渡る世間はヤンデレばかり   作:トクサン

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短編→連載(完結済み) に変更しました。


私の彼女は美しい

 一面の白―

 

 吹雪が通り過ぎて、晴れ晴れとした青空の元、僅かに固くなった雪の上に転がって十数分。新雪では無いそれらの表面には氷が張り、半ば埋もれる様にして息を殺していた私は、来るべき時に備えて冷たい手を顔に当てて温めていた。白い雲が太陽の光を僅かに遮った瞬間、私の目の前に小さな毛の塊が姿を現す。

 来た、と内心で歓喜した。

 その毛の塊、(うさぎ)は私に気付く事無くキョロキョロと辺りを見回していた。その兎に気付かれる事無くそっと上体を起こし、私は弓の弦を引き、放つ。一連の動作を滑らかに、音も無く完了した私の前に一本の矢が風切り音を鳴らして飛び去った。

 ストン、と軽い音が耳に届く。そして兎の首辺りを射抜いた矢は、確かにその命を奪った。ぐったりと動かなくなる兎、そして雪の上に小さく広がる赤。

()し」

 私は立ち上がると体に載せていた雪を払って、それから大きく伸びをした。十分そこらとは言え全く動かずに気配を殺すのは疲れる。固まった筋肉を解し、次いで仕留めた獲物(えもの)の元へと駆けた。

 雪の上で横たわる兎、その首元には穴が空いている、矢はどうしたものかと兎の耳を持って持ち上げると丁度射抜いた穴から水が滴り落ちた。

「切れたか……丁度良い、そろそろ帰るとしよう」

 今日の成果は兎が一、狐が一、運が良い方だろう。

 兎の首元を縄で括って肩に縄を担ぐ、先程仕留(しと)めた狐は匂いで潜伏(せんぷく)場所が割れない様に僅かばかり遠くへ置いたため、数分ほど雪の上を歩き獲物を回収。そのまま新居へと足を向けた。

 

 片手に弓を、片手に矢筒と獲物二匹を担ぎながら歩く事三十分、周囲を木々に囲まれた雪景色の中に、ひっそりと佇むようにして一軒の家が見えてきた。外装は木材を使用した温かみのあるもの、その殆どは雪で隠れてはいるが決して小さくは無い。周囲の樹に(まぎ)れて日差しも中々差し込まない、初見では決して見つけられない秘境(ひきょう)

 それが私の新居だった。

 家の前に来ると木製の扉が見える、そして私が扉を叩くよりも早く、ゆっくりとその扉が独りでに開いた。

 そして、そこから顔を覗かせるのは。

 

「お帰りなさい」

 

 ピクリとも表情を動かさない、氷の仮面。

 真っ白な肌に真っ白な髪、服も白となれば真っ白な雪を連想する。

 瞳は私をじっと見つめて、未だなれない感情が胸に渦巻く。

 

 恐ろしく整った顔立ちで私を迎えた、愛しい彼女。

 

「あぁ、ただいま」

 

 私は自然と笑みを浮かべ、目の前に立つ彼女 ―【雪女】に獲物を見せた。

「今日は運が良かった、兎と狐が一匹ずつ」

「そう」

 それだけ言って彼女は体を反転させる、彼女はその氷の風貌(ふうぼう)通り私に対する態度も冷たい。既にこの住居に居候(いそうろう)して一週間程が経過しているが、段々と彼女の口数が減っている気がした。

 最初の彼女の態度は、所謂(いわゆる)お客様対応と言う奴なのだろうか。そう考えると少しだけ悲しくなるが、元々は彼女に捧げられた命なのだ、最早なにも言うまい。

「血抜きと内臓はどうしようか? 今日は自分が」

「いい、私がやる……貴方は休んでいて」

 獲物を持って処理は自分が済ますと言おうとするが、彼女に遮られて手元にあった二匹の獲物もパッと彼女に取られてしまった。「あ」と口から声が漏れる時にはもう遅く、彼女の背が家の奥に消えていく。

「……しまった」

 後頭部を掻きながらまた駄目だったと息を吐き出す、この所全く働いてない自分に何だか悲しくなってきた。

 私の専門は狩猟である、しかしそれ以外も全く出来ない訳では無い。妹の小雪の体調が優れないときは全ての家事を任されていたし、人並みの出来は保証する。だから最初こそ炊事、掃除、洗濯、何でもござれと彼女に言い放ったものだが。

