怠け癖の王子はシンデレラたちに光を灯す   作:不思議ちゃん

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62話

「…………ケホッ」

 

 自身の部屋に戻ると言っていた翠であったが。

 日も傾き、薄暗い中。建物の陰にある水道で1人、頭から水を被っていた。

 時折咳き込むとき流れ落ちる水に赤いものが混じっている。

 

「…………ぁー」

 

 髪が濡れているため、肌に張り付いたり服が濡れたりと不快指数が高いはずだが、翠は気にした様子もなく。

 水を口に含んで口の中をゆすぎ、ノドの調子を確かめる。

 

「んー、んー……大丈夫、まだいける」

 

 何かを恐れるように(・・・・・・・・・)呟き。翠は誰にも見つからないよう自身の部屋へと戻っていった。

 濡れた髪を乾かし、服を着替え。手鏡を取り出していつもの調子に見えることを確認し。ご飯の準備をするためキッチンへと向かう。

 

 そのとき、翠は1つ見落としていた。

 いつもの調子(・・・・・・)でいたならば気づいていたであろうことを、今の翠は気づけないでいたのだ。

 

 部屋から1つ、物がなくなっていることに。

 先ほど、使ったはずであるもの。

 体温計がなくなっていることに。

 

 

 

 

 

 遡ること、翠が皆の前から去った後。

 いつまでもダラダラしていたら風邪を引いてしまうため、新田はてきぱきと皆に指示を出して行く。

 早々に部屋の片付けと拭き掃除を終え、皆がシャワーへと向かう中。

 ただ1人。すぐには向かわず、翠の部屋へと足を向けていた。

 

「翠さん、ちょっといいですか?」

 

 多田李衣菜。

 彼女は先ほど聞いた翠の話をもう少し深く聞くため、翠の部屋を訪れていた。

 部屋の前で声をかけるも返事どころか人の気配も感じず、2回3回と繰り返し呼びかけるも部屋の中からは物音1つしない。

 

「翠さん、入るよ?」

 

 恐る恐る取っ手に手をかけ、そーっと開いていく。

 中をチラリと覗くが誰もおらず、多田は部屋を見回しながら中へと入っていく。

 

「トイレに行ってるのかな?」

 

 そのようなことを口にしているが、多田としては今すぐにでも話を聞きたい気持ちである。

 先ほどの話を聞く限りでは、前川が一歩抜きん出ていると言うことになる。

 ユニットを組み、口を開けば言い合いばかりしているが、多田は前川のことをそれなりに認めていた。

 そして互いに高め合っていけていると思っていたが、翠からしてみれば自分は何も知らない愚か者である。

 だからそれに追いつくため、自信を見つめ直す前に翠と話して心の整理をしたかったのである。

 

 ふと、多田の目に気になるものが映る。

 体温計であるが、ただ置いてあっただけならば多田もそれほど気に留めなかったであろう。

 気になったのは体温を測る機器が半分もケースに入っていなかったとである。

 今ではボタン式などあるが、目の前にあるのはケースに入れるとリセットされるタイプのもので、半分以上入っていないのであれば、測ったものがそのまま残っていることである。

 

「翠さん、慌ててたのかな?」

 

 しまって元に戻す前に、興味本位で表示されている翠の体温へと目を向ける。

 

「…………ぇ?」

 

 目に映った数値が衝撃的であったのか、先ほどまでの気持ちも、翠に話そうとしていたことも忘れ、少し呆然と立ち尽くす。

 

「…………っ」

 

 ハッと気を持ち直した多田は体温計を手にしたまま走って皆の場所へと向かう。

 だいぶ待っていても翠は戻ってこないため、トイレではないのだろう。そのためどこにいるのか分からない翠よりも皆の手を借り、探したほうが早いと判断した。

 

 多田が部屋を出てから5分と経たずに翠は戻ってきたのだが……2人はすれ違うことがなかった。

 

「きゃっ!?」

 

 脱衣所のドアがノックもなしに勢いよく開き、すでにシャワーを浴び終えて髪を乾かしていた新田が驚きの声を上げる。

 

「李衣菜ちゃん、どうしたの?」

 

 やってきた多田の雰囲気を察した新田は髪を拭いていたタオルを首にかけ、声をかける。

 

「あ、こ、これ……」

「体温計……?」

 

