シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第1話 人造の箱庭

 世界は一人の男によって変革を遂げた。

 その男の名はジョージ・グレン。僅か十七歳で大西洋連邦のMIT博士課程を修了して、オリンピックでは銀メダルを獲得し、アメリカンフットボールのスター選手でもあり、海軍に入隊し、後に空軍のエースパイロットとしても活躍。その他、理工学の分野でも若くして様々な業績を挙げ、世界中から万能の天才として注目された正に時代の寵児である。

 当時の時代を生きる者であれば誰もが彼を知っていて、彼の次なる奇跡の活躍に期待した。自らが設計した木星探査船「ツィオルコフスキー」で木星探査に行こうとしている彼は、間違いなく後の歴史書に名を刻むであろうと確信を抱かせる能力を持っていた。

 自らの能力を鼻にかけることなく、人格者でもあったジョージ・グレンを誰もが慕った。

 何もかもが順調だった。世界には紛争が絶えなかったが世界的なアイドルに誰もが熱中する。だが、破綻は呆気なく訪れた。他ならぬジョージ・グレン自らの行いによって。

 

「僕は、僕の秘密を今明かそう」

 

 世界最初の有人木星探査に旅立つジョージ・グレンに誰もが注目していた。片道七年の旅路に向かう前の、地球軌道上から生中継されている映像は世界中のどこからでも見ることが出来た。

 

「僕は人の自然のままに、ナチュラルにこの世界に生まれた者ではない。受精卵の段階で人為的に遺伝子操作を受けて生まれた存在だ。その詳細な技術のマニュアルを世界中のネットワークに送ろう」

 

 時折、ノイズが混じる画面の向こうで喋るジョージ・グレンに世界中の人々が耳を傾けた。傾けざるをえない事実を語っていたのだ。

 

「自然に生まれた者達より多くの力を持てる肉体と多くの知識を得られる頭脳を持っている。僕をこのような人間にした人物は、こう言った。我々ヒトにはまだまだ未知の可能性がある。それを最大限に引き出すことが出来れば、我らの行く道は果てしなく広がることだろう、と」

 

 果たしてこの時のジョージ・グレンは後に起きる混乱を予測していたのだろうか。多くの識者達が自らの論理を振りかざし、肯定と否定、またはどちらかへと傾くか中庸か、分かっているのはジョージ・グレンに引き込まれたことだけだ。

 彼に罪があったかどうかは神ならざる人の身ではきっと誰にも断定しえない。だが、彼の言葉こそが混乱を生み出した大元だということだけは確かだ。

 

「今この宇宙空間から青く輝く母なる星を見ながら改めて思う。僕はこの地球と未知の闇が広がる広大な宇宙との懸け橋、そして人の今と未来の間に立つ者、即ち調整者・コーディネイター。このようにあるものなのだと」

 

 穏やかな微笑みを浮かべたジョージ・グレンに地球の映像が重なる。

 

「僕に続いてくれる者が居てくれることを切に願う」

 

 言い残して木星探査船「ツィオルコフスキー」はジョージ・グレンを乗せて旅立っていった。後に「ジョージ・グレンの告白」と呼ばれる世界を揺るがす波紋だけを残して。 

 「ジョージ・グレンの告白」は世界に波紋を広げた。

 世界的な偉人であったジョージ・グレンの偉業が科学によって作り上げられた紛い物であると非難する者がいれば、自然環境保護を訴える団体が反発を示したりもした。

 最も大きかったのは混乱が大きかったのは各宗教界だった。 

 権威達は「神の領域」を犯す技術を危ぶみ、この技術を異端認定した。データを閲覧することすら破門対象としたという報告もある。

 ジョージ・グレンが旅立った翌年のC.E.16年にはコーディネイター問題を論ずる「国連遺伝子資源開発会議」が開催され、「人類の遺伝子改変に関する議定書」が採択されて人間の遺伝子を操作することは一切が禁じられた。

 世界を覆った混乱と困惑。影響は与えれども、当の本人は遥か彼方の星の海の向こう。法的に規制されたコーディネイターの問題は彼が帰ってくる十四年後に決定されることになった。一部の富裕層で極秘裏に我が子をコーディネイター化する者がいたとしてもだ。

 C.E.22年、ジョージ・グレンは地球へと帰って来た。またもや世界を揺るがす爆弾となる物を連れて。

 「エヴィデンス01」。ジョージ・グレンが木星で発見した謎の生物の化石。通称「くじら石」。一件くじらのような骨格だが、明らかに翼のような骨があり、地球外生命体が存在することを示唆していた。

 入念な調査が実施され、偽物である可能性は全く発見できなかったと発表された。またクジラレベル・或いはそれ以上の知性を持っていた可能性が高いとも。これにより各宗教界は紺頼に陥った。

 各宗教界の権威者が一同に介した「パレスティナ公会議」が開催されるが議論は纏まらず、宗教界はその権威を失墜。以後、コーディネイター寛容論が蔓延してしまう。どんなに歪な形であれ、悠然と回っていた世界を構成する歯車に、一つの歪なパーツが混じることになったのだ。

 異変が起こり始めたのは、C.E.40頃だった。

 極秘裏に創られた第一世代のコーディネイターが成長し、学術等の様々な分野で活躍。それによりコーディネイターとナチュラルの「ヒト」としての差が歴然になっていく。

 同じでありながら違う者達。失墜した宗教間のトラブルは減ったものの、未だに人種や土地によって関係のない者には瑣末とも思える理由で殺し合う人が、またここに新たな争いの火種が生まれてあちこちで広がっていた。

 時と共に増えていくコーディネイター。旧人類を滅ぼして反映した新人類のように、遺伝子操作されていないものをナチュラルと呼称された人々はコーディネイターに滅ぼされるのではないかと恐れるようになっていた。

 C.E.53年、最初のコーディネイターであるジョージ・グレンは自分がコーディネイターとして生まれなかったことを悲観したとされる少年に撃ち殺された。反コーディネイター組織の影が噂されるも、翌年に起こったS2型インフルエンザの流行によって真相は全て闇の中。S型インフルエンザが変異し、従来のワクチンを無効化したS2型インフルエンザが世界中に猛威を振るった為にジョージ・グレンの暗殺を追及している余裕など直ぐになくなったのだ。

 このS2型インフルエンザの正確な死者数は分かっていない。あまりにも高すぎる感染力によって死者が膨大過ぎて、感染を防ぐために死体を焼いたのだ。生きている人間を護る為に仕方のない行為だった。

 問題はS2型インフルエンザはコーディネイターには感染せずにナチュラルに感染したことにあった。その為にこのウィルスがコーディネイターが遺伝子操作で開発した生物兵器との噂が流れたのは、前年のジョージ・グレン暗殺事件の真相が明かされない報復行為だと考えれば辻褄があった。僅か数年でワクチン開発に成功したのが根拠だと言われればナチュラルにとって明確な証拠などなくてもいい。

 ナチュラルとコーディネイターと能力の差。種としての恐れ。違うモノ、異なるモノ。切っ掛けはきっとなんでも良かったのだ。ただ、その切っ掛けが最低で最悪だっただけ。

 互いに歩み寄りの意志はなく、驕りと恐れ、傲慢と卑屈。時と共に互いの間の溝だけが深まり続けていく。

 C.E.70年2月14日の聖バレンタインデーに起こったため、血のバレンタイン事件と名付けられた悲劇によって、地球とプラント間の緊張は一気に本格的な武力衝突へと発展した。

 何時かは、いずれは起こると誰もが予感していた戦いは遂に火蓋が切って落とされた。

 誰もが疑わなかった数で勝る地球連合軍の勝利。が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま、既に十一ヶ月という時が過ぎようとしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71年1月25日、L3宙域に存在する資源衛星コロニー『ヘリオポリス』は今日も平和そのものだった。

 ヘリオポリスはオーブ連合首長国の資源衛星コロニーである。工業カレッジがあり、国営兵器産業工廠であるモルゲンレーテ社も工場を持っている。C.E.70年2月8日に代表首長ウズミ・ナラ・アスハが行った中立宣言により、中立国家となったオーブはザフトと地球連合の戦争に関わっていない。地球やその周辺地域では常にどこかで散発的な戦闘が繰り返されていても、ヘリオポリスでは別世界の出来事のように街には若者達や家族連れで溢れ、幸せそうに平和を謳歌していた。

 

『南アフリカの難民キャンプでは慢性的に食料・支援物資が不足しており、120万人の人々が生命の危機に直面しています』

 

 工業カレッジの学生達の憩いの場である公園で、これだけは西暦の頃から変わらないキーボードを打つ音が細々と響く。音の発生源は公園内にある東屋にベンチに座っている、茶色のショートシャギーの髪を垂らした少年が膝に乗せているノートパソコンから。驚くべきことに少年はレポートを持ちながら片手でキーボードを打って、両手を使っているのと遜色ない速さでキーボードタッチを行なっていた。

 

『では次に激戦の伝えられます華南戦線、その後の模様です』

 

 手元からは少年とは思えない甲高い慌てている様子の女性の声が聞こえ、辺りに拡散していく。少年の声ではない。周りの学生と比べても幼さを残しているといっても男であることを証明するように喉仏が隆起している。そもそも口を開いていないにも関わらず、女性の声は絶えず続いていた。

 

『新たに届きました情報によりますと、ザフト軍は華南宇宙港の手前6キロの地点にまで迫り…………』

 

 女性の声の正体は少年の膝の上にあるパソコンの画面に映っているニュースのキャスターの声だった。画面の四分の一をニュースの映像が映り込んでいようと少年の手に淀みは全く無い。それどころか、手に持つレポートと何らかのプログラムと思われる言語が波のように上から下に流れていこうとも、少年は時折ニュースにも目をやって沈鬱そうに溜息を漏らす。

 溜息を漏らした少年――――キラ・ヤマトの膝に置かれたパソコンのフレームの上に、親友から貰った鳥型をしたペットロボットが舞い降りた。

 

「トリィ?」

 

 広げていた羽を閉じたトリィが首を捻りながら鳴いた。

 ライムグリーン色でブンチョウサイズのトリィは親友が子供の頃に作った鳥型ペットロボット。飛行ロボットは構造が複雑で特に難しいとされていたが、電子工作が趣味であり特技でもあった友達は短期間で仕上げてしまった。

