特地
ゾルザル派掃討中の第四戦闘団に『韋駄天』の知らせが届いた。
幕僚「先ほど『韋駄天』が発令されました」
健軍「何!?……何かの間違えじゃないのか?」
幕僚はもう一度メモを見直しながら読み上げる。
幕僚「いいえ、間違いありません。状況『韋駄天』、退去準備命令です」
状況『韋駄天』……特地派遣部隊が特地に入る前、政府によって作られた緊急対処マニュアルに規定された事態の1つで、『門』に何らかの変化が見られたなど、日本と特地が絶たれる可能性が高くなった場合に発令され、全隊員は任務を放棄して可及的速やかに特地からの退去準備をすることになっていた。
これに続いて『脱兎』が発令されれば総員退去、つまり全隊員は日本に逃げ戻らなければならない。
倉田「団長!あと少しです。あと少しでゾルザルを!」
通訳として第四戦闘団にいる倉田が意見具申した。
健軍「状況『韋駄天』は『門』に何かが起こったことを意味する。グズグズしていると特地に取り残されて帰れなくなるかもしれん。すぐにアルヌスに戻らなきゃならんのだ」
倉田「でも、『脱兎』はまだ発令されてません。今すぐって訳じゃないんですよ!その間にイタリカに行ってゾルザルの首をとってしまえばいいんです!」
健軍「だが、『脱兎』が発令されてからでは間に合わん」
倉田「じゃあ、イタリカはどうなるんです?ピニャ殿下とか、騎士団の人達はどうなるんですか!?皆は、ペルシア達は俺たちが援軍に行くって信じてるから戦っているんでしょ!?」
倉田「他の世界の人達がどうなろうと知らないってことですか!?」
すると、「三曹、それは言わない方が」と声が聞こえた。
用賀二佐「団長が何も感じてないわけないって言ってるんだ」
健軍一佐がヴィフィータと付き合っているのは知られている。もちろん倉田も知っており、倉田もペルシアと付き合っていることから健軍に仲間意識を抱いていたのだ。
倉田「だったら、女を見捨てたりなんかしちゃ駄目でしょう!違いますか!?」
健軍「確かにお前の言う通りだ」
倉田「だったら!」
健軍「だが、それは私情だ。お前はここに残る覚悟を決めているかもしれんが、他はそうじゃない。お前や俺の為に他の隊員を巻き込むわけにはいかんのだ」
倉田「分かりました。なら俺だけでも行きます!行かせてください!」
倉田はそう言うと、降下しようとロープに手を伸ばしたが、隊員達から「馬鹿なことを言うな!」と押さえ込まれてしまった。
倉田「放せ!俺は残留希望を出しているんだぞ!ここに残ってもいいんだ!降ろしてくれ!」
健軍「…そいつを黙らせておけ」
パイロット「……いいんですか?」
健軍は尋ねてくるパイロットに先を急ぐように告げた。
永田町 首相官邸
閣僚「で、状況はどうなっている?」
緊急事態発生を受けて、首相官邸に召集された安全保障会議。
閣僚達はいったい何が起きているのかという説明を求めた。
「本日午前、銀座駐屯地周辺を進行していた国際NGO『銀座事件の外国人被害者への補償を求め、特地を解放する会』の参加者、およそ三千人の内の一部が暴徒化。トラックに襲いかかって積み荷を略奪し、これを検挙しようとする警官との乱闘騒ぎとなりました。騒動は国際NGO全体に波及し、投石やプラカードを武器として暴れました。国際NGOは銀座駐屯地を占拠して立て籠り、国際NGO側の要求は、『門』を国連常任理事国の共同管理下におくことに同意せよ、というものと、銀座事件の外国人被害者の補償を約束させることで、
それがない限り動かないと言っています。
また、我々が事態の解決に話し合いでなく強行手段を用いた場合、『門』を破壊すると言っています」
「銀座駐屯地を占拠!?素手の暴徒をどうして防げなかった!なぜドーム内まで侵入を許したんだ!」
「未確認ではありますが、暴徒の一部が自動小銃やロケット弾、爆発物などで武装していたと報告が入ってます」
「そういうことなら警官が対処できなかったのは仕方ないだろう…だが、自衛隊は違うはずだ。陸自は何をやっていた!」
「暴徒の全員が武装していた訳ではありません。当初は非武装だと思い込んでいました。そのため人海戦術で押しきられてしまったのが実情です」
