コーディネイター。一般的には遺伝子調整によってあらかじめ強靱な肉体と優秀な頭脳を持って生まれた人の事を指す。反対に自然に生まれた者をナチュラルと呼称するようになったのは皮肉であろうか。
C.E.15年に人類初のコーディネイター、ジョージ・グレンが自らが遺伝子操作により生まれたことを告白した「ジョージ・グレンの告白」によって広まった技術によって高い金を出して生まれた者達。
遺伝子を操作されたコーディネイターは、自然に生まれたナチュラルよりも堅牢な肉体と優れた運動能力、優秀な頭脳を持っており、過酷な環境や重篤疾病に対する抵抗力も高い。遺伝子操作により先天的にナチュラルより各種機能の平均的水準が高い人間である。
ナチュラルと同じく老衰や著しい損傷を身体に被った場合は死に至るが能力差は総じて高い。身体能力や学力が成人年齢に達するのもナチュラルのそれより約5年ほど早いとされる。プラントで成人年齢が15歳と早いのもコーディネイターの優秀な能力の賜物である。
一説には、ナチュラルはコーディネイターのおよそ三倍の平均学習時間をかけねば同じ領域に至れないという話もある。
こういったコーディネイターの知的能力、身体能力の優越性は、学業、労働、芸術、スポーツといった社会競争の場面で全体的傾向として彼らを勝利させるため、ナチュラルにとっては生活を脅かす脅威となっていった。
無論、優秀な遺伝子を持つコーディネイターでも適切な訓練や学習を行わなければ、その才能を完全に発揮することはできないのはナチュラルと同じである。だが、同じ努力をしても報われるのは何時もコーディネイターばかり。ナチュラルが不満を抱くのは当然のことといえた。
ナチュラルがコーディネイターを敵視するのも、少数派のコーディネイターが弾圧されるのも、時代の流れが生み出した必然なのか。
勃発した地球連合とプラントの戦争。その中ですらコーディネイターとナチュラルの差を浮き彫りにする。
ザフトの主力兵器モビルスーツ。モビルスーツを操作するにはコーディネイターのように優れた情報処理能力や反射神経がなければ使えず、汎用性と機動性の高さが戦局をプラント優位に決定づけた。
モビルスーツが戦況を左右することに地球連合側の将官の中にも気づいた者がいた。
戦争で数こそが戦局を左右するのは古代から変わらない。今の地球連合はプラントの何十倍近い国力を持っている。後は質を上げるだけ。プラント同じモビルスーツ開発を推し進めようとするのは将官として当たり前の判断である。
しかし問題が一つだけあった。ナチュラルにはモビルスーツの操縦が出来ないのだ。ならばと、その将官は考えた。モビルスーツの操縦を出来るようにOSをナチュラル用に開発すればいいのだと。
当然、対ジンを目的として開発された地球軍の新型機動兵器は開発は難航を極めた。新兵器、新武装、なによりもナチュラル用のOSの開発が。
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円筒形のコロニーであるヘリオポリス外周で勃発した戦闘は、地球連合軍側が圧倒的な不利を強いられていた。それはヘリオポリス内部も同じであった。
『ヘリオポリス全土にレベル8の避難命令が発令されました。住民は速やかに最寄りの退避シェルターに避難して下さい』
機械音声が黒煙があちこちで立ち昇るヘリオポリス全域に鳴り響く。
国営企業であるモルゲンレーテの重要性はコロニー内でも段違いに高い。工場や関連施設で働く者も多く、従って利便性も考えれば街に近い場所に敷地が作られたのは当然の流れと言える。
外と同じようにジンが入り込み、地球連合軍の車両や疑わしき施設に向かって片っ端から艦載用小口径砲クラスの口径を持つアサルトライフル「MMI-M8A3 76mm重突撃機銃」を撃ち放っていた。
今も銃弾を撃ち込まれて破壊された車両がエンジンか、それとも中に搭載されていた武器の火薬かに引火して爆発を引き起こす。侵入したザフトにモルゲンレーテと地球連合軍の明確な区別などつくはずもない。怪しい車両・場所を片っ端から破壊するのは少数精鋭で乗り込んだ彼らからしたら当たり前のことで、巻き込まれる者がいることを承知の上で破壊を行なっていた。ザフトにとって中立国の裏切りは重大な事であり、攻撃をする大義名分があったのだ。
被害は容赦なく街の方にも広がり、巻き込まれた民間人達が爆発が轟く中で必死に避難していた。
「キャー!」
またどこかで上がった爆発に甲高い女性の悲鳴が爆発音に混じって響く。
最も被害の大きいモルゲンレーテの敷地内で逃げ惑う人々の中に、工業カレッジのカトウゼミに所属するトール達の姿もあった。
モルゲンレーテの敷地外から来た一機が重突撃機銃を背後で撃っている中で、工場員やスーツを着た男達が右往左往しながら走り回っていた。ギリギリまでキラを待っていたトール達は何度も爆発が起こり、建物が持たないと判断して外に出たのだ。他のシェルターに入り遅れたり逃げ遅れた人々と共にあてどもなく走り続ける。
走るトール達の前方の建物が火を噴きながら何度も爆発して黒煙を上げる。その爆炎を縫うようにモビルスーツと分かる巨大な人型が二体飛び出した。
「ああ!?」
「まだいたのか!」
進行方向に現れた新たなモビルスーツの出現に、トール達は絶望の叫びを上げ、モルゲンレーテの職員の一人が忌々しげに吐き捨てた。
遠目からでもジンとは違う、より人型に近い意匠であることは分かったものの、飛び出した二体が地球連合軍が作り上げた新型モビルスーツで、この襲撃の原因であると分かるはずもない。
「向こうだ!」
背後にザフトのジン、前に新型二体に挟まれたトール達は、モビルスーツを開発・運用しているのはザフトだけなので襲撃者が増えたと思ってサイの先導で別方向に走り出す。
ヘリオポリスの住民にとって間違いなく敵として侵攻してジンとは違う二つの機体の内の一つ、全体的な印象として鋭角な意匠を持つGAT-X303イージスを奪取して搭乗しているアスラン・ザラは降り立った近くにいるジンに通信を繋いだ。
「アスラン!」
作戦開始前に渡された認識コードと共に通信を繋いでいるので、名乗る前にジンのパイロットであるミゲル・アイマンが名前を呼んでくる。
「ラスティは失敗だ!」
2期先輩にあたるクルーゼ隊緑服であるミゲル・アイマンに事実を告げて、アスランの胸にラスティの喪失の痛みがぶり返す。
後輩が自分に敬語を使う事を禁止しているほど同胞には寛容で面倒見もよく気さくな性格は、先程撃ち殺されたラスティ・マッケンジーと通じるものがある。
