シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第12話 君は僕に似ている

 

 プラントと地球連合の戦争は、数で勝る地球連合軍をザフトはモビルスーツで圧倒した。地球連合側でもモビルスーツの有用性に目をつけた男がいた。士官であるデュエイン・ハルバートンである。

 彼は対モビルアーマーとして開発されたジンのカウンターとして、対ジンを想定としたモビルスーツの開発を提唱したのである。

 開発の上伸を却下されたり、開発に着手したものの先端技術の大半をプラントに依存していたので当然の如く難航した。その為、オーブ連合首長国の国営企業モルゲンレーテとの共同開発へと切り替えた。

 紆余曲折あったものの、モルゲンレーテの協力もあって開発は順調に進んで5機の機体がロールアウトした。だが、完成前にザフトがヘリオポリスを襲撃することも、味方のはずの連合の兵がスパイとして潜り込んでデータを盗んでいることも、神ならぬ人の身であるハルバートンには分かるはずもない。そして奪取されたGの技術がザフトのモビルスーツに影響を及ぼすことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~」

 

 プラントのマイウス市にある企業、マイウス・ミリタリー・インダストリー社のデスクで一人の男が黄昏ていた。デスクに伏せて盛大な溜息を漏らした四十を少し超えた男の近くにいた二十代の男が見咎めた。

 

「主任。仕事をして下さい」

 

 ピッチリとしたスーツ姿でパソコンのキーボードを打つ若い男は、四角い眼鏡をつけた神経質な見た目通りに注意する。

 若い男に注意を受けた主任は、ここ最近とみに後退著しい前髪を掻きながら体を起こす。

 

「そうは言ってもねぇ、ハインツ君。最近の仕事の量は異常だよ。もう一週間も家に帰れてないんだよ、僕は」

 

 主任はハインツに見せるように汚れた襟を見せるようにつまんだ。

 何日も家に帰れず、なんとか風呂だけは会社のシャワー室で賄えているが服まではそうはいかない。替えの服なんて用意していなかったから一週間も着続けているスーツは傍目にも分かるほど汚かった。

 

「私達だって似たようなものなのですから文句は無しです」

「君のと私のを比べて似たようなものと言われてもねぇ。私だけボロボロ過ぎない?」

「睡眠時間を削って身だしなみに気をつけてるんです。主任と比べないで下さい。私は単にこういう性格なだけです」

 

 パソコンのモニターだけを見ているハインツの服装は主任と比べるときっちりとし過ぎている。変わりに顔色だけは主任の何倍も悪いのは言う通り睡眠時間を削ってでも身だしなみに気をつけているのだろう。

 感心すればいいのか、もっと体調に気をつけろと言うべきか主任は迷った。

 

「主任は新型開発のトップなのですからしっかりとして下さい。でなければ、下の者に示しがつきません」

 

 じゃあお前がトップをやれよ、と主任は思わなくもなかったが口にはしなかった。

 肩請ったなぁ、と爺臭い台詞を言いながら腕を回して凝り固まった肩の筋肉を解し、文句の代わりに頬杖をついて深い深い溜息を出した。

 

「色々と計画に無理があるのよねぇ。まぁ、分かるけどさ。奪った連合の新型の性能がシグーどころか開発中の新型にも勝るっていうし」

「データを見せられた時は正に晴天の霹靂でした。特に小型のビーム兵器を実用化してくるとは」

 

 二週間ほど前に上層部から齎された情報に揃って仰天した過去を持つ二人は、疲れの滲んだ息を同時に吐き出した。

 

「あれからだよねぇ。上から奪った連合の新型を超える機体を作れってせっつかれたのは。連合は金と人材に物を言わせた少数生産の高性能高級機でしょ。こっちは量産型で性能を超えろって無理があるじゃん」

 

 しみじみとした様子で主任は言いながら、この二週間で現在進行形で続く苦行を思い返す。

 

「やれと言われたらやるしかありません」

「社畜の辛い所だよねぇ。お仕事万歳ぃ」

 

 弱々しく拳を突き上げる主任にハインツはクスリと笑った。

 ハインツも気持ちは主任と同じであるが性格的に文句を延々と垂れることは出来ない。こうやって主任の愚痴に付き合うことで彼は彼なりにストレス解消しているのだ。

 

「やっぱセレーネ女史が抜けた穴はきついかぁ」

 

 行儀悪く顎をデスクにつけた主任の呟きにハインツの四角い眼鏡が電灯の明かりに照らされてキラリと光った。

 

「聞き捨てなりませんね。彼女がいなくても計画にはなんの支障もありません」

 

 初めて仕事の手を止めてまで言い切ったハインツに、主任はニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。

 

「相変わらず女史をライバル視してんのねぇ。それとも恋い慕う人がいなくなったことを気にしてんの?」

「な――っ!?」

「言わずとも私は解ってるよ、うん。いやぁ、ハインツ君が見た目の割に乙女な所があるってみんな知ってるさぁ」

 

 なぁ、と同意を求められた同僚達が揃いも揃って目を逸らした。

 ハインツがこの話題に触れられることを嫌っているのは周知に事実であり、つい3ヶ月ほど前に己が研究の為にプラントを去ったセレーネ・マクグリフを恋い慕っていたこともまた知られていた。

 一斉に目を逸らす同僚たちの反応で、恋心が皆に知られていることを知ったハインツの堪忍袋の緒が切れる前に主任は話題を逸らす。

 

「確かD.S.S.D技術開発センターに入ったって聞いたけど、彼女も頑張っているといいねぇ」

「!? な、なぜ彼女ほどの技術者がD.S.S.Dに?」

 

 かかった、と内心でほくそ笑んでいるだろう主任の内心を見透かした同僚達は苦笑しながらも仕事の手を休めない。話を聞きながらも仕事が出来るプロフェッショナル達であった。決して無駄なスキルなどと突っ込んではいけない。

 皆の注目を集めていることを自覚した主任は顔を起こして頬杖を聞く。意地でも仕事はしなかった。

 

「火星軌道よりも遠くの天体を目指すことが望みって聞いたことがあるよぉ。プラントに来たのだって技術力を吸収する為だって公言してたからねぇ。コーディネイターとナチュラルの争いには無関心だったから戦争と関わらなくて夢が叶えられるD.S.S.Dに行ったんでしょ、多分」

 

 主任は黒髪の1度決めた目標は最後までやり通さなければ気が済まない性格をした強い目をしたセレーネを思い出す。如何なる努力も惜しまなず、目的のために手段を選ばない側面を持って例え上司に対しても我を押し通す強気な性格は強く印象に残っていた。

 

「技術力を吸収する為って、よくプライドの塊みたいな連中の多いウチが受け入れましたね」

 

 ハインツの疑問はご尤もだった。プラントの人間はコーディネイターであるから己の能力に自信を持っており、総じてプライドが高い。その中でプラント外の人間が利用することを公言しておいてよく受け入れたなとハインツは疑問に思った。

 

「当時のここのトップ。つまりは僕の前任の主任が面白いって認めたのよぉ。盗めるものなら盗んで見せろって。最高評議会にも意見を通せる人が認めたんなら下は従うだけでしょぉ。まぁ、セレーネ女史が技術者として優秀だったてこともあったけど」

 

 そういえばあの人が連合の新型に協力していたんだなぁ、と主任は当時のことを軽く思い出してノスタルジーを感じつつ、現在の忙しさの何分の一かを担っている昔の上司を呪った。

 

「はぁ、凄い人だったんですね」

 

 最高評議会にも口を出せる人がどうして一企業の主任なんてやっていたのか謎ではあったが、話のスケールがプラント全体にまで広がってしまって頭が麻痺してしまっていた。

 

「そういえば君は僕の前任の主任に会ったことなかったねぇ。色々とスケールの大きい凄い人だよぉ。なんてたってヴイ君を採用したのもあの人だし」

「あの変人ヴァレリオ・ヴァレリをですか」

 

 色々と残念な年下の後輩を思い出して、前の主任にハインツは素直に関心した。

 自身ではハイセンスと思っているが服のセンスがネジ3本ぐらい外れていた、記録よりも記憶に残る男ヴァレリオ・ヴァレリ。セレーネがプラントを離れる少し前に辞めた男のことは、一年も共にいなかったのに強く印象に残っていた。

 

「ヴイ君は研究者としてはそれなりに優秀なんだけど、強いエリート意識とプライドを持ちすぎてるからよく周りと喧嘩になってたねぇ。あの人がいなくなって認めてくれる人がいなくなったって、自分の才能を高く買ってくれる場を求めてプラントを出ちゃってからどうしてるかなぁ?」

「どこかで馬鹿やってるでしょう。ああいう人種は世に憚るものです。忌々しいことに」

 

 本当に忌々しいとばかりに、一際強くキーボードを押すハインツに主任はカラカラと笑う。

 

「君ってヴイ君とソリ合わなかったよねぇ。彼と何時も喧嘩してたし」

「あのふざけた態度が気に食わないだけです。そういう主任は一緒に馬鹿やってましたね」

「僕は嫌いじゃないよ、彼の事。何よりも真面目に馬鹿なところは面白かったし。勿論、あの服のセンスは理解できなかったけどねぇ」

 

 呑気に言い切れる懐の深さに感銘を受ければいいのか、実はヴァレリオのことを虚仮にしていることを突っ込めばいいのか、ハインツはどっちつかずの顔をした。

 そしてふと気づく。ハインツが入社する前、主任の前の主任もこのような性格をしていたのではないかと。

 

「ちょっと催しちゃったからトイレに行ってくるよぉ。大きい方だから長くなるからねぇ」

 

 まさか主任になると性格が似て来るのか、もしくはそういう性格をしている者が主任に選ばれるのか、どうでもいいようで下で働くとなると気になってしまったハインツの隙を縫うように主任は足早に席を離れてしまった。

 一秒、二秒といなくなった主任の席を見つめること数秒。

 

「また逃げられた!?」

 

 二週間の間に7度目になる脱走に気づいたハインツは脱兎の如く逃げる主任の後を追いかけた。

 

「主任――――っっ!!」

「ここまでおいでぇだよ、ハインツ君」

 

 部屋の向こう、廊下側からどたんばたんと走り回る音と声に、同僚達はやれやれと微笑ましい笑みで見送って仕事に戻った。

 プラントは今日も平和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナード」

 

 開発したモビルスーツの為に改造した旧モビルアーマーデッキで、ザフトのジンと差別化を図る為に二つ目をした鋼鉄の巨人を見上げていたカナード・パルス特務兵は自分の名を呼ぶ副官メリオル・ピスティスの声に視線を下ろした。

 

「またここにいたのですか」

 

 メリオルの責めるわけではないが呆れているような声音に反論しかけたカナードだったが、口を開いたところでブリッジにいるかモビルスーツデッキにいるかのどちらかの可能性が高いことに気づいた。

 

「悪いか」

 

 つらつらと考えてみたが反論の材料が見つからなくてむっすりと口を閉じた。

 

「そういうわけではありませんが、指揮官が暇そうにしていては艦の士気に関わります」

「こいつの調整をしていただけだ。暇そうになどしていない」

「その様子では手は空いているようですが」

「まだ俺のところにまで回ってこないだけだ」

 

 この鋼鉄の巨人の特有の兵装をアルテミスで積み込み、整備員達が昼夜を徹して調整を行っている。パイロットであるカナードもしなければならないことがあるが、技術畑ではないので言うほどに多くは無い。

 腕を組んで駄々っ子のように自分の非を認めようとしないカナードに、メリオルは少し呆れながらも思ったよりも何時も通りで安心した。

 薄く笑うメリオルに気分を害した様子のカナードは眉の角度を目に見えて分かるほど上げた。

 

「俺が何をしていようとお前達に関係ないだろ」 

「あなたって人は自分のことを何も知らないのですね」

 

 他人に興味がなく、戦うことだけを生き甲斐としているカナードにメリオルはこっそりと溜息を漏らす。

 周りの意見や目を気にしないどころか無視しているのはモルモットとして育ってきたところに原因があるのはメリオルには良く解った。実際は圧倒的な戦闘能力と自信に塗れた姿は部下達にはカリスマとして見られているのが気づいていないらしい。

 コーディネイターであることを蔑視している者や僻んでいる者はメリオルの権限で他部署に飛ばしているので、戦えば必ず勝つカナードの評判はオルテュギア内で頗る高い。

 

「他人の評価など、どうでもいい」

 

 心底そう思っている口調のカナードにメリオルは再度の溜息を漏らした。意識改革は今後の課題としてカナードに習って二つ目をした人を模した巨人を見上げる。

 何をするでもなく黙って見上げると、カナードが瞳に暗い熱を灯しているのにメリオルは気付いた。

 

「…………報告は?」

「発見はまだとのことです」

 

 何を問われるかを先に推察していたのでメリオルの返事は早かった。

 本音を言えば答えるどころか目的地を変えてしまいところだが上官であるジェラード・ガルシアの命令は、まだ無視できない。

 

「アルテミスで月の本部へ向かう旨の発言をしていたとのことですから、状況から推測してどこかで補給をしているはずです。直に追いつけるはずです」

「そうか……。まだ本物には会えないか」

 

 本物と漏らしたカナードの言葉に、失敗作と罵られ続けて今に至る彼の過去を思えば何を言えるはずもない。

 劣等感や味わってきた痛みや絶望を糧にして生き続けてきたカナードが突如として現れた本物に敵愾心と憎悪を持つことは避け得ない現実だった。

 