 桃色の花弁が舞い散る別れの時に譲ってもらってからは大事にしている。唯一親友と自分を繋ぐ絆として。

 

「キラ!」

 

 トリィを通して親友のことを思い出していたキラは自分の名前を呼ぶ聞き覚えのある声に反応し、声が聞こえて来た方向に顔を向けた。

 

「こんなとこにいたのかよ。カトウ教授がお前のこと捜してたぜ」

 

 どこか児戯を感じさせる声をかけたのは肩にショルダーバックを下げた濃い目の茶髪に癖毛がアクセントになった、自然と浮かんだ微笑が人を安心させる空気を醸し出す青年――――トール・ケーニヒである。

 キラは先年、プラントと地球連合軍の戦争が本格化して情勢の悪化を鑑みて月面「コペルニクス」からこのオーブの「ヘリオポリス」に移住してきて、学業が優秀であったから飛び級で工業カレッジに入学したキラは当初、周りが年上なこともあって馴染めなかった。

 コーディネイターであることを誰にも話せず心も開けないから、社交的ではない性格も相まって何時も独りだった。そんなキラに声をかけてきたのがトールだった。彼は太陽のような笑顔で独りだったキラを自身の仲間に引き合わせて、あっという間に輪の中に取り込んだのだ。

 独りで寂しい学生生活を送っていたキラにとってトールは恩人であり、更に一年飛び級して今年から同じ学年だが年は二歳離れているものの、トールは気にすることなくキラに接し接しさせてくれている。またコーディネイターであることを打ち明けても態度を変えなかった数少ない得難い親友となった。

 

「また?」

「見かけたらすぐに引っ張って来いって」

 

 レポートを隣に置いて作業を中断して心底嫌そうに顔を歪めるキラを見たトールは、十八歳で土地によっては大人とみなされる年齢であっても悪戯が成功した悪餓鬼のように快活に笑う。

 普通ならば嫌味に感じられる笑い方をしても許されてしまう快活さがトールにはある。この時のキラもまた、怒る気力すら湧き上がらなくなってひっそりと長い息を吐いた。

 

「なに、また何か手伝わされてるの?」

 

 トールの隣にいる外に跳ねたヘアースタイルがチャームポイントのミリアリア・ハウが問いかける。

 

「フレームの設置にモジュールの改良。とにかくプログラムの解析を手伝わされてるんだ。とにかく量だけは一杯あって、もうてんてこ舞い」

 

 トールの彼女であるミリアリアの問いに、キラは答えながら疲れたように木製の長い椅子の背凭れに凭れかかった。

 凭れかかった振動と音に驚いたのか、パソコンのフレームの上に止まっていたトリィが驚いたように飛び立ってクルクルと円を描くようにキラの上空を旋回する。

 

「どうせモルゲンレーテの仕事の方なんだろうけど、カトウ教授って何を研究してるんだ?」

「多分、何かのOSの開発だと思うけど……」

 

 トリィが羽ばたきながら旋回するのを目で追いかけながら、今している手伝い内容を頭の中で反芻して、しかしカトウ教授から渡される資料は断片過ぎて明確な形にならないまま答えることしか出来ない。

 大凡の予測から人型のロボットを動かすOS関係と予測はしつつも、行き着く答えに所属するゼミの教授が関わっていると信じたくなくて無意識に避けていた。

 

「多分って何を手伝ってるのかも分かんないのかよ」

「キラらしいわね」

「聞いても学生には教えられないって詳しいことを話してくれないんだ。ったく、カトウ教授は僕を便利屋か何かって勘違いしてないの。僕を学生扱いするなら助手みたいにこき使わないでほしいよ」

 

 二人が呆れたように言うのにもこの一か月間ずっと続く手伝いに頭が持っていかれて、上手い反論の仕方が思いつかなくて結局は言い訳染みた愚痴を吐き出す。

 

「それだけ期待されてるってことよ。仕方ないとも思うけどね。キラは教授のお気に入りで、入学して一年で工業科一位になっちゃったんだもの。工業カレッジ初の二年飛び級って肩書も付いちゃったんだもの。絶対に離してくれないわよ」

「よ、我らがカトウゼミのホープっ」

「止めてよ。昨日渡されたのだってまだ終わってないから参ってるのに、これからずっとカトウ教授にこき使われるかと思うと頭が痛くなる」

 

 慰められて煽てられても積み上がる仕事の山は消えてはくれない。この一ヶ月の間に慣れ親しんでしまった溜息が無意識に零れ出るのを抑えられない。

 母に決して本気を出してはいけないと常々から言われているのに、趣味であるプログラミングだけは時に我を忘れるほどに没頭してしまって、気がつけば工業カレッジ一などと位置付けられた我が身の不徳を嘆くしか今のキラに出来ることはない。

 

「そう言っても断らないんだろ。お人好しのキラ君は」

「折角頼って貰ってるんだから断れないよ。断らないけどさ」

 

 カトウゼミには仲の良い友達がみんな所属していて、その主であるカトウにも恩を感じているところがあるので頼られて断ることはよほど嫌な事でなければない。

 別れた親友には頼りきりだったので自分が誰かに頼られて悪い気はしない。疲れてはいるが無理まではしていないのだけど、行っている作業が終わる前から次のを用意されていれば気持ちが前を向いていられるはずもなかった。

 イマイチ煮え切らない態度のキラに、ミリアリアが良いことを思いついたとばかりに背負っていた今流行のリュックを下ろして体の前に持っていき、中に手を入れた。

 横からトールが何をしているのかと覗き込んでいるのを気にもせず、ゴソゴソと暫く何かを捜していたミリアリアがニヤリと含みのある笑みを見せた。

 

「頑張る我らがゼミのホープのキラにプレゼント、はい」

 

 天使の純粋な笑顔と共に言って、ミリアリアは鞄から取り出した一本の瓶をキラに前に差し出した。

 

「なに、これ?」

 

 突き出された茶色系の瓶を見るキラの目が訝しげに染まる。

 含みのある笑みをミリアリアは一瞬で消し去ったがキラはしっかりと逃さずに見ていた。

 このミリアリアという少女は作った料理は見た目は良いが味は最悪で、付き合っていたトールですらデートでは弁当が必要のないプランやルートを必ず選んでいるという。その話をトールがした時に、ミリアリアが勧めてくる時は悪魔の笑みの後に天使の微笑みが続くと聞いていたので、キラの警戒心はMAXに跳ね上がっていた。

 

「今、ヘリオポリスで一番人気の栄養ドリンク『元気モリモリ君MAX』。飲めば三日徹夜してもダンスパーティに出られるって評判よ」

「俺もそれ知っている。確か去年卒業した先輩が卒論の締切に間に合わせる為に飲んだってやつだろ。効果は抜群だけど、効果が切れたら一週間は動けなかったって噂の栄養ドリンクがまさか実在しているとは」

「絶対変な成分が入っているでしょ。断固、飲まないよ」

 

 さあ、と『元気モリモリ君MAX』を強要に勧めて来るミリアリアに、効果はあっても半分毒薬染みた栄養ドリンクなど飲めないと胸の前で両腕をクロスさせて絶対拒否の姿勢を示す。

 

「ちぇ、折角キラで実験しようと思ったのに」

 

 こうと決めたら誰に言われようと絶対に意見を変えないキラの頑固さを一年以上も共に過ごして知っているミリアリアもそれ以上の強要はせず、大人しく諦めたのか、鞄に直すために『元気モリモリ君MAX』を割れないようにハンカチに包み込む。

 

「聞こえてるよ、ミリィ」

「じゃあ、トールが飲む?」

「飲まない」

 

 聞き捨てならない台詞が聞こえて掣肘をしようとしたキラを華麗にスルーしたミリアリアは続いて自分の彼氏に勧め出した。このようなやり取りには慣れているのか、この日一番の素晴らしい笑顔で断るトール。

 

「残念。直球はやっぱ駄目か。普通の栄養ドリンクって言って、サイかカズイに飲ませようっと」

 

 さりげに恐ろしいことをサラリと言ってのけながら『元気モリモリ君MAX』を鞄に直すミリアリア以外の二人の視線が交錯する。

 

《よく彼氏やってるよね》

《この味オンチ以外は最高なんだけどな。お蔭で彼女が作ってくれるご飯っていう定番がないんだぜ。やってらんねぇよ》

《知らないよ》

 

 ミリアリアはトールの一歳年下で、キラの一歳年上である。それでも童顔なのか、並ぶとキラと年が変わらないように見える。二人は同じ学年でその縁もあって付き合い始めたのだと何時か聞いた覚えがあった。詳しい経緯はトールが照れて教えてくれなかった。

 軽く会話に彼女自慢を披露するトールに、奥手な性格もあって今まで彼女が出来たことのないキラには楽しい話題ではない。右肩に降り立ったトリィが相棒であることが少し物哀しく感じたキラだった。

 いくらカレッジで天才の名を欲しいままにしているキラであっても、十六歳の青少年であることには変わりない。こうやってトールが事ある度に彼女自慢をしてくるものだからそういう欲求が最近とみに大きくなっている。気になる子が出来たことも、この欲求に無関係ではないだろうが。

 

「お、何か新しいニュースか?」

 

 言葉を用いずアイコンタクトだけで会話をする二人を不審な眼で見だしたミリアリアから逃れるように、トールが絶妙の間合いでキラの隣に並んで画面を覗き込む。

 こういうふとした時のトールの如才の無さはキラには絶対に真似の出来ないところだった。いくらコーディネイターがナチュラルよりも堅牢な肉体と優れた運動能力や優秀な頭脳を持っていたとしても実社会において活かせるだけの人間としての下地がなければ居場所は作れない。今までの人生でキラが最も強く学んだことだった。

 

「うん、華南だって」

 

 兄貴分であるトールに対して持ってしまった若干の嫉妬心を胸の奥に押し隠しながら、キラもまた顔を下に向けてパソコンの画面を見ながら答える。

 ニュースの内容は知っていたのでわざわざ見る必要はないのだが、トールは目を見るだけで相手の感情を察してしまえる部分がある。尊敬する人に嫌われたくないキラが取った無意識の行動だった。

 

『こちら華南から七キロの地点では依然激しい戦闘の音が続いています』

「ひぇぇ、先週でこれじゃ今頃はもう落ちてんじゃねぇの? 華南」

 