クルーゼ隊の赤服は最高評議員を父とする者達で構成されている。優秀な両親の遺伝子を如何なく受け継いだ彼らは、確かに優秀であったが親の因縁も同時に受け継いでしまっていた。
アカデミーを首席で卒業したアスランを、次席だったイザーク・ジュールがライバルしていた。アスランにニコル・アマルフィが付き、イザークにはディアッカ・エルスマンが付き、その間をラスティが上手く取り成すことでやってきた関係は崩壊した。二度と取り戻すことは出来ない。
「何っ!?」
「向こうの機体には地球軍の士官が乗っている」
言って、同じように乗り込んだ現地の学生らしき少年の姿を脳裏に思い描いたアスランは、在り得ないと現実を認めたくないように首を横に振った。
「キラがこんなところにいるはずがない。見間違えに決まっている」
アスランが呟くのと、無駄にバーニアを吹かして上空に浮かび上がっていたもう一機の新型であるX105ストライクが着地したのは同時だった。
ストライクは着地の衝撃を殺しきれずにもたつき、崩れたバランスを取り戻そうと無駄にバーニアを噴射するところを見るに、乗り込んだ地球軍の士官が専門のパイロットでないことはアカデミーでMS戦の成績をトップで卒業したアスランからは丸分かりだった。
「おい、あのモビルスーツこっちに来るぞ!?」
「止まるなトール! 走るんだよ!」
もたつくストライクの足下の直ぐ近くをトール達が必死に駆け抜けて行く。
着地してから十数歩もかけてアンバランスに傾く体勢を整えたストライクのコクピットでは、地球軍の士官であるマリュー・ラミアスがモニターに映るジンと奪取されたイージスを前にして戦闘態勢を整えていく。
シートに座るマリューの背後で窮屈な姿勢を強いられているキラ・ヤマトは、たった数十分前には友人達と馬鹿話をしていた風景が壊されているのを呆然とした面持ちで見ていた。
「街が……」
戦闘に巻き込まれた実感は得ていたものの局地的なものでしかなく、頭の奥で楽観視していた部分が目の前に広がる廃墟と黒煙に打ちのめされる。プラントと地球連合で戦争をしていようが、中立国のコロニーにいた自分に被害が及ぶことなどないと油断していた隙を突かれたかのような痛みが胸に走る。
マリューが操作を続けるとモニターの一部が足元や離れた場所を映し出し、20メートル近い高所から俯瞰していては分からない生々しさが胸に迫る。
「ああっ!?」
廃墟同然となった建物や、抉れたコンクリートが映し出されるモニターの一部に見覚えのある背中が幾つも映ってキラは叫びを上げた。まるでキラの叫びを聞き届けたかのように、モニターは目的のものをズームアップする。
「トール!? ミリアリア! サイ! カズィ!」
肉体派のトールが先頭を走り、続いてトールに付き合ってアウトドアも嗜んでいるミリアリア、研究ばかりで殆ど体を動かすことのないサイとカズィが少し遅れて走っている姿が映し出される。
思わず身を乗り出して友の名前を呼んだキラに、目の前を遮られたマリューが邪魔だと声を上げようとした時だった。ジンが手に持つ重突撃機銃を発射した。
「うわぁ!?」
牽制のつもりなのか、直撃ではなく足元を撃たれただけだがバランスを崩したストライクが踏鞴を踏んだのと、足元の銃弾が爆発した衝撃が相乗したものがストライクのコクピットを揺らす。
反応の鈍いストライクにジンは重機関銃を腰の後ろにマウントして、そこからMA-M3重斬刀を取り出す。
「あの機体は俺が捕獲する。お前はそいつを持って先に離脱しろ」
モビルスーツは遺伝子操作による高い身体能力を生まれ持つコーディネイターが更なる訓練を積んで始めて可能となるモビルスーツ・オペレーション・システムによって機体を制御している。
ナチュラルにコーディネイター用のOSが搭載されたモビルスーツは操れない。その為に機体と同時にナチュラル用のOSを開発していたとミゲルは見ているが完成していないのは目の前でどんくさ動いているのを見れば分かった。
下手に中・遠距離武器で戦って無力化するよりは、近接武器で四肢を破壊する方が手っ取り早い。
重斬刀を手に機体を走り出させたミゲルの言う通り、奪取したばかりの機体で突っ立っているのは危険極まりない。アスランはコクピット内に付属されているキーボードを取り出すと、OSの設定を書き換え始めた。
完璧な設定は最初から放棄して、母艦に帰れる程度の動きは出来るように設定を書き換えていく。
「基本的な構成はジンと大きな違いはないか」
情報処理でもトップの成績を保持したアスランならば、システムの書き換えは造作もない。同じ人型の機体だけあってOSにも似た部分が多く、ジンのを参考に制作されていることが分かった。
「しかし、この機体のポテンシャルは桁違いだ。地球軍はなんて機体を作り上げたんだ」
設定を変更するためにシステムを見れば、機体の性能はジンを明らかに超えている。最新鋭機であるジンの後継機として設計・開発された指揮官級向けMSシグーですら遠く及ばない。
「OSも半分は出来上がってる。クルーゼ隊長の英断が無かったらそう遠くない内に実践投入される。こんなモビルスーツが量産されたらプラントに勝ち目はないぞ」
乗り込んでいるアスランだからこそ分かる直感。今のプラントが数で圧倒的に勝る地球連合を相手に戦えているのはモビルスーツの力があってこそだ。性能でジンを上回るスペシャル機をダウングレードして量産化して全体に行き渡れば、質で勝ろうとも数で圧殺されるのは誰の目にも明らかだ。
設定を次々と書き換えていくアスランが乗るイージスの前で、突進したジンが逃げようと小走りのような速さで歩くストライクに迫っていた。
「くっ」
斜め前からメビウスを容易く両断する重斬刀を手に迫るジンに、マリューはストライクのバーニアを吹かして躱した。
なんとか躱して見せたものの、機体にかかる着地の衝撃は大きい。専門のパイロットならば苦にもしない振動であるが肩に銃創を持つマリューは痛みに強く瞼を閉じた。そしてもう一人、マリューのようにシートに座って体を支えられないキラは突っ張っていた四肢が滑って横の衝撃に押されるようにシートに倒れ込んでしまう。
「うわぁ!」
「下がってなさい! 死にたいの!?」
「すみません!」
固い金属部分ではなくマリューの豊かな胸に顔を埋めたキラは怒られて身を起こしながらも、その顔は少し紅い。
天才との誉れが高いキラ・ヤマトも16歳の少年には変わらない。緊急事態であっても男の本能は反応してしまったのだ。命に危機に曝されているからこそ反応してしまうのは男の悲しい性か。