「命令通りに捕まえるのですか?」

「まさか」

 

 ガルシアは自身が長を務める特務部隊Xに、最高のコーディネイターの完成体であるキラ・ヤマトとモビルスーツの生みの親であるミスズ・アマカワの捕獲命令を出している。命令を受領したオルテギュアは開発中だった新兵装を積み込み、捕獲対象が乗り込んでいるアークエンジェルの目的地である月へと先回りしようとしていたはず。なのに、実働部隊のリーダーであるカナードがその命令を鼻で笑った。

 

「成功体を、キラ・ヤマトを殺す。そうすれば俺が本物になれる」

「本物に?」

 

 カナードをずっと見てきたメリオルにはその理屈はどうしても理解しにくい物であった。だが、所詮は他人で、失敗作と罵られていたモルモット扱いされて辿ってきた今までを考えれば仕方のないことかもしれないと、メリオルは自分を納得させようとした。

 

「そうだ。俺を止めるか、メリオル?」

 

 または命令を無視して対象を殺そうとしているカナードを止める義務が副官でありガルシアが派遣したスパイでもあるメリオルにはある。そもそも強大な能力を持ち、プラントのコーディネイターと比べても遥かに強いカナードを御するために付けられた制御装置の役割として期待されているのがメリオルなのである。

 

「…………いいえ、止めません。私の忠誠は、その首の爆弾と制御装置を取り外した時からユーラシア連邦ではなく既にカナートに捧げていますから」

 

 忠誠を誓ったのは、正確には不屈の意志を持つ黄金の獣を前にした時からであるが言葉だけを見れば一目惚れのように聞こえてしまうので羞恥から嘘をついた。

 

「変な女だ」

 

 大昔の騎士が仕える主に剣を捧げるように頭を下げるメリオルを見下ろしたカナードは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 なんとなく、ハリボテになっている金属製の首輪に触れている自分を自覚して面白くないと感じていた。

 私生活では完全にメリオルに依存してしまっており、公の部分でもかなり頼ってしまっている。忠誠を疑うことはない。メリオルが副官になってから天国と地獄ほどの待遇の差で、もう今のカナードでは昔に戻れないほど生温い。出来る女であることは間違いないのに失敗作の御守を命じられてからおかしくなったが何か困ったことがあるわけではない。

 

「この艦の、ガルシアを抜いた特務部隊Xはカナードの手足同然です。好きに使って下さい」

「言われなくても使ってやる」 

 

 カナードは言って、メリオルから二つ目の巨人――――『ハイペリオン』と名付けられたモビルスーツを見る。

 ハイペリオンは「高い天を行く者」の意味を持つギリシア神話の神であるヒュペリーオーンに由来する。モルモットとして人扱いすらされなかったカナードが乗るには不釣り合いな機体であった。だが、とっくの昔に死んでいたと思っていた成功体が生きていて、キラ・ヤマトを殺すことが出来ればその名に恥じない人間になれるとカナードは信じていた。

 

「生き抜き、勝ち抜き、ここまで来た。待っていろよ。必ずお前に辿り着いてみせる、キラ・ヤマト」

 

 嗤うカナードと彼を心配そうに見るメリオルを、ハイペリオンが静かに見下ろしていた。暗く昏く静かに飢える獣は、やがて出会える獲物を確実仕留める為にその時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとの戦いから数時間が経過していた。ラクスを救出し、プラントに向かう彼女に会うためにアスラン・ザラはツィーグラーに来ていた。

 

「ん?」

「ハロ、ハロ、アスラーン」

「……おっ、ハロ」

 

 ラクスがいるという士官室の扉を開けたアスランは目の前に広がったピンクの物体に少し驚いたが慌てずに受け止め、それが自分がラクスにプレゼントしたペットロボットであるハロであることに気づいた。

 手の平の中で羽をばたつかせるハロをどけると、ようやく室内の様子が見えた。

 

「ハロがはしゃいでいますわ。久しぶりに貴方に会えて嬉しいみたい」

 

 室内にいる二人の内の一人であるラクスが椅子に座ったままゆるりと笑った。

 

「ハロにそんな感情のようなものはありませんよ」

 

 ラクスの護衛の為に部屋にいるヒルダ・ハーケンから何故か厳しい視線を向けられることに内心頭を捻りながらアスランは苦笑しつつ言った。

 ハロを作ったのはアスランである。どのような機能があって、どのような行動を取るのか大体わかる。製作者に会ったからといって喜ぶような感情がないことは百も承知の上だった。

 

「そう考えた方が夢があるではないですか」

「すみません」

 

 同意してくれないことに拗ねたように唇を少しだけ尖らせたラクスに、謝りながら手の平の中にいるハロを放した。

 アスランの下から離れたハロはそのままラクスの方へと流れて行く。

 

「あなたを作った人はいけずですわね」

「イケズ、アスランハイケズ!」

 

 受け止めたハロを顔の前にやったラクスは悪戯気に笑いながら言い、ハロが繰り返す。こうも繰り返されるとアスラン本人も自分がいけずのように感じるのだから不思議だった。

 ハロをラクスに渡した当初は簡単な単語を登録しているだけだったが二年近くを共にして随分といらない言葉を覚えたらしい。

 

「それで、どうかされましたのアスラン?」

 

 開戦前のことが随分と昔のことに思えて、懐古の念に駆られていたアスランを現実に戻したのは静かなラクスの声だった。

 

「あっ、いえ。あ、ご気分は如何かと思いまして。その、人質にされたりと、色々ありましたから」

 

 背後で自動で扉を閉まる音を聞きながら椅子に座るラクスの前へと足を進める。

 足つきから出て来た時にイージスのコクピットでの出来事。辛いことがあっただろうことは容易に察しがつき、慰める言葉をかける為に来たにも関わらず碌なことを言えない自分が憎かった。

 

「私は元気ですわ。あちらの船でも、貴方のお友達が良くしてくださいましたし」

 

 ラクスは笑顔だった、その笑顔が作り物であることは分かる。アイドルであり最高評議会議長の娘であるラクスは望まない笑顔を作ることがある。この時に浮かべている笑顔は正にそれだった。

 アスランにはラクスが泣いているように見える。辛くて苦しいのに笑いながら泣いているように見えた。

 

「そうですか、あいつは変わらないんですね」

 

 そんな言葉しか言えなかった。口下手なアスランにはラクスにかけられる言葉は少ない。行動に移すことしか出来ないアスランは部屋に別の人間がいると何も出来ない。

 

「あいつは馬鹿なんです。軍人じゃないって言ったくせに、きっと利用されてるだけなんだ。友達とかなんとか、あいつの両親はナチュラルだから!」

「戦いたくなんてないと仰っていましたわ。それでも護る為には戦わなければならないのだと自分を戒めておられました」

 

 一瞬の感情の暴発は、理解者がいてくれる安心感に絆される。

 

「キラ様はとても優しい方です。そして、とても強い方」

 

 頬に伸びて来たラクスの手をアスランは払わなかった。払えなかった。

 ラクスの慈しみに似た表情が三年前に失った母のそれと重なって、友に伸ばした手を振り払われたアスランが拒絶できるはずもなかった。

 

「辛いですわね。貴方もキラ様も」

 

 頬に触れた手が優しく稜線を撫でるように擦る。涙が出そうな温もりに泣かなかったのはアスランなりの男としての挟持だった。女性に、それも婚約者に慰められている時点で男としての挟持などあってないようなものだが泣くと泣かないとではやはり違う。

 

「情けないです、俺」

「そんなことはありませんわ。アスランは私を守ってくれたではありませんか」

 

 現状に対して言ったつもりのアスランだったがラクスは状況レベルで解釈しているようだった。

 慰められている状態への勘違いを正すべきかと考えたアスランだったが、頬を撫でる手の思いもよらない温かさに絆されてしまっていた。

 

「早く戦争が終わって二人がまた元の関係に戻れたらいいですわね」

「はい」

 

 何時かはキラと元通りの関係に戻れるだろうか。アスランはラクスの手に癒されながらその時が来ることを切に願った。

 

 

 

 

 

 頬を撫でる女と撫でられる男という甘々な雰囲気を撒き散らす二人と同じ部屋にいさせられる苦行を課せられたヒルダ・ハーケンは、厳しいを通り越して殺意すら込められた視線でアスランを見る。

 

「アスラン・ザラ」

 

 今まで興味もなかった男の一人であるアスランの名前と顔をヒルダは強烈な印象で覚えた。他ならない先の戦闘でヒルダの心を鷲掴みにしたラクス・クラインの婚約者として。

 今までヒルダは異性に興味がなかった。

 同性ならともかく異性では顔と名前が一致しないことも稀ではない。どちらか片方だけでも無理なことが多かった。

 ザフトは義勇軍の体を持っていても本質は軍隊となんら変わらず、やはり男の方が多く絶対的に相性の悪いヒルダはどこに行っても鼻つまみ者だった。パイロットとしてエース級であっても男と問題を起こしてばかりいたヒルダが技術試験小隊に厄介払いされたのはそのような経緯があった。

 ヒルダにとって幸いだったのは、技術試験小隊のメンバーが男であることを傘にきて女を下に置きたがる輩がいなかったことにある。

 隊長であるレスト・レックス然り、最近入って来たハイネ・ヴェステンフルスやミハイル・コーストもそういうタイプではなかった。ハイネが気安げに接してくることを鬱陶しいと感じつつも不快とまではいかないのは彼の人柄かもしれない。

 アカデミーを卒業して入隊したシホ・ハーネンフースもヒルダをイラつかせることなく、彼女にとって技術試験小隊は居心地の良い場所だった。

 

『そこのジンは攻撃を止めなさい! ザフト軍は攻撃を停止しなさい!』

 

 ヒルダにとってその戦闘は別段気になるものではなかった。何時ものように戦い、何時ものようにモビルスーツに乗って、何時ものように兵装の調査するだけ。

 プラントの歌姫が関わっていると知ってもヒルダは全く気にしていなかった。その覇気に満ちた声を聞くまでは。

 

『止めて下さいと申しているのです! 追討慰霊団代表のわたくしのいる場所を戦場にするおつもりですか!? そんなことは許しません!』

 

 正直に言えば、ヒルダは戦いを止めろと叫ぶラクスの声に射竦められた。

 多くの戦場を渡り歩いてきたヒルダが十数年しか生きていない小娘に射竦められたのだ。最高評議会議長の子供なんて苦労を知らなさそうな小娘にだ。

 

『直ぐに戦闘行動を中止して下さい! 聞こえませんか!?』

 

 心を射抜かれた。ラクスの声はヒルダを支配したに等しい。帰還してパイロットスーツを脱いだヒルダは自分の女の所が濡れていることに気づき、その思いを強くした。

 技術試験小隊がラクスをプラントに送り届けるがツィーグラーには女性士官がいないということでヒルダが護衛の任をレックスから与えられた時は天にも舞い上がるところだった。

 実際に会ってみれば満開の花のような美しさと愛らしさ。上に立つ者として自然な下の者への気配り。全てがヒルダを包み込んだ。

 

「ラクス様……」

 

 届かぬと知りながら想い人の名を呼ぶ。

 始めて想い、仕えたいと心底から思った人には婚約者が既にいた。間違っているのは自分と分かっていても運命を、婚約者であるアスランを憎まずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテミス崩壊の折にアークエンジェルを見失ったガモフは月を目指していた。正確にいえばアークエンジェルが目指すだろう地球連合の基地がある月へだ。

 言っては何だが遭遇の可能性が低い希望的観測を多分に含んだ航海は意外な所から情報が齎された。

 ガモフでクルーゼ隊に所属する3人の赤服が通路を進む。

 

「ラクス様が見つかってよかったですね」

 

 数日前にヴェサリウスから伝えられたラクス・クラインの生存報告にニコル・アマルフィは顔を綻ばせた。

 

「地球軍に捕まってたらしいがな」

「無事に奪還したんだ。イザークも喜べって」

 

 素直になれない男筆頭のイザーク・ジュールの肩を叩いたのはディアッカ・エルスマンである。

 ラクス・クラインが行方不明になったとの情報が入った時、ガモフもまた動揺した。ラクスはプラントで知らない者がいない程に有名人で、誰からも愛される歌姫なのだ。気にならないわけがない。

 彼女の生存が確認され、プラントへと向かっているという報告はガモフの船員を沸かした。地球連合の船にいたのを奪還したと知れた時はもっと。なのに、イザークの機嫌が優れないのには理由があった。

 

「いい加減に機嫌を直せって。アスランが戦功を立てたからって不機嫌になられちゃこっちが堪らんぜ」

「うるさい。俺の勝手だ」

「そう言うなら何時までも不貞腐れないで下さい」

 

 子供みたいに不機嫌を隠そうともしないイザークに年下のニコルが苦言を呈す。ラクスを奪還したのがイザークがライバル視しているアスラン・ザラであり、彼が先の戦闘でモビルアーマー6機と戦艦2隻を撃墜したことを気にしているのだ。

 イザークもラクス奪還の報が届いた時には喜んだがアスランの戦果を聞くとこの通り。赤服で同期であり、同じ隊のディアッカとニコルにはいらない迷惑である。

 この状態が数日も続いていれば飄々としているディアッカでも疲れる。

 

「そんな戦功を上げたいもんかねぇ」

 

