私の彼女は冷たい
少しお前は真面目すぎると、昔父に頭を小突かれながら言われた。
もう少し肩の力を抜いて適当に生きた方が良い、そう言って笑った父は五年前に死んでしまった。私は父の言った通り適度に力を抜いて生きようと努めたが、どうにも私には母の血が濃いらしい。生来の楽天家である父の
母が死んで十年、父が死んで五年、既に二人の温もりを忘れた手は代わりに妹の手を取る様になった。四人家族が当たり前だったのが三人に、三人家族が当たり前になってから二人に、そうして私と妹だけになってしまった家は酷く寂しい。今年で二十一歳を迎えた私は里の中で一番若い男手として猟師を営んでいた、妹は幼い頃より体が弱く、何かと体調を崩しやすいので家で内職をしている。兄ばかりに負担を強いるのは心苦しいと、
この里の人口は百人程度、人も寄り付かぬ山奥にひっそりと佇む集落は、その殆どがご老体で三十過ぎでも里の中では若い方。十代なんて言えば子どもも同然で、ついこないだまでその地位に甘んじていた私は子どもという無力者の辛さを良く知っている。妹は今年で十五になる、私とは六歳離れている可愛い妹だ。母に似て艶やかな黒髪を持ち、日の下で動けぬ体は雪の様に真っ白だ。集落の若い男集に人気の妹だが、当分嫁に出すつもりは毛頭ない。妹自身も家から離れたがらないので、少なくとも成人するまではこのままで良いと私は思っている。
「帰ったぞ」
※
「お帰りなさい、兄様」
そうして顔を出したのは私の妹、名を小雪と言う。真っ白な ※
「寝ていなくて大丈夫なのか?」
家の中でも寒さは肌を刺激する程だ、体の弱い小雪は暖かくしていなければすぐに体調を崩してしまうだろう。雪に塗れた狩猟用のブーツを脱ぎ捨てるとひんやりとした板の冷たさが足裏に染みた。
「寝てばかりでは逆に体を弱らせてしまいます、兄様は少し心配し過ぎです」
どこか呆れた様な顔で小雪は俺に言う、学の無い俺は「そういうものなのか」と彼女の弁に頷くほか無かった。俺が父から学んだのは狩猟のイロハと必要最低限この里で生きていくための方法だけだ、元々閉鎖的なこの里では周囲の住人も手助けしてくれて一人で生きていくというよりは群として生きている感覚だった。餅は餅屋と言う訳ではないが、それぞれの分野で分担できれば生活は順調に営める。俺の役割は定期的に動物を狩り里に食料を届ける事だ。
「今日は調子が良いのか」
「はい、不思議な事に……ふふっ、夏はあれだけ体調を崩していたのに、雪が降った途端良くなるなんて、私の体はどうにも冬が好きな様です」
ころころと笑う小雪は名前通り、雪が降ると体調が快復するらしい。名付け親は母だったらしいが、やはり母もそうだったのだろうかと考える。居間に入ると中央に掘り
「
「……里の
湯呑をコトリと置きながら問うてくる小雪に、私は
先程私は里の長に呼び出され、ここ数日続いている猛吹雪が【雪女】の仕業であると聞いた。
命を諦めてくれと言われて、簡単に頷ける筈が無い。第一、自分が死んでしまったら小雪はどうなるのか。
そう問うと小雪は長の家族が責任を持って面倒を見ると言い切った、長の妻である
そして今回の話を、私は受ける事にした。
迷いに迷った、この話は私だけの話ではない、小雪の今後も左右する話であり、同時にこの里の存続にも関係する話だった。この里には恩義がある、父と母が他界してから小雪と二人で何とかやっていけたのも、この心優しい里の住人が手を差し伸べてくれたからに他ならない。だから自分一人の命でこの里が救われるのならば、仕方あるまい、差し出す事も構わないだろう。けれど残された小雪は一人では生きていけない、だれかの助けが必要だった。
私は何度も念入りに長へと頼み込んだ、どうか小雪をよろしく頼むと。