元の位置に戻ろうとしたキラの目の前の全面モニターに、両手で重斬刀を握ったジンが迫っていた。
「うわぁぁ!」
飛び上がり、バーニアの力も使って跳び上がったジンが重斬刀を空中で振りかぶる。未熟なOSを使っている今のストライクでは避けられるタイミングではない。メビウスを容易く切り裂く重斬刀に防御の甲斐もなく切り裂かれる運命しか残っていない。
キラの優秀な頭脳が待ち受ける末路を予想して叫びを上げさせる。
「くっ!」
恐怖の叫びを上げるキラの後ろで、マリューが一つのスイッチに手を伸ばす。
マリューがスイッチを押して操縦桿を操作する。すると一瞬にして鈍い鋼色をしていたストライクが赤白青のトリコロールに鮮やかに色づき、振り下ろされる重斬刀を防御するように頭の上で腕を重ね合わせた。
振り下ろされた重斬刀とストライクの腕が接触し、しかし切り裂かれることなく接触点でチェーンソーで金属を削っているような耳を塞ぎたく金切り音と大きな火花を散らせる。
絶対の勝機に勝ちを確信していたミゲルの表情が驚愕に染まる。
「なにっ!?」
戦艦であろうが切り裂いてきたジンの主兵装がモビルスーツの腕で受け止められたことに、開戦当初からパイロットとして最前線で戦ってきたミゲルだからこそ、ありえない現実を前に動揺した。
「こいつ、どうなってる!? こいつの装甲は!?」
ふらつくストライクに追撃をかけるよりも、一度体勢を立て直すことにしたミゲルは思わず普段の冷静さをかなぐり捨てて喚いた。それほどに目の前の現実を信じられなかった。
ミゲルの疑問の答えを、通信を繋いだままにしているアスランが知っていた。
「こいつらはフェイズシフトの装甲を持つんだ。展開されたらジンのサーベルなど通用しない」
ストライクと同じ系列の技術を搭載されているイージスのシステムを書き換えているアスランだからこそ、ジンの重斬刀では歯が立たないことを理解していた。
一定の電圧の電流を流すことで相転移する特殊な金属でできた装甲――――相転移装甲とも呼ばれるフェイズシフト装甲をストライクだけでもなく、Gの5機全てが装備している。相転移した装甲は一定のエネルギーを消費することにより、物理的な衝撃を無効化する効果がある。この金属は相転移にともない装甲面の分子配列が変わり、色も変化する性質がある。通電することにより非通電時のディアクティブモードといわれるメタリックグレーの装甲色が有彩色化する。
システム内をチェックしてこのことに気づいたアスランも、マリューと同じようにスイッチを入れてフェイズシフト装甲を展開する。今まで鈍い鋼色をしていたイージスが、赤を中心とした色に装甲を変化させていく。
「フェイズシフトだとおっ!? ナチュラルどもめ、余計なものを」
理論だけはミゲルも聞いたことがあった。だが、兵器にそれを応用した例はない。
実用されればミサイルなどの実体弾を始めとしてあらゆる物理的攻撃を無効化する強度を持つようになる。実質的にミゲルが今乗っているジンの装備ではダメージを与えられないことを示している。
「お前は早く離脱しろ! 何時までもウロウロするな!」
幾ら動きが鈍かろうが防御が完璧で他にもどのような機能があるか分からないストライクを相手に、背後でシステムの調整をしているイージスを気にしながら戦うことは死を意味する。コーディネイターならば、赤服を着ることを許された者ならば母艦に戻るぐらいの調整は完了していると予測したミゲルは、苛立ちを抑えきれずにアスランに向けて怒鳴った。
ミゲルの言う通り、イージスはフェイズシフト装甲を展開した時点でシステムの調整を終えている。戦闘は出来なくとも十分に母艦に戻れるだけの機能は発揮できるはず。
「くっ」
それでもアスランがこの場に留まり続けていたのは、ストライクに乗り込んでいるであろう少年が幼き頃の親友であるキラ・ヤマトではないかと疑念を抑えきれなかったからだ。
イージスと同じくOSが完成していない状態での退却は不可能と判断したのか、ストライクは仁王立ちしたまま動かない。
ストライクに通信を繋いで確認したい衝動に駆られながらも、コペルニクスで別れた三年前と違ってザフトに所属して軍人となったアスラン・ザラに私情で行動することは許されない。
ミゲルの言う通り、未練を振り切るようにバーニアを全開に吹かして飛び上がる。
「…………キラがこんな場所にいるはずがない。いるはずがないんだ」
母艦に向けてイージスを移動しながらも、アスランはありもしない希望に縋るように眼下のストライクを見つめ続けていた。
アスランの希望も虚しく、奇妙な縁でストライクに乗り込む羽目になったキラにはイージスを見送ることすらも出来なかった。ミゲルの乗るジンが低空飛行で迫るのをコクピットに鳴り響くアラートが知らせていたからだ。
開発に携わっていたマリューは実際に乗り込んで想像以上の動作の鈍さを思い知らされていた。満足に動かないストライクで真正面から飛んで来るジンを躱すことは出来ない。
避けることは出来ない。全質量を乗せた重斬刀を受ければ、フェイズシフトの装甲を持っていてもコクピットを揺るがす衝撃は怪我人の自分や四肢で体を支えているキラには耐えられない。
避けれない。受けれない。ならば、迎撃するのみ。
「!!」
頭の中でストライクの武装を思い浮かべたマリューは右手に握る操縦桿にあるボタンを押した。 ストライクの両側頭部に2門内蔵される対空防御機関砲「75mm対空自動バルカン砲塔システム・イーゲルシュテルン」が唸りを上げる。
接近する敵機やミサイルなどを自動的に追尾し迎撃射撃を軽やかに躱すジン。
(これってまだ完成してないんじゃ……)
ニュースを良く見るキラでも知らない地球軍の新型機動兵器。機体自体は完成しているように見えたのに、実際に動かしてみれば目の前のジンと違って拙さが目立つ。
プログラミングを趣味としているキラには、今のイーゲルシュテルンが自動追尾型の機関砲であることは直ぐに察しがついた。手動で動かすには攻撃力の割に操作に手間が多いので、こういう機関砲は自動型が大半を占めていると推測する。
動きが緩慢なこと、自動追尾型の機関砲の狙いが甘すぎること、この二点からキラは乗っているモビルスーツのシステムが不完全であることに気づき出していた。
イーゲルシュテルンを躱したジンに乗っているミゲル・アイマンも、キラと同じようにこの事実に気づいていた。彼の場合はナチュラルがモビルスーツ用のOSを完成させられるはずがないという驕りが始めだとしても、目の前でのろくさ動くストライクを見ていれば確信もする。
