怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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2話

「…………ふぅ。少し休憩しましょう」

「うーちゃん、お疲れ様~」

「あ、すーちゃん! お疲れ様です!」

 

 養成所でダンスのレッスンをしていた一人の少女――島村(しまむら)卯月(うづき)。休憩のタイミングを見計らったかのように差し入れを手に髪を後ろに束ねて帽子をかぶり、伊達メガネをかけた翠が入ってくる。このような雑な変装であるが、いまだに知り合い以外にはバレたことがない。

 

「ダンスの調子はどう?」

「はい! すーちゃんに教えてもらうようになってから、自分でも上手くなっていると感じます!」

「素人目線だけど、役に立ててよかったよ」

「いえ! 本当にありがとうございます!」

「ううん。俺はちょっとしたアドバイスだけ。上手くなったのはうーちゃん、君の実力だよ。もっと自信持って」

 

 翠は346を出た後、和菓子屋によって手土産を買ってからここへと立ち寄っていた。島村には自身がどのような人であるのかバラしていない。

 二人で緑茶を飲みながら饅頭を食べて話に花を咲かせている。

 

「うーちゃん、もしかしたらそろそろ人生の分岐点に立つかもしれないよ」

「あ! すーちゃんの電波ですね!」

「……電波、電波……うん。いいよ、電波で」

「あっ! あっ! 落ち込んだのならごめんなさい!」

「いいよ、気にしてないから。それよりも話を戻そうか。人生の分岐点に立つと思うけど、どんな結果になっても俺はうーちゃんのこと、見捨てないから」

「よく、分からないですけど……はい! 島村卯月、頑張ります!」

「うん。いつまでもその笑顔、忘れないでね」

「はい!」

 

 休憩を終えた後、一度島村の踊りを見てアドバイスを二つ三つしてから別れを告げ、翠は養成所を後にする。長々と話していたからか、日は沈みかけており空はオレンジ色に染まっていた。

 自分用にとってあった饅頭を食べながら帰路についている途中、遠くで少女が名前を叫んでいるのが翠の耳に届く。

 

「……お?」

 

 いつのまにか翠の足元に犬がすり寄っていた。

 残っていた饅頭を口に放り込み、モグモグとさせながらしゃがんでその頭を撫でる。犬には首輪とリードがついており、散歩の途中で逃げたしたのがうかがえる。

 

「んー、君はヒナコ……じゃなくってハナコだったね。逃げ出してきちゃったのかな?」

 

 道路の真ん中では道の邪魔だと、リードを持って近くの公園へと移動してベンチに座り、ハナコを膝に乗せて可愛がる。

 心を許しているからか、器用にハナコは転がって翠に腹を見せる。

 

「犬は苦手な方なんだけど、君は可愛いね。きっとご主人も可愛いんだろうね」

「――花子!」

 

 寝返りを打ち、翠の膝に丸くなって頭を撫でられながら眠りについた頃。ご主人だと思われる少女が公園の入り口に見える。翠は口に人差し指を当てて静かに、とジェスチャーをすると、少女はコクンと頷いて翠のもとへと歩いてくる。

 

「あの、花子が迷惑をかけてすいません」

「気にしなくていいよ。この犬は大人しいから、苦でもなかったし。寝たばかりだから起こすのもなんだし、少しお話しない?」

「……ええと、それじゃあ少しだけ」

 

 初対面ということもあるため、少女は多少警戒していたが、ハナコが関係していることもあって少し距離をとってベンチへと腰掛ける。

 

「俺の名前は……そうだね。すーちゃんとでも呼んでほしいな。こんななりでも24歳になるんだ」

「えっ? 本当に? ……あ、すいません」

「無理して敬語は使わなくてもいいよ。素の方が話しやすいでしょ?」

「それじゃ……。私は渋谷(しぶや)(りん)。15歳だよ」

「おお、リアルJKか。いや、JKとか今更新鮮味なかったわー……」

 

