前川の一言により、のんびりと平和(?)であった日々に少しのスパイスが加わる。
原因としてはここしばらく、武内Pがニュージェネ、ラブライカの対応へと意識を向けていたために、他のメンバーたちの心境の変化を見逃していた。
自分たちはいつデビューするのかと尋ねても『検討中です』とはぐらかして返ってくるだけ。デビュー案を考えて提案するも、いい返事は返ってこない。
そしてついに、胸の内に抱えきれなくなったものがあふれ出して止まらなくなり、行動へと移した。
「『我々は! ……なんて言えばいいんだっけ?』」
「杏にそれ貸して! …………『杏は週休八日を希望する!』」
「ちょ! 勝手なこと言っちゃダメにゃ!」
「『そうだそうだ。週休八日を希望する!』」
「翠さんも何言ってるにゃ!?」
346内にあるカフェ。
そこを占拠した前川、城ケ崎妹、双葉、そして翠は店の入り口にバリケードを作り、立てこもっていた。
拡声器を使っていたために何事かと人が遠巻きに集まっていたが、続いて翠の声が聞こえてきたとたんに『……ああ、またか』といった雰囲気が流れ始める。
その中に高垣と大和の姿もあり。
「敵の食糧補給を断つのは戦略の基本であります」
「食を断たれるのは……ショックねぇ。うふふふっ」
なんて会話をしていた。
「『亜季! ミリタリーオタクは黙っとれ! 楓! ……グッジョブ』」
「この距離で聞こえるとは……人ではない!」
「あらあら、嬉し」
人がいる中、距離があるのに話の内容を聞いていたうえ、声色で人物の特定まで行った翠に対して驚いた様子もなく二人は答え、テラス席へと移動する。
いきなりのことに、立てこもっている三人はどうしたのかと翠に目を向けるが、苦笑いをして大丈夫だと返す。
「杏ちゃん! みくちゃん! 莉嘉ちゃん! それに翠さんも何やってるのぉ!」
ことの成り行きを見守っていた諸星が声をかけるが特に反応はなし。
そこへ武内Pを呼びに行った三村が島村、渋谷、本田、新田、アナスタシアを連れてやってくる。
「み、みんな……」
「プロデューサーさんは……?」
「どこかで打ち合わせでいなくって……」
諸星、緒方、三村の三人が話しているのを横目に、ここへ来るまでの間にある程度のことを聞いていた本田が実際の状況はどうなのかと中の様子を覗き込む。
「あのぉ……困るんですけど……」
「あ、菜々。コーヒー作って」
「はいはい、かしこまりましたー……って、違います!
「見事なノリツッコミなり……いや、ボケてないからノリツッコミではないか?」
「そんなことどうでもいいんです!」
無視すればいいものを、わざわざ律儀に答えてくれる安部に対して翠は拍手とともに称賛の声をかける。
ただ、それを受けた安部は微妙そうな顔をしているが……。
「オーダーは?」
「…………っへ?」
「駄猫、アイスティーが一つ」
「分かったにゃ」
前川のいきなりな問いかけに安部が固まるが、代わりに翠が答えたのを聞いて一つ頷くと注文された品を作るために離れていった。
「…………?」
その流れを双葉は見ていたが、何か違和感のようなものを感じて首をかしげる。
「これでいいかにゃ」
「た、助かります」
「あ、ついでにこれも一緒に届けておいて」
「へ? ……はぁ」
注文された品を前川から受け取った安部が届けに向かおうとするが、翠に呼び止められる。そしてポケットから取り出された棒つき飴を二本、手に持っていたトレイに置かれて戸惑ったが、なんとか頷く。
『よろしくね』と言って前川を見送った翠は、すぐそばで物欲しそうな目を向けてくる双葉に苦笑をこぼしつつもポケットからもう一つ棒つき飴を取り出して手渡す。
受け取ってすぐに包み紙をはがし、飴をくわえた双葉は先ほどの違和感をさっぱりと忘れていた。
「……あれでいいんだ」
それを見て呆れながらも放った渋谷の疑問が正しいのだが、誰も答える者はいない。
「お前たちは包囲されている! 大人しく投降しろ!」
どこか楽しそうな声を出しながら、本田はドラマなどである刑事の掛け声をまねる。
「しないも~ん!」
だだ投降しろと言われて投降するぐらいならそもそも行動に移さない。
城ケ崎妹は拡声器を使わずに返す。
「実家のお母さんが泣くぞ~! 美嘉ねぇも泣くぞ~!」
「え!? ……じゃあ、やめる」
しかし、続けられた掛け声を聞いた城ケ崎妹は手のひらを返すかのようにあっさりと引き下がってバリケードの陰へと消えていく。
そのことに前川と双葉は少し動揺する。
「ぐぅぅ……残りで頑張るにゃ!」
「我々の正義のために!」
「残りって……」
ただ一人抜けただけで諦めるわけでもなく。
決意を新たにした二人だが、うち一方のセリフを聞いた翠はどこか笑いを堪えているように見える。
「みくたちのデビューを約束してほしいにゃ!」
