怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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15話

「ははっ……偉そうだな。信頼してるよ、か…………どの口が言うんだか」

 

 リビングを出て洗面所に向かった翠は洗面台に手をつき、鏡に映る自身の顔を見て乾いた笑みを浮かべる。

 その目はひどく濁っており、先ほどまゆに見せた意外な一面とは違い、その姿は本当に同一人物かと一瞬、疑うほどに雰囲気が一変していた。

 

「もうヤダ。早く引退してぇ……」

 

 ため息をついていつもの怠そうな雰囲気をまとい、歯ブラシへと手を伸ばす。

 

「明後日にPV撮るって言ってたけど……あれは別に行かなくても変わらんよな」

 

 水で先を濡らし、歯磨き粉をつけてシャコシャコと歯を磨き始める。

 鏡に映る自身の姿をボーッと見ながら歯ブラシをシャコシャコシャコシャコと動かし、うがいをして歯磨きを終える。

 

「…………寝よ」

 

 『シリアスとか性に合わん』などとぼやきながらリビングへと戻る。

 そこに佐久間の姿が見えないため、翠は一瞬どこにいるのか分からなかったが、カチャカチャと食器の擦れる音と水が流れる音がキッチンから聞こえてきたため、洗い物をしていると理解するが、声をかけることはせず、ソファーへと寝転がるともそもそ動いて毛布をかけて包まり、目を閉じる。

 

☆☆☆

 

 PV撮影当日。翠は346に来ていた。

 が、その姿はひどく疲れきっていた。

 

 昨日、目が覚めた翠は二日酔いから復帰した奈緒とまゆの間に見えない火花が散っているのを見た気がしたが、ソファーで上体を起こしたまま奈緒から二日間の予定を聞き、何もないと分かるや否や再び眠りについて結局、その日は起きることがなかった。

 そして今朝、一日寝ていたことと何も食べていないことが重なり、朝六時という普段ではありえない早起きをした翠は二度寝をしようとしたが、腹の虫が鳴いて眠ることができない。なのでしかたなく起き上がり、まゆが作っていった朝食を食べ終える頃には眠気もどこかに飛んでいた。

 ふと、PV撮影のことを思い出した翠はいつもの(・・・・)変装をして外へと出たのだが……。

 佐久間が今西部長から受け取った封筒はソファーの近くにあるテーブルの上に置いたままずっと放置されており、翠は奇跡的なまでにそれが目に入らず。また、佐久間も届け物が来たことを伝えていないため、変装が一般人にバレているとは知らない。

 そのため。

 

「おいあれ、翠さんじゃね?」

「ほんとだ……」

「誰か声かけてこいよ」

「ソックリさんかもしれないし……」

 

 346へと向かうわずかな時間、翠は何故いままでバレていなかった変装が今更ながらにバレているのか気付いていない。

 いや、周りから注目を集めていることも、何を言っているかも聞こえているのだが、気にせず知らんぷりをしている。このまま勘違いのままでいてくれて、誰一人話しかけてこないことを願って。

 

「あ、あのっ!」

「……ん?」

 

 しかし、その願いは叶わない。

 登校中であるのだろう。制服を着た女子高生が恥ずかしさからか顔を真っ赤にして翠に声をかける。

 

「も、もしかして、九石翠さんですかっ!?」

「…………へ?」

 

 誰も気づいてないと、気にしないことにしていた途端に名前を言われ、思わず立ち止まってしまう翠。その反応で本人だと確信したのか、手を差し出して頭を下げる。

 

「あ、握手してください!」

「…………」

 

 ここで握手をすれば、すでに手遅れかもしれないが未だ疑っている、周りで事の成り行きを見ていた人たちまで気づいてしまう。しかし、握手をしなければしないで目の前にいる子に悪いし、翠自身後味が悪くなる。

 

「…………はぁ」

 

 ため息をついて伊達メガネと帽子を外し、差し出された手を取る。

 

「…………はぅ!」

「こんなオッサンの握手で悪いね」

「い、いえ!すごく嬉しいです!今年はもう、手を洗いません!手袋して過ごします!」

「いや、洗おうよ……。まだ半年以上あるよ……」

 

 女子高生のテンションに内心で引きながらも胸の内に止め、手を離そうにも両手でしっかりと握られているため、どうしようかと考える。

 

「あ、ちょっと携帯貸してくれる?」

「え? いいですよ」

 

