怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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16話

「正直に言っちゃえば、そこまで隠すようなことでも……あるけど、なんか面倒になってきた」

「…………はぁ」

 

 翠の意図が読めず、武内Pは千川にアイコンタクトを送るが、千川も難しい顔をして首を横にするしかない。

 

「まあ、いつまでも困らせたままにして仕事に支障が出たらあれじゃん? だから直接答えは言わないけど、聞かれたことに対してイエスかノーで答えるよ」

『……………………』

 

 武内Pと千川は視線を交わし、頷く。

 

「では……未来予知が出来ますか?」

「ノー」

「人の心が読めますか?」

「ノー」

「相手の表情や仕草を見て、何を考えているか予測することは出来ますか?」

「イエス」

 

 武内Pが試しとばかりに三つほど質問をして翠の反応を見る。

 言ったとおり、イエスかノーでしか答えず、他に何も話そうとはしない。

 立っているのが怠くなったのであろう。ソファーに寝転がり、面白いといわんばかりに笑顔を浮かべて武内Pと千川を見ている。

 

「翠さんは…………人、ですか?」

「イエス」

 

 千川は質問するか一瞬躊躇ったが、翠の目に優しさを感じとり、思い切って口を開く。

 イエスと返ってきたことに、二人は無意識にホッと息を漏らす。

 

「……翠さんはいま、二十四歳ですか?」

 

 なんとなしに武内Pは、ふと思ったことを聞いてみた。

 千川は特に意味もない質問だと考えていたが、思わぬ結果となる。

 

「イエ……ノー? イエス?」

 

 先ほどまでハッキリとしていた答えであったのに、首を傾げて答えに詰まったのだ。

 そのことに二人は驚きを隠せない。

 翠のことを知るために住民票や生年月日、年齢や血液型などはまず最初に調べが付いている。

 まだ誕生日がきていないため、二十四歳であるはずなのに、首を傾げて困ったような表情をしている。

 

「たっちゃん、それは生まれてからの年齢ってことかな? 精神年齢のことかな?」

「……なら、まずは生まれてからの年齢で」

「それならイエス」

「……精神年齢は」

「ノー」

 

 新しいオモチャを見つけた子どものような笑顔を浮かべて返す。

 

「精神年齢は何歳か……」

「イエスかノーだけだよ? …………と言いたいとこだけど、一から言われていくと分かっちゃうし、教えてあげる。四十二だよ」

 

 武内Pの質問に答えた後、眠そうに目をこすりあくびを漏らす。

 

「また眠くなってきたから寝るね。だいぶ教えてあげたけど、答えにはまだたどり着けないと思うよ」

 

 ゆったりとした動作で起き上がり、そのまま部屋のドアへと向かう。

 ドアノブに手をかけたところで思い出したように顔だけ振り返ってみせる。

 

「CPのメンバーならば、もしかしたら分かるかもね」

 

 それだけ言い残して返事を聞かず、翠は部屋から出ていって先ほどまで寝ていたソファーへと横たわり、毛布にくるまって眠りにつく。

 部屋に残された二人は、とりあえず先ほどのことをノートにまとめて考えるのは後にし、仕事へと戻る。

 

☆☆☆

 

「ん…………ぁ、やべ」

 

 むくりと体を起こし、翠が最初に見たものは自身のヨダレによるシミができたソファーであった。

 

「…………見なかったことに」

「何を見なかったことにするんですか?」

「…………ちーちゃん」

 

 いつのまにか背後に千川が立っており、翠は油の切れた機械のような動きで振り返る。

 

「これ、どうしましょうか?」

「……俺の写真付きでネットオークションだせば高く売れるんじゃないですかね?」

 

 ニッコリと笑っている千川だが、翠にはその背後に般若が見えていた。頬を引きつらせながらもなんとか答えを返すが、地雷を踏み抜いたのか笑顔が一層深まったかのように見える。

 

「まあ、CPの子たちには後で説明しておきます。座らないように注意しないと」

「…………すいません」

 