「ええっ!? ……じゃあ、杏も降りるよ」
休みのためのストライキではなく、仕事をよこせといったストライキだと理解した双葉はとたんにやる気をなくし、城ケ崎妹同様に投降して同じようにバリケードの陰へと消えていく。
先ほど決意を新たにしたばかりであるのに、続けて降りていった双葉でさらに動揺する前川であったが、諦めるほど柔でなかった。
……すぐそばで腹を抱えて笑っていた翠を見て、カチンときたのも関係しているが。
そこでようやく打ち合わせが終わったらしい武内Pが騒ぎを聞きつけたのか、CPのメンバーに連れられてやってくる。
「みくちゃん! もう止めよ? みんな困ってるよ?」
「デビューのこと、プロデューサーに相談してみようよ!」
諸星や三村が呼びかけるが、前川は顔をうつむかせる。
「……………………したにゃ」
「…………っ」
そして間を空けたあと、小さい声であったがしっかりと皆の耳に届く。
武内Pも例外でなく、はっと息をのむ。
「何度も……Pちゃんに聞いたにゃ。何回も……聞いたにゃ。……翠さんからアドバイスもらってデビュー案を考えたりもしたけど……全部ダメだった。なんで? どうして? 何がいけなかったの? みくたちも頑張っているのに……なんで?」
堰が切れ、前川は抱え込んでいたものすべてを言葉にして紡いでいく。
「シンデレラプロジェクトのオーディションに受かって、すごく嬉しかった。いつかデビューできるって信じてレッスンも、小さいお仕事も頑張ってやってきた……」
目の端に涙を溜め、途中から涙声へと変わる。
「でも……卯月ちゃんたちがCDデビューするって聞かされて置いて行かれたって思った。……何が違うの? 一生懸命にレッスン頑張ってきたけど足りなかったの? もっと頑張ればいいの? もっとってどれくらい? みく……全然分からない! このままは嫌なのに! みくもアイドルになりたい! 早くデビューして夢を叶えたいの! じゃなきゃ……じゃなきゃ……!」
「…………うん?」
心からの声を茶化すことをせずに大人しく聞いていた翠であったが、涙を流し始めた前川にふと首をかしげる。
「『ちょっとタイム』」
続けようとした前川を止め、拡声器を使って一言だけ声をかけ、自分に任せるようにジェスチャーをした翠は前川の背中を撫でて落ち着かせながら奥へと連れて引っ込んでいく。
突然のことに双葉や城ケ崎妹はもちろんのこと、外にいた人たちも訳が分からなくなった。
「……大丈夫?」
「……もう、平気にゃ」
ここで翠は『あ、猫語(笑)に戻ったんだね』と言いかけたが、ふざけていいタイミングではないと自制してなんとか思いとどめる。
平気と言っていたがまだ涙声であるし、まだ拭っても拭っても涙があふれてきている。
『もう少し落ち着いてからでいいよ』と優しく声をかけながら涙や鼻水で服が汚れるのも気にせず、前川の頭を胸に抱く。
「落ち着いた?」
しばらくして嗚咽も小さくなってきたタイミングで声をかける。
小さいながらも頷いたのが分かったので肩に手を当て、引き離す。そして簡単にだが涙と鼻水でグチャグチャになった顔をハンカチで拭う。
「さっき言ってたことについて、聞いてもいいかな?」
先ほどまで泣いていたために目元が少し赤くなっていたが、だいぶ落ち着いたようで今度はしっかりと頷く。
「いや、一つ疑問に思ってさ。…………少し変わるとは思ってるけど、最後は明らかだもんね」
「……なんのことにゃ?」
「いや、こっちの話。……それでさ、ふと疑問に思って。夢ってデビューすることじゃないの? デビューしてから何か叶えたい夢あるの?」
「デビューも一つの夢にゃ。だけど、みくはデビューして……その、翠さんと一緒のステージに立ちたいにゃ。だけどつい最近、翠さんの調子が悪いって聞いて……早くデビューしないと、みくがデビューしたときに翠さんがダメだったら意味がないにゃ」
「あー……そういうこと」
詳しく話を聞いていくうちに、翠は今回の立てこもりが起こったきっかけの半分ほどは自分にも原因があると考えた。
そして『やらかした……』といった雰囲気も出していたがそれは一瞬のことで、前川やこちらの様子をうかがえる双葉と城ケ崎妹にばれることはなかった。
「だからまだ翠さんが元気なうちにデビューして、一緒のステージに……あいたぁ!」
強い意志をその瞳に宿らせ、しっかりと翠の目を見ながら思いを語っていく。
始めは大人しく前川の話を聞いていた翠であったが、途中で『うん』と一つ頷いてためらいなくデコピンをする。
いつもと変わらずに元気のいい反応であったために、クスッと笑みをこぼす。
「いきなり痛いにゃ!」
「アホにはちょうどいいさ」
「あ、アホってなんにゃ!」