 現地で巻き込まれている者達が聞けば憎悪さえ抱きそうな気楽なトールの言葉だったが、何も彼だけが異常なのではない。それこそが今のヘリオポリスが抱く戦争に対する第三者的な認識であり、第三者ならばどこまでも気楽にもなれる。

 キラはトールほど気楽にはなれない。それもそのはず、戦っているザフトと地球連合はコーディネイターとナチュラルの闘いでもあったからだ。地球圏で大半を占めるナチュラルと違って少数派に位置するコーディネイターは誰もがこの戦争に全くの他人事ではいられないのだ。

 C.E.71年現在では全人類の人口は150億人とされ、その内のコーディネイターの数は5億人とも言われている。そしてコーディネイター5億人の内、プラントの住民は6000万人足らず。にも関わらず人類の総GNPがコーディネイターを中心とした宇宙と、ナチュラルが大半を占める地球で半分なのだから、コーディネイターの技術力は群を抜き過ぎている。

 

「華南で戦闘やってるの? 結構近いのに大丈夫かなぁ、本土」

「大丈夫さ。近いたってウチは中立だぜ。まさかオーブが戦場になるなんてことはないって」

「だといいけど」

 

 ミリアリアは地球にあるオーブ本島オノゴロ島の出身と聞いていたので、彼氏であるトールは不安がる彼女を安心させようと殊更に気楽な口調で場を和まそうとした。

 トールが言うようにオーブは中立国で戦争に巻き込まれる可能性は低いが、それでも家が巻き込まれる可能性があるのでミリアリアの顔から不安は消えなかった。

 

「トリィ」

 

 二人の様子を意識の端に残しつつも、キラの目は飛び立ったトリィの飛ぶ姿に吸い寄せられていた。

 

『プラントと地球でホントに戦争になることはないよ。父上もそうだけどキラも心配性だなぁ』

 

 現世を離れて友の声がキラの耳に木霊する。

 今でも現在のことのように鮮明に思い出される記憶。月面都市コペルニクスで兄のように慕った少年との別れの時が思い起こされていた。もう何年も前のことなのに、プラントと地球連合が開戦したと聞いてからトリィの鳴き声と姿を見ると時折こうして思い出す。

 極東の国から輸入されたらしいと聞いた桜色の花弁が舞い散る中で、ベストと同色の帽子を被った友の姿が目に焼き付いている。

 

『そんな心配性なキラにプレゼント』

 

 手を後ろに回していた友が前に出すと、その手には欠かせなくなっているトリィがいる。

 

『首傾げて鳴いて、肩に乗って飛ぶよ。トリィっていうんだ。僕だと思って大事にしてよ』

 

 友がプラントに行くことが決まってから何かを作っていたらしいことは分かっていたから、別段キラは驚きはしなかった。

 記憶の中のキラは片手を差し出して、手に乗るトリィを見つめている。

 

『避難なんて意味ないと思うけど……』

 

 友の父親がプラントの偉い人だということは母から聞いて知っていた。

 当時のプラントと地球連合の関係の悪化は一般人で子供であるキラにも良く分かるぐらいのものであったし、友の父がナチュラルである母と友の母に交友関係があることを良く思っていないこともなんとなく察しがついていた。

 情勢悪化を鑑みれば、プラントの重鎮である友の家族が自由中立都市であっても地球連合の基地がある月に居続けることはリスクが高すぎると分かってしまう頭脳が当時のキラにもあった。

 

『キラもそのうちプラントに来るんだろう?』

 

 友の言葉に当時のキラは俯くばかりでYesともNoとも答えられなかった。

 母はキラにあらゆる分野で本気を出すことを禁じていた。あらゆる分野とは例え同じコーディネイターがいる中でもあってでもだ。コーディネイター嫌いとは違うが目立つこと自体を禁じているようでもあった。

 キラ一人ならプラントに行こうと思えば行けるだろう。そうなると女手一つでキラを育ててくれた母を置いていくことになる。でも、ナチュラルである母をプラントに連れて行って生活することは難しく、この戦時下でコーディネイターで固められているプラントに爆弾を持ち込むに等しい。

 行ったことの無いプラントに対してキラの偏見が混ざっているかもしれないが、母を一人にするという選択肢を選べない以上はコーディネイターを受け入れているオーブなどといった限られた選択肢に限られる。ヘリオポリスの工業カレッジに進学したのはそういった諸々の考えた中で選べた道であった。

 トールやミリアリアという、コーディネイターであることを受け入れてくれる友が出来たことを考えればヘリオポリスを選んだ選択肢は間違っていなかったのだろう。それでもプラントに渡った友との再会をキラは信じていた。

 遠くない内に戦争は終わって、プラントにいる友ともきっと会えると信じなければ胸が潰れる思いだった。

 

「キラ?」

「わぁああああああっ!!」

 

 物思いに耽っていたところに突如として視界に映ったトールの顔に、キラは驚いて叫んだ拍子に椅子から転げ落ちてしまった。

 

「何やってんだ、お前?」

 

 椅子から転げ落ちて固い石畳にお尻を強かに打ち付けた痛みに悶絶するキラに、原因であるトールは気付いた様子もなく呆れていた。

 

「大丈夫、キラ?」

 

 ミリアリアが心配そうに声をかけてくれても、キラは勢いよくお尻を強打した痛みで碌に目の端に涙を浮かべながら言葉も話せずに悶絶していた。それでも膝の上に置いていたパソコンを落とさずに掴んでいたのは凄いというか執念というか。ちなみにキラのパソコンは小遣いを何か月も前借してなんとか買ってもらった高性能機である。

 壊したら今までの教授からの課題や、趣味で作ったプログラムの数々が水の泡になっていたところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉――っ」

 

 トレーラーから胴間声で呼びかけられ、マリュー・ラミアスは振り返った。メカニックマンのコジロー・マードック軍曹が無精髭だらけの顔を窓から突き出し、怒鳴った。

 

「んじゃあ、俺たちゃ先に艦に行ってますんで!」

「お願いね!」

 

 周囲が騒がしいので、自然とマリューも怒鳴り声になる。

 ここはオーブの国営企業モルゲンレーテの地上部分に当たる。周囲は作業をする男達の活気あるやりとりで賑わい、雑然としていた。その中で、男達と同じ作業服姿ながらも肩までの栗色の髪を振って指示を出すマリューの姿は自然と際立つ。

 

「大尉、コレが全て終わったら一杯お付き合い願えませんかね? ヘリオポリス最後の夜にでも」

 

 彼女もまた地球連合軍に籍を置く身だ。二十六歳にして階級は大尉、ここにいる中では最上官であるものの、中々の美人であるからそんな声もかけられる。

 マリューは声をかけてきた下士官の方を向いて、化粧気の薄い唇を艶やかに綻ばせて口を開いた。

 

「飲み代を全部払ってくれるなら付き合って上げてもいいわよ」

「喜んで払わせて頂きます」

 

 若い下士官がヘリオポリスに来てから狙っていたマリューを誘えたことに小躍りしそうになっていると、横にいたハマナ曹長が豪快に笑った。

 

「ばぁか、止めとけ。おまえがこの酒豪のねえちゃんを口説こうなんざ、十年早い。呆気なく潰されて財布の中がすっからかんになるだけだぞ」

「げっ、マジっすか」

「マジもマジだ。お前のような哀れな子羊達の財布の中身が消えていったことか」

 

 マリューの部下で、彼女によって潰されてきた多くの猛者を目にしてきただけにハマナの言葉には重い実感が籠っていた。

 憧れの的であるマリューを誘えて有頂天になっていた下士官は、一転して精気を絞りつくサキュバスを目の前にしてしまったように腰が引けていた。

 

「聞こえてるわよ、ハマナ曹長」

「私は前途有望な若者を破滅させようとするラミアス大尉の魔の手を防いだだけであります。他意はありません」

 

 唇の端をヒクつかせたマリューに、しかしハマナは動じることなく言い返す。

 ハマナの言いようが面白かったのか、作業をしながらやり取りを聞いていた周囲の全員が笑い出した。みんな計画の終了を目前に控え、陽気になっているのだ。

 長かった――――と、マリューの胸にも感慨が溢れる。極秘裏にG計画が動き始めて数ヶ月、彼女はその初期から携わり、こうしてヘリオポリスにつめて、全ての過程を見守ってきた。

 モルゲンレーテで新造艦アークエンジェルと共に開発、製造された、地球連合の新型秘密兵器はGと呼ばれ、これからの戦局を占う上重要な価値を持つものであった。

 そのGが完成し、搬出も目の前という段階までこぎつけたのだ。これからこの新型兵器は微調整を終え、マリューが副長を務めることとなるアークエンジェルに移送されて、密かにヘリオポリスを出港する運びとなっていた。

 これでやっと肩の荷が下ろせると、マリューは安心し、後で風評被害を広めたハマナをシメなければいけないと思った。

 

「相変わらずモテモテね、ラミアス大尉。羨ましいぐらいだわ」

 

 女性にしては少しトーンの低い、しかし男とは確実に違う馴染みのある声が聞こえてきてマリューは振り向いた。

 そこにいたのは、最低限だけで化粧気の薄い白衣を纏った女が立っていた。くすんだ金髪を無造作に伸ばして首の後ろで結び、鼻の上に実用性があるとは思えない小さすぎる丸眼鏡をかけている人物をマリューは良く知っていた。

 

「アマカワ博士」

 

 マリューはヘリオポリスで出会った知己――――ミスズ・アマカワの姿に驚きながら名前を言った。

 

「どうしてこちらに? 研究室から殆ど出て来られなかったのに」

「あまり関われなかったけど搬入される前に最後に見ておこうと思って。短い間でも離れるとなれば名残惜しいから」

「そうですか」

 

 二人で並んで彼女達の努力の結晶がトレーラーに乗せられて運ばれていくのを眺める。

 そんな二人を自分の作業をしながら見たマリューを誘って挫折した若い下士官は、頭を捻って少し離れた場所で作業をしているハマナに近づいて小声で話しかけた。

 

「ハマナ曹長。ラミアス大尉の隣にいる人って連合の人間ではなさそうですけど、どちらさんですか? ラミアス大尉と仲が良いみたいですけど」

 

 持ち上げていた荷物を抱え直したハマナは、下士官がヘリオポリスに来てまだ日が浅いことを思い出し、ならば知らないのも仕方ないと納得した。

 