 ソファーの上で翠が千川に土下座をしたとき、作業部屋のドアが開いて武内Pが出てくる。

 

「…………どうかされたのですか?」

「ほら、翠さん。何をやらかしたのですか?」

「…………ヨダレをソファーに垂らしてシミを作りました」

 

 首に手を当てながら困った表情をして千川に尋ねるが、それをそのまま土下座している翠へとパスを出す。

 半ばヤケクソ気味で答える翠を見て、武内Pはため息をつく。

 

「おっはよーございまーす!」

「おはようございます!」

「おはよう」

 

 そこに本田、島村、渋谷の三人が元気に挨拶をしながら入ってくるが、目の前の状況に動きをピタリと止める。

 

「うげっ、もうそんな時間か」

 

 翠は土下座を見られたことを気にした様子もなく、壁に掛けられている時計へと目を向ける。確かに学校が終わり、ここへ来るまでに十分な時間が経っている。

 

「……今回はこれで許してあげます」

「どもー」

 

 懲りた様子がみられない翠に、千川は若干イラッときたが、それを表に出すことはなく仕事へと戻っていった。

 

「…………昼飯、食ってねぇ」

 

 翠がそうぼやくも、武内Pは三人にビデオカメラを渡してPVを取って欲しいと頼んでいる。三人も翠のことが気になるのかチラチラとそちらに目をやりながらも説明を聞いて頷く。

 武内Pは説明を終えると仕事に戻り、三人は翠に挨拶をしてから部屋を出ていき、PV撮影へと向かう。

 

「…………一緒に回ろうかと思ってたけど、飯食べよ」

 

 本来予定していたこととだいぶ変わってきているが、特に気にした様子もなく翠も部屋を後にして食堂へと向かう。

 

「どーしよっかなー……」

 

 食堂についた翠は料理を食べ進めながら誰に言うわけでもなくつぶやく。

 昼の時間はとうに過ぎているため、翠の他に昼食を食べているものはいない。飲み物や軽い軽食をつつきながら仕事の話をしている職員が何人かいるだけだ。

 

「翠、いま昼食か?」

「おお、奈緒」

 

 半分ほど食べ進め、喉を潤すために水を飲んでいた時、隣のイスに座りながら奈緒が声をかける。

 

「朝、ここにきて寝てたらこの時間になってた」

「そうか。風邪だけは引くなよ。仕事の日に風邪を引いて出来ないとか勘弁して欲しい」

「……………………」

「……おい、その馬鹿げた考えをいますぐ捨てろ」

 

 アゴに手をやり、『ありか……? でも、風邪って地味に怠いし……いや、寝ているから変わらないか?』とつぶやきながら真剣な表情で考え込む翠を見て、奈緒は翠の頭を軽く叩いて現実へと引き戻す。

 

「まあ、引こうと思って引けるものでもないし。大丈夫だよ」

 

 叩かれた部分を片手でさすりながらお茶を飲んで一息ついた翠は、残りの料理を食べ始める。

 

「ってか、さっき名前で呼んでたけどいいの? 仕事とプライベートは分けるって言ってなかった?」

「翠は今日休みだし、私もいまは休憩の時間だ。気を許してもいいだろう」

「そう。別に仕事でも他のみんなみたいに名前で呼べばいいのに」

 

 食事の合間に箸休みの代わりとして食べるのを止め、奈緒と話をする。

 

「確かに、私だけだな。お前のことを九石と呼ぶのは」

「学生の頃は翠! 翠! なんてことあるごとに煩かったのに……なんだか寂しいなぁ……」

「何を私の親みたいなことを言っている」

「まあ、だらけた親としっかりした娘。だけどふとしたときにきちんと親の役目を果たす……みたいな?」

「何を言ってるのかわからん。見た目だけならば翠がだらけた娘で私がしっかりした保護者だろう」

「確かに」

 

 料理をきれいに食べきった翠は、お茶も飲み干して立ち上がる。

 

「どこか行くのか?」

「んー、暇つぶし?」

「ほどほどにしておけよ」

「うぃ」

 