「いくら装甲が良かろうが、そんな動きでジンとやろうなんて片腹痛んだよ!」
回避動作に入ろうとしたストライクの数倍速く、そして俊敏な動作で懐に潜り込みながらジンが重斬刀を横薙ぎに一閃する。
避けることすらも出来ずに胸部装甲に一撃を受けたストライクは、フェイズシフト装甲のお蔭で膾切りにされることはなかったが弾き飛ばされて後方にあった建物に背中から叩きつけられた。
「「ああっ?!」」
重斬刀を食らった衝撃と、建物に叩きつけられた衝撃の二つに激震するコクピットの中で必死に四肢を突っ張るキラと痛みに耐えるマリューの叫びが同期する。
全力で四肢を突っ張ることで先程のように弾き飛ばされる愚を避けられたキラが目を開けると、横のモニターに逃げ惑う人々の姿が映っていた。人の視線を感知するシステムでも搭載されているのか、ズームされたモニターの中には走るカトウゼミの四人の背中が映っていて、息を荒げたミリアリアが足を止めて振り返った顔がはっきりと見えた。
マリューが操作して相変わらずの鈍い動作で建物から立ち上がったストライクに、油断なく距離を詰めたジンが重斬刀を構える。
「フェイズシフトだろうが無敵じゃないんだ! 攻撃を受け続ければ電力が落ちるだろ!」
追い込まれたストライクが逃げ場を求めるように建物を避けるように斜め後ろに下がる。そちらにはカトウゼミの四人がいる方向だった。ストライクの足下の直ぐ後ろで恐怖に固まっているカトウゼミの四人に、目の前の相手に背一杯のマリューは気付いた様子がない。
「分不相応なナチュラルの夢と共にここで沈め!」
コーディネイターとして生まれたミゲルの自尊心に突き動かされるようにジンが重斬刀を突き出してくる。ジンが重斬刀を突き出してもストライクには致命傷にはならないだろう。しかし、振動は殺しきれず、コクピット付近を直撃させれば中のパイロットを無力化することも可能であり、人が腹部を手で押されるのと同じように避けることが出来ないストライクは倒れ込む。足元にいるトール達を巻き添えにして。
残酷な未来を予想したキラの脳裏に、幼き頃の物心ついた時から母によって耳にタコが出来るほど聞かされてきた言葉が再生される。
『絶対に全力を出しては駄目よ。あなたの能力はコーディネイターの中でも異端なのだから』
小さな時分には理解できずとも、大した努力もなしに何倍も頑張っている他者を引き離し、やがては孤独になった経験を経て来てからはその意味を悟った。孤独になったキラを母は案じて、環境を変える為に月にまで移住してくれた。
月の幼年学校に通い出してからは全力を出すことを控えていた。同じコーディネイターであっても自身がずば抜けていることを自覚してしまったからだ。本気になれず、誰にも向き合えないから孤独になった。
孤独になったキラを救ったのはアスラン・ザラで、彼もまた優秀故に孤独だった。傷を舐め合うためか、孤独を癒すためか、理由はどうあれ二人は親友になった。
アスランとも別れて、ヘリオポリスに来たキラの今の友達は、今まさに危機に瀕しているトール達である。
(ごめん、母さん! 友達を守るためなんだ!)
女手一つで育ててくれた母を始めて裏切ることになろうとも、何もせずに友達を失うことに耐えらなかった。
必ずしもトール達を巻き込むとは限らないのだから何もせずに運命に任せてしまうのも一つの選択ではある。でも、友達が危機に曝されているのに出来る力を持つのに何もしない選択肢はキラの中になかった。
突き出されるジンの重斬刀。高まった集中力の中で緩慢に迫る武器を前に、キラの体は自然に動いていた。
操作方法は傍らで見ていたから大まかに把握している。今必要なのはトール達の危機を回避することだけでいい。身を乗り出してマリューの視界を遮りながら彼女の足下にあるコンソールに手を伸ばす。
キラが一つのスイッチを押すと、ストライクが膝を落として沈み込む。その沈んだ肩の上を滑るように突き出された重斬刀が擦過していく。続いてキラは、状況を理解できずに固まっているマリューの左手の上からレバーを力一杯に手前に引っ張る。
操作に反応してストライクが撓んだ膝を伸ばしながら前進してジンに肩からタックルを仕掛けた。
「うわ――っ!?」
まさか反撃が来るとは予想していなかったミゲルは、ストライクのタックルに弾き飛ばされたジンの中で悲鳴を上げた。
弾き飛ばされたジンは背中から地面に激突して地面のコンクリートを抉り取りながら滑る。
「君……!?」
自分よりも見事にストライクを操作して見せたキラに、マリューが言葉にならないように驚愕を噛み殺す。しかし、当のキラは身を乗り出した体勢のまま、次々とコンソールのボタンを操作しており、聞いていない。聞こえていないのかもしれない。
「あなたは軍人なんでしょう!? ここにはまだ人がいるんです! こんなものに乗ってるんだったらなんとかして下さいよ!」
マリューがストライクを立ち上げた時のように、OSの立ち上げ画面が浮かび上がり、キラは不自由な体勢のまま憤りを言葉に乗せて吐き出す。
「こんなOSでこれだけの機体を動かそうなんて滅茶苦茶だ!」
部品だけを詰め込んで接続がおろそかなOSを目にしたキラは、あまりにも不恰好すぎるシステムで二十メートルの巨体を動かそうとしていることに非難の声を上げずにはいられなかった。
「まだ全て終わってないのよ! 仕方ないでしょ!」
モルゲンレーテのミスズ・アマカワの協力の下、ナチュラル用のOSの作成が行われていたが完成度は6割弱。元より乗り込んだだけの技術将校に過ぎないマリューが文句を言われたところでどうしようもできない。
「どいて下さい! 早く! あなただって死にたくはないでしょ!」
「あ、あ……」
右手で体を支えながら左手だけでは操作がし辛い。そう判断したキラは、シートに座っているマリューを押し退けるように叫んだ。肩の銃創によって熱が出て来たのか頭が朦朧としてきたマリューはキラの気迫に押されて大人しく席を明け渡した。
モニターの先でジンが瓦礫を押し退けて起き上がろうとしているのを見ながら、シートに座ったキラは付属のキーボードを取り出して動きの鈍い原因を探り出した。
キラも今は何時までも文句を言っている時ではないと理解していたので、それ以上の非難の言葉を口にせず、ストライクのOSをコーディネイターの自分が動かせるようにセッティングを始めた。
(この子……!?)
