渡る世間はヤンデレばかり   作:トクサン

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俺の彼女は
俺の彼女は嫉妬深い


 

 俺の彼女は嫉妬深い。

 

 彼女と付き合い始めたのは何時だったか、小学校三年生位だったと思う。特別これと言った特徴の無い出会い方で、母方同士が幼馴染で家も近く、その子どもである俺達もそれなりに小さい頃から面識があって、気付けばいつの間にか隣に居るのが普通になっていたという馴れ初めだ。

 その時はまだ恋人と言うよりも「兄妹」と言った方が良かったかもしれない。歳も同じだし、どっちが兄でどっちが姉だとかそういう部分は酷く曖昧だが、結局は好意と呼ぶ感情ならば家族愛と言うべきものだったのだ。

 告白してきたのは彼女の方から、今でも覚えているその一言は「私のお婿さんにしてあげる!」だ。

 最初は面食らった、と言うかこのセリフを突きつけられて驚かない男は居ないに違いない。当時の俺はそれなりに普通な少年だったと思う、思考も態度も趣味趣向もそこいらに居る活発な少年。故に惚れた腫れたと言う類の事に関して何ら興味を抱いていなかった、だからこそ彼女の発言に対して「突然何言ってんだコイツ」的な思考をしてしまった訳だが。十歳そこらの少年に恋を理解しろと言う方が無謀だとは思うが。

 兎も角、その言葉に対して俺は「是」と答えた。理由は「何となく」

 そもそも当時の俺に明確な行動理由などある筈も無く、強いて言うなら面白そうか否か程度のモノである。要は頭空っぽにして生きていたのだ。

 

 今思えばこれが致命的なミスであったのかもしれない。

 

 翌日から彼女は俺に引っ付く様になった。というか、以前もある程度近くには居たのだが、もう離さないと言わんばかりに腕に引っ付き俺を拘束するのだ。一体何をしているんだと思いつつも、予想以上の力に引き剥がす事も出来ない。というか彼女が引っ付いている為クラスメイトからは冷やかされるわ、休み時間に遊びに行けないわで、子ども心にこれは「面白く無い事」だと思ったのを覚えている。

 故に当然の帰結として俺は彼女に向かって「昨日の話は無かった事にして」と言い放った。とどの詰まり、彼女の告白を受けなかった事にしようと思ったのだ。

 それを告げた放課後、彼女は薄暗くなった教室で俯きながら、こくんと一つ頷いた。

 これで自由だと、意気揚々と家に帰ったのを覚えている。

 そしてそれを後悔したのは次の日、彼女を冷やかしたクラスメイトが事故にあったと聞いた時だ。皆がその話題でひそひそと語り合っている中、机に座ってぼうっとしている彼女を見た。そしてその瞳がすっと俺を捉え、ゆっくりと笑ったのだ。俺は確信した、彼女が事故の原因だって。

 だがそれを此処で叫んだとしても、一体何になるのだろうかと。少なくともニ三言話しただけの存在と昔からの馴染みである彼女を天秤に掛ければ、彼女の方に傾くのは当然だ。だから俺は口を噤み、何故こんな事をしたのかと問い詰めようと思った。

 

― 今考えるのならば、彼女はあの時クラスメイトから冷やかされたから告白を無かった事にされたのだと思ったのかもしれない。

 

「だって優君が振り向いてくれないんだもの」

 彼女はそう言って悪びれもせずに笑った、一応人並みの倫理観やら道徳は備えていた俺だ、そんな彼女が歪に映ってしまったのも仕方ないと言えば仕方ないだろう。誰も無い放課後の教室で笑う彼女は続けて言う。「婿さんになってくれないなら、邪魔な人をもっと消す」と。夕焼けをバックに影を抱える彼女は、その瞳の光だけが不気味に輝いていた。その姿を見て俺は、「魔王みたいだ」なんて思った。

 その日から俺は、彼女の彼氏となった。

 

