怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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8話

「…………誰?」

 

 朝を迎え、目を覚ました翠は首をかしげる。

 一人暮らしであるはずなのに、朝食のいい匂いが漂ってくるからだ。誰だかわからないというのに、その表情に恐怖はない。翠がベッドから降りようとしたとき、不意にドアが音を立てて開かれる。

 

「おはようございます。あ・な・た♪」

「……俺は結婚した覚え、ないんだがな」

 

 ドアを開けたのは同じ346のアイドルである佐久間(さくま)まゆ。左腕には常に赤いリボンが巻かれているのが特徴だ。

 

「おはよう、まゆ。一瞬、どうやって入ったか不思議だったが、合鍵を渡していたな」

「はい。私とあなたの、愛の巣です」

「朝食を作ってくれたのか?」

「はぁん。冷たくされるのもゾクゾクしますね。……はい、心を込めて作らせてもらいました」

 

 高垣のギャグとは違い、佐久間を相手にするときの翠は冷たい印象を受ける。だが、下手に反応をしてしまうとどこまでも付け上がってしまうため、これが正しい対応といえば正しいのだが。

 

「久しぶりな気がするけど、忙しかった?」

「翠さんの言う通り、ここ最近は忙しく、なかなか会うことが出来なくてまゆは寂しかったです。翠さんも寂しかったですよね?まゆがこんなにも寂しかったんですから」

「まあ、何か物足りなさを感じていたね。久しぶりに会うと、ホッとするよ」

「――――っ!」

 

 翠のセリフを聞いて佐久間は全身で喜びをあらわにする。頬を両手で包み、はぁ…と熱い吐息を漏らし、体をクネクネと動かす。しばらくして満足したのか、頬から手を離すがまだ朱に染まったままで、色っぽい雰囲気を漂わせている。佐久間は翠が上体を起こしたままでいるベッドへと近づいていく。

 

「ねぇ、翠さん。久しぶりにキス、して欲しいです」

 

 そう言ってベッドに両手をつき、『……ん』と目を閉じて翠にキスをねだる。

 

「久しぶりも何も、キスしたことないよね」

「……ふふっ、翠さんのいけず――――ちゅ」

 

 不意打ちで翠のデコにキスをして満足したのか、ベッドから二歩三歩と離れる。

 

「いつも私からだけですよね。やっぱり、他に女がいるんですか? 一番怪しいのは奈緒さんですけど」

「違うっつーに」

 

 デコとはいえ、美少女にキスをされたのに顔色一つ変えない翠はベッドから起き上がり、自ら上体を前かがみにさせた佐久間へとデコピンをする。

 

「冷めないうちにご飯、食べさせてくれ」

「はい♪」

 

 佐久間は翠をおんぶではなく、お姫様抱っこで運ぶ。

 

『そのほうが顔を見られるし、手の内に翠さんがいることに興奮している』

 

 昔、やめて欲しいと言ってもこれだけは譲らなかった佐久間に翠が聞いたとき、そんな答えが返ってきた。

 そのときの翠はただ、頷くしかなかった。……おそらく、今も。

 

「今日は仕事、休みなのか?」

「はい。そろそろ翠さんと会わなければ理性が持たなかったので」

「そう。俺も今日、休みだからどっか行く? それともゴロゴロしてる?」

「私は翠さんと一緒に居られるなら、どこでもいいですよ」

「そかそか」

 

 ご飯に味噌汁、鮭の切り身。佐久間が翠のために料理を作ったのだ。トーストなんか出てくるわけがない。手を合わせてから箸をとった翠はまず、味噌汁から口につける。

 

「ほんと、俺好みの味付けだよ」

「頑張りましたから。毎日味噌汁を作ってあげますよ?」

「鮭の焼き加減もいいし、米もうまい」

「米は翠さんと比べると全然ですけど、嬉しいです」

 

 翠が朝食を食べ進めていく間、対面に座った佐久間はニコニコと見ているだけ。目の前には水の入ったコップが置かれているが、手をつける様子が見られない。

 