 急にわけわからないことを言い始めた翠に渋谷は首をかしげるしかない。

 

「それにしても花子がこんなにも懐くなんて……珍しい」

「そうなの? 気がついたら足元にすり寄っていたんだよね。……ん、全然話してないけどそろそろ暗くなるね。ハナコ、そろそろ起きてくれないかな?」

 

 残念そうな顔をしながらも、空と公園にある時計を見て時間だと分かると翠は膝で気持ちよさそうに眠るハナコを優しく揺すり起こす。

 

「もうすぐ日が沈むし、迷惑じゃなければ送って行くよ?」

「さすがにそこまでしてもらうわけには……」

「……でも、ハナコはそう言ってないみたいだけど」

 

 どこか悲しげな雰囲気を漂わせながら翠のズボンを加えて引っ張るハナコ。それを見て渋谷も折れたらしく。

 

「あの、それじゃお願い」

「うん。任された」

 

 翠がハナコのリードを握り、渋谷が少し前を歩いて先導する形で歩いていく。

 

「いきなりこんなことを聞くのもなんだけどさ」

 

 しばらく無言で歩いていた二人だが、ふと翠が口を開く。

 

「何?」

「渋谷にはいま、やりたいことってあるの?」

「…………」

 

 ピタリと渋谷の足が止まる。二歩三歩と渋谷の前を歩いてから翠も足を止め、振り返り見る。

 

「なんだかいまが楽しいって感じがしなかったんだよね。世の中つまらない?」

「…………別に」

 

 翠の背が小さいため、やはり見上げる形になるが、渋谷は顔を背けて顔を合わせようとしない。そしてそのまま翠の脇を通り抜けて歩いて行ってしまう。

 

「渋谷は一見わかりにくそうな雰囲気纏ってるけど、案外単純なんだな」

「…………」

「まあ、初対面の知らない男にこんなこと言われたらイラつくか」

「…………」

 

 何を話しかけても渋谷は反応しないが、翠は諦めずに言葉を投げかけ続ける。

 

「一つだけ。信じるか信じないかは渋谷、お前が決めろ」

「…………何?」

「お前の人生の分岐路がもうすぐやってくる。退屈でつまらない人生に終止符を打ち、輝く道を示してくれる人が手を差し伸べるだろう。その手を取るならば俺は渋谷の味方でいてやれるよ」

「…………もし、その手をとらなかったら?」

「さあ? そのときは知らないさ。でも、絶対に渋谷はその手を取るさ」

「どうしてそんなことが言えるの?」

「なんとなく、だな。ただの勘だよ。もしくはおっさんの戯言でも思っておいてくれ」

「…………ここ、私の家」

 

 ある花屋の前で渋谷が立ち止まる。翠は渋谷にハナコのリードを渡し、しゃがんでハナコの頭を撫でる。

 

「また、会えるよ。それまでご主人の言うことをちゃんと聞くんだぞ?」

 

 きちんと意味を理解しているのか、元気よく鳴いて返事をする。それに満足そうな笑みを浮かべ、翠は立ち上がり渋谷に向き直る。

 

「近いうちにまた会えると思うけど、渋谷は俺に気づかないと思うよ。だけど影からちゃんと見守ってるから」

「……よく、分からないけどありがとね」

「うん。今度来たときはお花でも見繕ってもらおうかな」

「そのときはサービスするよ」

 

 渋谷とハナコに別れを告げた翠は、日が完全に沈み、雲の切れ端から星がのぞく空の下で少し悲しそうな笑みを浮かべながら自分の家へと足を向ける。

 

「――――――…………」

 

 その声は誰にも届かない。

 

☆☆☆

 