 中学校に入ってからはある程度、何というか「彼女の扱い」と言うモノが分かってきた。他の女子と話さず、彼女だけを見て、彼女を優先し、それとなく彼女に頼る。そうすれば彼女は良き友であり、良き隣人であり、良き恋人である。一度(ひとたび)それを破れば鬼神も隠れる魔王が如き面を見せるが、厳守さえすれば何ともない。そう理解して日々を生きていたのだが。

 

 中学生になると成長期の為、小学校からは考えられぬ程成長する。声が変わり背が変わり、顔つきすら変わって来る。小学校の頃はやんちゃな坊主だった俺だが、その頃になると落ち着いた雰囲気を纏う様になった。

 小さかった体は一年と少し経てば百八十を超え、女子と間違われる程に高かった声は低く、幼い童顔は凛々しも男らしい顔へ。中学三年になる頃には、久しく逢う親族に「誰?」と言われる程度には変わった。

 

 そしてそれは、予想外の(わざわい)を呼び寄せる。

 

「あの、優君‥‥これ」

 世はバレンタインデー、世界中の男女がチョコレートをやり取りする中で俺は「今年も彼女と母からの二つだな」と高を括っていた訳だが、学校の昼休み、廊下を歩いていると同級生の女の子から包み紙を渡された。

「? あぁ、ええっと、何これ」

 俺はそれを受け取りつつ疑問符を浮かべる、綺麗にラッピングされたそれは授業用プリントでも無く、本気で理解出来かねている俺に対し彼女は「ほ、本命だから」とだけ言って踵を返した。

 本命。

 その言葉を聞いて漸く俺はそれが俺に対してのバレンタインデーのチョコだと気付いた。中を見ればご丁寧にも手紙が同封されている、なんと言う事だろう苦節数年余り、よもや彼女と母親以外の人からチョコを貰おうとは。

 柄にもなく感傷に浸って、何となしに男の喜びを噛みしめていたが、俺は程なくそれを後悔する事となる。

 その女子生徒とのやり取りを他の生徒が見て居たのだ、そして後から聞いた話ではあるが「俺はモテていた」

 というのも、彼女が常に俺の傍に待機し教室に戻ればすぐに隣を独占、他の女子生徒を近づけず「優は私の彼氏」と常日頃言っていたのだ。だからモテると言った所で誰もアタックしないし、素直に好意を見せる事はしない。だが何と言うか、自分で言うのもアレだが、俺はそれを加味しても魅力的な人物だったらしい。

 成績優秀、容姿は良し、性格は寡黙で気配りが出来る、スポーツも無難に熟す、自分ではそんなつもりは無いが、周囲から見た俺の評価はそんなものだった。

 結果、最初に俺にアタックした女子生徒を皮切りに次々と俺の元にチョコレートが舞い降りる事となる。一個だけなら何とかなっただろう、それは俺も一つだけのチョコレートなら隠す自信があったから感傷になど浸っていれたのだ。だが数が増えればどうか、廊下を歩く度に呼び止められ下駄箱に溢れるほどのチョコレート、最終的にはコレは彼女の罠なのではないかとすら疑い始めた。そして帰宅時、既に教材全てを机に突っ込んだとしても尚収まり切らない量のチョコレートを詰め、更には紙袋にも十数個の煌びやかな箱群が。それを隠すなど無理があるだろう、物理的に。

 勿論それは彼女に見られる訳で、そうなれば彼女の機嫌はみるみる悪くなる訳で。

 

 その日俺は、自らの貞操を散らす覚悟を決めた。

 

 翌日、そこには妙に肌の艶が良い彼女と若干やつれた俺の姿があった。何があったのかは記憶も朧気だ、ただ彼女を部屋に招いた後にシャツを脱ぎ捨て「俺と、シて欲しい」と上目遣いにねだった所までは覚えている。それから彼女の表情がみるみる高揚し獣の如く怪力に押し倒され‥‥‥そこからはあやふやだ、良く覚えていない。何か途轍もなく恍惚とした表情を浮かべ、自分の上で腰を振るかの‥‥うっ、頭が。