シートに座って人間技とは思えない速さでキーボードを連打するキラに、マリューは彼が5、6メートルの高さのあるキャットウォークから飛び降りて無傷だったことも合わせて正体に確信を深めていた。
「え……」
淀みなく、ナチュラルのマリューからしたら驚異的とも思える速度でシステムを書き換えていたキラの手が一瞬止まった。その顔は驚愕に彩られ、科学者が非科学的な現象を目の前にしたかのように固まっている。
固まっているキラが座るシートの前面にあるモニターで遂にジンが立ち上がった。コクピット内部でも変化に敵が気付いてくれるはずもない。バーニアを吹かして再び突撃してくる。
「前!」
「ちっ!」
マリューの叫びに舌打ちをしながら顔を上げたキラは操縦桿を握ることなく、システムに干渉して直接頭部バルカン「イーゲルシュテルン」を発射した。
ジンは機体を揺らして回避動作を行うも、先程と違ってストライクの顔が微妙に動いて追尾する。
「何っ!?」
先程は難なく外せた機関砲が直撃した衝撃が機体を揺らし、ジンがバランスを崩して踏鞴を踏むように地面を走る。しかし、そこは歴戦の強者であるミゲル・アイマンであった。左右のバーニアをタイミングを僅かに吹かせることで瞬く間に体勢を整え、何事もなかったように重斬刀を振るう。
だが、当のストライクは体を傾けて重斬刀を難なく躱すと、置き土産のように右マニピュレーターをボクシングで言うクロスカウンターのようにジンの頭部に叩き込んだ。
攻撃を仕掛けたジンが逆再生されたビデオの映像にように吹き飛び、モルゲンレーテの社屋に背中からぶつかった。
ストライクのコクピットで付属のキーボードを連打するキラは、追撃よりもOSの調整を選んで次々にシステムを書き換えていく。
「キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定……、チッ! なら疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結! ニュートラルリンケージ・ネットワーク再構築……、ええい! メタ運動野パラメータ更新!フィードフォワード制御再起動、伝達関数! コリオリ偏差修正! 運動ルーチン接続! システム、オンライン! ブートストラップ起動!」
時折舌打ちも交えてブツブツと無意識に呟きながらもキラの手は止まらない。ナチュラルどころかコーディネイターであるアスランらをも遥かに上回る速度で、まるで最初から知っていたかのようにシステムが書き換えられていく。
書き換えられていくOSが齎す動きの変化についていけなかったミゲルは、操縦桿を操作してジンを社屋から立ち上がらせながら戸惑っていた。
「なんなんだ、あいつは。急に動くが良くなって」
もはや捕獲などと言っていられる状況ではない。重斬刀を戻して、腰にマウントしていた重突撃機銃に持ち替えて撃つ。
ジンが武器を持ち変えるのを見たキラは、撃たれる前にフットペダルを踏み込みながらレバーを操作してバーニアを全開に吹かす。ストライクが上空に飛び上がった直後、重突撃機銃の弾丸が通過、背後に着弾して爆発を起こした。
ジンは上空のストライクに向けて撃つが軽やかに躱され、自身もバーニアを吹かして飛び上がって上空で高さを合わせながら撃つも鳥のように飛行するので当たらない。
「まさかナチュラルがOSを書き換えたってのか!?」
戦闘中にOSを書き換えるなどミゲルにも出来ない。それしか考えられないがナチュラルを見下しているミゲルに認められることではない。憤りに身を任せて重突撃機銃を乱射する。
狙いも碌につけていない銃弾を視界の中に収めて、機体をランダムに動かしながらシステム内の情報を読み取っていたキラは現状を打開するための武器を捜していた。
「武器は――」
モニターに機体の全体像が映し出され、ストライクに内蔵されている武器が表示された。
「イーゲルシュテルンと――――後はアーマーシュナイダー? これだけかっ!」
たった二つしか武装がなく、その内の一つであるイーゲルシュテルンがジンには効かないことは既に証明されている。残った武器であるアーマーシュナイダーに命運を託さなければならないことにキラは叫び出したくなりながら、イーゲルシュテルンと同様にキーボードを操作して、腰部両脇ホルダーに内蔵されている超硬度金属製の戦闘ナイフを取り出してストライクに持たせる。
先に地面に降りて着地間際を狙っていたジンの重突撃機銃の弾丸を、着地後にその場に留まらずに走り抜けて躱す。
「くそっ! チョロチョロと!」
「ここから出て行け――っ!」
ジンをも上回る敏捷性で銃弾を躱したストライクがバーニアを吹かして鋭いステップで踏み込んで間合いに入り込む。ジンも重突撃機銃を撃つがストライクは身を沈めて躱して、銃を持つ右手の付け根にアーマーシュナイダーを叩き込んだ。
続いてストライクは右手に持つアーマーシュナイダーで首元に突き刺して無力化を計ろうとした。友達を守ろうと戦う決意をしても、キラに意図的には人は殺せない。パイロットがおらず、機体の機能を停止させる部位を狙ったのだ。
キラの目論見通り、ジンの灯りの落ちたコクピットでミゲルは各場所にあるボタンを押して再起動をかけようとした。
「ハイドロ応答無し。多元駆動システム停止。ええーい、この俺が自爆装置を使わざるをえんとは!」
どのスイッチを押してもウンともスンとも言わないのは電気系統が完全にショートしていることを示していた。機体が完全に無力化されたことを認めざるをえなかったミゲルはシートベルトを外してシート横に設置されているレバーを力任せに引っ張っる。
レバーが引かれると赤色灯が点灯されていたモニターに、時間が表示されて時と共に減っていく。カウントダウンと記された画面が示すのはただ一つ、機体の爆破だ。ミゲルが引いたレバーは機体を自爆するための起動装置だったのだ。
コクピットハッチに取りついて緊急脱出装置を作動させ、ハッチを固定していた金具が爆破で外される。前にずれて落ちたハッチから身を乗り出しながらコクピット内にある小型バーニアを背中に設置して飛び出す。
