シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第10話 選べぬ選択

 

 先遣部隊。本隊より先に派遣する部隊である。

 軍の隊は艦単体で動くことはまずありえない。少数精鋭でいくしかないザフトはともかくとして、軍隊の規模で何倍も上回る地球連合はコーディネイターに対して質で劣るが故に量で上回ろうと集団で動く。

 集団は周りに合わせなければならないので個人で動くよりも動きが鈍重になる。作戦上、拙速を尊ばなければならない時、集団を小分けにする時がままある。先行して状況を把握、または救援に赴く部隊を先遣隊と言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイから逃げるように士官室から離れたキラは、とぼとぼと歩きながら食堂の近くまで来ていた。

 

「嫌よ!」

 

 俯きながら歩いて中で食堂から聞こえてきた大きな声に、心の準備と怒鳴り声に慣れていないキラは体をビクリと震わせた。

 

「フレイ!」

「嫌ったら嫌!」

「なんでよ!」

 

 次の聞き覚えのある声と先程の声が続いた時には心の準備が出来ていたので今度は驚きはしなかった。気になったのは知っている声の主が言い争っている事実にだった。

 

(フレイとミリアリア?)

 

 元同級生で、ミリアリアが飛び級をして工業カレッジに入っても付き合いがある二人。仲が良いと思っていた二人が言い争いをしていることに首を捻りながら食堂に足を進めた。

 食堂に入ると近くに困ったように立っているカズィ・バスカークの姿が見え、その奥に向かい合うミリアリア・ハウとフレイ・アルスターが睨み合っていた。

 

「どうしたの?」

 

 状況が理解できなかったので、知っていそうなカズィに話しかけたつもりだったのだが何故か反応したのはフレイだった。

 

「あら、キラじゃない」

「やあ、フレイ」

 

 怒っている女の子に関わり合いになりたくなかったキラだがフレイが反応してしまったのなら挨拶をしないわけにはいかないが、話しかけて直ぐに後悔した。

 

「あなたはサイ達みたいに覗きに行かないの?」

 

 明らかに機嫌が悪いと分かる胡乱な目つきのフレイにキラは直ぐに話しかけたことを悔やんだ。

 女の子の気持ちは男には分かり様がなく、元から年の近い異性と関わりの薄いキラはもっと疎い。比較対象が同じように不機嫌なミリアリアしかいないのだからキラの交友関係は狭い。

 

「え? あ、ああ。仕事もまた残ってるし」

 

 フレイが言っているのは先程サイやトールが盗み聞きしようとしていた件に対する八つ当たりで、少ししか関わっていない件で八つ当たりされては堪らないと残ってもいない仕事を言い訳にした。

 モビルスーツで戦うことがキラの仕事で、ストライクを出撃できるようにしていれば暇を持て余すことになる。不安を紛らわすようにシュミレータで訓練をすることが日課と化しているから最近はユイや整備員とばかりで学生連中と話すことも少なかった。

 

「それだけ?」

「それだけって?」

 

 逆に問いかけられても困惑するばかり。フレイが何を言いたのかキラには分からなかった。

 人殺しをしたことが心の杭となっていることをこの時のキラは自覚していなかった。仲間と会話する強い違和感に。

 

「キラが覗きに行かない理由よ。あの娘、コーディネイターの娘なんでしょ? 仲間じゃないの?」

「べ、別にコーディネイターだからって全員が知り合いじゃないよ」

 

 可愛い子だなとは思っていたので下心を見透かされたようで、最初の言葉がつまった。

 

「プラントにも行ったことないし、偉い人の娘さんみたいだからなんか別世界の人みたいでさ、僕とは関係ないのかなって」

 

 コーディネイターとしての同胞感は持ちつつも、一緒くたにされることには忌避感を持つ。ユニウスセブンの悲劇に憤りはすれど、地球圏に放たれたニュートロンジャマーに端を発したエイプリルフール・クライシスに同意は出来ない。人間とはどこまでも自分の価値観で敵と仲間を決めている。

 キラの場合、コーディネイターの国であるプラントには一度も渡ったことがなく、当の少女が偉い人の娘となれば縁遠さも感じていた。繋がりが救命ポート拾ったこととコーディネイターしか共通点とかがない。

 他の人よりかは繋がりは深いが、先のは偶然、後者は探せば多くの該当者がいる。その点で言えば知り合いらしいミスズの方が接点が多い。

 

「ふーん、そう。コーディネイターにもちゃんとした人っているんだ」

「ちゃんとしたってそんな……」

 

 褒められているようでその実は貶しているだけの言葉に温厚なキラといえども流石に傷つくよりもムッとした。

 

「あら、悪く思わないで。そういう人もいるんだなってちょっと思っただけよ。むしろ感心しちゃうわ。それに比べたら……!」

 

 ムッとしたところで感心していたようなフレイが眉間に皺を寄せて怒りを露わにしたのでキラは困ってしまった。

 

「え、なに? どうしたの?」

「サイもトールも自分の彼女を何だと思ってるのかしらね!」

「あ、そういうこと」

 

 一気に話が俗物染みたのでキラは肩透かしを食らって、怒りから困惑ときて感情が完全に平坦になってしまった。

 納得してしまったのと、フレイに淡い思いを抱いていただけに自身の事をサイの彼女とハッキリ言ったことに傷ついていた。

 

「みっともなく鼻の下を伸ばしちゃって! ホント失礼しちゃうわ!!」

「きっと珍しいからだよ。別に悪気はないと思うから」

 

 トールやサイの気持ちも理解できて、何よりもサイに対しての反骨心さえ芽生えなければ自分も一緒に盗み聞きに加わっていたのだから、プンプンと怒るフレイを宥めようとした。すると、フレイは途端に機嫌が良くなるとまでは言わないまでも理不尽な怒りを収めたようだった。

 

「キラって優しいのね。ちょっと見直しちゃった。っていうか、あなたのことまだ良く知らないし。でも、仲良くなれそうだわ」

「あ、うん」

 

 笑み混じりに言われると淡い思いを抱いている相手だけに頬を紅くしてドギマギしてしまう。現金だと分かっていてもキラはフレイにはとことん弱い。

 フレイの怒りが収まったところを見計らってカズィが顔を出した。

 

「んで、あの子の食事はどうするの?」

「何の話?」

「キラが拾ってきた子の食事だよ。ミリィがフレイに持ってって言ったらフレイが嫌だって。それで揉めてるの」

「そうなんだ。でもなんで……」

 

 いらぬ警戒心を抱かせぬ為に年が近そうでブリッジ要員で動かしやすいミリアリアが選ばれたのは、マリューかナタル辺りの配慮だろうということは察しがついた。大方、コーディネイターのキラと親交のあるミリアリアならば偏見を持たずにラクスに会ってくれるという思いもあったのだろう。

 

「私が艦長から頼まれたんだけど仕事もあるし、フレイなら食堂勤務じゃない。同年代ってことで私を選んだんならフレイの方が適任じゃない」

 

 話を聞いていればミリアリアは自分が選ばれた本当の理由にまで気づいていないようで、表面上の理由だけで納得して動いたようだった。

 

「私はヤーよ! コーディネイターの子のところに行くなんて。怖くって……」

「フレイ!」

「あ!? も、もちろん、キラは別よ。それは分かってるわ。でもあの子はザフトの子でしょ? コーディネイターって、頭いいだけじゃなくて、運動神経とかも凄くいいのよ? 何かあったらどうするのよ! ねぇ?」

「…………」

 

 ミリアリアは失言を盛大にするフレイに怒りを露わにした。同意を求められたカズィは困ったように頬を掻く。

 微妙な空気の中でキラは身の置き所を失って顔を上げていられなかった。モビルスーツに乗ってからこっち、どんどん自分の居場所が失くなっているように思えて仕方なかった。

 

「フレイ!」

 

 失言に失言を重ねるフレイに何時ミリアリアの堪忍袋の緒が切れるか分からない。同じ学校の仲間の沸点が限界に近いことを察したカズィが明らかに気落ちしているキラを見て、自分しか動けないことに深い溜息を漏らしながら口を開いた。

 

「あんな大人しそうな子がいきなり君に飛びかかったりはしないと思うけど」

 

 こういう時にトールと違って気の利いたことを言えない自分がカズィは嫌いだった。

 

「そんなの分からないじゃない! コーディネイターの能力なんて、見かけじゃ全然分からないんだもの。凄く強かったらどうするの?」

 

 フレイに受け入れる気がないのは誰の目にも明らかだった。

 この場にいることに苦痛すら覚え始めたキラは、このままでは埒が明かないこともまた自覚していた。

 

「ミリアリア、ミリアリア」

 

 顔を上げたキラはフレイとカズィの前を通ってお盆の近くにいるミリアリアに近づいた。

 

「なに、キラ?」

「コーディネイターに慣れていない人には分からないんだよ。だから、ね?」

「…………そうね。キラの言う通りだわ。私が持って行く」

「いいよ、仕事があるんでしょ。僕が持って行く」

「それは、いいけど。でも……」

 

 逡巡するミリアリアに更なる言葉を重ねようとしたキラの前にフレイがまたいらぬ口を開いた。

 

「それがいいじゃない。同じコーディネイター同士なんだし、その方があの子も喜ぶわ」

「フレイ! あんた自分が何言っているか解ってんの!」

 

 墓穴を掘っているのに失言を重ねずにはいられないフレイにミリアリアは堪忍袋の緒が切れたと言い募ったが、その前にキラがミリアリアの前に手を出して料理が乗った盆を持った。

 

「もういいから。ね」

「ごめんね、キラ。こんなことさせちゃって……」

 

 キラは儚い笑みだけを浮かべて言葉を返すことなく、寂しげに感じられる背中を残して食堂を出て行った。

 普段よりも一層小さい背中を見送ったミリアリアはわざとらしくフレイを見て嘆息した。

 

「なによぉ、まるで私が我儘言っているみたいじゃない」

「もう喋んない方がいいよ、フレイ。今の発言が我儘以外の何に聞こえるんだよ」

 

 こういう時だけは察しの良いフレイに、温厚なカズィといえども先程のキラの泣きたいのに泣けないような辛い顔を見た後では怒りを覚える。

 語気に明確な怒りが込められた言葉にフレイは臆したように体を震わせ、その怯えた姿にカズィもまた嘆息した。

 ザフトがヘリオポリスを襲撃してからこっち、ろくに良いことがない。

 ザフトには襲われるし、キラはモビルスーツに乗って戦うし、トール達が志願した所為で自分も軍人の真似事をさせられるし、アルテミスでは危うく殺されかけるし、と悪い事ばかりが起きてカズィは一杯一杯だった。

 その上で更にこの状況なのだからカズィでなくても溜息をつきたくもなる。

 

「フレイって、ブルーコスモス?」

 

 カズィはコーディネイター排斥を唱える、中にはテロまで行う右翼団体の名前を出した。

 

「違うわよ! でも、あの人達の言ってることって間違ってはいないじゃない。病気でもないのに遺伝子を操作した人間なんて、やっぱり自然の摂理に逆らった間違った存在よ」

 

 今までのフレイの言葉を思い返してみるとそうとしか言いようがなかった。否定しながらも潜在的には同意できると頭の片隅で思考しながら、傍から見ればそのものであることに気づいていないな、とカズィは冷静に思った。

 

「でも、そんなにコーディネイターって間違った存在なのかな?」

 

 こういう手合いに限ってコーディネイターと関わった経験がなく、世間での通説を鵜呑みにするのだから疲れることこの上ない。再度の嘆息を漏らした。

 モビルスーツに乗れること、ナチュラルを超える能力などあってもキラはキラであると、今までの付き合いからカズィは知っている。そして自分もまたキラがコーディネイターであるから差別する側にいる人間であることも。こんな時にだけ擁護して友達面をしていることも。

 

「どういう意味よ?」

「別に深い意味なんてないさ。ただ……つい、忘れちゃんだよね。キラがコーディネイターだってこと」

 

 何故、こんな話をフレイにしなければいけないのだと徒労感を覚えて食堂の椅子に座る。それで徒労感は消えなかったので、今度はテーブルに肘をついて顔を支えた。

 

「それは……」

「さっきの間違っている云々って台詞、キラを目の前にして言える? あなたは間違った存在だから生まれてくるべきではなかったって」

 

 コーディネイターとナチュラルの間、他人と仲間の間、どうやって境界線を越えられないのが人であると、戸惑うように瞳を揺らめかせるフレイを見て、カズィは哲学的な思考をしている自分を皮肉った。

 

「だから、キラは特別だって……」

「特別なもんか。あいつも立派って言うのも変だけどコーディネイターだよ。実際目の前にしてみると、それぐらい微妙な話だってことだと思うな、僕は」

 

 知らないから拒絶する。先入観があるから否定する。他人の内側のラインにいるキラが特別であると言うフレイにカズィはどこまでも現実を突きつける。

 

「僕だって思うところがないわけじゃない。キラの能力やモビルスーツを動かせること、コーディネイターは卑怯だって思う時は一杯あるよ? それでも君みたいにコーディネイターだからって偏見は抱いていないつもり。いくらコーディネイターが超人的っていっても人間的な部分は同じなんだってことはキラを見てたら良く解るから」

 

 らしくもなく熱弁しているな、とカズィは自分を皮肉る。

 柄ではないことをしていると疲れるのでフレイを見ることを止めて、なんとなく動かした視線に目を丸くしているミリアリアの姿が映った。

 

「なんだよ」

「カズィがそこまで考えてたなんて以外」

「失礼な。僕だってちゃんと考えてるよ。感覚で動いているトールとは違ってね」

「その毒舌振り。相変わらずで安心したわ」

 