 あれから翠はほどほどに仕事をサボり、ほどほどにレッスンをサボりつつも数日を過ごし、今日はCPの宣伝写真を撮る日である。

 あのできるキャリアウーマン風の女性――名を日草(ひぐさ)奈緒(なお)というが、彼女は翠の専属プロデューサーである。翠は彼女に無理を言って今日を一日オフにしてもらっていた(おそらく仕事を入れていたとしても、すっぽかして来ていた。それを分かっていたために、彼女は無理をしてこの日を開けていたりする)。

 彼は今、白髪の腰まで伸ばした長い髪を束ね、帽子に半ば無理やり隠してバレないように変装している。髪を後ろに束ね、伊達メガネをかけた状態だと島村に渋谷、その他にもCPのメンバーの何人かとその姿で会っているため、翠だとバレなくても見つかる可能性があるためである。

 変装をしているのは自分がいると分かった場合、ただでさえ緊張しているというのに、余計な緊張まで与えてしまうからだ。

 カメラマンの中に上手く紛れ込んで撮影の様子を伺っている。

 

「…………ようやく、揃ったね」

 

 島村、渋谷、そして本田(ほんだ)未央(みお)ら三人が他のみんなと仲良く話しているのを見て翠は誰にも聞かれないよう小声でつぶやく。

 みんなはここに来る前、CPの部屋で三人と顔合わせを済ませている。

 

「たっちゃん、たっちゃん。これ使ったら?」

「翠、さん? どうしてここに……いえ、それよりも仕事はどうされたのです?」

「あまり長く話してるとバレそうだから詳しくは後で話すけど、今日は一日オフなんだ。それよりも早くそれを渡してあげて」

「はぁ……。分かりました」

 

 宣伝写真も順調に進んでいったが、島村たち三人で(つまず)く。慣れないからか、上手くカメラの前で笑えないようだった。

 そこで翠は小道具の中からボールを取り出し、武内Pにみんなにバレないようこっそり近づいていき、手渡す。

 初めはここにいることに対して驚いていた武内Pだったが、翠の意図を汲み取ってくれたのか深くは聞いてくることはなく、ボールを三人に渡して遊ぶようにと指示をする。初めはそれも戸惑っていたが、ムードメーカーであるのか本田が声を出し始めたことにより、しばらくすると三人は自然な笑顔を浮かべていた。そこを当然逃すはずなくカメラマンはシャッターをきっていく。

 

「あれ? 美嘉(みか)じゃん。どうしたの?」

「誰……? って、ええっ!? 翠さ――んぐっ、んんっ!!」

 

 そこにカリスマJKモデルである城ヶ崎美嘉がやってきたのを見つけた翠は誰よりも早く近づいていき、声をかける。すると驚いたのか大声を出そうとしていたが、慌てて翠が美嘉の口を抑える。近くにいた数人に不思議そうな顔をして見られたが、CPの面々までは声が届かなかったらしく、楽しそうな声が聞こえてくる。

 

「大きな声、出さないで」

 

 首を縦に振ったのを確認した翠はゆっくりと手を離し、美嘉から離れる。

 

「隣で撮影していたんだね」

「うん。妹がいるから様子を見ようと思ってね。そしたらいい新人がいるから今度のステージでバックダンサーを頼もうかと思っていたんだけど、まさか翠さんがいるとは思わなかったなー」

「あはは。危うくバレそうだったけどね」

「ごめんごめん。でも、どうして? 気になる子でもいるの?」

 

 両手を合わせて軽い調子で謝る美嘉だが、そのことを翠は気にした様子を見せない。

 

「気になる、といえば気になるかな。この子たちは化けるよ」

「……へぇ、翠さんがそこまで言うなんてね。私も目をつけておこっと。他の人にも教えてあげなきゃ」

「それよりもバックダンサー、頼むんじゃないの?」

「そうだった。それじゃまたね、翠さん」

 

 手を振って別れ、美嘉は武内Pのもとに向かう。先ほど話していたバックダンサーについて頼みにでも行ったのだろう。美嘉に気づいて抱きついた金髪のツインテール、莉嘉が美嘉の妹だろう。確かに苗字も同じだし、どこか顔立ちも似ている。

