「…………」
夜、翠はベッドの上で横になっているが眠る気配はなく。人差し指の第二関節を咥え、何かを考えているようであり、そして不安を抱いているようにも見えた。
それもそのはず。明日はこの場所でついにあの事について話すのであるから。
今まで誰にも……それこそ引き取ってくれた叔父叔母や碧、奈緒にでさえ話してこなかったのである。
碧も翠の体を見たことはないが、長く一緒に居ただけあって大方の予想はついている。そして理解しているからこそ誰にも話さず、いつか翠から話してくれるのを待っていた。
いつもならすぐに寝てしまう翠だが、寝てしまえば次に目を開けた時は朝である。実際に過ぎた時間は変わらないのだが、それを分かっていながら少しでも約束の時間までが長く感じられるよう起きていた。
だが、その抵抗もあまり長くは持たず。
重くなっていく瞼に抗うのも気持ちだけが先走り、数分と経たずその部屋に寝息が聞こえ始めた。
☆☆☆
『……うん、大丈夫。みんなに伝えてもらっていい?』
「……はい、分かりました。皆さんに伝えておきます。……私たちも無理を言ってごめんなさい」
通話が切れたことを確認した佐久間は携帯をテーブルに置き、首を横に降る。
「翠さん、やっぱりダメだって?」
「はい。……まだ無理。心の準備ができない。とのことです」
「まあ、そんな気はしてたかな」
「これまで誰にもバレないようにしてきたにゃ。なかば強引な約束だとまだ無理にゃ」
今西さんに空いている部屋を貸してもらい、そこを集合場所にして集まった少女たち。
先ほど、かかってきた電話により話は延期となった。
「ただ、私たちで持っている翠さんの事、話し合って共有してもいいそうです」
「それなら、このままここを使わせてもらいましょう」
「……翠さんから話すのは無理だけど、共有はありなのかぁ」
「杏ちゃん、どうかしたにぃ?」
「んー、翠さんがどうしたいのか考えてる」
ふとした双葉の呟きを拾った諸星により、誰から話すか決めようとしていた皆の視線を集める。
「普通はさ、知っているけど自分のいない場所で話されてるのは嫌だと思うんだよね。心の機微に聡い翠さんの事ならなおさら。だから集めて、自身の目が届く範囲で情報を共有させる。約束は翠さんについて話すことだから、今回の話で翠さんから細かな話が聞けると思っていたんだけど……心の準備ができなくて延期にするのは分かる。むしろ今回の延期で聞こうとしていた話は、
「べ、勉強会の時から思ってましたけど……」
「杏ちゃん、頭いいんだね……」
「私は何を言ってるのか分からないよ」
普段だらけている姿を知っているからこそ、CPの面々は今の双葉が同一人物には見えなかった。
「杏なんてまだまだだよ。みんなから見たらそう思えるかも知れないけれど、『本物』はもっと違うよ。理解されない、理解できないからこそ、孤独なんだよ」
誰について話しているのか、この場に理解できない人はいなかった。
「んっふっふ〜。君たちの言う『天才』ってやつも、案外一人の人間よ?」
「うにゃぁ!? 志希ちゃん!?」
「どこから入ってきたんだろう……」
いつの間にか紛れ込んでいた一ノ瀬に皆は驚きをあらわにするも、本人はそれに気づいているのかいないのか。おそらくは前者であろうが、いつも通りに振舞っていた。
「いま言った、一人の人間って?」
「にゃふふ、言葉のまんまだよ。翠さんだってアイドルといった肩書きを無くしたらご飯を食べてお風呂に入り眠る。私たちと同じ人間ってこと。だから特別難しく考えることなんてなーんもいらないんだよ」
「さすが志希ちゃんにゃ! 翠さんと同じ天才にゃ!」
「んーん、私はふつーのJKだよ? にゃっふ」
最後にとってつけたような声が出たのは高垣が一ノ瀬の頭を撫でたからである。高垣はそのまま撫で続けながら、どこか寂しそうな目をしながら口を開く。
「翠さんは『異質な天才』と言われているんです。志希ちゃんはふつーのJKと自称していますが、化学。それも薬品を扱う分野では類稀なる才能……ギフテッドを持っています。持って生まれた才能の副産物として失踪といった趣味があって、誰が見ても
「翠さんは違うってことですか……?」
「ええ。見た目を除けば普通の一般人として溶け込めるんです。勉強、運動はもちろん、会話や行動に至るまで」
「……でも、翠さんはいつもグータラしてるけど……それは違うの?」
