シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第11話 傷だらけの天使

 

 捕虜。武力紛争において敵の権力内に陥った者を指す。

 捕虜は、それを勢力下に入れた勢力によって随意に扱いを受け、奴隷にされたり殺されたりした。一方、能力を認められた者は厚遇して迎え入れられることもある。中世ヨーロッパでは相手国や領主に対し捕虜と引き換えに身代金を要求する事が良く行われた。

 捕虜に対して安易に虐待や殺害を行うことは、敵兵に投降の選択を失わせ戦意を向上させてしまう恐れもあることから、その意味でも捕虜に対して相応の扱いをする例はあった。

 近代の国際法では、捕虜に対して危害を加えることは戦争犯罪とされるに至ったが、捕虜を虐殺する事件も決して少なくない。捕虜を保護し、それを知らしめる事により早期の降伏を促す事のメリットはあるが、現実には捕虜を適正に扱うにも食糧や医薬品の提供などの負担が必要であり、補給の途絶や不足が生じた場合にはその余裕がなくなる。よって捕虜の虐待は、そういった余裕の無い場合に頻発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープ連合首長国所有の資源衛星コロニーであるヘリオポリスがザフトの襲撃によって崩壊してから一週間弱。崩壊したコロニーから射出された救命ポットが回収され、本国にまで輸送されるには十分な時間だった。

 宇宙から降りて来たシャトルから降りて来た避難民と化したヘリオポリスの住民の中に金髪の少女がいた。

 船からぞろぞろと出て行く他の多くの避難民の最後に故郷の土を踏んだ少女は肺一杯に息を吸い込む。

 

「やはりここの空気が私に合う」

 

 宇宙から地球に降り、経緯はどうあれど初めての一人旅からオーブの本島であるヤラファス島に足を下ろした少女は、戻って来た故郷に安堵の息を漏らした。

 シェルターの薄い壁の向こう側にあった真空の世界は人が生身で生きていけるものではない。自他共に認められるほど気が強い少女にとってもコロニーが崩壊する現場にいたのだから、シェルターの中にいても緊張は拭えなかったらしい。こうして故郷の土を踏んで肩から力が抜けて始めて、本人が気づかないレベルで緊張の糸が張りつめていたことを自覚する。

 

「カガリ様!」

 

 キラ・ヤマトにシェルターに押し込まれたまま避難民の中に紛れ込んでしまった金髪の少女は、己の名前を呼ばれて空気をより感じる為に自然と閉じていた瞳を開いた。思いの外、感慨に耽っている時間が長かったのか周りには誰もいない。

 

「キサカ」

 

 駆け寄って来る男は自身の世話役とも言うべきオーブの軍人レドニル・キサカであった。故郷の空気と慣れ親しんだ男の顔がより帰って来たと実感させる。

 キサカは一直線に走り寄るとカガリと呼ばれた少女の全身を見る。

 

「ご無事ですか」

「お前には私が怪我なんてしているように見えるのか? こらそんなところを触るな!」

 

 カガリはキサカが言いながら触って来るのを擽ったく思いながら、女としては男に触れてほしくない場所まで怪我がないことを確認するために手を伸ばしてくるのを阻止する。

 手足や頭を触って怪我の有無を確認し、顔を紅くするカガリに強がりはないと長い付き合いから判断したキサカは安堵の息を漏らした。

 

「本当に怪我はないようですね。心配したのですよ」

「うっ、悪い」

「悪いと思うなら此度のような無茶な行動は止めて頂きたいものです。今回の件でどれほど心配したことか」

 

 心配をかけたことは素直に悪いと思っているカガリであったが自分の気性を良く理解しているので、キサカの軽挙妄動を慎むようにと言われても簡単に頷けなかった。

 

「次は気をつける」

「しない、とは言わないのですか?」

「…………確約出来ないことは言わない主義なんだ」

「貴女というお人は。言動を行動に移せるのは美徳ですが軽挙妄動になってはまたユウナ様に笑われてしまいますよ」

「あいつは笑わないさ。昔ので懲りてるからな」

 

 幼き頃を良く知るユウナ・ロマ・セイラン曰く、「カガリって猪突猛進の猪みたいだね」と言われて怒りのままに叩きのめしたことがある。いくらユウナが文系のもやしっ子だとしても4歳年上の従兄を叩きのめしてしまったことが、考えるよりも脊髄反射で動いてしまうカガリの性格を現していた。

 真実を確かめる為だと言って国の要人にも関わらず、たった一人で国外どころか地球を飛び出して行ってしまった行動力は瞠目に値する。

 呆れ果てたと言わんばかりの溜息にキサカを直視できず、気まずさから顔を逸らしたカガリの視線の先には船から降りた避難民が歩く姿が映った。

 

「彼らはどうなるんだ? 行政府の対応はどうなっている」

 

 趨勢が悪いので話を変えるわけではないが一週間弱の時を共に過ごした者もいて今後が気になる。

 住む場所を失い、仕事すらも失った彼らが不安に打ち振るえている姿を見もした。実権はなくとも口を出すぐらいのことは出来る立場であれば言いたくもなる。今度のことで行政府が何もしなければカガリは立場を利用して動く気満々だった。

 真摯に見上げて来るカガリの熱意に、キサカは目尻を緩ませながらゆっくりと口を開いた。

 

「彼らのことは心配いりません。行政府が既に動いています」

 

 ほら、と促されてカガリがキサカから視線を避難民に移せば、行政府の人間らしいスーツを着た集団が近寄っていくところだった。

 

「ならいい。これ以上、彼らが政治の犠牲にならないのなら」

 

 発した言葉に皮肉が混じってしまうのは信頼していた父親が裏切りをしたと思うからか。避難民達がスーツの集団に連れられて移動するのを見ながら、カガリは自分の父親の裏切りによって彼らがこれ以上苦しまずに暮らせることを切に願った。

 

「キサカ、お父様はどこにいる? 行政府か?」

「…………何か御用でも?」

「今回の件で言わなければならないことがあるからだ。お父様に正面きって文句を言えるのは私だけだからな」

 

 そしてカガリは問わねばならなかった。ヘリオポリス崩壊の引き金を引いた地球連合の新型機動兵器開発の片棒を担いだかどうか。知らなくても避難民の気持ちを考えれば許せない事であり、良くも悪くも真っ直ぐなカガリは許せないと考える。

 真意を確かめるようにカガリを見つめたキサカだったが決して曲げる気のない熱意に折れるように先に目を逸らした。

 

「今はご自宅におられます。勘違いするな。これには理由がある」

 

 話している途中で、「この事態に呑気に家にいるなどと!」と激昂しかけたカガリを諌めながら少しは考えて行動するようになったと感動していた気持ちを返してほしいと、内心で嘆きながら今にも走り出しそうなじゃじゃ馬を止める。

 つい、言葉遣いが幼い頃に世話役をやっていた頃に戻ってしまったことに気づいて咳払いをしつつ、納得していないカガリに直球で爆弾を放った。

 

「今回の責任を取ってウズミ様は代表首長の座をホムラ様にお譲りになられました」

「何!?」

「事実です。現在はご自宅で謹慎されています」

 

 よほど予想外の返答だったのか驚愕を現したまま固まってしまったカガリに、しかしキサカはそれ以上は何も言えなかった。

 ウズミが娘を厳しく躾けながらも溺愛をしているのは二人を間近で見てきたキサカには当たり前のことで、父親が代表首長の座を降りたと聞いてショックを受けても仕方ないと思える。

 

「帰る」

 

 なんと言ったらいいものかと思案していたキサカの目の前でカガリが踵を返した。

 引き止める間もなくスタスタと歩くカガリを慌てて追いかける。

 

「家にいるなら都合がいい。待っていろ、お父様」

 

 この後、家に帰ったカガリは父に「世界を知らない」と言われてまた家を飛び出すことをキサカは知らなかった。自身が同行することもまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴットフリート1番、照準合わせ、てぇ!」

 

 戦闘部隊が迷いなく発進したことでナタルの迷いも吹っ切れたようで、溜まった鬱憤を晴らすかのように指示を出していた。

 主砲が火を吹き、高エネルギー収束火線は直進してモントゴメリに攻撃を加えているヴェサリウスの動きを掣肘する。

 アークエンジェルとモントゴメリの同時攻撃をされることを嫌ったヴェサリウスが後退する。損傷著しいモントゴメリは無謀に攻撃を仕掛けることはせず、大人しく安全圏へと下がった。

 

「グリーンフレームが一機撃墜しました!」

 

 幸先の良い報告に引き締めていたマリューの表情が若干緩む。それも一瞬。厳しく見つめる先にあるものは敵か味方か。

 状況は良い方向に進んでいるが油断は出来ない。敵は歴戦の将であるラウ・ル・クルーゼである。油断など出来るはずもない。そのことは実際に戦ったブリッジクルーの誰もが知っている。だから、目の前の戦いに神経を集中させているブリッジのドアが静かに開いたことに誰も気がつかなかった。

 

「パパ……パパの船は?」

 

 ブリッジに入ってきたのはフレイ・アルスターであった。

 先遣隊に父がいると聞いて、もう少しで合流という最中で戦闘になったことで少しでも状況を知りたいとやってきたのだ。しかし、意気込みとは裏腹にスクリーンに映る戦闘に瞬く間に顔を青くして怖気づいた。

 

「フレイ!?」

 

 フレイの存在に真っ先に気づいた席の前を横切られたカズィだった。

 軍に協力してくれているカトウラボの学生とは違って小さな仕事を手伝っているだけで完全な民間人であるフレイの登場は、自分の判断で艦を戦闘に参加させているプレッシャーを抱えているマリューの癪に障った。

 

「今は戦闘中です! 非戦闘員はブリッジを出て!」

「パパの船はどれなの? どうなってるのよ!」

 

 マリューは己の叱責に気づいた様子のない少女の気持ちを理解しながらも、戦闘が行われているモニターに釘付けになっているフレイを再度叱りつけようと息を吸い込んだ。

 戦闘中の艦長の余裕のなさを知っているサイは身近な少女の暴走に混乱しながらも、本格的に激発する前に耳につけていたインカムを取り外しながら無重力を活かして飛び上がった。

 

「フレイ!」

 

 父が近くにいるとすればこうなってしまっても仕方ないと思えども、今は大事な時であると短い時間ながらも戦いをやっていて知っているサイは婚約者を羽交い絞めにする。

 

「何よ! 離して!」

 

 戦闘中のブリッジに、軍服を着て軍人の仕事を手伝っていようとも身も心も民間人の当の少女にはサイの気持ちは伝わらない。邪魔をするサイを振りほどこうともがく。

 彼女の心はただ父を思うあまりに歯止めを失っていた。その時、通信が入ってどこかの艦の内部が映し出された。

 

『命令は届いていたはずだ! 何故、戻って来たアークエンジェル!』

 

 通信が繋がった直後、怒り心頭のコープマンの怒声がブリッジ中に響く。

 戦闘中で音声調整がされているはずの通信で、ここまでの大きな声を出せるということがコープマンの怒り具合を現していた。

 

『理由はいい! ただちにこの宙域から離脱しろ!』

「しかし、戦況は我が軍が有利です」

 

 反論したマリューの言う通り、戦況は数的に見ればメビウスを抜いても互角。アークエンジェルが抜けるということは先遣隊の壊滅を意味している。

 

『馬鹿者! 貴様はあの男の本当の恐ろしさを知らんのだ! ラウ・ル・クルーゼがこの程度で収まる相手なら既にハルバートン提督が倒している! 技術将校程度が思い上るな!』

 

 例え敗北すると分かっていてもコープマンがアークエンジェルを下がらせようとするのは実戦での経験の差であった。技術将校であるマリューはコープマンほどには戦場を経験していない。

 そしてクルーゼと戦場で相対したことがアークエンジェルでの一度だけであるマリューの判断など当てにならないとコープマンは吠えた。だが、別の場所から異論が出た。

 

『馬鹿を言うな! 今、アークエンジェルに退かれたら我らはどうなる!?』

「パパ!」

 

 コープマンの後ろから顔を出して意見した軍服の中でただ一人だけスーツを着た壮年の男――――ジョージ・アルスターが最も意見を言ったのを見たフレイは、久しぶりの父の姿に目を潤ませた。

 

『早く事務次官を救命ポットに連れて行け! いいな、一刻も早くこの宙域から離れろ! これは命令だ!』

 

 フレイの感動など知ったことではないコープマンは文句を言い続けるジョージを捕まえると手近にいた部下に放り投げ、マリューに逆らう暇も与えずに言い切ると通信を切ってしまった。

 

「フレイ! さ、行こ、ここに居ちゃ駄目だ!」

「うっ…うっ…」

 

 ナタルに睨まれて比喩的な表現の雷が落ちる前にサイはフレイをブリッジから連れ出す。通信で父を見たことに安心したのか、それとも連れ出すのがサイだからか、どちらにしても今度はフレイも逆らわず大人しくブリッジから出た。

 

「グリーンフレーム、メビウス・ゼロ共に一機ずつ撃墜! 残ったイージスへ向かうとのことです」

 

 ブリッジを出る間際、戦況が少なくとも地球連合側に有利に進んでいるのがサイの救いだった。だが、ブリッジを出たサイもフレイも知る由もなかった。

 

「後方より新たに熱源を確認! ローラシア級です!」

「まさかこのタイミングで伏兵を出してくるか!? 索敵、何故気づかなかった!」

 

 イージス以外のGがいないことから伏兵の存在は早い段階で疑われていた。その為に索敵には事前に気をつけていたはずであるなのに、ナタルの手元に示されたデータでは容易に接近を許している。看過できることではなかった。

 

「エンジンを切って慣性で近づいてきたものと思われます」

 

 トノムラの推測混じりの報告にナタルとマリューは同時に答えに辿り着いた。

 

「以前のこっちと同じ手を使ったのね。やられた」

 

 苦渋を噛み締めるように奥歯を軋り合わせるマリュー。

 件のローラシア級はヘリオポリスから脱出したアークエンジェルがアルテミス要塞に辿り着くために取った、最初の噴射だけで艦の動力を全て切った慣性飛行によるサイレントランニング。その戦術をやり返される羽目になろうとは予想もしていなかった。

 

「ローラシア級よりモビルスーツ発進! 数は5機!」

 

 ザフトはマリューらの後悔も悔しさも汲み取ってはくれない。この時に勝負を決めんとばかりにローラシア級からモビルスーツが出て来た。真っ直ぐにアークエンジェルに向かってくる。

