聖白蓮、良妻のすゝめ   作:ふぅん

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第一項「稗田阿求殿」

 人里の稗田屋敷が客間で聖白蓮と相対している稗田阿求は普段と逆の立場で談話しているためか、奇天烈な面持ちで茶を啜った。

 意欲に満ち満ちた瞳で"良妻のすゝめ"と題打たれた記帳を広げている聖白蓮の問に自身の考えを吟味してまとめあげる。

 

「結婚生活をより良くできる心得ですか。何故、最初に私へ?」

「阿求さんは先代当主の記憶を受け継いでいるとお聞きしました。結婚し、子をなしたからこそ、阿求さんまで代が繋がっているのですから、お聞きできることは多いかと。」

「先代の記憶は鮮明ではないのですけれどね。何にせよ、事情は心得ました。」

 

 稗田阿求は先代の記憶を掘り返した。

 御阿礼の子の一生は短く、結ばれた相手と過ごした記憶はそう多くない。輪廻を抜ける度に、出会い、先に逝く。

 

「強いて、言うならば。」

「はい。」

「ごまかさないことでしょうか。」

 

 白黄に明るい庭先へ視線を置いて瞼を半ば降ろした稗田阿求はそう主張すると左右の掌を合わせて指を絡めた。

 言葉に含められた真意まで吟味しようというように噛み締めた聖白蓮はそれは虚言を弄さないことかと問を重ねる。

 

「いいえ、ごまかすことと嘘を吐くことは必ずしも同意でないと解しています。」

「と、言うと?」

「自覚の問題です。嘘を吐く時、誰もが相手を騙し、永遠ないし長い時に渡って真実を塗り替えてしまおうとする意識を自覚するでしょう?

 しかし、その場限りごまかせばいいと適当に有耶無耶にする時はさして偽っている意識などないもの。それが積み重なって何かの拍子に崩れて身に降り掛かっても理解ができない。」

「なるほど。不理解を招いてしまうのですね。」

「嘘を吐いたことは当人が自分の非を理解して償うことが出来ます。一方で理解できずに非を突かれると人は反発せざるを得ませんから、不和の元になるものです。」

「深いお言葉です。」

 

 さらさらと記帳に話を書き写す聖白蓮の熱心な様を一瞥した稗田阿求は幾らかぬるくなった茶を啜る。

 

「(こんな話とうに過ぎ去った場所でしょうに、何を熱心な態度で。愛別離苦を捨て去った癖にそういう所が気味悪いんですよ。)」

 

 慎ましやかに悪態を吐いた稗田阿求は澄ました顔で鼻を鳴らすと薄い唇をへの字に曲げた。

 転生体が短命と言えどこれまで八代重ねて三百年弱生きてきた老獪な少女(しかも、善人とも悪人ともつかない)は正座を崩して机に体を預けると聖白蓮の有り姿に無遠慮な視線をぶつける。

 可憐な少女の見てくれにまるでそぐわないふてぶてしい目付きに眉を潜めた聖白蓮は筆を置いた。

 

「……何ですか?」

「子作りの予定はどの程度を見ているのですか? 幻想郷縁起を編纂する上で有力者の子孫についても知っておきたい所なのですが。」

「こっ、こづ!? まだそのような予定はありません!」

「まだ、ということはそのつもりはあるのですよね。ちなみに旦那様はもう種の方は。」

「たぁ!? 主人はまだ九つですよ!? その様なこと早いと!」

「いや、そんな幼児と結婚したのはあなたでしょうに。夜の営みも夫婦円満の鍵ですよ。」

 

 真面目な顔を取り繕い、左手で作った穴に右の人差し指を抜き差ししてみせた稗田阿求は今晩どうです、などと嘯いた。

 髪を逆立てて紅潮した聖白蓮はがたがたと机に足をぶつけながら立ち上がって記帳を引っ掴む。

 

「ホっ、本日は真にありがとうございました! 失礼致します!」

 

 ぶんと風を切る勢いで頭を下げた聖白蓮は縁側から大きく跳躍すると塀の向こうへと消えていった。

 幻想郷では珍しい爆音が凄まじい速さで離れていく中、稗田阿求はケタケタ笑って幻想郷縁起を持ち出しては聖白蓮の項を捲る。

 

「何百年生きてようと悟りの境地に至っていようと、生娘が"女"を超えるわきゃないのよ。」

 

 本日の暦・日付を記した横に大きく未通女と書き加え、筆を置いた御阿礼の子は自分もそろそろ婿取るかなどと一人零して冷めた茶をずずと啜った。

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