 

()りません」

 

 と一蹴されてしまった。

 だからこうして狩りに出ている間は良いものの、それ以外の時間はまさに(ひま)の極みであった。

 靴に張り付いた雪を外で払い、綺麗に揃えたら居間へと足を向ける。広々とした居間には囲炉裏(いろり)があり、雪女である彼女が持っている数少ない(だん)を取れる手段の一つだ。

 恐らく私が帰って来て直ぐにあたれるようにだろう、既に囲炉裏には火が起こされており暖かい熱が感じられた。その近くに腰を下ろして冷え切った手を温める、そうこうしている内に考える事は彼女の事。

 

 こういった気配りをされている私は、少なくとも歓迎されていないという訳ではないのだろう。

 

 実際、半ば人柱(ひとばしら)としてこの地に(おもむ)いた私ではあるが、彼女に食われる事も、殺される事も無く、のうのうと今日まで生きている。しかし私が此処に来たことで長い間続いていた吹雪は止み、そして彼女自身も雪女その人であった。

 

 彼女は雪女だ、それは疑いようがない。実際私が狩りで使用した矢は彼女の作り出した氷だった。どういう原理なのかは分からない、恐らく自分の想像もつかない妖術とか、そういうモノなのだと思う。材質は氷、しかし羽の様に軽く確かな殺傷性を持つ氷矢は標的を射ると溶けだし、それが全て無くなったら帰宅すると言うある種の規則に似た約束事があった。

 

 狩りをさせたくて自分を呼んだのだろうか? ふとそんな事を考えるが、指定されたのは私自身では無く若い里の男だ。来る人間が狩人であるかどうかなど分かる筈が無い。そもそも彼女は里の若い男を差し出されて、一体何をしようとしているのだろうか? 勝手な想像で申し訳無いが、私はてっきり美味しく食べられてしまうものとばかり考えていた。勿論私の血肉を食らうと言う意味で、だからこそ(おさ)も「命を諦めてくれ」などと言ったのだろう。

 

 彼女は何の為に自分を欲したのだろう?

 

 生贄は自分、欲したのは彼女、差し出したのは里。

 

 私と言う個人を指名したのではないだろうが、結果来たのは一番彼女の条件に一致した自分だ。もしや気に食わなかったのだろうか、いやそれならば吹雪を止める理由が無い。

 無い知恵を絞ってうんうん唸っていると、居間の扉がすっと開き私の思考を占めていた彼女が現れる。突然の事に思わず肩が跳ねてしまうが、当の彼女は気にも留めず「空腹加減は?」と無表情で問うてきた。

「…い、いや、今はそれほど」

「そう……なら昼餉はもう少し後にする」

 それだけ言って彼女は扉を閉めようとする。けれど私はそれを(さえぎ)って「すまない、少し良いか?」と声を掛けた。ぴたりと彼女の動きが止まって、再度扉が開かれる。

「……何か?」

「その、少し聞きたいことがあるんだ、隣に来てはくれないだろうか?」

 内心戦々恐々としながら聞いてみると、彼女は少しの間を置いてから静かに私の隣へとやって来た。そのまま正座で座り込み、「……聞きたい事と言うのは」と問うて来る。ひとまず話が出来た事にほっと胸を撫で下ろした、それからぐっと下腹部に力を入れて口を開く。

「……私の事なんだが」

 いざ質問する時となって、少しばかり鼓動が早くなる。もし彼女の気紛(きまぐ)れで生かされているのであれば、私がその事を蒸し返す事によってこの命が絶たれるかもしれない。だが、いつ死ぬかビクビクしながら生きるのも嫌だった。

「私は、何をする為に捧げられたのか、それを教えて欲しい」

 私は自分の中で(くすぶ)る恐怖心を抑えながら、何とかそれを口にした。彼女は私の言葉に何ら反応を返す事無く、ただ沈黙する。居間を沈黙が包み彼女の言葉をじっと待っていると、「貴方は」と彼女が私を見据えた。その瞳から発せられる色は相変わらず冷たいものだったが、気のせいだろうか、その奥に何か言い様のない執念の様なモノを感じられた。

 