額を抑えながら翠に抗議する前川だが、軽く流されたためにいつもと同じ調子に戻って言葉を返す。
元気が戻ってきた様子の前川を見て、翠は笑みを浮かべる。
「アホだからアホなんだよ。何勝手にアイドル引退させてんだ。元気なうちに? ファンが見限らない限りは今までよりグッとへるけどステージに立ち続けるつもりだよ」
デコピンをされた額に手を当てながら恨めしげな目を向けてくる前川の目をはっきりと伝える。
「それに後輩が一緒のステージに立ってくれてと頼むんだ。熱出してようが体引きずってでも一緒のステージに出てやるよ」
「……だけど、まだみくがデビューできるか分からないにゃ」
「それに関してだが、ここまで追い詰めたんだ。たっちゃんもそこにいるんだし、こんな状況だ。いつまでも隠し通していけるものでもないし、腹くくるだろ」
「…………?」
何か知っている風な雰囲気を出している翠に違和感を抱いて首をかしげる前川だが、さっきのところまで戻るように促されたために頭の隅へと追いやられた。
「おーい、たっちゃん。きちんとこの場で伝えなよ」
「…………はい」
前川の様子に不安げなCPのメンバーであったが、戻ってきた普段の元気そうな姿を見てほっと安心する。周りに集まっていた他の人たちは翠が任せろと伝えたためにそれほど重く考えていなかった。
そして翠に促された武内Pが前に出てくる。
「すみません! 前川さん!」
いきなり頭を下げて謝る武内Pに面食らうも、すぐに口をキュッと噤む。
それの様子を見て、武内Pは長い付き合いの人にしか分からないほど微かだが悲し気な表情をする。それも一瞬のことで、すぐに気を持ち直して続ける。
「デビューについてですが、みなさん全員分考えています!」
「…………え?」
「ほんと!?」
続けられたセリフを聞いた前川は何を言っているのか理解が追いつかず、呆ける。
城ケ崎妹はすぐに反応してバリケードの蔭から顔を出し、声をあげる。
「まだ決定でないので話すことができませんでしたが……。新田さんたちは第一弾。続いて第二弾、三弾とユニットデビューしていただこうと考えています!」
「…………プロ、デューサー」
何を言っているのか理解が追いついたのか、今度は嬉しさから目に涙を溜める。
「もっと……はやく言って欲しかったにゃぁ……」
腰が抜けたのか、安心した表情で地面にへたり込む。
周りにいたCPのメンバーも、自身がデビューできると聞いて嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そんな……まさか……! デビューが決まっている、だと……!? メーデ……メーデだ!」
「杏ちゃん!」
「離せ! 離せぇ! 杏は絶対に働かないぞ!」
そのすぐそばでバリケードに背を預けて座っていた双葉も同じく話を聞いており、頭を抱える。
なぜならすでに遠くない未来のうちにデビューすることが決まっており、働かなくてはいけないことが決まっているからである。
その背後からは諸星が近づいてきており、嬉しそうにしながら双葉の腋に手を入れて軽々と持ち上げる。
「ああ、若いっていいですよね~。今が青春! って感じがして」
「うふふっ」
「…………ち、違うんです! 菜々も若いんですよ! 永遠の十七歳ですから!」
「飴は
「高垣さん! スルーしないで下さいよ!」
テラス席で成り行きを見守っていた高垣、大和、安部の三人は無事に落ち着いてよかったと話していた。
安部が思うがままに口から出たセリフを聞いて高垣がクスリと笑みをこぼすと、慌てたように失言を取り繕うとして言い訳を述べるが特に意味はなく、手に持っていた棒つき飴を口にくわえてダジャレを言う。
CPのメンバーに手伝ってもらいながら店を元通りにし、前川、城ケ崎妹、双葉は武内Pとともに店や迷惑をかけた人たちに頭を下げて回る。
翠は誰かに告げ口をされたのか、どこからか現れた日草によってどこかへと連れていかれている。
「……途中で抜けてごめん」
「ううん。そもそも、みくが焦っちゃったからこうなったんだもん」
一通りの後処理を終え、メンバー全員で集まっていた。
「みくちゃん、私もこのままデビューできないのは嫌だって思ったよ」
「でも、やり方は他にもあったと思うけど……まあ、ロックって言わなくもないかな」
「…………ごめんなさい」
もう一度、迷惑をかけてことを謝罪した前川は卯月たちに声をかける。
「そこの五人! みくたちはデビューするまでの間、さらに力をつけるにゃ! だから……ファイトにゃ!」
その表情はつきものが取れたかのように元気な笑顔であった。
今更だけどデレステのソロ楽曲、まゆちゃんのより小日向美穂のほうがヤンデレっぽい感じがする
まゆちゃんのもヤンデレっぽい歌詞だって感じるんだけど、美穂のほうが……