「ああ、最近ヘリオポリスに来たお前は知らないか。G計画に協力してくれてるモルゲンレーテの人だよ。彼女がいなければGは完成しなかったてラミアス大尉に言わせるぐらい凄い人さ」

 

 へぇ、と下士官が感心していると、トレーラーを見送ったマリューがミスズに頭を下げているのが見えた。

 

「ちなみにな、あの人もラミアス大尉に負けず劣らずの酒豪だぞ。前にモルゲンレーテの奴らと飲みに行った時、二人に十数人の男達全員が全滅させられた。二人はそれでも酒を飲むのを止めなかったって話だ。噂では店を一件潰したとか」

「声かけるの止めときます」

「それがいい」

 

 ミスズは美人さんなので声をかけとこうかと考えていた若い下士官は、自らの見る目の無さに嘆いて肩を落とした。そんな下士官にハマナ曹長は誰もが男ならば通る道だと、慰めるように肩を叩いて仕事に戻って行った。

 

「ありがとうございます。博士のお蔭でナチュラル用のOSも目途がつきました」

「まだ完成はしていないでしょ。現状で6割。ここからが大変だと思うけど?」

「我々だけでは6割どころか半分にも満たなかったのですからお礼を言わせて下さい」

「引きそうにないわね。遠慮ばかりしているってのも失礼かしら。受け取っておきましょう」

 

 少し鷹揚そうに頷いて感謝を受け入れているように見えるミスズだが、頭を上げたマリューの顔には笑顔があった。親しい間柄だけで者達が持つ空気というものが二人の間にはあった。

 モルゲンレーテの社員ということはミスズはオーブの人間。地球連合の士官のマリューと仲良くしているのは互いの組織柄を考えると問題に発生する可能性もある組み合わせだ。

 

「でも、中立国のコロニーで兵器を作っちゃってるこっちの方が問題あるよなぁ」

「おい、若いの! ちょっと手伝ってくれっ」

「はいっ!」

 

 上層部でどのような裏取引があってこのような事態になっているかは分からないが、下っ端の下士官に出来ることなど目の前の仕事をこなす以外にない。若い下士官は自らの職責を果たそうと、取りあえずは呼ばれたハマナ曹長の下へと手伝いに向かった。

 一人の下士官の気持ちを知ることもなく、マリューとミスズの間にも湿っぽい空気が流れていた。

 

「あなたと別れるのは寂しいわね」

「折角出来た飲み友達ですもの。みんな張り合いがなさすぎて」

「たかが一升程度、水と変わらないでしょうにね」

 

 飲み屋の酒を全て飲み尽くしたのは良い思い出だと、女っ気のない職場なので女性達の話に周りでこっそりと聞き耳を立てていた男達は、アンタ達がおかしいんだと力の限りに突っ込みたい衝動を抑えて仕事に没頭しようとした。

 

「また何時か、戦争が終わったら飲みましょう」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

 モルゲンレーテの社員であるミスズはヘリオポリスに残るが、機体自体は完成しているマリュー達は機体の実機動試験を行うために離れることになっている。

 いくら上層部で話がついていようと、中立国のコロニーに何時までも留まっておくのは不味い。武装も完成しており、残すはナチュラル用のオペレーティングシステムを完成させるだけなので別の場所で行うことになっているのだ。

 酒豪という共通点を以て意気投合した二人は、ミスズの方がマリューよりも一回りは年上だが同世代の友人のように思えて別れを惜しむように握手を交わす。そんな二人に近づく者がいた。

 

「博士」

 

 サイズが合っていないのか、大きめのモルゲンレーテの制服をだぶつかせながら少女が横からミスズに声をかけた。

 

「あら、ユイ」

 

 白髪と赤眼という際立った個性を持った少女の登場に、最初はマリューも圧倒された。ミスズはそんなマリューの様子を知った様子もなく、少女を見て純粋にここにいることに驚いたように目を瞠った。

 

「ラミアス大尉にも紹介しておきましょうか。彼女は私の娘のユイ」

「ユイ・アマカワです」

 

 ミスズの紹介にユイは機械仕掛けの人形のようにぎこちなく、自己紹介をすることにも慣れていないような不自然さがあった。このような外見をしていれば過去に色んな苦労があったのだろうと推察して、それどころかミスズに娘がいたことの方に驚きながらマリューは手を差しだした。

 

「マリュー・ラミアスよ。よろしくね」

「……………」

 

 挨拶のつもりで差し出した手に応える者はなく。瞬きをしなければ人形かと勘違いしそうなほど微動だにしないユイに、差し出した手を行き所を失くしたマリューの方が困ってしまった。

 

「こら、挨拶ぐらいしなさい」

 

 マリューが手を差しだしたままどうするか悩んでいると、ミスズがユイの頭を平手で叩いた。

 

「博士、痛いです」

「失礼な行動を取るからでしょうが。ごめんなさいね、不愛想な娘で。人と接することに慣れていないのよ。後でミッチリと教育しておくから」

「いえ……」

 

 謝るミスズに怒るべきか文句を言うべきか態度に困ったマリューは言葉を濁した。

 当の頭を叩かれたユイが、よほど痛かったのか両手で頭を押さえて少しながらも不満を表情に浮かべてミスズを見ているので、当初は人形そのものだと思えた少女の姿のアンバランスさに笑いが込み上げるのを抑えるのに必死だった。

 

「それでどうしたの、ユイ? こんなところまで」

 

 まだ痛いのか、ユイは片手で叩かれた頭を擦りながらポケットから一枚の紙片を取り出した。

 

「時間です。お戻りを」

「時間って何も予定は……」

 

 ユイが差し出してきた紙片を受け取ったミスズは、閉じられていた面を開けて続く言葉を途切れさせた。

 

「へぇ、そういうこと」

 

 真剣な表情から皮肉気なものへと変わり、小さな丸眼鏡を持ち上げながら呟く。

 

「ラミアス大尉。私、ちょっと用事が出来ちゃったから戻るわね」

「はぁ……」

 

 打って変わってご機嫌となったミスズのテンションについていけないマリューの口から気のない返事が零れ落ちる。

 

「それじゃ、生きてたらまた会いましょうマリュー」

 

 風のように場の空気だけを掻き回して、ポケットに両手を入れて白衣を揺らしながら意味深な言葉を残して去って行く。その後ろを生まれたばかりのヒヨコのようにユイがついていく。

 遠ざかっていく背中を見送るマリューはふと疑問を覚えた。

 

「戦争をしているのだからそう言ってもいいのかもしれないけど……」

 

 まるで今すぐにでも苦難が降りかかって生き残れるかどうか分からないような言い方をしたミスズに頭を捻りながら、マリューは深くは考えずに彼女も作業に戻って行った。

 マリュー達から離れ、地球連合軍の兵士がいるエリアから離れた所で周りに誰もいないことを確かめたミスズは、ポケットに突っこんでいた紙片を取り出して目の前に掲げる。

 

「危険、か。どういう状況?」

 

 危険と示す単語だけが書かれている紙片を握りつぶしてポケットに入れたミスズは詳しい事情を話すように背後のユイに問いかけた。

 

「ケナフ・ルキーニからの情報によりますと、ここで地球連合が機動兵器を作っている情報がザフトに漏れたと」

「自分でばらしておきながら良く言うわね、あの三枚舌男」

 

 ミスズの知り合い経由で繋がりのある情報屋ケナフ・ルキーニ。彼の極度の自信家振りと自らが齎した情報によって世界が動くことを何よりの快楽とする性癖を知っているのでミスズは呆れるだけに留めた。

 

「中立国のコロニーとはいえ、指揮官によっては危険か。極端なコーディネイター至上主義だと地球連合に協力してたってだけで破壊されないわね」

 

 事実としてヘリオポリスには地球連合の新型機動兵器が存在するのだ。仮にザフトが侵攻して問題を起こしても、探られたら痛い腹を持っているのはオーブも地球連合も同じだ。リスクはあっても指揮官の決断次第で状況はどうにもで転ぶ。

 

「プロトシリーズは?」

「P01から04までロールアウト済みです。P05に関しては現在組み立て中。完成までには最低でももう数日はかかるかと」

 

 ミスズの問いかけに、聞かれることは分かっていたのか、ユイは最初から答えを用意していたかのような速さで答える。

 

「折角作ったんだから全部持って行きたいところだけど、そうなると大型艦クラスの大きさが必要になるし、ザフトが近くにいることを考えれば戦闘も考えられる。武装も積み込もうと思ったら一機が限度かしら」

 

 そもそもパイロットが一人しかいないから戦闘は一機しか無理だけど、とミスズは続けた。

 この場には二人しかいないのでユイに言っているのであろうが、あまりにも反応が薄いのでまるでミスズが一人で喋っていると他人がいれば思うことだろう。それほどにユイの反応は鈍かった。

 独白したミスズは足を止めることなく、顎に手を当てて暫し沈黙する。その頭の中では余人には想像もつかないほどの思考が展開されているのだと長い付き合いのユイには分かっていた。

 話しかけるのは邪魔になると分かっているユイは同じように言葉を話さずに、二人は沈黙したまま道を歩き続ける。

 

「よし、決めた。P05は破棄。P02と03はエリカに頼んでどうにかしてもらいましょう」

「P01と04は?」

「サハク家の坊やが来てるらしいし、P01はオーブでスペシャル機を表す金色のフレームを持ってるんだから所在地だけは教えてあげればなんとかするでしょ。P04は持ち出すわよ。あれには教育型コンピュータが積んであるんだから他と違って替えが利かないもの」

 

 そこまで言ったミスズは疲れたようにため息を漏らした。

 

「ユイ、あなたは先に行ってP04の最終調整をしときなさい。私は上に伝えてから顔を出すから」

「了解しました」

 

 一通り喋り終えたミスズは敬礼してだぶついた制服のまま走り難くそうながらもナチュラルとは思えない速度で去って行くユイを見送って唐突に立ち止まった。振り返って遠くなった先程までいたエリアを見つめる。

 

「これでヘリオポリスも見納めか。本当、また会えるといいわねラミアス大尉」

 

 数時間後のヘリオポリスを暗示すような言葉だけを残してミスズも足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリオポリスにほど近い警戒線から少し離れた小惑星の影に二隻の戦艦が隠れていた。プラントのザフト所属の戦艦ナスカ級ヴェサリウスとローラシア級ガモフである。

