「あら? 翠ちゃん」
「およ?
346プロの玄関ホール。
そこで翠は346プロの中でもトップアイドルに近いと言われている
「楓は今日、仕事?」
「ええ、そうなんですよ。だけど346って広いじゃない? 迷って遭難しちゃいそう……ふふっ」
「いつものキレがないから今日は帰ったら?」
「あら、手厳しい」
ミステリアスでクールなタイプに見えるが、ダジャレが好きで彼女と話をしたら印象がガラッと変わる。よく会話にダジャレを絡めてくるが、ほとんどの人は流したり、反応に困ったりする。そんな中、翠はきちんと返してくれるため、高垣は翠のことをだいぶ気に入っている。
「翠ちゃんは?」
「俺はどこでサボるか考えてるところ」
「相変わらずなのね。そんなに怠けていると、私に負けちゃいますよ?」
「おお、少し調子戻ったようだけど分かりにくいかな? あ、楓はまだ時間ある? 俺、朝食まだだからカフェに行こうと思うんだけど」
「なら一食、ご一緒しましょうかしら」
「微妙。やっぱり疲れてる?」
「朝食抜いてきて超ショックのほうがよかったかしら?」
「それだと二番煎じになっちゃうよね」
「手荷物を手に持って行きましょう……ふふっ」
「お、やっといつもの調子だな」
二人は立ち上がり、346の中にあるカフェへと向かう。
そこではここの社員と思われるスーツを着た男性や女性らが数名、コーヒーを嗜みながら新聞やタブレットを弄っていた。
「いらっしゃいま――あ! 楓さん! ……うげっ! 翠さん……」
カフェについた二人を迎えたのは目立つ大きなリボンをつけているメイド服を着た女性だった。彼女は銀トレイを手に高垣を見つけると嬉しそうな笑顔を見せたが、影から翠が姿をあらわした途端にその顔を歪ませる。
「うげっ! とはなんだうげっ! とは。今日一日ここで過ごしてやろうか」
「それは聞き捨てならんな」
「ん? ……うげっ!」
すぐそばで聞こえた声に反応して三人がそちらに顔を向けると、新聞を片手にコーヒーを嗜んでいた奈緒がいた。それを見た翠が今度は顔を歪ませ、安部が救いの神に出会ったとばかりに顔を輝かせる。
「今日の予定は雑誌の撮影だ。朝食はここで取るのだろう? 待っていてやる」
「…………雑誌の撮影、かぁ。なんであんなのに時間かかるかね。つか、俺じゃなくてよくね? 961……じゃなくてどっか移動したんだっけ? ジュピター。あいつらに頼めよ。もしくは765の赤羽根に。今から電話して頼むか」
「ほら、愚痴言ってないで早く食え」
「そうですよ、翠ちゃん。もう
奈緒が座っている席に翠と高垣も座る。テーブルに体を乗せてグチグチと文句を言い続ける翠に奈緒は新聞紙を軽く丸めて頭を軽く叩く。
「あ、安部ナナサンジュウナナサイ。ほったらかしにしてた」
「……翠さん、その言い方に悪意を感じますけど」
「ふっ……甘いな。三十七歳と言いたいわけではない。ナナ、サン、ジュウナナを足して二十七歳と言っているのだ」
「な、ナニイッテルンデスカー。二十七歳とかそんなマサカー。私は永遠の十七歳ですよー……?」
「あ、俺はコーヒー砂糖ミルク増し増しとサンドイッチ」
「私はコーヒーをブラックで」
「無視ですか!?」
二人して可哀想な子を見るような目で見られ、安部は目の端に涙をためて『翠さんのバカー!アホー!』と叫びながら注文を厨房へ伝えに行った。
「それで奈緒。今日の仕事は撮影だけ?」
「ああ。一日に二つ以上仕事を入れたらお前、すっぽかすだろ?」
「まあね」
新聞を片付けている奈緒に今日の予定を尋ねる翠。手帳を開いて翠に見せながらため息をこぼして説明する。
昔、一度だけ翠は一日に二つの仕事をしたことがあるが、それ以降は面倒だと断り続けている。
始めのうちは奈緒も無理やり連れて行けばなんとかなるだろうと考えていたが、何をするかを会った時に伝えるしか今日の仕事内容を知らないはずの翠が第六感的な何かで感じ取って逃げ続けるため、奈緒が折れるしかなかった。上の方もそれを認めている。