 変な安心の仕方をするミリアリアにカズィは自分がどのように思われているかを知って、少し傷ついたりもした。カズィはショックで顔を支えていた手が外れていたりしても気にしていないが。

 

「ま、世の中がトールみたいな能天気ばかりだったら戦争もおきないさ」

 

 結局、結論としてそこへ行き当たるのがカズィのカズィたる所以というやつだろうか。思い悩むフレイを放っておいてミリアリアは、らしいカズィの結論に苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間が眺められるブリッジの副操舵席に座るトール・ケーニヒは操舵士のノイマンと、キラが拾ってきたラクス・クラインの話をしていると脈絡もなく鼻の疼きを覚えた。

 

「ハックッション!!」

 

 手で押さえる暇も出てしまったクシャミに連動して鼻水も少し出てしまい、慌てて袖で鼻元を拭う。

 

「風邪か?」

「いえ、なんかいきなりムズムズして。誰か噂でもしてるんですかね」

 

 隣で操舵を握るノイマンが目だけを動かしてトールを見ながら訊ねたが、当のトールは元気一杯で風邪のような症状も他にないので首を捻っていた。

 

「誰か悪口でも言ってるんじゃないのか」

「なら、絶対にカズィです。アイツ以外に俺の悪口を言う奴なんていませんから」

 

 ずっと前を向きながら操舵をしているというのも退屈である。仕事であり、艦の命運を左右する操舵を担っているといっても敵襲も無い平和な間は、目の前にはどこまでいっても変わらない宇宙空間が広がっているので眠気が襲ってくる。会話をすることは眠気を飛ばすにも最適で、宇宙船乗りであるノイマンは仕事に差し障りのない程度に行っていた。

 ノイマンが積極的に話しかけて来るのでトールは操舵士とはそのようなものだと勘違いをしてしまっていたりもするが、兄貴分との会話を断る理由もなかったので是正されていない。

 

「バスカークと仲悪いのか?」

「よく喧嘩はしますけど仲が悪いって程じゃないです。俗に言う悪友みたいな?」

「へぇ~」

 

 ヘリオポリス崩壊から10日以上経っているにも関わらず、ブリッジで二人が喧嘩しているのを見たことがなかったので尋ねてみたが同級生ならそんな関係もあるかと納得したノイマンだった。

 同時に自分の友人関係を思い出して切なくなりもした。 

 

「友達は大切にしろよ。大抵、失ってから大事なことに気づくから」

「…………なにかあったんですか?」

 

 年の割には察しが良すぎるのも考え物だなと聞きづらそうにしながらも聞いてくるトールを見てノイマンは思った。

 

「俺にも軍に入ってから出来た悪友がいたんだが随分前に戦死してしまってな。いなくなってから寂しいなんて感じるなんて思いもしなかった。本音で喧嘩して笑い合えるダチは大切にしとけ」

 

 ニヒヒ、と笑う悪友のにやけ面を思い出してムカッとしたりもしたが、どちらかといえば湿っぽい感情の方が多い。

 

「ノイマンさん」

「ん?」

 

 懐かしいと思ってしまう過去に郷愁の念を抱いていたノイマンはトールに声をかけられて左を向いた。そこにはこちらを向いて乙女みたいに頬を朱に染めたトールがいた。

 

「兄貴って呼んでいいですか?」

「キモい」

 

 兄貴と呼ばれることに少し心が揺れ動いたのは本当だが、10代後半の男に乙女な仕草をされたところで生理的な嫌悪感が先行した。思ったことが口から出てしまったが後悔は全くなかった。

 

「え~、駄目なんですか?」

「駄目ってわけじゃないが…………その、恥ずかしいだろ。兄貴なんて呼ばれたら」

「俺は気にしません」

「こっちが気にする」

 

 顔を見合わせて二人でクスクスと笑い合う。男同士で気楽につまらない話を面白おかしくするのも、過ぎ去った過去を思い起こすようで何もかもが懐かしい。

 そうやって笑い合っている二人を規律に厳しいナタルが放っておくはずがない。

 

「そこの二人。あまりふざけているようなら」

「大丈夫です。仕事はちゃんとしてますから」

 

 少し前にブリッジにやってきたナタルの注意が入る前に笑いを収めてノイマンは真面目な仕事モードで返す。トールも右に倣えと真面目モードに入っていたので怒るに怒れないナタルは額に青筋を立てながら握った拳を振るわせた。

 ナタルと違って操舵士二人のやり取りを楽しげに眺めていたムウは、ナタルが暴発する前に違う話題を提供することにした。

 

「しっかしまぁ、補給の問題がひょんなことから解決したと思ったら今度はピンクの髪のお姫様か。悩みの種が尽きませんなぁ、艦長殿」

「そうですわね、本当に。同階級の方が他人事のように話すから余計に」

 

 話題を提供してナタルの怒りを逸らすことには成功したが痛い問題を突いてくるムウにマリューは唇の端を震わせて皮肉を言った。

 

「悪かったって。でも、どうするか考えなきゃいけないのは変わらないだろ?」

 

 謝りながらも飄々としているムウが返してきて、我慢我慢とどちらの道考えなくてはいけないからとマリューは心の中で呟く。どうも最近は災難ばかりが降りかかってくると、右側のスロープを後ろ手に掴んでいるムウを見ながら艦長席に座って身を深く沈めた。

 

「あの子もこのまま月本部へ連れて行くしかないでしょうね。でも、軍本部へ連れて行けば彼女は、いくら民間人といっても」

「盛大に大歓迎されるだろう。なんたって、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘だ。多大な政治的利用価値はあるだろうよ」

「できれば、そんな目には遭わせたくないんです。民間人の、まだあんな少女を……」

「そう仰るなら彼らは? こうして操艦に協力し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人です」

「バジルール少尉。それは……」

 

 痛いところを突いてくるナタルにマリューは艦長になってから負担が激しい胃がキリキリと痛むのを感じてお腹を抑えた。

 ナタルも艦長代理の際のやりすぎを反省してくれたようだが、マリューに対しては言葉の端々が厳しい。それが期待の裏返しなのだと理解できるが重いと感じるのは自分が艦長席に相応しくないと思っているからだろうか。

 

「キラ・ヤマトや彼らを、やむを得ぬとはいえ戦争に参加させておいて、あの少女だけは巻き込みたくない、とでもおっしゃるのですか? 都合が良すぎます」

「……………」

 

 軍人としてはナタルが正しいと分かっているので何も言い返せないマリューの胃が危険域に入るほど痛みだしてきた。

 思わずムウが止めるべきかと迷うレベルで急速に顔色を青くしていくマリューに、しかしナタルは気付いた様子もなくノリに乗って来たように更に口を開いた。

 

「彼女はクラインの娘です。と言うことは、その時点で既に、ただの民間人ではない、と言うことですよ?」

「あら、その理屈なら私も一言が言いたいことがあるけどいいかしら?」

「プロフェッサー」

 

 言い募っていたナタルの言葉を継ぐように、ブリッジに入室したウェーブのかかった女性が挑発的な口調と共に笑う。ミスズの友人であり、ジャンク屋組合の纏め役らしいプロフェッサーという、本名かどうか怪しすぎる女性の名前をマリューは口に出していた。

 

「一言とはなんのことですか?」

 

 なにかを感じ取ったのか無意識に後退りながらもナタルは問うた。その姿が毛を逆立てて突然現れた巨犬に怯えて威嚇している猫のようだと思ったのはマリューの秘密である。どうにもミスズと同じ気配のするプロフェッサーに苦手意識を抱いているらしい。

 

「避難民のリストを見せてもらったけど、大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターの娘を働かせているらしいじゃない。ラクス・クラインがただの民間人じゃないのならこのフレイ・アルスターも同じじゃないの?」

「ぬ」

 

 理屈で言えばフレイもまた民間人ではなく相応の扱いをすべきなのに、食堂勤務をさせていることを皮肉っているプロフェッサーの言葉にナタルは直ぐに言い返せずに言葉に詰まった。

 だが、こと理論武装に置いてアークエンジェルの中では他の追随を許さないナタルである。直ぐに反論の為の理論を組み立てた。

 

「ま、もう意味はなくなっちゃたけど。はい」

 

 反論武装を展開しようとしたナタルに差し出されたのは一枚の紙。薄っぺらで重力の少ないブリッジでは上と下を持たないと読みにくい。

 なんだと、咄嗟に受け取った紙に書かれている文字を見てナタルは盛大に固まった。

 

「…………請求書?」

「ええ、見ての通りよ」

 

 グギギギギギ、と壊れた人形のように顔を上げたナタルは肯定されて傍と分かるほどに真っ白に固まった。

 ナタルの手から離れた請求書をムウが拾い上げ、見た瞬間に同じように固まって眉間を揉みながらマリューに渡した。渡されたマリューはナタルの理論武装から解放されて戻っていた顔色が一瞬で危険域を超えて真っ白になった。

 

「……こ、これは……?」

「あなた達への補給物資の代金。運賃料も入っているわよ。まさか善意で上げたなんて思っていないわよね?」

「この艦にはあなたの友人の博士も乗っているのですが」

 

 補給に関しては早い段階でミスズがアテがあると言っていたので頼りにしていたので、完全に善意で貰える物だと思っていたマリューは必死に反論しようとした。

 

「別に乗り続ける必要はないでしょ? モビルスーツも技術者も全員こっちに移ってしまえば、ほら問題は解決。ドクター達は十分あなた達に協力したらしいから恩は返しているじゃない」

 

 ぐぅの音も出ないとは正にこのことであった。ナタルは提示された莫大な金額に完全に固まっていて、ムウは最初からこの問題には関わる気は無いと傍観者を気取っており、前者二人がこのような状態だから他のブリッジクルーも一斉に顔を逸らして役に立たない。マリューは仲間がいなさすぎて泣きたくなった。

 進退窮まっているマリューをプロフェッサーはにこやかな笑みを浮かべながら見つめる。

 

(避難民がいるからこの手は使えないけど、気づいた様子はなさそうね)

 

 元々は補給だけしてミスズ達はホームに移って別れる予定だったのだが、キラがオーブの避難民を拾ってしまった所為でモルゲンレーテ所属組だけがアークエンジェルから離れるという選択肢は取れない。

 避難民を受け入れられるほどホームにはスペースもないし、食料やらの物資も無い。国営企業の社員が国の人間を見捨てられるはずもない。結果としてミスズ達はアークエンジェルに留まり続けることが決定している。その代わりに別の厄介な荷物を受け取って帰ればいいだけだ。

 このことに気づかせない為に少し多めに金額を吹っかけたのだが以外に動揺が激しくてプロフェッサーの方が困ってしまった。

 

「さぁ、代金を」

 

 好機を好機と考える時間を与えずに畳みかける。プラントで買った水の代金は剛腹だが彼らが生きるか死ぬかの瀬戸際なのでプロフェッサーは余裕だった。

 

「こんな代金をとても即金では…………。軍本部と連絡が取れ次第都合しますので」

「駄目よ。払えないなら全て引き上げさせて頂くわよ」

 

 即金で払えるはずがないと分かっていてプロフェッサーが言っているとマリューにも分かったが引き上げられたら艦全員の命に関わる。

 

「…………と、言いたいところだけど既に御買い上げ頂いているから意味ないかしら」

「へ?」

「サイン、してあるでしょ」

 

 嫣然と笑って腕を組むプロフェッサーに請求書を見下ろすと、「ミスズ・アマカワ」の名前で支払いが行われているサインが書かれていた。

 

「博士のサイン」

「そっ。元からドクターの依頼で水を買ったから快く払ってくれたわよ」

「ということは、博士に俺達は生殺与奪件を握られたってことか?」

 

 オーブ側の働きがなければアークエンジェルはとっくの昔に沈んでいたことだろう。それは自他共に厳しいナタルも認めているところ。アークエンジェルに乗り込まなければ死んでいたと言ったところで、恩があるとしても十分に返すだけの働きはしている。

 ムウが言う通り、水は人が生きていく為に欠かせないのだから命運を握られてしまったに等しい。

 

「何を要求するつもりですか?」

「私達は何も。水はドクターが買った物だから。でも、まぁ……」

 

 復活したナタルが問いかけるとプロフェッサーは考えるというよりも面白い物が見られることを楽しみにしている子供のように笑った。

 

「代金として一人の少女を引き渡す様に要求してきたとしても仕方ないんじゃない?」

 

 それならば個人的にも立場的にも助かると思ってしまった自分は艦長失格なのだろうと、マリューは脳裏のミスズが高笑いをしているのを苦笑と共に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は何をやっているのだろう、とラクスの食事を運ぶキラは考えていた。

 モビルスーツに乗って、ザフトと戦って、人を殺して、戦う技術を学んで、やりたくもないことを続けている。出来るから、コーディネイターだから、こうやって軍人の制服を着て真似事をしている。

 

「何をやっているんだろう、僕は。アスランと戦って、コーディネイターを殺して何がしたいの?」

 

 誰もいない廊下を一人で歩いているのだから返事など、あるはずもない。期待していたわけでもない。キラはどこまでいっても異物で、ナチュラルの集団にいること自体が間違っていたのか。答えは出なかった。

 

「キラ!」

 

 自身の生まれた定義にまでネガティブな思考が進んでいたキラは呼び止められた振り返った。考えてのことではない。受動的な行動だった。そこでようやく目的地である士官室が直ぐ近くであることに気がついた。

 振り返った視界に飛ぶように廊下を走って来るサイ・アーガイルの姿があった。

 常にない慌てように内心で訝しく思いながらも、普段の運動不足が祟って息を乱しているサイは立ち止ってキラの目を見て口を開いた。

 

「ミリィから聞いた」

 

 恐らくミリアリアが仲間内で最年長であり纏め役であるサイに、キラがフレイの発言で傷ついているはずだから慰めてやってくれとでも言ったのだろうと推察するのは簡単だった。本音を言えば放っておいていてくれた方が有難いのだがミリアリアの好意は素直に嬉しかった。