機体の自爆に巻き込まれないように離れながら、ミゲルは誇りを穢したトリコロールの機体に向けて叫ぶ。
「この屈辱は絶対に忘れんぞ! 貴様はこの黄昏の魔弾ミゲル・アイマンが必ず討ち取ってくれる!」
ジンのコクピットからパイロットが飛んで行くのを、ストライクのコクピットで見ていたマリューは異変に気付いた。
パイロットが機体を捨てるなんてことは普通在り得ない。それはザフトであろうとも同じはず。なのに、機体を捨てて逃げるということは考えられることは一つ。
「マズいわっ!」
「え?」
事態の異常をシートに座るキラに伝えても本人は理解できずにマリューの方を見るだけ。どれだけプログラミングや機体の操作に優れていようとキラが16歳の少年であることには変わらなかった。
軍人でないキラに目の前の事態の異常を察知しろという方が無理があると分かっていても、マリューは察しの悪い少年に苛立ちを覚えずにはいられなかった。
「自爆する気よ! ジンから離れて!」
マリューの言葉に反応してキラが機体を動かそうとするも既に遅い。ジンはその機体をストライクの目の前で爆散させた。
両腕に握ったアーマーシュナイダーをジンに突き刺していたストライクは目の前の爆発を避けることも出来ず、爆発と爆風に吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ストライクの中にいた二人にも機体を揺るがす衝撃が容赦なく襲い掛かり、操縦桿を握ってシートに座って足を固定できるキラと違って四肢を突っ張って体を支えるしかないマリューが耐えられるものではない。
右肩に銃創を負っていることもあって、呆気なく自身の体を支えていた手が外れてしまった。
「きゃあああああああああ!?」
台風の中を単身飛び込んで前後左右に振り回さているような激震の中で支えを失ったら、尖った物も多いコクピット内でどこを怪我するか分かったものではない。頭を強打すれば死ぬことも十分にあり得る。
支えを失って悲鳴を上げながら倒れ込むマリューを、キラが操縦桿から手を離して彼女を受け止めた。
操縦桿を離せば機体の制御を失うことになるが、目の前で誰かが傷つくのを黙ってみていられるキラではない。フットペダルを踏み込んで姿勢を制御しようと努力しながら精一杯の努力をしていた。
モルゲンレーテの敷地内にある一室。地上部分はザフトのMSジンによって壊滅的な被害を負っているが、その一室は小さな地震のような振動はあるものの致命的なレベルには程遠かった。それもそのはず、その一室はモルゲンレーテの地下深くに建設された地下施設の中にあった。
蜜月関係にあった地球連合軍にも悟られていない施設がある理由はただ一つ、オーブの国営企業であるモルゲンレーテが表沙汰に出来ない研究や開発を行うためにヘリオポリス建設時に設計図には記されないまま極秘裏に建設されたエリアだからだ。
壊滅的な被害を受けている地上とは違って被害が少ないのは、極秘裏になるだけあって頑丈さと秘匿性を重視して造られた為である。
微細に振動する一室で椅子に座って、呑気にも見える風にコーヒーを呑んでいたミスズ・アマカワの視線は目前のモニターに釘付けになっていた。
「流石はG、ジンを一蹴するとは大したスペックだわ」
モニターに映っているのは地上部分で戦闘をしていたジンとストライクの映像だった。
自分が開発に携わった機体の予想を超える性能にミスズは満足そうに頷き、すっかり冷めたコーヒーを口に含んで不味そうに眉を顰めた。ようやく自分が映像に熱中し過ぎてコーヒーが冷めていることに気づいた。
「やっぱりコーヒーは冷めたら駄目ね。ホットでないと美味しくないわ」
アイスコーヒーというものもあるがミスズは熱いコーヒーが好みで、冷たいコーヒーは邪道とすら考えている。中途半端に冷めて不味いだけのコーヒーを呑み趣味はなく、揺れで零れないようにモニターが乗っている机の奥に置く。
「しかし、誰かしらパイロットは。戦闘中にOSを書き換えるなんて芸当はコーディネイターでも中々出来ないはずだけど」
最初はもたついていた動きが途中から別物のように鋭い、これこそが本当の性能だと言わんばかりの機動を見せたストライクの状況をミスズは正確に把握していた。
誰が乗っているのかとOSを書き換えたキラをも上回る速さでキーボードを叩き、生き残っているカメラを遠隔操作してモニターに映像を表示する。
幾つかの映像の後に、荒い画面の向こうでジンの自爆に巻き込まれたもののフェイズシフト装甲のお蔭で目立った損傷も負わずに建物に埋もれて擱座しているストライクを中心にして、、擱座したまま動かないストライクにおっかなびっくりとした感じで近づく複数の人影が映像の端っこに映った。荒い映像では判別しにくいが少年少女に見えた。
「あら、逃げ遅れた職員がいるようね。いえ、学生かしら?」
実用性皆無の鼻の上に乗っている小さすぎる丸眼鏡を押し上げ、ミスズの目には動かないストライクを怖々と見上げている者達が学生にしか見えなかった。
モルゲンレーテの職員と分かる作業服や制服を着ておらず、スーツでもない私服なので研究に協力している学生と考えたのだ。
「工業カレッジの学生かしら。運のない子達ね、よりにもよってこの日にモルゲンレーテに来るなんて」
モルゲンレーテでは工業カレッジの優秀な学生に仕事を手伝わせることがある。教授がモルゲンレーテに協力している場合、学生が施設内にいることは特に珍しいことでもない。
「ハッチが開いた。さて、誰が出て来るか」
画像が荒いので見難いが、ハッチが開いたのが見えてミスズはワクワクした様子で画面に近づく。
外を警戒しているのかパイロットは直ぐに出て来ず、機体の中の人間が生きていることを察知した学生達が擱座しているストライクの股の間に興味本位でだろう近づいてく。しかし、不用意に近づいた学生達に与えられたのは凶弾だった。地面に当たった銃弾に少年少女は悲鳴を上げて固まっている。
「マリューじゃないの。あちゃぁ、拳銃まで持ち出して民間人を脅してどうするの」
