怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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59話

「とても楽しそうですね」

「だってあの子らにとって初めての大きなステージだよ。俺も含めて先輩アイドルは大いに楽しんで盛り上げなきゃ」

「ありがとうございます」

「んー、まあ、ひとまずってところじゃない? この大きなステージが終わった後、面倒なことになる気がするからさ」

「面倒なこと、ですか……?」

 

 赤信号で止まった時、意味深なことを言う翠に目を向けるも、ニヤニヤとしながら笑みを浮かべる翠の姿がそこにあるだけであった。

 

「…………あの子たちは強いよ」

 

 小さくボソッと呟かれたセリフ。

 信号が青へと変わったことに意識を持っていかれた武内Pの耳に届くことはなかった。

 

「そういえば、翠さんの希望でライブ会場が変わったと聞きました」

「もう少し大きな場所にしようかなって。ただ、外だから雨が降ったら終わりなんだよね」

「大丈夫です。きっと晴れます」

 

 晴れると断言する武内Pに、翠はただ、微笑むだけであった。

 もし、心の機微に聡い誰かが今の翠の表情を見れば不思議に思うだろう。

 

『何故、そのような(・・・・・)感情を込めているのか』

 

 武内Pもしっかりと見ていれば違和感を覚え、尋ねていたかもしれない。

 しかし、車には武内Pと翠しかおらず。運転する武内Pは前を向いており、翠の些細な変化に気づくことはなかった。

 

 

 

 もし、もう1人誰かが乗っていたならば。

 もし、赤信号で車が止まっている時ならば。

 もし、翠がもっと自身のことについて話していたならば。

 

 この先に起こりうることに多少の変化があったかもしれない。

 だが、今この場ではありえない"たられば"のことであった。

 

☆☆☆

 

「ありがとね、たっちゃん」

「いえ。翠さんも無理しないようお願いします」

「うぃうぃ。程々にしとく」

 

 暑いところに長くいたくない翠は挨拶もそこそこに、さっさと背を向けて行ってしまう。

 

「…………」

 

 その後ろ姿を見て。武内Pは言葉で表現できないような感情が頭をよぎるが、それは一瞬のことであり。

 再び翠の後ろ姿を見るが何もなく。すぐに忘れてしまう。

 そして残った仕事を終わらせるため、車を走らせる。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 車が走り始める音を耳にし、翠は立ち止まって振り返る。

 武内Pの意識は前に向いてしまっているため、翠が見ていることに気づかずに走って行ってしまう。

 

「……何でこんなことやってるんだろうな」

 

 それはCPのメンバーにアドバイスをした日。

 電気もつけていない暗い部屋で呟いた時とほぼ同じセリフ。

 

「……答えは一つしかないか」

 

 雲一つない空を見上げ、眩しいのか目を細めながらポツリと漏らす。

 

「いつか話す時が来るんかな……。恥ずかしいから今んとこ、予定はないけど」

 

 これ以上ここにはいられないと、多少大きめな独り言を呟き、翠はその場をあとにする。

 胸の内にはいつの日か似たことを漏らしていた答えを。そして自身が求めているものを抱きながら。

 

☆☆☆

 

「たでーまー」

『おかえりなさい!』

 

 元気な返事だが、皆は思い思いにダラダラと過ごしていた。

 取り敢えず、翠はスイーツを冷蔵庫へとしまう。スイーツがダメになるのは何としても避けなければいけない。

 そして皆がいる部屋へと戻り、ザッと部屋全体を見回す。

 

「……ふむふむ。みんな、意識が高くてよろしい」

 

 全員の手には紙があり、おそらくは書かれている内容がそれぞれ違う。

 アドバイスなどをまとめたものであろう。

 

「んじゃ、美波。報告」

 

 昼飯を食べていない翠はゼリーをいくつか持って自身の部屋へと移動し、その後を新田がついていく。

 

「午前はみんな、きちんとストレッチしてたかな?」

「はい」

「未央、莉嘉、みりあ……あとは駄猫かな。そこらが踊りたい踊りたい、煩かったろ?」

「ま、まぁ……」

 