 

「あんまり、気にすんな。フレイには後で言っとく」

 

 肩に手を置かれながらも言葉にキラは何も返さなかった。何も答えたくなかった。

 俯くだけで何も言わないキラにサイが言葉を重ねようとした時だった。

 

「?」

 

 どこからか聞こえる歌声にサイは頭を巡らせた。キラも同様に聞こえる歌に視線を動かして発信源を探した。

 直ぐ傍の士官室から聞こえてきていたのだから歌の発信源を探すのに長い時間は必要なかった。

 

「あの子が歌ってるのか?」

「うん、多分。博士の声じゃないし」

 

 歌はキラが目的地としていた士官室から聞こえてきている。

 聞こえてくる士官室はミスズ用に宛がわれ、彼女が自主的に謹慎している部屋でもある。捕虜扱いするには立場がややこしいラクス・クラインと知り合いということと、厄介者は一つに纏めておけばいいとキラにとっては納得のいかない理屈で彼女もこの部屋にいる。

 

「綺麗な声だな」

 

 歌に興味のないサイが感心してしまうほど澄み渡る声は耳に心地よく響く。同意して頷いたキラの落ち込んだ心を包み込むように歌声はどこまでも広がっていく。

 士官室の前で警備をしているMP二人も流石に緊張感を失ってはいないが、どこかリラックスしているように眉尻を落としている。

 

「彼女って確かラクス・クラインっていってたよな確か?」

 

 聞き入っていると不意に何かを思い出したようにサイが問いかけて来る。自分の声が歌の邪魔をするのを嫌ったキラは頷きだけで肯定する。

 歌に聞き惚れるキラの頷きをサイは咎めずに、かけている色眼鏡の位置を調整した。

 

「あれが噂のプラントの歌姫か」

「知ってるの?」

 

 独特のファッションセンスと機械マニアの気があるサイがラクスのことを知っていることの方に驚いたキラは思わず聞いていた。

 問われたサイは自分が歌に興味がないことは知れ渡っているので苦笑を浮かべた。

 

「ヘリオポリスがまだ無事な頃に友達が噂してるのを聞いただけで知ってるってほどでもない」

 

 オーブは中立を表明していて、連合やプラントと交易をしている。ニュートロンジャマーによって情報が分断化された社会にあっても文化が流れて来ることは珍しいことではない。

 例えばプラントの音楽がオーブのコロニーであるヘリオポリスに伝わることもまた。

 

「歌姫なんて言われるだけのことはある声だろ。彼女の歌は俺も好きでな。でも、フレイには秘密にしてくれよ」

「あ、うん」

 

 慌てて口止めしてくるサイに、先のコーディネイター蔑視の発言をしたフレイのことを考えればキラは受動的に頷くしかない。

 今のキラの頭の中を占めているのはラクスの歌だけだった。ヘリオポリスから激動の中ですり減って傷ついていた心を優しく労わり、母の愛のように癒してくれる静かに聞こえてくる歌。

 

「でもやっぱ歌が上手いのも遺伝子弄ってそうなったもんなのかな?」

 

 空を飛んでいるかのような浮遊感を感じていた心が、サイの心無い言葉に翼を捥ぎ取って叩き落とした。

 キラの呼吸が止まった。ラクスの声も届かないほどに地の底に落ちていく。

 決定的な断絶だった。ただ、コーディネイターというだけでその人の全てを判断しようとする先入観。それをサイから垣間見た瞬間だった。

 サイの中ではコーディネイターが何をしてもそれは遺伝子を弄ったからだという先入観があるのだと、今まで発してきた言葉の全てにそのような裏があるのだと感じ取ったキラは冷たい絶望が胸を浸していくのを感じた。

 

「…………僕、食事を届けないといけないから」

 

 泣き出したい衝動を唇を噛み締めることで押し殺したキラは顔を伏せたまま、サイを放って歩き出した。

 

「おい、キラ?」

 

 後ろからかけられた声にキラは一度たりとも振り返らなかった。

 

「失礼します。食事を持ってきました」

 

 事情を離してMPに士官室に入れてもらったキラは、緊張しながら第一声を発した。

 

「ハロハロ?」

「まぁ、わざわざすみません。呼んで頂いたら参りましたに」

 

 最初に反応したのはペットロボットであるハロで、次いで歌を止めて入り口に近かったラクスがキラに話しかけた。 

 

「いや、この船は地球軍の軍艦だし、自由に出歩かれては困ります。っていうか、今は敵同士だし」

「残念ですわね。こんな機会はないのですから皆さんとご一緒したかったのに」

 

 サイから無自覚な断絶を突きつけられたはずなのに同胞であるコーディネイターよりもナチュラルの肩を持ってしまう自分の情けなさに、キラは目を落して手に持つ料理を見た。

 出来立ての料理は空腹のキラの食欲を誘うはずなのに、この時は食指がピクリとも湧いてこなかった。

 

「でも、あなたは優しいですのね。ありがとう」

 

 歌と同じく優しげな声に顔を上げれば、ふんわりと優しく笑む少女の顔があった。

 悩みも苦しみも全て受け入れてくれそうな少女の笑みに、キラは全てをぶちまけたい衝動に駆られた。

 

「……僕は」

 

 だけど、キラにはそんなことは出来ない。

 ずっと本心を隠して生きていくことを処世術としてきたキラが全てを曝け出せる相手は少ない。いや、実はいないのかもしれない。断片であるならば母親やトール、アスランといった親しい者達がいるが彼らも真にキラの境遇を理解できない。それほどにキラの心は常に孤独なのだ。

 

「僕もコーディネイターですから」

 

 ただでさえ少ない同胞なのだから親切にするのは当然であると、この時もまたキラは本心を隠し通す。何時かは話せねばならないことだから、早めに言っておかなければならないと考えた。

 

「そうですか。でも貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?」

 

 コーディネイターが地球軍にいるのかと尋ねられるか、それとも裏切り者扱いされるのかと思ったキラの考えを裏切って、ラクスは不思議そうに訊いた。

 ラクスはキラがコーディネイターだから優しいのではなく、キラがキラだから優しいのだと言ってくれている。

 キラはどうしようもなく泣きたくなった。ロウだけじゃない。サイのようにコーディネイターだからって先入観も無い。ただ、キラがキラであることを祝福してくれる。こんなにも嬉しいことはない。

 

「お名前を教えていただけます?」

「キ、キラです。キラ・ヤマト」

「そう、ありがとうございます。キラ様」

 

 柔らかく微笑むラクスに、キラは中世の騎士が主君である姫に永遠に違えぬ忠誠を誓った気持ちが分かった気がした。

 

「………………キラ君。私のことを忘れてないかしら?」

「え!?」

 

 入り口近くで別空間を作っていた二人に取り残されていた、この部屋にいるもう一人の住人であるミスズ・アマカワは、不貞腐れたように足と腕を組みながら揶揄するように笑った。

 当然のことながらミスズの存在を意識の埒外に置いていたキラは、彼女の視線が自身の手に持つ料理に注がれているのを感じて顔色を変じた。

 受け取ったのはラクスの食事だけでミスズの分は無い。用意されていないはずがないのでキラは自分が持ってくるのを忘れたのだと気づいた。

 

「食事のことじゃないわよ? もう食べてるし。ラクスのを頼んだのは彼女がまだ食事を取っていないからなのよ」

「恥ずかしながらはしたないこと言うようですけど、随分お腹が空いてしまいましたの」

「そうなんですか。良かった。博士の分を忘れたのかと思いました」

 

 ミスズが説明して、ほんのりと頬を紅く染めたラクスが恥じ入るように身を縮めながら言うのにキラは納得しながら安心もした。忘れていたわけではなかったようだった。

 

「キラ君、ラクスが可愛いからって好きになったちゃ駄目よ」

「え!? 確かに可愛いと思いましたけどそんな大それたことは……」

「まぁ、可愛いだなんて恥ずかしいです」

 

 安心したところだったので不意打ちに思わず本音を吐露してしまう。

 聞き咎めたラクスが頬に手を当てて恥ずかしがる仕草をする。キラには本当のところはどうか分からないが悪い気分にはしていないようで安心した。

 

「こんなお惚け娘でも婚約者がいるんだから世も末よね。二年前の時点で決まったらしいけどまだ続いてるの?」

「はい。最近はあまり会えないのですけれどつつがなく」

 

 目の前の少女に婚約者がいることにキラが唖然としている間にも話はどんどん進んでいく。

 

「優しいんですけれどもとても無口な人です。でも、このハロを下さいましたの」

「ハロ、ハロ」

「へぇ、その婚約者君は気が利くじゃないの」

 

 ラクスが飛び跳ねるピンク色のペットロボットを掴むと、当のハロが自己紹介するように名前の下になったらしい独特の鳴き方をした。

 立っているラクスとは違ってベッドの座っているミスズは位置的に前にある手なのか耳なのかをパタパタとさせているハロを突く。

 

「私が気に入りましたと申し上げたらその次もまたハロを。一杯ハロを作ってくれましたので、お蔭でわたくしの家は何時も賑やかですわ」

「こんなのが一杯? 想像するだけでも嫌だわ」

 

 ハロに埋め尽くされた自宅を思い出しているのか、ラクスは楽しそうだった。彼女の家を知らないキラにすら賑やかが伝わってくるほどに。

 

「ラクスの婚約者って誰だっけ?」

「博士はご存じありませんでしたの?」

「当時は馬鹿みたいに忙しかったら忘れっちゃたのよ。確かミラだか、ギラだったかそんな名前でだったはず…………そうよ、ヅラだわ!」

「違います! ザラです。アスラン・ザラ」

 

 二人で何故か頭を捻り合ってぼけるミスズに、失礼な名前に勝手に変換された困ると婚約者の名前を叫ぶラクス。

 婚約者をけなされたラクスが怒り心頭の様子でミスズに抗議しているが、キラには子供が庇護者に甘えているようにしか見えなかったが、出された名前を聞いたことで微笑ましさを感じるよりも遥かに大きい戦慄に晒されていた。

 

(アスランがラクスの婚約者!?)

 

 三年前の桜が吹きすさぶ中で別れた少年の姿と、ヘリオポリスで荒れ狂う火の中で再会した青年の姿が脳裏でダブる。

 ユニウスセブンで母を奪われてザフトに入ったアスラン・ザラ。先にモビルスーツでキラとも戦った記憶はまだ新しい。あの幼馴染が目の前でじゃれる少女と婚約者であるという事実にまだ頭がついていかない。

 

「どうなさいましたの?」

 

 不意に間近でラクスの声がして、キラは現実を突きつけられたように体を震わせた。

 目の前にラクスの綺麗よりも可愛いと表現すべき顔があって、そんな彼女の婚約者と戦う我が身の不実さを責められているようだった。

 

「なんでも、ないです」

 

 そうとしか言いようがなかった。キラに他に何が言えただろうか。

 

「悲しそうな顔をしてらっしゃいます。なにか理由があるのでしょ?」

 

 なのに、ラクスは全てを受け入れるようにキラに微笑む。母性というべきか、キラは彼女の姿に母の姿を見た気がした。

 ここにはミスズもいたが今のキラの目にはラクスしか見えていなかった。彼女なら全てを受け入れてくれると確信があって、ずっと誰にも打ち明けるつもりのなかった言葉が口から零れ出る。

 

「……僕は……本当は戦いたくなんかないんです……」

 

 一度開いた心の蓋は内から溢れる想いを示すように留まることを知らない。ラクスもミスズも、ハロですら黙って聞いていることが歯止めを失わせた。

 

「ザフトが攻めて来て……そこにアスランがいて」

「アスランが?」

「僕は戦いたくなんてないけど、友達を守らなくちゃいけなくて…………イージスに乗ったアスランはお母さんがユニウスセブンで亡くなったからプラントを守る為に戦うんだって」

 

 キラは考えて喋っているわけではなかった。言葉の繋がりもなく思いつくがままに、口が言葉が出るままに喋り続ける。

 その後もキラは溜めこんだ想いを全てぶちまけるようにラクスに向けて言葉を発し続ける。友達と戦っていると知ったミスズが驚愕した顔を向けて来るのも気にならなかった。

 これまで胸に閊えてきた思いを全て、この船とはなんの関係もない少女に打ち明けていた。彼女なら分かってくれる気がした。

 

「そうでしたの」

 

 ラクスはキラの思いを否定も肯定もしなかった。ただ、聞き届けて許容する。母の寛容さに似た器の大きさを持つ少女にキラは救われた気がした。

 

「悲しい事ですわね。キラ様もアスランも良いお人なのに戦わねばならないとは」

 

 安易な同情や慰めながら逆にキラは頑なになっただろうし、肯定であっても結果は変わらない。肯定も否定もせずに、誰かに認めてもらえることだけがキラの救いだったのだ。

 

「お二人が戦わないですむようになれば、いいですわね」

 

 そっと手を握りながら呟かれた言葉にキラは強く頷いた。

 アスランと本気で殺し合わなければならない未来が来ないことを切に願った。だから、ミスズが思案気に自分とラクスを見ていることにキラは最後まで気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクス・クライン探索の命を受けたクルーゼ隊は、脱出したかもしれないラクスが地球連合の艦に拿捕された可能性を考慮して月側からユニウスセブンを目指していた。

 プラントを出発して数日経った頃、ヴェサリウスの自室で執務を行なっていたラウ・ル・クルーゼは呼び出しに応じてブリッジにやってきていた。

 

「どうした?」

 

 艦長席に一日中座っているのではと思えるほどに一体化しているフレデリック・アデスに問いかけながらも、クルーゼの目はブリッジ上部に表示されているセンサー画面を見ていた。