コクピットから出てきたのはミスズの飲み仲間であるマリュー・ラミアス大尉その人であった。彼女はコクピットから拳銃を片手に出てくると、近づく学生達を牽制しながらコクピット内を振り返って何かを叫んでいる。
知己の余裕のなさに頭を押さえながらも彼女だけが乗り込んでいるはずがないとミスズは確信している。
「あなたにモビルスーツのOSの書き換えなんて出来ないはず。さぁ、いるんでしょ、隠し玉が」
足を組んでチャシャ猫のような鋭い笑みを浮かべたミスズの言葉通りに、コクピットから両手を上げた茶髪の少年が出て来る。
「へぇ、若いじゃないの。服装とマリューの様子から見て民間人…………彼がOSを書き換えて操作したとなるとコーディネイターでしょうね。ふふ、コーディネイターで構成されたプラントと戦う地球連合軍の最新鋭機にコーディネイターが乗るなんて皮肉が効いてるじゃない」
おかしくて堪らないと笑うミスズに視線の先の映像では何がしかのやり取りの後、ストライクの股の下にいた少年二人がその場から離れていく。コクピットから出て来た少年は戻り、ストライクからマリューが苦心しながら下りた先で残った少年少女に銃を突きつけながら脅しながら離れる。
三人が十分に離れたのを確認してからストライクが起き上がり、画面から離れていく。恐らくマリュー達も付いて行っているだろう。
「友軍を捜しに行ったってところかしら。それともストライクの装備を捜しに行ったのか」
完全に映像から姿を見えなくなるのを確認してモニターを切ったミスズの背後から声がかかる。
「博士、サボらないで下さい」
ミスズが振り返ると、相変わらずの人形と思うような無表情をしているユイが特注のオーブ軍のパイロットスーツを着て、片手にヘルメットを持って幽霊のように立っていた。
「サボってないわよ。これは外の状況を確認してるのよ」
モビルスーツ用のパイロットスーツがなかった頃にミスズの趣味で作らせた特注の赤と白を混在させたパイロットスーツである。少し前に量産型のパイロットスーツとして採用されたと聞いて赤と白の部分を反転させたのはミスズの独断であった。
「似合ってるじゃないの。流石は私」
回転する椅子で体全体で振り返ったミスズの言葉に対して返ってきたのは、続くユイの無言の抗議であった。自画自賛をするミスズにユイは冷たい視線を送り続ける。
「コホン…………で、脱出出来そう?」
野次馬根性が混じっていたことは否定しきれないので咳払いで誤魔化しつつ尋ねる。
「友軍はほぼ壊滅、港も攻撃を受けて船は出せないそうです。出れたとしてもモビルスーツが精々と」
「攻撃を受けた時点で覚悟してたけど遅かったか。船が出せないのは痛いわね」
地球連合軍に対して寡兵から少数精鋭が常のザフトにおいて、敵になりうる勢力が出てくる可能性の高い港をそのままにしておくはずがない。ケナフ・ルキーニから情報を受け取って直ぐに行動を開始したが、周りに知らせられないことが多い身では制約に縛られて後手後手に回ったことは否めない。
唸ったミスズは仕方ないとあっさりと諦めて別のことを考えることにした。
「プロトシリーズは?」
「P01からP03は隔離ブロックに移し、P05に爆薬を仕掛け終わりました。この施設の廃棄と同時に爆破する予定です。最終調整の終わったP04は何時でも行けます」
「上々、出来る部下を持つと楽できるから助かるわ」
予定時間内に終わらせたユイや部下達の働きに満足してミスズが椅子から立ち上がった。
女性としては長身の部類に入るミスズが立つと、背の低いユイは彼女の顔を見るには見上げなければならず、そのことに対して気に入らないのか不機嫌を示すように眉が一ミリ程度顰められた。そんな義娘の感情の発露を正しく読み取ったミスズは嬉しそうに笑う。
「ザフトに見つからないとは思うけど、最後のGが手強いと知った彼らはまた攻めて来る。これからどうしましょうか?」
「それを決めるのは私ではありません。ここの責任者は博士です」
「何もあなたに決めろと言ってはいないわ。意見を聞きたいのよ」
試すように問いかけて来るミスズにユイは躊躇うように言い淀んだ。鉄面皮と言ってもいい表情は変わらずとも判断に困っているのは確かだった。
「逃げることは出来ず、友軍もほぼない。地球連合軍の新型は4機が奪われ、残った一機を目指してザフトが攻めて来る。私達はこれからどう行動すればいいと思う?」
困っている義娘を見るのが楽しくて仕方ないと誰でも分かる嗜虐的な笑みを浮かべるミスズに、ユイは反論することなく与えられた情報を下にどう行動するべきかを精査していく。
奪ったモビルスーツを直ぐに戦力として投入しなくても、一機撃墜されても最低でもザフトはまだ二機以上のモビルスーツを擁しているはず。反対にこちらはP04しかなく、OSも完成していない。戦力差が圧倒的なので降参・降伏するのが最適な行動であるとユイは答えを弾きだす。
(しかし、新型を狙って来たザフトがP04を見逃すはずがありません。そして博士も……)
オーブの主戦力となりうる機体のテストヘッドであるP04は地球連合軍の機体と同じく没収され、プラントと因縁のあるミスズも捕らえられるだろう。そんな未来はオーブとしてもユイとしても望むものではない。
では、戦うかと聞かれても否と答える。
(単独で戦っても勝ち目はありません)
訓練を受けてはいても実戦を経験していないユイだけで戦っても勝機は無い。仮に勝てたとしても戦闘の結果としてヘリオポリスに重大なダメージを与えて破壊などさせてしまっては意味がない。ならば、残っている手は一つだけ。
「残っている地球軍の新型に協力してザフトを追い払う。それしかありません」
「でも、勝てるかしら?」
その結論に至った義娘を嬉しそうに見つめるミスズ。また試すように問いかける。
話し出した時には既に結論の出ている答えに迷いなどない。ユイは無感情に口を開く。
「必ずしも勝つ必要はありません。ザフトを撤退に追い込み、時間を稼ぐだけ。ヘリオポリスさえ破壊されなければ博士には助かる当てがあるはずです」
「ないと言ったら?」
「死ぬだけです。何も問題はありません」
ユイとミスズの視線が交錯する。先に逸らしたのはミスズの方だった。