「まゆは食べないのか?」

「翠さんが食べ終えた後でいただきますよ?」

「今からでも一緒に食べようか。やっぱり、一人よりも楽しいよ?」

 

 翠が言い切る前には佐久間の姿が目の前からなく、トレイに翠と同じメニューを乗せて戻ってきた。

 

「では、いただきます」

「……ん」

 

 ツッコミを入れるなんてことはなく、何事もなかったと自身に言い聞かせて翠はもくもくと食べ進めていく。

 後から食べ始めたはずの佐久間であったが、翠が食べ終えると同時に食べ終えていた。片付けてくれると言うので、翠は佐久間に食器を預け、ソファーにグデッと体を投げ出す。

 

「…………あ、明後日か。ライブ」

「新人さんが美嘉さんのバックダンサーとして出るやつですよね?」

「そうそう」

 

 いつの間にかちょこんとソファーに座っている佐久間に翠は驚くことなく返す。

 

「……そんなに気になるんですか?」

「そりゃ、まゆと同じで可愛い後輩だからね」

「そんな、まゆのことが可愛いなんて……プロポーズですか?」

「うん、違う。すごいポジティブ思考だね。下手なこと言えないじゃん」

 

 翠は体を起こし、テーブルに用意されている紅茶へと手を伸ばす。

 

「甘くてうまい」

「まゆも、砂糖多すぎだとさすがに思います」

「大丈夫大丈夫。このあいだの健康診断は問題なかったし」

 

 飲み干した翠は再び横になろうとしたが、佐久間に頭を軽く押さえられ、不思議に思っている間にあれよあれよと膝へ頭を運ばれる。所謂、膝枕だ。

 膝枕なのに、頭をのせる部分は太ももとはこれいかに。

 なんてくだらない事を翠が考えていると、優しく翠の頭を撫でていた佐久間の手が止まる。

 

「……ねぇ、翠さん」

「お?」

「何が見えているのですか?」

「……何? 俺が企んでる説でも流行ってるん?」

 

 昨日の奈緒と武内Pに続き佐久間にまで言われた翠はため息をついて上体を起こそうとしたが、押さえつけられたことによってそれは叶わなかった。

 

「どしたの?」

「まゆは誤魔化されませんよ?」

「誤魔化すも何も、初めから企みなんて――」

「…………」

 

 最後まで言い切ることなく、翠は口を紡ぐ。

 

「翠さん、私は誰にも話しませんよ?」

「それは分かってるんだけど、こればっかりはなぁ……。誰かに打ち明けることで心の負担が軽くなることも理解してるけど、無理なんだよね」

「…………私じゃ、ダメなんですか?」

「まゆだから、ってわけじゃないんだよね。これは俺自身にしかどうこうできない問題だからさ」

 

 『それに……』と、続けて佐久間の目をまっすぐに見つめ返す。

 

「俺の性格を理解してるなら早い話、基本面倒ごとは奈緒や周りに押し付けてるじゃん? ちゃんと周りに体を預けて頼ってるから」

 

 ――だから心配しないでいいよ。

 言葉にはせず、目だけで伝える。

 それをきちんと受け取ったのか、佐久間も頬を緩ませ、再び翠の頭を優しく撫で始める。翠は気持ちよさそうに目を閉じ、身を委ねる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」

 

 はじめは頭を撫でていたのだが、その手が頬へと移動してきたことに翠は不思議に思い、目を開ける。

 

「…………あと少し目を瞑っていてくれたらよかったのに」

 

 目を開けた翠の視界に映ったのは興奮して目を潤ませ、頬は朱に染めている佐久間の姿であった。顔の距離は二十センチとなく、翠が違和感を感じて目を開けなければ。手を間に入れなければそのままキスされていたであろう。

 

「まったく。ゆっくり寝ていられないじゃないか」

「別にゆっくり寝ていてもいいんですよ? ただ、ライオンの前に腹を出して寝転がるウサギを想像していただければ、と」

「それ、ダメなやつやん」

 