 上手く言葉にできず、手に持っていたものを思い出し、それを手渡す。

 不思議そうにしながらも受け取った体温計に表示されているもを見て。眉間にしわを寄せる。

 

「李衣菜ちゃん、熱があったの?」

「す、翠さんの……」

「…………っ!」

「美波ちゃ――」

 

 誰が見ても平熱より高い体温。

 見た感じや、普通に話せていることから違うと分かっていながらも多田に確認を取る。

 しかし、帰ってきた返事を聞いて新田はすぐさま駆け出していた。

 後ろから多田が自身の名を呼んでいるのが聞こえていたが、手に持つ体温計を強く握りしめ。翠を探していく。

 

「いたっ!」

「んぉっ!? きゅ、急に大きい声出してビックリしたやん……」

 

 思いのほか早く翠は見つかった。

 まずは翠の部屋へと向かった新田だが、途中で調理のいい香りが漂い、目的地を変更する。

 

 呑気に鼻歌交じりに夕食の準備をしていた。

 驚いている翠のことなど気にも止めず近づいていき、自身のデコと翠のデコを合わせる。

 

「またまた急にどうしたのさ」

 

 慌てた様子で新田の肩を押して距離を取り、どこか軽い笑みを浮かべながら声をかける。

 

「……首に冷えピタ」

「っ!」

 

 新田の視線に気づいて隠した時には遅く、すでに見られた後であった。

 

「腿の内側とかも効果的ですよね」

「…………」

 

 手に持っていた体温計を翠に見せながら。怒った口調で話を進めていく。

 

「美波ちゃん、翠さんは見つか……あっ! 翠さん!」

「李衣菜ちゃん。私が話すまでこのことはみんなに秘密にしててもらってもいいかな?」

「う、うん……」

 

 どうして、と訪ねたかった多田であったが、新田の雰囲気に押されて頷くしかなかった。

 

「夕食の準備は私たちでやるので、今すぐ寝てください」

「…………あい」

「李衣菜ちゃん、ご飯の準備はこのまま私がやるから、翠さんが寝るのを手伝ってもらって、それが終わってからシャワーでもいいかな?」

「うん、分かった」

 

 2人がキッチンから出て少し経ってから。新田は足の力が抜けたかのようにその場へと座り込む。

 

「美波ちゃん、大丈夫だにぃ?」

「あ、きらりちゃん。……うん、大丈夫」

「何かあったの?」

 

 そこへシャワーを浴び終えた諸星と双葉がやってくる。

 気持ちを切り替えて立ち上がった新田は2人に料理の手伝いをしてもらいながら、先ほどあったことを話し始める。

 

「私が髪を乾かしている時なんだけど、慌てた李衣菜ちゃんが入ってきて……翠さんが測ったと思う体温計を見せてもらったの」

「高かった?」

「うん。39度手前だった。慌てて探して、ここで料理してた翠さん見つけておでこ合わせたら熱くて、でも顔の赤みがないから不思議だと思ってたら首に冷えピタ貼ってあって……」

「流石と言うか、なんて言うか」

「そこまでいくと呆れちゃうにぃ」

 

 双葉と諸星は苦笑いしながら、任された調理をこなしていく。

 

「美波ちゃん、どうかしたにぃ?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 新田の作業の手が止まっていることに気づき諸星が声をかけるが、笑みを浮かべて何かを誤魔化すように首を横に振る。

 当然、諸星は誤魔化されていることに気づいているが、ここで深く聞いても仕方ないため、大人しく引き下がる。

 

「李衣菜には全部話す?」

「ただ熱があっただけだから、話さなくても大丈夫だと思う」

「分かった。それじゃ杏はみんなにも手伝うよう言って、翠さんの様子見てくるね」

 

 自身に割り当てられた分を終えた双葉は残りを任せ、その場を後にする。

 

☆☆☆

 

「くそう……何故、体温計が……」

 

 多田によって布団に寝かされた翠は熱によってボーッとする頭を使い、こうなった原因を考えるもうまく思考がはたらかず、どうでもいいことが浮かんでは消えていくを繰り返していた。

 

 部屋には扇風機の回る音が響き、温風が翠へと届けられている。

 自身の熱、そして夏による暑さから寝付くことができず、冷たいところを求めて布団の上を転がるがどこも温まっており、むしろ動いたぶん余計に暑くなっていた。

 

