聖白蓮、良妻のすゝめ   作:ふぅん

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結婚初夜

 初春、麗らかな陽気と賑々しく咲き湧いた桜に人妖が足を止めるような日、命蓮寺本堂で白無垢を纏った聖白蓮は幾百年ぶりかというほど緊張していた。

 高僧妙連の姉、尼公として仏道に身を捧じ、八苦を超越して仏へ至った魔住職は左へ右へ視線をうろうろ。

 女として愛する相手と家庭を築く夢を抱いたことがないでもない。かつては執着を捨て修行に没心するため世俗の生き様を一切寄せ付けずいたこともある。

 しかして、修行の果てに至り着いた境涯にて捨てることが悟りでないと知り、齢×××にして聖白蓮娶られる。

 と、それだけならば超人は動揺しなかっただろう。

 聖白蓮が寺の鐘もさるやと高く心臓を動悸させ、足指を花嫁装束の下で握っては開いている理由は。

 

 隣で所在なさげにしている婿が十をもうすぐ過ぎようというばかりの男児であることだった。

 

 年を二乗して更に数倍も離れた年の差婚。そんなものが想像できるや否や。

 意気揚々と式を執り進めている毘沙門天代理の寅丸星と弟子の雲居一輪に何か抗弁すべきやと考えるもとうに時を逸し、参列者(ほとんどが人間ではない。そも花嫁が人間ではないのだが)も至極真面目に祝福している。

 よもや自分が受ける側になるとは思いもせず覚えた仏前婚儀(仏が仏前婚儀とはこれ如何に)の流れを完璧に行っていき、式が円満に終わった後に聖白蓮は火がついたかと見紛うほどに赤面した。

 

「やぁ、白蓮和尚。お日柄もよく、問題もなく。とても良い式でしたね。」

「本日は私たち夫婦の式を暖かく見守っていただき、真にありがとうございます。」

「えぇ。えぇ。大変可愛らしい婿を見つけられたようで心からお祝い申し上げます。」

 

 目が笑っていなかった。

 人里の寺子屋教師はのっぺりした笑みを浮かべ、ねっとりとした声音で祝福の言葉を送ると静かに去っていった。

 ちらと宴会をしている参列者の顔ぶれを見れば、大多数の宴会狙いの中に嫉みの視線やもっと冷ややかな視線をぶつけてくるものもいる。

 豊聡耳神子と射命丸文が近くに座っているという状況が非常に不安を煽ったが、今日という日が花婿の良い記憶になって欲しいという仏心から聖白蓮は紅を刺した唇をにこりと笑わせて佇むばかり。

 

「本日は私たち夫婦の式を暖かく見守っていただき、真にありがとうございます。」

「……………………ふむ、今日の所は良いでしょう。これからも夫婦仲睦まじく人生を共に過ごすように。それが二人の積める善行です。」

 

 澄ました顔で帰っていった閻魔は何を飲み込んだのか。知りたくもなかった。

 その後、紅魔館の主に“良い趣味”をしていると揶揄されるなど肩身の狭くなる場面はちらほらあったが、無事に式は終わった。

 終わって。

 最早覆しようもなく聖白蓮は妻となり。

 最早覆しようもなく聖白蓮の夫は男児である。

 命蓮寺の尼さん女房だの、童好きの聖人だの、肉食系菩薩だの、異名が増えることになるのは必然だった。

 しかし、そんなことより控える結婚初夜の方が目下最大の問題であり、弟子や命蓮寺に住んでいるものがこぞって外泊準備をこそこそと済ませていることに気付いた聖白蓮は頭を悩ませていた。

 

「(そもさん。引き止めてしまえばいいのでは?

  せっぱ。それでは二人になることを厭うようで夫が傷つくかも知れません。)」

 

 仏の自問自答である。

 楚々とした笑みを浮かべたまま婿を見れば緊張しているのか、耳まで赤面して地蔵と化している。

 じわぁと胸の奥から溢れてくる暖かい気持ちは愛か母性か。手を重ねて微笑みかけると驚いたように顔を上げた。

 

「大丈夫ですよ。力を抜いて下さい。」

「う、うん……。」

 

 お互い何を言えばいいのか。見つめ合ったまま口を閉ざしていれば生暖かい視線がぐさぐさと二人に注がれた。

 目をそらすことも何となしに憚れる気がしてぎこちなく笑いあったり初々しいことをしていると、酒が入って酔いが回った参列者が騒ぎ始めるのは必然か。

 

「接吻! 接吻!」

「夫婦の愛が見てみたい! あ、そーれ!」

「キスしろー!」

 

 酒に酔った連中がろくでもないというのは真理である。

 花婿は真っ赤になって俯き、花嫁は困ったように眉を八の字にして一言"あらあら"と呟いた。その内に寺子屋の教師や閻魔が腰を上げて弾幕ごっこに発展し、騒ぎはあらぬ方向へと逸れていく。

 変わらぬ幻想郷がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 その夜、昼とは打って変わって静かな母屋の閨で、同じ布団に入った聖白蓮と婿は隣に聞こえるのではないかという鼓動を鎮めようと躍起で眠気はまるで起きなかった。

 触れ合う腕の熱が気になり、お互いの気配が気になり、静かに忙しない。

 何とまだまだ未熟と恥じ入る聖白蓮は不意に襦袢の袖を引かれて心臓が飛び跳ねた。

 

「……どうしましたか?」

「あの……ごめんなさい……。こんな子供が相手じゃ嫌ですよね……。ごめんなさい。」

 

 恐れ、震える声に息が詰まった。

 誰より不安なのはこの子であっただろうにと、胸が痛む。小さな体を両腕でぐいと抱き締めると、聖白蓮は正直に話した。

 

「確かに困惑しています。結婚などすることはないと思っておりましたし、まさかその相手が九つの子供になるとも。」

 

 しゅんとした子供、今や夫となった彼の背中を撫でる。愛おしい小さな背中。

 

「しかし、後悔はしていません。これから良き妻であるよう修行しますから、貴方も良き夫へと成長していってください。」

「うん……。」

「嬉しかったですよ。貴方に好きだと言われた時、本当に。」

 

 きゅっと自分を抱き締める夫の温もりが、聖白蓮に思い出させた。愛される温もりを。

 

「……今日、白い着物の白蓮さん凄い綺麗で、びっくりして……もっと好きになりました……。」

「………………ぁ、あら……も、もう! もう!」

 

 カッカと燃え上がった聖白蓮は胸の奥から痺れるような激しい気持ちを抑えきれずに破顔する。

 ああ、これが愛なのかと思う聖白蓮が恋だと気付くのはいつになることか。

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