 そんな事を言い合いながらも、翠は膝枕をされて頭を撫でられたままでいる。

 

「休みの日って大好きだけど、時が進むの遅いよね」

「まゆは翠さんと一緒ですから、とても楽しいですよ?」

「そう? ……それよりもまゆの方こそ、何か相談でもあるんじゃないの?」

「…………」

 

 ピタリと撫でていた手が止まる。

 

「やっぱり、翠さんは考えていることが読めるんですか?」

「そんな特殊能力があったら是非とも欲しいね。弱み握って楽して生きたい」

「……何にしても、翠さんには隠し事が出来ないですね」

 

 佐久間が頭から手をどけたため、翠は体を起こしてソファーに体を預ける。

 

「私もここに住んでいいですか?」

「……なんで?」

 

 真面目な表情をしていたために、人生相談か、はたまた重い内容かと考えていた翠はその口から出た言葉を理解するのに少し、時間がかかった。

 人生相談といえば間違いではないのだが、内容が内容であるため、佐久間に紅茶のおかわりを注いでもらってそれを飲み、翠は落ち着いてよく考えてみたが結局はよく分からなかった。

 

「急にどうしたん?」

「まゆは今、実家から通っているんですけど、ここからなら近くて便利かな、と思いました」

「……親御さんが許さんだろ。こんな男と暮らすなんて」

「泣いて喜んでいましたよ?」

「…………おーい」

 

 思わずといった感じで顔に手を当て、見たこともない佐久間の両親へと愚痴をこぼす。

 

「別に部屋とか空いてるからいいんだけどさ」

「なら、今から準備してきますね」

「話は最後まで聞こ? ねぇ、待って……おーい」

 

 許可を得たとたんに佐久間はソファーから立ち上がり、ニコニコとしながらリビングから出て行く。翠が呼び止めるも右から左に抜けていっているようで、立ち止まる気配はない。そのまま翠がソファーから動くことはなく、遠くから玄関の開く音と鍵の閉まる音が小さく聞こえてくる。

 

「……別にいっか」

 

 毛布を持ってきてそれにくるまり、翠はソファーで眠りについた。

 

☆☆☆

 

「…………ん?」

 

 携帯が振動する音により目をこすりながら上体を起こした翠は周りを見回して首をかしげる。

 

「…………んん?」

 

 いつまでも鳴り止まない携帯を手に取り、画面を見ると奈緒から電話がかかってきていた。

 

「もしもし? どしたの?」

『どしたの? ではない。いまどこにいる?』

「いまどこ……って、家だけども? そもそも起きたばかりだし」

『やはり、迎えに行くべきだったか。いまから行くから、支度しておけ』

「支度って……あ。切りやがった」

 

 ブツッという音が聞こえ、耳から携帯を離して画面を見ると『通話終了』の文字が。

 

「つか、いま何時…………お?」

 

 そのまま携帯を操作し、いまがいつであるのかを確認した翠は一度携帯を置き、顔を洗うために洗面台へと向かう。

 

「朝起きたらまゆがいて、朝食を食べたのは覚えてる。うん。そのあと、ソファーでダラダラして、まゆがここに住むこと許可して……あのまま一日寝てたのか」

 

 携帯でいまの時間と日にちを確認した翠は昨日の出来事を一つ一つ思い出していき、納得したように頷くとソファーへとダイブし、毛布にくるまって二度寝を決め込む。

 

「……何をしている?」

 

 いつの間にかリビングのドア付近に奈緒がおり、二度寝を決め込んだ翠のことを見下ろしていた。

 

「……今日はお休みで」

「明日のライブ、お前ならば失敗しないだろうけど合わせる意味でも今日は来いと言っていただろう」

「昨日の昼から何も食ってねぇ……腹減った」

「…………はぁ」

 

 ため息をこぼし、キッチンを借りるぞと言って食事の準備を進める奈緒。

 