 

「地球軍の艦艇と思われますが、こんなところでなにを?」

 

 荒い画像ながらも地球軍の艦艇と思われる船影が画面に映っており、クルーゼは思案気に口を開いた。

 

「足つきがアルテミスから月の地球軍本部へ向かおうとすれば、どうするかな?」

「では、やはり補給。いや、もしくは、出迎えの艦艇ということも」

 

 クルーゼの推測にアデスも数年間も副官を務めているだけあって直ぐに答えに辿り着いた。クルーゼ隊はなにも隊長であるクルーゼだけの隊ではない。独創的すぎるクルーゼの考えを優秀なクルーに伝えられるアデスがいてこそ初めて機能する。

 

「こちらの位置はまだ気づかれてはいないな。ロストするなよ。慎重に追うんだ」

「我々がですか? しかし、我が隊は議長から直々にラクス嬢捜索の命令を受けています。勝手に動くわけには」

 

 センサー類に限らず、技術力の点でプラントは地球連合の一歩も二歩も先を行っている。ヴェサリウスに使われているシステムも最新の物に取り換えられたばかりなので相手側には悟られていないだろう。

 クルーゼは空腹時に絶好の獲物を見つけたような獰猛は気配を隠すことなく撒き散らしている。だが、別の任務を直接議長から頭を下げて拝命したアデスが乗り気になれるはずがない。

 プラント本国に妻子がいるアデスには娘を助けたいという議長の気持ちが良く解り、だからこそその願いを叶えたいとも思う。その中にヘリオポリスを崩壊させた自責があったとしてもだ。

 

「ラクス・クラインの捜索も無論続けるさ。だがたった一人の少女の為にあれを見逃すというわけにもいくまい。捜索はあくまで議長からの極秘の命令。本来の命令を疎かにして、私も後世の歴史家に笑われたくない」

 

 分かってくれるな、と問われればザフトの軍人としての公人の面が頷くしかない。

 卑怯なお人だと思わずにはいられないが、正論であることもまた事実。最高評議会でも奪ったGの危険性が高いと判断されて特に処罰が下されることもなかったが、その性能が量産されればプラントの将来に関わって来ることは認めざるをえない事実である。

 

「別行動をしているラコーニとボルトの隊、技術試験小隊を集めろ。合流はしなくてもいい。足つきと地球軍の艦隊を挟める位置にいれば後は好きにしていいと伝えろ」

 

 時に隊長であるクルーゼが他人に必要以上に冷酷になることはアデスも強く承知している。この時もそうだった。振り返ったアデスがクルーゼを見た時、幾度の過酷な戦場を超えても感じなかった鳥肌が総毛立った。

 

「獲物は極上、餌は少々物足りないがそれも止むをえまい。さあ、盛大な狩りを始めようではないか」

 

 この時のクルーゼもまた、目的の船にラクス・クラインがいることを知らず、その一点だけが読みを違えさせることになるとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは艦の後方部に展望デッキがある。外が宇宙空間なので窓なんて付けれない船の中で、展望デッキは閉じこもりがちになるクルーの気分転換を兼ねて無限に広がる星々を見ることが出来る。他に誰もいなく、滅多に人が来ることもない展望デッキはナタル・バジルールの密かなお気に入りの場所だった。

 お気に入りの場所にいるにも関わらず、休憩時間に展望デッキにやってきたナタルの表情はあまり冴えているとは言えない。星空を見て憂鬱そうに息を吐く姿は悩んでいるようでもあった。その姿を操舵士であるアーノルド・ノイマンが柱の影から見ていた。

 

(バジルール少尉……)

 

 ノイマンは明らかに悩んでいると分かるナタルの仕草に、十数分も躊躇い続けてからようやく柱の影から出た。

 

「少尉」

 

 展望デッキに入っても気づかないナタルにノイマンは呼びかけた。

 声をかけられると思っていなかったのか、ナタルは少し驚きながらも慌てることなく落ち着いた仕草で振り返る。

 

「なんだ、ノイマン曹長か」

「すみません」

 

 どこかホッとした様子で苦笑するナタルに、ノイマンは彼女を驚かせた事実が申し訳なくて謝った。

 申し訳なさそうに謝るノイマンを見てナタルは薄く笑った。

 

「謝ることはない」

「脅かしてしまったのかと思いまして」

「変なことを言う」

 

 よほどノイマンの反応が面白かったのか、ナタルは声に出して笑った。

 普段の彼女を良く知っているわけではないが僅かに精彩を欠いている姿に、自分が力になれないかと勇気を出して問うことにした。

 

「あの、………何か悩み事でもあるんですか?」

 

 意を決して聞いたノイマンの顔をナタルがマジマジと見る。

 本心を見透かされたような瞳に気恥ずかしさを覚えたノイマンは体を縮めた。

 大の大人らしくないノイマンの挙動に、ナタルは宇宙空間を映すガラスに身を預けてゆっくりと口を開いた。

 

「…………分かる、よな。いやなに、さっきのブリッジのことでをね」

「クライン嬢の話、ですか?」

 

 先のブリッジで艦長であるマリューとナタルがラクス・クラインの扱いについて揉めたのは、その場にいたノイマンも良く知っている。

 民間人としての扱いを望んだマリューに、ナタルは他の民間人を働かせている現状を突きつけてラクスの扱いに対する矛盾をついた。結局、ラクスの扱いは横槍が入る形でミスズの預かりとなることになったが二人の舌戦は終始ナタルがリードしていた。

 

「ああ、ちょっと艦長に言い過ぎたかなって」

 

 この人は優しい人なのだな、と伏せたナタルの長い睫毛の方を気にしたノイマンは思った。 

 

「戦争は軍人だけがやっていればいい。民間人を巻き込みたくないのは私も同じだ。特にアルテミスでの一件から強く思っている」

「分かります」

 

 アークエンジェルに乗り込んでいる地球連合の軍人全てに共通する思いだった。ノイマンは強い共感を覚えて頷いた。

 

「別に艦長を批難するつもりはなかったんだ。ただ、艦長は学生達や避難民を巻き込んでおいてそれを当然のように考えていたように聞こえたものだからつい、な」

「バジルール少尉……」

「心配するな。ラミアス大尉とは上手くやっていけるよ。艦長たるもの常に冷静な判断と状況を広く見渡す視点を身に着けてほしいと思うのは期待のし過ぎかな?」

 

 不器用な人で真っ直ぐすぎる。それが彼女の美点であり、また欠点でもある。ノイマンは優しい人なのだと制帽を取って片手に持つナタルを見て思った。

 このことを言えばお堅い人だなんて思われることもないはずなのに、マリューとは反対に公私の区別をつけすぎて損をするタイプなのだろう。照れているナタルが年相応に可愛い人にしか見えなかった。

 

「頷けます…………なんだか、元気出て来ましたねバジルール少尉」

「あ、……ああ。そうだな。ありがとうノイマン少尉」

 

 スッキリとした様子ではっきりとした笑みを浮かべた女性を見て、ノイマンはようやくナタル・バジルールを好きになっている自分を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍艦艇の後をコッソリとつけるヴェサリウスのブリッジは緊張感に満ちていた。

 新星の英雄であるハイネ・ヴェステンフルス、ドクターとの異名を持つミハイル・コースト、女傑とも噂されるヒルダ・ハーケン。この三人だけでも荷が重いのに、モビルスーツ開発初期からのパイロットを務めて来たベテランであるレスト・レックスが放つ重圧はまだ新米の領域を脱していないアスラン・ザラには荷が勝ちすぎるものだった。

 

「――――以上が作戦の概要だ」

 

 常には無い緊張感を振り払うように艦長のフレデリック・アデスが戦術モニターを囲むように立つ歴戦の勇士達に圧されないように気を張る横で隊長であるラウ・ル・クルーゼが言った。

 

「もし、あれが足つきに補給を運ぶ艦ならば、このまま見逃すわけにはいかない。質問は?」

 

 地球軍艦艇に非情な殲滅宣言を告げながらもクルーゼの口元には何時も通りの薄らとした笑みが浮かんでいた。

 隊長の笑みを見ながらアスラン・ザラは胸の奥に降り積もる何かから目を逸らしながら口を開いた。

 

「仕掛けるんですか? しかし、我々には……」

「我々は軍人だ、アスラン。いくらラクス嬢捜索の任務があるとはいえな」

 

 クルーゼ隊に与えられた命令はユニウスセブンの追討慰霊団が行方を晦ましおり、同行していたラクス・クラインの捜索である。

 最高評議会議長の娘であり、プラントのアイドルであるラクスはアスランの婚約者でもある。ラクスの父であるシーゲルから与えられた直接の命令を一隊長に過ぎないクルーゼが独断で動くのは問題があるはずである。

 クルーゼの言うことにも一利ある。ザフトはあくまで軍人であって、障害となる足つきに補給しようとしている敵の艦艇を発見したのに見過ごすのはおかしい。

 生存が絶望視されているラクスの捜索を優先するか、将来の危機を事前に詰むために行動するか、ザフトに所属する軍人が取るべき行動は決まっている。アスランに抗弁できるだけの材料はなかった。

 俯いたアスランを見たクルーゼは全体を見て反論がないことを確認する。

 

「第一部隊の指揮はラコーニ隊長に、第二部隊の指揮はレスト殿にお願いします」

「俺が?」

 

 寝耳に水だとレストは僅かに眉を顰めた。

 アスランの父パトリックと同年代で目元に皺を刻んだ壮年の男レスト・レックス。眉目秀麗なことが多いコーディネイターにしてはナチュラルと左程変わらない容姿をしていることが逆に目立つ要因となるのは皮肉か。

 

「鉄人と呼ばれるあなた以外に彼らを纏められる者はおりますまい」

 

 薄らと笑うクルーゼに言われてレストは周囲の面々を見た。

 実戦経験のない新人は緊張して固まっている。片目に眼帯をつけた女は自分には関係ないとばかりに残った目を閉じている。冷たい目をした男は面倒事は御免だとばかりにそっぽを向いていて、一人だけニヤニヤと笑っている男は状況を楽しんでいるようだった。

 

「分かった。引き受けよう」

 

 少しばかり嘆息してレックスは損な役回りを引き受ける。

 彼の内心を推し量ることは誰にも出来ないが指揮を引き受けてくれたレストにクルーゼは頷きを返した。

 

「作戦は先に説明した通り。ザフトの未来の為、諸君らの働きに期待する」

 

 ザフト式の敬礼を交わし合って、解散する。

 全員が慌ただしく動き出した中でもっと次の行動に入るのが遅れたアスランもまた動き出した。ブリッジを出て、自機のイージスの調整をしようとモビルスーツデッキを目指す。

 若い顔に苦渋を滲ませるアスランの頭の中にあったのは作戦のことではなかった。

 

(ラクス……キラ……)

 

 アスランの頭を占めていたのは実戦の恐怖ではない。行方不明の婚約者とこれから戦うかもしれない親友のことで一杯だった。

 元から考え込み過ぎやすいアスランはドツボに嵌って前にいる人間が立ち止っていることにも気がついていない。

 

「おい、アスラン・ザラ。聞いてるのか?」

 

 男に声をかけられても、自分を自縄自縛しているような状態のアスランの耳には入って来ない。

 

「駄目だ。聞こえてないな。てりゃ」

「あ痛っ!?」

 

 若い身空で眉間に皺が刻み込まれそうな若者を救うために男はアスランのちょっと広い額に向かってでこピンをかました。全くの無防備に一撃を受けたアスランは額に走る激痛に驚いて無重力なので簡単にバランスを崩す。

 しかし、そこはアカデミーで首席を取って赤の制服を与えられたアスランである。崩れかけたバランスをすぐさま取り戻して、攻撃を受けた額が痛いのか手で擦りながら下手人を見る。

 一言文句を言ってやろうとしたアスランはその人物を見た瞬間、固まった。

 

「ヴェステンフルス先輩!?」 

 

 アスランの目の前で予想以上の反応に困惑しているのは、先のブリーフィングにも参加していたハイネ・ヴェステンフルスである。クルーゼ隊に配属になった時にミゲル・アイマンから嫌になるほど話を聞かされてきたトップエースのトップエースである。

 新星作戦で多大な戦果を上げたクルーゼにも並ぶパイロットを前にして、アスランは怒るよりも先にザフト式の敬礼をしていた。

 

「ハイネでいい。堅苦しいのはナシでいこうぜ」

「え……あ……」

 

 手を差しだしてくるハイネにアスランは困惑した。

 言わずと知れたトップエースがフランクに接してこられても、エリートの証である赤の制服を着ていようとも簡単に切り替えることは出来ない。

 

「ザフトには階級なんてないんだ。気楽にしろって」

 

 ハイネは困惑するアスランの手を自分から取って無理矢理に握手してしまう。

 相手からしっかりと握手の握りが返ってきたら満足して手を離す。人好きのする笑顔を浮かべるハイネを目を点にして見ていたアスランは満足そうな顔を見て思わず笑ってしまった。一連の流れで相手に不快感を与えないのはハイネの仁徳であろう。なんとなくミゲルがハイネに憧れたのが分かった気がしたアスランだった。

 笑ったアスランにハイネは顔を引き締めた。

 

「婚約者のラクス様のことが心配なのは分かるけど、俺達は軍人なんだ。軍の命令に従って敵を撃つのが仕事だ。この作戦が終わるまでは前だけを見て進め。じゃないとお前も死ぬぞ」

「…………はい」

 

 多くの実戦を潜り抜けて来た戦士の忠告にアスランは素直に頷いた。

 言われている通り、このような雑念ばかりでは如何に高性能機に乗っていようと敵にはフェイズシフト装甲を撃ち抜くビーム兵装がごろごろとしているのだ。油断は禁物である。

 