「何もしなくて良い、ただ傍にいるだけで」

 

「えっ」

 私が思わず言葉に詰まると、彼女は立ち上がって私に背を向ける。

「……昼餉の準備をしてくる」

それだけ言って居間の扉の向こう側に消えていく彼女の背を呆然と見ていた私は、暫くの間彼女の言葉を反芻(はんすう)していた。それだけ彼女の言葉は衝撃的だったのだ。

「傍にいるだけって……」

 呆然と呟く言葉、それは私の予想していた言葉では無く、欲していた言葉でも無い。

 これではまるで、恋人の様な ―

 

 私は軽く頬を叩く、いや、そんな筈は無いと。

 流石に幾ら何でも自分の都合の良い様に考え過ぎだ、彼女の傍に自分が居る事で何かしらの利益が生まれるのだろう。そう自分を納得させた、あの美しい女性が自分を想うなどと、そんなのは天地がひっくり返ってもありえない。

「……喰われるよりは、マシだと思おう」

 兎にも角にも、傍に居るだけで良いのなら取って食われる事も無いだろう、それが分かっただけでも儲けものだ。

 

 だが私は、そんな言葉で誤魔化しつつも妙に騒ぐ胸に自分が喜んでいる事を自覚した。あの彼女に、ひょっとしたら、万が一にも、想われているのではという可能性に歓喜した。それは儚い幻想であり、きっと夢物語に違いない、けれど人間というのはどこまでも単純で、希望があれば何となく日々を生きる気力が湧いて来る。

「……掃除でもするか」

 彼女が居間に来たら驚く位にピカピカにしてやろう。

 昨日まで自発的に動けなかった私は、その日初めて自ら行動を起こした。

 自分でも笑えるほど、まったく、単純な生き物だ。

 私と言うのは。

 

 

 

 

 私には母が居た。

 自慢の母だ、美しく、(したた)かで、誰よりも優しい心を持った人だった。この地に生を受けてからの十年間、共に過ごして来た唯一の肉親。けれどその母は、とある猟師と共に人里へと下りた。

【雪女】は、雪と共に生きる。

 私達には適した環境というものがあるのだ、万年雪の残る山頂に住む私達は春や夏を残雪で(しの)ぐ、それを捨て母は想い人を選んだ。

 勿論私は反対した、自分の命を(おびや)かしてまで添い遂げる必要はないと。しかし母は止まらなかった、聞き分けの無い私の頭を撫でて言ったのだ。

『貴女にもいつか分かる日が来るわ、私達の嫌う(ねつ)……けれど人の持つ熱は、一度知ったら二度と離したくない、そんな暖かい熱なの』

 雪女は(よわい)が十を超えた所で成体(せいたい)となる、母が里へと下りた翌日に私の体は急激な成長を遂げた。小さかった背丈は伸び、凹凸の無い体は女性らしい体つきへ、未だ幼さの残る顔立ちは凛々しくも美しい、母に似た顔立ちとなった。

 母は私が成体になるまで待っていたのだ、そして時が来たから人里へと下りた。

 私は捨てられたのだ。

 そう思うと悲しみが胸を支配した、どうしてと思う反面、今まで愛情を込めて育ててくれた母を憎んだり嫌ったりする事はどうしても出来なかった。だから私は、時折母の事を思い出しながらも平穏に、何事も無く日々を過ごした。

一年、二年と時は過ぎ、春が来て夏が来て、秋を越してまた冬が来る。それを何度繰り返しただろうか、気が付けば私の手は既に母の温もりを忘れ、雪山で一人もの静かに暮らす事が当たり前になっていた。そんな月日を忘れ日々を過ごす事幾年(いくねん)、今日も今日とて何もなく日々が終わるのだろうと思っていると、急な吹雪に見舞われた。その吹雪は生まれてこの方一度も見た事がない程に強く、荒々しいものだった。

私達雪女はある程度の天候を操作する事が出来る、冷気や雪は私達の味方であり良き隣人であるのだ。けれどその吹雪は、まるで私の意思を聞かなかった。今日は調子が悪いのだろうか、そんな日もあるかもしれないと私は然程気にしていなかった、しかし二日経って三日経って、一週間が過ぎる頃には流石におかしいと思い始めた。雪は時間と共に私達へと馴染む、それは新雪でも例外は無くどんな吹雪だろうと時間が経てば私達の支配下へと置かれるのだ。