 警戒心も何もなく、両手を離してカバンから携帯電話を取り出し、翠へと手渡す。

 

「もう少し怪しいとか思った方がいいよ」

 

 そう言いながら携帯を操作し、カメラ機能を立ち上げる。

 

「前屈みになって、ピースでもいいからポーズとってくれる?」

「こう、ですか?」

 

 疑問に思いながらも言われた通りにする女の子。それを確認して一つ頷いた翠は素早く彼女に身を寄せ、携帯のシャッターを切る。撮った写真を確認してキチンと写っているのが分かると、押しつけるように女の子へ携帯を返し、全力で走って346へと向かう。

 周りに集まっていた人たちは一瞬、何が起こったのか理解できずに棒立ちとなるが、すぐにハッとなって走って逃げる翠のことを追いかけていく。

 先ほどまで誰一人として携帯で翠のことを取らなかったのは、デビューしたときに『俺の許可なしで写真撮ったら即引退するから。バレないと思わないほうがいいよ。言い方悪いけど人脈あるし』と明言しているため、コッソリと誰かが写真を撮ろうとしても、周りから止められる。

 ここから346まで、途中に信号が一つある。しかもいまは赤のためにそこで追いつけると思っていた翠を追っている人たちだが、翠にとっては助かったとばかりにタイミングよく青へと変わり、誰に追いつかれることなく346へと逃げ込む。

 関係者以外は立ち入り禁止なため、追いかけていた人たちは諦めて去っていく。

 

「朝から走るとか仕事よりもキツイ……」

 

 カフェの方へと移動し、イスに座ったと同時にテーブルの上へと上体を投げ出す。

 

「あの…………翠さん?」

「おお、菜々。いつものコーヒー」

「……は、はぁ」

 

 いつも怠そうな雰囲気を出しているが、今回のそれは怠さではなく、疲れ切っているために安部は不思議に思いながら声をかけるが……顔も上げずに注文されたために微妙な顔をしながらも厨房へと伝えに行く。

 

「お待たせしました」

「…………ん」

 

 トレイにコーヒーと砂糖、ミルクをのせて持ってきた安部は翠の前に置くと対面の席へと腰掛ける。

 

「翠さんが疲れてるのって珍しいですけど……何かあったんですか?」

「……いつも通りの変装だったはずなのに、何故かバレた」

 

 のそりと体を起こし、砂糖とミルクをいれてカチャカチャとコーヒーをかき混ぜながらため息をついて答える。

 

「あれ? 翠さん、知らないんですか?」

「…………何を?」

 

 ちょっと待っててくださいねー、と言って携帯を取り出し、何やら操作をしてから翠へと携帯を差し出す。

 それを受け取って画面に写っているものを見た翠は顔を顰める。

 

「…………あの時のか。なるほどね」

 

 納得と頷き、安部へと携帯を返した翠は背もたれに体を預け、ふーっと息を吐く。

 

「ってことは、今西さんから何か連絡あるはずなんだけど……まゆめ。忘れたな」

 

 後でお仕置きだな、とイタズラを思いついた子どものような笑顔を浮かべてコーヒーを飲む。

 

「そういや、バレたときに一人だけ握手してツーショット写真撮ったな」

「えっ……!?」

 

 思い出したようにつぶやく翠のセリフを聞き、安部が驚きの声を上げる。

 

「す、翠さん、握手したんですか……?しかもツーショット写真だなんて…………」

「そりゃ、サイン会開かない。握手会やらない。写真なんて以ての外の俺だけど、さすがに断れる雰囲気じゃなかったし。まあ、周りで順番待ちしてる人たちは捨て置き、走って逃げてここに駆けつけたワケ」

「だから怠そうではなく、疲れていたのですね」

 

 納得といった感じで頷いていた安部は、首をかしげる。

 

「それ、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「一人だけ握手して、ツーショット写真を撮って。あとは走って逃げたんですよね?」

「ああ、ずるいとか騒ぐこと?別にいいっしょ」

「そうですかね……?」

 

 気にした様子もなく、コーヒーを飲んでいる翠のことを安部は不安げな表情で見つめる。

 それが鬱陶しかったのか、カップをソーサーに置き、ため息をついて安部へと顔を向ける。

 

「周りにいたのは変装中の俺を疑惑の目で見ていて、話しかける勇気すらない奴らだ。だけどその少女は顔を真っ赤にしながらも俺に声をかけた。いくらさっきの写真が出回ったとしても、違うかもしれないのに、だ。そのおこぼれにあずかろうなんておこがましいよ」