 分かっていながらディアッカは煽るように呟いた。

 

「馬鹿者! 俺はアスランが気にくわんだけだ!」

 

 煽られていると分かりながらも叫んでしまうのがイザークの長所でもあり欠点でもあった。

 

「先に行っているぞ!」

 

 台詞通り、大いに気にくわないと気勢を露わにしたイザークが進むスピードを上げて、一人でさっさと進んでいく。

 

「相変わらずってか。アスランには敵意剥き出しだな、イザークは」

 

 イザークよりもアスランの方が一歳年下で、父親は国防委員長。アカデミーの総合成績では後一歩及ばなかった。更に婚約者はラクス・クラインと来ている。 母親が評議員でイザークも十分にエリートなのだがアスランはその上を行っている。

 僻みもあるのだろうが、立場はディアッカも似ているのだからイザーク自身の負けず嫌いが大きい原因なのだろう。

 

「アカデミー時代ですからね」

「卒業後も変わんねぇよ。チェスで負けた乗馬で負けたって、勝負で負ける度に部屋の壁を叩くんだぞ。今度こそ叩きのめして思い上って取り澄ました面をクチャクチャにしてやるって息込んでは、負ける度に癇癪起こして同室の俺がどんだけ迷惑したことか。あいつの負けず嫌いだけはほとほと呆れ果てる」

 

 ニコルはアカデミー時代を思い起こして懐かしそうだが、アカデミー卒業後にも散々迷惑をかけられたディアッカは疲れたように息を漏らした。

 

「アスランも同じでしたよ。イザークにチェスで負けた時に次は勝つって燃えてましてから」

「ああ、あの時か」

 

 クルーゼ隊に配属されて少しの時にあった記憶を思い出してディアッカは頷いた。

 何時も負けてたチェスに勝ったのに、アスランが悔しがらなかったからまるで負けたみたいに癇癪を起して本を投げたりコップを割ったりカーテンを引き裂いていただけに記憶に強く残っていた。

 

「通じていないようで通じてる。似ていないようで似てる」

「あの二人の関係を言い表すのに最適ですね、それ」

 

 腕を組んで頷くディアッカに納得したようにニコルは言いながら笑う。

 イザークにディアッカがついて、アスランにニコルがついて対立する形が多いが、当の二人がいなければディアッカとニコルの仲は悪くない。

 ディアッカは二人の喧嘩を完全に面白がっているし、アスランを兄と慕うニコルは数的不利になれば加勢せずにはいられない。この二組の間にラスティが緩衝材と潤滑剤を担って上手くいっていた。

 その日々がもう来ることはないのだと思うとディアッカは無性に寂しくなった。

 

「寂しくなっちまったもんだよ、クルーゼ隊も」

「ええ……」

「ミゲル先輩にマシュー先輩やオロール先輩、ラスティまで死んじまったからな」

「戦争だっていうのは分かっているんですがやはり悲しいです」

 

 たった二週間で旧知の仲間や配属先であるクルーゼ隊の先達が悉く討ち死にしている。クルーゼ隊は隊長であるクルーゼ本人と後から入ったディアッカ達赤服4人しかいなくなってしまった。

 今はガモフにいるがいずれはヴェサリウスに戻る。戻ってもあの賑やかな空間は戻って来ないのだと思うと物哀しくなってしまう。

 

「だな」

 

 ディアッカは湿っぽくならない程度に軽い感じで答えた。

 一番年下ということで先輩達から特に可愛がられていたニコルと違って、当の先輩が同年代だったディアッカは扱い難い存在だっただろうが差別はなかった。温かく賑やかで楽しかった隊はもう戻って来ない。

 

「だけど、感傷だ。俺達は戦争をやっているのだから犠牲はつきもの。湿っぽくしても仕方ねぇ」

「そんな言い方はないでしょ」

「違わない。次に死ぬのは俺たちかもしれないんだ。死んだ後に湿っぽくされるのはニコルだって嫌だろ?」

「それはそうですけど、ディアッカみたいにヘラヘラと笑っていられるのも嫌です」

「言うねぇ」

 

 若さにあかせた率直な言いようをするニコルにディアッカは苦笑を浮かべた。

 2歳だったか3歳だったかは年下のニコルのような若さが昔の自分にあったかと自問しかけて、やはり今のまま歳を重ねて来たのではないかと思えて苦笑を続けた。

 

「変わりませんね、ディアッカは」

「人間なんてものは普通はそう簡単には変わらないだろ」

「変わらなさすぎです。僕達は戦争をしているんですよ。変わって当たり前です」

「戦争をしてるからって人はそう簡単に変わるもんじゃない。ニコルだってあんま変わってないぜ?」

 

 ディアッカが嘴を向ければ今度はニコルが苦笑を浮かべる。

 

「ディアッカほどじゃありません」

 

 目的の部屋に辿り着き、扉の前に立ったら自動に開く。

 苦笑というよりは呆れを滲ませてニコルは開いた扉に体を潜り込ませた。

 

「イザークは…………早いな。もういない」

 

 続いてディアッカもパイロットルームに入り、そこに先にここへ向かっていたイザークの姿がないことを確認して呟いた。

 

「僕達も早く着替えましょう」

「そうだな。またどやされたくない。あいつは気が短いからな」

 

 各自のろっかの前に立って、ニコルは言いながら軍服を脱いでいた。ディアッカもそれに習う。

 暫し、無言の時が続いた。

 

「…………10分で足つきを仕留めるって出来ると思いますか?」

 

 ロッカーから出したパイロットスーツに足を通しながらもニコルの言葉に、ディアッカは先のブリッジでのやり取りを思い出した。

 

「イザークは自信ありげだったが正直難しいだろう。奇襲の成否は、その実働時間で決まるもんじゃないとしても流石に制限時間が短すぎる」

 

 それでもやるしかない、と続けるとニコルは残念そうに息をついた。

 軍人である以上は命令は絶対。発令されてしまった作戦を妨げることなど出来るはずもないとコーディネイターの聡明な頭脳が理解してしまう。

 

「出来るだけのことを、死なない限りにやるだけのことさ。安心しろ。お前達の背中は俺が守ってやるからよ」

「正面は守ってくれないんですか?」

 

 足を通したパイロットスーツの着心地を確かめながら悪戯気に問いかけて来るニコルにディアッカは呆れ気味に見えるように表情を動かした。

 

「バスターは砲戦型だぞ。砲戦型が前に出てどうすんだよ」

「そこはなんとか」

「なんねぇよ。若者はもっとガツガツと前に出て行け」

 

 ヘルメットを片手にとってコツンとニコルの頭を小突いて愛機が待つモビルスーツデッキを目指す。

 

「待ってろよ、緑野郎。今度こそ墜としてやる」

 

 当たり前に、戦争の中であっても変わらない自分で在り続ける為にディアッカは歩み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと30分程度で合流ポイント。どうにかここまで漕ぎ着けたわね」

 

 アークエンジェルのブリッジで艦長席に座るマリュー・ラミアスは、後少しで合流ポイントに辿り着く航図を見遣りながらも厳しい面持ちを崩さなかった。

 

「索敵、警戒を厳に。艦隊は目立つ。あちらを目標に来る敵もあるぞ!」

「はい!」

 

 ナタルの叫びがブリッジに響き渡る。

 

「ナタルも来ると思う?」

「来ないと考えるのは今までの事を踏まえれば早計でしょう。なによりも警戒していて損にはなりません」

「悪い方にばかり状況が転ぶものね」

 

 ヘリオポリス然り、コロニー崩壊後然り、アルテミス然り、先遣隊然り、ラクス然り。最後に関しては良い方向に転びもしたが胃の痛くなる日々であることには変わりない。

 思わず今までの道のりを思い出して渋面を作っていると、指示を出し終えたナタルが無重力を活かして浮かび上がって艦長席の近くに来ていた。

 

「…………あの、艦長。キラ・ヤマトのことを気にしておられるのですか?」

「キラ君?」

 

 言い辛そうにしながら口を開いたナタルから考えもしなかった話題を振られてマリューは目をパチクリと瞬きを繰り返した。

 だが、ふと思い出して、その問題が何も解決していないことに気づいた。

 

「イージスのパイロットがキラ君の友達だってこと?」

 

 一難去ってまた一難との言葉が相応しい現状にマリューは深い溜息を吐いた。

 

「ええ」

 

 頷くナタルを見ながら数日前の出来事を思い出す。

 マリューはラクスが返されるモビルスーツデッキのその場にいた。ザフトのパイロットがキラの名前を呼んだ時は驚いたし、キラが敵パイロットの名前を呼んだ時も同じだった。

 

「同じコーディネイターなんだから知り合いでもおかしくはないでしょ。博士とラクスさんが知り合いだったぐらいなんだから」

「ですが、三年前に別れた幼馴染同士がGに乗るなんて、このような偶然があるものでしょうか?」

「まさかキラ君がザフトのスパイだとでも言いたいの?」

 

 話はあなたも聞いたでしょ、と続けるマリューの頭の中でラクス返還後にキラを聴取した記憶が蘇る。

 副長のナタルはマリューと共にキラの聴取に立ち会って話を聞いただけに懐疑的だった。マリューも同じ疑念を抱かなかったと言われれば嘘になる。一度でもそんなことを考えてしまったマリューは自分を恥じた。

 

「一般人が入り込めない工廠にあったストライクに乗り込んだ過程が本人の証言だけとなれば疑いたくもなります」

 

 カトウゼミに来た少女が走り出して工廠に辿り着いた、では疑って下さいといっているようなものだとナタルは言葉も強く言い切った。

 

「その少女に関しては他のカトウゼミの学生も見ているし、別に走り出した子をキラ君が見捨てられるような性格じゃないことはナタルにも分かるでしょ? 私としてはその少女の方が怪しいと思うけど」

「それはそうですが」

「キラ君がどれだけ頑張って来てくれたかたなんて、わざわざ言わせないで」

 

 この話題はここまで、とマリューは暗に言葉に込めて話題を打ち切った。

 楽観的で身内に甘いマリューのことを思って色々な可能性を考えてくれるナタルの事は有難いが今はただ不快でしかない。

 父親が最高評議会議長とはいえ民間人の少女を人質にして生き延びた我が身の不徳が心から抜けきっていないので、心を削って戦ってきた少年を疑うような真似をしたくなかった。例え少年を戦いに引き込んだ自分だと分かっていても、だ。

 友達と戦ってまでアークエンジェルを守ろうとしてくれるキラに報いなければならないとマリューは常々思っていた。

 

「しかし、周りが必ずしも艦長のように理解してくれるとは限りません」

 

 それもまた一つの真理だった。今の艦の状況にマリューは航図を見遣って深く重い溜息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろいろあったけど、あと少しだね」

 

 食堂で、もしかしたらアークエンジェルで食べられる最後かもしれない食事を取っていたサイ・アーガイルは、同じく食事を取っていたカズィ・バスカークの漏らした言葉に顔を上げた。

 

「後三十分ぐらいで第八艦隊との合流ポイントに着くらしい。何事もないといいな」

 

 ブリッジを出る前に聞いた話を思い浮かべつつ、口の中の食べ物を飲み込んだサイが言った。

 

「僕達も降ろしてもらえるんだよね、地球に」

「え、なんだって?」

「もう、トールったら口の端にケチャップついてるわよ」

 

 フォークでパスタを巻いていたカズィの呟きが聞こえなかったトールが聞き返し、彼の口端についているケチャップを新妻のように甲斐甲斐しくミリアリアがハンカチで拭いている。

 

「だから、僕達も他の人と同じように地球に下ろしてくれるのかなって話。あの時、ラミアス大尉が軍の重要機密を見てしまったから然るべき場所と連絡が取れて処置が決定するまで行動を共にして下さいって言ってただろ。第八艦隊ってその然るべき場所じゃないの?」

 

 二人の仲の良さにげんなりとしたカズィはさっき言ったことにプラスアルファして繰り返す。

 トールとミリアリアの仲の良さには完全に耐性がついて、もはや無視できるようになったサイは人参を突きながらカズィの言うことを考えて直ぐに結論を出した。

 

「可能性がないわけじゃないけど厳しいだろうな。軍事機密を見たんだ。あっさりお役目ゴメンってわけにはいかないだろ」

「ストライク以外をザフトに奪われてるのに、今更軍事機密も何もあったもんじゃないと思うけど」

「それはあの時にも言えたことじゃない? 地球連合内でまだ軍事機密になっているならザフトに奪われたからって意味ないじゃない」

 

 だよな、とサイの言葉に納得しかけたカズィを擁護する気はなかったとしても、箸先を行儀悪くもくるくると回しながらのトールの発言には一理あった。トールの口端についていたケチャップを拭いたハンカチを畳んでポケットに直したミリアリアの発言にもまた同じく。

 

「ようは俺達の今後は第八艦隊のトップ次第。裁量でどうとでもなる」

「祈ろうぜ。俺達にとって良い指揮官でありますようにってね」

 

 サイが結論を締めて、トールが希望的観測を込めておどける。

 全く、と思いつつもなるようにしかなならないとカズィらには希望的観測を受け入れるしかなかった。 

 

「でも、キラはどうなるんだろう。あのイージスって機体に乗っていたのはキラの昔の友達だって言ってたじゃないか。降りられんのかな?」

 

 ふと漏らしたカズィの言葉が食堂に暗い影を落とした。

 

「俺達がいるからキラはここに残ったって事だろ。このままでいいのか、俺達は?」

 