 雪女も(かすみ)を食べて生きている訳では無い、この一週間で家の備蓄も大分消費してしまっていた、故に食料調達へと出掛けたいのだが。

「……また、強くなってる」

 窓から外を覗いてみれば、その勢いは日に日に強くなっている。寒さには強い雪女も風はどうする事も出来ない、視界が遮られる中ひたすら歩き回るのは嫌だった。しかし待っていても食料の備蓄が増える事は無く、暫くの間空腹に耐える事と一時の疲労を天秤に掛け、渋々外へと出掛けたのだった。

私の家の周りには母の代から続く小さな畑がある、そこは私達雪女の力を使って雪を退(しりぞ)け幾つかの野菜を作っていた。何でも私達の様な【妖】(あやかし)と呼ばれる者から(ゆず)り受けた種を撒いたそうで、通常の野菜と異なり成長が速いらしい。一週間すれば畑にある野菜は殆どが食べられる程に成長し、そのサイクルで私も畑に足を運んでいる。『らしい』と言うのは私がその畑以外を知らないからで、私にとっては大根やジャガイモが一週間で出来るのが当たり前だった。

 私はいつも通りの服装で手元に小さな明かりだけを持って外へと出る、自分の周りにごく薄い氷の膜を張って風を防ぐが、それでもそよ風が手元の蝋燭をゆらゆらと揺らし、一寸先も見えない事に変わりは無かった。畑は私の家から数分ほど歩いた距離にある、足元の雪を嫌々(いやいや)ながら払い歩いて行くと、私はふと白一面の中に別の色を見つけた。

 

「……人間?」

 

 盛り上がった雪の隙間から覗く茶色、吹雪が視界を遮るがその中にも辛うじて識別できる色が地面より顔を覗かせていた。服の切れ端だろうか、私が恐る恐る近付いてみると雪が異様に盛り上がっている事に気付いた。上に積もった雪を払えば予想通り、真っ白な顔をした若い男が雪の下から現れた。その顔立ちは凛々しく美青年と言って差し支えないだろう、その顔立ちは何処となく母の想い人と似た雰囲気を醸し出していた。

 何故こんなところに人が居るのか、私は最初疑問に思ったが時間が経てば経つほど目の前の人間が白くなっていくので、慌てて担ぎ上げ家へと引き返した。私はただ食料を調達しに来ただけなのに何故人間を拾って来る羽目に……そう思わない訳でも無かったが、別段人間が嫌いと言う訳ではないのだ。けれど私から母を奪ったという事実が消える事は無く、どっちかと言えば苦手という表現が当て嵌まった。

 

「取り敢えず温めれば良いの……?」

 家へと引き返した私は居間に人間を寝かせ囲炉裏に火を(とも)す、料理する時以外は黙ったままの囲炉裏は久方(ひさかた)ぶりの客人に喜んでか、素直に熱を人間へと届けた。ぱちぱちと燃え始める炭を眺めながら人間に毛布を掛けるとようやく一息つく。そして結局野菜を収穫できず仕舞いで、尚且(なおか)つ厄介な種を抱えてしまった事に今度は溜息が出た。

しかし抱え込んでしまったからには仕方ない、このまま見殺しにしては目覚めも悪い、私は随分と寂しくなった備蓄に手をつけて食事を作る事にした。基本的には野菜メインの食事だが、米や魚も少ないがある事にはある。(ごく)限られた環境で生活する【妖】同士の交流、そういう妖の中には人間に擬態(ぎたい)する者も居る、人間社会に適応出来た者が異形の姿故に人と関わりを持てぬ者、または私達雪女の様に特殊な環境下でなければ生きられない者に数ヵ月に一度穀物(こくもつ)や野菜を売りに来るのだ。大抵は日持ちするものを持ってくるのだが、私達は生物(なまもの)であっても冷凍して保存する事が出来る。雪女だからこそ出来る芸当だ、それを使って行商でもすれば一財産作れるのにと言われていたが、結局私達は雪が無ければ生きられない、ましてや行商など三日で倒れる自信があった。