渋谷からの問いかけに高垣は首を横に振る。
「あれは翠さんの素よ。誰が見てもおかしいと理解
「まゆは一度だけ、一般人に擬態した翠さんと話したことがあります。カツラとコンタクトも用意して。……ただただ、普通の人でした。言われて思い出せるぐらい、記憶に残らないほど」
「でも、擬態はできるけど疲れるからやっていないんでしょ? だったら一緒じゃないの?」
「凛ちゃん。できないのと、できるけどやらないのは違うにぃ」
どこか思い当たる節がある諸星だが、それを表に出さずに訂正を入れる。もっとも、その時も一緒にいた双葉には丸分かりだが。
「そしたら、翠さんは普通の人と違うと理解していながら振舞っているということですか?」
「そうだとしたら、なんでだろう?」
「……本当に分からないの?」
冷たい声に少女たちはビクッと肩を揺らす。
声がした方に目を向ければ、ニコニコと笑みを浮かべる一ノ瀬がいるのだが、その雰囲気は少し冷たかった。
「認めて欲しいだけなんだよ。自分が存在していることを」
すぐに冷たい雰囲気は無くなり、一ノ瀬は目を伏せる。
「子供は親から愛情をもらって育つものだけど、翠さんにはそれが無かった。……子供が騒いで親の注意を引きたいのは分かるかな? 今の翠さんはまさに
そこまで話して顔を上げた一ノ瀬は普段と変わらぬ雰囲気に戻っていた。
「そういえば、志希ちゃんはどうして詳しく知ってるにゃ?」
「んー、話した感じと匂いかな? 推測でしかなかったんだけど、ちょっと盗み聞きした感じ間違ってはないと思うよ。……ねー、まゆちゃん」
「はい」
「電話で話してた、共有してもいいって部分のあたり。翠さんが言っていたこと、そのまま覚えてる?」
「翠さんとの電話はいつも録音しているので、大丈夫ですよ」
「さっすが〜」
いつも録音している。と聞いても驚かなくなってきたあたり。CPの面々も346に染まってきたと言えるだろう。
慣れた手つきで操作を終えた佐久間は皆に聞こえやすいように音量を上げ、テーブルの中央へと置く。
『まゆ?』
『はい。どうかしましたか?』
『今日の話し合い、やっぱり無しにしてもらってもいい?』
『……はい。翠さんが無理なら諦めると、皆さんで決めてました』
『……そっか。……その代わりと言ったらなんだけど、みんなに話してもいいからさ』
『よろしいんですか?』
『……うん、大丈夫。みんなに伝えてもらっていい?』
『……はい、分かりました。皆さんに伝えておきます。……私たちも無理を言ってごめんなさい』
「この翠さんが言っていたみんなって、私的には他のみんなにも話していいように聞こえたんだけど」
「仮にそうだとしても、私たちから話すことじゃないと思う」
「んー、なら私が勝手にやったって事で」
そう言って一ノ瀬は携帯を取り出し、ポチポチと弄り始める。
「おっ、返信早い」
「誰に連絡したんですか?」
「翠さんに。話を盗み聞きした事と全員じゃないけど他のアイドルにも話すって事」
「……へ、返事はどうだったの?」
あまりの行動の早さに驚きを隠せないが、どんな返事だったのか気になるのだろう。皆の視線が一ノ瀬に集まる。
「構わない、って一言だけだったよ〜」
ほら、と言いながら携帯の画面を皆に向ける。
そこには口にした通り、『構わない』とだけ書かれた文があった。
「志希ちゃん。他の人に話すのはもう少し待って欲しいの」
「ん? どうして?」
早速とばかりに部屋から出て行こうとしていた一ノ瀬だが、高垣が待ったをかける。
「何となく、まだ話さない方がいいと思って」
「ふーん……」
一ノ瀬は少しだけ細めた目を高垣へと向ける。
そんな二人の間にただならぬ雰囲気が漂い始め、少女たちは口を閉じ、見ているしかなかったが、にぱっと笑みを浮かべた一ノ瀬によってすぐにその雰囲気も霧散する。
「楓さんがそういうなら分かった!」
ばいば〜い、と手を振って元気よく一ノ瀬は部屋から出て行く。軽いノリではあるが翠が関わっているため、約束は守るだろう。
「そういえば、志希ちゃんが来て流れちゃったけど、話し合いはどうする?」
最後の楓さんの行動は69話の最後の楓さんの描写を読めば分かるはずだと……思いたいです
今更ですが、新年おめでとうございます。
本年はもう少し更新できたらと無謀なことを考えたりしましたが、就活の影が見え始めたのでどうなることやら……