 サイにも、トールにも、ミリアリアにも、問いを放ったカズィにも解答を持っていなかった。

 

 

 

 

 

「あのイージスって機体に乗っていたのはキラの昔の友達だって言ってたじゃないか」

 

 食堂に入ろうとしたフレイ・アルスターはその言葉に足を止めた。

 この数日を部屋に閉じこもって過ごしていたフレイであったが、家族を失ってもお腹は空く。

 サイは自分の食事の後に何時も持って来てくれていたが、フレイとしてもコーディネイター抹殺の為に何時までも閉じこもっていてはいけないと部屋から出てきたところである。

 フレイ・アルスターは自分を必ずしも優秀だとは思っていない。同い年ながら飛び級を繰り返しているミリアリアや彼女の仲間であるカトウゼミの面々と比べれば、はっきりと下だと自覚している。だが、これから行うことは誰にも相談できない。親友のミリアリアにも婚約者のサイにも。自分で考えなければならなかった。

 

「敵と友達ですって……?」

 

 壁を背にして怒りで拳が震える。

 

「イージスってお父様を殺した奴、じゃない」

 

 怒りで押し殺した声が震える。

 覚えている。父が乗っているという船が赤いモビルスーツが放ったビームに貫かれる光景を。

 聞いている。ブリッジで働いている面々と仲が良いので話していたモビルスーツの大体の特徴を耳にしていた。

 

「許さない……」

 

 キラが頑張って戦っていたことは僅かとはいえ戦闘を垣間見たから分かっていた。

 サイらからも戦闘がどれだけ厳しいもので、キラがどれだけの努力を積み重ねて来たかを聞いている。父を失ったばかりとはいえ、罵声を浴びせたことぐらいは謝るべきだと数日をかけて理解した途端にこれだ。

 敵のコーディネイターと味方のコーディネイターを分けていた中で、フレイの中で何かが壊れた。

 

「コーディネイターなんて絶対に許さない!」

 

 フレイの心は遂に傾いてはいけない方向に振り切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気もつけず暗い部屋でキラ・ヤマトは孤独に蹲っていた。

 膝の上に置いたノートパソコンでストライクのOSの調整をする以外やることがない。数日間、ずっとやり続けていた所為でプログラムが瞼の裏に焼き付いてしまったが元より技術者の卵であるから苦痛には感じなかった。

 二段ベッドの下の布団の隅で三角座りをするキラ以外に部屋には誰もいない。部屋の電気をつけるぐらいなら問題は無いのだが一日中こうしていて動く気になれず、ここ数日はベッドの上で過ごすことが多い。

 それもこれもアスランとの関係が周りにバレたことにあった。

 戦闘が終わって落ち着いた後にマリューから呼び出されても、遂にこの時が来たとしか感じなかった。下手をすればスパイだと疑われて殺される可能性もあったのに、感覚が色々と駄目になっていたらしい。

 マリューとナタル、ムウの三人に囲まれてキラは諦めて全てを話した。アスランの事、ストライクの上で再会したことも全て。

 

「自室謹慎、か。優しい方なのかな」

 

 膝を抱えながらうっそりと呟いた。

 思えば与えられた処分が謹慎だったことは良かったのだろうと、今になってそう思う。

 

「どう思っているのかな皆」

 

 仲間達にどう言えばいいのかも分からないし、周りからどのような目で見られるかも分からない。

 合法的部屋から出なくて良く、会ったのは食事を運んでくれた食堂の人だけ。それにしてもドア越しに食事を渡されるだけで面と向かって会ったわけでもない。 

 謹慎の期間は定められていない。士官室なので避難民が来ることはまずないから扉は施錠されていない。謹慎は命令による強制ではないから施錠されていないのだ。

 何時かはこの揺り籠の部屋から出て行かなければならない。だけど、今のキラにはそんな勇気は出なかった。

 闇に慣れた目を静かに閉じる。ノートパソコンの電源を落しているので部屋の中には光源一つない。真っ暗闇には変わりないが、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。

 それからどれだけそうしていただろうか。もしかしたら眠っていたかもしれないし、そうでないかもしれない。

 

『総員第一戦闘配備!』

 

 突如として鳴り響いた警報が目を開けさせた。

 

『繰り返す! 総員、第一戦闘配備!』

 

 警報が耳に入り、頭に認識されるまで少しの時間を要した。

 

「行かないと……」

 

 事態を認識するとキラの体は自然と動いていた。

 長時間が膝を抱えていたことから固まっていた筋肉を強引に動かしてベッドから降りる。少しフラついたがコーディネイターの頑丈さで持ちこたえ、一回だけ深呼吸をして顔を上げた。体だけではない。戦うために心の準備も整える。

 

「……よし」

 

 とても戦える心の状態ではないが、先の先遣隊が全滅したことを考えればやらなければやられることは目に見えている。

 

「やってやる」

 

 足を踏み出した。戦いへ、殺し合いへ、戦争をする為に足を踏み出した。

 扉が開いた瞬間は流石に緊張した。だが、そこには罵倒する人どころか人っ子一人いなくて、敵襲を知らせる警報の重低音だけが鳴り響いていた。

 一歩踏み出し、二歩目が床をついて、三歩目からは大きく歩幅を取って走り出した。

 走り出したらもう勢いは止められない。惑い、泣き叫ぶ心だけを置き去りにして体だけは進み続ける。コーディネイターはナチュラルよりも多くの力を持てる肉体と多くの知識を得られる頭脳を持っている。だからといって、心までも優れるわけではない。

 事態に対して心が追いついていないから想定外の事態に対処できない。

 

「戦争よぉ! また戦争よぉ!」

 

 進行方向の分かれ道から子供の甲高い声が聞こえたが、耳に入って脳が認識して体が反応するのにも時間がかかった。

 

「あっ!!」

「わあっ!」

 

 幼い少女が分かれ道から出てきた瞬間に止まれ切れずにキラの体にぶつかってしまった。

 少女がもんどりうって倒れ込む。 

 

「大丈夫か……」

 

 い、と続けながら手を伸ばそうとしていたキラの行動に先んじて、少女が来た分かれ道からフレイ・アルスターが現れて遮った。

 

「ごめんね、お兄ちゃん急いでたから」

「う……うん」

 

 キラよりも先に駆け寄ったフレイは、言いながら転倒して痛いのか涙を目の端に浮かべていた少女を抱き起した。

 フレイは数日前の狂騒もなく穏やかであったが、艶やかであった髪は痛み、頬も若干こけている。父親を失ったばかりなのだから影響がないはずがなかった。

 光の中で笑っていた少女には痛々しい姿ではあったが逆に凄絶さも感じさせてキラの気を引いた。

 

「また戦争だけど、大丈夫。このお兄ちゃんが戦って、守ってくれるから」

「ほんと?」

「うん、悪い奴はみ~んなやっつけてくれるから。そうでしょう、キラ」

 

 目の端に浮かんだ涙を人差し指で拭ったフレイは、問い返してくる少女に頷きを返しながらキラを窺った。

 

「う、うん」

 

 心はどこへ行ってしまったのか。キラには頷くしかなかった。

 それでも聞くべきことはあった。

 

「フレイ、大丈夫なのか?まだ、休んでた方が…」

「大丈夫よ」

 

 明らかにフレイの状態は正常ではない。心配して言ったつもりの言葉は、思ったよりも強い言葉が返って来て閉口した。

 顔を引いたキラの様子を見てフレイの顔が弱々しくなった。

 

「キラ、あの時はごめんなさい」

「え?」

 

 しおらしく謝って来るフレイにキラは先程と雰囲気すらも違って困惑した。

 立ち上がり、少女と手を繋いでいるフレイは以前とは別人に見えた。どこがどう違うかは言葉には出来ない。だけど、確かにキラはこの時のフレイに違和感を感じた。

 

「あの時は私、パニックになっちゃって。凄い酷いこと言っちゃった。本当にごめんなさい」

 

 違和感が脳内に形として成る前にフレイは続けた。

 フレイが発した言葉がキラに違和感を探らせる機会を永遠に失わせる。

 

「僕の方こそ、ごめん。君のお父さんを守れなかった」

 

 キラはフレイの父親を守れなかった。その罪悪感が目を曇らせ、真実から遠ざけた。

 

「いいのよ。貴方は一生懸命戦って、私達を守ってくれたのに酷いことを言って。ちゃんと分かってるの。キラは頑張ってくれてるんだって。謝るなら私の方よ」

 

 そしてフレイは視線を傍らにいる少女へと向けた。

 

「戦争って嫌よね。早く終わればいいのに……………このお兄ちゃんなら皆守ってくれるから応援しないとね」

「うん! 頑張って敵をやっつけてね、お兄ちゃん!」

「敵はみ~んなやっつけてもらわなくっちゃ。じゃないと私達が死ぬもの」

 

 父親を守れなかった男に全幅の信頼を置いてくれるフレイと少女の期待に否と言えるはずもない。

 

「……そうだね」

 

 またキラは状況に流されてしまう。戦わなければアークエンジェルを守れないように、頷かなければ今までのことを無駄にしてしまうから。

 置き去りにしていた心が目の前の少女らに急き立てられる。戦え、戦えと。体を置き去りにしてどこまでも追い立てられる。

 

「僕、行かないと」

 

 返事を聞かずにキラは走り出した。

 今度はキラの思いすら置き去りにして走り出した心を追い求めるように足早に。背後から来る何かから逃げるように。

 

 

 

 

 

 キラを見送ったフレイと少女は暫しその場に留まっていた。

 少女は恐る恐る手を繋ぐフレイを仰ぎ見た。

 

「お姉ちゃん、もういい?」

 

 まるで人形のように笑顔のまま表情が固まっているフレイに声をかけると、フレイは一瞬で笑顔を消した。

 

「ええ、もういいわ。ありがとう、エルちゃん。ごめんね、変なお芝居をさせて」

「いいけど、お菓子は?」

 

 言うと、フレイは手を繋いでいるのとは反対の手をポケットに入れた。

 

「はい。これしかないけど我慢してね」

「飴さんだけなの?」

「ごめんなさいね。私もこれぐらいしか持ってないのよ」

 

 飴を受け取ったエルは不満そうにしながらも、これ以上の駄々を込めても仕方ないと二週間の生活で理解しているのかそれ以上の不満は言わなかった。

 片手でも簡単に飴の包装紙が取れるタイプだったので早速取り出して食べる。

 喉飴らしく甘さは足りないがお菓子好きの少女にとって何よりもの嗜好品であった。先程、会ったフレイから事前に言われた通りに喋っただけなのだから苦労には十分にあったご褒美だ。その芝居の意味を知ることもなく。

 

「キラには頑張って戦ってもらわないと。コーディネイターはみんな殺さなきゃ」

 

 ふと聞こえてきた声にエルは顔を上げ、そして恐ろしくなった。

 フレイは笑っていた。口だけが歪に歪んでいた。

 エルはフレイと手を繋いでいることが怖くなった。だけど、エルを捉えている手は万力のような力で離さない。

 

「いったー!…んっ…」

 

 無理やりに繋いでいた手を振りほどいてエルは一目散に走り出した。

 飴をくれたお姉さんは何時までもその場から動かなかった。

 エルは飴の甘さをもう感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替えたキラはモビルスーツデッキに飛びこんだ。無重力を利用して、跳躍して一気にストライクに取り付く。その姿を見咎めたマードックが苦い顔を向けた。

 

「いけるのか、坊主!」

「行きます!」

 

 行けるかではなく行く、と言ったキラにマードックは一言も二言も言いたいことがあったが、敵が迫っている今の事態は彼の思いを待ってはくれない。

 コクピットに乗り込んでいくキラを見送ることしか出来なかった。

 

「…ぇぃ!…」

 

 コクピットに入った瞬間に身体に悪寒が走ったがそれは気の所為だと自分を戒めた。弱気を見せれば食われることは自然界の掟であり、弱肉強食に決まりである。戦争は弱い者から死んでいく。

 気を強く持てと、キラは自分に言い聞かせた。

 悪寒を振り払い、シートベルトを締めてストライクに火を点ける。各種モニターや電源が入ると通信モニターにミリアリアの姿が映った。

 

『キラ、ザフトはローラシア級1、デュエル、バスター、ブリッツ!』

「あの3機!」

 

 敵の中にイージスがいないことに安堵した自分を見せないように踏み止まらせながら、一度戦ったG3機の姿を思い浮かべる。

 

「ムウさんとユイさんは?」

 

 何時でも発進できるように機体を立ち上げながら先の戦いで損傷を受けている2機のことを聞いた。

 通信モニターが分割して、ヘルメットを被ってコクピットに座るユイと、パイロットスーツには着替えてはいるがパイロットルームにいるムウの姿を映しだた。

 

『メビウス・ゼロはガンバレルを失っているから出撃出来ません。グリーンフレームは損傷が修理できていませんが発進します』

『いけます』

『悪い。二人に頼むしかない』

 

 この数日間に弄り回したプログラムをインストールしながら頷きを返す。

 プログラムの読み込みは早かった。だが、キラの心はムウが出れないことに不安を強く覚えていた。

 エースかはともかく戦術部隊のリーダーはムウである。精神的支柱は間違いなく彼だった。そのムウが戦闘に出れないことはキラに不安を覚えさせるには十分な材料だった。

 

『おい、坊主……』

 