残り物で何とか食事の準備を済ませ、いつでも食べられる様に準備を万端にしておく。後は居間で今も横たわっている人間の傍に腰かけて、静かに上下する胸を見つめていた。一応家にある毛布を片っ端から上に掛けて囲炉裏の傍に寝かせてある、胸が動いているという事は生きてはいるのだろう、その事に一先(ひとま)ず安堵して、さてこの人間はいつ頃起きるのだろうと暇な時間を過ごした。

しかし、いつもはじっと外の景色を見て時間を潰したり、たまに来る妖相手に数十分話す程度なので、こんな交流とも呼べない一方的な関わりが楽しく感じられたりする。一人では無い時間を過ごすのはどれ位ぶりだろうか、それも行商相手ではなく人間相手になど。人と関わりを断ってから随分経つが既に遠い昔に感じられる、いや実際二十年程と考えれば遠い昔なのだろう。しかし二十年程度など妖としてはまだまだ若輩(じゃくはい)、妖の中には既に数百年から千年を超えて生きる者も居ると言う。しかし未だ数十年しか生きていない私からすれば二十年という時間は遠い昔に感じられた。

「一体何をしに此処へ……」

 横たわった男の頬を突きながら考える、指先から伝わる熱は雪女である自分と違い暖かく、不思議と暑いのが苦手な自分でも気分の和らぐ丁度良い体温だった。徐々に体温が戻って来ているのだろう、これなら近い内に目を覚ますかもしれない。

 それはそうとこの人間がこの地にやって来た理由だ、普通の人間が吹雪の日に(ろく)な準備も無しにやって来るなどと、死にたかったのだろうか? 自殺志願者、もしそれが正解だとすれば私のやった事は無駄骨以外の何でも無い。

 もしそうなら一発殴ってから放り出してやろう。

 そう心に決めて私は人間の顔を眺め続けた。

 

 別に頬を(つつ)くのが楽しい訳では無い、決して。

 

 

 ……たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女― 【雪女】との生活は順調だった、少なくとも命の危険が無くなって幾分か気が楽になった結果、張り詰めていた空気が抜けたようにある程度楽観的に日々を過ごせる様になった。前よりも気軽に彼女へ話しかける事も出来るし、他の様々な事柄に()いても協力的になった事だろう。人ならざる者と人間の共同生活、既に俺がこの場所に来てから一ヵ月近くが経過しようとしていた。

 奇妙と言えば奇妙な、彼女と私の生活は一定の安定期を迎え始めた。

 

 そして事件が起こったのも、その安定期に入ってからである。

 

「……」

「……」

 対面するのは私と雪女である彼女、そしてその間には一組の布団が敷かれている。

 いつもは布団を二つ用意し(何でも、彼女の母が使用していたものらしい)少し離れた場所に別々に敷くのだが、今私達の前には一組の布団しか無かった。大の大人が一人入れば七割埋まってしまうその面積に私と彼女の視線が集中する。

 

 事の発端(ほったん)は不意の事故であった。

普段、洗濯物は外で干すと凍ってしまうので部屋で干している、その干している布団に私が盛大に味噌汁をぶっかけてしまったのだ、字面にすれば何とも間抜けな話である。

 別にやろうと思ってやった訳では無く、居間に続く扉を(くぐ)った瞬間段差(だんさ)に足を取られ盛大に転んだ結果だった、手に持った椀が芸術的な()を描き干されていた布団に中身をぶちまけたのは正に奇跡の様な瞬間だったと言っておこう。あれだけ離れた位置にあったと言うのに何故精確(せいかく)に布団まで飛んでいったのか、正直なにか自分の理解出来ない力が働いたとしか思えない、ただの言い訳でしかないのだが。

 彼女には「気にしないで」と言われているが、その氷の様な風貌で気にするなと言われても責められている様にしか感じなかった、実際彼女は何とも思っていないのかもしれないけれど。

これが自分の被害妄想であるならば幾分か救われる。

 

そういった事故が起こった結果、布団は結局洗い直す羽目になり、味噌汁の匂いに包まれて眠るのは流石にという事で現在も干している最中で、二組しかない布団の片方が使えないと……。

 

必然、一緒に寝る事に(こう)なる。

 

「……」

「……」

 沈黙が痛い。

 部屋は既に明かりを消しており月明かりだけが周囲を照らしている、その中でぼんやりと浮かぶ彼女の容姿。

 彼女は美人である、それも私が生きてきた人生の中で飛び切りの、目も眩むほどの美貌を持っている。更には体つきも完璧であった、引き締まる所は引き締まり女性特有の豊満さも持ち合わせると言う(まさ)に魔性の女性だ。

 そんな女性と添い寝だと? 