「……翠さんも色々と考えているのですね」

「何さ、その意外そうな顔」

 

 感心した様子の安部に翠はムッとする。

 

「い、いえ。なんでもないですよー」

 

 嫌な予感を抱いたのか、あははーと笑いながら立ち上がり、空になっているカップを片付けて仕事へと逃げていった。

 呼び止めたりなどせず、それを見送った翠は立ち上がりカフェを後にする。

 

「…………今日、学校あったよな? PV撮影って午後からかよ」

 

 時計を見ても十二時までまだまだ時間がある。

 急に暇になった翠は、さてどうするかとそこいらにあったベンチで横になる。

 

「…………ふぁ」

 

 まだ横になって五分と経っていないにもかかわらず、翠の口からあくびがでてくる。

 

「……………………」

 

 そこからさらに五分と経たず、安らかな寝息が聞こえてくる。

 

☆☆☆

 

「翠さん、翠さん。このような場所で寝られては、風邪を引いてしまいますよ」

 

 翠が眠りについてからしばらく時は進み、たまたま通りかかった武内Pが寝ている翠を目に留め、起こしにかかる。

 しかし、相当深い眠りについているのか起きる気配は微塵も見えない。

 こうなった場合はしばらく寝かせておくしかないことは理解しているため、翠を背負い、CPが使用している部屋のソファーへと運んで寝かせ、毛布をかける。

 

「みなさんが来るまでまだ時間がありますし」

 

 武内Pは寝ている翠から離れて部屋へと入り、パソコンを操作して資料をまとめたり作成したり、デスクワークを始める。

 

「……どうぞ」

 

 しばらくしてからノックの音がし、武内Pが返事をすると千川が入ってくる。

 

「あの、プロデューサー。そこで翠さんが寝ているのですが」

「……ええ、実は下で寝ているところを見かけまして。あのままでは風邪を引いてしまいますので、ここへ運びました」

「そうなんですか。……これ、頼まれていた資料です」

「ありがとうございます」

 

 千川から資料を受け取った時、ふと武内Pの中で何かが閃いた。

 

「ちひろさん。もしかしたら翠さんは未来予知ではないかもしれません」

 

 いきなりのことで、コーヒーの用意をしようとしていた千川の動きが止まる。

 

「この間、翠さんが訪れた時のことを覚えていますか?」

「……はい。珍しくプロデューサーが早めの休憩を入れてコーヒーの準備をしていた時、ですよね」

「ええ。その時に翠さんと話したことはCPのメンバーからユニットを二つ出すことなのですが……私は島村さん、本田さん、渋谷さんの三人で組む『ニュージェネレーションズ』。新田さんとアナスタシアさんで組む『ラブライカ』を考えていました。最終的には翠さんからこの案が出たのですが、その前に翠さんは双葉さんと諸星さんのペアについて話されていました」

 

 何かを絞り出すように考えながら話す武内Pのことを、聞き漏らすまいと真剣な表情で千川は見ている。

 

「そのことから考えると、人の心を読む可能性ですが、おそらくは無いのかと。もしあったのであれば、私の考えを読み取っているはずです。そして未来予知が本当だったとしても限定的なものになるかと」

「……………………」

 

 最後まで話し、武内Pはどうでしょうか? と千川に目で問いかける。

 顎に手を当てて目を閉じ、今聞いた話を加味して考え込む。

 

「……プロデューサー」

「はい」

「翠さんがそんな簡単なミスをすると私は思えません。そうであれば今までにも幾つかミスがあり、ここまで悩んでいないと思います。おそらく、その考えに行き着くよう誘導するため、ハッタリをかまされたのではないかと」

 

 その考えはなかったと、武内Pは目を見開き、首に手を当てる。

 そこへ。

 

「おぉう、たっちゃんにちーちゃん」

 

 ノックもなしにドアが開き、聞こえてきた翠の声に二人は体を硬くする。

 まるで入るタイミングを伺っていたような場面での登場に、二人は先ほどの話を聞かれていたのではと冷や汗を流す。

 しかし、翠はまるでそのことを気にしていないかのように千川の隣を通り、武内Pの前まで向かう。

 

「どうか、されたのですか?」

 

 武内Pのセリフに、翠はニヤリと笑みを浮かべて返す。

 

「俺のこと、知りたいの?」

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