 

「宣伝写真も撮り終わってるようだし、俺も登場するかねー」

 

 そんなことを言いながらCPの方へと近づいていく。まだ帽子などの変装を取っていないため、翠だと知っている武内Pと美嘉以外は身構える。

 

「みんな、ずっと見ていたけどよかったよ」

 

 そう声をかけながら変装を解いて行くと、喜ぶものや恥ずかしがるものなど、反応は様々であった。

 

「見ていたなら言って欲しかったにゃ! 翠さんも人が悪いにゃ!」

「だって、俺がいたらみんな緊張しちゃうでしょ? 完全な第三者から見るって機会がなかなか無いからさ。楽しかったよ」

 

 すでに一度会っているCPのメンバーは未だ緊張はしているものの、ある程度の受け答えはできる。それとは別に、翠として会うのが初めての二人と、顔合わせ自体が初めての本田は目の前に現れたトップアイドルに驚きと極度の緊張でガチガチになっている。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。みんな基本は翠さんって呼ぶけどタメ口だし、みんなも気軽に、ね?」

 

 そうフォローするも、なかなか緊張は解けないでいる。

 

「三人はバックダンサー、やるんでしょ? 大勢の人の前で踊るんだから、たかが一人目の前にしただけで緊張してたらダメだよ」

「……いや、翠さん。たかが一人なんて冗談ですよね?」

「そう? 俺も美嘉も、同じ人間だろ? 変わらん変わらん」

「……うん、翠さんはどっかずれてるんだよね」

「何を言うか」

 

 失敬だなとばかりに翠は頬を膨らませるが、その姿は子どもがふてくされているようにしか見えない。

 

「それにしてもうーちゃ……島村に渋谷、本田の三人は運がいいね。バックダンサーに選ばれるなんて」

「え、あっ、はい! ありがとうございます!」

「……ありがとう、ございます」

「あ、ありがとうございます!」

「振り付けとか色々と覚えることがあって大変だと思うけど、頑張って」

 

 そして翠は美嘉と武内Pの二人と少し話をした後、ひらひらと手を振って別れを告げてどこかへと去っていった。

 

「はわぁ~。まさか九石翠さんに会えるなんて思わなかったです!」

「だねだね! しかも頑張れって!」

「うん。凄かった」

 

 三人とも興奮が抑えきれないようで、頰が少し赤くなっている。

 

「実はね。数日前なんだけど三人が来る前に翠さん、私たちのところに来てたんだ」

「えぇっ!? 何それずるい!」

「あはは……未央ちゃん、そんなことを言ってもどうにもなりませんよ」

「そうだけどさー! みんなはすでに会ってるなんて思わなかったよ!」

「そのときはダンスを見せてもらったんだよ!」

「目の前でダンスですか! それは羨ましいです!」

 

 先ほどまで本田を落ち着かせる立場だった島村なのだが、赤城がダンスを見してもらったと言った瞬間。島村は本田の立場へと移り変わった。それを見てCPのみんなは楽しそうに笑う。そこでようやく自身がどういう状況なのか気づいたのか、島村が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

 島村は翠だと気が付いていないだけで、何度も目の前で踊りを見せてもらっていたりする。翠は正体をバラしていないため、知る由もないが。もちろん、他のメンバーも知らない。

 

☆☆☆

 

「渋谷凜が環境の変化に戸惑ってる頃か」

 

 電気をつけておらず、月明かりのみが照らす薄暗い部屋の中。

 必要最低限の家具しかない部屋のソファーにだらけて座る翠が手に持つ携帯にメールが届いたことによってその顔を明かりが照らす。

 それもチラリと見ただけであり。携帯の画面にずっと触れていないことによりフッと消え、再び薄暗い部屋へと戻る。

 

「ああ……面倒だ」




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