 兎に角気付いた時にはつやつやの彼女が隣で寝息を立てており、その日程両親が出張で居ないことを助かったと思った日は無い。軽薄な男と罵りたくば罵るが良い。彼女が暴走すれば割を食うのは俺だ、ならば体で繋ぎ止めて何が悪い。取り敢えずそれくらいには俺も彼女を想っているのだ。別に彼女が何をしでかすか怖いからでは無い、いや本当に。

 さて、晴れて身も心も結ばれた俺達ではあるが、高校に進学してからは更に大変な事となる。中学の頃は緩やかな曲線を描いてモテていた俺だが、高校では既にマックス状態からのスタートだった。どこぞの漫画やアニメの主人公は人の好意に鈍感な奴が多いが、俺はそんな高等テクを持ち合わせて居ない。いや別に俺が主人公と言う訳では無いのだけれど。

 つまり人並みには俺も向けられる好意と言う奴に敏感だったのだ、または人伝に「誰々がお前の事好きらしいぜ」と何とまぁ青春を謳歌していた訳で、そんな事が一年生開始時から繰り広げられた。幸いなのか不幸なのか、中学校で開花した俺の才能は高校で進化した。これ以上は無いと信じたい。

 よく漫画や小説、アニメで「俺は普通の高校生だ」と言う奴がいるがそういう奴は大抵普通じゃないし、普通だとして後々から普通じゃなくなる。つまりあの言葉は嘘と言う訳だ。だから俺は最初から宣言しておこうと思う、多分俺は普通じゃない、こう言っておけば後々普通に戻れると信じている。戻れない? いや、諦めんなよ。

 兎に角高校は日々が戦争だった、隙あらば彼女から俺を奪おうとする肉食系女性、何だかんだで接点を持とうとする草食系女子、先輩、同級生、二年に上がってからは後輩もアピールして来た。日々彼女と俺に好意を持つ女性の板挟みにあっていた俺は、ある日ふと気付く。

 主人公たちが何故女性の好意に鈍感なのか、それは多分そうしないと精神が壊れるからだ。常人がコレをやると胃に穴が空く、というか今空きかけている、羨ましいと思うなら変わってみろ、日々が選択の強制だ。

 下駄箱には週に一度、二度、恋文が入っており発見次第瞬時に隠す反射神経と行動力を求められる。見つかれば無言の圧力と万力でぐしゃり、彼女が手紙を握り潰し次いで俺の手も握り潰す。恋文を見た瞬間、懐に瞬時に隠すスキルを俺は高校二年間で完全なモノとした。今では「え、何今の、残像?」と友人に言われる程度には素早く隠せる、それを目で捉えられる彼女は一体何者なのだろうか。

 下駄箱をクリアしてもまだ油断は出来ない、魔物は何処にでも潜んでいる。登校してから机に座る瞬間だ、教材をそのまま入れてはいけない。まず初めに机の中に手を入れるんだ、すると何か紙のざらついた感触。

そう、また恋文だ。

 第二の関門、悲しい事に恋文は至る所に隠される。下駄箱、ロッカー、机、鞄、室内シューズ入れ‥‥‥俺が利用するタイミングを見計らってそれらの策は発動する。一度それを目撃されれば彼女の機嫌はみるみる悪くなり、放課後の家で俺は貪り食われる事になる。

 それらのトラップを回避してひと段落、取り敢えず今日のトラップは解除し終えたと一安心‥‥してはいけない。寧ろここからが本番と言って良い。この学校の全校生徒は約千人に上るマンモス校だ、更に悪い事にその9割は女子生徒で構成されている。元々が女子高であった為に男子生徒が少ないのだ、クラスも女子40人男子3人とかもザラにある。

 当初彼女はこの学校に入学する事を反対していたが、都内でもそれなりに名の通った学校であり優秀な生徒には学費免除の制度もある。学費が免除されれば親から送られる仕送りを自分の好きなように使う事も出来る、などと言うとても不純な動機と単に家がある程度近いからと言う理由でこの学校を選んだ。勿論彼女にもある事無い事ペラペラと喋り言いくるめた、その際に翌日足腰が立たなくなるほどシたのは内緒だ。