 目は口ほどに物を言うようで、新田の目があっちこっちに泳ぎ始める。

 

「んで、メールでも見たけどその後について」

「は、はい。皆の仲を深めたら呼吸が合うと、翠さんのアドバイスから考えました。なので外で体を動かせる遊びを2つほど」

「んで、リレーと水鉄砲か。……うん、いいんじゃない?」

 

 ゼリーを食べ終え、空になった容器を弄りながら頷き、続きを促す。

 

「土埃を落とすためにシャワーを浴びたあと、少し早めに昼食を皆で用意して食べました。食休みを置いて踊ったのですけど……自分たちでも実感できるぐらいに息が合っていたと思います。その感覚を忘れないよう一時間集中して踊ったあと、互いにアドバイスをしてダラダラとしていたところです」

「うんうん。上手くいったからって一気にそのまま完成まで持っていかないで、短時間の集中でやったほうが俺的には効率がいいと思ってるからね。人によってそれぞれだから未央や駄猫たちはもどかしい気持ちもあるけど、俺がついとるんだから完成させるし」

 

 なんでもないことのようにサラリと口にし、翠は空の容器はゴミ箱に捨てて立ち上がる。

 

「さてと。いつまでも話してないでみんなのとこ戻ろうか。今後のこともまとめて説明しちゃおう」

「はい」

 

 足りなかったのか、寄り道をして冷蔵庫からまたいくつかゼリーを持ち出していく。

 翠としてもガッツリと食べたい気分であるが、微妙な時間なので我慢している。

 それに今夜にとある事をやろうと考えているため、いつもより夕食の時間を早めにと考えているのも1つの理由としてある。

 

「おーし、お前ら。そのままでいいからよく聞けー。この後の予定について話すぞー」

 

 持ってきたゼリーの1つを食べ終え、空になった容器をそばのテーブルに置いて口を開く。

 そのままでいいと言われていたが、皆は上体を起こして体を翠に向ける。

 

「今日のレッスンは終わりにして5時に風呂。6時に夕食です! そして食休みを挟んだ後にお楽しみが待ってます!」

 

 お楽しみがなんなのか、近くにいる子と話したくてウズウズしているが、まだ翠の話が終わっていないため。誰も口を開かない。

 

「それじゃ、話は以上だから。レッスンとかキチンと考えているから、ちゃんと俺の言う事を聞けよ、未央」

「な、なんで私だけなのさ!?」

「なんとなく? 不満ならば駄猫もつけよう」

「もう、その呼び名は固定なのかにゃ……」

 

 翠が2人をからかったことにより、笑いが起こる。

 

「んじゃ、俺は自分の部屋にいるから。何かあったら遠慮せずおいで」

 

 その様子を見て翠も微笑んだ後、去り際にそう言い残して自身の部屋へと戻っていく。

 

「翠さんが言ってたお楽しみってなんだろうね?」

「楽しそうに言っていたからすごいものだと思うけど……」

「何も教えてもらえてないとなると」

「何をやるか、気になります」

「なら、みんなで翠さんが何をやるのか想像してみようよ!」

 

 赤城がいい案を思いついたと、手を上げながら口を開く。

 なんだかんだでノリがいい彼女たちは特に反対意見もなく、そのまま当てた人のご褒美を考える。

 

「翠さんに1つお願いできる権利をあげるとか?」

「それだと杏とか使っちゃってるよ?」

「また、新しく貰えるとか?」

「翠さんに聞いてみないと分からないにぃ」

「でも、翠さんの許可があったらいいんだよね?」

「こういった催しなら翠さんも乗ってくれると思います」

「それじゃあ、翠さん呼んでくるね」

 

 話がまとまりそうなのを読んで、渋谷が翠を呼びに行く。

 5分とかからずに連れて戻ってきたが……翠は渋谷に背負われており、目が半分ほど閉じられていた。

 

「翠さん、寝てましたか?」

「んぁ……大丈夫大丈夫。やることないといつも寝てたから」

「……それって寝てたんじゃ」

 