「ならいい。しかし、アスランはいいよな。奪取したっていってもシグー以上の高性能機を専用機にする許可が出たんだろ? 羨ましいぜ、このこの」

「そんな、専用機っていっても一番習熟しているだけで実力で選ばれたわけでは。ヴェステンフルス先輩が乗った方が」

「ハイネでいいって言ったろ? 良いじゃないか専用機。乗るに値する腕があるって認められた証なんだから素直に喜んどけ」

 

 近寄って胸を突いてくるハイネを避けながら言うと、腕を回してアスランの肩を掴みながら耳元で言った。

 

「外野が文句を言うなら実力で黙らして見せろ。期待してるからよ」

 

 自己評価の低いアスランはそれでも言い返しかけたが、その言葉が封じた。

 アスランとて男である。ハイネ程のトップエースに期待されて嬉しくないはずがない。

 

「はい。その期待に応えて見せます」

「いい返事だ。頑張ってくれ」

 

 上手く乗せられている気がしないでもないが掴まれていた肩を離し、言葉通りの気持ちを込めて軽く肩を叩かれてはやらないわけにもいかない。

 強く頷いてやる気を示すがハイネは何故かアスランではなくその後ろを見ていた。

 

「ザラ先輩!」

 

 甲高く、しかし聞き覚えのある声にアスランは咄嗟に誰の事を言っているのかと思いながら振り返った。そこにいたのはアスランより少し年下の赤服を着た少女がこちらへ向かって来ている。

 見覚えのある少女の姿に、アスランはしかし驚くことはない。先のブリーフィング以前に顔を合せているので今更驚くことはない。

 

「シホ」

「お久しぶりです。ザラ先輩」

 

 緩やかに笑うシホ・ハーネンフースにアスランは少し間だけ時間が巻き戻ったような気がした。まだ戦場を知らず、ヘリオポリスでキラに会う前のアカデミーにいた頃の記憶が脳裏を過ぎる。

 

「アスランお前、婚約者がいるのにシホちゃんと浮気か?」

 

 アスランの肩の上から顔を出したハイネはシホを興味津々な目で見る。

 シホとハイネは同じ技術試験小隊の一員なので、アスランが彼女と知り合いであることを邪推したようだった。どちらかといえば楽しんでいるようでもあったが。

 

「違います。アカデミーの後輩です」

「そうです。ハイネさんも変なことを言わないで下さい」

「つまんねぇの」

 

 トップエースでも男に顔を近づけられても嬉しくはない。ハイネの顔をどけながら変な認識を訂正する。

 勝手に浮気相手にされたシホは若干立腹しながらハイネに詰め寄り、トップエースをたじろがせる。如何にザフトのトップエースといえども女の子には勝てないらしい。

 ハイネをたじろがせたシホはアスランに向き直る。

 

「改めましてザラ先輩。アカデミーの卒業以来ですね」

「ああ、シホも卒業したって聞いてたけど赤服を着てるんだな」

「私も優秀ですから」

「よく知ってるよ」

 

 冗談を滲ませて胸を張るシホ。アカデミー時代から変わらない礼儀正しい後輩に表情を綻ばせるアスランは、彼女が好意を寄せていたイザークがこのことを知ればどう思うか少し考えて笑いの衝動が込み上げたが辛うじて表には出さなかった。

 

「シホちゃんは我が技術試験小隊の期待の新鋭。俺が育てたんだぜ。凄いだろ」

「私の指導係はヒルダさんです。ハイネさんに育てられた覚えはありません」

 

 つ~ん、と顔を逸らすシホに立てた親指を胸元に指していたハイネがガクリと肩を落とす。軽快に会話する様から普段の二人の様子が窺える。

 慣れているのか直ぐに復活したハイネがアスランを見る。

 

「取りあえず、シホちゃんは腕はあっても戦場に出るのは初めてなんだ。アスランも注意してやってくれ」

「分かりました」

 

 今度は真剣なハイネにアスランは深く頷いた。

 アスランでさえ実戦に出たのはほんの数週間前。数にして二度だけで、実質的に戦闘をしたのは一度だけだ。それもキラを説得する方に重点を置いていたので戦闘と呼べるかどうか怪しい。初実戦はキラのことを考えていて緊張しなかったが普通は危険なのだ。

 

「シホちゃんも俺達を存分に頼ってくれたらいい。なんていったって俺やドクターにヒルダ、超ベテランのレストのおっさんもいるんだから無理だけはするなよ」

「はい」

 

 レストと聞いてアスランはブリーフィングを黙って聞いていた髭面の壮年の男を思い出した。

 アカデミーの教科書に出て来た生き字引のような、どんな戦場からでも生きて帰って来る様から『鉄人』と呼ばれる男と同じ戦場に立つ高揚を感じていた。

 

「後、アスランにもザラ先輩じゃなくて名前で呼んでやれ。俺達ザフトのモビルスーツパイロットは戦場へ出ればみんな同じだろ? 赤服だろうが緑だろうが、命令通りにワーワー群れなきゃ戦えない地球軍のアホ共とは違う」

「分かりました。じゃあ、えとアスラン先輩で」

「それでいいかアスランも?」

「俺は構いませんが」

 

 どうにも師弟関係が出来ているシホとハイネの間には入りづらかったアスランは言われるがままに頷いた。

 

「何時までも廊下で屯していてもしょうがない。アスランのイージスでも見に行こうぜ」

「私も行きます。アスラン先輩の機体には興味ありますから」

「いいよな、アスラン?」

 

 言われてアスランは現在時刻と作戦開始までの時間を頭の中で計算し、少しの間なら時間があることを確認して頷いた。

 

「よし、善は急げだ」

「急ぎましょう」

 

 率先して動き出したハイネの後を追いながら表情を緩ませた。

 この時のアスランの頭からはラクスとキラのことは一時的にせよ、横に避けられていた。以外とアスランは単純な人間なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月を目指して宇宙空間を進むアークエンジェルに、吉報を齎す使者からの通話がされていた。

 

『本艦隊のランデブーポイントへの到達時間は予定通り。合流後、アークエンジェルは本艦隊指揮下に入り、第八艦隊との合流地点へ向かう。後僅かだ。無事の到達を祈る』

 

 マリュー達が所属する地球連合宇宙軍第八艦隊の先遣隊の長であるコープマンの言葉にブリッジの空気がそれと分かるほどに弛緩する。

 ヘリオポリスでザフトの攻撃を受けてから苦難の連続だった。生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も繰り返してきた末の救援である。多少の緩みは許容範囲内だった。艦長のマリューや厳しいナタルですらそのような気持ちなのだからブリッジ全体の空気が緩むのも致し方ない。

 

『大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力を尽くしてくれたことに礼を言いたい』

 

 通信相手のコープマンの隣に座る壮年の男にサイが含み笑いをした。

 軍艦にも関わらず軍服ではなくスーツを着ている男は避難民フレイ・アルスターの実父である。知り合いが神妙な顔でいれば慣れているマリューら軍人と違って民間人であるサイには奇妙な物に見えているのだろう。

 

『あーそれとそのー…救助した民間人名簿の中に我が娘、フレイ・アルスターの名があったことに驚き、喜んでいる。出来れば顔を見せてもらえるとありがたいのだが……』

 

 事務次官ほどの男がするには公私混同甚だしいが、気持ちが分からないでもない。ナタルは気に入らなそうだがマリューとしては好ましい提案である。私人としての気持ちとしては会わせてやりたいが軍人としては間違っているので沈黙するしかない。

 

『事務次官殿、合流すればすぐに会えます』

『娘がいるのだから顔だけでも見たいと思うのが親の心であって、一分一秒でも早く会いたいと思うのは間違っているのかね』

『ここは軍艦で、我らは軍人です。事務次官といえどもなにをしても許されるとは思わないで頂きたい』

 

 画面の向こうで喧嘩よりも大きな問題になりかけている二人にブリッジの誰もが口をポカンと開けていた。娘に甘い父親なのだと言いかけたサイですら同じ状態なのだから、皆がこうなるのも無理はない。

 言い合いを続けている映像を流しているのはマズいと向こうの通信士が判断したのか、映像は前触れもなく途切れた。

 

「大丈夫なんでしょうか?」

 

 ぽつりと漏らしたカズィの言葉にマリューどころかナタルですら不安を感じているのだから誰も答えられるはずもない。

 なんともいえない澱んだ空気を壊したのは、ブリッジにいながら双方向通信に移らないようにしていたプロフェッサーだった。

 

「誤算ね。まさかジョージ・アルスターが来るなんて」

 

 口の中で呟いたプロフェッサーは考えを纏めると艦長席に向かった。

 

「艦長、ちょっといいかしら?」

 

 また面倒事だと思いながらあまり時間がないことを知っている。プロフェッサーが自分の声に焦りが滲むのを抑えられなかった。

 

「どうされました?」

 

 何時も落ち着いた風情のプロフェッサーが焦りを滲ませていることにマリューは眉を僅かに顰めながら問い返した。

 

「私達はこの艦からラクス嬢を連れて直ぐに離れるわ」

「そうですか」

「ドクターとキラ君も連れて行くからよろしく」

「ちょっと待って下さい! いきなりなんですかそれは!」

 

 あっさりと言って離れて行こうとしたプロフェッサーをマリューは慌てて腕を掴んで引き止めた。進みかけたところを引き止められたので足が浮き上がったが、無重力生活が長いプロフェッサーは慣れた様子で着地する。

 急いでいたところなので迷惑そうにマリューを見る。

 

「何時でも離れていいとは言いましたけど急すぎます。事情を話して下さい」

「悠長にしている暇もないのだけれど」

「少し話すぐらいの時間はあるはずです」

 

 ない、ある、と不毛な言い合いをしている間に時間が過ぎていくことに二人は気付いていないのだろう。操舵席に座るノイマンやトールは我関せずの態勢に入っており、他の者達は二人の間に口を出せる勇気がいる者は殆どいない。となれば、副長のナタルに二人の仲裁というか間に入れという視線が集中するのは当然の流れであった。

 そこら中から視線を向けられたナタルは間を開けるように何時も被っている制帽の位置を直す。

 帽子を被り直しても空気が変わらないので深い深い溜息を漏らして、未だに不毛な言い争いをしている二人を止める為に立ち上がった。

 

「プロフェッサー、言い合う時間があるのなら話しをした方が賢明です」

 

 艦長席の横で言い争いを続ける二人に向けて言うと、ピタリと空気が固まった。

 凍ったわけではないのだが気持ち的に空気が固まるのはなにか悪い事をしてしまったような気がして、ナタルの背中は冷や汗で軍服の下に着ているシャツが張り付いていた。

 

(私はなにか間違ったことをしただろうか?)

 

 一向に動き出さない目前の二人にナタルの中で疑心が際限なく膨れ上がっていく。

 当のマリューとプロフェッサーは顔を見合わせていた。

 

「それもそうね」

「全く以てその通りよ」

 

 あっさりと不毛な争いを止める気になった二人にナタルは自分の額に青筋が浮かび上がるのをハッキリと感じた。もし手に何か持っていたら握りつぶしていたことだろう。幸いにもこの時は徒手であった。ナタルの席の近くに座るミリアリアやサイが恐れ慄いている時点で様子は察して知るべき。

 マリューとプロフェッサーは話し合いをする体勢に入っていて、ナタルはもう何も言う気がなくなって力なく自席に座り込む。その肩が深く落ちていて、当の二人がナタルをさっさと話を進めていることが特に哀れを誘った。

 

「アルスター事務次官がブルーコスモス!?」

「過激派ではないけどね」

 

 驚くマリューにはプロフェッサーの一言はフォローにはならない。

 ザワリとブリッジの空気が揺れた。

 

「穏健派ではあるけど彼は反コーディネイター運動を行っているわ。事務次官という立場を利用して連合各国にコーディネイターの排斥を呼びかけている。出会って直ぐに殺すなんてことはないと思うけど長居は無用でしょう?」

 

 プロフェッサーの皮肉な言いように誰にも何も言えるはずがなかった。

 ブリッジを見渡して周りの反応を確認したプロフェッサーは身を翻した。ブリッジから出て行く彼女を止められる者はいなかった。

 

「どうしようかしら、ナタル?」

「………………」

 

 呑気にマリューに聞かれてもナタルにだって直ぐには即答できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物資の運び出しも完了して落ち着いたモビルスーツデッキでは今日もまたロウの好奇心が爆発していた。

 

「基本的な性能はレッドフレームと変わらないな」

「グリーンフレームは私専用にチューンされているだけ。同じ実験機であるプロトシリーズに性能差があるわけない」

 

 アストレイ・グリーンフレームのコクピットから出てキャットウォークに立ちながら言うロウに、他人には無表情に見えるユイがテストパイロットとして関わって来た経験から告げる。

 アストレイシリーズの開発チームがいるアークエンジェルに乗っているだからとレッドフレームを持ち込んだロウは整備員に集られている愛機を見て首を傾げた。

 

「じゃあ、レッドフレームはなんなんだ?」

 

 グリーンフレームがユイの専用機であるならば他の機体は何の目的で作られたのかはレッドフレームに乗るロウの興味はそこにあった。

 

「ナチュラルが操縦することを前提に開発された検証機」

「そっか。だから、8の手助けがあったにしてもロウでも操縦できたんだ」

 

 ユイの素っ気ないとも思える対応にもロウらもだいぶ慣れて来たようで、樹里がロウと同じく感心した様子でレッドフレームを見た。

 続いてモビルスーツデッキに残る最後の一機ストライクに注目が集まる。

 

「ストライクは装備換装型だっけ?」

 