「アイス……アイスが欲しい……」

「アイスの前にまずは水分取った方がいいよ」

「ちべたっ!」

 

 頰に触れた突然の冷たさに反射でそれを払いのける。

 

「……杏?」

「体起こして、これ飲める?」

 

 いつの間にかそこにいた双葉の手には先ほどの冷たさの元であろう、冷えた飲み物があった。

 普段とは違うだるさを我慢しながら体を起こした翠は双葉から飲み物を受け取り、ゆっくりと口にしていく。

 短くない時間をかけて飲み干し、一息ついた翠は双葉に手を差し出す。

 

「おかわり?」

「アイス」

 

 少しではあるがいつもの様子に戻った翠に苦笑いしながら、味付き氷のアイスを差し出す。

 何度か振って中の塊を崩してから蓋を開け、口に含んでいく。

 

「あ、飲み物まだある?」

「スポーツドリンクなら」

「ちょうだい」

 

 差し出された手にペットボトルに入ったスポーツドリンクを渡す。

 受け取った翠はアイスをテーブルに置き、スポーツドリンクの蓋を開けてその中に注いでいく。

 そしてそれを美味しそうに飲んでいる姿を見て、堪らず双葉は声をかける。

 

「お、美味しいの……?」

「美味くなけりゃやらん」

「ひ、一口……」

「風邪だったらうつっちゃうし、ダメやろ」

「ううう……」

 

 少しは落ち着いたのか双葉をからかい始めるが、何処と無く辛そうに見える。

 

「明日のレッスン後、みんなにあげるから我慢しとき」

「翠さんは体調をどうにかしないといけないけどね」

「うぬぬ……」

 

 先ほどの双葉と立場が逆になり、今度は翠が呻く。

 

「……みんなには? 特にだりぃな」

「ご飯の時に翠さんが体調崩したって伝えるつもり。李衣菜も翠さんの体調が悪いってのを知っただけだから、話すつもりはないよ」

「そか。これ以上増えるんはマジ勘弁……」

 

 空になった容器をテーブルの上に置き、くでっと布団の上に寝転がる。

 

「冷えピタ、ぬるくなってるでしょ。変える?」

「面倒だから変えてー」

 

 そう言って髪をかきあげ、首元を晒す。

 普段は髪に隠れて見えない部分が無防備に出されているのを見て、普段は全くと言っていいほど無い色欲を翠から感じ取る。

 それを表に出さないようにしつつ、翠の首に貼られたぬるい冷えピタを取っていく。

 

「……ん、人に取ってもらうと変な感じするな」

 

 冷えピタがなくなったことにより、邪魔なものがなくなった。

 熱のせいか暑さのせいか、普段は透き通るような白さの肌は少しだけ朱に染まり、浮かんだ汗が双葉の心を揺さぶる。

 

「……そ、それじゃ貼るよ」

 

 前に1度、翠本人の意識で出した妖しげな雰囲気と魅惑的な笑み。それを間近で見たことのある双葉だが、今回のそれは無意識のうちに出ているものであった。

 以前よりも近く、そして直接触れる今回は普段の双葉では想像できないほど心が乱れていた。

 

「ちべたっ!」

 

 ようやっと新しい冷えピタを翠の首に貼り、離れてアイスの中に注がれて残った分のスポーツドリンクを飲み干して一息つく。

 

「そ、それじゃ杏はみんなのところに戻るから」

「ありがとなー」

「何かあったら誰かしらの携帯に連絡入れてね」

「はいよー」

 

 幾分か調子の戻った翠の返事を聞き、双葉は部屋を後にして皆のところへと戻っていく。

 

「あ……聞いとけばよかったかな」

 

 翠が望むもの。それが分かればいい方向に向かう予感が双葉にはあった。

 そのため、多少強引ではあったがなんでも言うことを聞いてくれる権利を使い、聞こうとしていたが先延ばしにされている。

 落ち着く前に聞いていたら答えてくれていたかもしれないが、そこまで考えて双葉は頭を振る。

 

「キチンと話してくれるはずだもんね」

 

 そんなずるい聞き方をしても納得できないだろう。

 今までのちょっとしたそれは棚に上げつつ、止めていた足を踏み出す。

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