まあ、分からなくても多分大丈夫です。
「渋谷凛……ちゃん、だよね?」
朝、渋谷が学校へ向かう途中。
名前を呼ばれて振り返りみれば、そこには同い年くらいの見知らぬ女の子二人がいた。
「私、北条加蓮。クラスは違ったんだけど、中学一緒だったんだ」
「…………ごめん。覚えてない」
そう言われて思い返すが、心当たりはなく。首を横に振る。
「気にしないでいいよ。私、よく学校休んでたから。こっちは神谷奈緒。私たち、一応346プロ所属のアイドルなんだ」
「……えっ?」
「部署は城ヶ崎美嘉ちゃんと一緒。最近デビューしたんだ」
「そうなんだ」
「あっ! アイドルサマーフェス見たよ! すっごく盛り上がってたよね! なんかよかった。っね、奈緒」
「なっ……ま、まあな」
「見てくれたんだ」
神谷と呼ばれた少女は恥ずかしいのか顔を背けるが、耳が赤毛なっているのが二人には丸わかりであった。
「いつかあんなライブやりたいなって思った。……とりあえず、目標ってことで」
話として一区切りがつき、北条がふと疑問に思ったことを口にする。
「そういえばライブの時、翠さんの顔がいつもより赤い気がしたんだけど、体調悪かったりしたのかな?」
「いつもよりテンションが高かっただけじゃないのか? シンデレラプロジェクト、翠さんがレッスン見たって言ってたし」
「翠さんはあの時、熱があったらしいよ」
「えっ!? そうなのか?!」
「私も後で聞かされて知ったぐらいだから詳しく分からないけど、よく分かったね」
「私、体が弱いからさ。なんとなく、体調悪い人が分かるんだ」
ずっと話していると学校に遅刻してしまうため。キリのいいとこで話を切り上げた三人は手を振って別れた。
「あっ! 美嘉姉!」
「三人とも、レッスン終わり?」
「はい!」
「そっちも?」
ニュージェネの三人がレッスンを終え、部屋から出たところで汗を拭いながら歩く城ヶ崎姉と出会う。
「調子はどう?」
「バッチリだよ!」
「そっか。まだまだ私も負けてらんないな」
「一つ、聞いてもいい?」
「ん? いいよいいよ」
「北条加蓮って子と、神谷奈緒って子。知ってる?」
ふと、朝会った二人のことを思い出した渋谷は丁度いいと、城ヶ崎姉に聞いてみる。
「加蓮と奈緒? 二人とも私の後輩だよ。どうかした?」
「ううん。声かけられて話したから。アイドルサマーフェス見にきてて、目標って言われた」
「目標ですか!」
「もっと頑張らないと!」
「二人ともセンスいいから、三人のいいライバルになるかもね」
「およ? なんの話?」
「あ! 翠さん!」
そこへ翠が通りかかり、話の輪へと加わる。
翠を見たところで三人がなんとも言えない表情をしていたが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。
「私たちにライバルが出来るかもしれないんです!」
「そうなん?」
「うん。神谷奈緒と北条加蓮の二人なんだけど、センスあるんだ」
「ほう……ついに君達も追われる側になったということか」
「な、なんかあるの?」
「いんや、特に何も」
何やら意味ありげに呟いた翠に反応した本田と島村だが、いつも通りのおふざけに肩透かしをくらっていた。
「んー、みんな、アイドル楽しい?」
「じゃなきゃここまで続けてないっしょ」
「美嘉姉と同じ!」
「とっても楽しいです!」
「まあ、誘ってもらってよかったと思ってる」
「そかそか。大変だと思うけど、頑張りなさい」
四人の返事を聞いて満足そうに頷き、翠は最後に一言残し。またどこかへ歩いて行ってしまった。
気合いを入れ直す三人だが、付き合いがもう少し長い城ヶ崎姉だけは激励に今までとは違う何かを感じ、翠が歩いて行ったほうをじっと見ていた。
☆☆☆
「みなさん、こんにちわ」
「まゆちゃんだにゃ!」
「こんにちわ。どうかしたの?」
CPの面々が思い思いにくつろいでいる中。
ノックをして入ってきたのは佐久間であった。
「あの、プロデューサーさんはいらっしゃいますか?」