 キラの顔に走った動揺にムウが声をかけようとしたが事態は待ってくれない。

 

『APU起動。ストライカーパックは、エールを装備します。カタパルト、接続。ストライク、スタンバイ。システム、オールグリーン。進路クリアー。ストライク、発進です』

 

 ムウの言葉を遮るようにミリアリアが発進シークエンスを整えてしまった。

 丁度、キラが組んだプログラムのインストール完了し、何時でも発進できる体勢を整えてしまった。

 

「キラ・ヤマト、行きます!」

 

 キラは逸る心を抑えきれずに、ムウの言葉を無かったものとして星屑の空へと向かって発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエル、ブリッツ、バスターの3機が前者2機を前衛にしてアークエンジェルに近づいていくのを阻むように、ストライクとランチャーストライカーを装着したグリーンフレームが立ち塞がる。

 

「数の上では向こうが上。やれる?」

「やるよ。僕が前に出る」

「出来るの?」

「そんな傷だらけのグリーンフレームよりもストライクの方が動ける。やってみせる!」

 

 通信相手のユイに言い捨て、キラの乗るストライクが前に出た。

 グリーンフレームに乗るユイはそれ以上は何も言わず、後衛に徹するつもりなのかアグニを構えた。

 エールストライカーの4基の高出力スラスターから噴出光を発しながら、先行してくるデュエルに向けてビームライフルを向ける。当然それはデュエルに乗るイザークにも突出するストライクの姿がモニターに映っている。

 

「ストライクは俺がやる!」

「じゃ、俺は緑野郎だな」

「ディアッカと俺でモビルスーツを引き剥がす。ニコル、足つきは任せたぞ!」

「了解!」

 

 当初の作戦通りに動くため、グリーンフレームのアグニを警戒して3機は散開する。

 ブリッツはアークエンジェルを目指し、バスターは両手の武器を連結して超高インパルス長射程狙撃ライフルをグリーンフレームに向ける。

 散開した3機に敵の意図が読めず、どのモビルスーツを狙うべきか迷ったストライクの行動が遅延する。

 

「ストライクって言ったなっ! 貴様は俺が討つ!」

 

 意識が分散しているストライクへとデュエルが強襲した。

 撃たれたビームを対ビームシールドで受け止めたキラだったが、デュエルがそのままスピードを抑えずにぶつかって来たのには対処できなかった。

 

「うっ……やられるもんか!」

 

 シールドで強かに打ち付けられた振動に揺れるコクピットで歯を食い縛りながら、ビームライフルを構えて照準がずれる中でデュエルを撃った。

 碌な狙いもつけられずに撃たれたビームは掠りもしなかったが威嚇の役割は果たしてくれた。

 ビームライフルを収めてビームサーベルを取り出そうとしていたデュエルに警戒心を抱かせて、体勢を整えられるだけの距離を開けてくれた。

 

「逃げるな!」

 

 キラは気持ちの上だけでも負けるものかと威勢だけは高らかに、バーニアを全開にして前進しながらビームサーベルを抜いて斬りかかる。

 

「この程度でやられる俺ではない!」 

 

 ストライクの挙動をデュエルも見逃してはいない。負けじとビームサーベルを抜き放って迎え撃った。

 両者の中間でビームサーベル同士が接触し、バチバチとスパークが両機の間で閃光を放ち弾かれた。

 

「んっ!」

 

 コクピットを照らす閃光の眩しさに目を曇らせながら、キラは一歩も退かなかった。

 

「てぇいやっ!!」

 

 一瞬離れた距離を直ぐに詰めてデュエルに斬りかかる。

 迎え撃つデュエルも負けていない。作戦想定時よりも遥かにやるようになったストライクを相手にしながらも、これでこそ討ち甲斐があるものだと盛大に笑みを浮かべながらイザークもキラに負けじと気合を入れた。

 

「今日は逃がさん! ここで貴様はこの俺――――イザーク・ジュールによって倒されるのだ!」

 

 ここで引けば負けるとデュエルとストライクは大昔の剣闘士の如く、ビームサーベルを振るう。

 2撃、3撃、4撃、5撃と、実弾兵装に大きなアドバンテージを持つフェイズシフト装甲といえでもビームサーベルの前には実弾ほどの強靭性は無い。ビームサーベルに斬られれば現行で最高の性能を持つGといえども結果は同じである。

 ストライクとデュエルの戦いは一進一退を極めていた。近接近戦を繰り広げる2機と違い、バスターとグリーンフレームも遠距離戦を行っている.。

 

「ふんっ! そんな大砲が易々と当たるものかよ!」

 

 直ぐ傍を駆け抜けて行ったアグニのビームに背筋に悪寒を走らせながらも、ディアッカは超高インパルス長射程狙撃ライフルを放つ。

 

「……っ!」

 

 戦うごとに射撃の精度を増していくバスターに戦慄を覚えながらもユイは無駄口を叩かなかった。が、不満はあった。

 

「乱発は出来ない。しかし、他の兵装が120mm対艦バルカン砲と350mmガンランチャーしかないのでは」

 

 ランチャーストライカー装着時の戦闘は始めてであるが驚くほどに違和感は感じない。問題を挙げるすればアグニが使うエネルギーと他の兵装の貧弱にあった。

 一ヵ所に留まって長距離から敵を撃つか、動き回って攪乱しながら敵を仕留める戦法を得意とするユイにはランチャーストライカーは使い辛い兵装だった。

 

「外部電源を繋げばやりようもありますが、バスターをアークエンジェルに近づけるのは下策」 

 

 いっそキラのように近づいて接近戦を仕掛けるか、という思考がユイの脳裏を過ぎる。

 完全に砲撃戦特化を想定して作られているバスターは近づかれてしまえば碌な兵装がない。対してグリーンフレームにはビームサーベルがあるので、接近戦になればバスターの不利となる。

 

「やる」

 

 即断すればユイの行動は早かった。

 消費するエネルギーに見合うだけの強力な破壊力を持つアグニは銃口を向けるだけで十分な威嚇になる。アグニで威嚇しながら120mm対艦バルカン砲と350mmガンランチャーで牽制しながら近づいていく。

 

「近づこうってか! させるわけないだろうが!」

 

 だが、その戦略は正しいとディアッカは認めざるをえなかった。同時に、この距離でなければ自分に勝ち目は全くないのだと静かに認める。遠距離戦に徹せられれば勝機が薄いことは前回の戦いで認識している。が、近づけば余計に勝ち目がないことは武装を見れば明らか。

 ディアッカにとって勝機を見い出せるとすれば互いの機体の特性にあった。

 バスターは遠距離からの支援砲撃を目的としているだけあって、Gの中で大の火力を誇る機体であるがビームサーベルなどの近接戦闘用武装や防御用のシールドを一切持たないために接近戦能力は皆無に近い。

 ランチャーストライカーもまた遠距離特化の兵装であるが装着しているグリーンフレームにはビームサーベルが搭載されているので接近戦能力がある。アグニは確かに現行のモビルスーツが得られる最高の火力を有しているが欠点としてエネルギーを食いすぎることにある。

 砲の多用による短時間でのフェイズシフトダウンを避けるため、専用のサブジェネレーターを別個に搭載し、更に両膝にも予備電源が設置されており、長時間の運用を可能にしているバスターとは違うのだ。

 ディアッカの目的は機体特性を活かして、戦闘を長引かせてエネルギーダウンを狙うことにあった。

 

「当たるも八卦、当たらぬも八卦ってね!」

 

 自分と敵のどちらを指しての言葉かはディアッカにも分からなかった。

 デュエルとバスターが敵モビルスーツと互角の戦いをしている中、ガモフと艦隊戦をせんとするアークエンジェルにブリッツはが近づいていた。

 

「第8艦隊も、こちらに向かっているわ! 持ち堪えて!」

「バリアント! てぇ! 」

 

 艦長のマリューが鼓舞して、ナタルの号令も高らかにアークエンジェルの副砲が火を噴いた。

 バリアントはガモフに当たることなく、虚空へと消えていき、今度は向こうの主砲が放たれたアークエンジェルの横を通過していった。

 

「艦隊の位置は!?」

「ローラシア級にコースを抑えられています! 振り切れません!」

「くっ、合流させない気ね」

 

 航図を確認して、敵の狙いを読み取ったマリューが舌打ちをする。

 

「ブリッツが艦後部より接近!」

「取りつかせるな! 対空防御! ヘルダート撃てぇ!」

 

 艦橋の後方に16門装備されているごく短射程の艦対空ミサイル発射管がナタルの指示で発射され、接近を仕掛けようとしていたブリッツが右腕に装備された複合武装トリケロスに搭載されている50mmレーザーライフルで迎撃する。

 次々と撃墜されるヘルダートの爆炎がブリッツの姿を覆い隠した。爆炎が晴れた後にはブリッツの姿は最初から存在していなかったように消えている。

 

「ブリッツをロスト! センサーから消えました!?」

「ミラージュコロイドを展開したんだわ。アンチビーム爆雷を発射! 爆雷の中でビームを使えば位置を割り出せるわ!」

 

 トノムラが戸惑った声を出すが、開発チームに関わって来たマリューはブリッツに搭載されている新機軸の兵装を知らぬはずがない。

 一瞬戸惑ったブリッジクルーはマリューの活に我を取り戻し、指示に従って爆雷がブリッツがいた空域に放たれた。

 

「展開中はフェイズシフトは使えない。実弾兵器も効くぞ。対空榴散弾頭準備しておけ!」

 

 マリューの指示に追加してナタルが戦術を編み出す。

 直後、アンチビーム爆雷が散布された空域で何かが光った。

 

「センサーに反応!」

「そこにブリッツがいるぞ! センサーに反応の合ったポイントからブリッツの位置を推測、撃てぇ!」

 

 アークエンジェルは極秘に建造され、この戦争において地球連合の旗頭にならんと建造されたGの母艦である。選び抜かれたクルーは優秀で、数多の激戦を潜り抜けて艦の操舵に慣れてナタルの指示にも即応した。

 即座に放たれた榴散弾頭が数十の弾頭に分かれ、ミラージュコロイドを展開中のブリッツに向かって殺到した。

 正確な予測と即座の行動によって弾頭が向かってくるのを見て平然としていられるだけの胆力と、潜り抜けられる技量と成せる自信の両方を生憎とニコルは持ち合わせていなかった。

 

「くそっ!」

 

 普段は絶対しない口汚い言葉を吐き出しながら、ミラージュコロイドを解除してフェイズシフト装甲を再展開する。

 黒影の機体が宇宙空間に現れ、迫る数十の弾頭を50mmレーザーライフルで迎撃、もしくは盾で防ぐ。

 

「元々そちらのものでしたっけねぇ。弱点もよく御存知だ!」

 

 爆発の閃光で眩み、揺るがされるコクピットの中で敵の巧みさにニコルは任務の難しさを知った。

 

「ミラージュコロイドを使わせないつもりですか!」

 

 時間稼ぎをされては艦隊との合流を許してしまう。早く決着をつけるには敵に気づかれずに接近して落とすのが最良であり、ブリッツに搭載されているミラージュコロイドはうってつけだった。

 だが、これほどの弾幕を張るアークエンジェルに近づくには被弾を覚悟で突っ込むしかない。フェイズシフト装甲が使えなくなるミラージュコロイドを使う気にはなれなかった。

 

「イーゲルシュテルン、自動追尾解除! 弾幕を張れ!」

「艦隊との合流は?」

「残り7分です」

 

 戦況は拮抗していた。勝てはしないが負けもしない。

 アークエンジェルはブリッツを近づけさせず、バスターとデュエルはグリーンフレームとストライクが抑えている。ムウが出られないことに不安はあったが戦況はアークエンジェルには悪くない展開である。

 艦隊との合流を間近に控えていたアークエンジェルには都合の良い展開だった――――この時までは。

 

「センサーに新たな反応あり!?」

 

 このまま艦隊と合流できるかと考えたマリューの予想は希望的観測に過ぎないのだと言わんばかりのトノムラの驚愕に染まった声がブリッジに響き渡る。

 

「まさかザフトの援軍か!?」

「いえ、これは……」

 

 ナタルの懸念は最もであり、ブリッジ全員の代弁をしたがトノムラの返答は違った。

 

「これは大西洋連邦のシグナルです!」

 

 この報告に遂に艦隊が来たと思わなかったクルーは誰一人としていなかった。

 射撃戦と剣撃戦を繰り返していたストライクとデュエルの戦いはどちらにも天秤は傾いていなかった。

 

「ええい! 手古摺らせる!」

 

 予想では雑魚だと思っていたストライクに苦戦していることにイザークは歯軋りしていた。

 デュエルがビームライフルをストライクに向け、銃身下部に備えられたグレネードが放たれる。

 この戦闘どころか、今までも一度も使ったことの無い武器を使って敵の意表をついたつもりだったが、ストライクは慌てるどころか冷静に頭部バルカンのイーゲルシュテルンで迎撃する。

 

「この!」 

 

 迎撃されたグレネードの爆炎を割って、今度こそ意表をついたビームサーベルの攻撃にもストライクは反応して見せる。

 シールドで受け止め、デュエルの顔の前にビームライフルの銃口を突きつけた。

 

「ちぃぃっ!?」

 

 意表をついたつもりがこちらの意表をつかれ、情けなくともイザークは全力で回避する。

 ビームを回避したデュエルに向かって、今度はストライクの方から斬りかかって行った。デュエルはビームサーベルを傾けて斬りかかって来たのを防ぎ、ストライクを蹴り飛ばす。その一連の動作に余裕は無かった。