心苦しいとばかりに、「あぁ、あぁ、必ず、必ず小雪さんは幸せにしてみせよう、何が何でも」と潤んだ瞳で力強く答える長に、そして奥方と娘に深く、深く頭を下げた。
帰宅後の夜。
二人で掘り炬燵に入り、他愛も無い会話に花を咲かせていると腹が鳴ったので、丁度良いから飯にしようと
小雪の作ってくれた
そしてこんな妹の姿を見るのも、
手元の椀に注がれた味噌汁に反射する己の顔を見ながら、情けない事に私は涙ぐんでしまった。
私の歪んだ視界に、今まで生きてきた人生のあらゆる場面が映し出される。これが走馬灯という奴か
「……兄様?」
箸が止まっている事に違和感を覚えたのか、小雪が「何か味付けに問題が……?」などと問うてくる。
「あぁ、いや、何、少し湯気が目に染みてな、ははは」
我ながら酷い大根役者だ。けれど小雪は「そうですか」と幸せそうに微笑むのだ、これは私達の幸せ、平穏な日々の一場面。そして私は今日、それを
「さて、では
私は一人、覚悟を決めた。
背負う小さな
帰りの食糧や水は無い、これは
相も変わらず吹雪は猛威を振るう、肌に付着する雪は酷く冷たくぶるりとその身を震わせた。着こんだ毛皮の防寒着をきゅっと締め直し、その打ち付ける様な雪に目を細めながら開け放たれた玄関からそっと小雪を想い、そして呟いた。
「どうか勝手な兄を許してくれ」
これは自己満足だろうか。
小雪を守ろうと、里を守ろうと正論を主張し、一番大切な小雪自身に真実を教えず、その本心から目を
なれど今をおいて他にないのだ、この血肉、命を懸けて何かを守る時など。
― これは使命、これが【命】を【使う】という事
静かに玄関を閉める。
赤子の時から何度も見続け、既に日常の風景となった愛着ある家をしばし眺め、私は一面の白に足を踏み出した。
雪で埋もれた山は、いつもと全く違う景色を私に見せていた。白に塗りつぶされた木々や地面が方向感覚を失わせ、数メートル先すら見えない暗闇は恐怖感を煽る。この時期は殆どの動物が冬眠していると理解しているが、それでも根源的な恐怖が色濃く残る。ざっく、ざっくと自分が雪を踏みしめる音だけが響き、吹雪きの中を一歩一歩確実に進んで行った。背負っていた背嚢から少量の干し肉を取り出して
過去日本に於いて、
そこには自分の死とか、自分を縛っていたあらゆる束縛、鎖が存在しなくて、何をどう成せば良いのかだけが点々と続いていた。
私は最後の干し肉を口に含むと水筒と薬の入った背嚢を
「……もう少しか」
吹雪は里に居た頃よりも激しく、強く私を打ち付ける。
長より教えられた雪女の
兄は私にとって、何にも代えがたい存在だった。
兄は昔から優秀だった、物心ついた頃には既に里中で兄は愛され、その
その父が死去してからも、兄は涙一つ見せる事なく「小雪は必ず幸せにしてみせる」と私の前で誓ったのだ。この病弱な体を持つ私を見捨てず、いつまでも隣で私を守り続けてくれた兄。年相応に遊びたかったに違いない、里の若者の様に外の世界に足を運ぶ事もせず、この狭い世界の中で私と共に歩んでくれた。不自由を強いただろう、面倒も多かっただろう、けれど兄は愚痴ひとつ
これで惚れるなと言う方が無理な話だろう。
恩義もある、感謝もある、けれど何より愛情が
自分を
五年、母が死んでから数えれば十年育まれた愛情だ。今や兄に対する愛情はごく当たり前の感情であり、それを異常と捉える心など遠の昔に消え去った。
この想いは私だけが知っている、他の誰にも知られていない、それは本人である兄にさえ。
兄は里の女どもに言い寄られている、けれどそれを兄は「自分には
兄の鎖となっているのは私だ、私が理由で兄は己に
それが私にとってはどうしようもなく嬉しく、そして同時に申し訳無かった。
自分が居なければ人並みの幸福は得られただろう、
では兄の幸福は?