「プロデューサーならさっき出て行ったばかりだけど」
「用があるならお菓子でも食べて待ってるといいよ」
「いえ、まゆは用事があるので……これを渡しておいてもらえませんか?」
誘いを断った佐久間は懐からリボンで飾りをつけた手紙を取り出す。
近くにいた新田が受け取ったのを確認すると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「それ、ラブレターかな?」
「ふぇっ!? ラブレターですか!?」
「いやいやいや! まゆちゃんって翠さんのことが好きなんじゃなかったっけ?!」
「でもこの手紙、そうとしか思えないでしょ!」
赤城のふとした呟きから大騒ぎになってしまった。
皆は渡して欲しいと頼まれた手紙を読みたい衝動に駆られるも、人としてそれはどうなのかと、なんとか堪えている。
「あの……皆さん、どうかなさいましたか……?」
「ピーちゃん!」
「これ! まゆちゃんから渡して欲しいと頼まれた手紙です!」
してはいけないと思うほどそれを破りたくなるのはどうしようもないのか、我慢するのも限界かというところで救いの手は差し伸べられた。
手紙を受け取って作業部屋へと引っ込んで行ったのを見届けたCPの面々は、フルマラソンでも終えた後かのように疲れはてていた。
「あの手紙、なんだったんだろうね」
「あれ? プロデューサー、またどっか行くの?」
「はい。すぐに戻ると思います」
それだけ告げると武内Pはどこかへ行ってしまったが、ポケットからリボンの端が見えていることに何人かは気がついていた。
「どうする? 追いかける?」
「すぐに戻るって言ってたし、戻ってきたら聞けばいいんじゃない?」
「ロールケーキ、切り分けたんだけど食べる人いる?」
何人かは後を追いかけたそうにしていたが、ロールケーキの魅力に勝てなかったのか。お茶を楽しんでいた。
「ピーちゃん、おかえり!」
「ささっ、ここに座るにゃ」
「あの……みなさん?」
「いいからいいから」
戻ってきて早々、手を引かれてソファーに座らされた武内Pは困惑していたが、少女たちはそれを気にすることなくお茶とケーキを用意して準備を進めていく。
「それじゃ、まゆちゃんにどういった要件で呼び出されたのか、話してもらうにゃ!」
そう言われ、ようやく皆が何を期待しているのか理解した武内Pは話していいのか少しだけ迷ったが、問題ないと考えて首に手を当てながら話し始める。
「最近ですが、翠さんがレッスンを見ることが減ってきたので何か知っていないかと聞かれました」
「そういえば、きらりもまゆちゃんに聞かれたにぃ」
「どうやら他のアイドルの方もここしばらくの間、翠さんから指導してもらってないと聞きました」
「それって、何かおかしい事なの?」
多田のふとした疑問に、武内Pはどう答えていいのか悩む。
本来ならば別に何もおかしいことはないのだ。
そもそも、先輩だからといってここまで長くレッスンしてきた方がおかしいと言えよう。
「翠さんって何だかんだ裏で動いている気がするから、今回のそれも何か意味があるんじゃない? 分かんないけど」
「確かに、双葉さんの言う通りかもしれません。……とすれば、何かがあるという事でしょうか?」
「深く考えても、本人に聞いたらなんとなくって返事がありそうだからほどほどがいいけどね」
どでかいウサギのイスに体を預けていた双葉が思っていたことを口にする。
それに対して深く考えようとした武内Pだが、さらに付け加えられたことにどうするべきか顔をしかめる。
「もー、杏ちゃん! ピーちゃんを困らせたらダメだにぃ!」
「……別に困らせるつもりはないよ。本当に思ってることだから」
結局、何も思いつかないままこの日は解散となった。
だが数日後。
偶然なのか、仕組まれたものなのか。
シンデレラプロジェクトの面々だけでなく、346に所属するアイドル、職員全員が身をもって体感する。
改めて、九石翠がどういう人であるのかを。