 

「熱紋照合…………ジン3、シグー2。ですが、5機ともデータ照合値にばらつきあり」

「改修型か新しい装備をつけているのだ。各自、油断するな! フラガ大尉らを呼び戻せ!」

 

 5機がアークエンジェルに向かってくるのを見たナタルが管制を務めるミリアリアに叫んだ。こちらに向かってくる敵モビルスーツの距離を計り、次いでローラシア級の位置を確認する。

 

「左回頭、ローエングリン発射準備! 先制で敵戦艦を叩く!」

 

 母艦を撃墜されれば艦載機は動揺せざるをえない。どれだけ優れたパイロットであろうとも一瞬の動揺はあるはずだと考えたナタルは先制攻撃の口火を切ろうとした。流石は新造戦艦に選ばれただけあって即座に反応したクルーがローエングリンの発射体制を整える。

 

「敵モビルスーツ散開!」

「構わん撃て!」

「ローエングリーン発射!」

 

 ローエングリーンの発射シークエンスの許可はマリューにしか出せない。撃つタイミングまではナタルが整えて最後の号令はマリューが発した。

 事前に散開されていたこともあって敵モビルスーツに被害はない。せめてローラシア級の足を止めるだけの被害を与えられたらと望まれた陽電子砲が直進する。

 

「駄目です! 躱されました!」

「ちっ、敵モビルスーツが来ている。目標を敵モビルスーツに変更。だが、ローラシア級の挙動は見逃すな」

 

 あわよくばと願ったがそれほど現実は優しくはなかった。敵戦艦に注意は払いつつも味方が戻ってくるまで敵モビルスーツの相手をする為に標的変更の指示を出す。モビルスーツと戦艦の両方を一緒に相手どれるほどクルーは艦に習熟しておらず、敵の戦艦の方も巻き添えを危惧して攻撃はしてこないだろうとの読みがあった。

 

「ミサイル発射管13番から18番! 撃て!」

 

 ナタルの失策を挙げるとすれば、この敵モビルスーツの性能とパイロットの腕を読み違えたことにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如としてアークエンジェルの背後から現れたローラシア級ツィーグラー。全くの奇襲から吐き出されたモビルスーツは全部で5機。その全てが愚かな罠に嵌ったアークエンジェルに襲い掛かる。

 アークエンジェルとして座してやられるわけがない。ありったけの火器で応戦する。

 

「凄い火力だな。現行の戦艦じゃ最強じゃないか」

「ハイネさん、真面目にやって下さい」

「へいへい」

 

 アサルトシュラウド装備を纏ったパーソナルカラーのオレンジ色に塗装されたシグーを駆るハイネ・ヴェステンフルスの動きは華麗にして流麗だ。

 シグーディープアームズを動かしているシホ・ハーネンフースも言葉ほど注意しているわけではなく、普段のやり取りをすることで実戦の緊張を解す一種のプロセスだった。

 

「さて、怖い奴が来る前に沈めてしまうか!」

 

 シグーアサルトが雨霰と降り注ぐ迎撃を掻い潜り、近くにあった75mm対空自動バルカン砲塔システムであるイーゲルシュテルンを重斬刀で切り裂く。

 爆発に巻き込まれないように距離を取り、他の砲塔から撃たれる銃弾を躱す。

 

「そうしましょう!」

 

 ハイネ程には操縦技術に習熟していないシホは大型の盾を構えたレストのジンに守られながら試製指向性熱エネルギー砲を撃った。

 シグーディープアームズの主兵装である試製指向性熱エネルギー砲は、地球連合が作ったGのビーム兵器よりも巨大でありながら威力で劣る。事前に散布されているアンチビーム爆雷の影響で大幅に減衰してしまったビームは、アークエンジェルの装甲に着弾するも目立った損傷は見受けられない。

 

「この調子でいい。続けろ。防御は気にしなくていい」

「はい!」

 

 間違えていたら間違えているとハッキリと言うレストに認められたシホは絶対の安心感の中でビーム砲の冷却を待つ。

 レストのジンが持つ盾は現在のザフトの技術で作られる最硬の物で、モビルスーツの全長をスッポリと隠すほどにデカい。どっしりと構えるレストの姿勢もあって不動の壁のようにシホを守ってくれる。これほど頼もしいことはない。

 

「大丈夫かい、シホ?」

 

 冷却を待っていたシホに通信が入る。それは技術試験小隊のもう一人の女性、ヒルダ・ハーケンのものだった。

 

「レスト隊長が守ってくれてますから平気です」

「隊長ならハイネよりかは百倍安心だね」

「おいおい、ヒルダ。その言い方はないんじゃないか?」

「油断は禁物だよ。甘えてないで自分でも気を付けな」

 

 背後に巨大なリフターを背負ってジンに乗るヒルダが果敢にアークエンジェルに攻撃を仕掛ける。甘えを見透かされているようでシホは唾を飲み込んだ。雑な扱いに文句を言ったハイネを華麗にスルーしているところは笑った。

 ジンハイマニューバと別方面の改良をとして考案された外部装着型リフターを装備しているのがヒルダの乗るモビルスーツの特徴だった。大気圏内用のサブフライトシステムとして運用される『グゥル』をモデルに、宇宙だけでなく地上でも使えるように開発され、宇宙では単純に推力と火力の強化に用いられる。

 今また、リフター下部に備え付けられたレール砲を撃って敵戦艦に損耗を与えている。

 

「ミハイル、あんたも何か言ってやんな」

「私はオペ通りに進めば文句はない」

 

 手術用の手袋を模した「ゴッドハンド」のマークが入った、ジンハイマニューバの改修型であるジンハイマニューバ改に乗るミハイル・コーストが興味なさそうに言った。

 

「ドクターって本当に他人に興味ないよな。変えた方がいいぜ、そういう性格。なによりも女にモテない」

 

 流石に見過ごせなかったハイネが攻撃の合間にミハイルに通信を入れた。

 

「女などどうでもいい。私は患部を処理するだけだ!」

 

 ハイネに合わせて動きながらミサイル発射管を潰したミハイルの口元には笑みがあった。

 相変わらずのミハイルにハイネとヒルダは揃って溜息を吐いた。シホは困ったように苦笑いを浮かべている。レストは変わらずの鉄面皮であった。

 ミハイル・コーストがザフトのエースパイロットであることは間違いない。

 ザフトに入隊する前は医師をやっていて、基本的に他人を信じない冷淡な厭世家であり、社会や政治的な事情にはまるで興味がなく、常に自身の興味を満たす事を最優先に行動する。医学の道を志したのも人道的見地からでは無く、純粋に人体への好奇心からである。

 作戦を「オペ」と称し、戦局の流れを病の進行に見立てながら、的確且つ迅速に患部である敵の中枢を見つけだし処理する。このことから、医師をやっていたこととも相まって、敵軍だけではなく仲間達からも「ドクター」の異名で怖れられている。

 

「お前達、お喋りはここまでだ」

 

 レストの言葉に三人の空気が変わった。遅れてシホも空気が変わったことに気づき、レーダーに映る敵機反応に顔を引き締めた。

 

「来ました!」

「散開!」

 

 シホの叫びとレストの注意喚起と同時に放たれたビームが一瞬早く動いたザフト機の中間を通って行く。

 

「情報にあった緑のやつです」

 

 ゴクリ、とミゲル・アイマンを始めとして歴戦のザフト兵を次々と屠って来た怖い奴と認識しているシホは唾を飲み込んだ。

 母艦の救援に来たのだろう。ストライクが付けているストライカーパックに似た情報にない装備があるのが見えた。予想よりも早い帰還速度は、その装備にあると元が技術者であるシホは自分で驚くほど冷静に判断する。

 

「私が行く。同型と思わしきのと因縁があるのでな」

「あ、ズルいぞドクター。話を聞いてからやりたくて仕方なかったんだ。俺も混ぜろ」

「好きにしろ」

 

 新星で緑色のフレームをしたモビルスーツの同型機と思われる機体と交戦したミハイルがジンハイマニューバ改を駆って真っ先に敵に向かって行った。同じ戦場に立っていながら遭遇しなかったハイネが遅れて続く。

 

「私達はどうしますか?」

 

 後に続くべきかと判断を問うヒルダと同じ気持ちだったシホはレスト機を見た。

 

「敵戦艦の相手はツィーグラーがする。先にモビルスーツを仕留める」

「「了解」」

 

 敵戦艦の火力の半分は沈黙しており、これならばツィーグラーでも相手に出来ると判断したレストに従ってシホとヒルダもハイネ達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミリアリアの泣き混じりの帰艦要請に急いでアークエンジェルの近くまでジェットストライカーの推力で戻って来たグリーンフレームに乗るユイは、前から2機のモビルスーツが向かってくるのを確認した。

 

「新型? 違う。既存の改修型」

 

 先行しているのはジンハイマニューバの、後ろのはシグーに追加装備をしたタイプだと当たりをつけたユイはまだ互いの射程外であることを利用してエネルギーの残量を確認する。

 

「残り半分。出来れば戻って補給したいところ」

 

 だが、そんな余裕は欠片もないとユイにも分かっている。

 強化ビームライフルは一発で三発分の威力があるだけあって、その分だけエネルギーの消耗が激しい。気にして使っていたつもりだが他にもエネルギーを食うジェットストライカーを使っているのもあって通常よりも減りが早い。

 

「最悪、戦場で換装する必要あり」

 

 混沌とするであろう戦場では出来ればしたくないという感情を声に僅かに滲ませ、後少しで互いの射程外に入るというところでセンサーが更に三機のモビルスーツの存在を教えてくれた。

 姿を確認するよりも早く、ユイは強化ビームライフルを撃った。

 牽制と回避動作から乗っているパイロットの腕・モビルスーツの能力を計る試金石になればいいと放った一射は、2機には惚れ惚れとするほど簡単に避けられた。

 

「強敵。あの2機を倒すのはG4機を相手にするよりも厄介」

 

 ユイの直感だった。先の戦闘でG3機とジンアサルトに囲まれた時以上のプレッシャーと絶望感が背中に伸し掛かって来る。

 

「それでも、やる」

 

 アークエンジェルにはミスズが乗っているのだ。彼女が乗っている艦を前にして、ユイ・アマカワの辞書に後退や撤退の二文字はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘中に避難民が集まる居住区に向かっていたサイとフレイは、ブリッジを出て暫くしてから近くで何かが爆発したように揺れる廊下で悪戦苦闘していた。断続的に発生する振動で真っ直ぐ進めない。例え無理に進めたとしても今までにない艦の揺れに委縮してしまっているフレイでは強硬策も取れない。

 

「フレイ……」

 

 ブリッジで何度も戦闘を見て来て皮肉にも慣れてしまったサイは怯え震えている少女を愛おしいと思うも、ただならぬ揺れ方と振動をする艦に戦況の悪化を感じ取っていた。

 

(こんなことならインカムを外すんじゃなかった)

 

 インカムをつけていれば最低限の情報は得られるはずだった。ついフレイがブリッジに現れたことに動揺してインカムを外してしまったことに後悔する。

 どう戦っているのか分からないこのような気持ちを避難民は感じていたのかと今更ながらに思い至りながらも、サイ・アーガイルは怯える少女に気の利いた言葉の一つもかけてやれない己を恥じた。

 

「あの子……キラは?」

 

 震えているばかりの少女が発した予想外の人物の名にサイは一瞬だけ呆けた。

 

「あの子は何やってるの!?」

「頑張って戦ってるよ。でも、向こうにもイージスが居るし、中々」

 

 婚約者の少女が縋るような気持ちを向けたのが傍にいる自分ではなくモビルスーツで戦っているキラであることに鬱屈した感情が起き上がったのを感じて、フレイから目を逸らしたサイは何かに対して言い訳するような言葉で濁した。

 

「でも! 大丈夫だって言ったのよ! あの子、僕達も行くから大丈夫だって!」

 

 父親と自分達の命がかかっている中で振り回される少女は金切り声で叫ぶ。その瞬間、はっきりとサイはキラに嫉妬した。年下の友達が命を賭けて戦っていることを知っている。アルテミスから逃げ出してからストライクの調整とシュミレータをやり込んでいることもまた。

 生き残る為に全力を尽くしている友達に、サイはキラのようにモビルスーツに乗って戦えないことに嫉妬した。

 

「大丈夫だから、ね? お父さんの船は、きっと大丈夫だから」

「…うっ…うっ…」

 

 胸元に縋りついてくる少女をあやしながらもサイの心は空虚だった。

 サイにはどうやっても気休めの言葉を繰り返すしか出来ることはなく、反対にキラはモビルスーツを駆ってフレイの望みを叶えることが出来る。キラに男として負けていると思い込んだサイは少女を安心させることも出来ない己に絶望した。

 

「嫌ぁ! 私は! 離して! 離してったらぁ!! うっ……」

「フレイ!」

 

 また艦が激震に揺れる。何度目かも分からない振動にフレイが恐慌を来たして暴れるのを押さえつけながらサイの中には強烈な衝動が湧き上がった。何歳も年下の小娘に振り回され、同じく年下の小僧に嫉妬する我が身の情けなさが相乗して、フレイを殴りつけたいとすら思った。

 叩くために腕が降り上げられた。しかし、その手が振り下ろされることはなかった。

 

「歌?」

 

 通路の向こうから歌声が聞こえた。サイのささくれ立った心を癒す優しい歌声。どんどんと近づいて来る歌声は声量が増しているのではなく、単純に距離が近づいているからだ。

 ほどなくして声の主の姿が見えた。

 

「こら、ラクス! こんな非常時に歌ってないで自分で歩きなさい!」

 

 歌声とは別の声がピシャリと間に入り、白衣を着たくすんだ金髪の女性が後ろ手に豊かなピンク髪の少女を引っ張って近くの通路から現れた。

 

「あら、博士が焦ってらっしゃるから緊張を解してあげようと思いましたのに」

 

 ぷんぷんですわ、などと手を引っ張られながら進むラクス・クラインは叱責するミスズ・アマカワにこんな非常時でなければ魅力的に映る仕草で憤る。

 

「あんたが食事を提供してくれたコックにお礼を言ってからなんて無茶を言うから焦ってるって分かりなさい!」

「そう言いつつも食堂に連れてってくれた博士は優しい人ですわ」

 

 片手でラクスの腕を引き、もう片手にチャックが締め切らず紙の書類が見え隠れする明らかに積載過多のバックを持って進むミスズは怒髪天をついた。

 