 ストライカーパックを付けていない素の状態のストライクを見遣った樹里は思い出すように唇に人差し指を当てる。

 武装だけに限定すれば肩の後ろにビームサーベルを装備しているアストレイ二機に比べれば、外見から見える武器のないストライクは貧弱に見えた。

 

「はい。エール・ソード・ランチャーの三種のストライカーパックを換装することで様々な距離に対応できる万能型のモビルスーツとして開発されています」

 

 ユイが言うようにストライクの真価はバックパックを換装できる点にあった。近・中・遠距離に対応したストライカーパックを装備すれば他のGにも勝るとも劣らない能力を発揮する。様々な状況にも対応できる強みがストライクにある。

 

「面白そうだな、装備換装って。レッドフレームも換装できるように改造するか」

 

 感心したようにストライクを見るロウの様子から構想を練っているのだなと樹里は思った。

 

「各ストライカーパックはそれぞれ戦い方も違いますからいいものじゃないです。始めてランチャーを使った時、どれだけの威力があるかも分からずに撃ってコロニーに穴を空けてしまいました」

 

 ロウにキラは体験談を交えて自虐した。

 シュミレータでどうにか扱えるようになるまで散々だったことと、ヘリオポリスでアグニを撃ってコロニー破壊に望まない一役を買ってしまったことを思い出して肩を落とした。

 気落ちしたキラにロウは笑いながら落ちた肩をバシバシと叩く。

 

「気にすんなってまでは言わねぇけど、あんま悩み過ぎると将来禿げんぞ」

「禿げません!」

 

 最近、悩み過ぎているのは本当なのでキラは咄嗟にロウの冗談を真に受けて頭に伸ばしかけた手を、もう片方の手で押さえつけながら叫んだ。

 手を抑えることに集中してしまった為、背後からニヤニヤと笑う樹里が近づき、キラの軍服の赤い襟に手を伸ばしていることに気がつかなかった。

 

「あ、こんなとこに抜け毛が」

 

 ここで頭を触るということは心当たりがあるということで、そんなことをすればロウにからかわれることはカトウゼミ時代の経験で学んでいる。しかし、意外な人物からの振りにキラは物の見事に引っかかって振り向いてしまった。

 

「え? 嘘!?」

 

 振り返ったキラの視線の先にはにやけ面の樹里。その手には抜け毛と思われる物はなく、担がれたことに遅まきながらも気がついた。

 

「…………抜け毛がある?」

 

 首をこてんと傾けてのまるで子供が気になったから聞いてみたような聞き方をしてくるユイに、キラは顔に血液が集中して熱が上がって見えなくても真っ赤になっているのが分かった。

 このユイ・アマカワという少女の感性といったものが見た目以上に幼いことはヘリオポリス崩壊から共に過ごしてキラも分かっていた。理解していても、ふとした一言は時に鋭利な刃物のようにキラの心に突き刺さる。

 

「うん。ロウの言う通り、キラ君て真面目過ぎ」

「生真面目つうか、絶対優等生タイプだろ。よく軍人なんてやってんな」

 

 頷き合うロウ達に笑われるよりも冷静に批評されて自分が悪い事をしたように思えてキラは身の置き所をなくした。なんとなく上げた手で頭を掻いて、そこでロウが「よく軍人なんてやってんな」と言ったことを思い出して口を開いた。

 

「待って下さい。僕は……」

「ロウ!」

 

 軍人じゃない、と言いかけたキラの言葉は上から降って来た女性の大きな声に掻き消されて消えた。

 四人が揃って視線を上げれば艦内廊下から、プロフェッサーが無重力空間を利用して白衣を揺らめかせながら一足でモビルスーツデッキに降りてきたところだった。

 キラは近づいて来るプロフェッサーを見ながら首を捻った。ミスズがいる士官室か、艦長らに用があってブリッジにいる以外は滅多に出歩かない彼女がモビルスーツデッキに来た理由が分からなかったのだ。仲間のロウや樹里に用があるのだろうが用件までは分からない。

 ユイは特に反応を示さない。彼女の様子は何時も通りなのでキラは気にしなかった。問題はプロフェッサーを見たロウと樹里が急に緊張した様子になったことだ。

 懐の深いロウが緊張したり焦る姿がキラの認識と上手く合致しなかった。

 

「直ぐに撤収よ」

 

 プロフェッサーはキラの疑問に答えるはずもなく、ロウと樹里を見て手短に用件を伝えた。

 しかし、言われた当のロウが眉を顰めた。用件は仲間である彼にしても予想外なようだった。

 

「随分と急な話だな」

 

 腕を組んだロウは静かな眼差しで樹里を見た。

 

「私、荷物を纏めて来る」

 

 視線を向けられた樹里は意図を察したのか、話をするのはロウに任せてその場を離れた。

 樹里が飛び上がって与えられた部屋に荷物を取りに行くのを見送って、ロウは視線をゆっくりとプロフェッサーに戻した。

 

「なにがあった?」

 

 ロウとプロフェッサーが放つのは部外者であるキラにはもう入れない空気だった。ユイと共に傍観者になるしかない。

 

「この艦の救援が来たわ。厄介なお客も連れて」

「厄介なお客だって? 誰だ?」

 

 左眼下の泣き黒子を触ったプロフェッサーの言葉にロウは傍目に分かるほど組んだ腕に力を込めた。

 

「大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスター。ブルーコスモスの一員よ」

「…………マジか」

 

 アルスターという名前にキラの脳裏にフレイの顔が思い浮かんだが、『ブルーコスモス』という単語が持つ強大な力に上から塗り潰された。

 組んでいた手を解いて天井を仰ぎながら言ったロウ以上にキラに走った衝撃は大きかった。

 『ブルーコスモス』とは、反プラント、反コーディネイター思想とその主義者の総称である。構成員の国籍、年齢、職業はさまざまであり、社会のあらゆる団体に存在し、各国の政財界や軍部にも根を張っている。過激派によるコーディネイターへのテロや迫害・危害は多い。コーディネイターとして生まれた者には一生関わり合いになりたくない集団でもある。

 キラもまた例外ではない。自分を脅かす集団として常に注意し、警戒してきた。

 

「本当なんですか? なにかの間違いじゃ」

 

 まさかこんな宇宙の真ん中でブルーコスモスと出会うはずがないという思いもあった。否定してほしい思いで縋るようにプロフェッサーに問いかける。だが、返ってきたのは無情な返答だった。

 

「残念ながら事実よ。ブリッジで通信しているのを見たし、アルスター外務次官がブルーコスモスの一員であることは間違いないわ」

「そんな……」

「不味いぞ。この艦には何人かコーディネイターがいる。鉢合わせなんて洒落になんねぇ」

「だから、私達はアークエンジェルを離れるわよ。キラ君も私達と来なさい」

 

 事態は既にキラの手を離れている。いや、最初から事態は何時もキラを置き去りにして進んでいる。どうしようもないタイミングになってから選択だけを強要されている。どちらを選んでも正しいか分からない選択を。

 ユイが見ている。何時もの感情を感じさせない瞳で。

 ロウが見ている。自分で決めろと求めて来る瞳で。

 プロフェッサーが見ている。選択を委ねている瞳で。

 

「僕は……」

 

 キラが選択を迫られるのはこれで何度目であっただろうか。友が乗る戦艦に残って天敵とも言える集団の一員と相見えるか、友を見捨てて自分の命を優先するか。当然、自分の命を優先するなら後者にするべきだ。だが、キラには選べない。

 3年前に別れた親友であるアスランの手を振り払ってまで守ろうとした友達を切り捨てられるはずがない。でも、誰もがキラに選択を望み続ける。

 この時もまたキラ・ヤマトは状況に流されようとしていた。

 

『総員第一戦闘配備! 繰り返す! 総員第一戦闘配備!』

 

 艦内全域に鳴り響く警報音と共に流れるアナウンス。

 

『モビルスーツ、モビルアーマーパイロットは至急、搭乗機へ!』

「行く」

「あっ!? 待って僕も」

 

 キラとユイと、ムウを指したアナウンスが流れた。

 アナウンスの全てが流れ終えるよりも早くユイが動き出し、吊られるようにキラも小さな少女の背中を追った。

 

「おい、キラ!?」

「行って下さい。僕は!」

 

 後に続く言葉なかった。ロウ達に背中を向けて、パイロットスーツに着替える為に艦内通路に入る。

 途中ですれ違った樹里が何かを言っていたがキラは気にしなかった。今は何も考えたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの救援として宇宙空間を進んでいた第八艦隊の先遣隊は突如としてザフトの強襲を受けていた。 

 

「モビルアーマーの発進を急がせい!」 

 

 先遣隊旗艦ネルソン級宇宙戦艦モントゴメリの艦長であるコープマン大佐は、ブリッジに鳴り響く警報音に負けじと声を張り上げる。

 

「ミサイル及び、アンチビーム爆雷全門装填!」

 

 隣に座る大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターが怯むほどに大声をがなり立てるコープマンの内心は焦りで一杯だった。

 

(このタイミングで攻撃を仕掛けてくるなど、まさか後をつけられたというのか?)

 

 アークエンジェルと後少しで合流してくる時になって接敵してきたザフト軍の行動に嫌な予感が止まらなかった。

 

「モビルアーマー各機、発進どうぞ!」

「アンチビーム爆雷発射!」

 

 急場の指示を出して思考を巡らすコープマンと、娘との感動の再会から一転して放り出された戦場に怯えを隠せないジョージという極端な二人を置いて環境は激化していく。

 

「接近する艦の熱紋照合…………ナスカ級ヴェサリウスです!」

「ヴェサリウス!? ラウ・ル・クルーゼの乗る船か」

 

 攻撃を仕掛けて来ようとしているザフト軍の艦がヴェサリウスだとオペレーターが艦長席に座るコープマンを振り返りながら叫ぶ。

 屈指の指揮官であり、同時に優れたパイロットとしても有名な男が乗るザフト軍で最も有名な艦が現れたことに、コープマンは艦長席のひざ掛けに乗せている拳を強く握り締めて歯を強く噛みしめた。

 世界樹攻防戦ではモビルスーツでモビルアーマー37機・戦艦6隻を撃破し、グリマルディ戦線では第三艦隊を壊滅させるなど、地球連合に多大な被害を与え続けた男である。自らの名が恐怖として広まっていることを利用するために自分が乗る艦には敵にも分かるように識別信号を送る男でもあった。そのような男が指揮官をしている艦の名は地球連合で恐怖の象徴である。

 

「一体どういうことだね! 何故今まで敵艦に気づかなかったのだ!」

「艦首下げ! ピッチ角30、左回頭仰角20!」

「うぉぉ!?」

 

 喚く隣席の男が煩わしくてコープマンは指示を出して艦を動かさせる。

 動く艦の慣性によってジョージの慌てふためく声を聞きながら目はただ前だけを向ける。

 

「ランデブーは中止だ! アークエンジェルへ反転離脱を打電!」

 

 指揮官としては知将と呼ばれるデュエイン・ハルバートンと比べれば凡俗でしかないコープマンに打てる手は少ない。勝てるとは言わない。アークエンジェルが逃げるまでの時間ぐらいは稼げる能力は自分にあるはずだとコープマンは願った。

 

「なんだと、それでは……」

 

 目の前の戦闘に全神経を集中したいのにジョージが文句をつけてくるのがコープマンの癪に障った。

 

「この状況で、何が出来るって言うんです?」

 

 事務次官という立場にいる男を邪険に出来ないのが軍人の辛い所だった。

 

「合流しなくてはここまで来た意味がないではないか!」

「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!」

「うぅっ…」

 

 ジョージの言うことは正論である。だが、喚く男の本音がアークエンジェルとG計画の産物よりも自分の娘にあると知っているコープマンの目には滑稽に映った。

 ジョージ・アルスターは第8艦隊の司令部よりも上から自身の立場を悪用して先遣隊に捻じ込んできた。娘の為に形振り構わないのは一人の人間の親としては美徳であっても、地球連合の中核を担う大西洋連邦事務次官としては失格である。コープマンは公私の区別をつけない隣の男のことがどうにも嫌いだった。

 

「熱源接近! モビルスーツ4!」

 

 何時までもジョージに関わってはいられない。コープマンは前を向いた。

 

「誰か事務次官を救命ポットで!」

「機種特定、ジンハイマニューバ3。それと待って下さい…………これは!」

 

 コープマンが叫び、残る一機の特定に手間取った観測班に務める軍人の一人が表示されたデータを前にして声に詰まった。

 

「イージス! X303イージスです!」

「なんだと!?」

 

 コープマンが信じられぬ報告に目を剥いたのと同時に、前面モニターに今まさにビームライフルを構えて撃つイージスの映像が映った。

 放たれたビームに集団を形成していたメビウスが散開するが行動が遅すぎる。強力なビームに貫かれて運の悪かった2機に命中した。機体が爆散し、宇宙の藻屑と消えていく光景をモントゴメリーのブリッジクルーは見させられた。

 

「奪われた味方機に墜とされる!? そんなふざけた話があるか!」

 

 ハルバートンが推進した地球連合の旗頭となるべきG計画。ザフトに奪われたという地球連合の希望たる新型モビルスーツの一機が、その性能を如何なく発揮して牙を剥いてくる現実を憤る。

 止まらない現実はコープマンに見えない刃を突き刺し続ける。

 

「ドックズ03から14、エッジ05と08が被撃墜! エッジ02が被弾、帰投します!」

「馬鹿な! まだ出たとこだぞ!」

 

 思わずといった様子で臆していたジョージが味方のあまりの呆気さに目を剥きながら叫んだ。その思いはコープマンも同じだった。たった、一合やり合っただけで発進したメビウスの三分の一が戦闘不能に陥ったなど信じられるはずもない。

 

「弾幕を張れ! メビウスは陣形を崩すな!」

 

 コープマンの叫びとは裏腹に、継続している戦闘は最早一方的だった。

 