「できれば二つに増やして欲しいんだがな」
「無理無理」
今でも奈緒は二つに増やせないか翠にこうして持ちかけるが、考えるそぶりすら見せずに首を横に振る。
「お待たせしました~」
そこに銀トレイの上に高垣と翠が注文した料理を乗せて安部がやってくる。
先に高垣へコーヒーのブラックを置き、続いて翠の頼んだサンドイッチ、コーヒー、シュガー五袋、ミルク四個を置く。
「そんなにお砂糖を入れるとさシュガーにいけないと思うわ」
「…………私もそう思います」
「楓、会った時に調子悪かったのは寝ぼけていたからかな?」
「…………高垣、安部。そいつに何言っても無駄だ。諦めが肝心だぞ」
嬉しそうに鼻歌を歌いながら砂糖とミルクをコーヒーへと入れていく翠。高垣と安部の忠告など耳に入っていないようで、高垣のダジャレにだけ反応している。
奈緒は安部にコーヒーのおかわりを頼みながら翠を見て悲しげな表情を浮かべる。それも気のせいだと思われるほど一瞬であったために高垣も安部も深く聞くことはなかった。
「今日はCPのとこ、見に行けないのか。面白いことになってると思うんだけど」
あむっ、とサンドイッチを一口かじり、それを飲み込んで口を開く。
「なあ、奈緒」
「何だ? 休むとか無しだぞ」
「いんや、そうじゃなくてさ。今日の撮影に一人……もしくは二人、一緒に参加させてもいい?」
「……話だけ聞いてやろう」
安部が持ってきたおかわりのコーヒーに口をつけようとしたがそのままカップをソーサーに戻し、真剣な目つきをする。何が楽しいのか、それをニコニコとした表情でコーヒーを飲みながら高垣が見ている。
「まだ、CPは本格的に動いていないじゃん? 島村、渋谷、本田の三人が美嘉のバックダンサーとして選ばれてるけど、他はまだレッスン。その空いている子の中から――――」
「いいぞ」
「まだ、全部話してないけど?」
「お前の新しい発想が失敗したことがない。それだけで理由としては十分だ。上からも翠の意見は全部通すようにと言われている」
「お? なら、週休八日を希望しまーす」
「それとこれは話が別だ」
「うえぇ……」
「…………ふふっ」
ついに堪え切れなくなったのか、高垣が声を出して笑い始める。
「また、私の時みたいに卵を見つけたのですね」
「まあね。美嘉からまだ聞いてないのか。CPのみんなは化けるよ。俺は確信してる」
「あらあら。それは少し妬けちゃいますね。このベーコンみたいに……あむっ」
「俺のBLT(ベーコンレタスタマゴ)サンドが……」
翠はトマトが嫌いなため、特別に作ってもらっているサンドイッチだ。それを高垣が翠の前においてあった最後の一つを手に取り、口に含む。
「それで、誰を呼ぶつもりだ?」
高垣と翠の会話が一段落ついたところで奈緒が話を戻す。腕時計で時間を確認しているのはそろそろ時間が迫ってきているからであろう。
「まあ、まずはCPメンバーのとこに行って、本人の許可を取らないとね」
「……明日は雪だな」
「失礼な。キチンとお話をしてついてきてもらうさ」
「…………ああ、可哀想に」
「ふふっ。私の時もそうでしたから、きっとその子もはばたきますよ」
「そうだな。とりあえず早く飲んで話をつけに行くぞ」
「お? 奈緒さん持ち?」
残っていたコーヒーをさっさと飲み干し、出る準備を始める奈緒のことを高垣と翠はゆっくりとコーヒーを飲みながら眺めている。
「別にいいぞ」
「お、太っ腹」
「ごちそうさまです」
「ほら、行くぞ」
「え? ちょっと、まだコーヒー残って……引っ張らないで!」
「頑張ってね」
翠のコーヒーはまだ半分ほど残っているが、伝票と荷物を持った奈緒に腕を引かれて無理やり連れて行かれる。それを笑顔で手を振りながら見送る高垣は、その姿が見えなくなると翠が飲んでいたコーヒーのカップへと目を向ける。
「…………甘い、ですね」