「なるほど…ところで駐屯地内にいた職員や隊員達は無事ですか?」
「はい、ほとんどが特地側に逃げ込んで無事です。それと暴動に巻き込まれそうになって駐屯地に助けを求めてきた観光客達がいましたので、それらも保護したという報告が来ています。ドームを閉じ損ねたのもそれが原因だということです」
「その観光客達は大丈夫なんですか?」
「はい。怪我はないようです。ですが、その連絡中に特地派遣部隊との連絡が途絶えてしまったので、詳しいことについては確認できていません」
「それはどういう意味ですか?」
「どうやら回線ケーブルが切断されたようです。全ての通信手段が使えなくなってしまいました」
「どうして連中はそんなことを!?」
「今回の騒ぎは単なる国際NGOの暴走とはとらえない方がいいと思います。一部ではありますが、統制がとれていました。まるで軍隊だと現場から報告も入っています。おそらく最初から計画されたものだったのでしょう」
「連中は最初から特地派遣部隊、二万六千人を人質にとることが目的でこんなことをしたという訳かね?」
「そう見るのが自然です」
「まずいことになりました」
「何がまずいんですか?」
「実は特地派遣部隊のマニュアルでは『門』に変化が起きたり、日本との連絡が絶たれたりすと隊員達に引き揚げの準備命令が出されることになっているんです。現在はそれに当たります」
「…『韋駄天』か、今は作戦の大詰め段階だったんじゃないのか!?」
話を聞いていた嘉納が机を叩いた。
嘉納「状況を確認しよう。銀座駐屯地は暴徒によって占拠されている、そうだな?」
「はい。駐屯地の回りは座り込みのせいで近づけない状態です」
嘉納「そして『門』からこちら側は連中に占拠されている。ただし、隊員が問答無用で銃をぶっ放す『門』の向こう側…特地には立ち入ってない」
「暴徒の正体は分かるか?」
「デモ参加者の多くが中国人です。その他にも韓国、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、オーストラリア、オランダ等が混ざっています」
「他にも留学生などですね。それとは別に、ここ数日 観光ツアーなどと称して中国人グループが入国しており、厳つい体格の男性ばかりで、それが今回の中心だと思われます」
「中国政府の反応は?」
「現在、森田総理が問いただしているところです」
嘉納「『門』を国連の下に…さもなきゃ『門』をぶっ壊すか。そんな簡単に壊せるものなのか?」
「『門』は石と石が押し合ってバランスを保っているようなものですからね…車などで突っ込まれたら」
嘉納「特地派遣部隊は異世界の漂流者になるわけか」
「欧米は『門』を閉じることに賛成してくれていたはずだ!」
「自国の利益に無関心な国はありませんからね。中国の動きによって日本に少しでも隙が出来るなら、そこを突いてくるのは当然でしょう」
嘉納「『門』から得られる莫大な利益、それが各国の目的だ。なら、俺は『門』を破壊されてもいいんじゃないかって考えるぜ。『門』がなくなっちまえば暴動も収まるしな」
閣僚達は一斉に声をあげた。
「乱暴だぞ、嘉納さん!」
「約三万人の自衛官と装備をどうするつもりだ!」
嘉納「装備に関しちゃあ、更新中の六四式等、中古ばかりなんだ。失ったところでさして痛くねぇだろ?それにな、『門』は閉じることになってたんだ。特地に残留する隊員が三万人になっちまうがな。別に永遠に失うって訳じゃない。帰ってくるのに手間はかかるが、いずれは戻って来れるのはガチだ。レレイ嬢がいるからな」
森田「いいえ、そうもいかなくなりました」
森田総理が中国との会談を終え、会議室に入ってきた。
嘉納「森田さん、いったい何があった?」
森田「中国側からレレイ嬢、そしてテュカ嬢の身柄にまつわる示唆がありました。…彼女達は中国に確保されている可能性があります」
嘉納「何だって!?」
レレイがいなければ三万人の隊員達は戻って来れないのだ。
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