「おっすおっす」
「煩わしい太陽ね!」
「にょわー! 翠さんがきらりの真似してるにぃ!」
「嬉しいのは分かったから杏を離して……」
「こんにちは、蘭子ちゃん。翠さん」
「コンニチハ、蘭子。翠さん」
まだ約束していた時間に三十分ほど早いのだが、すでに四名、お茶をしながら談笑していた。
「………あ、そういやたっちゃんに用事あったんだ」
イスを引いて席に座ろうとした時、ふと思い出したように翠はつぶやき、そのまま座ることなくイスを戻す。
「翠さん、行っちゃうんですか……?」
「たぶん、すぐ終わると思うから間に合うとは思うけど……もしかしたら、長くなるかもしれないから先に食べてなよ」
昼食を一緒に食べられないと思ったのか、神崎は翠のことを呼び止めるが、さらりと受け流されて行ってしまう。
「…………あぅぅ」
「蘭子ちゃんは本当に翠さんが好きだにぃ!」
「す、好き……!?」
「丸分かりだよねー」
翠の姿が見えなくなると同時に残念そうな声をあげながら神崎は机へと突っ伏す。しかし、諸星の言葉に反応して顔を真っ赤っかにさせて起き上がる。そして続く双葉の言葉に口を金魚が水面に顔を出したかのようにパクパクとさせる。
「蘭子、分かりやすいです」
「確かに、みんなの言う通りわかりやすいかな。たぶん、翠さんも気づいていると思うよ?」
「…………ぁ、…………ぁぁ」
恥ずかしさのあまり、神崎は両手で顔を押さえて俯く。肩がプルプルと震えており、何かを懸命にこらえようとしている。
「翠さん、確かに優しいんだけど掴み所が無いよねー」
「杏ちゃんの言う通り、きらりたちのことを心配しているのに、翠さんは自分のことを蔑ろにしていると思うにぃ」
「私たちだけじゃなくて、他に人にも気を配ってるよね」
「ワタシ、見ました。相談に乗ってるところ、チラリとですが」
「か、神は真実の瞳を持つもの。他者へと恩恵を与える」
話の内容が翠のことになったからか、未だに顔は赤いままであるが、神崎も会話へと参加する。
「しかし、我らは神の思想へと至らぬ。ゆえに、手を差し伸べることは叶わぬ……」
「なんとなくだけど、何を言いたいかは杏も分かるよ。翠さんは自身のことを頑なに話さないから、杏たちもどうしたらいいか分からないんだよね」
イスの背もたれに体を預け、上を見上げながら双葉は続ける。
「専属のマネージャーいたじゃん? たぶんだけど、あの人も知らないと思うよ」
「杏ちゃん、話したことあるの?」
「無いけど……。なんとなく、そんな気がしたからさ」
「みんな、おっはよー!」
「おっはよー!」
「おはようにゃ!」
「おはようございます!」
そこへ明るい声が響く。
残りのCPメンバーが全員、やってきたのだ。
神崎たちは顔を見合わせ、一つ頷くと笑顔で挨拶を返していく。
☆☆☆
「ちーちゃん、ありがと」
「さすがにエレーベーターで横になられていたら他の方も困りますし」
翠はいま、
エレーベーターに乗ったまでは良かったのだが、そこで疲れたのか面倒になったのか。場所を気にせず横になったのだ。たまたま途中の階に止まって乗ってきた千川も行く場所が同じであったために運んでもらったのだ。
「たっちゃん、よーっす」
「おはようございます、翠さん」
「プロデューサー。これ、頼まれていた書類です」
「ありがとうございます」
「私はこれで失礼しますね」
「運んでくれてありがとねー」
翠をソファーにおろして用事を終えた千川は、さっさと出て行ってしまった。
「ちーちゃん、気配りがさりげなく上手いよね」
「ということは……何か大事なお話が?」
「まあ、ね。そろそろCPが本格的に動き出すでしょ? ユニット組んでデビューさせて」
「どうしてそのことを? まだ、誰にも話していないはずですが……」
翠が知りえないと思っていたことをいきなり話し始めたために、武内Pは困惑する。