 正直なところ寝れる自信が無かった、いやそれどころか下手をすると手を出してしまいそうになる。

 私とて男である、恥ずかしながらこの年まで小雪の世話ばかりを焼いてきた、結果惚れた腫れたの色恋沙汰にはとんと無縁で、未だ女性の味を知らぬ身(童貞)だ。けれど興味が無い訳ではない、人並みの欲求も興味も存在している。

 だからこそ理性の枷が外れる事を私は恐れた、相手は私一人簡単に殺せるような存在である、煩悩に打ち負け手を出した挙句(あげく)(しかばね)を晒しましたなどと、向こう(天国)で父と母に何と弁解すれば良いのだろうか。

「……その、私は居間で寝るよ、床でも寝れるから」 

 私はどうにかしてこの場を逃れようと腰を上げた、毛布にでも(くる)まれば床でも寝れるだろうと考えたのだ。彼女に手を出して氷漬けにされるよりも、一晩寒さに震えながら冷たい床に転がった方がマシに決まっている。しかし、腰を上げるよりも早くひんやりとした手が私の肩をぐっと捉えた。それは万力の様な力で私を床に押し付け、そのまま立ち上がりかけた体は再度姿勢よく座ってしまう。

「……一緒に、寝る」

 その手の主は彼女、そして相変わらず絶対零度の視線を私にぶつけながら有無を言わせぬ圧力を加えて言い放った。こうされてはもう何も言えない、反対する権利を私は持ち合わせて無い。ただ胸中に羞恥とか恐怖とか期待とか、そんな色んな感情を押し殺して首を縦に振ることしか許されなかった。

「風邪でも引いたら看病するのは私」

「……そう、だけれど」

 だから風邪を引かない様に一緒に寝ろと、そういう事なのだろうか。彼女の善意に戸惑いつつも結局断らなかった私は半ば手を引かれる形で布団の中に引きずり込まれた。ひんやりとした彼女の体に私の熱が奪われる、けれど不思議と冷たいとは感じなかった、無事だった枕を二つ並べて寝る私達、風邪を引くとは言うが雪女と一緒に寝た方が風邪を引くんじゃないだろうか、なんて思った私だったがいざ彼女と寝てみるとその考えは吹き飛んだ。

 対面する様に横になった私達、その美貌をすぐ間近で見ていると勝手に体が火照ってきた、単純に緊張しているのだ、あぁ成程これなら暖かいと納得する、暑過ぎる位だ。

月明かりに照らされ幻想的な雰囲気を醸し出す彼女は、あまりにも神々(こうごう)しい。

「……」

 目の前の彼女は私を布団に引きずり込んだ時に取った手をそのまま、何度も確かめる様に握る。

それからじっと私の顔を見つめて一言。

 

「……少しだけ、母様の気持ちが分かった」 と。

 

 それが何を意味するかは分からなかった、けれど私はその時初めて彼女の笑った顔を見た。

 ほんの少しだけ口角を上げて、きっと本人はちょっぴり微笑んだ程度だったのだろう。けれど私にとってその表情は何よりも価値のあるモノに見えた。僅かに朱の差した頬に細まった目が、滅多に変わらない表情が崩れる(さま)は、私に強烈な印象を植え付けるには十分過ぎたのだ。

「人は、(あたた)かい」

 そっと私の手を頬に添える彼女、その頬の感触に私の心臓は鼓動を早めてますます体温を高くする、私は恥じらう様を彼女に見られたく無くて、「貴女が、きっと冷たいんだ」と言って目を逸らした。

「冷たい女は嫌い?」

 彼女は聞く。

 それは性格か、それとも容姿か、それとも体温か。

「いや」

 何であれ私はそれに否と答えた、嘘偽りの無い本心から出た答えだった。

「……そう」

 どこまでも淡泊に彼女は答える。けれどその表情はいつもの氷の様な、ピクリとも動かぬ表情では無くて。

 

嬉しそうな、綺麗な微笑みで答えるのだ。

 