 

「腕は間違いなく俺の方が勝っている。なのに、なんだ向こうの手際の良さは……」

 

 デュエルのモニターの先で、ストライクはまるで蹴り飛ばされることに慣れているかのように直ぐに機体を立て直す。その全てを見通して高みに君臨するような姿がイザークの怒りの琴線を刺激する。

 

「不可解な奴め!」

 

 手の内を知られているようなやり難さに苛立ちながらもイザークに退却の文字はない。前進あるのみ。

 デュエルはイザークの気性そのままにストライクへと突っ込んで行く。

 

「やれる。僕は、やれる」

 

 ストライクのコクピットで荒く息を吐きながらも、キラの目から戦意は一欠けらも失っていない。

 パイロットとしての技量は間違いなく敵の方が上。だが、キラにはシュミレーションとはいえ、デュエルとの対戦経験は恐らく誰よりも重ねて来た自負がある。

 G制作時のデータ上が使われているシュミレーションが優秀なお蔭で、兵装で意表をつかれる心配は既に通り過ぎた後である。ザフト側で改修したならともかく、奪取時の状態で兵装ではキラの意表を突くことは出来ない。

 

「ミリアリア、艦隊合流まで後何分?」

 

 やり難さの正体を探るように射撃戦に移ったデュエルを相手に無駄玉を撃たぬように考慮しながら、アークエンジェルにいるミリアリアに通信を繋いだ。

 だが、返ってきたのは予想外の返事だった。

 

「艦隊はすぐそこに……」

「え?!」

 

 早すぎる、と疑問に思ったのと同時にセンサーが新たな機体の接近を告げる。奇妙なことにシグナルに該当するデータがない。データベースに該当なしで『Unknown』と表示される機体の接近にキラはセンサーに反応があった位置にモニターを動かす。

 

「モビルスーツ?」 

 

 モニターの映った敵機は四肢を持つ人型をしていた。

 宇宙空間では人は生身で生きていられない。ならば、モビルスーツであるとキラは直感的に考えた。ザフトの援軍でないことはストライクと距離を取ったデュエルが戸惑うように漂っていることから推察できる。

 謎のモビルスーツが近づいて来ることにそのディテールが明らかになっていく。

 

「あれは…………ガンダム!?」

 

 GAT-Xなんて言い難い名称ではなくて、OSの頭文字から勝手にガンダムと呼んでいた機体達と共通する特徴を持った機体が近づいて来るのを見て、キラは混乱した。

 

「オーブの機体なの?」

 

 キラがミスズから聞いた話ではGはオーブにいる技術者が基礎設計をしたアストレイの外観を流用しているのだと言っていたこと思い出す。ザフトのモビルスーツはモノアイが基本である。で、あるならばキラが向かってくるガンダムをオーブの機体と判断するのは当然の流れといえた。

 味方が来たと安堵したキラだったが、速度を上げるガンダムから発散される何かが体を弛緩させてはくれない。敵だと、何故かそう感じ取った。当のガンダム――――ハイペリオンに搭乗するカナード・パルスは歪み切った唇から抑えきれない哄笑を迸らせていた。

 

「ようやく見つけたぞ、キラ・ヤマトっっ!」

 

 求め、焦がれ、身を焼き尽くされんばかりに探していた相手との出会いにカナードは目を剥いてストライクを掌中に捉えた。

 

「何っ!?」

 

 銃口を向けて来たハイペリオンに戸惑いながら、地球連合の通信波で繋がれた通信から聞こえる男の狂気に満ちた声と、その相手がキラの名前を呼んだことに戸惑う。

 

「消えろ!!」

「うわっ!」

 

 ハイペリオンが銃口を構え、躊躇いもなく発射する。

 

「くっ!!」

 

 バーニアを吹かして射線から逃れたキラは、撃ってくるなら敵だと判断して照準スコープを取り出した。

 初撃を難なく避けたストライクに笑みを向けたカナードの狙いは、目の前で戦い出した2機に戸惑っているデュエルに向けられた。

 

「貴様は邪魔だ! どこへなりと行くがいい!」

「なんだこいつは!?」

 

 ストライクだけでなくデュエルにも撃って下がらせているのを見ながらキラは、ハイペリオンに向けて十分に狙いをつけてからビームライフルを撃った。

 ビームは直進してハイペリオンに直撃した。

 

「当たった!?」

 

 ハイペリオンが回避動作すらも取らずに被弾したことに逆にキラの方が驚愕した。

 今までに戦ってきた相手がザフトの熟練パイロットばかりであっただけに、呆気なさすぎる手応えに肩透かしすら感じていたがカナードは簡単に終わるほど容易い相手ではない。

 

「無駄だ」

 

 一瞬の閃光の後、見えてきた光景は無傷のハイペリオンの姿だった。

 

「アルミューレ・リュミエール。このモノフェーズ光波シールドの前にはビームだろうが実体弾だろうが破ることは不可能だ!!」

 

 左腕を翳して手首近くから広がる光がハイペリオンの前面を覆い、まるで盾のように君臨する。

 

「さあ、完全体である貴様の力を俺に見せてみろ!」

 

 アルミューレ・リュミエールを展開したままハイペリオンが直進する。

 ストライクがさせじとビームライフルを撃つが、ハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを前面に押し立てて防ぎながらビームサブマシンガンを連射する。

 

「完全体?! 君は何を言っているの!?」

 

 放たれるビームサブマシンガンを躱しながら繋がれている通信から聞こえる聞き捨てならない単語に叫ぶ。

 

「アルテミスでガルシアに会ったお前なら意味が分かるだろ! 失敗作の烙印を押された、このカナード・パルスの事を分からんとは言わせんぞ!」

 

 逃げるストライクと追うハイペリオン。

 戦いを始めた2機をデュエルは混乱しながら見つめる。

 

「訳の分からない奴まで出て来るし、どうなっている? が、ストライクを抑えていてくれるなら利用させてもらおう」

 

 2機に置いていかれる形になったデュエルは戸惑うように留まっていたが、己が立場を思い出したようにアークエンジェルへ向けて進路を切った。

 デュエルの動きは絶対の盾を持つハイペリオンを突き崩せないストライクにも見えた。

 

「デュエルが」

 

 仕方ないにしてもカナードの前で見せるには大きな隙であった。

 

「余所見をする余裕が貴様にあるのか!」

「ぐわっ」

 

 エールストライカーの羽の部分にビームサブマシンガンの弾丸が被弾し、ストライクはバランスを崩す。

 

「この時を以て俺は完成体を超える!」

 

 ビームナイフを抜き放ったハイペリオンがバランスを崩して無防備なストライクに斬りかかった。

 

「させない」

 

 バスターと戦闘中であったグリーンフレームが転進してアグニを放った。

 アグニから放たれたビームは狙い過たず、ハイペリオンに直撃するはずであったがウイングバインダーが展開され、機体を覆うようにアルミューレ・リュミエールが展開される。

 横合いからハイペリオンを抉り取るはずだったアグニのビームは、アルミューレ・リュミエールによって防がれた。

 

「成程、アルテミスの傘。光波防御帯をモビルスーツに転用したの」

 

 ユイは展開されたアルミューレ・リュミエールが「アルテミスの傘」と同じ物であることに即座に気がついた。その厄介さにもまた。

 

「よくも邪魔をしたな!」

 

 エネルギーを大量に消費するアルミューレ・リュミエールの全開展開を閉じたカナードは、決着をつけられるところを邪魔されて激昂した。

 標的をストライクからグリーンフレームに変更して向かう。

 

「消えろっ! 消えろっ! 消えろっ! 消えろっ! 消えろっ!」

 

 ビームサブマシンガンを連射しながら向かってくるハイペリオンの射線から逃れながらアグニを構えたグリーンフレームであったが、また椀部のみの展開を見て撃つのを躊躇ったとカナードは感じたが実際は違う。

 

「アルテミスの傘と原理は同じのはず。発生装置を潰す」

 

 アルミューレ・リュミエールを発生させている装置に狙いをつけていた。

 狙いをつけずに勘だけで撃っても当てられるユイがしっかりと照準を合わせ、ここぞという時に撃った。

 

「ちいっ!」

 

 カナードは今まで数多くの修羅場を潜り抜けている。ユイの狙いを動物的な勘で感じ取って機体を動かした。腕の発生装置のみでのアルミューレ・リュミエールでアグニを受けないようにビームを回避する。発生装置で受ければ機体は持たず、腕だけでのアルミューレ・リュミエールでは持ちこたえられないと判断したためだ。

 

「アルミューレ・リュミエールの弱点によくぞ気がついた。当たれば効果はあっただろうが、俺の駆るハイペリオンを舐めるな!」

 

 操縦者の怒りを表すようにハイペリオンはビームサブマシンガンを撃つ。だが、遮二無二に見えてもその動きは洗練され、怒りを原動力としながらも支配されていない強かさすら感じさせた。

 グリーンフレームは辛くも避け続けていたがランチャーストライカーを装備していては動きに軽快さがない。アグニは重すぎて機動戦には向かない。

 

「くっ、この装備では」

 

 この敵にランチャーストライカーはデッドウェイトでしかないと判断したユイの行動は早かった。

 ランチャーストライカーを切り離して追って来るハイペリオンにぶつける。

 進行方向に迫るランチャーストライカーを払いのけたハイペリオンの前に、ビームサーベルを抜き放ったグリーンフレームがいた。

 

「小細工を!」

 

 ビームナイフでビームサーベルを受け止めたハイペリオンがビームサブマシンガンを構えた時、既にグリーンフレームは離脱していた。

 

「小賢しい。が、貴様はやる。ここで死ね!」 

 

 グリーンフレームに乗るパイロットの腕を感じ取ったカナードは、ここで死すべしと後を追った。

 このパイロットの操るモビルスーツに背中を見せて安穏と出来る腕の差はない。最高のコーディネイターを殺すと決めたからこそ、先にグリーンフレームを倒さなければならないとやられるのは自分だとカナードは真に剛腹であったが優先順位をつけた。

 ハイペリオンとグリーンフレームはランダム機動を描いて交戦し合う。

 

「速い! 2機の動きが追えない」

 

 キラには及びもしない領域で戦う2機に歯を強く噛むしか出来なかった。

 レベルが違う。機体性能でいえばストライクは恐らく2機よりも上のはずだがキラにはハイペリオンとグリーンフレームのような動きが出来るとは思えなかった。

 しかし、キラにはカナードには聞きたいことが山ほどある。完成体とは何なのか、ヒビキ博士とは誰なのか、自分は何なのか。聞かなければならないことが沢山あり過ぎた。

 

「畜生! 僕だってやれるんだ!」

 

 実力が及ばないからといって、じっとしていることは出来なかった。

 

「てぇい!」

 

 2機の後を追って飛翔し、後ろからハイペリオンをビームライフルで撃った。

 だが、ハイペリオンは背中に目があるかのように容易く連続で放たれるビームを次々と回避する。

 

「駄目!」

 

 ストライクが攻撃に加わった時点に感じた嫌な予感にユイが急速回頭する。バーニアを全開に吹かして目指す先にいるのはストライク。

 

「分不相応の機体に乗っておいて、この程度が唯一の成功体の実力か! 笑わせるな!」

 

 ハイペリオンが振り向き様にウィングバインダーを稼働させ、先端部から光を迸らせる。

 グリーンフレームのパイロットと比べてあまりにも攻撃の稚拙さが目立つ。最高のコーディネイターの実力がこの程度であることに失望と憎悪が同時に沸き立った。

 

「貴様の相手は後でじっくりとしてやる! そこでじっとしていろ!」

 

 カナードの怒りをそのまま表したようなビームキャノンが放たれた。アグニには劣るものの、ビームライフルには勝る「フォルファントリー」と名付けられたビームキャノンから放たれたビームが直進する。

 こちらこそ遮二無二突っ込んでいたキラにこれを回避する術は無かった。キラは眼前に迫る死の具現を見つけることしか出来なかった。

 

「うわっ!」

 

 着弾する僅か前に急速回頭したグリーンフレームがそこへ現れ、ストライクを突き飛ばした。

 全速力でストライクを突き飛ばしたグリーンフレームにビームキャノンが直撃する。

 

「ああ……!」

 

 突き飛ばされた機体を立て直したキラは、被弾して流れて行くグリーンフレームを見た。

 膝下が無くなっていた。躊躇いなく全速力で突っ込んだお蔭か、ビームキャノンに焼かれたのは膝下に済んだようである。だが、互角だった戦いはキラの介入によって圧倒的不利へと立たされる。

 

「ユイさん!」

「アークエンジェルへ戻って」

 

 ユイの安否を確認するために慌てて通信を繋いだキラの鼓膜に響いたのは冷淡なユイの声だった。

 

「でも……」

「足手纏い。邪魔」

 

 抗弁しかけたキラを遮ったのは、はっきりとした拒絶だった。

 ユイとしてはハイペリオンを相手にするにはストライクは言葉通り足手纏いでしかなく、感情で動かれれば邪魔でしかない。先程まで相手をしていたバスターやデュエルの事もあり、自分の身よりもアークエンジェルのことを優先しろと伝えたかったのだが言葉足らずではキラに伝わらない。