「ドックズ06から09、12、15が被撃墜! ドッグス05が被弾! エッジ01、04が更に被撃墜!」

 

 加速度的に増していく自軍の被害。レーダーから自軍の存在を示すマーカーが蟻食い虫に食われたかのように次々と消えていくのに合わせるようにコープマンの顔色が悪くなっていく。

 

「機体性能が違うのだから個々で対応しようとするな! 数で押し切れ!」

 

 もはや数でどうにか出来る領域ではないと分かっていても、コープマンに出せる指示はありきたりな物でしかなかった。

 コープマンが指示を出した直後、ドレイク級バーナードの直上に移動したイージスがモビルアーマー形態になって手脚を広げ腹部に装備された580mm複列位相エネルギー砲スキュラを放った。

 現行のモビルスーツが放てる最高火力レベルのビームがアンチビーム爆雷によって減衰されながらもバーナードの船体を貫いた。ビームはブリッジを上から貫いて艦底を貫き、電気関係がショートしているのか宇宙空間に火花が散った後、バーナードは船体を爆散させた。

 ブリッジをバーナードの船体が爆発した閃光が照らし出す。

 

「護衛艦バーナード爆散!」

「ジンハイマニューバ1機がローへ向かっています!」

 

 オペレーター達が次々と裏返った声で報告する。

 光が収まったモニターの向こうでバーナードと同じく護衛艦であるローが一機のジンハイマニューバに接近を許し、あらん限りの弾幕を張って必死に抵抗しようとしているのが見えた。

 

「メビウス部隊は何をやっている!?」

 

 ドレイク級は小回りの利く130メートルという全長だが、MSの機動性の高さにはついてゆくことができない。艦に敵モビルスーツを近づかせない為にメビウスがいるのである。悠々と敵に接近されている現状にコープマンもまた裏返った声で叫んだ。

 

「半数が被撃墜か被弾で戦闘不能! 残ったメビウスが残り二機のジンハイマニューバと交戦中!」

 

 残ったメビウスは腕利きが乗っているか、連携を繰り返して良く戦っている。だが、その戦い方は敵を打倒するのではなく如何に墜とされないようにする機動であって現状を維持することしか出来ない。それにしても鑢にかけるように神経をすり減らしてようやく出来るのであって、集中力を切らした時が全滅する時であろう。

 

「悪夢だ」

 

 誰かがそのような言葉を呟いたのを耳にしてもコープマンに怒りは湧かなかった。彼もまた同じ気持ちだったからだ。

 

「イージス、最終防衛ラインを突破して本艦に接近して来ます!」 

 

 オペレータが上げた悲鳴のような声の直後、正面の艦橋窓に迎撃を掻い潜って来たイージスが肉薄する。

 

「――っ!」

 

 コープマンは近くから喉の奥で息が詰まるような音を聞いた気がした。もしかしたら自分の物だったかもしれない。

 イージスがビームライフルの銃口をブリッジに向ける。見えるはずもないのにコープマンは確かにビームライフルの銃口の向こうから今まさに発射されるビームの光を見た。だが、そのビームがモントゴメリのブリッジを貫くことはなかった。突然、横合いから閃光が走ってイージスのビームライフルの銃身を焼いた。

 イージスはまるで人間のように驚いてビームライフルを捨てて慌てて後退する。

 

「――――!?」 

 

 ブリッジの直ぐ外でビームライフルが爆発した遮光窓でも遮れない閃光がコープマンの目を曇らせる。

 数瞬の後に視界を取り戻したコープマンの目に映ったのは、赤い翼を背負って緑色のフレームの殆どを剥き出しにしたモビルスーツだった。数秒遅れてデータで見たことのあるトリコロールのモビルスーツが追従する。

 二機は一瞬たりとも留まることなく、緑色のフレームの機体はメビウスの相手をしているジンハイマニューバ二機の下へと圧倒的な加速で向かい、トリコロールの機体はビームライフルを失ったイージスへと向かって行く。

 

「アークエンジェルが!? アークエンジェルが戻ってきています!」

 

 オペレータの報告にモニター内の映像が動き、こちらに向かってくる白亜の戦艦アークエンジェルを捉える。

 

「来てくれたのか!」

 

 まだブリッジの入り口で士官と共にいたジョージが言うのを聞き取ったコープマンは、一度は失いかけた命を繋いだ喜びを横に置いて握った拳を肘掛けに叩きつけた。

 

「馬鹿な!」

 

 コープマンにはラウ・ル・クルーゼがこの程度で終わるはずがないという予感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロフェッサーが出て行って直ぐ、やはりブリッジの空気は良いものではなかった。

 

「レーダーに艦影3を捕捉、護衛艦、モントゴメリ・バーナード・ローです!」

 

 索敵班のロメロ・パルの笑み混じりの報告に、もう直ぐ第八艦隊先遣隊との待ちわびていた合流が間近であること伝える吉報がブリッジの空気を明るくする。

 

「やったー!」

 

 副操縦席に座るトール・ケーニヒがガッツボーズしても誰も批難しなかった。

 ブリッジにいる誰もがトールほどのリアクションは取らなかったといっても、マリューのように大きな安堵の息を吐いたり、今までの苦労を思い出しながら制帽を被り直すナタルなど、程度の差はあれど皆が喜んでいることに変わりない。

 喜びに沸き震えるブリッジの中でレーダーで接近する先遣隊を今か今かと見ていたパルは、レーダーパネルに不自然なノイズが走ったことに気がついた。

 

「ん?」

 

 アークエンジェルは処女航海を始める前に実戦に出てしまった新造戦艦である。システムの設置や調整は十分に行われているが実戦証明はされていなかった。ヘリオポリスからこっち実戦を重ねてきたが、新造されたばかりの物は今まで目立った不具合などは出ていないが何であっても不安が残る。

 このノイズに関してもパルが咄嗟に疑ったのはレーダー装置の異常だった。

 

「あ! これはっ!」

 

 調整をするがノイズは止まらない。それどころか更に酷くなっていくのを目にしてパルにもこのノイズが機械の異常でないことに思い至る。

 

「どうしたの?」

「ジャマーです! エリア一帯、干渉を受けてます」

 

 ようやく重荷を下ろせると完全に気の抜けたマリューの声に被せるようにパルの裏返った声がブリッジに響き渡り、先遣隊との合流を目の前にしてブリッジの空気が凍った。

 ジャマーとは妨害電波のことである。自然発生的にジャマーに似た現象が発生することもあるが、先遣隊を間近に控えたこのタイミングに起こる天文学的な確率を超えている。天文学的な確率でこのタイミングで発生するか、別の理由によって起こるか、どちらの方が可能性が高いかなど分かりきっている。

 

「前方にて、戦闘と思しき熱分布を検出! 先遣隊と思われます!」

「戦闘って…!?」

 

 軍人の誰もが頭に過った可能性を補強するようにチャンドラ二世の動揺しきった声に、完全に楽観モードに入っていた半分民間人のミリアリアなどは戦闘の恐怖を思い出して声が震えていた。

 誰かがコンソールで操作したのだろう。正面モニターに何倍にも拡大された映像が映し出される。

 まだ距離があるので拡大しても時折光るだけで戦闘を行っているようには見えない。だが、確かに映像の先では命のやり取りが行われているのだ。

 

「モントゴメリより入電! ランデブーは中止! アークエンジェルは直ちに反転離脱、とのことです」

 

 パルからの報告にマリューは即答しなかった。

 階級で言えばモントゴメリの艦長コープマンは大佐であり、マリューは大尉に過ぎない。本来ならばマリューは戦艦の艦長をやるには速すぎる階級であるが今は関係ない。問題は三階級も階級が下のマリューがコープマンの指示に従おうとしないことにあった。

 

「敵の戦力は?」

 

 軍では上からの命令は絶対である。従おうとしない艦長に痺れを切らしたナタルが叫ぶよりも早くマリューは淡々と返す。

 先遣隊が敵に見つかったというのに冷静というよりも冷淡な反応のマリューに気圧されたトノムラが慌ててセンサーを確認する。

 

「イエロー257、マーク40にナスカ級ヴェサリウス! 熱紋照合、ジンハイマニューバ3、それと、待って下さい。これは、イージス!? X-303、イージスです!」

「イージスだと!?」

「では、あのナスカ級だと言うの?」

 

 バスター・ブリッツ・デュエルの三機がいないのが気になるところではあるがナスカ級がいることから間違いないだろうと、マリューは瞼を閉じてヘリオポリス脱出からアルテミス要塞到達までに戦ってきた敵の母艦を思い描く。

 ラウ・ル・クルーゼ。ザフトきっての名将にして優れたパイロットが指揮官を務める存在だけで地球連合を恐怖に貶める艦とニ度も相見えるようになるとは想像もしていなかった。

 

「艦長!」

 

 判断を決めかねているマリューを見かねたナタルが今度こそ叫ぶ。

 

「でも、あの船にはフレイのお父さんが」

 

 サイが弱気を覗かせながらもナタルの近くの席から意見を出した。

 特段、押しの強いわけではないサイがこれほどの緊迫した場で口を挟むのは知り合いが先遣隊にいるからか、婚約者の父親を死なせたくないという思いからかは本人にしか分からない。

 ナタルの意見、サイの気持ちを斟酌したマリューは閉じていた瞼を開いて振り返った。

 

「フラガ大尉は?」

「仮眠中です」

「呼び出して」

 

 言われたパルは怪訝な顔をしながらも「了解」と頷いて通信を繋いだ。

 パルが通信を繋いでいる間にマリューはインカムを耳につける。これがあれば二人の会話は外に漏れない。

 通信は直ぐに繋がった。

 

『どうした艦長?』

 

 仮眠中なのに起きていたのか、それとも寝起きがいいのか。益体もつかないことを考えながらマリューは寝起きを感じさせないハッキリとした問いをしてくれるムウに切り込む。

 

「先遣隊がザフトに襲われています」

 

 通信の向こうで黙り込んだムウにマリューは浅く息を吸い込む。

 

「敵艦はナスカ級ヴェサリウス。モビルスーツはジンハイマニューバ3機とイージスです」

『そりゃあ、また豪勢なこって。クルーゼはなんとしても俺達を倒したいらしい』

 

 動揺したかもしれないが最初の沈黙以外だけで軽い言葉尻には余裕すらも滲ませる男をマリューは頼もしいと思う。現在のエースはユイであるが戦闘部隊の主軸は間違いなくムウ・ラ・フラガである。

 本人はあまり好きではないらしいがエンデュミオンの鷹の異名に偽りはない。ようやくモビルスーツパイロットらしくなってきたキラや意欲の薄いユイではリーダーを任せるには不安が大きすぎるというのもあるが。

 

「単刀直入に聞きます。戦闘部隊でこの4機のモビルスーツに勝てますか?」

 

 CICからギョッと驚く反応が雰囲気で伝わって来たのをマリューは黙殺した。ナタルやブリッジの空気が俄かに強張り始めたのもまた同じく知らない振りをする。

 

『勝てる。イージスをキラが、ジンハイマニューバ3機なら俺と嬢ちゃんで倒せる。だがな』

「伏兵がいる可能性があると?」

 

 自信を以て断定できる味方の戦力を頼もしいと感じながら、伏兵の可能性は頭の隅で考えていたことなのでマリューも驚きはしなかった。撤退を暗に提案しているナタルもそのことを考え、敢えてリスクを冒すことを避けて安全策を取ろうとしている。甘ちゃんの自覚があるマリューに危機に陥っている味方を見捨てられるはずがない。

 

『ああ、クルーゼの奴ならやる。それに』

「それに?」

『いや、なんでもない。どうも変な感覚がするのは気のせいだろ。で、どうするんだ?』

 

 ムウが言葉に出来ずに言い淀んだ何かが気にはなっても問い返しはしなかった。もし、この戦いにおいてマリューの失策を挙げるとすれば、この時にムウに問い返さなかった。その一つに尽きる。

 

「今から反転しても、逃げ切れるという保証もないわ。…………総員第一戦闘配備! アークエンジェルは先遣隊援護に向かいます!」

 

 この時はマリューは自分の判断が間違いだとは思わなかった。ただ、背後から漂ってくるナタルのオーラに負けまいと前を向き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エールストライカーを上回る推力を持つ『ジェットストライカー』を装備したアストレイ・グリーンフレームを操るユイは、予想以上のパワーに無表情の外面からは分からないが不満を感じていた。

 

「推力が強すぎる。小回りも利かず、設定も雑すぎ」

 

 シールドで前面を守りながら今にも一機のメビウスを仕留めようとしていたジンハイマニューバを後退させる。

 ユイが不満も露わにしているのは始めて装備する『ジェットストライカー』にあった。

 連合のストライカーパックを研究して実用性を置いてそれ以上の能力を求めて開発されたオーブ製のストライカーパック。その一つであるジェットストライカーは島国であるオーブ本国での本土防衛用に作られた大気圏内用の高機動空戦型ストライカーパックである。

 エールストライカーの以上の推進力を持ち、エールストライカー以上の飛行能力を持つ。ここまでならば利点に感じられるが元より設計図・データ段階のエールストライカーを上回る為に考案された急造作である。

 4基の高出力スラスターを持つエールストライカーを上回る為にスラスターを6基に増やし、整合性を取る為に設計を弄っている。スラスターを増やせば、より大きな推力を得るのは当たり前で、根本的にはなにも解決していない。

 推力はエールストライカーを上回っているがその分だけエネルギー消耗も激しく、推力に振り回されて細かい動作もし辛い。欠陥品とまでは言わなくても完成品とは口が裂けては言えないストライカーパックであった。