コーヒーを飲み干した高垣は周りを見回し、誰も見ていないことを確認してソーサーごと翠が飲んでいたものと入れ替える。コーヒーカップのふちを指でなぞり、翠が口をつけていたところに合わせてコーヒーを口に含む。
想像していたよりもはるかに甘ったるい液体が口の中を蹂躙し、舌がおかしくなるような感覚に眉をしかめる。
「甘い、ですね……」
手に持ったカップを覗き込み、波紋に揺れるコーヒーに映る歪んだ自身の顔を見ながらもう一度同じことを呟く高垣の表情は、憂いに満ちていた。
☆☆☆
「誰に声をかけるのか、目星はついているのか?」
「うん、決まってるよ。だけど、呼ぶときに少しだけ騒がしくなるかな」
「それはそうだろう。極端に言えば差別のようなものだからな」
今は階を移動するためエレベーターに乗っているが、翠は歩くの疲れたと言ってエレベーターに乗る前から奈緒に背負われている。346内ではよく見かけられる光景のため、いまではみな慣れたものでそこに触れるものはいない。いるとすれば入ったばかりの新人だけだ。
「写真撮り終えたら帰ろっかなー……土に」
「埋めてほしいのなら手伝うぞ?」
「奈緒が言うと冗談に聞こえないから怖いよな」
目的の階に到着し、エレベーターから降りておそらくみんながいるであろう場所、レッスン室へと向かう。
「ニャンニャン言ってる奴が島村たちに絡んでるんだろうな」
その声が聞こえたわけではないだろうが、まだ距離があるというのにレッスン室の中から『勝負にゃ!』といった声が二人の耳に届く。
「どーもー」
翠の声に合わせて奈緒がドアに手をかけ、中へと入っていくと、島村たち三人が前川に勝負を挑まれて受けていた。なぜか勝負の内容はジェンガ。それもたったいま、前川が敗れたところだ。彼女たちの周りでは苦笑しながら事の成り行きを見ている残りのCPメンバーがいる。
「うにゃー! また負けたにゃ!」
「あはは……その、すいません」
「別に謝ることじゃないと思うけど……」
「またってことは、すでに何回か勝負してるんだね」
そこでようやく、翠が入ってきたことに気づいたCPのメンバーの動きが止まる。
「あ、あの! 決して遊んでいたわけじゃ!」
「そ、そうにゃ! ちょっとした、その、アレにゃ!」
「ああ、別に気にしてないよ」
奈緒に背負われたままでいる翠に顔を青くさせて目を回しながら言い訳を考える島村と前川に笑顔で手を振って制するが、さらに顔色を悪くさせたために、『あれ?おかしいな』と首をかしげる。
「それよりもさ、ちょっと用があってきたんだ…………双葉杏に」
「ふぇっ!? ……あ、杏に?」
自身は無関係だとばかりにレッスン室の隅っこで壁に体を預けてダラけていた双葉が半分閉じかけて頭目をパッチリと開いて反応する。
「にょわー! 杏ちゃんしゅごいしゅごい! 翠さんから頼まれごとなんて!」
「あと、無理にとは言わないが諸星きらりにも」
「にょわ!? 杏ちゃんと一緒ならきらりんうれすぃ! 何やるか分からないけど、一緒に頑張ろうね杏ちゃん!」
「杏はまだやるって言ってないんだけど……」
「う、卯月ちゃんたちだけでなく杏ちゃんにきらりまで! みんなばっかりずるいにゃ!」
諸星はまだやる内容すら聞いていないのにやる気を出し、双葉との温度差が見てはっきりと出ている。そこに前川が声を張り上げ、赤城と城ヶ崎もそれに乗っかる。
「……ほら、騒がしくなった」
こうなることを予想していた翠は、叶わないと分かっていながら落ち着いた雰囲気で物事が進んで欲しいと考えていた。それもいま、無残に砕け散ったために奈緒の肩にあごを乗せ、ため息をつく。
「まず、みんな落ち着け」
決して声は大きくないはずなのだが、翠の言葉はみんなの耳に届き、シンと静まり返る。
「島村たちのバックダンサーだが、すでに決まったことだ。ウダウダ言ってるな。そんで双葉と諸星の件だが、この後話す。受ける受けないは悪いがすぐ決めてくれ」
そこで翠は奈緒の肩を叩いて下ろしてもらい、手招きで前川を呼ぶ。
「…………あいたぁ!」