 

「そう難しい顔をするな、アデス」

 

 ザフト宇宙艦随一の快速を誇っているヴェサリウスの艦長を務めるフレドリック・アデスは、彼から見て右側に浮かぶ金髪の美丈夫の苦笑を込めた声に自らでの眉間に更に皺が深まるのを自覚した。

 艦内は無重力空間に設定されており、重力がないので床を蹴れば宙を泳ぐことになる。アデスは隊の指揮官を務めるラウ・ル・クルーゼの獅子を思わせるような癖のある髪の毛がふわりと無重力下で揺れているのを見るともなしに見つめる。

 

「はっ、…………しかし評議会からの返答を待ってからでも遅くはないのでは」

 

 一般的なコーディネイターの認識として容姿端麗が挙げられるが、がっしりとした体格と四角く厳つい顔立ちが逆にプラント内で珍しいことを自覚しているアデスは、本作戦に関する懸念を口にせずにはいられなかった。

 

「遅いな。私の勘がそう告げている。ここで見過ごさば、その代価はいずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ」

 

 答えるクルーゼはアデスと違って正にコーディネイターを体現する男である。波打つ金髪にすらりと引き締まった体つき、風変わりな銀色のマスクで顔の上半分で覆っていながら隠れていない部分は整っていて美丈夫ではと思わせる。

 C.E.70年2月22日の世界樹攻防戦では、モビルスーツでモビルアーマー37機・戦艦6隻を撃破。その功績を称えられネビュラ勲章を授与され、更に同年6月2日にジンハイマニューバの量産型1号機に搭乗してグリマルディ戦線で地球連合軍第三艦隊を壊滅させるなど、トップガンとして獅子奮迅の活躍を見せた。

 指揮官としての采配も見事なものであり、パイロットとしての技術を合わせてこれほどまでに示す人間は「砂漠の虎」の異名を持つアンドリュー・バルトフェルド他数名のみである。

 

「地球軍の新型機動兵器。あそこから運び出される前に奪取する」

 

 クルーゼが手にしていた写真を、ピンと指先で弾いて寄越した。目の前を横切る写真を捕まえたアデスが見れば、不鮮明な画像にながらも人の顔の形をした巨大なモビルスーツらしきものが映っている。

 

「ならば尚更です。マシューやオロールは別にしても、赤とはいえ初実戦の新米が5人もいるのですから」

 

 現在のプラント最高評議会議員の息子達が名を連ねているのに犠牲などが出たら目を当てられない。彼らは大事な息子を歴戦の指揮官であるクルーゼだからこそ預けたのであって、作戦の犠牲になどなられたらどのような問題になるのかアデスには想像がつかない。

 

「彼らの実力は認めますが、数日前にエースのミゲルが傭兵と交戦して乗機が中破して、今回はノーマルのジンの出撃になります。この状況で不確定要素は出来るだけ避けるべきと具申します」

 

 ミゲル・アイマン。オレンジ色の専用ジンを愛機とし、夕日に照らされたような機体色と、高い機動力を生かした一撃必殺を身上とする戦闘スタイルから黄昏の魔弾の通り名が付き、隊内で最も信頼されるエースの1人である。

 だが、彼の乗機は、数日前にザフトの補給基地を襲撃しようとする傭兵部隊サーペントールと交戦し、相討ちで中破してしまって今作戦ではノーマルジンでの出撃となっている。

 ミゲル専用ジンは彼自身の有志で結成された専属チーム「DEFROCK」の手で性能も強化されており、外見からは分からないがノーマル機と比較して20パーセントのスペック向上を達成している。

 歴戦の指揮官であるクルーゼが危惧するほどの性能を持っているかもしれない地球軍の新型機動兵器の奪取に、少しでも不安要素は避けていくべきだと考える思考は軍人として正しいはずだった。それにアデスには他にも懸念事項があった。

 

「情報の元も気になります」

 

 掴んでいた写真をクルーゼに弾き返しながら、この情報自体にも言及する。

 

「いくら凄腕の情報屋とはいえナチュラルの、勢力を問わず様々な情報を集めて売りさばいている男の情報を信じて中立国のコロニーを襲うなど危険が多すぎます。下手をすれば外交問題になりますぞ」

 

 クルーゼに新型機動兵器の情報を齎したのはケナフ・ルキーニという情報屋であることはアデスも知っていた。

 卓越したハッキング技術を駆使して裏社会で暗躍する謎の情報屋から齎された情報が誤りであった場合、中立国であるオーブに侵攻した事実は大きな火種になりかねない。

 地球連合軍だけでも決して余裕のある戦況ではないのに、コーディネイターを受け入れることでザフトに迫りかねない技術力を持つオーブを敵に回すことは本国もまた望んではいないだろうと、アデスは推測する。

 事に一指揮官の独断で行ったともなれば、失敗した場合の末路は想像に難くない。

 

「お前の懸念は最もだ」

 

 語らない部分までの懸念を察したクルーゼは、気を回し過ぎるアデスの固く引き締められた顔を見つめる。

 

「だが、決定に変更はない。ケナフ・ルキーニは人として信頼は出来んが伝えて来る情報は信用できる男だ。でなければ裏社会で生きていけんよ」

 

 既に作戦の準備は整っている。後は時間がくるまで待つのみ。アデスに懸念があろうと今更止めるわけにはいかない。

 

「この写真は潜り込ませた調査員に取らせたものだ。証拠を掴むのに苦労はしたようだが、ここに確たる証がある。例えコロニーが壊れようとも中立国でありながら地球連合に協力していたオーブは何も言えん。地球連合も同じくな。新型機動兵器さえ奪取できれば無駄な言い逃れも出来ないようになる。どちらも後ろ暗いことをしているのだから我らを非難する資格はない」

「奪取できなかった場合は?」

「出来ると確信している。彼らにはそれだけの能力があり、連合側もまさか中立国に攻撃するなど思いもしていない盲点を突いているのだから成功しないはずがはない」

 

 浮かんで来る写真を受け取って作戦ボードに固定したクルーゼが胸の前で腕を組む。

 

「アデス、私を功名心に取り憑かれた俗物と思うなよ」

「はっ、失礼しました」

 

 他人には叱責とも取れるクルーゼの発言に、アデスは恐縮したようにザフト式の敬礼(肘を張り出さず脇を締め、指先から前腕をほぼ垂直に立てることで狭い船内でも行える独特の敬礼様式)をする。

 しかし、クルーゼの言葉尻には叱責ではなく苦笑にも似た感情が込められると何人が気づいただろうか。

 敵対国を攻めるのと違って中立国を攻めるのはどうしても艦内の士気が下がる。それが地球で数少ないコーディネイターを受け入れる国であるオーブ連合首長国となれば尚更。自分達の作戦次第では同胞であるコーディネイターを窮地に陥れる可能性があり、正式な軍令ではなくクルーゼ個人がどこからか入手した情報で動くもなれば士気は上がるどころか下がる一方だ。まだ入隊間もない新人ならばトップガンであるクルーゼの言葉を鵜呑みにしてしまうところだが、ヴェサリウスの乗る乗員はベテランが多く、表には出さずとも裡に不安を溜め込むこともある。

 艦内の不安をアデスが代弁し、クルーゼが論理立てて説明する。コーディネイター内でも能力に秀ですぎているクルーゼを補佐するにアデスという男は適任であった。

 

「ふ、お前は本当に良くできた副官だ」

「いえ、これが自分の仕事ですから」

 

 二重の意味を込めたこのやり取りにも果たしてどれだけの者達が気づいただろうか。

 艦内の雰囲気が変わったことを隊長であるクルーゼと艦長であるアデスが気づかぬはずがない。

 目を見せない奴は信用出来ないと言って憚らないアンドリュー・バルトフェルドのように、有能さを示し続けるクルーゼには内外の敵が多い。しかし、その中にあってもアデスは、その正確無比な判断力には敬服していた。

 クルーゼには謎も多く、決して人格者としては言えないが軍人として有能なことに変わりないのだから。

 

「時間だな、始めようか」

 

 クルーゼの宣言に、アデスは被っている帽子を被り直した。

 

「抜錨! ヴェサリウス、発進する!!」

 

 後に歴史書にも刻まれる作戦が遂に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙なことにキラ達が所属するゼミのラボは工業カレッジ校内ではなくモルゲンレーテの敷地内にある。これはゼミの主であるカトウがオーブの国営企業であるモルゲンレーテに仕事を依頼される立場であるため、工業カレッジが優遇した結果であった。サイバネティク工学の第一人者であるカトウの能力が評価され、信用と信頼されている証拠でもある。

 オーブという国の中でも技術者として名の売れている彼が担当するゼミに入れるのは工業カレッジでは最難関に分類されていて、所属しているだけで一種のステータスとすら言われている。カトウゼミに所属して卒業すればモルゲンレーテ入れば出世が約束されているなどとの噂もあった。

 カトウ教授に呼ばれたキラ・ヤマトはトール・ケーニヒとミリアリア・ハウと共に工業カレッジ校内にあるレンタルエレカでゼミのあるモルゲンレーテ社屋に入った。

 ラボは社屋の上層階にあり、階段を登って部屋の前に辿り着くのに迷うことはない。通い慣れた道を三人で話をしながら歩き、扉の前で立ち止まると自動で扉が開く。ゼミに入る時に渡された社員証に近い認識証を読み取って、入室できる資格があるかどうかを自動的に確認しているのだ。

 

「うーす」

「うわぁ!!」

 

 少し品のない挨拶をするトールを先頭にしてラボへと入っていく三人。しかし、タイミングが悪かったのか、室内の人間がトールの声に驚いたように転倒する。

 パワーアシストスーツを纏った少年が倒れるのを隣にいた色付きの眼鏡をかけて派手なジャケットを着ている少年が抱えようとするも、彼我の体重差を思い出したことで足を止めて落ちるに任せた。数百キロはありそうなパワーアシストスーツを生身で受け止めようなどという蛮行は、身体能力に優れたコーディネイターであっても不可能だなんてことは考えなくても分かる。

 

「ああっ!? 何やってんだよサイ!! カズィ!!」

「お前らが遅いからだよ。でも、おっかしいな。どっかの数値を間違えたか」

「いいからまずは僕を助けてよ、特にサイ」

 