「礼を言うまでは梃子でも動かないって言ったのはラクスでしょうが!」

「美味しいご飯を作って下さった方々に一言お礼を伝えずに離れるなんて、そんな失礼なことは出来ません。それに時間がかかったのは博士が荷物を纏めるのに手間取ったからではありませんか。昔から片付けが下手なのは変わりありませんわね」

 

 本当に急いでいるのか、と目の前をギャーギャーと言い合いながら通って行っく二人を見て思ったサイは、突如としてフレイが手を振り切って走り出した。目の前を通り過ぎた二人に向かって。

 

「フレイ!?」

 

 サイが静止する間もなく二人に追いついたフレイはラクスの手を掴んだ。

 振り返ったコーディネイターの呑気な顔に一瞬で怒りが沸点を超えたフレイの瞳は狂気にも似て荒れ狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イージスをなんとか抑え込んでいるキラにミリアリアの悲痛な声が届いたのは、グリーンフレームやメビウス・ゼロがアークエンジェルへと向かってからそれほど時は経っていない。

 

『キラ! キラ!』

 

 キラの技量でイージスを抑え込むのは生半可なことではない。キラが相手だからアスランが本来の技量を発揮できず、ビームライフルを失っていてようやく出来ているのだ。

 

「……うぅ……」

 

 そんな中で突然鳴り響いたミリアリアの甲高い声に重い疲労を感じていたキラの反応が遅れた。

 一定距離から近づかせないようにしていたイージスが両腕のクローを発振源とする特有のビームサーベルを発現させて目の前に現れた。

 

「うわぁああああ!」

 

 恐慌に陥りながらも咄嗟にビームライフルを捨ててビームサーベルを取り出せたのは、ずっと行っていたシュミレータでの訓練の成果だった。

 間一髪というところでビームサーベルにビームサーベルを当てることで被弾することを防いだストライクと、攻撃をしているイージスが拮抗する。だが、この近接距離ではイージスの方が武装は豊富だった。

 

『ここで!』

 

 接触回線からアスランの声が聞こえる前に、シュミレータで戦ったイージスがどんな武装を持っているかを知っているキラはストライクを動かしていた。

 四肢の全てのビームサーベルを出して攻撃しようとしたイージスの挙動よりも早く、ストライクがその腹部を膝で蹴り抜く。まさかの攻撃に反応が遅れたイージスへ向けてシールドを叩きつけた。

 離れていくイージスから大慌てで距離を取り、運良く漂っていたビームライフルを見つけてビームサーベルを直しながら掴む。

 視線の先ではイージスが人間で言うなら口惜しそうな雰囲気でストライクを見ている。手に持つビームライフルを構えるとパッと距離を取り、狙いをつけられないように機体を振る。

 キラもまたストライクを動かし、イージスから付かず離れずの距離で牽制する。

 

(何時までこんなことを続けるの?)

 

 アスランと戦う理由などないはずなのに戦っている自分に疑問を感じながらも、疲れた頭はそれ以上の思考を許さず、ただ戦う戦闘機械となる。だが、そんな状態は長くは続かなかった。

 

『キラ、戻って! ユイさんとフラガ大尉が!』

 

 半分どころか8割ぐらい泣いている声が通信先から聞こえてキラの意識は、ふっと現実に戻るように平常に戻った。

 肉体は変わらずイージスを牽制している。それを有難いと思う思考すら働かず、モニターの端っこに小さく戦っているユイのグリーンフレームとムウのメビウス・ゼロが見えた。

 

「こんな近くに!?」

 

 どうやら場所は比較的にアークエンジェルに近いようだった。これはアークエンジェルが敵モビルスーツに追い込まれ、今また敵戦艦に攻撃を受けて少しでも逃げようとしているからのようだった。

 

「ユイさん! フラガ大尉!」

 

 イージスと戦っているキラが思わず状況を忘れてしまうほど、ユイとムウは圧倒的に攻め込まれていた。

 ムウのメビウス・ゼロはガンバレルの2基目を失い、ユイのグリーンフレームのは甲に銃弾の跡がいくつも見受けられた。

 直接的に攻撃をしているのはシグーアサルトとジンハイマニューバ改、機動力のあるジンリフターが二人の連携の穴を埋めながら高い機動力を以て牽制する。遠距離からはシホのシグーディープアームズのビーム砲が襲い、彼女の機体を狙おうとユイがビームを向けてもレストの盾が防ぐ。

 

『敵が強い』

『駄目だ、持ち堪えられねぇ! これじゃ立つ瀬ないでしょ、俺はぁ!』

 

 通信が繋がったユイの声には普段の無感情の声が偽物と思えるほど焦燥に満ち溢れ、ムウはもっと直接的に言葉で表現していた。

 キラは即座に救援に向かうべきだと判断する。

 

【パパの艦、やられたりしないわよね!?】

 

 動きかけた時、パイロットスーツに着替えてモビルスーツデッキに向かっている時に通路でフレイに言われた言葉が脳裏をフラッシュバックした。

 ストライクに乗り込んだ時にサイからフレイの父親が先遣隊の船に乗っていることを聞き、自分が大丈夫だと言ったことを思い出す。急いでいたから相手の欲しがっている言葉を焦って口にした負債の支払いを求められる。

 

「くっ」

 

 キラが迷っている間に現実は進行している。

 せめて包囲網から抜け出そうとユイ機とムウ機が示し合わせたように別々の方向に向かう。だが、ユイ機の前に動きを読んでいたレスト機が現れ、その強硬な盾で強かにグリーンフレームを打ち据え、追い打ちをかけるようにジンハイマニューバ改の試製27mm機甲突撃銃とシグーアサルトの重突撃機銃が襲う。

 だが、これでメビウス・ゼロの方には残っているシグーディープアームズしか残っていないから突破できるはずだった。

 ストライクのコクピットにビービーと新たな接近警報が鳴り響く。

 

「今度は何!?」

 

 イージスの牽制を忘れないように行いながらも更なる敵の襲来にキラは叫んだ。

 直ぐに敵の姿は知れた。ツィーグラーから発進したその機体は真っ直ぐにメビウス・ゼロを目指していたから。

 

「ムウさん!」

 

 基本はシグーながらも背部に円盤のような物を背負った機体が包囲網から抜け出したメビウス・ゼロに近づいているのを見て、背筋に走った悪寒に急かされるようにキラはムウの名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手負いという表現が正しいメビウス・ゼロに接近するクルーゼは己が策がこうも容易く成ったことに笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

「先の作戦では私も些か思うところがあって必勝を期す作戦を立てたが、こうも容易いとは。今回は役者が良すぎたか。これだけの兵が揃って沈められなければ私は無能の烙印を押されてしまう」

 

 メスタ・アニュー・ラコーニと優秀なパイロットを三人も失ったがクルーゼの中では想定内の犠牲である。ハイネ・レスト・ヒルダ・ミハイルの四人の力は予想以上に高く、逆に簡単に作戦通りに上手く生き過ぎて肩透かし感すら覚えている。

 被弾だらけの敵戦艦に敵モビルスーツ、宿敵のモビルアーマを見て呆気なさに笑いすら込み上げる。

 

「我らの決着がこんな戦いでつくとは呆気ない物だな、ムウ。だが、これも運命だ。貴様に出来て私に出来ぬはずがない。いい加減にまみえるのも飽きた。今度こそ仕留めさせてもらう……!」

 

 シグーの背中の円盤についている左側の突起が分離する。続いて右側も同じように分離して、ワイヤーのような物で繋がった突起が飢えた飢狼が獲物を見つけたようにメビウス・ゼロに襲い掛かる。

 

『これはガンバレルと同じ……!!』

 

 二人だけに伝わる繋がりからムウの驚愕が伝わって来る。

 ザフトがメビウス・ゼロのガンバレルを解析して作ったこの新兵装の原理はガンバレルと同じである。現在の所、ザフトの中で扱えるのは空間認識力のあるクルーゼのみ。プラント中で空間認識力が確認されているのは、この兵装の開発に関わったテストパイロットであるコートニー・ヒエロニムスだけ。

 

「自分が扱う兵器にやられて死ぬがいい!」

 

 ムウが得意とするガンバレルの技術で殺せるならまた良しとクルーゼは狂笑の中で判断し、既に瀕死のメビウス・ゼロに向けてザフト製ガンバレルの対装甲リニア弾を撃った。

 3撃まで回避してみせたムウであったが本場ガンバレルよりも小型化され、スラスターも強化されているザフト製ガンバレルを避け切ることは叶わなかった。反応速度は十分に間に合っている。どこから来るかもなんとなく分かる。なのに、機体がムウの操縦についてこれなかい。

 

『くそが……っ!』

 

 4撃目で被弾したガンバレルを切り離すも、5撃目で残ったガンバレルも撃ち抜かれてしまった。残すは本体のみ。

 クルーゼは最高の狂笑で躊躇いもなく残った本体を撃とうとした。

 

「!?」

 

 その一瞬前に、メビウス・ゼロ本体を撃ち抜こうとしたザフト製ガンバレルが逆にビームに焼き尽くされた。

 ユイが操るグリーンフレームの強化ビームライフルから放たれたビームだった。5機の猛攻を受けながらも僚機の状態を把握していたらしい。恐るべきパイロットの能力にラウの意識が切り替わる。

 

「君は何時も私の邪魔をしてくれる!」

 

 最も良い所を邪魔され、ヘリオポリスでも自機に傷を付けられた恨みがあったクルーゼは、最優先目標を既に継戦能力を著しく失っているメビウス・ゼロではなくユイのグリーンフレームに変更した。

 もう一機のザフト製ガンバレルをグリーンフレームに向けた瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 別の場所から放たれたビームが最後のザフト製ガンバレルを撃ち抜いた。

 

「また君か」

 

 そちらへ視線を向ければイージスの相手をしていたストライクが銃口を構えて向かって来ている。仲間の危機にいてもいられなくなったのだろう。だが、甘いとクルーゼは笑う。

 

「イージスから離れていいのかね? 君は助けに来た艦隊を見捨てたのだぞ」

 

 クルーゼが言った瞬間だった。ストライクの背後で連続して大きな爆発が起こったのは。

 片方はヴェサリウスに攻撃を受けていたロー。そしてもう一つは今まさにイージスのスキュラの攻撃を受けたモントゴメリの物だった。

 背後の爆発に驚いたように振り返りかけた中途半端な姿勢で硬直したストライク。

 

「隙だらけ、と言わせてもらおう」

 

 哂うクルーゼ。直後、シグーディープアームズから放たれたビームがストライクを直撃した。

 運良くビームシールドで守ることは出来たようだが完璧とはいかなかったようだ。腹部の横側、人間で言えば横っ腹に当たる場所。他のGを実際に見ているクルーゼは被弾近くにコクピットがあることを知っている。

 被弾してからピクリとも動かないストライクを眺めながらクルーゼは重突撃機銃を向けた。その銃口を遮るようにモビルアーマー形態になったイージスが割り込んでくる。

 

『隊長!』

「分かっている。ストライクに対して、これ以上の追撃はしない。必要もないだろうしな」

 

 必死なアスランの姿をモニターに眺めて直ぐに切る。溜飲は既に下がっている。

 機体を動かして、推進部を破壊されたのかストライクと同じように動かないメビウス・ゼロを見て、更に掃討の段階に映っているグリーンフレームとアークエンジェルのボロボロさを見て、あまりの呆気ない幕切れに鼻を鳴らした。

 

「ここまでのようだな、ムウ・ラ・フラガ」

『ラウ・ル・クルーゼ……!』

 

 仇敵の最後の声を聞いておこうと、浮遊しているメビウス・ゼロに手を近づけて接触回線を繋げながら末期直前の声を聞いて少しの溜飲が晴れる想いだった。

 

「さらばだ」

 

 コクピットと思しき場所に重突撃機銃を押し当て、引き金を引こうとした。

 

『―――――――――ザフト軍に告げます。こちらはオーブ避難民代表ミスズ・アマカワです』

 

 だが、その引き金は突如として戦場全体に国際救難チャンネルを通して響き渡った声を前にして止まった。

 

『我らはヘリオポリス崩壊に際して緊急避難的に地球連合艦アークエンジェルに乗り込み、現在プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインを保護しています』

 

 戦場が凍った。比喩ではない。戦いをしていたザフト艦が攻撃を止め、突如として響き渡った通信にモビルスーツもまた困惑するように動きを止めている。

 

『ザフト軍の指揮官と話がしたい』

 

 戦いを引っ繰り返すジョーカーの札が切られた瞬間だった。クルーゼは歯をギシリと噛み締めすぎて自らの奥歯が砕ける音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリッジの空気はまさに狩人達に追い詰められた獣のそれだった。この空気が今のアークエンジェルの状態を示している。

 

「左舷の弾幕が薄いぞ! 何をやっている!」

 

 5機のモビルスーツに言いようにあしらわれたアークエンジェルの相手は伏兵として現れたローラシア級にシフトしていた。負った損傷は大きく、単純な火器や機動力ならばローラシア級を上回るアークエンジェルは特に攻撃を受けて火器の殆どが損傷している左舷に回り込まれて劣勢に立たされていた。

 

「損傷が大きくてこれ以上は無理です!」

「無理でもやって見せろ! 死にたいのか!」

 

 ナタルの言いようは尤もであった。弱音を吐いている暇があったらやってみせろと檄を飛ばす。檄を飛ばされたクルー達もまた死にたくない一心で足掻き続ける。無駄であったとしてもだ。

 

「第6センサーアレイ被弾! ラミネート装甲内の温度上昇! これでは排熱追いつきません!」

 

 ローラシア級に備え付けれられている937mm2連装高エネルギー収束火線砲がアークエンジェルの左舷に被弾する。

 左舷は敵モビルスーツの攻撃が集中して火器の殆どが使用不能になっている。ローラシア級の指揮官は悪辣にも左舷に回り込んで攻撃を仕掛けて来るので、先ほどから一方的に攻撃を受けているような状態だった。

 

「回頭、面舵20!」

 

 振動に揺れるブリッジの中でマリューがノイマンに指示を出し、彼もまた優れた操舵士の腕で即座に反応するが多数の被弾によって艦の初動が遅い。

 初動が遅いから先手を取られ、攻撃を受けるから余計に動作が遅くなる悪循環が形成されていた。

 

「グリーンフレームとメビウス・ゼロが敵に囲まれています!」

 