「……なあ、翠。昨日は誰か来たのか?」

「んー? まゆが来たけど」

「味噌汁がまだ残ってるし、ご飯もある」

「動きたくなーい」

「…………まったく」

 

 奈緒は翠のために白米と味噌汁をよそい、トレイに乗せて運ぶ。

 

「そういや、明日だったな……大丈夫だろ」

「何に対してかは分からんが、早く食え。そして着がえろ」

「うぃ」

 

 普通より少なめに盛られた白米と味噌汁を、急かされているのにも関わらずもそもそとゆっくり食べ進めていく。アゴを動かしているうちに目が覚めてきたのか、半分以上閉じられていた翠の目が半分ほどまで開いてくる。

 

「……ごちそーさま」

「食器は洗っておくからさっさと着替えろ」

 

 翠が食べている時に用意していたのであろう。奈緒は着替えを翠の顔に投げつけ、食器を片付ける。

 どこかぼーっとしながらも、のそのそと投げつけられた服に着替え始める。翠が着替え終えたと同時に奈緒も洗い物を終えたようで、肩に翠を担ぎ、脱いだ衣服を洗濯機に放り込んで家を出る。当然、翠には帽子と伊達メガネをかけさせている。

 奈緒もこういったときのために翠から合鍵をもらっているため、それで鍵を閉めて階下に降り、車の後部座席に翠を放り込んで自身は運転席へと乗り込む。

 

「寝るんじゃないぞ」

「あい…………」

 

 返事をする翠の声は弱々しく、すぐにでも寝ていまいそうであった。

 寝させないようにと、運転中に振り向けないため何度も声をかけるが、その返事はだんだんと弱くなっていく。

 

「ほら、起きろ」

「…………んー」

 

 なんとか翠が完全な眠りへとつく前に到着したために、奈緒はひとまずの安堵を覚える。

 再び翠を肩に担ぎ、レッスン室へと向かう。

 

「悪い、遅くなった」

 

 すでに明日のライブに出る他のメンバーは揃っており、段取りを確認したりなどしていた。

 床に翠を転がし、資料や段取りをまとめた紙を受け取り、ざっと流し読みをして大まかなことを頭に詰め込む。

 

「なーおー。飲み物ー」

 

 翠に変わって他のアイドルやプロデューサーと確認している時、間延びした翠の声が響く。

 

「ほらほら、翠さん。これでいい?」

 

 だが、周りもよくわかっているのか手の空いていた城ヶ崎美嘉が翠のもとへと寄り、ペットボトルのジュースを渡す。

 

「あと、何か甘いもん欲しい」

「はい、翠さん。よかったらコレ食べてください」

 

 そう言ってお菓子を差し出してきたのは十時(ととき)愛梨(あいり)。小動物のように差し出したお菓子を食べる翠を見て、へにゃりと顔を緩ませている。

 

「それにしても翠さん、相変わらずその格好なんだね」

「……ああ、こういったのしかないし」

 

 今日着ている翠の服は、でかでか『印税生活!』と書かれているTシャツであった。前に着ていた『働いたら負け』の他にも『寝て起きて寝る』や『週休八日を希望しまーす』などがある。

 

「取り敢えず九石。いつも通りトリはお前だ」

「取り敢えずトリ……ふふっ。奈緒さんも中々ね」

「たまたまなんだが……」

 

 話が終わったのか、奈緒が翠に段取りをだいぶ省いて説明したが、そこにいままで大人しかった高垣が混ざる。

 

「たまたまなんて、おったまげたー……ふふっ」

「なかなかに」

「あら、嬉しい」

 

 翠を抱きかかえた高垣はニコリと微笑んで頭を撫でる。

 

「つか、俺来る意味あった? 奈緒が話聞いて伝えれば事足りる……」

「この後、調整で軽くレッスンするんだけど、翠さんに見てほしくって」

「そゆこと」

 

 納得と翠が頷き、断られるかもと思っていた城ヶ崎たちはホッと胸をなでおろす。

 

 

 

 

 軽くレッスンのつもりが、いつも通りのレッスンになったことをここに記しておく。

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