 だが、こと目的地に急いでいる時と奇襲においてはこれほど重宝するパックはない。ジンハイマニューバは現れたグリーンフレームに対して驚いているのか退避動作に隙があった。ユイは間髪も入れずに攻撃を加えようとした。

 

「連発も出来ない。威力はあるけど実戦では使えない」

 

 エネルギーが溜まっていないライフルでは撃つことが出来ず、残った遠距離攻撃手段が頭部バルカンのイーゲルシュテルンしか残っていないことに舌打ちしたい気持ちを抑える。

 

「実験作ならこんなもの」

 

 と、自分を戒めるように呟く。

 ジェットストライカーとグリーンフレームが今持つ強化ビームライフルはミスズ・アマカワが機体の開発と同時に、データ段階にあるG計画の技術を改良したものである。

 連合のG計画に関わりながらオーブ製の機体開発もしなければならなかったミスズの苦労は身近にいて知っているからこそ、実戦で試すような羽目に陥ろうとも引きはしない。

 

「ようは使う私自身」

 

 コクピットに警報音が鳴り響く。グリーンフレームがビームライフルを構えても撃たないことに気づいたジンハイマニューバが反撃に出たのだ。

 試製27mm機甲突撃銃。ジンの持つ重突撃機銃をベースに改良したハイマニューバの専用装備の銃弾をジェットストライカーの推進力で躱す。その回避動作が連動してもう一機のジンハイマニューバが背後に回り込もうとしたのも回避し、ユイはモニターで辺りを見渡した。

 

「下がってくれた」

 

 ジェットストライカーの推進力もあって一瞬で前後左右が変わる状況の中で、ユイが艦の護衛に下がらせたから周囲にメビウスの機影は無くなっていた。

 見る限り、ジンハイマニューバ二機に損傷は見受けられない、知将と名高いハルバートン旗下の部隊であってもモビルスーツが跋扈する戦場においてメビウスは時代遅れの兵器なのかもしれない。

 ピーピーと音がコクピットに響く。強化ビームライフルのエネルギーが充電され、銃身の冷却が完了した音だった。

 加速で圧倒的に上回るグリーンフレームを駆使してジンハイマニューバ二機と機動戦を繰り広げていたユイは、ターゲットスコープを取り出すことなく引き金に手をかけた。

 

「狙い撃つ」

 

 目視だけで狙って当たるはずがない。他人が見ればユイの頭の中身を確かめたくなる言葉と共に放たれた、通常のビームライフルの三倍の威力が込められたビームが回避動作に入ろうとした一機のジンハイマニューバに命中して、宇宙に爆発の花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 ローに襲い掛かっているジンハイマニューバに強襲を仕掛けたメビウス・ゼロのパイロットであるムウ・ラ・フラガは、モニターの端に映った豆粒ほどの爆発を見てパイロットスーツのヘルメットの中で口笛を吹いた。

 

「流石、お嬢ちゃん。でも、子供だけに任せてちゃ、大人失格でしょ。俺だってな!」

 

 爆発に意識を割いたのはコンマ数秒のみ。直ぐに意識を目の前でターゲットロックされないように機体を左右にジンハイマニューバに戻し、メビウス・ゼロの真骨頂であるガンバレルを切り離した。

 空間認識力を持つ極限られた人間にしか使えないガンバレルを巧みに操り、ジンハイマニューバを追い込む。

 敵もさることながら。四基のガンバレルの攻撃に晒されながらも、回避動作の合間に振り返りながら試製27mm機甲突撃銃を撃ってくる。

 

「やる!」

 

 銃弾を回避しながらムウは敵を称賛した。

 攻撃を続けるガンバレルではなく、躊躇うことなく本体を狙ってきた敵パイロットの挙動と攻撃の精度の高さに舌を巻く。

 性能の高さもあるのだろうがパイロットが機体を十分に扱えていることが先の攻撃だけで分かった。最低でも新兵ではない。先の判断力は実戦でしかな身につかないものだ。どんな天才でも机上の上だけで理解できるものではない。

 優れたパイロットが操るジンハイマニューバが相手であろうとも負けるつもりはなかった。

 ヘリオポリスでクルーゼが乗っていたシグーに墜とされたとはいえ、目の前の相手はパイロットの腕も機体も劣っている。この相手に負けていて宿敵という言葉が似合うクルーゼに勝てるはずもない。

 

「出来るパイロットってのは分かったがクルーゼ以上じゃなけりゃな!」

 

 ガンバレルを一旦戻してメビウス・ゼロの性能限界に挑むかのように旋回を行ない、軋むコクピットの中でムウは吠えた。

 4基のガンバレルを本体と接続すればジンハイマニューバ相手であろうともスピードで負けることはない。なによりも敵のモビルスーツはグリマルディ戦線でクルーゼが乗っていた同型機。年月の経過から性能が上がっているかもしれないがパイロットの腕はクルーゼの方が圧倒的に上。

 

「お前に負けたら腕が落ちていることになっちまう。ここで墜ちてくれよ。クルーゼとやる前に負けたらシャレにならないからな!」

 

 互いに相手の後ろを取ろうと大昔の戦闘機の戦いのようなドックファイトをしながらムウは再びガンバレルを切り離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 味方が一機が堕とされたのは、ビームライフルを失って遠距離攻撃に乏しい状況でストライクに近づこうとするイージスからでも見えた。

 

「メスタ先輩!?」

 

 アカデミーで一期上の優れたパイロットであるメスタ機のシグナルが消えたのを確認してしまったアスランの意識が一瞬飛んだ。

 面倒見が良くてアカデミー時代に優秀ながらも問題児だったアスラン達を見守ってくれた先輩の一人がこうも呆気なく死んだ。数時間前に久しぶりの再会に会話の花を咲かしたばかりの人を二度と見ることがない喪失感は、ミゲルから始まって何人も続いているが慣れるものではなかった。

 

「――っ!?」

 

 自失は一瞬。意識が一瞬飛んだ隙はモビルスーツの硬直となって現れ、敵であるストライクは躊躇なく攻撃してくる。

 掲げられたビームライフルに気づいて慌てて回避動作に入った。

 イージスが先程までいた場所にビームの閃光が通り過ぎるのを確認してしまったアスランは背筋に走る悪寒を止めることが出来なかった。

 

「キラ!」

 

 後少しで死にかけた恐怖を振り払うように機体を直進させ、声の限りにストライクに乗っている友の名を叫んだ。

 しかし、ストライクはアスランの思惑など知らぬと言わんばかりに機体を後退させる。

 エースストライカーを装備しているストライクの機動性はG5機の中でも飛び抜けている。モビルアーマー状態の両手脚を進行方向に伸ばした巡航形態ならばともかく、モビルスーツ形態のイージスではとても追いつけない。

 遮二無二にストライクを追いかけるイージスに向けて、またもやビームライフルの閃光が迸る。

 

「くっ」

 

 頭に上った熱を冷やせと言わんばかりの一撃を慌てて避けて、体勢を整える。

 

「焦るな。焦ったって何もなりはしない」

 

 今の自分は頭に血が上っていて冷静な思考と判断が出来ないと判断したためだ。だからといってストライクの挙動から集中を外すことなく、機体自体は動かしながらヘルメットの中で大きく深呼吸を行なった。

 不可解なことにストライクは攻撃を仕掛けて来ない。

 ビームライフルを掲げて一定の距離を保ったまま、イージスとは別の軌道を描きながら滞留している。

 イージスは地球連合が開発したのだから詳細なスペックや武装は周知のはず。ビームライフルを失ったイージスに残された遠距離攻撃武装はモビルアーマー形態になってのスキュラか頭部バルカンのイーゲルシュテルンのみ。

 接近を許さないように一定の距離を保ったまま攻撃を仕掛け続けるなら分かるが、一向に仕掛けて来ないストライクの挙動はおかしすぎた。

 

「まさか時間稼ぎか? 撃墜、または捕獲の為に」

 

 考えられるのは味方に他の敵を撃破してもらい、イージスを仲間と共に相手にすることだ。

 元は地球連合が作り上げた機体だ。敵の戦力はストライクとGもどき、ザフトのモビルスーツと互角に戦うことの出来るメビウス・ゼロの三機。既に一機が墜とされ、数の上では互角。どちらかが先に一機を墜としたら決着は早くつくだろう。そしてその敗北の可能性が高いのは自分達であろうという予想がアスランについてしまった。

 

「作戦の都合上、向こうが時間稼ぎをしてくれるなら都合がいい。だが……」

 

 その場合、自分以外の仲間が死ぬことになる。アスランが我慢できるはずがない。

 

「出来るはずがないだろう!」

 

 敵として向かい合っているのに攻撃をしない奇妙な均衡を打ち破るように、アスランはイージスをストライクに向けて直進させた。

 無防備にも両手を広げて直進してくるイージスにストライクが戸惑うように機体を揺らした。機体を左右に揺らすことなく真っ直ぐ向かってくるイージスに向かって撃つのを躊躇うストライクを見てアスランは笑みを浮かべた。

 

「キラ!」

 

 ビームライフルを撃たずに下がろうとしたストライクよりも早く、バーニアを全開に吹かして掴みかかる。

 

「何故、戦う? 僕達は仲間だろ! 同じコーディネイターじゃないか!」

『僕は戦いたくなんてないのに…………ザフトがヘリオポリスに攻めてなんてくるから!』

 

 ビームライフルを抑え、シールドで弾こうとするストライクに接触回線を開いて言うと泣きそうなキラの声がコクピットに木霊した。

 拘束を逃れようとする腕を動かすストライクの動きがまるでキラが泣いて暴れているような動作に重なる。先の戦いでの言葉からキラが軍人ではなくなんらかの理由で工廠に紛れ込んだ一般人であることを察しているアスランに抗弁できる言葉は無かった。

 地球連合が悪いから、協力したオーブが悪いから、と抗弁しようとも一般人であるキラ達からすれば、ヘリオポリスを襲ったアスランのいるザフトは破壊者でしかない。

 

『もう僕達のことは放っておいてくれ!』

 

 今のキラを苦しめているのはアスラン自身であることを悟ってしまったが故に心に矢のような物が刺さり、棘となってアスランを苛む。

 キラから拒絶されたショックが操縦桿を握る手の力を緩ませた直後、衝撃がコクピットを揺るがした。

 

「――ぐわっ!」

 

 一瞬何が起こったのか分からずに混乱する。

 後方に流れて行く機体を立て直すとストライクが蹴りを放った姿勢から足を下ろすところだった。蹴りを放つことでイージスを振り解いたらしい。

 明確なキラの拒絶の行動を受けようともアスランの腹積もりは既に決まっていた。

 

「それでも俺は泣いている友達を放ってはおけない!」

 

 自分が親友を苦しめていると分かっていても、アスラン・ザラは今のキラを放っておくことは出来ない。

 昔と同じように傍にいて優しく笑っていてほしかった。三年前のように穏やかな日常に帰りたかった。胸が焦がれるような欲求を諦めるつもりはない。

 イージスを再び直進させ、ストライクを補足しようとバーニアを吹かす。

 今度は心づもりを決めたキラも躊躇ずにビームライフルを撃ってきた。真っ直ぐ進めば直撃するビームを、機体を操作して躱しながら進み続ける。

 一射、二射、三射、と後退しながら撃たれるビームを果敢に突き進みながら避けるイージス。だが、動きの華麗さとは違ってイージスを操るアスランにあったのは戦慄だった。

 

「前に戦った時よりも動きも狙いも良くなっている。この短期間でモビルスーツの戦い方を習得したのか。相変わらずの天才肌め!」

 

 思わず叫んでしまいたくなるほど、ストライクの挙動はアスランの目から見ても上等な物だった。

 キラはコーディネイターの目から見ても異常と思えるほどの能力の持ち主だった。本人はその能力を疎み、周りには必死に抑えた能力だけを見せていたが親友で長い時間を一緒に過ごしたアスランにはお見通しで、その潜在能力は遂に計れることはなかった。

 モビルスーツの扱いも戦い方もキラならば出来ても仕方がないと諦めさせる天才性があった。プラントのコーディネイターが努力した時間の半分以下で成し遂げてしまう異常は身近にいたからこそ、アスランは天才の一言で片づけてしまうところがあった。

 

「お前を捕まえる! だから!」

 

 回避を優先していたら今のキラを捕まえることは出来ない。覚悟を決めたアスランは被弾を覚悟でストライクに向かった。

 だが、アスランの望みは果たされない。横合いから極大なビームがイージスを襲った。

 

「うぐっ!?」

 

 偶然にもシールドに着弾したビームは衝撃だけで機体を揺るがした。完全に無警戒の方向からの一撃にアスランの口から息が漏れた。

 直進コースを外された機体を立て直しながらモニターを見ると、そこにはアストレイ・グリーンフレームがいた。こちらに向かってくる。戦っていたジンハイマニューバの識別信号が消えている。それが示す物はただ一つ。

 

「アニュー先輩が墜とされたのか!?」

 

 侮っていたつもりはなかったがアスランの想定以上にグリーンフレームのパイロットの腕は優れているようだった。

 ストライクと向かってくるグリーンフレームに意識を割いたアスランの目に、残っていた識別信号が消えた。

 

「ラコーニ隊長も!?」

 

 ハッとしてモニターを動かせば一基のガンバレルを失ったメビウス・ゼロが向かってくるところだった。

 

「残ったのは俺だけか」

 

 三機に包囲されたイージスのコクピットでアスランは生き残ってしまった罪悪感に苛まれた。そして同時に気づく。

 

「時間は過ぎた。作戦の第二フェーズが始まる」

 

 目の前で突如としてグリーンフレームが大きなバーニアの光を輝かせて反転離脱する。遅れてメビウス・ゼロが続き、ストライクは戸惑うようにイージスにビームライフルを向けていた。

 これからが本当の戦いの始まりだった。

 

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