 その女子生徒の割合が高い為、人的トラップもこれまた多いのだ。廊下の曲がり角、屋上、校舎裏、体育倉庫、何でも良い。そういった場所で見知らぬ女子生徒、或はある程度交友のある女子生徒が顔を赤くしながらこちらをじっと見つめてきた時は要注意。ダッシュで逃げるか彼女が周囲に居ないことを素早く確認しなければならない。怠れば翌日の学校は欠席だ。そしてもし近くに彼女がいれば。

「ふぅん‥‥」

 死角から此方を除く二つの瞳、その絶対零度の冷たさを誇る眼光に射抜かれれば、たちまち背筋が凍ってしまう。指がミシミシと壁に食い込みそうな程力強く躍動し、それが自分に向かうのだと理解してまえば感動に咽び泣きそうになる。それを理解しない目の前の女子生徒は彼女が居る事になど気付かず決定的な言葉を俺に吐き出し。

「す、好きです、どうか私と付き合って貰えませんか‥‥?」

 ショートボブの似合う女子生徒、水泳部と言う引き締まった肉体を持ちスレンダーな見た目を誇る女子生徒は上目遣い&潤んだ瞳コンボで俺の精神力をガンガン削る。同時に彼女の視線が一層強くなる、強いて言うなら俺は悪くない。

「わたしの‥‥私の優にッ‥‥」

 途轍もない怨念の籠った言葉が俺の鼓膜を打ち、頭の中で「どうしよう」がリフレイン。そしてその怨念が目の前の女子生徒に行く前に、目線で注意を促す。俺の目をじっと見つめる女子生徒は俺の眼球が忙しなく一ヵ所を行ったり来たりする事で異変に気付く、即ちその合図は彼女がこの場に居ると言う事で。既に彼女との修羅場を経験した告白経験者がその合図を広めてくれた。

「ごめんね」

 その言葉が合図となり、目の前の女性生徒は少しだけ顔色を悪くしながら走り出す。その表情は名残惜しそうなものだった。

「待ちなさい、このッ、雌猫‥‥ッ!?」

「やぁ奇遇だね、てっきり教室で待っててくれているものだと思ってたけど!」

 飛び出そうとした彼女の前に体を割り込ませて進路を塞ぐ、既に慣れたもので彼女に告白の現場を見られるのはこれで二十八‥‥いや三十だっけ。目の前で俺を睨めつけながら後ろを走り去る女子生徒に恨めしい視線を送った彼女は、息を荒く吐き出しながら言った。

「‥‥退いて優、アイツ殺せない」

「いや殺しちゃダメでしょ」

「でも、アイツ優を私から‥‥ッ!」

 最近ではあまりにも俺に言いよる女子が多く彼女もストレスが溜まってきている、正直野放しにしたら本当に殺しかねないと思っている。実際俺を見る目は充血しているし、彼女の上着をひっくり返せば色々と出て来ちゃいけないモノが出て来そうで怖い。刃物とか。

「殺したら俺達、暫く会えなくなるよ? それは俺、嫌だな」

 俯きながら背の低い彼女を見降ろす、ただ僅かに眉は下がり目が潤む。彼女曰く「捨てられた子犬の様な表情」、もう何度繰り返したかも覚えて居ない芸の一つだ。どうにも彼女は俺のこの表情に弱いらしい、彼女は俺の表情をみるや否や「っ‥‥」と唇を固く結んで俯く。その間も俺の表情は崩れない、これで退いてくれ、じゃないともうお手上げだ。

「‥‥‥分かった」

 そう言って顔を上げた彼女は、僅かにむくれた頬を隠しもせずに言う。おぉ神よ、私の祈りが届いたか。取り敢えずは安堵、彼女は約束を破らない人間である事を俺は知っている。だからこそ、彼女が肯と言った言葉に口は挟まない。「ありがとう」と言いつつ満面の笑み、此処まではテンプレート。

後はそう、地獄の沙汰を待つだけだ。

「‥‥今日は寝かさない」

 まぁだろうと思ってました。

 表情には出さずに胸中で溜息を一つ、これは明日も欠席だなぁと思いつつ欠席日数大丈夫かなぁ何て頭の片隅で思った。

 

こんな生活を三百六十五日×3セット繰り返し。

 

え、学校休みの日は大丈夫だろうって?