 トールが二人の少年の名前を叫びながら頭を抱える。

 倒れた少年――――カズイ・バスカークがカトウの伝手でモルゲンレーテから借りている貴重なパワードスーツから這う這うの体で抜け出しながら、手元の小型端末でプログラムを確認をしているサイ・アーガイルを恨めしそうに見る。

 

「お前にゃ無理だよ、カズイ。ほら、どけ」

 

 何時もこういう体力作業はトールの役目である。単純な頭脳面ではゼミの一番下に位置するトールは逆に肉体面ではコーディネイターのキラを抜けばダントツのトップ。

 理系で運動が苦手なカズィや、苦手ではないが得意でもないサイ。そんな二人とは違ってインテリ系とは思えないほどアウトドア系にも精を出すトールは、工業カレッジ内に見ても異端である。

 学力や頭脳面では周りに勝てないことにコンプレックスを抱いているのか、ふとした時にトールは年上のサイにはともかく同い年のカズィには辛辣な時がある。この時もそうだった。そしてそれはカズィも同じだった。

 

「なんだ、来たのはキラだけじゃないのか」

「嫌味か、それは」

「別に」

 

 嫌味には嫌味を返すカズィも慣れたもので、二人揃ってメンチを切るように顔を近づける。

 カトウゼミ最年長のサイはどちらかに加担すると後々に面倒になることがあるので二人のやり合いには手を出さない方針を貫いている。この時も我関せずと小型端末をパソコンに繋いで転倒の原因を調べていた。

 逆に最年少のキラは二人の間でオロオロとするばかり。チラチラと視線をサイに向けてくるが、サイは取り合わない。彼が一々止めずとも他に止める者がいるからだ。

 

「こら、止めなさい。みっともない」

「「痛っ」」

 

 ミリアリアが二人の頭を両手で叩く。結構な威力があったのか、叩かれた二人の頭が下を向いた。

 

「仲が良いのは知ってるから喧嘩しないの」

「「誰が仲が良いって」」

 

 叩いた手を腰に当てながらミリアリアが言うと、同時に顔を上げた二人が最初から示し合わせたように同じ文言を言いかけて、被っていることに気づいて口を閉じた。

 二人は同年代で性格が真逆なこともあってか何かと対立することが多い。そういう時は何時もミリアリアが仲裁に入る羽目になって、最近では面倒になって物理的な手段で止めることが多くなっていた。

 

「トールも突っかからない。カズィも煽らないこと。分かった?」

「「…………はい」」

 

 声と雰囲気に怒気を滲ませるミリアリアに彼氏のトールも同学年のカズィも何も言い返せず、大人しく頷く。このやり取りも慣れたもので、サイなどは最初から空気のように気にしていない。

 カトウゼミは、あまり顔を出さないカトウを押し退けてサイが家長のような立場で纏め役になることが多い。ミリアリアが肝っ玉母さん、トールとカズィがやんちゃ盛りな子供で、末弟のキラが振り回されているような感じであった。

 二人の不毛な争いが収まったのを確認したキラはパソコンの前で転倒した原因を捜していたサイの後ろに回って、スクロールされる画面を他人から見れば茫洋とした目で眺める。

 喧嘩した罰としてトールとカズィが二人掛かりでパワードスーツを機械を作って吊り上げていると、画面を眺めているだけと思われたキラの目がある一点で止まった。

 

「そこで止めてっ」

「ん? どうしたキラ」

 

 背後で鋭い声を出したキラにサイが驚きながらも振り向くも、キラは画面を見つめながら思考を走らせていた。

 同じゼミの仲間でも理解できないような思考に没頭している為、口の中でブツブツと呟くだけでサイの疑問には答えられない。そもそも声が届いているかどうかも怪しい。

 

「やっぱり、バランサーの数値が拙いんだ。えっと…………ほら、ここの数値。前と違うけど変えた?」

 

 椅子に座っているサイの後ろから画面をタッチしてスクロールさせたキラは該当箇所を指差して数値が前回と変わっていることを示す。それこそが今回の転倒の原因だと、サイが見ても分からなかった異常をいとも簡単に導き出した。

 

「一瞬で解決だな。流石は工業科一位の天才」

 

 飛び級を重ねて同級生になってから言うようになったトールの皮肉にキラは曖昧な笑みを返す。悪意はなく、からかっているのだと分かっていてもどんな表情をしたらいいのか何時も迷ってしまう。

 最年長の19歳のサイが四年生で、18歳のトールとカズィ、17歳のミリアリアと16歳のキラが三年生という、三年生が奇妙な状態になっているのだ。一年の半分を過ぎたところで2年生の授業に参加して瞬く間に自分達と並んで、下手をすればキラがサイと同時に卒業なんて笑えない事態が起きかねないとトールはミリアリアに話したことがあった。

 

「…………そういや、教授からこれ預かってた。追加とかって」

 

 カズィと共に汗だくになりながらパワードスーツを通常位置に戻したトールの賞賛に、自身がどいた場所に座ってキーボードをタッチして元の数値に戻すキラの顔を眺めていたサイは派手なジャッケトの内ポケットからデータディスクを取り出した。

 

「うぇぇ」

 

 数値を元に戻したキラは椅子に座りながら振り返ってサイからデータディスクを受け取る。そのなんともいえない困った様子の顔にサイは自分の中で湧き上がりかけた衝動が急速に萎んでいくのを自覚した。

 

「また何かやらされてんの?」

「うんちょっと……」

 

 キラが教授のカトウに気に入られているのは工業カレッジでは有名な話だった。

 カトウが全学年の試験問題に遊び心で入れた超難解問題にキラだけが正解してしまって、それ以来完全に目を付けられてしまったのだ。未だに学内でも有名なアレやコレやの騒動があった後にキラは半ば強制的にゼミの一員となった。

 サイバネティク工学の第一人者であるカトウのゼミに入れたことはプログラミングを趣味としているキラにとって十分な恩恵であり、友達となったばかりのトールとも一緒になれて嬉しかったのだが、コーディネイターであろうとも能力があれば気にしない無頓着さを発揮してこき使われるのは堪ったものではない。そういう強引さや無頓着さはカトウの良い面ではあるのだが、振り回されるキラには困り所であった。

 

「そんなことより手紙のことを聞けっ!」

 

 追加分を受け取って肩を落としていたキラに、トールが背後からタックルして首を締め上げた。

 極まってはいけないところに腕が入って来て、キラは呻くばかりで振り解けない。勿論、トールの口を防ぐことも。しかもパワードスーツを持ち上げるのに汗を掻いていて微妙に汗臭い。

 

「手紙?」

「フレイに手紙を渡したって聞いたわよ。どうなの? そこのところは」

 

 キョトンとした様子のサイに、トールだけでなくミリアリアも嬉々として詰問する側に回る。

 ことの始まりはトール達と連れ立ってキラがラボに向かおうとした時だった。レンタルエレカーポートでキラ達は三人の少女と出会った。ミリアリアと同い年で友達でもあり、地元のハイスクールに通うフレイ・アルスターが女友達と話し込んでいる現場に遭遇したのだ。

 ジュニアハイスクールで彼女とミリアリアが同級生で、飛び級したミリアリアとは学校が離れたが親しくしていて、学校が近いこともあってキラも顔を合わせたことが何度かある。

 彼女達が話していたのは内容は年頃には珍しくない恋バナである。普通とは違うのはキラ達の知り合いが関係者だということだった。

 フレイがサイから手紙を貰ったと聞いてキラは動揺を表情に出してしまい、それをトールは見逃さなかった。オシャレにも人一倍気を遣っていて美人でスタイルも良いフレイは目立っており、彼女にキラは淡い思いを抱いていたのだ。

 告白する勇気も、彼女と付き合っている自分を想像も出来ないキラは、もしサイがフレイとそのような関係であるなら片思いなんて知らせずにおきたい。年頃の青少年の気持ちは複雑なのだ。

 

「ああ、それは……」

 

 コーディネイターの力を持ってしても、完璧に決まっている首締めは解けない。酸素が足りなくてぼうっとしてきたキラの頭が気になることを答えようとしているサイの声を捉えていた。カズィは恋愛事には全然興味を示さない機械マニアなので、気にすることもなくパソコンと向き合っている。トールとミリアリアは敵で、キラの味方はいないと思われた。

 酸欠も相まって色々とキラが諦めかけた時、ラボの入り口がパシュッと空気の抜けるような音を立てて開いた。

 

「失礼、ドクター・カトウは? ここに行けば会えると言われたんだが」

 

 入室してきた人物は、室内を見渡して目的の人がいないと分かると近くにいたサイに問いかけた。

 入室者を見たサイは、問いかけて来た人物に奇異の念を抱いた。

 カトウを訪ねて来るのは大抵はモルゲンレーテや工業カレッジの職員ばかり。数年間、ゼミに所属しているサイが不審に思うほどの目の前の人物は幼い。

 はみ出ている髪は硬質な金色でハンチング帽を目深に被り、僅かに見える容姿は小さく丸く、手足もほっそりと華奢だ。固い喋り方からして男のようだが、最年少のキラよりも小さい目の前の人物がカトウとどのような繋がりがあるか推測も出来なかった。

 

「教授、今ちょっと出ちゃってるんですけど待ちます? 多分、今日は戻っては来ないと思いますけど」

 

 先程、キラに渡す追加分のデータディスクだけをサイに渡して慌ただしく出て行ったことを考えれば、ここ最近のカトウの行動と合わせるとラボに戻って来るとは考え難い。なにをしているかも知らされていないサイは自らの推測を素直に話した。

 

「待たせてもらっても?」

「別に構いませんが……」

 

 遠回しに帰れと言ったつもりだったのだが、礼儀を弁えて言ってくる目の前の人物の言葉を断り難い。

 どうしたものかと振り返ったサイが見た物は、忙しそうにキーボードを打っているキラやパワードスーツに乗り込もうとしているトール、それを手伝っているミリアリアとカズィ。

 

「お前ら……」

 

 先程までは遊んでいたのに忙しさを理由にして不審人物の相手を全力でサイに押し付けている仲間の姿に、サイは額に青筋を浮かべて外来者がいて怒る怒れない微妙な表情を浮かべた。

 何時ものカトウゼミと言えばそれまでだが、取りあえずゼミ内のヒエラルキーで最下位のキラに雑用を押し付けようとサイが決めたその時だった。突然、轟音と凄まじい揺れが彼らを襲った。

 