「ちょっとね。それでさ、考えてるのは島村、渋谷、本田の三人組と諸星、双葉の二人組だったりとかする?」
翠が続けて話したあまりにも具体的な内容。それを聞いてさらに困惑する。
「え、……ええ。島村さんたちは城ヶ崎美嘉さんのバックダンサーで。……諸星さんと双葉さんのお二方は、翠さんとともに雑誌に載ったため、いま世間で話題になっています。このままその勢いに乗ろうかと思っています」
「あー…………やっぱり」
「何か、おっしゃいましたか?」
「あはは……ちょっとね」
うまく笑ってごまかされた武内Pは首に手を当てて翠のことを見つめるが、当の本人は『どうしたもんかなー』と言いながら何か考えているようであった。
「ねぇ、たっちゃん」
「はい」
「もう考えるのも面倒だし、ストレートに言っちゃうけど……諸星と双葉の件、先送りにしてくんない?」
「それは……」
「そして新田とアナスタシアの二人組を出して」
「…………」
いつになく真面目な表情で話す翠に気圧されてか、武内Pは返事に詰まる。
「まだ、あの二人はデビューする時期じゃ無いんだよね。………………いろいろ狂ってるから、もしかしたらそのままのがいいかもしんないけど」
変わらず、重要だと思われる部分をはぐらかして答える翠に武内Pはしばらく口を開かないまま考え込む。翠自身も本当にこれでいいのかと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
「翠さんは……」
「……ん?」
お互い考えにふけっていたためにしばらく無言の時間が続いたが、ふと武内Pが口を開く。
「双葉さんと諸星さんをどのような形でデビューさせるつもりだったのですか?」
「……双葉は
「…………そう、ですか」
そしてまたお互いに口を閉じ、静かになった部屋を時計の針が進む音だけが響く。
「分かりました。翠さんの案でいきましょう」
「……悪いな」
「いえ……。そもそも、私は元より翠さんの案をはねることが出来ませんので」
「ああ、上からなんか言われてるんだっけ? たっちゃんなら無視していいよ。イエスマンしかいなかったら失敗するし」
「…………はい。ありがとうございます」
「今回お礼を言うのは俺の方だよ。無理を聞いてもらったんだから」
翠は笑いながら立ち上がり、伸びをする。
「俺はイレギュラーだしさ」
「イレギュラー……ですか?」
「おおっと、いまのは忘れてくれたまえ。って、こんな時間じゃないか! 俺はこれからCPの子たちと昼を食べてくるよ」
「はい、よろしくお願いします」
「んじゃ、また」
武内Pの疑問にわざとらしい態度でおどけてみせた翠は、そのままの調子で部屋を後にする。
「…………はぁ」
翠が部屋から出たのを見送った武内Pは少し時間を置き、肩の力を抜いて背もたれへと体を預ける。
そして懐から鍵を取り出し、鍵のついた引き出しを開けてそこから手帳を取り出す。
「イレギュラー、ですか。不規則、変則、正規でない……物事の通りではなく例外である……?」
そして新しいページに”イレギュラー”と書き込み、そこから何本か線を引っ張って類語を書き連ねていく。
続いて下の空いているスペースに”二期”と書き、横に三点リーダーをつけたあとにペンの先でノートを数回たたいて考えをまとめる。
考えがまとまったのか、ペンを動かしていき『翠さんにとって何かの目安? アニメのようなまとまり? CPの第一段階と関係あり?』と書いていく。
「…………分かりません」
デスクに手帳とペンを置き、指で目頭を抑える。
そして千川から受け取った書類を手に取り、それに目を向ける。
そこには島村、渋谷、本田の三人組ユニット――New Generationsと、一枚めくり新田美波、アナスタシアの二人組ユニット――ラブライカに関することが書いてある。
「翠さんの目には一体、何が映って見えるのですか……?」