休日こそ彼女が俺の傍を離れる筈が無い、寧ろ学校の時間よりもべったり隣に引っ付いている。トイレと風呂‥‥いや、最近は風呂も段々と怪しくなってきた、入っていると素知らぬ顔で乱入して来るし。兎に角一人の時間が無い、酷くなったらトイレにまで付いて来られるようになるのだろうか、考えたくはないが。そして最終的にはいつも二人一緒、なにそれ怖い。

告白してくる女子生徒と彼女の板挟みにあいつつ学業に勤しみ、早三年。高校を卒業し大学進学へ、そして此処で運命の分かれ道が現れた。

 

つまりはそう、彼女との別れである。

 

別に交際を解消したとかそういう訳では無い、進学先の不一致である。彼女と俺は同じ大学(半強制)を受験し、両方とも受かっていた。これで四年間は一緒だねと言って笑った彼女の顔は忘れられない、その時は満面の笑みで「そうだね」と受け流したが良く考えれば十中八九「同棲」する事になる訳で。

俺卒業するまで生きてるかな? とか真剣に考えた位にはヤバかった。

そこで俺は一手打つ事に決めた。

そう、大学をもう一つ受けたのである。

 地元から大分離れたF県F市、その国立大学。地方の片隅にある寂れた大学、そこに態々足を運び受験をして来た。この為だけに彼女の両親に協力を取り付け、俺の両親に頭を下げ、その他様々な策を弄して来たのである。彼女は俺がその大学に合格した事、そもそも受験した事すら知らない。これも両親が協力してくれたお陰だろう、バレてしまえば是が非でも彼女と同じ大学に進む事になる。

 彼女に恨みは無い、無いが不満はある。

 束縛結構、拘束結構、嫉妬結構、だが限度を知ってくれ限度を。俺は生まれてこの方十八年碌な自由を味わっていないのだ。この世に生まれ落ちてから幼馴染として育ってきた、その間彼女の顔を見なかった日など一日も無い。だからこそ憧れてしまうのだ、たった一人の空間で何もかも自由と言う環境に。

 これはたった一度のチャンス、彼女と言う檻から逃げ出す千載一遇の機会なのだ。

 

 と、その時の俺はそう思っていた。

いや、実際そうだったのだろう。あの時のチャンスを逃せば未だ俺は彼女と共に寄り添い、同棲し、仲睦まじく暮らしていたに違いない。第三者から見たらだが。

そして卒業式を終え、悠々と春休みを満喫しつつ引越しの準備。彼女の両親からは「優君と隣同士の部屋を借りたよ!」と言われ、それを疑いもしない。どうせ引っ越しが終わったら片方の部屋は倉庫にでもなるのだろう、何だかんだ言って入り浸るに違いない。

俺は最大限の注意を払い、何でも無い様子を装いつつ着実に計画を進めていた。既に地方の大学周辺の一室を借りている、後は引っ越せば彼女とはオサラバだ。どの大学に進学したかも悟られない様部屋の処理は完璧。向こうの両親にはそもそも進学先を教えて居ないし、俺の両親には絶対漏らさない様言ってある。後はパンフレットや資料で場所が露見してしまう可能性だが、それらは既にシュレッダーによって細きれになってしまっていた。後はこれを纏めてごみの日に出してしまえば完璧。

因みにそれを持ってゴミ出しに行こうとしたら「なんか、今日はごみが多いね?」と言われて冷汗を掻いたのは内緒。

 