「うわぁ!」

「きゃあ!」

 

 机に立てかけていたキラの鞄が倒れたように、パワードスーツに乗り込もうとしたトールがバランスを崩してミリアリアがいる方に倒れかかる。

 ミリアリアも巻き込んで倒れかかったトールを慈悲もなくカズィが蹴り飛ばした。その顔は嬉々としていたとか。キラは逸早く机の下に潜り込み、サイと金髪の人物は床に伏せていた。

 

「隕石か?」

 

 コロニーで地球のような地震はありえない。となれば、これほどの建物を揺るがすほどの衝撃を与えるのは、モルゲンレーテの施設のどこかが爆発したか、コロニーに隕石が当たったかの二択になる。安全設計が売りのモルゲンレーテなので、確率的には後者の方が高い。サイが隕石の可能性を疑うのは当然であった。

 

「大丈夫か、みんな!」

 

 サイが声を張り上げると、銘々の返事が返ってくる。一部だけ苦悶が混じっているがトールなので大丈夫だろうと気にしなかった。ゼミの肉体労働兼オチ担当であるトールがこうなっているのは何時もの事だった。

 パッと見で機材にも深刻なダメージがなさそうだとサイが安堵の溜息を漏らしている間にも断続的な振動が襲ってくる。隕石が当たったにしては異常で、どこかの施設が爆発したとしてもこんな揺れ方は続かない。

 

「アナウンスも流れないか。外に出て状況を確認しよう」

 

 サイの言葉に誰も否とは言わなかった。続く振動に異変を等しく感じ取っていたからだ。

 年長者らしく主導するサイに従って部屋を出たキラ達は、同じように別の部屋から出て来たモルゲンレーテの社員と共に外に出ようとエレベーターを目指した。

 エレベータの前に辿り着いたところで、廊下の灯りが消えて非常灯の不気味な赤い光が照らしだす。

 

「なに!? なんなの?」

 

 電灯が消えて赤い光に満たされた廊下にミリアリアの不安を訴える声が響き渡る。トールが彼女の恐怖を和らげるように手を握るも、状況が分からないのは一緒なので不安は消えない。

 

「エレベーターは駄目だ。階段を使おう」

 

 ボタンを押しても反応しないので、エレベータが動かないとなれば階段で下りるしかない。キラ達は非常階段に向かった。

 非常階段に繋がるドアを開けると、次々とモルゲンレーテの制服を着た職員が上から降りて来ている。

 

「どうしたんです!? この振動はなんなんですか!」

 

 振動に続いて断続的に爆発音も混じり出していたので、階段から降りて来た職員に話を聞こうとしているサイの声も必然的に大きくなっていた。

 

「分からん! ザフトが攻撃してきてるんだ!」

「ザフトが!? ここは中立のコロニーですよ!」

「知らんよ! モビルスーツが入って来てるんだからザフトしかないだろ! 港もやられたらしい!」

 

 返ってきた返答もまた大きな怒鳴り声だった。彼らもまた状況を完全に把握しているわけでもなく、キラ達よりも多少情報を知っているだけに過ぎないのだろう。

 状況は理解できなくとも一般人に過ぎないキラ達に出来ることなど、大人しく避難することしかない。「俺達も行こう」と職員に続いて階段を下りようとしたサイに付いて行こうとしたキラの横で、金髪の人物が身を翻した。

 

「あっ、君!?」

 

 隣にいたキラが止める間もなかった。伸ばした手は空を切り、金髪の人物は手の届かない場所に走って行ってしまう。トールにお人好しと称されたキラの体は自然と駆けていった金髪の人物を追いかけた。

 

「キラ!?」

「直ぐに戻る! 先に行ってて!」

 

 背中にかかるトールの声に、振り返らずに言いながらキラは走った。

 コーディネイターであるキラが全力で走っているのになかなか追いつけない。金髪の人物は華奢に見えて運動神経に優れているようだ。しかし、基礎身体能力の差は覆らず、何回か角を曲がったところで追いついてキラは金髪の人物の腕を捕まえた。

 

「なにしてるんだよっ! そっち行ったって……」

「そっちこそ早くに逃げろっ! 私にはどうしても確かめなければならない事があるんだ!!」

 

 怒りを込めて叫んだキラは、更に強い怒りを込めた眼差しで叫び返してきた金髪の人物の気迫に飲まれたように腕を離してしまった瞬間に、キラ達が走って来た角の向こうから爆発音が響いた。

 次いで爆風が押し寄せて来てキラと金髪の人物を等しく襲った。

 

「ぐっ……」

 

 思わず腕で顔を庇って目を閉じると、強風が吹いたものの幸いにも熱波はなかった。被害は強風に金髪の人物のハンチング帽が飛ばされた。

 キラが思わず閉じた瞳を開くと、目の前にはハンチング帽で隠されていない素顔の少女が黄金の髪を爆風に揺らめかせながら立っていた。

 

「おん……な……の子だったんだ」

 

 態度や服装、硬質な雰囲気から勝手にキラは目の前の人物が男、体格から自分より年下の少年だと判断していた。しかし、ハンチング帽がなくなると気の強さの感じられる眼差しであっても、間違いなく女と分かる容姿をしていた。

 改めて体のラインを見てみれば腰がくびれており、胸元は薄いが盛り上がっている。先入観で男と判断しなければ間違わない過ちだった。

 

「今までなんだと思ってたんだ!?」

 

 少女からすれば勝手に男扱いされていれば文句も言いたくもなる。キラにしてみれば服装やらが紛らわしいのだと言い分はあれど、間違ったのは自分の方である。謝るべきだと判断したキラが口を開いた時だった。

 再び背後から爆発音が響き渡り、先程のような爆風はないものの今いる場所が危険なことは確かだった。

 

「いいからこっちに!」

「放せ、この馬鹿!」

 

 危険回避も兼ねて気まずい空気を誤魔化してしまおうと思ったキラは、少女の罵倒を物ともせずに再び腕を掴んで走り出した。来た道ではなく前へ。

 背後から爆発があったことを考えれば戻ることは出来ない。モルゲンレーテに出入りしているキラの頭には大まかな地図が入っている。結局は少女が行こうとしていた先に進むことになるが背に腹は代えられない。

 それにこのまま進めば工場区にあるシェルターがあるはずだった。地球とは違って大地の安全が保障されていないコロニーではシェルターの場所を把握しているかで生存確率が大きく変わる。母から強くそのことを教えられてきたキラはどのような場所であってもシェルターの位置と順路を最初に把握するようにしており、今回は母の教えに助かった形となる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 どれだけ走っただろうか。少女の忙しない呼吸音と二人の走る足音だけが木霊する廊下の先に光が見えていた。キラは脳裏に思い描いている地図と照らし合わせて、外に程近く、また直ぐ近くにシェルターがあるエリアに来たことを確認して安堵した。

 

「!?」

 

 しかし、光の中に身を躍らせたキラの視界に映ったのは異様なものだった。

 キラ達がいるのはキャットウォークの上。その下に巨大な人型――――ザフトが開発したモビルスーツとは違う形状の巨大な人型が二体も横たわっていた。

 

「こ、これって……」

 

 モビルスーツに詳しいとは言えないキラでも分かる異常。いる場所がヘリオポリスであることを考えれば眼下の巨人はザフト系列のモビルスーツではない。

 何か知ってはならないことを知ってしまったのだと悟ったキラは、自分の声が震えているのが分かった。

 

「やっぱり……地球軍の新型機動兵器……」

 

 横で明らかに事情を知っていると思しき少女がガクリと膝をついてキャットウォークの手摺に縋りついていても、巨人の衝撃が大きすぎたキラは気付いていなかった。

 

「――――お父様の裏切り者ッ…………!」

 

 少女の甲高い叫び声が天井に跳ね返って格納庫に響き渡る。その声に気づいた者がいた。

 片方のモビルスーツの上で銃を撃っていたマリュー・ラミアス大尉である。別方向からの侵入者と判断して鋭い眼付きのままキラ達に向かって銃を向けた。

 

「!」

 

 逸早く自分達に銃を向けるマリューの存在に気づいたキラは泣いている少女の手を引っ張った。直後、銃弾が先程まで少女がいた場所の背後の壁を抉る。

 

「泣いてちゃ駄目だよ! ほら、走って!」

 

 何を嘆いているかは分からないがキラに少女を見捨てるという選択肢はない。キラの知らない何かを知っている少女に聞きたいことはあれど、今はこの状況をどうにかするのが先とシェルターを目指す。

 幸いにも誰かが追いかけて来るようなこともなく、無事にシェルターの入り口に辿り着いた。殆ど走りっ放しで息を乱している少女とは違って息一つ乱していないキラは開閉のボタンを押した。

 

《まだ誰かいるのか?》

 

 直ぐに開くと思ったのにボタン横のインターホンから声が聞こえて来た。恐らく中にいる者達の内の誰かが開閉ボタンを押したキラに気づいて応答してくれたようだ。

 

「はい! 僕と友達の二人もお願いします。開けて下さい」

 

 直ぐに開けてくれると予想したキラを裏切るように、扉は開くことなくスピーカーからも声は返ってこなかった。

 

《…………もうここは一杯だ。悪いが君らから見て左のブロックにシェルターがある。そこまでは行けんか?》

 

 苦虫を噛み潰したような返答にキラは左のブロックを見た。下では銃撃戦の真っただ中で、何時流れ弾が飛んで来るか分からない状態だ。コーディネイターでナチュラルよりも運動神経に優れている自覚があるキラならばなんとかなるかもしれない。ただし、同じように運動神経に優れていようと女の子を危険な場所に連れて行けるはずもない。

 キラが覚悟を決めるのと決断を下すのは早かった。

 

「なら、僕はいいですから一人だけでもお願いします! 女の子なんです!」

 

 相手が断れないように良心に響く嫌な言い方をしているという自覚はあった。それでも少女が危険な目に遭うのと比べればキラの良心が痛むだけで済む。

 

《分かった。すまん》

 

 暫しの沈黙の内、スピーカーから返答があって扉が開いた。その扉に少女の体を無理矢理に押し込んだ。

 

「入って!」

 

 偶発的に体を触った柔らかい感触が本当に目の前の少女が女の子であることを教えてくれる。キラは自分の判断が間違っていないと確信できた。

 押し込められてようやく少女は、この時になってようやく事態に気づいたようだった。

 