 食器を片付けに行こうとする翠に特別注意することもせず、奈緒はむしろこれから翠に構われる相手に黙祷を捧げるかのように目を閉じる。

 

「さー、どこに行くかなー」

 

 食器を片付けた翠は、食堂を出たところで近くにあったベンチに腰掛け、悩んでいた。

 

「三人がどのルートでいったか、曖昧なんだよな……。いっそのこと、今から蘭子のとこ行って一緒に待ってるか」

 

 一つ頷き、立ち上がる。

 

「…………あれ?」

 

 しかし、しっかりと両足で立ったはずであるのに、バランスを崩して床に尻餅をつく。

 

「……………………」

 

 黙ったまま目を閉じ、指をまぶたに優しく触れさせる。

 そのまま何回か深呼吸を繰り返し、ゆっくりと目を開けていく。

 

「………うし」

 

 尻餅をついた状態から四つん這いへと体勢を変え、そこからゆっくりと立ち上がっていく。

 近くの壁に手を当て、また倒れることがないことを確認してからようやく歩き始める。

 

 

 

 

「おっすおっす」

「す、翠さん!」

 

 噴水のふちに腰掛け、片手で日傘をさしながらヒザにスケッチブックを載せて絵を見ていた神崎に翠が声をかけると、慌ててそれを閉じ、顔を赤くさせながらアタフタして立ち上がる。

 

「ああ、座ってていいよ。それとその日傘、借りてもいいかな?」

「は、はい! どうぞ!」

 

 日傘を受け取り、先ほどまで神崎が座っていた場所の隣へと腰掛ける。

 そして立ったままでいる神崎に座るように翠が促し、ようやくおそるおそると座る。

 

「悪いね、日傘借りちゃって。最近持ってきてないからさ」

「い、いえ……」

「どうした?」

 

 何か言いたげにチラチラと翠を見ては目をそらすことを繰り返す神崎。普段であればこういった態度をとるほとんどの相手に、翠は急かすことなく心の準備が整うまで待つのだが、今回に限ってはそれをしなかった。

 神崎は時間がかかるが、きちんと自分の言葉で話せる。しかし、今回は島村たち三人を待っている状況。まだ多少時間があるとはいえ、せっかく勇気を出して話し始めたのに邪魔をされては次がいつになるか分からないからだ。もしかしたらしばらく先まで二人きりになる時間すらあるかも分からないのである。

 しかし急かしたとはいえ、強く言いすぎるとむしろ時間がかかり、逆効果になってしまうのでさりげなく問いかける。

 

「あの…………ありがとうございます」

「…………ん?」

 

 いきなり頭を下げられ、お礼を言われた翠は訳が分からずに首をかしげる。

 

「お礼を言うの、遅くなっちゃいましたけど……あのとき助けてくれて、ありがとうございます」

「あー……んー……?」

 

 顔を上げて翠の目を見ながらもう一度お礼を言う神崎だが、翠は覚えていないのか首をかしげている。

 

「去年、熊本で……」

「ああ、思い出した思い出した。ライブ前にブラブラしてたら絡まれてたところを見っけて助けたんだ」

「は、はい!」

「ほんと、たまたまだから気にしなくていいよ」

 

 それでも少し照れているのか、神崎から借りた日傘をクルクルと回しながら顔をそらす。

 

「翠さんがデビューする前……私が小学生になる前からずっとファンで。……あの頃もキラキラしていたのを覚えています」

「そっか。そんな前から見ていてくれたのか」

 

 地面に視線をやり、何かをしばらく考えたあと、よしとつぶやいて神崎へと目を向ける。

 

「できればまだ、内緒なんだけど」

「は、はい」

 

 真剣な目を向けられ、自然と背筋が伸びる神崎。そして内緒話と言われ、嬉しさからか頬が少し赤くなる。

 しかし、そんな期待も続く翠の言葉に裏切られることとなる。

 

 

 

「――俺、そろそろ引退しようと思ってる」

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