そして出立の日。

早朝五時、彼女は毎朝七時~八時の間に俺を起こしに来る。早朝の町は静かで人っ子一人居ない、僅かに冷える春先の朝は空気が澄んでいた。二時間以上早い時間に俺は起きた、これなら彼女と鉢合わせないだろう‥‥。

 

 

何て高を括るのは三流以下だ。

 

 

彼女の超感覚を舐めてはいけない、彼女達病んだ女性には対象をどこまでも追尾するための第六感(シックスセンス)が存在する。故に「これなら大丈夫だろう」何て甘い考えで臨むのは愚の骨頂。彼女達を欺くにはそれ相応の準備と想定が必要なのだ。

俺の恰好はジャージ姿に運動していても外れないイヤホン、iPod、ランニングシューズに肩掛けのごく小さなバッグ。

どこからどう見ても普通に早朝ランニングする恰好である。これでもし彼女が来て「どこ行くの‥‥?」と設問されても「ちょっとランニング!」と白い歯を見せて疾走する事が出来る。なんという事だろう、一部の隙も無い。

これぞ正しく完璧な作戦、非の打ち所がない‥‥。

 

 

何て思っている奴は二流以下だ。

 

 

成程、早朝ランニング。それならば分かる、怪しまれる事は無いだろう。

だが普段彼女に起こされるまで惰眠を貪り体を動かすなど滅多にしない人間が、突然朝早く起きて「ランニング行ってくる!」など言って走り出しても疑うだろう。俺は疑う。彼女はきっと疑うだろう、確信がある。

だからこそ俺は予め二週間ほど前から早起きし、朝五時に起床してランニングをしていたのだ。そう、つまりは早朝ランニングを日課とすることで違和感を払拭した。例えここで彼女が出てきても「あ、今日もランニングか」程度にしか思わない。いつも通り一時間程してから帰宅する事を疑わないだろう。家の前で準備体操をしながら「うーん、今日は天気が良いなぁ、こんな日は少し遠くまで行こうかなぁ」なんて言ってしまえばもう完璧。多少遅くなっても「今日は遠くに行くって言ってたしなぁ」と自己解釈してしまう。

完璧、無敵、最強。

これこそ全てを超越した神なる計画‥‥‥。

 

 

と思っている馬鹿野郎が居たならソイツは一流では無い。

 

 

予防線を張り違和感を消し更に追及出来ない恰好をする。素晴らしい、ここまで予測した事に自画自賛する。だが、だがしかし。彼女達はそれすらも凌駕する可能性があるのだ。

例えば、そう例えばだが。

全てが上手く行き、そのまま駅に到着するとしよう。そして切符でホームに入り車両を待っている間、背後から。

「ねぇ」

という彼女の声。

「何か嫌な予感がしたの、だから来てみたんだけど、ねぇ‥‥何で優が此処に居るの?」

はい、BAD END確定です。

彼女は「何か良く分からない感覚」を覚え、「何となく」早起きし、「何となく」家を出て、「何となく」駅のホームで待っていた。結果そこに俺が来ると言う、ある意味人外染みた力で俺を追跡して来る。

 

かもしれない。

 

そう、かもしれないだ。

此処まで俺は考えた、考え過ぎ? 彼女達を相手に考え過ぎなど無い、考えて考えて考えて更に考えた計画を「何となく」で潰す彼女達相手に幾ら策を弄した所で安心等と言う言葉とは縁遠いのだ。だからこそ俺は更に予防線を張る。

今まで走ったルートと入ったお店などを全て書いたノート、それを俺は持っている。勿論毎回ルートを変え店を変え、今日走るルートも勿論ノートに書き込んである。電車に乗って二駅分移動し、そこから家まで走って帰ると言うルートだ。仮に何でこんな場所に居るの? と問われても「ルート通りだから」とか何とか言って逃れられる。もし車内まで付いて来ても適当に途中で分かれて駅に戻れば良い、そこで更に遭遇しても「いや、疲れちゃって‥‥」とか言って電車で帰ろうと提案すれば‥‥。