 城ヶ崎がボソッと呟く。それはメンバー全員が思っていたことだが、誰もいう勇気はなかった。

 しかし、いまもウトウトしている翠の耳には届かなかったらしく、スルーされてしまう。

 座布団に座らせるもコックリコックリと頭を動かしている。

 

「んで、えーっと……夕食の後にあるお楽しみを? 予想するから……んー、凛、もっかい」

「当てた人に何か褒美が欲しいって話してて」

「なるほどなるほど……あー、君ら的に何がいい?」

 

 考えるのが面倒なのか、それとも眠気が強すぎて頭が働かないのか。

 翠は自分で案を出すのをやめ、皆に尋ねる。

 

「翠さんができる限り何でも言う事を聞いてくれる権!」

 

 色々な心情から、なかなか言い出しにくかった事を赤城が元気な声で発する。

 そのことに内心で『よくやった!』と思うと同時に受け入れて貰えるかと不安にも思う面々。

 

「んー、いいと思うよー」

 

 今の状態の翠ではそんな彼女たちの心情を読むことはできず。あっさりと許可を出す。

 そして新田に紙とペンを持って来させ、『本日の夜に行うお楽しみを予想して当てた人には翠ができる限り言う事を聞く権利をあげます。九石翠』と書いていく。

 

 本来であれば翠がこのような事するわけないのだが、思考回路が弱っているいま、千川が忘れないようにメモしていたことが思い出されており、そのまま動いた結果であった。

 

「んで……全員バラバラに考えるん? チームに分かれるんか、全員で1つ考えだすんか……? 俺は別に何でもいいけど」

 

 話していて少し目が覚めたのか、先ほど書いた文字をボーッと眺めながらルールの確認をしていく。

 

「どうする?」

「それぞれ考えるのも面白そうだけど……」

「全員で1つも賭けにゃ」

「チームも仮に3人とかで分けても5つだよね」

 

 ワイワイと楽しげに話すのをBGMに、目が覚めた翠は手に持つ紙を間違いであって欲しいと願いながら読んでいく」

 

「…………まじか……筆跡、俺だもんなぁ」

「あの、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫」

 

 ボソリと聞こえないよう小さく呟いた翠だが、近くにいた島村には何か言っていたのが聞こえたらしく反応する。

 それを誤魔化した翠は紙をテーブルに放り、手を叩いて注目を集める。

 

「はいはい、キリがないから全員で1つ考えようか」

 

 そう言われた面々はどうするか話し合っていた頭を切り替え、お楽しみが何なのかわざわざ紙とペンまで用意して話し始める。

 暫く時間かかるかなと、翠は座布団を並べて横になる。

 

「翠さん」

「杏? どした?」

 

 目を閉じて寝ようとしていた翠の元に、タイミングを見て話の場から離れた双葉がやってくる。

 

「1つにしたのって、外れたら誰も権利がなくなるからだよね?」

「……おやすみ」

 

 図星をつかれた翠は双葉に背を向けるよう体勢を変え、目を閉じる。

 

「……取らぬ狸の皮算用になるけど、杏は権利が手に入ったらどうするか決めてるんだ」

「聞くだけ聞いておこうかな」

「翠さんが杏たちに望んでいることを教えて欲しい」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 翠が黙ってしまったことにより、互いに口を閉じたまま時が過ぎていく。

 何もリアクションが無いのはおかしいと思った双葉が耳を澄ませば微かに寝息が聞こえてくる。

 

「杏ちゃぁん! こっちに来て一緒に考えよぉ!」

「しょうがないなぁ」

 

 口では面倒くさがりつつも口元は嬉しそうに緩ませながら、双葉は呼ばれて再び輪の中へと入っていく。

 

 

 

「…………」

 

 皆に背を向けているため誰も気づくことはなかったが、双葉が話の中へと戻って行った時。

 翠の目から一粒の涙が零れ落ちていた。




ようやっと、いつの日かの伏線(7話最後の方)が回収かな?
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