 艦長席に袖架けを掴んで体を支えながらマリューが正面モニターを見れば、5機に振り回されているグリーンフレームとメビウス・ゼロの姿が映る。

 勇猛果敢だったグリーンフレームの姿はなく、あるのはジンハイマニューバに似た機体とシグーに追加装備をした機体に翻弄されて装甲に無残な傷を刻んだ姿だった。

 メビウス・ゼロも負けずにボロボロな姿だった。ノーマルのジンに背後にエイのようなバックパックを背負った機体に機動力で負けている。ガンバレルを2基失って機動力を半減させているとしても並みの相手に追い込まれるムウではない。敵パイロットもまたムウクラスのエースだった。

 

『艦長! 駄目だ! 離脱しなきゃ、こっちまでやられるぞ!』

「しかしこれでは何のために我々は!」

 

 懸命に回避行動を取り続けるメビウス・ゼロから届く悲痛な通信に、半ば意地になっていたマリューに聞き入れられることではなかった。そもそも既に逃げられる段階ではないことはマリューも気がついている。

 玉砕覚悟で突破するか、この場で耐え忍ぶか、どちらもリスキーである。ただ前者を選べば間違いなく先遣隊は全滅する。後者を選んでも上手くいく可能性は限りなく0に近い。どちらを選んでも生存の可能性は50%を切っていた。

 

『俺達のことはいいからアークエンジェルだけでも離脱しろ! その艦にはヘリオポリスの避難民が乗ってるんだぞ!』

 

 唐突に現実を突きつけられたように、ムウの活でマリューは頭の中で茹っていた熱が引いていくのを感じた。

 奥歯を砕けそうなほどに強く噛み締め、拳を血が出そうなほどに握り締める。

 ヘリオポリスが崩壊した時も、アルテミスから脱出した時も、何度も選択を迫られてきたがこの時ほど苦しむことはなかった。マリューはアークエンジェルを生かすために先遣隊を見捨てる決断を固めた。

 せめてストライクがフリーになって駆けつけてくれれば活路の一つも見いだせると考えたマリューは、モニターに映らないストライクの姿を探した。

 

「…………ストライクは?」

「イージスと交戦中!」

「呼び戻して」

「艦長、それは」

「命令よ。ストライクを戻してこの宙域を離脱します」

 

 振り絞るように出した苦渋の決断であった。

 ミリアリアが躊躇うように通信でキラに伝えると、モニターに映るストライクが目に見えて動揺するのが分かった。 最悪の場合は、戦闘部隊を囮にして逃げなければならない。友達の為に戦っている優しい少年をも殺すことになる。

 マリューは人の命を背負う本当の意味を今更ながらに思い知った。

 

「ローラシア級から更にモビルスーツ!」

「また!?」

 

 新たな敵モビルスーツの登場にマリューが苦虫を口一杯に詰め込まれたような苦い顔をする。

 これで最初のジンハイマニューバ3機とイージスと合わせれば、ザフトが投入したモビルスーツは10機に上る。艦載機がモビルスーツ2機とモビルアーマー1機のアークエンジェルに過剰戦力もいいところである。

 

「熱紋照合シグータイプと認定! メビウス・ゼロに向かっています!」

「大尉を援護して!」

「この状態ではできません! 先に本艦の方が沈められます!」

 

 ナタルの叫びの直後、直撃弾に船体が振動する。

 4基あるガンバレルの半分失って戦闘能力が半分に落ちているメビウス・ゼロを援護したくともローラシア級に攻撃を受けているアークエンジェルに余裕などありはしない。

 

「あのジャンク屋の赤いアストレイは出せないの!?」

「とっくの昔に彼らの母艦に戻って本艦を離れています! 今からでは間に合いませんよ! 仮に戻って来てもモビルスーツ一機でどうにかなる状況ではありません」

 

 微細な振動を繰り返す艦長席に座りながらマリューは必死に状況を打開する策を考えるが、既に状況が半ば詰みに入っていて戦闘指揮官としては凡百以下であると思っている彼女の頭ではどうしようもなかった。

 状況の閉塞感を思考と視界を狭め、ブリッジの扉が開いたことに気づくのが遅れた。

 再びの乱入者に最初に気づいたのはまたしてもカズィだった。彼はアークエンジェルが沈む可能性を考え、一人でも逃げる算段を考えていたのである。

 結局は考えていただけで仲間もいるので実行に移せないのがカズィ・バスカークという少年であったが、さりげなく何時でも動けるようにしてブリッジのドアに意識を割いているのだから諦めきれていないらしい。

 そんなわけで再度の乱入者の登場に気づいたカズィだったが予想外の付き添いに目を丸くした。

 

「あ…」

 

 カズィの声に反応して何人かがつられてブリッジのドアを見て同じように驚愕した。そんな彼らの視線の先でフレイが戸惑い顔のラクスの二の腕を掴みながら進む。おまけでラクスに掴まれたミスズを連れて。

 ラクスとおまけのミスズを連れたフレイは目の端に涙を滲ませながら只事ではない雰囲気で口を開いた。

 

「この子を殺すわ!」

 

 少女の発した言葉にブリッジの空気が戦場であるにも関わらず凍った。

 フレイはクルー達の視線にすらも頓着しない精神状態で更に言い募る。

 

「パパの船を撃ったら、この子を殺すって! あいつらに言って!」

 

 遅れてブリッジに入ったサイが止めるのを躊躇するほどの、肉親を守りたいと願う正気と狂気の狭間で揺れ動く心が迸られた叫びだった。

 

「そう言ってええぇぇぇ!!」

 

 気持ちの上では誰であっても理解できる叫びは既に遅すぎた。

 ストライクがイージスから離れ、今にも落とされようとしていたグリーンフレームを助けた直後だった。遮る物のいなくなったイージスはローと共にヴェサリウスと艦隊戦を行っていたモンゴメリに肉薄してモビルアーマーに変形した。

 イージスがスキュラを放つのとヴェサリウスが主砲が同時に火を吹き、モントゴメリとローを深々と貫いた。

 

「あっ!!」

 

 二つの艦は一瞬の停滞の後、盛大な爆発の花を咲かせた。爆発の閃光はブリッジを真っ白に染め、全てが終わった後には嘗ては艦の残骸が無惨にも漂う光景を映し出す。

 マリューの目は自然と残骸の中に漂っているかもしれない救命ポットを探した。

 

――――――――――「早く事務次官を救命ポットに連れて行け! いいな、一刻も早くこの宙域から離れろ! これは命令だ!」――――――――――

 

 コープマンは通信の中で部下に向けてそう言っていたので、もしかしたらフレイの父親だけでも逃げ延びているのではないかと期待したのだ。だが、現実はどこまでも無情でしかない。探すまでも無く漂う残骸の中にあるわけがないと悟ってしまった。

 艦が爆発する前に救命ポットが射出されてはいなかったし、直前に射出されたとしても巻き込まれている。艦の防衛に当たっていたメビウスも爆発に巻き込まれたようで動く物は無い。先遣隊に生き残りがいるとは思えなかった。

 

「いやぁぁ――――っ!」

 

 戦闘の最中に起こった悲鳴に艦長であるマリューはフレイがいる方向へと振り返ってしまった。

 

「ぁ…ぁ…あっ!」

 

 ジョージの姿を先の通信で見てしまったフレイは、爆発した艦の中に父親がいたことを知っている。生存が絶望であるとブリッジの反応から直感的に感じ取ってしまったフレイは現実を受け入れられなくて、サイの腕の中で子供のように手足を動かしている。その目はブリッジもそこにいる者も戦場すらも見てはいない。

 

「フレイ……」

 

 緩慢に暴れるフレイの名を呼んだサイは、しかし何も言えず、さりとて腕の中の少女を抱きしめることも出来ずに支えることしか出来なかった。

 

「ああ…ぁぁ…ぁぁ…あ、あぁ…………」

 

 父親を目の前で失って狂乱する少女を、ラクスはミスズに捕まりながら目を見開いて見つめた。戦争によって家族を失われたその瞬間に居合わせ、少女の家族を奪ったのが自分の住む場所の住人だという残酷な現実を突きつけられる。ミスズは怯え震えているラクスの肩を抱き、同じようにフレイを痛ましげに見つめた。

 

「ストライクが被弾!」

 

 戦場にあるまじき空気が流れるブリッジを掻き乱した凶報だった。

 皆と同じようにフレイを見ていたマリューがビクリと反応して前を向いた時、モニターに映るストライクは人間で言えば横腹に当たる場所に被弾してそこからスパークが起きていた。

 

「キラ! 応答して、キラ!」

 

 ストライクはピクリとも動かない。コクピットの近くに被弾したからか、ミリアリアが呼びかけるが返って来る言葉は無い。

 虚しく呼びかける少女らしい声がマリューの胸を切り裂き、ブリッジクルーを絶望に沈める。

 更に状況は悪化し続ける。

 

「ヴェサリウスが転進! こちらに向かってきます!」

「イージスがストライクを捕獲!」

 

 先遣隊を仕留めたヴェサリウスがアークエンジェルに転進して、モビルアーマー形態に変形したイージスが被弾して動かないストライクを鉤爪のようなアームにガッチリと捕らえた。

 

「艦長!」

 

 ナタルはマリューに向けて叫んだ。これほど追い詰められた状況で一発逆転など普通はないがこの場においてだけ通用する策がある。だが、マリューは動かない。軍人としての正義か、人としての情か、多くの人間の命を背負う重圧か、ナタルには分からない苦渋をこの時のマリューは背負っていた。

 分かっていて動かないのか、分かっていないのか、ナタルには分からない。しかし、悠長に判断する時間は与えられてはいなかった。

 モニターの中では、最後に現れたシグーの新装備型がガンバレルを全て失って本体の推進器も破壊されて身動きが取れないメビウス・ゼロにゼロ距離で銃を突き付けている。グリーンフレームも5機に翻弄されて墜とされるのは時間の問題。ストライクは依然として動かないままイージスに連れて行かれようとしている。ローラシア級と艦隊戦をしているアークエンジェルもボロボロで、ここにヴェサリウスが加われば勝負は見えていた。

 人として間違っていると分かっていても艦にいる全ての者を護る為にナタルはシートを蹴ってCICから上階へ上がった。

 上階に上がったナタルはサイの腕の中でもがくフレイを、ミスズの腕の中で震えるラクスを見た。どちらもナタルよりも年下の少女だった。非日常の戦争なんて知らず、日常の陽だまりの中で過ごす当たり前の子供だった。この二人の少女達のどこに差があるのだろう。

 遺伝子が違うだけで同じ人間であるはずの自分達、ナチュラルとコーディネイター。キラやミスズ、そしてラクス・クライン。

 今までコーディネイターを実際に目にしたことのないナタルの目には、彼らがブルーコスモスが言うような宇宙の化け物とはとても思えなかった。その能力に思うところはあれど、悲劇に悲しみもすれば他人に優しくもする。彼らは人間だった。なのに、戦っている。分かっていても少女を利用することでしか生き残れない我が身の不実さをナタルは呪った。

 少女達を見たのは一瞬だった。その中でミスズとも視線があった。

 

「あなた……」

 

 小さなミスズの言葉に、視線が一瞬だけあったのに考えを読まれたと察したナタルは視線を直ぐに逸らした。これからすることを考えれば合わせていられるはずがなかった。

 目の前にいるカズィのインカムを無理矢理に奪い取って、周波数を全周波数に変更する。

 奪い取ったインカムを口に近づけて言葉を発しようとした時だった。

 

「私がやるわ」

 

 ラクスに掴まれたままのミスズがインカムを押さえつけていた。

 

「しかし」

「地球連合の少尉がやるよりは私の方が彼らも信じてくれる可能性が高いはずよ」

 

 一瞬でもその通りだと思ってしまったナタルの手からミスズはインカムを奪い取った。そしてラクスを見て「ごめんね」と微かに謝って前を向いた。

 

「ザフト軍に告げます。こちらはオーブ避難民代表ミスズ・アマカワです」

「博士!?」

 

 マリューが気付いて越権行為を咎めるように叫ぶが、全周波数で送られた通信は戦場全体に響き渡っていた。

 慌てて艦長席が立ちあがったが最早、止めることは出来ない。賽は放たれてしまった。

 

「我らはヘリオポリス崩壊に際して緊急避難的に地球連合艦アークエンジェルに乗り込み、現在プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインを保護しています」

 

 効果は絶大だった。攻撃をしていたザフト軍が凍り付いたように動きを止めた。

 

「ザフト軍の指揮官と話がしたい」

 

 余韻のように言葉がブリッジに響き渡る。

 モビルスーツも戦艦も戸惑うように宇宙空間を漂う。沈黙は長くは続かなかった。 

 

『こちらはザフト軍ラウ・ル・クルーゼ。ラクス嬢を保護したと言ったが確認したい』

「映像を映すわ」

 

 同じく全周波数でザフトから通信が入り、ナタルの目配せを受けたチャンドラが通信を繋げた。

 相互で通信が繋がったことで互いの姿が画面に映る。

 アークエンジェル側に映ったのは、コクピットと分かる場所でパイロットスーツも着ずに豊かな金髪を揺蕩わせた仮面の美丈夫だった。

 

『確かにラクス嬢のようだ』

 

 クルーゼは向こう側にも映る映像を見てラクスの存在を認めた。

 乗艦として有名なヴェサリウスの存在、Gが奪取されたヘリオポリスでムウが戦ったことからクルーゼが指揮官であることは噂されていたが本人が名乗ったことことで確定情報に代わった瞬間だった。

 

『それで話とは何か?』

 

 追い詰められた敵の予想外の反抗に気分を害したようにクルーゼは言葉鋭く切り込む。対してミスズは余裕の姿勢を崩さなかった。

 

「見ての通り、この艦にはラクスが乗っているわ。まさかプラントの歌姫を一緒に殺すなんて言わないわよね」

『そこにいるラクス嬢が本物であるという証拠はない』

 

 本物と認めたはずなのに疑りにかかるクルーゼの言いようにブリッジクルーの背筋が粟立った。

 

「まさか疑うの? もしも本物だったら大変なことになるわよ」

『見た目など如何様にも出来る。艦を墜とされないように非常手段として偽物を用意していたと言われた方が、ラクス嬢が地球連合の船に乗っているよりかは辻褄が合っている思うが? 私は敵の言うことを鵜呑みするほど愚鈍なつもりはない』

 

 正論ではあるが、クルーゼの言い方はどんな理由を並べようとも認める気がない頑迷さがあった。

 それも当然であろう。これほどの戦闘部隊をたった一隻の戦艦を沈めるのに動かし、貴重なはずのモビルスーツを三機も失いながらも戦局を圧倒的有利に進めて、後一押しというところで一発逆転をされては適わない。

 

「後でバレそうなことをわざわざやるはずがないじゃない」

『例えそこにいるのが本物だとしても、たった一人の少女の命の為に後々の禍根を見逃せるはずがない』

「それが最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であってもかしら?」

『尚更と言わせてもらおう。プラント最高評議会議長の娘の身柄だ。ここで見逃そうと地球連合から身柄を引き換えにどのような要求をされるかわかったものではない。議長も娘の命とプラントの今後を天秤にかける愚かな真似をする御方ではない』

 

 二人の話し合いの結果によってアークエンジェルの命運がかかっている以上、艦長であるマリューですら言葉を差し挟むことは出来なかった。ここで余計な口を挟めば相手の攻撃の材料となり、ミスズが不利になるのはマリューにも分かるからこそ黙って見守るしかない。

 

「でも、プラントの歌姫とまで呼ばれているラクスを生きているのにあっさりと見捨てるのはマズいんじゃないかしら。この子のファンは多いらしいじゃない。プラントの未来の為ってお題目だけで救える可能性をみすみすと潰して世論が納得するかしら?」

 

 揺さぶりをかけるミスズに、画面の中のクルーゼは何を考えているのか分からない顔で冷笑していた。

 その顔を見たミスズは初めてクルーゼと会った時と同じく悪寒に襲われ、同時に本心に気づいた。

 

(ラクスを見捨てる気!?)

