初めて見たときにはギョッとした機能の一つだ。なのは曰く、レオンの両親も手を加えているらしく、恐らくその影響だろう。…主に夫の方の。何やら浪漫を追い求める彼に掛かれば、クリスの肘から先がロケット噴射で飛んだり、手の先がドリルに変形したり、モーフィング変形してドワォしたり…。そんな機能を付けかねない。眼からビーム、という機能
それはさておき、画面に映し出されるのは呼び出しを意味するCALLの文字。
1コール…
2コール…
一つ一つ重ねる毎に、少し緊張してしまう。
…おかしい。
今まで彼に通信するときに緊張なんてしなかったのに、どうしてこんなにも…。もしかして、さっきのルーテシアとのやり取りで変に意識しているのだろうか?
いや、そんなはずはない、ないのだ。
そう言い聞かせながらゴクリと固唾を呑み込むのと同時に、CALLの表記がTALKへと変わった。
『もすもすひねもす。』
「もすもす…えっと…モッコス?」
『何で疑問系なんだよ。』
「や、何となく。というか何なの?その挨拶。」
『今度試しになのは姉に言ってみろ。面白い反応があるかもな。』
あんまりネタで弄ると後が怖いのに、彼は無謀だ。いや、若い故の怖い物見たさ、なのだろうか。
『で?何かようか?』
「あ、うん。ほら、もうすぐここ数年恒例のカルナージの合宿でしょ?」
『ん~?あ、もうそんな時期なんだったな。』
案の定忘れていたようだ。カレンダーを見て、ようやく気付いている。
「もしかして合宿もだけど、テストのことも忘れていたりしないよね?」
『…………も、勿論!今もテスト勉強していて…』
「今の間が気になるけど…まぁそれは置いといて…」
テストのことを言われて若干声が上擦っていた。こう言うときの彼は、心象的に気まずい…それも大抵嘘を言っているときだ。…まぁ勉強に関しては、そろそろブリュンヒルデかヒカリから話を切り出されるだろうし、そちらはある程度問題ないだろう。
「それで…テスト休みを利用しての合宿でしょ?ルールーから、レオン君とヒカリさんからの返事がまだだって言ってたから、気になってたんだ。」
「あ、あ~…それな。それなんだけど…」
一緒に行くであろう、そう期待していた視線を向けていたヴィヴィオの目の前には、気まずそうに視線を外し、頬を掻く彼の姿。
一緒に合宿、ヴィヴィオの中で楽しみにしていたそれに、若干の陰りが生まれる。こう言うとき、大抵は嫌な予感という物は的中するもので…。
『悪ぃ。今回は予定が入っててさ。パスだって、ルールーに伝えといてくれ。』
「え………そ、そう、なんだ…。よ、用事があるなら…」
明らかに気落ちした声色になっている。
必死にそれをひた隠しにしようと、表情を明るく取り繕うが、到底誤魔化しきれない。
『ホント、ゴメンな。』
「あ、謝らなくても良いよぉ。こっちこそゴメンね?」
『あ!ヴィヴィオじゃない!こんばんは!』
『ちょっ…姉ちゃん!?』
話すレオンの横から、ひょっこりと顔を覗かせるヒカリ。ニコニコと愛想よく、小さく手を振っている。
「こ、こんばんはヒカリさん。」
『何々?何かの相談?』
「あ、いえ。今度の合宿についての出欠を…」
『…もしかしてレオン、欠席することを言ってなかったの?』
『う、うん。すっかり忘れてた、と言うか…。』
『全く、ダメだよ?沢山の人と行くんだから、しっかり連絡はしないと。』
「そう言えば、ヒカリさんも出欠を聞いてませんけど?」
『…。
……。
………。
そう、だったっけ?』
「あはは…やっぱり姉弟なんですね。ルールーから、如月さん家だけがまだだって言ってたから…。」
面目ない、と目の前で姉弟そろって項垂れる2人に苦笑が思わず浮かぶ。
『えと…ボクは出席で…お願いします。…と言うか、出欠表明の遅れを人任せにするのは良くないし、直接ボクの方からルーテシアに連絡するよ。』
「了解です。それじゃあレオン君、中断していたテスト勉強、頑張ってね?」
『バッ!?ちょっ!?ヴィヴィオ…!』
『え?レオン、テスト勉強?………普通にトレーニングしてたよね?』
『ひぃっ!?』
今まさに画面の向こう側で引き起こされる修羅場。目の当たりにする前にプツンと通信を落とす。
…切断寸前に、少年の断末魔にも似た悲鳴が拾われていたような気もするが、やはり気のせいだろう。
私は悪くない。テストや合宿の事を忘れていて、その言い訳に苦しい嘘をついた彼が悪い。
そう言い聞かせて、自身も机に向かい、今日の復習を始めた。
今年の合宿は…少し寂しくなるな。
そんな思いを抱えながら。