 もし、キラが通信モニターでユイの姿を見ていればそこに込められた意味を正確に感じ取っただろが、状況はどこも切羽詰まっていた。

 

「第6センサーアレイ、被弾! ラミネート装甲内、温度上昇! これでは装甲の排熱が追いつきません! 装甲内温度、更に上昇!」

 

 グリーンフレームが離れて自由になったバスターの砲撃が着弾して、衝撃がアークエンジェルの船体を揺らす。同じく自由になったデュエルがアークエンジェルから見れば好き勝手に動いてくれる所為で目障りで仕方ない。

 

「デュエルが邪魔よ! 撃ち落とせないの!?」

「ゴットフリートをデュエルに照準、てぇ!」

 

 マリューの意を汲んでナタルが攻撃するがデュエルは易々と躱す。

 

「ブリッツが取り付きました!」

「撃ち落として!」

「出来ません! 艦に近すぎます!」

 

 モニターの中で艦横に取り付いたブリッツが至近距離からビームライフルを連射している。

 アークエンジェルにのみ使われているラミネート装甲ならば数発ぐらいなら受けても持ちこたえられるが、何発も連続して撃たれては装甲が持たない。

 

「ストライクとグリーンフレームは何をしている!」

 

 この状況を打開するには取り付くモビルスーツを排除するしかない。なのに、先程までデュエルとバスターと戦っていた2機は何をやっているのかとナタルは心底から思った。

 

「2機とも所属不明のモビルスーツと交戦中! あ?! グリーンフレームが被弾!」

 

 モニターの中でグリーンフレームがストライクを庇って被弾するのを見たクルーが息を呑んだ。

 

「俺が出る! ゼロを出せ!」

 

 パイロットルームにいたはずのムウから通信が入り、モニターに映った場所はメビウス・ゼロのコクピットであった。

 

「ガンバレルのないゼロでは駄目です! 良い的になるだけです!」

「だがな、出なきゃしゃぁないだろ! 砲台ぐらいにはなれる!」

 

 ムウの言うことには一理ある。が、ガンバレルを失っているメビウス・ゼロはメビウスよりも機動性で劣る。戦力が少しでも欲しいと分かっていても出せるものではなかった。

 

「整備班! その人をコクピットから引きずり出しなさい!」

 

 モビルスーツデッキに繋ぎ、マリューはそれだけを言い捨ててムウとの通信を切った。

 

「艦隊は?!」

「シグナルは一つのみです! 先程から動きません!」

 

 第八艦隊と思われた大西洋連邦のシグナルはたった一つしか艦がない。一定距離から近づいてこず、その艦から出て来たモビルスーツはストライクとグリーンフレームに攻撃を仕掛けた。

 はっきりとした希望を感じたところで、その希望がまやかしであると信じたくないブリッジは恐慌状態に陥っていた。

 

「通信はどうした!」

「繋がらないんですよ! うんともすんとも返ってきません!」

 

 ナタルも冷静さを失っていた。正直に言えばマリューも同じであった。泣きが入っているカズィを責められるものではなかった。

 

「キラ! キラ!」

 

 ミリアリアが必死に戦うキラに縋り続けるのをマリューは悪いとは思わなかった。

 状況はストライクに乗っているキラにも直ぐに理解がついた。分からぬはずがない。

 

「ブリッツに取り付かれたわ。戻って!」

 

 ミリアリアの通信に、またストライクは隙を晒した。

 

「俺を前にして何度も余所見をするんじゃない!」

 

 ビームナイフを構えてハイペリオンが迫る。

 またグリーンフレームがストライクを庇わんと身を差し出した。

 

「あ」

 

 キラにはその姿が良く見えた。同時に別のモニターの映る攻撃を受けるアークエンジェルの姿もまた。

 

『頑張って敵をやっつけてね、お兄ちゃん!』

『敵はみ~んなやっつけてもらわなくっちゃ、私達が死ぬものね』

 

 出撃前に廊下で会話を交わした少女とフレイの姿が脳裏を過ぎった。

 手を繋いで戦いに向かうキラを見送ってくれた二人が、愚かなキラを身を挺して守ってくれているユイが――――死ぬ。

 他者の死への認識がキラの中で何かを壊した。

 

「――――――――――ぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!」

 

 コクピットでキラが獣のような叫びを上げて、ストライクが躍動する。

 ツインアイから光を迸らせて、パイロットの操作による早すぎる駆動に関節を軋ませながらストライクが横回転し、グリーンフレームの前に出ながら動作の間に抜き放ったビームサーベルでハイペリオンの右腕を薙ぎ払った。

 一瞬消えたと思うほどの速さで眼前に現れたストライクによってビームナイフを持つ腕を切り払われながらも、カナードの鍛え上げられた肉体は反応する。だが、ストライクは先程までの動きが嘘のように機敏に動き、ハイペリオンよりも圧倒的に早く行動する。

 持っているシールドを投げ捨ててハイペリオンの頭部にぶつけてメインカメラの視界を封じ、シールドを捨てた左手で右肩にあるもう一つのビームサーベルを抜いた。

 左手は抜いた動作のまま斜めに振り下ろし、ハイペリオンの腕を切り落とした右手が降り上がる。結果、まるでグリーンフレームの仇討ちとばかりにハイペリオンの両足を膝下から切り落とす。

 更に右足を上げ、斬り落とされたハイペリオンの両足が爆発を起こす前に踵で腹部に叩きつけた。

 グリーンフレームに乗るユイが見ている前で、瞬く間に起こった出来事であった。

 

「なにぃぃぃっ!!」

 

 4肢の内の3つを失って、斬られた右手と両足の爆発に包まれるハイペリオンのコクピットでカナードは絶叫した。

 当のストライクはもはやハイペリオンに興味を失ったのか、グリーンフレームの手を掴むとエールストライカーのバーニアを全開にして転進した。

 

「待て、どこへ行く! 俺を見ろ! 貴様もなのか? 俺はカナード・パルスだ! ニセモノなんかじゃ、失敗作なんかじゃない!! 俺を、このカナード・パルスを見ろ!」

 

 割れたモニターの中で遠ざかっていくストライクにカナードは手を伸ばす。だが、ストライクはカナードの求めを知ることも無く去って行く。

 モニターの破片がぶつかって罅割れているヘルメットを煩わしそうに取ってハイペリオンを動かそうとするが、損傷を負ったことでシステムエラーを引き起こした機体はピクリとも動いてくれなかった。

 

「…………再起動しない? 動け、今動かなければ俺の夢は所詮驕りだということになる! 動け、ハイペリオン! 動けぇええええええ!!」

 

 ハイペリオンの開発に初期から関わっているカナードは各種のスイッチや再起動の手順を繰り返す。

 逆に一刻も早くとばかりにアークエンジェルへ向かっていたストライクは途中で中破しているグリーンフレームを手放し、最高速度を保ったままブリッツへと突っ込んだ。

 

「機体事なんてっ!?」

 

 ストライクの接近には気づいたが、まさか真正面から突っ込んでくるとは思わなかったブリッツがビームライフルを慌てて撃った。

 しかし、ストライクはビームライフルを撃ってビームを相殺すると、そのまま体当たりでブリッツを弾き飛ばした。

 

「うわあああああああっ!!」

 

 いくらフェイズシフト装甲であろうとも最高速度でぶつかってくるモビルスーツの衝撃までは消せない。シートベルトをしていても意味などないばかりの、今までにない衝撃がニコルの意識を刈り取った。

 ブリッツにトドメを刺さんとパイロットが気を失って一瞬だけ漂っている機体にビームライフルを向けた。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 そこへ近くにいて仲間の危機に気づいたデュエルが飛びこんできた。

 

「はぁ――――っっ!!」

 

 ブリッツを仕留めんとして無防備になっているストライクの背後からビームサーベルを振りかぶったデュエル。

 だが、ストライクの動きはイザークの想像を遥かに超えていた。

 

「!?」

 

 背中を見せていたはずのストライクが前進する。エールストライカーだけを置いて。

 デュエルの動作はもう止められない。振り下ろされたビームサーベルはエールストライカーだけを切り裂いて、爆発がストライクを隠す。その爆発を縫ってストライクが取り替えていたビームサーベルを両手に持って、デュエルの懐へと一瞬で潜り込んでくる。

 

(やられる?!)

 

 鬼神の如き勢いで正確に2刃のビームサーベルをコクピットへと伸ばすストライクの姿をモニターに映して、イザークははっきりと自身の避けられない死を自覚した。なのに、ストライクは後少しというところで機体を僅かに捻った。

 先程までストライクがいた場所にビームが落ちる。直上からのバスターの砲撃であった。回避動作は直上から降るバスターの砲撃を避ける為の動作であったのだ。

 

「馬鹿な!?」

 

 確実に仕留めたと確信したタイミングで回避したストライクにディアッカは驚愕した。それどころではない。バスターの右手にストライクのビームサーベルが突き刺さっていたのだ。

 砲撃を躱したと同時に両手に持つビームサーベルの内の一つを投げて、バスターの右手を正確に貫いた。同じパイロットとは思えない技量である。もはや同じ人間であるかも疑うレベルであった。ディアッカが知る最高のパイロットであるラウ・ル・クルーゼであっても出来ないと思うほどに。

 爆発に揺れるバスターのコクピットでは、当のストライクがもう一方の手に持つビームサーベルをデュエルに突き刺しているところであった。

 バスターの砲撃によってコクピットから狙いは外れたが、人間でいえば脇腹に当たる箇所を貫いた影響は大きかった。

 コクピット近くに攻撃を受けたデュエルのコクピットに紫電が走ってモニターに纏わりつき、爆発した。

 

「ぐわあああっっ!」

 

 爆発したモニターの破片がヘルメットに激突する。

 突如として走った眉間の激痛が全身を支配する。顔中に走る痛みとヌルリとした感覚にイザークは呻いた。

 

「止めを刺そうってのか! させるかよ!」

 

 慣性で漂うデュエルに止めを刺さんとしたストライクへと向けて、爆発に流れる機体を立て直したバスターがミサイルポッドを放つ。

 アークエンジェルが大半を撃ち落としてくれたがストライクもイーゲルシュテルンで迎撃する。その隙に、ついさっき気がついたニコルがブリッツで動かないデュエルの腕を掴んで離脱する。

 

「ディアッカ! 引き上げです! イザークが!」

「痛い、痛い、痛い!」

「…………撤退するぞ! 俺が盾になる! ニコルはイザークを!」

 

 まだ敵艦隊が到着するまでに1、2分の時間がある。しかし、モニターに映ったイザークの血塗れの姿を見たディアッカは一瞬の停滞の後、ニコルの提案を受け入れた。

 ブリッツがデュエルを抱え、バスターが盾となりながら下がる3機をストライクは追わなかった。別の敵が迫って来ていたからだ。

 

「ミリアリア、ソードストライカー射出!」

「キラ!?」

「ソートストライカー射出!」

 

 アークエンジェルのブリッジで管制をしていたミリアリアにキラのものとはとても思えない声が聞こえて、戸惑ったが繰り返された声には有無をも言わせぬ迫力があった。

 敵が迫る。アークエンジェルの前に傷だらけのハイペリオンがいた。

 

「ハイペリオンはまだ俺と共に戦ってくれる! 生きている内は負けじゃない!!」

 

 四肢の内で左腕だけが残っているハイペリオンがアークエンジェルの前方から迫って来ていた。

 ストライクはアークエンジェルを挟んでハイペリオンを見据え、そこから一気に急加速。ハイペリオンへ向かって行く。

 あっという間にアークエンジェルを追い越したところでハイペリオンを待ち構えるように静止したストライクを見てカナードは歓喜の声を上げた。

 

「戦うことしか出来ない俺は勝ち続けるしかないんだ!!」

 

 唯一残った左腕とウィングバインダーが稼働してアルミューレ・リュミエールを展開する。

 体の前面を覆った左腕のアルミューレ・リュミエールとは違って、ウィングバインダーの方はその形をまるで槍のように変形させていく。対するストライクの武装はエールストライカーを失って、手に持つビームサーベルのみ。

 いや、ビームサーベルのビームが消えた。同時にストライクのフェイズシフト装甲が切れて、トリコロールカラーの機体がメタリックグレーへと変わる。エネルギーが切れたのだ。明らかなストライクの異変を見て、カナードは勝利を確信した。負ける気がしなかった。

 ハイペリオンは全速力でストライクに向かって突き進み続ける。

 

「はぁあああああああああああ――――――っっ!!」

 

 今までの辛く苦しい人生を思い、今この時を以て夢を成就せんと直進する。戦い、勝利することだけで生きることを許されて来た人生に終止符を打つために。ただ、それだけの為にカナードは生きて来た。

 

「私を忘れないで」

 

 一目散にストライクを目指すハイペリオンの斜め前方にはグリーンフレームが外したアグニが漂っていた。

 中破同然で放っておかれたグリーンフレームが頭部バルカンであるイーゲルシュテルンを放つ。

 イーゲルシュテルンは今まさにハイペリオンが通り過ぎたアグニに命中し―――――爆発を起こした。

 

「――っ?!」

 

 完全な意識外の爆発に機体を揺さぶられ、カナードは悲鳴を上げることすらも出来なかった。

 背後の爆発にウィングバインダーのアルミューレ・リュミエールで形成された槍は簡単に狙いがずれてしまう。如何にカナードが優れたパイロットであろうが瞬時には崩れた機体を立て直しきれない。