 

 クルーゼの冷笑から考えを読み取ったミスズは予想外の反応に思考が停止した。

 画面の中のクルーゼが決定的な言葉を紡ごうと口を開いたその時だった。

 

『待て、クルーゼ』

 

 クルーゼよりも低く、巌の如き硬さを伴った別の声が遮った。

 画面が真ん中で二分割されて、右側にクルーゼが、左側に今の声の主が映る。

 

「あんたは……!?」

『久しぶりだな』

 

 ミスズがパイロットスーツを着た壮年の男を見て驚き、逆に男は落ち着き払った仕草で頷いた。

 

『まさかこんな場所で会うとは思いもしなかった』

「…………こっちもね」

『何故、地球連合の戦艦などに乗っている? オーブに降りたのではなかったのか』

「話を聞いてなかったの? どこかの馬鹿な軍隊に襲われて緊急避難的に乗り込むしかなかったのよ」

『そうか』

 

 どんなにふざけても芯を揺るがさなかったミスズが壮年の男を前にして焦っている。歴戦の勇将であるクルーゼを相手にしても一歩も退かなかったミスズが気圧されている姿は付き合いの長いマリューには俄かに信じ難かった。

 

『レスト殿、彼女と知り合いのようだがどのような関係で?』

 

 クルーゼがこの通信を聞いている誰もが知りたいと願っている問いを発した。

 

『元妻だ』

「元旦那よ」

 

 問いに返って来た二人の返答はあまりにも予想外過ぎた。

 これにはクルーゼも予想していなかったようで画面の中で次の言葉を直ぐに発しなかった。

 

『こいつのことは良く知っている。ラクス嬢とは付き合いがあったこともな。こんな状況で嘘をつくような馬鹿をする女じゃない』

 

 レストは黙ったクルーゼを見て、まるで全軍に言い聞かせるように言った。

 このラクスがミスズにしがみつている映像は全周波数で発せられているのでモビルスーツにも艦にも届いている。ラクスの顔はプラントで知らない者はいないぐらいの有名人なのだから偽物だと思う者もいない。

 

『では、見逃せと?』

『そうは言わない。わざわざこんな通信を全周波数で流したのにはラクス嬢の存在を知らしめて戦闘を止めるためだ』

 

 そうだろう、と画面の中のレストがミスズに無言で語りかけていた。

 

「ええ」

 

 頷いたミスズはすっかりレストに話の主導権を握られたことに内心で苦い顔をしながらも決して表には出さなかった。元旦那であるレストという見知った相手が出てきたことは信用も信頼もおけないクルーゼよりは良いと思うことにする。

 コクピットの中で僅かに視線を左右に動かしたレストは、少しばかり考えるように思案して口を開いた。

 

『15分与える。その間に意見を纏めておけ』

「じゃあ、ストライクを離してもらえるかしら? 交渉は互いの信頼があってこそでしょ。誠意を見せてくれないと手が滑っちゃうわ」

 

 これ見よがしに雲の上で自分の身が他人に左右されようとして怯えているラクスの首に手をかけたミスズは笑う。

 

『いいだろう。それと、似合わない演技は止めておけ。下手過ぎて不自然過ぎる』

 

 それだけ言い残して一方的にレストは通信を切った。

 直後、大きな盾を持ったジンが反転離脱してローラシア級に向かうと次々と後続が続く。最後に動き出した背中に銅鑼のような物を背負ったシグーはイージスに近づいて説得したのか、少ししてストライクは解放された。2機はローラシア級に向かわずにヴェサリウスへと向かって行った。

 

「…………ふぅ」

 

 通信が切れて大きなため息を漏らしたミスズはラクスの首から手を離して、インカムを外した。

 ラクスに「ごめんね」と謝り、視線を艦長席から立ち上がってこちらを見ているマリューを見た。

 

「なんで、あんなことを!」

「逆に聞くけど、あの状況で他に事態を逆転する方法があったのかしら?」

「それは……」

 

 ミスズを問い詰めていたマリューは逆に問い返されて途端に勢いを失くした。

 ムウは被弾して自力航行すら出来ない。ユイは5機に翻弄されていて墜とされるのは時間の問題だった。キラは被弾してイージスに捕獲されていた。艦載機を失えば損傷の大きいアークエンジェルの状況は詰んでいる。

 他に手はないと分かってはいても生き残る為に民間人の少女を盾にすることに大義があるとは思えなかった。そんなことをして生き延びたいのかと思ってしまうのはそれだけマリューが情の深い人間なのだろう。

 

「博士の行動は正しいです」

 

 自分がやろうとしたことをミスズがしたナタルは感情で逆らうマリューを冷ややかに見つめた。

 

「民間人の女の子を利用するという軍人として最低の行いをしたことは解っています。ですが、あのまま戦闘を続けていたら本艦が沈められるのは時間の問題でした。よくても無事ではすまななかったことは艦長にも解らないはずがありません」

「っ! だけど!!」

 

 状況は完全に積んでいた。例えどんな神山智謀を持つ者でも何の材料もナシに覆すことは不可能だった。マリューも分かっている。だけど、感情は容易く解ってくれない。

 

「言いたいことは解ります。しかし、死んでしまってはどうにもならないんです。失礼ですが、艦長の判断を待っていては本艦は沈んでいました。博士が動かなければ我々はこの艦とストライクを送り届けるという任務の為に動いています。それを忘れないで下さい」

 

 どこまでも合理的に事を進めるナタルはこの場においては正しい。

 正しいからこそ耳障りに感じることが人にはある。この時のマリューがそうだった。

 

「…………判ってるいわ」

 

 納得できないのが感情論でしかないことを重々承知していても自然と口調が刺々しくなってしまったマリューを見つめて、ミスズは深い溜息を吐いた。情に厚すぎる艦長と合理的すぎる副長。足して二で割れば丁度良いのだろうが、この組み合わせだからこそ今まで生き延びて来られたのもまた事実。

 

「時間は15分しかないのよ。さぁ、どうするの?」

 

 モニターの向こうではボロボロのグリーンフレームが推進器が壊れて動けないメビウス・ゼロを抱えてストライクに近寄っていくところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスに帰投したアスランは、何時また出撃があるか分からないのでパイロットスーツのままでブリッジに上がって来た。

 ブリッジの扉が開き、艦長席に座るアデスの隣に立つ豊かな金髪を流した白服の男を見たアスランの頭が沸騰した。

 

「隊長」

「早いな、アスラン。もっと時間がかかると思っていたよ」

 

 ヘルメットを外しただけのアスランよりも軍服のままで宇宙空間の戦闘に出ていたクルーゼは何時ものように薄らと笑う。

 先の戦いでビームライフルを失ったイージスに、プラントで製造したばかりの新品を扱えるようにマッチングしなければならなかったので10分近い時間がかかった。

 アスランと違って指揮官であるクルーゼはするべきことが多い。

 

「ラクスをどういうつもりですか?」

 

 戦闘を止めた全周波通信をイージスも受信していた。まさか行方不明のラクスがよりにもよってアークエンジェルにいるとは夢にも思っていなかった。

 どのような経緯にせよ、ラクスが生きているなら助けたい。

 

「さて」

 

 アスランの問いにクルーゼは明言はしなかった。

 通信で彼は最高評議会議長の娘であろうとも地球連合の新造戦艦とモビルスーツを秤にかければ前者は取らないと言っている。交渉は強気に出てこそだとしても、軍人としては権力者の子供だとしても小娘一人の命で後の命運を左右するかもしれない兵器を見逃しはしない。アスランにもそれぐらいの機微は読めた。読めてしまった自分を恥じた。

 アデスがフォローのつもりなのか、クルーゼに話を振る。

 

「このまま付いていったとて、ラクス様が向こうに居られれば、どうにもなりますまい」

「連中も月艦隊との合流を目指すだろうしな」

「しかし、みすみすこのままラクス様を艦隊には……」

「渡せないな。敵に塩を送るような馬鹿な真似をするわけにはいかない」

 

 二人の会話を遠い異世界の出来事のように見つめる。

 

「やれやれ、小娘一人の命に大騒ぎか」

 

 クルーゼがふと漏らした言葉は異様なほどブリッジに大きく響いた。

 花の中で無邪気にハロと戯れていることが似合う少女の身の行方が他人達の間で交わされる不思議。一年前の、三年前の戦争なんて知らない世界こそが現実なのだと思いもした。

 アスランの思索を遮ったのはオペレーターの声だった。

 

「ツィーグラーより通信が入っています」

 

 遅すぎるとはクルーゼは言わなかった。この男の内面は誰に読めない。

 

「繋げ」

 

 少しの後、モニターに鉄を連想させる壮年の男が映った。 

 モビルスーツ開発期からテストパイロットとして関わって来た生き字引にして、誰が言ったか「鉄人」との異名を持つレスト・レックスである。

 

『ラクス嬢をどうするか、そちらの意見を聞かせてもらいたい』

 

 通信が繋がって直ぐに返答を求める男の愚直さにも似た固さにクルーゼは内心で嗤った。

 

「見捨てる…………という選択肢が軍人ならば正しい。メスタ、アニュー、ラコーニ隊長を失ってまで得た好機をみすみす捨てるなど出来るはずがない」

『相手が重要人物であり、プラントの歌姫でなければ、か』

 

 モニターの中のレストは小さく息を吐いた。

 鉄人といえども一パイロットの領分は超えず、ことがプラント全体に波及する問題ともなれば専門外を言い訳にして下がっていられる状況ではなかった。

 

「議長らはともかく民衆は納得しますまい」

『厄介なことだ』

「見捨てるのは御法度。このまま見逃すのもまた。ここは攫われたお姫様を助ける為に王子様に頑張ってもらうか」

 

 クルーゼが珍しく洒落っ気を覗かせてアスランを見たが当の本人に答えられる言葉は無かった。やれと言われればやるし、その時は全力を尽くす。過程でキラも纏めて連れていければ完璧だった。

 話題を振ったクルーゼの中では現実的ではなかったのか、ラクス奪還の命令は出さなかった。

 

「それで、ミスズ・アマカワと言いましたか。レスト殿が結婚されていたとは知らなかった」

 

 これだけはなんでも知っていそうなクルーゼも心底驚いたのか、僅かな感嘆を覗かせた上司に傍から見ていたアスランも同じ気持ちを抱いた。レストは「鉄人」の異名通りの人間である。少なくとも出会ってからそれほど時が経っていなくて関わりが多くないアスランにとっては。

 通信で話していたくすんだ色の金髪の女性にも似たような印象を抱いたが、レストが他人と夫婦関係にあったというのがどうにも想像できない。二人が同じ家に住んで生活をしているビジョンがどうしても思い浮かばなかった。

 

『既に離婚している。あれは今のプラントのやり方を嫌ってオーブに移った』

 

 鉄面皮に少しの諦観を覗かせてレストは言い切る。その言い方にアスランは眉を顰めた。

 アスランの親はどちらかといえば仕事人間で、両親が共に過ごしている記憶は恐らく他の過程に比べれば少ないのだろう。それでも二人が共に過ごしている時はアスランが間に入るのを躊躇するほど馴染んでいる空気があった。離れていても互いを大切に想っているということが息子ながらも感じていた。

 先のレストの言い方では別れたといっても元妻がいるのに敵戦艦を沈めても仕方ないと諦めているようだった。クルーゼもアスランと同じ感じ方をしたようで、だが彼ほどには分かりやすい反応は見せずに口を開く。

 

「よろしいので? 場合によっては足つきと運命を共にすることになっても?」

『覚悟はしておろう。それにこの程度で終わる玉ならとっくの昔に死んでいる。心配などするだけ無駄だ』

 

 あまり表情を変えないレストが自信を込めてニヤリと笑った。

 別れても相手を理解し、信用しているのだなと分かる笑い方と言い様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリーンフレームに抱えられて帰投したメビウス・ゼロのコクピットから出たムウは、各モビルスーツがメンテナスヘッドに固定されて群がり始めた整備員達がノーマルスーツのヘルメットを被っていないのを見て空気が充填されたことを遅まきながら理解する。

 

「くそっ」

 

 億劫にヘルメットを脱ぎ捨て、水に濡れた犬が全身を振るうように顔を振って汗を弾き飛ばす。

 宙を漂いながら汗で張り付いて気持ち悪い前髪を煩わしげに感じながら、近くにいた整備員を捕まえた。

 

「おい、俺のゼロは何時までに直せる?」

「本体は推進器の損傷だけです。メビウスの互換パーツを付け替えればいいのでそう時間はかかりません。問題はガンバレルの方です」

「やっぱり替えがないと無理か」

「ガンバレルを扱えるのは地球連合でも大尉ぐらいです。この艦には予備なんてありませんよ。ヘリオポリスにあったやつで最後です」

 