「お前、何を!?」

 

 少女がハッとした様子で目を見開いたが既に遅い。キラは少女を押し込んで開閉のボタンを再度押した。

 

「待て、お前……」

「僕は向こうに行くから大丈夫!」

 

 何かを言いかけたが扉が閉まり、直ぐに下層にあるシェルターに向かって動く。聞こえているかどうかは分からないが少女に向かって叫び、姿が完全に見えなくなってから教えられたシェルターのある方向に向かって走り出した。

 走るキラは奇しくも先程の、モビルスーツ二機を俯瞰できるキャットウォークの近くに来てしまっていた。

 

「――――ハマナ、ブライアン、早くX一○五と三○三を起動して今の内に誰でもいいから搭乗させて!」

 

 まだ若い大人の女の声が耳に届いて、キラは作業服を着た声の主を探し当て、彼女の背後の先程まで自分達がいた場所に全身を覆う緑色のスーツを纏った兵士らしき人物が銃を構えているのを見つけてしまった。

 作業服の女性は前方に銃を撃っていて気づいている様子はない。しっかりと狙いを定めているので撃たれれば女性の命は無いだろう。

 

「危ない! 後ろ!」

 

 目の前で人が撃たれて死ぬかもしれないと考えたキラは思わず叫んでいた。

 女性――――マリュー・ラミアスは声に反応して振り返り、転がりながら銃を撃った。見事に弾丸は兵士に当たって動かなくなった。理由はどうあれ、キラは自分が人殺しに加担してしまったことに顔を青ざめた。

 キラがいる場所からは格納庫に侵入しようとしている緑や赤のノーマルスーツをした兵士達が良く見えた。モビルスーツを中心として銃撃戦が繰り広げられていて、キラはこの場所が戦場と何も変わらないのだと今更ながらに理解した。

 

「さっきの子!? なんで戻ってきたの」

 

 再びの女性の声に青ざめた顔のままキラが眼下を見下ろすと、別の兵士に向かってマリューは銃を撃っていた。

 弾を撃ち尽くしたのか、持っていた小銃を捨ててハンドガンを取り出しながらマリューがキラを見上げる。躊躇いを含んだマリューの視線と困惑に捕らわれたキラの視線が交わり、命の恩人を見捨てるわけにもいかないマリューは決断した。

 

「来なさい! そこは危ないわ!」

「左ブロックのシェルターへ行きます!」

 

 慣れた様子で銃を撃つマリューの姿からキラは彼女が軍人であることを察した。未だに銃の撃ち合いがあちこちで行われている戦場から離れんと、怒鳴るマリューに負けじと叫び返したキラは左ブロックへ向けて走り出そうとした。

 

「あそこはもうドアしかない!」

 

 その叫びにキラは走りかけた足を止めざるをえなかった。キラの頭脳に周辺にマップが浮かび、そして絶望的な答えを導き出す。

 

「この近くにもうシェルターはないわ! 早く来なさい!」

 

 導き出した絶望的な答えに先に辿り着いていたマリューは改めてキラに残酷な刃を突き刺す。

 退路はなく、行くべき場所すら失くしたキラは決断を迫られた。

 流れ弾が来ないように身を沈めていたキラは格納庫全体を見渡す。戦況は声をかけてくれた女性達にとって芳しくないことはよく分かった。少数なのに侵入者の方が遥かに実力が上なのだ。

 

「コーディネイターがどうして中立国のコロニーを……!」

 

 侵入者が専門的な軍事訓練を受けたコーディネイターであることは、一人一人の能力のレベルの違いから予測がついた。恐らく真実であろうことも。

 ならば、眼下の女性達はナチュラル。本来ならば同族であるコーディネイターの味方をするべきなのだろうが、ヘリオポリスを襲撃したのがコーディネイターであるならば、キラがどちらに付くべきかは明白である。

 例え眼下の女性達がオーブの人間ではないと薄らと悟りながらであっても、爆発が左ブロックからしたのを見たキラは決断した。

 

「くっ!」

 

 近くの階段に身を躍らせて下に降り、モビルスーツの上にいる女性の真上のキャットウォークまで走ったキラは五メートルか六メートルはありそうな高所から躊躇いもなく飛び降りた。

 

「馬鹿!? そんな所から飛び降りるなんて」

 

 キャットウォークの手摺を飛び越えて眼下に身を躍らせたキラにマリューは目を瞠った。いくら最短距離の為だからといって常人の沙汰ではない。

 怪我をすることは避けられないと思ったマリューの予想とは違って、キラはモビルスーツの肩部分に着地して膝のクッションだけで衝撃を殺して見せた。流石に完全には衝撃を殺せず、前のめりになって倒れ込んだが起き上がる様子から怪我をしているような感じはない。

 

(あの子、もしかして……)

 

 マリューも自分が戦っている相手がコーディネイターであることは察しがついていた。視線の先の少年と敵が線で結びつく。

 驚愕と少年を連れて行くべきかと躊躇に動きを止めたマリューの近くで、モビルスーツを守って戦っていた作業服の男が一人の赤いノーマルスーツの兵士を撃った。

 ヘルメットのバイザー部分が砕けて血が迸る。顔面に当たったとしたら間違いなく即死だ。赤いノーマルスーツの兵士は力を失くして倒れ込んだ。

 

「ラスティ!」

 

 別の赤いノーマルスーツの、声からして少年らしき兵が叫び、仲間の命を奪った男に銃を撃った。放たれた銃弾が命中したのか、崩れるようにラスティと呼ばれた兵士を打ち殺した男が倒れる。

 

「ハマナ!」

 

 マリューが旧知の部下を撃ち殺された瞬間を見て、撃った張本人に銃を向けるが遅い。明らかに遅く行動を始めたのに、赤いスーツの兵士はマリューが銃を構え終えるよりも早く彼女を撃った。

 

「あうっ……!」

 

 仲間を殺された怒りで我を失ったように見える赤いスーツが撃った弾丸の一発がマリューの肩に命中する。その衝撃でマリューは倒れ込み、銃を手放してしまった。

 咄嗟にキラは彼女を助けるべく肩部分から胸部部分に向かって走る。

 

「ちっ、弾切れか。なら!」

 

 マリューを撃った赤いノーマルスーツの兵士は手にしていた弾を撃ち尽くした小銃を捨て、軍用ナイフを抜き放って超人的な身体能力でモビルスーツに掛け上がり、マリューに直接ナイフでトドメを刺さんと走る。

 キラがマリューに駆け寄ったのと、赤いノーマルスーツの兵士が近づいたのはほぼ同時だった。赤いノーマルスーツの兵士は軍人とは思えない場違いな私服姿の少年を見て足を止めた。痛みに呻くマリューを間に挟んで互いの存在に気づいた二人の視線が交錯する。

 

「…………アスラン?」

 

 赤いノーマルスーツの兵士のヘルメット内の顔は、別れた親友が大きくなったそのままの姿だった。

 特徴的な緑の瞳をキラが忘れるはずがない。三年の時が経て精悍に、そして猛々しく怒り狂っていようともキラ・ヤマトが親友アスラン・ザラの顔を見間違えるはずがなかった。それでも違ってほしいと思った。断じて二人の再会の場は、硝煙と業火が猛る戦場ではないはずなのだから。

 キラの小さな願いは呆気なく打ち砕かれる。

 

「キラ!?」

 

 三年前よりも低くなってもアスランと分かる声がキラの名を呼ぶ。決定的だった。キラの前で人を殺し、今もまた傍らにいる女性を殺さんとしているのは親友アスラン・ザラに他ならない。願ってもいない場所での再会にキラはかける言葉を失い、アスランもまた同じなのか、動揺を示すように持っている軍用ナイフの先が揺れている。

 どちらかが言葉を発すれば壊れる危うい空間を破壊したのは、痛みに呻いていたマリューだった。

 

「くっ」

 

 怪我をしていない手で支えながら銃をアスランへと向ける。呆然自失していたアスランもマリューの動作に気づいて、大きく飛び退いた。キラが声をかける前に、まるで恐れるかの如く足早に離れていく。キラはただ去って行く背中を見続けることしか出来なかった。

 爆発と業火はその範囲を増しており、この場にいるのは危険と判断したマリューは立ち上がって呆然自失しているキラを無事な方の手で突き飛ばした。

 

「うわっ」

 

 突き飛ばされたキラがコクピットに落ちるのを見届け、マリューもまた開いているコクピットに身を飛びこむ。

 

「………………」

 

 二人がモビルスーツのコクピットに姿を消すのを、残っているもう一機の機体のコクピットに前で見届けたアスランも乗り込む。

 

「シートの後に!」

 

 お尻からコクピットに飛びこんで座席に座ったマリューはキラを押し退けるようにして叫びながら、キラが下がるのを待たずにモビルスーツのシステムの立ち上げにかかった。

 

「私にだって動かすことくらいは出来るはず……」

 

 マリューが言いながら次々と前面にあるスイッチを入れていくと、計器類に光が入ってエレカのエンジンのように機体の奥から駆動音が徐々に高まる。

 外部モニターが点いて、前面と横の三面が映し出された。

 マリューは機動操作に忙しくて気づかなかったが、キラの視界にはもう一体のモビルスーツのコクピットに潜り込む赤いノーマルスーツが見えたような気がした。

 また起こった爆発がもう一体のモビルスーツの姿を覆い隠してしまい、前に視線を向けたキラの目にモニターに浮かび上がる文字列を映った。

 

『  General

   Unilateral

   Neuro‐Link

   Dispersive

   Autonomic

   Maneuver  』

 

 とっさにキラは、赤く輝く頭文字を拾い上げていた。

 

「ガン……ダ、ム……?」

 

 外部から見ればまるで命を吹き込まれたかのようにキラが「ガンダム」と呼んだ機体のツインアイに光が灯り、指が動いた。メンテナンスベッドに機体を固定していたボルトが音を立てて弾け飛んで行く。

 歩行を覚えたての幼児のようにどこかぎこちない動作で、それでも次々と連鎖的に起こる爆発の中であっても立ち上がった。

 爆炎がモビルスーツの装甲を舐めるように立ち上がり、光るツインアイと相まってモビルスールをまるで悪魔のように彩った。後にザフトから「連合の白い悪魔」と呼ばれるモビルスーツGAT-X105ストライクが産声を上げた瞬間だった。

 

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