 そこへストライクが強襲し、下に逸れたアルミューレ・リュミエールで形成された槍を躱して、傾いているウィングバインダーに何時の間にか取り出して両手に持つアーマーシュナイダーを叩きつけた。

 アーマーシュナイダーが突き刺さったウィングバインダーからアルミューレ・リュミエールが消失する。

 

「ウィングバインダー如きで!」

 

 背後からの爆発とストライクによる攻撃によって下方に流れた機体を立て直したハイペリオンは、損傷を負ったウィングバインダーを取り外して尚もストライクを目指す。

 機体名である「ハイペリオン《高い天を行く者》」とは裏腹に、下方から五体満足で君臨するストライクへと向かって。

 

「何時もそうやって高みから見下ろすか!」

 

 生まれ持った宿命を消し去ることは出来なくとも、上書きできるはずだと信じて高みから見下ろす完成体へと唯一無事な左手にビームナイフを持って向かって行く。

 カナードの全てをかけた攻撃を前に、ストライクは微動だにしない。ただ、半身になって待ち構えるのみ。

 

「俺はカナード・パルスだぁああああああああああ!」

 

 カナード・パルスは夢を叶える夢を見て沈む。

 ストライクが背後から来ていたソードストライカーのシュベルトゲベールを掴み、ハイペリオンを遥かに上回る速度で終わらせた。

 シュベルトゲベールの実体剣部分でビームナイフを持つ左手を真正面から叩き潰し、胴体を袈裟切りに切り払われたハイペリオンが慣性で漂う。機体に傷一つつけることなく、ハイペリオンは――――カナード・パルスはキラ・ヤマトに負けた。

 半壊したハイペリオンのコクピットで血の海に沈むカナードは、峰を返してレーザー刃を発生させたシュベルトゲベールを振り上げたストライクを見上げる。

 

「キラ・ヤマトォォォォォォォォッッ!!」

 

 遥かな高みから見下ろすストライクに向けてせめてもの呪詛だけを残して、衝撃の後にカナードの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラントから地球に下ろされるザフトの実験機と現地の取材はマティアスからの依頼である。どうしてマティアスが極秘のはずの情報を手に入れられたのか分からない。が、仕事である。ジェス・リブルに断る理由は無かった。

 誰かにマティアスの印象を聞かれれば「色々と胡散臭い」と答える程度には認識は固まっている。マティアスという人間が色々と胡散臭い所があるのはジェスにも分かっていることだった。恩人であることや仕事の世話までしてもらっていることには大いに感謝しているが認識は覆せない。

 嘘は間違いなくつくだろうし、悪人であることも恐らくは間違いだろうと思っている。

 ジェスが及びもしない世界で何かをしていることを知っている。それでも付き合いを続けているのは、ジェス自身がマティアスを気に入っているからだった。生きていく為の生命線であることは事実だが。

 アフリカの砂漠地帯に送られたのも何か理由があるだろうと推測はしても気にしない。少なくともマティアスは人を貶めて喜ぶような根っからの悪人ではないと知っている。

 

「―――――」

 

 ジェスが、その戦闘を目撃したのは偶然である。

 ジェスが、その戦闘を目撃したのは必然である。

 偶然か、必然か、どちらにしてもジェス・リブルはカメラを持つ手に意識を集中して、ファインダー越しに見える映像を撮り続ける。

 アフリカは熱い。砂漠地帯ともなればオーブンの上に立っているようなものだ。陽射し除けのマントを被って砂の上に寝そべってファインダーを覗いていたら汗が止まるはずもない。額から頬を伝って流れて行く汗を煩わしく思いながらも遠望レンズで見える戦闘をつぶさに観察する。

 

「戦闘をしているのは二機。四足歩行機と二足歩行機…………バクゥとジンか?」

 

 巻き起こる砂埃では把握するのに時間がかかったが戦闘を行っているのは二機。

 このアフリカの砂漠地帯で猛威を振るうバクゥに間違いない。だが、もう一機はザフトの主力モビルスーツであるジンとは違っていた。

 

「あっちのバクゥタイプはマティアスが言っていたザフトの実験機か。大分、バクゥと違う」

 

 色や色んなところが違うが最も目につくのは頭部のファングだ。サーベルタイガーの牙を思わせるほどのサイズを持つ姿はより戦いに特化しているように見える。

 細部に違いはあれど、このバクゥタイプがマティアスの言っていたプラントから降ろされた実験機であることは確実だった。

 仕事を思い出してバクゥタイプに集中して写真を撮るがジェスの興味は、バクゥタイプと戦っているもう一機のモビルスーツにあった。

 

「あの青いフレームのモビルスーツはジンとは違う。もしかしてヘリオポリスで建造されていたっていう噂の連合の新型か?」

 

 ジンをもっとスマートにしたモビルスーツは、単眼が基本のザフトの機体と違って頭部が双眼でより人間に違いフェイスをしている。青いフレームを白い装甲で包んでいる機体は公開されているザフトの機体とは似ても似つかない。

 ザフト以外にモビルスーツを開発できる国は限られている。コーディネイターを受け入れているオーブ連合首長国等や巨大な組織力を持つ大西洋連邦などの地球連合理事国のような技術力や組織力がある国に限られる。

 二週間前にオーブ所有のヘリオポリスがザフトに襲撃されてコロニーが崩壊したのは有名な話であった。

 プラントの言い分としては中立国のコロニーで地球連合が新型機動兵器を開発していたとしていて、実物の映像も流されているが地球連合は肯定も否定もしていないが巻き込まれたオーブでは代表首長であるウズミ・ナラ・アスハが責任を取って辞任している。

 

「こんな大スクープを取れるなんて……!?」

 

 誰も実物を見ていないので実在を疑っている者がいるが撮影できれば大スクープである。シャッターチャンスなど考えずにカメラのモードをフォトからムービーに切り替えて撮りっ放しにする。これならば撮りっぱぐれることはない。

 2機をファインダーに入れていればいいので興味は戦いに向いていく。

 

「す、凄い……」

 

 ファインダー越しに繰り広げられる戦闘は戦いの素人であるジェスにも分かるほど高度な物だった。

 機体が優れているのもあるだろう。だが、それよりも何よりも機体を扱うパイロットの技量が際立つ戦いだった。

 ジェスが見る限りでは両パイロットの腕はほぼ互角。モビルスーツの性能はビーム兵装を持っていたり総合的には青いフレームの方が高いだろう。地形的にはバクゥタイプの方が有利で性能の差を覆すには十分である。

 紙一重の攻防と回避。綿密に組み上げられた戦術と不利な状況を覆せる度胸と精神。

 

「俺以外に観客がいないのが勿体ないくらいの戦いだ」 

 

 殺し合いをしているにも関わらず感嘆してしまうほどの戦いはそうはない。

 何時までも見ていたいと思える戦いは呆気なく終わりを告げた。

 

「動いた!?」

 

 青いフレームのモビルスーツがビームサーベルを抜いてバクゥタイプとすれ違い、そのサーベルタイガーを思わせる牙を斬った。肩部の装甲を代償にして。

 直ぐに振り返ったバクゥタイプと違って、青いフレームのモビルスーツは止まらずに進み続ける。

 

「逃げた? いや、退いたのか」

 

 バクゥタイプもここが戦闘の引き時としたのか、その背中を見送るだけで追撃はしなかった。

 2機の間にどのような通信が為されたのかはジェスには分からない。そもそも通信がされた保証もない。

 不思議なことに2機の間には命の取り合いをしたにも関わらず、殺し合い特有の陰惨な空気は無かった。まるで強敵と戦えたことを喜ぶように誇らしげに立つバクゥタイプにジェスは不思議な感動を覚えた。

 

「俺もモビルスーツに乗ってみたい。そして彼らが見ている景色を見てみたい」

 

 戦いたいわけでは断じてない。ジェス・リブルは殺し合いをする為にカメラを構えるのではない。ただ、そこにある真実を映し撮りたいだけだ。

 青いモビルスーツとは別の方向へ去って行くバクゥタイプを見るジェスの中で、モビルスーツからの視点の真実を撮りたい欲求に駈られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死を迎えたはずのカナード・パルスは生き長らえた。

 

「――――ここは…………」

 

 目を覚ましたカナードが見た物は鋼鉄の天井だった。断じて死後の世界などではない。醜い人が争うだけの現出している地獄のような元の世界で目を覚ました。

 

「大丈夫ですか、カナード」

 

 キラに殺されたはずの自分が生きている状況を理解できずに混乱していたカナードに、副官であるメリオル・ピスティスが瞳に心配の色を覗かせたが当の本人は混乱していて気が付かなかった。

 

「…………メリオル。ここは、どこだ?」

「オルテュキアの医務室です。動いてはいけません。重傷なのですよ」

 

 言いながら起きようとするカナードの肩をメリオルは優しく抑えた。

 重傷過ぎて起き上がれないのだから抑える必要がないとしても、カナード・パルスという人間がどれだけの無茶をするかを熟知しているメリオルの心配は正しかった。

 

「俺は…………奴はどうなった! 何故、俺は生きている!」

 

 弱い力にも関わらず、気を失う直前に見た対艦刀を振り下ろそうとしていたストライクを思い出して重傷にも関わらず体を起こそうとした。メリオルが止めていなければ治療をしたにも関わらず起きていただろう。

 メリオルは自分の判断を良しとした。

 

「どこまで覚えていますか?」

「奴が対艦刀を振り下ろそうとしていたところだ。俺が生きているはずがない。死んだはずだ」

 

 全身に走る痛みか、自身が生きているはずがない状況に対する不安か、カナードは顔を歪めながら吐露した。

 記憶の確認の為に問うた返答は奇しくもメリオルの予想通りだった。果たして言っていいものかと迷ったが、カナードのアメジストのような瞳が色んな感情で歪むのを見て観念した。

 

「アルファ隊があなたを助けたのです。褒めてあげて下さい。彼らはカナードを守り切った」

 

 生きては帰れないと知りつつも戦いに赴いたモビルアーマー乗り達を思い、メリオルは一瞬だけ瞳を閉じて彼らに黙祷を捧げた。

 

「馬鹿な! あのキラ・ヤマトに歯向かっただと!」

 

 看過できない言葉にカナードは遂に肩を抑えるメリオルの手を振りほどいて起き上がった。

 動いたことで傷が開き、全身に巻かれた包帯から血を滲ませるカナードは痛みに耐えながらも真っ直ぐにメリオルを見る。

 

「あなたを守る為です」

「俺にそのような価値なぞ」

「彼らはやりきりました。あなたがここにいるのが何よりの証拠です」

 

 だからそのような悲しいことは言わないで下さい、と部下を失ったメリオルはカナードに告げなくてはならなかった。

 

「オメガ隊があなたを回収、後に私達は空域を離脱しました。アルファ隊全機未帰還。ですが、彼らはカナードを私達の下まで送り届けてくれました。その功と、命を投げ出しても守ろうとした行為に報いてあげて下さい」

 

 振り下ろされた対艦刀に身を曝したショーンも、時間を稼ぐためにストライクに特攻を仕掛けたチラム・ハント・メルウィン、ハイペリオンをオルテュギアがいる方向へ弾き飛ばしたレムタイ。

 まずショーンが死に、チラム・ハント・メルウィンが次々と。ハイペリオンをオルテュギアを弾き飛ばしたレムタイは弾薬を自爆させて時間稼ぎまでしてみせた。死ぬと分かっていて彼らは笑ってストライクへ向かって行ったのだ。その理由を分かってほしいと思うのはメリオルの傲慢であろうか。

 カナードの命は彼ら5人を犠牲にして、今ここにいる。

 今のカナードにこの言葉は苦痛でしかないと分かっている。誰かが言わなければ、それこそ無謀にも追撃をかけようとするストライクからハイペリオンを救うために命を投げ出して行ったパイロット達が報われない。

 顔を伏せたカナードは何も語らない。意識を失っていないことだけは、痛みに荒い息が物語っていた。

 

「ハイペリオンは大破しています。あなたが生きているのが不思議なぐらいの損傷です」

 

 あの斬撃で機体が断ち切られなかったのはカナードの腕か、ストライクのパイロットの未熟か、それとも他の理由かはメリオルには分からない。少なくともカナードが生きているのが不思議なほどの状態であることは間違いない。

 

「第八艦隊に気づかれぬようにオルテュギアは撤退。センサー外で待機しています」

 

 指示を、と隊長であるカナードに酷であるとは分かっていても問うた。

 俯いているカナードは暫く動かなかったが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「アルテミスへ帰投する」

 

 顔を上げたカナードの顔には哀しみがあった。

 

「失った者達の仇を取る為に、今は退く」

「カナード……」

 

 メリオルは嬉しかった。カナードは悲しんでいる。我が事にしか興味のなかったカナードがモビルアーマーパイロット達の死を惜しんでいる。そのことが嬉しかった。

 

「復唱はどうした」

「アルテミスへの帰投、了解しました」

 

 隊長であるカナードに敬礼を返し、表情を緩めた。

 ここからは副官であるメリオルの仕事である。

 

「無理はなさらないで下さい。後は私が」

「ああ…………後を頼む」

 

 喜びと部下を失った喪失感の中で、カナードを寝かしつけてメリオルは医務室を出た。

 閉じた扉の向こうから聞こえる嗚咽は聞かなかったことにした。

 




本作はここまでです。挫折しました。
この後の展開は活動報告に載せています。

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