 馴染みの整備員が暗い顔を浮かべた理由はムウには直ぐに分かった。

 メビウス・ゼロの固有武装ガンバレルを扱うには突出した空間認識能力が不可欠であり、軍内ではその素質を有するパイロットの存在は希有だった。よって人材確保の困難さからこの機体は少数生産に留まり、以後は一般兵士向けの量産機であるメビウスの生産に切り替えられた。

 ムウはメビウス・ゼロを扱える希少なパイロットの一人であったが故に少数生産に留まった弊害を身を以て知っている。これがムウの所属する第7艦隊であれば事前に発注して問題は無いのだが、アークエンジェルには所属していた仲間が全滅してから合流している。

 まだヘリオポリスの湾口にガンバレルの予備パーツが奇跡的に4基だけ残っていたが、それも先程の戦闘で破壊されてしまった。もうアークエンジェルにガンバレルはない。

 

「ないものは仕方ない。推進器だけでも取り換えておいてくれ」

「ガンバレルなしで戦うつもりですか? そんな無茶な!」

 

 ガンバレルのないメビウス・ゼロではメビウスにも劣りかねない。いくらムウが卓越したモビルアーマー乗りであっても無茶だった。

 

「やるしかないだろ、生き残るためには。これで終わったって訳じゃないからな。面倒かけるが整備を頼んだぞ」

 

 止めようとする整備員をガンバレルを失ってすっきりとしてしまった愛機の方へと流し、自分の吐いた言葉が先の全周波数通信で流されたミスズのことを非難出来ない我が身に返ってくることを知っているので悔しさに歯噛みした。

 

「情けねぇ。女の子を人質にしなくちゃ生き残れない程に俺達は弱い」

 

 歯噛みしたムウの視線の先で単純なボロボロぐらいでは段違いのグリーンフレームからユイが出て来た。

 ムウと同じようにヘルメットを煩わしげに脱ぎ捨て、汗を拭う。その顔を見てムウはギョッとした。

 頬が扱け、元から人形のように白かった顔色は死人のように青白い。

 

「大丈夫か、お嬢ちゃん」 

 

 漂うばかりのユイを捕まえて平気なはずがないと分かっているのに問うた。

 出撃する前と後では人相が違うユイに、それも仕方ないと思うほどの激戦を紙一重で潜り抜け、大人なのに他に何も言えないことにムウは情けなさを覚えた。

 

「私は大丈夫です。ですが……」

 

 あちこちの装甲に穴が開いたグリーンフレームを見ていたユイが視線を横にずらした。そこにいるのはコクピットが内側から開かないストライクだった。

 人間で言えば右脇腹に当たる部分に被弾して機械部分を剥き出しにしたストライクは単純な損傷でいえば最も少ない。だが、被弾がパイロットに影響しているのか、マードックが外部からコクピットを開いた。

 開いたコクピットに真っ先に体を突っ込んだマードックは、直ぐに出て来た。

 

「担架を持って来い! それと医者だ!」

 

 マードックの言葉よりも何よりも雄弁に、コクピットから出て来る赤い血の粒達がキラの状況を教えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリッジに残ったミスズとは対照的にラクスはブリッジクルーの一人に連れられて元いた士官室に戻された。

 士官室に戻ったラクスは何をする気にもなれず、椅子に座ったまま項垂れていた。

 

「ハロ、ラクス。ゲンキダセ!」

 

 そんなラクスを見咎めたペットロボットのハロが床を跳ね回りながら機械音声で喋る。

 跳ね回るハロを捕まえて膝の上に置いたラクスは淡く笑う。

 

「私は大丈夫ですわ。それよりも。フレイ……さん? 彼女の方が心配ですわ。目の前でお父様を亡くされたのではお辛いでしょうね」

 

 ブリッジでの扱い。人質であったにも関わらず、ラクスが気にしたのは自身よりも泣き叫んでいた少女の方だった。

 

「オマエモナ!」

 

 ペットロボットであっても無音の部屋にいるよりかはずっといい。例えプログラムされたようにしか動かず、喋らないハロでも今ほどいてくれて助かった時は無かった。

 一人であっても孤独でないことは救いだった。

 

「本当に哀しい事ばかりですわね、戦争は」

 

 医務室に連れて行かれる少女の背中とブリッジでの泣き声が今もラクスの目と耳に残っている。

 分かったつもりになっていた。だが、実際の戦場で奪われた肉親を前にした少女を前にしてラクスは理解力が足りなかったことを認める。

 

「このような日が一日でも早く終わるように、祈ります」

 

 祈って何が変わるはずもない。だけど、今のラクスに出来ることはそれ以外にはなかった。でなければ堪えている涙が流れてしまう。

 ラクスに泣く資格はなかった。泣いてはいけないと思う気持ちだけがラクスを支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かに乗せられて運ばれているような感覚があって、もっと強い脇腹から走る痛みが全身を支配していた。

 

(痛い)

 

 キラの意識は現実と夢の狭間を漂っていた。痛みだけが夢に落ちかけるキラを現実に引き止めていた。 

 

「いやぁあああああああ!!」

 

 突如として耳に響いた甲高い少女の泣き声が狭間を漂っていたキラを現実へと帰還させた。

 

「フレイ?」

 

 その泣き声がフレイ・アルスターであると頭よりも先に理解した口が少女の名前を呟かせていた。

 憧れている少女が泣いている。止めないととキラは体を動かして担架から転げ落ちた。

 低重力下だから体重と重力がプラスして床に叩きつけられるなんてことはなく、ゆっくりと落ちていく体を担架を運んでいた誰かが掴んだ。

 

「あぐぅっ」

「馬鹿! 怪我してるのに動く奴があるか!」

 

 途端に脇腹に走る激痛に顔を上げれば、体を支えてくれているトールの顔が目に入った。

 途中の記憶がキラの中から完全に抜けていた。脇腹が痛い理由が分からなかった。

 

「僕は?」

「ストライクが被弾した時に壊れたモニターの破片で脇腹がイッたんだ。動くなよ。直ぐに医務室につくから」

 

 トールは痛みに顔を歪めるキラの血に濡れている脇腹に触れないように反対側の肩を支えながら、一緒に担架を運んでいた整備員に一言お礼を言って目と鼻の先の医務室へと目指す。このままなら担架に乗せて運ぶよりも速いと判断したためだ。

 

「傷自体は深くないってよ。俺が着いた時には血が一杯出てから死んでるかと思ったぞ」

 

 キラが自身の脇腹に視線を落せば脇腹に止血用のテープが張られていた。これだけの簡易的な治療ですんでいるのだから痛みはともかくトールの言うように傷は深くないのだろう。

 ようやくキラは自分が撃墜されたことを思い出した。被弾した時の衝撃で意識を失い、どうやってかは分からないがアークエンジェルに戻ってきたのを理解する。

 

「ごめん」

「謝んな。キラは精一杯やったよ」

 

 痛みではなく申し訳なさで目を伏せたキラをトールは懸命に励ました。だが、敵に親友のアスランがいてキラは本当に精一杯やったのかと疑念に駈られていた。

 本気で戦っていたつもりではあった。しかし、自分の決めた枠組みの中での全力であって形振り構わない全力であったのかキラ自身でも分からなかった。ただ一つ言えるのは、キラは自分の限界がどこにあるのかを知らない。そして今回の戦闘で限界には到達していないことだけは確かだった。

 医務室を前にしてキラは申し訳なさで一杯だった。

 

「嘘よ! そんなの嘘よ! ……嘘ぉぉ!!」

 

 医務室の扉が開いた瞬間、キラの胸を抉る少女の泣き叫ぶ声が響いた。

 視線を向ければ床に尻をついたサイの腕の中でフレイが泣き叫んでいるのが見えた。ドアが開いたことで彼女を宥める為に同性であり知り合いであるミリアリアも同行したのだろう、はっと振り向いてトールと彼に肩を抱えられているキラを見た。

 キラの目にはミリアリアの姿は入らなかった。赤く綺麗な髪が乱れるほど振り乱し、サイの胸に縋って泣くフレイの姿だけが視界を埋めていた。

 

「…………フレイ」

 

 先遣隊のどれかの艦にフレイの父親が乗っていたことは出撃前にサイに聞いている。

 撃墜された原因が先遣隊の艦の爆発なのだから、フレイの様子から父親が助からなかったのは容易に予想がついた。あの時、フレイとの約束や彼女の父親の命をアークエンジェルと天秤にかけて見捨てたことは事実。止むを得なかったとしても謝りたいとキラはフレイの名を口にした。

 声にサイの胸で泣きじゃくっていたフレイが入り口にいるキラを見た。一瞬、涙を浮かべた瞳がキラの脇腹に浮かぶ血の跡を見たが直ぐに別の感情に塗り替わる。

 

「嘘つきっ! 大丈夫って言ったじゃない! 僕達も行くから大丈夫だって!」

 

 キラは何も言い返さなかった。仕方ないとも、アークエンジェルを守るためだったと言い訳はしなかった。

 シュミレータでモビルスーツの扱いには習熟していたから生半可な相手には負けない自信があった。シュミレーションの中であってもノーマルのジンが相手なら勝率は6割を超えていた。ユイにも呑み込みがいいと言われた。己惚れはあったかもしれない。自分よりも遥かに強いユイや頼り甲斐のあるムウがいたことによる過信があったことは否定できない

 

「なんでパパの船を守ってくれなかったの!? なんであいつらをやっつけてくれなかったのよぉっっ!!」

 

 出撃前に呼び止めたフレイを安心させるために不用意にした約束がキラを縛り付ける。

 キラは守るつもりだった。途中までは上手くいっていた。だけど、父親を失った少女を前にすれば全ては言い訳だった。

 

「フレイ! キラだってこんな怪我までして必死に……」

 

 我を失って詰りつけるフレイを諌めようとミリアリアが間に入った。だが、フレイの目は間にいるミリアリアを除けてキラに詰め寄った。

 

「あんた……自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!!」

 

 胸元を掴んだフレイの言ってはいけない言葉にキラの世界から色が失っていった。

 コーディネイターだから戦わされているのに、みんなを守る為にアスランを敵に回してでも嫌々戦っているというのに誰も理解してくれない。心配してくれるトールやミリアリア、一緒に戦っているユイやムウがいるのに言葉として叩きつけられた感情はまるで艦の総意かのように感じさせてキラを蝕む。

 

「フレイ!」 

 

 それだけ入ってはならない禁断の言葉に、流石のサイもフレイを強引に引き剥がした。フレイの狂乱に押されていたトールがキラを医務室に引き込み、反対にフレイを抱えたサイが出て行く。

 すれ違うその時もフレイは憎悪と悲しみに満ちた目でキラを見ていた。

 

「パパを返してえぇぇぇぇっ!!」

 

 ドアが閉まってもまるで呪いのように何時までもフレイの叫びはキラの耳に響き続けた。

 暫くして、医務室の椅子に座ったキラはパイロットスーツを上半身だけ脱いで傷の治療を受けながら今に至るまでの経緯を聞いた。幸いにも傷は見た手の通り、そこまでは深くないが医者がいない現状では下手な治療はしない。消毒して医療用のテープを張り付けておくだけしか出来ない。

 手先が不器用なトールではなくミリアリアが治療を行い、終わってからトールが重い口を開いた。

 

「キラ、大丈夫か?」

 

 傷か、心か、キラは分かっていながらも動揺した。

 

「あ、ああ……大丈夫。仕方ないよ、約束は守れなかったんだから」

「キラの所為じゃない! それは解ってくれ。そうじゃないと俺たちも辛い」

「…………そうだね」

 

 言葉通り、当人よりも辛い顔をするトールにキラはなんとか頷いた。

 頷いたキラを見たミリアリアは言うか言うまいかと悩んだがやがて口を開いた。 

 

「フレイね、ブリッジにいたのよ。お父さんの船が沈む瞬間に」

「えっ?」

「ミリィ!」

 

 それを言うな、とばかりに声を張り上げたトールにミリアリアは体をビクつかせた。

 今は艦の誰もが消耗している。その中で彼氏とはいえ、体の大きなトールにあれだけ威嚇的な大声を出されれば誰であっても怯える。

 怯える少女を見てトールは自分も気が立っていることを自覚し、深く息を吐いた。言ってしまったこととはもう取り戻せない。トールは続きを話すことにした。

 

「ラクスさんを人質にとってブリッジに連れてきたのはフレイなんだ。それを見たバジルール少尉が動いたのを制してミスズさんがザフトと交渉して今は停戦してる」

「そんなことがあったんだ」

 

 心の中で様々な感情が入り混じり過ぎてキラの返事は淡泊だった。

 心底参っている様子のキラにトールは先を言うべきか迷った。だが、キラの心の中の荒れ狂いようをトールほどには察せられないミリアリアが言葉を継いでしまう。

 

「目の前でお父さんが死んだんじゃ、誰だって冷静でいられなくなるわ。あたしだって自分のお父さんが同じ目にあったら……」

「ミリアリア……」

「許してあげてとは言わないけど、彼女の気持ちも解ってあげて、キラ」

「うん……」

 

 頷く以外にキラに何が出来るだろう。視線を落したキラは自分は何でここにいるのだろうかと不思議に思った。こんな苦しい思いまでして戦ったのに誰も理解してくれないのに、と。

 

「キラ……」

 

 すっかり小さくなってしまったキラの肩をトールは何を言うべきか定まらないまま掴もうとした。

 トールの行動を遮るように医務室の扉が開いた。入り口にいたのは白衣のポケットに手を入れているミスズだった。

 

「どうしたの?」

 

 沈んだ空気を敏感に察したのだろう。問いかけて来るミスズをトールは真っ直ぐに見れなかった。 

 

「なんでもありません。キラの治療、お願いします」

 

 外部の接触に助かったと思ってしまった自分を殴りつけたいと思いながらも、結局は今のキラに何も出来ない無力さに歯痒さを感じていた。

 納得のいっていなさそうなミスズの横を通って医務室を出る。話し合いの最中で意見など出しようもないからブリッジを抜け出せただけで、あまり離れすぎるのはマズい。マリューもナタルも気が立っていたので怒られるのは勘弁である。

 

「くそ。なんて声をかけたらいいんだ」

 

 トールは廊下に出た少し歩いて立ち止まり壁を叩いた。死んだサンダースに無性に会いたいと思った。

 逆に医務室に入ったミスズは廊下に出たトールの様子がおかしいことに気がついたが、彼女にとってトールの存在はキラに付属しているその他程度の認識しかなく、故に数歩進んだ瞬間には自然と意識の外へと弾き出していた。