近寄ってきた前川にジェスチャーで屈むように指示を出し、手の届く範囲に前川の顔がきたところでデコピンをする。突然のことと、見た目からは想像できない強さであったため、仰け反り、背中から床に倒れる。
「早くデビューしたい気持ちは分からなくもないが、少しは落ち着け。今回、美嘉が三人を選んだのと俺が二人を選んだのは合っていたからと、時期だったからだ。前川にも近いうちに必ずその機会が回ってくる。それを逃さず、物にできるよういまはレッスンで鍛えてろ」
「…………分かったにゃ」
「……前川の自分を曲げないという信念を俺はだいぶ買っているからな」
「…………!」
本人は小さな声で聞こえないように言ったつもりだろうが、その声はしっかりと前川の耳に届いており、落ち込んだ状態から天に召されたように晴れやかな表情へと変わる。
「それで杏たちに用って?」
「杏ちゃん、アイドルの大先輩だから敬語を使わなきゃだめだにぃ」
「いんや、別に無理して敬語なんて使わなくていいよ。むしろ双葉みたいにタメ口の方が俺も気が楽だ」
「ほら、大丈夫だって」
「長くなって悪いな。これから俺、撮影の仕事なんだが双葉と諸星も一緒にどうかな、って思って」
『……えええっ!?』
翠の言葉にCPのメンバー全員が驚きの声を上げる。
だが、双葉はすぐにハッとなって嫌そうな表情を作る。
「し、仕事なんて杏は嫌だよ」
「杏ちゃん! これはとぉ~ってもしゅごいことなんだよ!」
「うわわ、きらり揺すらないで」
双葉が断る雰囲気を出しているのを感じ取った諸星が肩を掴んで激しく揺すりながらどれだけ凄いことなのかを語っているが、当の双葉はグロッキー状態である。
そこに歩くのもダルそうな雰囲気を出しながらもゆったりとした足取りで双葉と諸星のもとに向かう翠。諸星の肩に手を置いて辞めさせると、グロッキー状態の双葉を少し落ち着かせてから立ち上がるように言い、二人でレッスン室の角の方へと移動する。そして翠は双葉の耳元に口を寄せ、二言三言なにかを囁いた途端に双葉からやる気が溢れ出る幻覚をCPメンバーは見た……気がした。
「杏はその仕事、引き受けるよ!」
「よし。諸星もやってくれるし、決まりだな。奈緒、行くぞ」
「今から向かっても遅刻は確定だがな」
いままで黙って事の成り行きを見守っていた奈緒がため息をつき、携帯を片手にレッスン室から出て行く。
「あ、杏ちゃん? きらりはやる気を出してくれるのはしゅごいハピハピィなんだけど……」
「大丈夫だって。何も悪いことには手を出してないよ」
きらりだけでなく、他のみんなも双葉が急にやる気を出したことに一種の畏怖を翠に抱いていた。いままで何を言ってもやる気を出さず、唯一飴玉によって少しのやる気を出してくれる双葉だが、翠から少し話を聞いただけでここまで変わるものなのか、と。
「それじゃ、行こっか。奈緒……俺の専属マネージャーなんだけど、たぶん電話も終わってるしそこで待ってると思うから」
そう言って翠はレッスンのドアへと足を踏み出したが、そのまま倒れこむ。
「す、翠さん!? 大丈夫ですか?」
一番近くにいた新田がすぐさま近寄り、翠の無事を確認するために体を起こす。周りにも心配そうな顔をしながらみんな集まってくる。
「これから仕事に行くとか考えたら力でねぇ……」
『…………』
翠の口から漏れ出た言葉により、新田だけでなく、他のみんなも口を噤む。
先ほど、双葉のやる気を引き出して畏怖や尊敬の念をそれぞれ抱いていたのに、それらが一瞬にして無に返った。
「ほらほら、翠さん! 早く行くよ! 印税生活が杏を待ってる!」
「翠さんはきらりが背負っていくねぇ~」
新田の手から諸星の手へと翠は渡り、背負われる。そしてやる気の出ている双葉を先頭にレッスン室から出て行った。
リクエストとかこういう場面欲しいってあったら、それ用の活動報告でも書いておこうかな
プロットとか、特に無いからすぐかもしれないし、先になるかもしれないけど、気長にお待ちください。