「イケる」

寧ろこれで駄目だったら俺は一生彼女に敵わない、逃げる事など不可能だろう。

適度に解した体はこれから実行する計画の緊張で既に冷汗が流れている、素早く周囲に目を走らせるが彼女の姿は無い。ランニングを始めてから数日間は「こんな朝早くからどうしたの?」と顔を見せていた彼女だが、流石に日課に組み込んだと理解して今日は来ていないのか。だが油断は出来ない、或は駅で待ち伏せも有り得る。

「ん~‥‥今日は天気が良いし、少し遠出するか」

何とも棒読みだが問題無い、そう呟き走り出す。ペースは心なし早めで、駅へと駆け出した俺は不安半分期待半分で賭けに出た。駅は家から徒歩三十分、走れば二十分前後と言った所。走りながらも周囲の索敵を行う俺の体力はいつもより大分減りが早い、だがそれを悟られない様にいつも通りを演じる。走り、探し、走り、探し、走り、それを淡々と繰り返す。心境は走るロボット、内心は絶対に表情へと出さない。

そして駅が見えた瞬間に立ち止まる、僅かに上下する肩を落ち着かせつつ時計を確認。電車が来るまであと十分、丁度良いと言えば丁度良い。流石に早朝なだけあって人はまばらだが、その中に彼女の姿は見えない。或は見落としているだけか‥‥。

後は普通に駅へと入り、売店でスポーツドリンクを購入。眠たげなバイトからお釣りを受け取って、そのお金で切符を買った。切符はきっちり二駅分、本来の切符は既にバッグの中で待機している、抜かりはない。

素知らぬ顔で改札を潜り二番線へ、後はなるべく目立たない様隅っこの椅子を確保して音楽に集中している感を出す。その間にも心臓はバクバク音を立てた、恐らく近くに人が居たら聞こえるだろうと言う位。

 

彼女は居るのか、呼び止められないか、バレて無いか。

 

人生で最も長い十分だった。

目を閉じて音楽に集中している風を装っているが全く曲は耳に入ってこない、周囲の僅かな雑踏と雀の鳴き声、それから列車のアナウンス。それらに全神経を注ぎ時間の経過を待った。そして待って待って待って待ち続けて。

 

― 二番線、列車が入ります、黄色い線よりお下がりください。

 

来た!

歓喜した、列車が来たのだ。少しずつ瞼を空けて薄目を空ける、視界を開いたら目の前に彼女が居たとかそういうフラグを消すため足元から見る。誰かの足が見える事は無い、俺の前は無人のホーム、誰も居ない。それと無く周囲を見渡せばこちらを伺っている人も、怪しい影も無かった。居ない、彼女は居ない。

やがて列車が音を立てて止まり中からまばらだが人が降車する、それらの人を暖かい形で迎え入れながら俺は車内へと踏み込んだ。

 

歓喜、圧倒的勝利!

俺は内心でガッツポーズを取る。計画は成功した、彼女は周囲に居ない。ガラガラの車内を見渡して二人席を確保、ふんわりとしたクッションが尻を押し返し仄かに暖かいそれが自分を祝福している様に感じた。

「っし! っし!」

 口から洩れる歓喜の声、分からない程度に拳を固めて嬉しさを滲ませる。これから訪れる自由な暮らしを夢見て、縛られない人生と言う未知に歓喜して、閉まるドアを万感の思いで見送った。

 

― ドア閉まります、ご注意下さい。

 

 そうして走り出した列車は目的地に向かって一直線。俺は躍る胸を抑えつつ、流れていく風景を笑いながら眺めていた。

 

 

 その選択が正しかったのかどうか、それは今の俺が知っている。

 

 

 

 




 ヤンデレ! 圧倒的ヤンデレ!ヾ(*´∀`*)ノ

 初コメディ作品!(`・ω・´)

 これコメディか? と言う突っ込みは無しで。(´・ω・`)

 クスリとでも笑ってもらえたらきっとコメディ。

 本文はヤンデレです。
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