 

「傷を見せて」

 

 今大事なことはお気に入りのキラの傷の具合である。脇腹に貼ってある医療用テープを剥がし、一度着たパイロットスーツをミリアリアに手伝ってもらいながら脱いで傷の具合を確認する。

 

「綺麗にスッパリといってるわね。お蔭で治りも早いでしょ」

 

 言って、てきぱきと治療を施していく。

 本職ではないと以前に言っていたが本職顔負けの手際に、補助の必要もなく見ているだけのミリアリアや治療されているキラが見蕩れるほど。

 

「ミスズさんって本当は医者が本業じゃないんですか?」

「昔に取った杵柄ってやつよ。あくまで私は研究者だから。流石に本職には負けるわ」

 

 思わずキラは問いかけていたが質問されることに慣れているのかミスズは手際と同じく淀みなく話す。最後にミリアリアが巻いていた治療用のテープを張り付けて、あっという間に治療は終わった。

 

「よし、これでいいわ。動かしてみなさい」

 

 手際の良さと早さを見ていても完全な安心などできるものではない。とはいえ、一度は具合を確かめる為に動かさなければならない。

 痛みを覚悟して最初から腰を捻ってみる。

 

「痛くない?」

「そうなるように治療したんだから当然よ」

 

 ミスズは何気なく言うがそういうレベルではない。

 医務室に来る前には少し動かすだけで激痛が走ったのに、今は軽く動かした感じでは痛みは殆どない。流石に動かし過ぎると痛みが酷くなるが日常生活の中での行動ならば注意していれば問題のレベルだった。

 本職以上に医者をやれるのに勿体ないとは思うが、Gシリーズやアストレイシリーズ(アストレイシリーズの基礎設計は別の人がしたらしいが)を開発した研究者相手に言える言葉ではない。

 

「で、時間もないから本題に入ってもいいかしら」

 

 和やかだった空気が間に芯が入ったように固まった。

 避けていたわけではない。目を背けていたわけではない。向き合わなければならない現実と分かっていても直視できない時がある。キラにとってさっきまでがそうだった。

 

「…………お願いします」

 

 フレイに与えられた心の傷は呪いのように痛みを与え続けているが現実がキラを待ってくれるはずもない。

 圧倒的な優位にあったザフトを一時的に下がらせたといっても今後何があるのか予想もつかない。ラクスの処遇に関して何らかの話し合いがあったのは明々白々である。あの優しい少女が関わるならばキラは現実を直視しなければならなかった。

 ミスズは疲れたように息を吐きながらも口を開けた。

 

「ラクスは返すことに決まったわ。フラガ大尉のメビウス・ゼロは推進器が壊れただけだから取り換えが利くけど、予備のガンバレルがないから戦力はガタ落ち。ユイのグリーンフレームにしても損傷が酷くてなんとか動かせるってレベル。ストライクは当たり所が悪かったみたいで電装関係がイッてたから今回は見送りね。こんな状態だから今のアークエンジェルは、とても戦える状態ではないわ」

 

 平気そうに見えても思うところ、考えることが一杯あるのだろう。ミスズは心の準備を固めるように、そこで一つ息をついた。

 

「戦闘なんてとても無理だからラクスを渡すことを引き換えに逃げるってことですか」

「ナタルはあわよくばこのまま人質にして月艦隊と合流したかったみたいだけど、あちらさんもそれは承知の上のはず。その前に襲撃をかけてくるでしょうね。ラウ・ル・クルーゼという男はそんなにも生易しくないわ」

 

 見た目は普通の少女であるラクスを人質に身の安全を計ろうとしている自分達にミリアリアが反発しかけるが、少女の社会に擦れていない若さを見たミスズは笑うのみだった。

 

「良いところ出来るとしたら時間稼ぎぐらいでしょうね。それにしたって引き伸ばせたのは避難民達を戦闘停止したことを知らせて呼び戻しているジャンク屋組合の船に移して艦から遠ざける時間分だけ。一時間といったところかしら」

「…………じゃあ、どうするんですか? とても戦えない。戦っても勝てない。逃げることも出来ないこの状況で」

 

 ミスズの笑みを見て思案していたキラは答えを見い出せずに問うた言葉に返ってきたのは謎の笑みだった。

 

「神頼みでもしてみましょうか。いえ、この場合はラクス頼みと言った方がいいのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が、でありますか?」

 

 ヴぇサリウスのブリッジで、何時出撃がかかるか分からないのでパイロットスーツのままのアスラン・ザラは当惑も露わに目の前の仮面の男に問い返した。

 

「ラクス嬢を迎えに行くのに婚約者の君以上の適任はいないだろう。相手がイージスをご使命なのだ。やってみせろよ、アスラン」

 

 地球連合の戦艦との通信はブリッジにいたアスランも聞いていたので命令に否はない。

 どうして聞き返したのかはアスラン自身にすら判然としなかった。

 

「武装を外して行き来分のエネルギーだけで来いとは、何かの策では?」

 

 ラクスの迎えにはイージスが指名されていた。スキュラのような機体から外せない武装は別としてビームライフルやビームサーベルといった取り外し可能な武装を除去し、ヴェサリウスから足つきまでの行き来が可能なエネルギーだけで来るようにとの条件で。

 アスランが疑うには十分な内容だった。

 

「最も大きな攻撃力を持つイージスを封じたいという思いがあるのだろうが今の奴らは死に体寸前の状態だ。策などない。例え策があったとしても我らには破る力がある」

「それはそうですが」

 

 侮りではなく、純然たる事実として彼我の戦力差は圧倒的である。

 誰がチェックメイト寸前の勝負に焦る必要があるのか。既に戦勝ムードのヴェサリウスのブリッジの空気に乗れないのは、足つきに親友と婚約者が乗っているアスランであるからこそだ。

 

「私もここまでの戦力を整えて足つきを落せないとなればこの白服を返上しなければならなくなる」

「では、足つきを見逃す気は無いと?」

「向こうはラクス嬢を返還するから見逃せと言っているが聞く道理はない。イージスがラクス嬢を乗せて足つきから離れてから勝負をつける」

 

 同じように聞いていたアデスの問いに、本国の評議員にラクスごと討っても良いかという許可を求めていた男は笑みすら浮かべて足掻く蟻を仕留めようとしている。

 非情ではなく軍人として当然の考えとしてクルーゼは動く。

 

(隊長はイージスが奪還されるとは考えないのか?)

 

 非武装のイージスだけで敵戦艦に乗り込めと言われたアスランは第一に疑ったのがそれだった。

 イージスは地球連合が開発したモビルスーツである。戦力が劣る足つきが猫の手も借りたい気持ちで奪還に動いてもおかしくはないと考えた。

 先の戦闘で緑のフレームをしたGに似たモビルスーツが大破に近い状況に陥っているので、イージスを奪還した後にそのパイロットが乗り換える可能性もある。これで戦闘可能かどうかは分からないが敵にはモビルアーマー一機とモビルスーツ二機になる。対してザフト側はモビルスーツ6機に戦艦二隻。

 単純に比較して戦力差は倍近いがラクスを人質に取られている状況でザフト兵がどれだけ敵戦艦に攻撃を加えられるか未知数である。それだけラクスは愛されている。

 だが、それでも作戦として動き出せば、この戦力差では結果は火を見るよりも明らかだ。

 

(もしかして隊長は俺やラクス諸共に沈める気か? この人なら、隊長なら必ずやる)

 

 もし、ラクスを奪還できずにイージスが奪取されたとしてもクルーゼは躊躇わないと確信がアスランの中にはあった。

 目の前の仮面の男は情やその場で感情で行動を誤ったりはしない。短いながらもクルーゼの指示の下で動いてきたアスランの直感である。

 

「ツィーグラーに打電。モビルスーツは事前に射出。敵に悟られないように火は入れずにカタパルトからの発進のみに留めろ。私も出る」

「隊長もですか? 仕留めるのはツィーグラーの隊に任せては」

 

 本来ならば艦にいて指揮しなければならないのに前線に出ると標榜した隊長にアデスは諦め気味に言った。

 

「獅子はウサギ一匹狩るにも全力を尽くすという。私も古語に習って見せよう」

 

 副官の苦労を知っても気にしないラウ・ル・クルーゼは今度こそ大物を仕留めようと意欲に燃えているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間の後、アスランはイージスのコクピットに座っていた。

 

「ラクス、必ず助ける」

 

 心許なさ過ぎるエネルギーに不安は覚えてもやるべきことは決まっている。

 

「キラ……」

 

 これが親友を救える助けられる最後のチャンスかもしれないという思いもあった。

 敵の戦艦に非武装とはいえ、乗り込める機会など次もあるとは限らない。この機会を活かせればラクスと共に奪還できる。胸が躍らないはずがない。

 

「アスラン・ザラ、イージス出る!」

 

 勇ましく叫びながらもエネルギーが行き来分しかないので、節約の為に発進シークエンスは完全にヴェサリウス任せになってしまう。

 一瞬のGの後に真空の世界に投げ出されたイージスは単身で敵戦艦へと向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことですか」

 

 ノーマルスーツを着込み、手に持つ拳銃の弾数を確認していたマリューは声をかけてきたキラを見た。

 

「ノーマルスーツかパイロットスーツに着替えなさい。危険よ」

 

 軍服に着替えているキラを見たマリューは質問に答えずに返した。

 キラの斜め後ろにいる桃色の髪の少女――――マリューの周りにいる小銃を持ったMP達を見て怯えるラクス・クラインを見ないようにして。

 目を逸らすマリューを見てキラは激昂した。

 

「なんでラクスはノーマルスーツを着たら駄目なのかって聞いてるんです!」

 

 モビルスーツのコクピットにノーマルスーツもなしに乗り込むということは本来なら危険が伴う。ラクスは無事にイージスに乗れたとしてもアークエンジェルを離れてから命の危険に脅かされるのだ。その危機感がザフトの行動を抑制するとしてラクスにノーマルスーツは与えられなかった。

 マリューは答えない。

 

「マリューさん!」

 

 再度の呼びかけに銃の点検に余念がなかったマリューが疲れたように息を吐いて顔を上げた。

 

「分かりなさい。これは命令よ」

「ラクスを返すんでしょ! そんな命令になんて」

「二度は言わないわ。従いなさい」

 

 手の持つ武器を誇示すようにキラに向けたマリューは、自分だって心底納得しているわけではないと感情を表情に覗かせていた。

 

「私だってこんなことをしたいわけじゃない。でも、仕方ないのよ。誰だって死にたくはないのだから」

「自分達が生きる為ならラクスは死んでも構わないって言いたいんですか」

「そうじゃない。そうじゃないのよ」

 

 伝わらない思い。伝えられない言葉。軍人だからこそ必要な事を行うことが出来るマリューらと、軍人の真似事をしていても気持ちに左右されてしまうキラでは行き違いが生まれてしまう。

 

「……………」

 

 何時もならここで仲裁に入るミスズは視線を向けただけで何も言わなかった。

 今までは軍人に理解のあるミスズがキラらの間に入って緩衝材の役目を担っていたが、彼女は彼女で今回の件で思うところがあるのかノーマルスーツのヘルメットの填め心地を直しているだけだった。

 

『イージス、着艦します』

「話はまた後でしましょう」

 

 ブリッジからの通信に耳を傾け、マリューはキラに背を向けた。

 キラはもっと言いたいことが山ほどあったがラクスが袖を引いたことで機会をなくしてしまった。

 

「ラクス」

「キラの気持ちは有難いのですが、これでいいのです」

 

 儚げに笑うラクスにキラはそれ以上は何も言えなかった。

 アークエンジェルの開かれたカタパルトデッキに降り立ったイージスが前進する。その背後では開かれていたカタパルトデッキが閉じられていく。

 モビルスーツデッキの真ん中辺りで立ち止まったイージスが辺りを睥睨するように顔を動かした。

 抜かれていた空気が充填され、人が呼吸できるようになったと機械が判断してキラの目の前の扉が開かれた。

 

「イージスだ」 

 

 モビルスーツデッキに通じる通路の扉が開かれ、フェイズシフト装甲を展開する電力も無く直立不動で立つイージスを見た誰かが言ったのを、MP達、そして高い白兵戦能力を持っているマリューに囲まれたキラは聞いた。

 周りに何人も人がいるので誰が言ったかは分からない。分かったところで意味はないと、イージスがコクピットハッチを開くのを見る。

 視線をずらせばユイが乗り込んだグリーンフレームがビームライフルをイージスに向けているし、ガンバレルを失ったメビウス・ゼロが対装甲リニアガンを向けている。キャットウォークや至る所から銃を持った整備員がノーマルスーツを着こんで隠れている。それだけイージスを警戒しているのだ。

 

「博士」

「ええ」

 

 艦長であるにも関わらず銃を持つマリューが顔を向けると、人の輪の中からミスズが歩み出て空を飛んだ。

 無重力なので一目散に床に落ちることもなく、イージスのコクピットへ向けて最初の慣性のままに飛んで行く。

 イージスのコクピットから出て来た赤いパイロットスーツに身を包んだアスランは向かってくるミスズに警戒したようだが、両手を上げて抗戦の意志はないと示したことで警戒しながらも取り付くのを許した。

 

「どうしてコクピットに?」

 

 時間がなくて詳しい経緯を聞けなかったキラは、銃を持ったMPに怯えるラクスの手を握りながらマリューに問いかけた。

 厳しい目でコクピットに入って行くミスズの後姿を見ていたマリューがキラの方へ顔だけを向けた。

 キラの隣にいるラクスが怯えている様にマリューは心持ち銃を少女から遠ざけながら目つきを和らげた。

 

「見た目で判断できる武装はともかく中身は分からないからアークエンジェルとデータリンクしてるのよ。博士にはその作業をしてもらっているの。Gの開発に関わって来た博士なら適任だから」

 

 まるで言い訳のようだと、キラはマリューが目を逸らすのを見て思った。

 Gの開発にはマリューやアークエンジェルに乗り込んでいる整備員も大なり小なり関わっているはずで、一歩間違えれば殺されかねない危険な役目をミスズがやる通りは無い。

 ミスズがこの役目を担わされたのは、コーディネイターだからか、モビルスーツの開発者だからか、元プラントの人間だからか、ラクスを人質にする発案者だからか。

 

「出て来た。キラ君も行くわよ」

 

