西暦2032年9月22日
今日は記念すべき旅の始まりの日である。この旅で得たこと、学んだことを忘れないために、手記として残すことにする。
この手記の序章として、まずは私がこの旅を思い立った経緯を書き記しておく。
この5年間で世界は大きく変わった。『開門』と呼ばれる出来事によって、『天界人』が住む『天界』と我々『地上人』が住む『地上』は繋がったのだ。
原因はいまだ不明、一番有力とされている仮説は「天界と地上の存在による空間圧迫の波長が同調し、そこに偶然天界に存在する魔力による干渉が起き、空間が同期したことによって世界は繋がってしまった」というものだ。
専門家で無い私には如何ほども理解が出来ないところであるが、未開の土地が開けたというのはとても素晴らしい事に思われた(各世界の上層部の人々は慌てているようであったが)。彼らの慌てふためき様とは逆に、探検家である私の心が大いにときめくのも致し方の無いことであった。
それから5年もの間互いの世界による調整が行われ、そしてついに今日。私は天界の地に降り立った。
私としては早く冒険に駆け出したかった。しかし地上と天界を結ぶ『転移ゲート』というのはどうも相当に体力を消耗する代物であるらしい。
また天界のゲートと地上のゲートでは半日分のズレがある。つまり地上のゲート付近で昼ならば、天界のゲート付近では夜である。私は地上時間で夜の9時にゲートを通ったので、天界の時間は朝の9時ごろである。
そんなわけで私は疲労感と眠気でいっぱいだった。このような体調で未知の地を歩こうと思えるほど私は素人探検家ではない。
どうせ一日目は冒険の準備も必要であると自分を納得させ、私は地上と唯一繋がる町『ミッドガルド』で宿をとることにした。
この町は、球ではなく円の形をしていると言われている天界において中心付近に立地しており、地上に繋がる土地であるということもあってかなり栄えている。
地上と繋がる土地であるが故に、背中に白い翼を持つ小柄な天界人と、彼らより少しだけ体格のいい地上人(もちろん天界人にも大柄な人はいるし、地上人にも貧相な体つきのものもいるが)が入り混じっているのが見て取れた。
地上にしかみられない物質や技術が流れ込み、一部は地上の建築物と見紛う程の施設も存在する。
しかし5年程度ではそこまで文明化は進んでおらず、大半は天界の町並みを残しており、この町を巡るだけでも私の好奇心をくすぐられた。
本日宿泊する宿にチェックインして荷物を置き、少し町を探検することにした。
天界の町はさながらRPGの一場面のようで、なんとなく既視感を覚えたのは私が地上のゲーム文化に染まっているからだろう。
まず私は、天界で使えるように手持ちの金のほとんどを換金し、手近にあった雑貨屋で旅の必要物資を調達した。
天界に来るにあたって、旅に必要な最低限の道具(すなわち寝袋やライター、ナイフといった類のもの)は地上から持ち込んでいる。よって私が新たに買い足したのは食料品、それも保存食の類だった。
天界の食料はさして地上のものとは変わらなかった(この町が地上との接点であるからかもしれないが)。多少変な形をしたものはあったが、地上世界の各地を旅した私には大した驚きも無かった。
買い物を終えた私がまたしばらく歩いていると、今度は剣の形が彫り込まれた看板を見つけた。
聞いた話によると天界には魔物が出るらしく、それに相対するために武器の類も一般に販売されているという。私も護身用に銃の一つでも持ち込もうかと思っていたのだが、天界と地上界の間に結ばれた条約によってそれは叶わなかった。
少しの興味と、護身に役立つものがあるといいなという願望に押され、私は試しに中に入ってみた。
「いらっしゃい、ゆっくり見ていってくれよ」
と、歳は40過ぎであろう男性が声をかけてくれた。小さいながらもがっちりとした体つきと、大きく立派な翼を持った彼に軽く会釈をし、店の中を見渡した。
店には剣、斧、槍など、様々な武器が所狭しと並べられていた。こういったものは現代では美術品や歴史的資料としてしか存在せず、実用性重視の現役であるそれらに思わず目移りしてしまった。
しかし私は生まれてこの方そのようなものを振るったことがなく、そうしたものを買っても金の無駄にしかならないし、邪魔になるだけだ。
が、ナイフ程度ならと思い一つ購入することにした。実を言うと、サバイバルナイフは使い古した物を持っているのだが、やはり天界の物というのが私に興味を抱かせた。つまるところ、衝動買いである。
ということでかなり値が張ったが、刀身が赤いナイフ(『サラマンドラ』というらしい。大方私のようにこの町に来た地上人を対象にした商品なのだろう、無駄に名前が仰々しいのはご愛敬か)を購入した。
ナイフの柄は握りやすいよう凸凹がついており、刀身は真っすぐ、鞘は天界製の物質『ミスリル銀』で出来ているらしい。
しかし、なんといっても最大の特徴は、握った親指の辺りにあるボタンを押すと、刀身から火が吹き出ることだ。
店主曰く、この刀身は炎の魔石でできているらしい。ボタンを押すことで極小の魔方陣を生み出し、炎の力を具現化することが出来る技術を用いたものだそうだ。
天界の住民には余計なボタンかもしれないが、魔力など扱えない(研究によると地上人にも魔力が備わっているらしいが、今までそんなものとは無縁の世界に生きてきた我々にとって、それを操ることは至難の業であるそうだ)私には大変ありがたいものである。ライター付ナイフを手に入れたようなものだ。
また、この炎の魔石は一定量の力を具現化するとそれ以上は力を発揮できない。ちょうどガスが切れたライターのように。その時は刀身を火に突っ込むことで炎の力を充填することが出来るらしい。まったく、便利なものだ。