「なら、良かった」

 ぎゅっと握られた手から彼女の体温が伝わり、それから自然に寄り添った体が火照る。布団の中で動く彼女の素足が私の足に触れた、気のせいだろうか、彼女の体が少しだけ暖かく感じる。

「訂正する」

 私は背けていた目を彼女に向けて言う、いつも感じる氷の様な視線はそこには無く、彼女から送られる視線に籠る熱は親愛を感じさせた。

「今の貴方は暖かい」

 そう言うと少しだけ驚いた表情を浮かべる彼女、それから恥ずかしそうに視線を彷徨わせて、自分の手をそっと頬に当てた。

「……雪女、なのにね」

彼女は少しだけ困った様に笑った。

「関係無いさ」と呟いて私はもう一つの手を彼女と重ねる、雪女が冷たいだなんて誰が決めた。

「一つ、言っても良いだろうか」

「なに?」

 横になった彼女の頬からさらりと一房(ひとふさ)の髪が滑り落ちる、その光景を目に焼きつけながら一度大きく深呼吸。バクバクと鳴り響く心臓を自覚しながら、一世一代の覚悟を決めた。

 こんなタイミングで口にするのも何だが、そう前置きして私は息を吸い込む。いつもより大分血色の良い彼女の目を真っ直ぐ見据えて、玉砕覚悟の言葉を放った。

 

「どうにも、私は貴女に惚れているらしい」

 

 

 

 

 

 この日から私と彼女 ―【雪女】の関係は大きく変化した。

 それは心情的なモノでもあり、パッと見は全く変わらないだろう。けれど根本に何か相手に対する信頼とか、そういった目に見えない変化が起きていた。あの日を境に私は彼女の本質に少しだけ触れ、彼女は私の熱を知ったと話した。

 その変化は私達にとっては良いモノで。

 

― そしてある人にとっては望ましく無いモノだった。

 

彼女と共に暮らし始めて一ヵ月を超えて、季節は冬を脱し徐々に春へと近付く。

仄かな暖かさと春の香りが漂い始めてきた頃、その日々の終わりは私に気付かせぬ形で刻一刻と近付いていた。

そしてその終わりは、残念ながら私にとって最も大切な人によって齎される事となる。

 

 最愛の家族であり、最も大切に想う人

 

 私が出会った恩人であり、惚れた相手

 

 

 この時代には無い言葉だが、バタフライ効果という言葉がある。

 なんとなしに積み重ねた小さな行動が、大きな現象となって返って来る、それは正に私の行動を指していた。

もし私がもっと()()に気を配っていれば。

山を登るときに無駄な用意をしなければ。

あの時に行動を起こさなければ。

 

(あるい)は結末は別なモノとなっていたのかもしれない。

 

 ― 私の人生の大きな分岐点となる時まで、あと二日であった。

 

 






 えっ、完結してないって?
やりたい方の話は簡潔したからこまけぇ事は良いんだよ!\( 'ω')/
こっちは外伝的な扱いでお願いします、そのうち俺の彼女シリーズのアーッんなシーンやコーンッなシーンを投稿するかもしれないので。

 さてさて皆さまお久しぶりです、メタルギアとか地球防衛軍とか何か色々やってたら執筆を疎かにしてしまった私です、最近は夢でヤンデレにお腹を裂かれる夢を見てひゃっふうしていました、私です。プレステーションのトロフィーレベルがもう少しで16になりそうです、プレステもやりますがxboxも好きです、vitaと3ds、wiiUも好きです、ただそろそろモンハンはグラフィック何とかしてください。(切実)

 そんな事よりヤンデレですよ、ヤンデレ。

 今回は基本的に雪女さんプッシュでした、次回は主人公が告白したところから始まります(多分)。 
 あと当たり前ですが私の作品のヒロインは全てヤンデレですので悪しからず。
 次回辺りから激おこ妹さんが猟銃持ってランボーするんじゃないですかね、基本ストーリーのプロットとか無いので行き当たりばったり、許してください何でもし(ry

 今回の話と前回の話でヤンデレ成分あんまりないから死にそう……もっと、もっとヤンデレをくれ‥‥いや、今は雌伏の時なのです‥‥!(;゚Д゚)

 次回はヤンデレ爆発修羅場じゃあああああ\(◎o◎)/

  
 

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