 思案は長くは続かなかった。

 イージスのコクピットハッチからミスズが出て来て、OKサインを出してマリュー達がモビルスーツデッキに飛んで行く。

 

「ラクス、大丈夫?」

 

 後ろで見張るようにMPが銃を構えているのを意識して認識から外し、手を握る少女の様子を見る。

 

「大丈夫、です」

 

 ラクスは誰が見ても分かるほどに美しい顔を蒼褪めさせ、握る手は微かに震えていた。

 そうとしか返せない少女を哀れみ、そうとしか聞けない自分に憤りながらもキラは動くしなかった。一向に動こうとしないラクスに、後ろで不穏な気配を醸し出すMPに強硬策に出られるよりかはマシだと自分を納得させて少女の手を引っ張る。

 キラは自分が碌でもない男であるかのように感じた。

 

(欺瞞だ)

 

 キラは無重力に身を任せてモビルスーツデッキに降りながら唇を噛んだ。

 戦えないからラクスのお守をさせられているのに碌なことが出来やしない。降り立ったキラ達の周りには武装した地球連合の兵士。見据える先にはイージスのコクピットから出て降りて来たアスランとミスズ。この場にいる誰もがノーマルスーツを着ている。ラクスとキラを除いて。

 

(こんなにも怯える少女を利用してまで生きたいのか、僕達は)

 

 宇宙空間に出るのにノーマルスーツを着用しないのは自殺行為である。戦闘をして損傷を負いやすいモビルスーツのコクピットに入るのだから尚更。

 ミスズがイージスから離れ、地球連合の兵達がいるのとは別方向に離れていくのを見送ってキラは自嘲した。

 誰も死にたくなどない。生きたいに決まっている。その為に争い、他人の命を奪ってまで生き延びようとする欺瞞に満ちた生物が人間である。コーディネイターだナチュラルだとかは関係ない。

 

「ラクス!」 

 

 ラクスを確認したアスランが叫び、彼の存在を認めたラクスもまた安心したように体を震えを止めた。蒼褪めていた顔色にも僅かに赤みが戻ってきていた。

 自分には安心させてやれなかったのにアスランが容易く成し遂げたことにキラは少し傷ついた。だけど、それも仕方のないことだと心に整理をつけた。

 土台、会ってから一日程度しか経っていない自分と婚約者のアスランを比べる方が間違っている。三年前の時点でもアスランには頼り甲斐があった。きっと今なら頼もしい男になっているのだろうと自分を納得させた。

 納得させなければやっていられなかった。

 

「行って」

「でも」

「行って!」

 

 促しても行こうとしないラクスの背を押してアスランの方に流す。

 

「色々とありがとう、キラ」

 

 ラクスはキラには分からない感情で笑むと、押されるがままに無重力空間を流れて行った。その背中と桃色の髪を見送るしかなかったキラの胸を切なさが支配する。

 キラに背中を押されて流れたラクスは地球連合の兵の間を流れ、止める者もいないままイージスへと辿り着いてしまう。

 

「アスラン……」

 

 アスランに抱き留められたラクスの安心しきった顔をキラは見れなかった。もし見ていたらノーマルスーツも着せられずにこの場に連れて来られたラクスの現状にアスランが周りに憎しみの籠った目を向けたことにも気がついただろう。アスランのそんな目を見なかったことはキラにとって良かったのか悪かったのか。

 

「彼女を連れて早く行きなさい」

 

 キラが再び視線をイージスに戻したのは、マリューの氷のように冷たい声音だった。

 向けられた銃口は正確にラクスの背中に向けられていた。

 

「分かっている!」

 

 アカデミーで軍事教練を受けたアスランはマリューやMP達の狙いが自分ではなくラクスに向けられていることを感じ取っている。

 戦う力のない少女を人質にし、今も銃口を向けている。憤り、怒りを覚えながらもラクスを守ろうと体で銃の射線を遮った。こんな所には一秒でもいたくないとばかりにそのまま飛び上がろうとしたが、アスランは敵の姿を見据えようとするかのように周りを見た中である場所で視線を止めた。

 視線を止めた先にはキラがいた。ラクスと同じく、モビルスーツデッキの地球連合側でただ一人だけノーマルスーツを着ていないキラの姿が。

 

「キラ!」

 

 生身でかけられた二週間振りぐらいの声には色々な感情が込められていた。

 喜びであり、怒りであり、哀しみであり、その他にも感情が絡まり過ぎて他人には容易に察することは出来ない。きっと言った本人にも分からないのかもしれない。

 

「お前も一緒に来い!」

 

 名前を呼ばれたキラは地球連合の兵から見られながらも視線は、手を伸ばしてくるアスランだけを見ていた。

 今が分水嶺になると何故かそう感じた。

 

「コーディネイターのお前がこんなことをする地球軍にいる理由がどこにある!? 俺と一緒に来てくれ、キラ!」

 

 心が動かなかったといえば嘘になる。事実、足は僅かなれど動き、手も何かを求めるように上がりかけた。

 だが、キラはもう三年前とは違うのだ。

 

「キラ!」

 

 アスランではない声がキラの名前を呼ぶ。

 声の主を探せばノーマルスーツも着ずに艦内通路からモビルスーツデッキに出て来たカトウゼミの学生らがいた。声を発したのはトールだ。

 本当なら他の避難民と一緒にジャンク屋組合の船で避難しているはずの彼らがまだアークエンジェルに残っているのは考えるまでもない。キラの為だ。キラの為に彼らは隠れていたのだ。

 

「…………いけない。僕は一緒には行けない」

「キラ!?」

「僕だってアスランと戦いたくなんてない。でも、この艦には守らなきゃいけない人達が」

 

 胸が苦しい。息が出来ない。でも、キラは選ばなければならなかった。

 キラが撃墜したジンアサルトのパイロットの、父親を失ったフレイの、二人にかけられた呪いがキラをアークエンジェルに縛り付ける。

 

「友達がいるんだ!」

 

 キラは選んだ。アスランではなくトール達を。選ばざるをえなかった。正しいとか、間違っているとかではなく、この道を選ぶしかなかった。

 

「ならば、仕方ない……」

 

 キラの叫びを聞いたアスランは辛そうに眉を顰めて顔を誰にも見られないように伏せた。直ぐ傍にいるラクスからはアスランが泣いているように見えた。

 再び上げた顔は毅然としていた。

 

「次に会う時は、俺がお前を撃つ!」

「…………僕もだ」

 

 決別を告げる声は互いに震えていた。思ってもいない言葉であっても言わなければならないと互いの立場が認識させる。

 隔てる距離が遠い。立ちはだかる人が多い。障害がありすぎた。

 アスランは感傷を振り捨てるようにラクスを抱えて飛び上がった。反対にイージスのコクピットに完全に入り込むまでラクスはキラを見続けていた。

 距離を取った地球連合の兵の見ている中でメタリックグレーのままでイージスが動き出す。

 閉められていくハッチにイージスの姿が隠されていくのを見ていられなくてキラは目を伏せた。そのキラの肩をミスズが優しく抱く。

 

「ミスズさん」

 

 ミスズは何も言わなかった。ただそこにて、ノーマルスーツ越しでも分かる肉の感触がキラを孤独にはさせなかった。

 二人を置いて周りは動く。マリューは急いでブリッジに戻り、MPや整備員達も自分の仕事に戻る。

 周りが動き出す中で二人だけが静止していた。

 コーディネイターでありながらナチュラルの集団の中にいる異端者。二人は置いて行かれた者だった。異端であっても孤独でないことが今のキラの唯一の救いだった。それでも溢れ出した涙は止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よくやった、アスラン。ラクス嬢を連れて帰投しろ』

 

 イージスが足つきから離れた直後、クルーゼからの通信が入った。

 十分に距離を取らされていたヴェサリウスとツィーグラーのエンジンが点火して噴射光が灯る。宇宙を漂う岩塊に火を消して隠れていたモビルスーツが出て来る。その光景を見たアスランは後ろを振り返りたい衝動を抑えるのに必死だった。

 イージスを操って、撃ってきた足つきの弾幕を躱しながら残りのエネルギーを確認する。

 Gの特徴の一つであるフェイズシフト装甲は展開できない。バーニアの類もギリギリしかないから余計な回避動作は取れない。それでも腕の中にいるラクスを守る為にやってみせるしかなかった。

 

『ヴェサリウスがそちらに向かっている。流れ弾に当たるなよ』

「分かってます」

 

 クルーゼが乗っているザフト製ガンバレル搭載型のシグーとすれ違った。

 

『ならいい。道中の守りはレスト殿がやってくれる』

『というわけだ』

 

 クルーゼ以外の通信が入るとモビルスーツ大の盾を構えたジンがイージスの背後に滑り込んだ。

 

「もうエネルギーが持ちません。お願いします」

 

 背中を守ってもらえる安心感を感じながらヴェサリウスとの距離を計って、これ以上の回避動作がエネルギー切れを守ることを認識させられる。

 

『任された。俺の背中につけ』

 

 言葉少なく答えたレストの言葉に従い、イージスを反転させてジンの背中に隠れる。

 そして視線をさっき自分が出て来た足つきに向ける余裕がようやく出て来た。

 

「叔父様?」

『その声はラクス嬢か。久方ぶりとなる』

「何をしているのですか! あの船には博士が、あなたの奥方が」

 

 クルーゼのザフト製ガンバレル搭載型シグー、ハイネのシグーアサルト、ミハイルのジンハイマニューバ改、シホのシグーディープアームズ、ヒルダのジンリフターの5機が鋭い牙を足つきに突き立てようと近づいていく。

 足つきが凄まじい火力で応戦しようとも、出撃したボロボロのGもどきとガンバレルのないメビウス・ゼロでは戦力に乏しい。

 小動物に群れる大型肉食獣のような図だった。

 

『あれも覚悟の上。軍人でない者が口を出せばこうなると判ろう』

「嘗てといっても夫婦であった者が言う言葉ですか!」

 

 先の戦闘での通信はアスランも聞いている。

 イージスのコクピットに乗り込んできた技師らしき女性がレストと別れたとはいえ夫婦であったことは、間近で見ても信じられるものではなかった。だが、今のアスランは普段は大人しいラクスの激情に駆られた姿にこそ驚いていた。何時もおっとりとしていて、穏やかに笑うラクスの姿しか見たことがなかったからだ。

 

『軍人が命令に従うのは当然のこと。命令がない限りは止めることなど出来ません』

「それは命令があれば止めるのですか?」

『…………』

 

 沈黙は肯定の証だった。モニターに映る光景では、最も機動力の高いヒルダのジンリフターが足つきに攻撃を仕掛けようとしていた。

 それを見たラクスは意を決したように体を乗り出して、通信機のスイッチを入れ変えた。

 

「そこのジンは攻撃を止めなさい! ザフト軍は攻撃を停止しなさい!」

 

 間髪を入れず、放たれたラクスの怒声にヒルダのジンリフターはその動きを止めた。

 足つきから射撃が放たれ、慌てたように回避する。その動きには明らかな戸惑いがあり、他のザフト軍の機体も同じだった。

 

『なんのつもりか、ラクス嬢』

 

 クルーゼがはっきりと怒っている声音で通信を繋いだ。

 

「止めて下さいと申しているのです! 追討慰霊団代表のわたくしのいる場所を戦場にするおつもりですか!? そんなことは許しません!」

 

 アスランであれば思わず平伏して謝ってしまう怒り様にラクスは勢いで全てを押してしまえとばかりに一気呵成に言い募る。

 

「直ぐに戦闘行動を中止して下さい! 聞こえませんか!?」

 

 歴戦の兵士であるクルーゼの怒りに触れて怖がっていないはずがない。無理な体勢で叫んでいるのもあって体を支える為にアスランのパイロットスーツの肩を掴んでいる。その手は震えていた。

 アスランにはラクスの気持ちが分からない。

 足つきが何があったのか、何が彼女を動かしているのか、分からなかった。

 

『…………了解しました、ラクス・クライン』

 

 暫くの沈黙の後、クルーゼの方が先に折れた。

 クルーゼは一度言った言葉を撤回する男ではない。足つきを包囲していたモビルスーツが転進する。

 それを見送ったアスランは夢でも見るように放心するしかなかった。

 

『良くやった』

 

 レストのジンがそれだけを告げてイージスの腕を取ってヴェサリウスに向かうのもアスランの意志によるところではなかった。

 

「これで良かったのですよね、これで」

「ラクス……。ありがとう」

 

 通信を切ったラクスが体を起こして満身創痍の様子で肩に頭を乗せてくる姿に哀れみと、キラが助かった喜びに突き動かされて少女の肩を支えた。その肩はザフトを動かしたものとは、クルーゼの意志を変えさせたとは思えないほど小さな肩だった。アスランが守られなければならない少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九死に一生を得たアークエンジェルで、ミスズが深い溜息を吐いた。

 

「ラクスは上手くやってくれたようね」

 

 ミスズでは他にこの場を切り抜ける手段を思いつかなかった。博打に近い手段だったが上手くいったようだった。

 

「どうやったのですか、博士」

 

 何時もの士官室に戻って来たミスズに背後からユイが話しかけた。

 独断専行も過ぎて今まで以上に士官室から出られなくなったミスズに戦闘態勢が解除されたユイが会いに来たのだ。

 

「どうもこうもないわ。ラクスならザフトを動かせるってことと、動かしてくれないと私達が死ぬってことを言っただけよ」

 

 ユイはミスズの言葉を吟味して、理解しながらも表情を動かなさなかった。

 

「博士は最低です」

「――――分かってるわよ。よくね」

 

 ユイからは椅子に座ったミスズは背を向けていてどのような顔をしているのか分からなかった。ただ、傷ついているように感じて、嘗てミスズがユイにそうしてくれたように、後ろからその身体を抱きしめた。

 

「それでもあなたは私達を守ってくれました」

 

 耳元で囁くとミスズは体をピクリと震わせた。

 

「……ありがとう」

 

 小さく呟かれたミスズの感謝の言葉はしっとりと濡れていた。

 

 

 

 

 

 灯りのついていない部屋のベッドで暗い目をしたフレイ・アルスターがのっそりと身を起こした。

 

「許さない」

 

 俯いた口から漏れたのは普段の闊達とした少女にはありえない押し殺したような低い声だった。

 

「コーディネイターなんて、みんな死んじゃえばいいのよ」

 

 呟いたフレイの目には狂気と憎悪しかなかった。

 戦争によって父を失った少女は世界ではなく、コーディネイターを呪った。

 

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