その声に応えるものはいない。
☆☆☆
「もとより原作と変わっているのは今更か。俺なんていうイレギュラーが346でトップアイドルやっているのだし」
部屋を出た後、翠はすぐに食堂へと向かうのではなく、人があまり来ない少し開けた場所にあるベンチで仰向けになっていた。
周りに人がいないことも確認済みであるからか、考えをまとめるために小さな声でつぶやいている。
「……もし、デビューさせるユニットがニュージェネとラブライカだったら世界の強制力が働いていることも考えたけど」
そこで一度眼を閉じ、先ほどの会話の内容を思い返す。
「たっちゃん、何か変だな。俺に話を合わせてる……? デビューさせるユニット、もとよりニュージェネとラブライカだったりしたのか?」
上体を起こし、左手の人差し指を曲げて第二関節を咥える。
これは深く物事を考える時か、どうしようもないほどに苛立っている時にでる翠のクセだ。
「ふはっ……たっちゃんが俺を嵌めたってわけか。今西部長も一枚噛んでいそうだな」
口から指を離し、してやられたとばかりに手で目を覆う。
「いろいろと情報与えたけど、まだ気づかないだろうな……って、そろそろ行かないと」
携帯で時間を確認すると、食べ終わっているかギリギリ残っているかといった時間であった。
「こりゃ
いつになくしっかりと自身の足で歩いていく翠。この姿を誰かが迷うものなら驚いて二度見をするほどに珍しい光景。いままで騙してきたため、翠も人に見られるような愚かな真似はしないが。
「ありゃりゃ……やっぱり食べ終えてるねー」
すでに先ほどまでの真面目ぶった様子はなく、いつもの調子へと切り替えて食堂までたどり着いていた翠。すぐに入ることはせず、出入り口の陰から中の様子を覗くとすでにみな食べ終えており、食後のお茶を嗜みながら楽しそうにおしゃべりをしていた。――――若干一名を除いて。
一人だけ会話に相槌を打つだけで積極的に参加しないでいる。周りも原因まで理解しているため、苦笑いをしながらも触れないでいる。
「…………ふぅ」
一度深呼吸をし、何かを決意してからおそるおそるといった様子で翠は近づいていき、声をかける。
「や、みなさん」
「……………………」
その声に反応して神崎が翠へと目を向けると嬉しそうに目を輝かせるが、ハッとしてすぐ不機嫌そうに取り繕い、可愛らしく頬を膨らませてそっぽを向き、カップに口をつける。
「…………」
翠が困ったように神崎から目を外し、助けを求めて他のメンバーに目を向けるが、みな首を横に振る。その目は自身でなんとかしろと訴えてきている。
「あの、神崎さん……?」
「…………なんでしょうか」
翠が声をかけるが目を合わせようとせず、カップへと口をつける。その様子は先ほどよりも不機嫌に見える。
それは一度、寝ぼけていたとはいえ名前で呼ばれたために、これからも名前で呼ばれると考えていたためである。そのことに気づいている翠は内心『ちょろいヒロインでチョロインや……』なんてことを考えていたがわそれをおくびにも出さずに申し訳なさそうな顔をする。
「遅れたの、悪かったよ。なんでも言うことを一つだけ聞くから、許して?」
「な、なんでもっ!? ……コホン。…………しょ、しょうがないです。それで許してあげ――――」
驚いて声を上げるが咳払いをしてなかった事にし、チラリと翠に目を向け、カップをソーサーに置いて返事を返していた神崎だったが、途中でみんなから見られていることに気づいて『あわわわ……』と顔を真っ赤にさせている。
「あ、飯とってこなきゃ」
そこで追い打ちで裏切りとばかりに翠が離れて行ったため、羞恥心を堪えきれなくなった神崎は『翠さんのバカァ――――!』と叫びながら走って行ってしまった。全員その様子を見て笑い、何人かはその後を追いかけていく。