兄の幸福、それが何であるかは分からない。けれど私と共に居る事が兄の幸福になるように、私そのものが兄にとっての幸福で有りたいと、そう私は強く願っていた。
例えそれが私の独りよがりな願いであっても、酷く我儘で自分勝手な欲望だとしても。
― 私には兄が必要なのだ。
「兄様?」
早朝、朝日が差し込むみ幻想的な風景に包まれる部屋、外に見える雪は光を反射して爛々と輝いている。そんな中、朝の冷たさに白い吐息を吐きながら私は兄の居る部屋へとやって来ていた。
起床した私は、珍しい事に兄が寝坊した事を知った。いつも私が起きる頃には居間でぼんやりと雪景色を眺めているものだが、その兄の姿が無かった。
珍しい事もあるものだと、しかし貴重な兄の寝顔が
「……冷たい、起きて直ぐって温度じゃない」
兄の布団を手に取ってみるが、冷気に晒されたそれに人肌の温もりは感じられない。という事は兄は大分前に起床して既に何処かに出掛けたと言う事になる、一体どこに行ったのだろうかと考えて、ふと外の吹雪が止んでいる事に気付いた。
ここずっと鳴り響いていた風の音もなく、ごく小さな
「吹雪が止んだから、狩りに出掛けたのかしら?」
昨日兄は里の貯蔵量に不安が残ると言っていた、
「……まぁ、遅くとも昼頃には帰ってくるでしょう」
私はそう呟いて、兄が帰宅した時の為に料理を作っておく事にした。朝食は軽いモノで済ませて、久々に大物が獲れるかもしれない、前祝いとでもしておけば兄も怒らないだろう。そう思い早すぎる
陰鬱な吹雪が過ぎ去り私の心も少しだけ憂鬱から解放されたからだろうか、いつもは使わない貴重な食材を多めに使って、私は兄の帰りを待ち続けた。
決して帰って来る事の無い、兄の帰りを。
痛い位の寒さで目が覚めた。
最初に視界に入ったのは木目の天井、古びたそれを眺めながら自分が床に
「………生きてる」
呟かれた言葉は実感を持って自分の胸に浸透した、あの吹雪の中で自分は意識を失ったのだろうか、最後に見た
未だ寒さに震える体を
「……っ」
思わず息を呑んだ。
「目が覚めたんですね」
美しい女性だった。
まるで、雪の様な人だった。
髪、肌、着物、全てが白で統一されたその人は、純白と言う文字がそのまま当てはまる位に
あぁ、畜生。
自分の中の何かが悪態を吐く。
呆然と上体を起こしたまま凍り付く私に向かって彼女は笑いもせずに言葉を放った。
「家の近くで倒れていたので此処まで運ばせて貰いました、半日ほど寝込んでいたのですが……お加減の方は?」
「あっ……え、えぇ、大丈夫です、問題ありません」
「そうですか」
そっけなく、それでいてピクリとも動かない表情。それは氷の様で、彼女の周りからどんどん温度が奪われていく様な錯覚に陥る。否、それは錯覚などでは無かった。パキパキと、彼女の足元から何かが割れる様な音がする。そして盗み見る様にして彼女の足元に目を向ければ畳に薄い氷が張っていた。
あぁ、成程 と。
どこか呆気ない程に
―【雪女】なのだと。
~
豪雪地帯に見られる「人」の字に屋根を造った民家、傾斜角度は家によって異なるが雪下ろしの作業負担を軽くしたり、水はけを良くするために考えられた昔ながらの住宅建築様式
~
着物の一種、和服の普段着、正式な場所以外で殆ど着用できる
活動報告で雪女の話を書きたいとか言っていた私です、迷った末にこちらに投稿させて頂きました!\( 'ω')/
ヤンデレという括りでは一緒です!(多分)
最早短編じゃなくなっていますが、突っ込んだら負けなんですよきっと恐らく。
ほら、ファイナルじゃないファンタジーとかドラゴンが出ないクエストとかもありますしおすし、だから(多分)大丈夫!(`・ω・´)
まだテスト期間なので投稿間隔は空くかもしれませんが‥‥と言いつつ書いてしまう気がするのが私の予想です。
単位は来る(信仰心)
雪女はクーデレ半分ツンデレ半分な感じにしたい(願望)
では皆さん素敵なヤンデレライフを!ヾ(*´∀`*)ノ