席に残っているのは新田、諸星、双葉、渋谷の四人である。
「ありゃ? みなさんどしたの?」
米と味噌汁、ぶりの照り焼きをトレイに乗せて戻ってきた翠は首をかしげる。
「レッスンはいいん?」
「まだ少し、時間がありますので」
「そかそか。俺も一人だと寂しかったんよ」
神崎が座っていたイスへと座り、手を合わせてから箸に手を伸ばす。
「そんで、何が聞きたいん?」
口に入れていた白米を飲み込み、翠が口を開く。だが、双葉たちは互いに顔を見合わせるだけで誰も話そうとしない。そのために、もくもくと昼食を食べ進めていく。
「ごちそーさま」
あれから誰も口を開かず、翠は食べ終えて食器を片付けに立つ。
「……ねぇ、杏ちゃん。本当に聞くの?」
「いやー……やっぱり、止めた方がいい気がしてきた」
「私も、深く聞くにはまだ早いと思うな」
「見えない壁みたいなの、あるよね」
四人はどっと溜め込んでいたものを吐き出すかのように息を吐き、翠さんがいないわずかな時間にどうするのかを話し合う。
誰も反対することなく、今回は引くことを選んだ。
「それで、何か相談事かい?」
紙コップに入れた水を歩きながら飲んで戻ってきた翠はイスに座り、もう一度水を飲もうとしたがすでに空であったため、もう一度水を取りに席を立った。
「…………何してるんだろ」
「たぶん、気づいているんだと思うよ」
「杏もそう思う」
「翠さんなら気づいていてもおかしくないにぃ」
渋谷のおかしくない疑問に、他の三人は苦笑いをしながら考えを述べる。
「まだ何も話していないのに……?」
「噂で聞いたんだけど、翠さんは人の心が読めるとか未来が見えるとか」
「美嘉さんや楓さんが話していたね」
「きらりはその噂、存外一人歩きしているようにも考えられないにぃ。杏ちゃんもだよね?」
「まあ……少し思うところはあるよ」
そこへ翠が戻ってきた。
同じ過ちは二度犯さないぞ!みたいな感じでどこか自慢げな雰囲気を出しながら。
――――
『……………………』
「ん? どした?」
イスに座り、注目を浴びている事に気付いた翠が尋ねるが、四人は首を横に振る。
「そか。そんで、何か心配事かい?」
「…………その、蘭子ちゃんのことなんですけど」
「もう面倒だからストレートに聞いちゃおうよ。翠さん、蘭子の好意に気付いているよね?」
翠について尋ねようとしていた四人だったが、それがダメになったために他の話題をアイコンタクトで決め、後は流れでどうにかすることにした。
「あー……あれね。双葉も分かってるでしょ? あれ、好意じゃないよ」
『…………え?』
「杏は半々だったよ。確信がなかったんだよねー」
翠の言葉に三人が驚きの声を上げるが、双葉は半ば分かっていたのか、それほど驚きはなくむしろ納得の色が濃かった。
「あれはラブとか色恋ものじゃなくて、崇拝が近いかな」
「言い得て妙だね。なんだかしっくりくるよ」
「あ、杏ちゃんに翠さん。あれは恋じゃないんですか?」
二人で話が進んでいくのを新田が待ったをかける。渋谷も新田と同じように色恋ものだと考えているようだが、諸星は少し思い当たる節があるのか微妙な顔をして首を傾げている。
「だって神崎、俺のこと神って呼んでるでしょ?」
「確かにそうですけど……それってトップアイドルだからとかじゃないんですか?」
「トップアイドルだったら……
「それじゃ、翠さんと顔を合わせると赤くなるのは……」
「嬉しさからだよ。蘭子は翠さんに憧れてもいるから」
新田の疑問を翠と双葉で解消していく。
あまり納得がいっていないようだが、話の筋は通っているし、本人に恋しているのかどうかを直接聞いて確かめたわけではないため、二人の崇拝という表現を絶対に違うと否定できないのだ。
「翠さんは」
それまでずっと黙って話を聞いていた渋谷が口を開く。
「翠さんは自身に好意を抱いている女性がいることに、気づいているの?」