「80点ってところでしょうね。助かる当てがあるってところの読みは外れていないけど最後のはいただけないわ」
「痛いです」
「失点分の罰よ。甘んじて受け入れなさい」
身長の差を活かして上から髪の毛を乱暴に掻き混ぜられてユイが文句を言うがミスズは取り合わない。
自分で崩したユイの髪の毛を直してから白衣を翻して颯爽と歩き出す。ミスズの行く先に、奪われたGや残ったストライクに似た意匠を持つ一つの機体が鎮座していた。
作業員達が辺りで慌ただしく動いている中で機体を見上げたミスズは、ふと思いついたように後を追って来たユイを振り返った。
「何時までもP04じゃ面倒だし、何か良い名前はない?」
オーブ側が極秘開発したモビルスーツ。今まではシリーズ毎に呼んでいたが表舞台に上がるなら正式名称をつけるべきだとミスズは考えたのだ。
「何故、私に」
「あなたが乗る機体じゃない。自分の機体だから名前を付けさせてあげようっていう親心よ」
問われたユイは文句を言おうとして、言ったとしても義母は何時ものように屁理屈を捏ねるだけだろうと止めた。
ユイは改めて自分が乗る機体を見上げた。緑色のフレームをしている機体にこれから乗り込むのだ。
ストライクに似ていた。ザフトのジンと違ってツインアイをしていて、頭部にあるV字型のブレードをしているなど差異はあるものの、基本的なデザインは酷似している。いや、ストライクがP04に似ているのだ。元々はオーブ本国にいる技術者のデザインを下にGは設計された、とユイは以前にミスズから聞いたことを思い出した。
オーブと地球連合軍の力の差を考えれば主流になるのがどちらかは自明の理。陽の目を見ても正道にはなれない機体。相応しい名は他に思いつかなかった。
「アストレイ……」
地球連合軍の技術を吸収したP04は純粋なオーブ製とも言えない。乗り込むユイからして純粋なナチュラルではないのだから、「邪道・王道を外れたもの」を意味する「アストレイ」以上にこの機体に相応しい名前を思いつかなかった。
だが、引き取ってくれたことに恩を感じているミスズに自分を卑下するなと散々言われているので別の名前にすることにした。
「グリーンフレームはどうでしょうか」
5機のプロトシリーズは特徴づける為にフレームの色が全て違う。グリーンフレームは、P04のフレームが緑色をしているからという安直な理由であった。
「へぇ、ユイが考えたにしては良い名前じゃない。よし、この機体はアストレイ・グリーンフレームに決定ね」
ユイとしてはアストレイかグリーンフレームのどちらかのつもりだったのだが、ミスズは両方を並べた名前に決めてしまった。
義娘の思考をどこまでも理解しているのかは満足そうに頷くミスズからは垣間見れない。元より養母の思考が読めた試しのないユイは無駄なことをすることなく、自分の乗機となる「アストレイ・グリーンフレーム」を見上げた。自分で名付けたからか、どこか名付ける前とは違って見えた。
「行きましょうか、ユイ。ナチュラルの希望の星に乗るコーディネイターっていう矛盾した機体に力一杯恩を売りつけに」
元より自身を道具と位置付けているユイにミスズの言葉を否と言えるはずもない。
新しい名前を名付けられたP04改め、アストレイ・グリーンフレームは主が乗り込むのを待ちかねているように、暗闇の中でツインアイを光らせた。
ヘリオポリス内のドックの中は酷いものだった。特に港に近い軍港がある辺りは念入りに攻撃を受けて、生きている者がいるとは思えないほどの惨状を広げている。
無重力空間に設定されている通路には死体や様々な物体が浮かんでいた。その中にあって奇跡的に傷一つない軍服を着た女性が意識を失ったまま天井に当たった。続いて目を剥いて事切れている男の体が女性――――ナタル・バジルール少尉にぶつかった。
「うぅっうっ……」
天井と男の体に挟まれた衝撃に、ナタルは苦しそうに声を漏らす。天井に当たった反動で下に向かって落ちながら、やがて意識を取り戻したのか薄らと目を開いた。
真っ先に気づいて目の前の男の体に取り付いたがどう見ても生きているとは思えない。
ザフト侵攻の知らせの後、艦長の命令を受けて司令ブースを飛び出したところで記憶は途切れている。爆発が起こってどこかへ叩きつけられ、意識を失ったのだ。
「はっ!………船!アークエンジェルは!?」
ナタルは自身が乗り込むはずだった戦艦の存在を思い出して、二度と動かない男の体に小さく頭を下げてその場を離れていった。
通路は無重力空間なので破壊の痕跡が辺りに所構わず浮かんでいる。凶器がないとも限らず、慎重に進むも生きている者の姿はない。
ドックに面した司令ブースに辿り着き、最前の光景を思い出しながら室内に入った。
「誰か! 誰か居ないのか!」
司令ブースはもぬけの殻だった。正面のガラスがあった場所には何もなく室内の柱などが焼け焦げていることから、恐らくはドック内で起こった爆発が司令ブースを蹂躙したと考えられる。
密室内に爆風が来たとすれば生存者は絶望的。目の前を漂っている士官用の帽子が焼け焦げて真っ黒になっているのを見てナタルは目に涙を浮かべた。
冷血・気丈な女として知られているナタル・バジルールであっても、このような状況に動揺するなとは無理もない話だった。
「……はぁ…くそっ! 生き残った者は!」
悲しんでいる暇はない。生存者がいるのならば捜さねばならない。だが、目に映るのは二度と動かなくなって宇宙服のまま漂う人の形をしたものや、破片が所構わずに漂っている。
ナタルの声に応える者はいないかと思われた。
足音とは違う、何かをこじ開けようとする音がナタルの耳に入って来た。
亡くなった誰かが幽霊になって化けて出て来たのかと、オカルト的なことが苦手で怯えていたナタルが入って来た方向とは違う別方向のドアが蹴り開けられて地球連合軍の制服を着た男が手に持つライトを向けてくる。
男はライトを向けられて光に顔を顰めたナタルに気づいて、向ける先を少しずらして近づいて来る。
「バジルール少尉! よくぞご無事で!」
「その声は、ノイマン曹長か?」
聞き覚えのある声にナタルの声に生気が戻る。
同じように新造戦艦に乗り込むことが決定しているアーノルド・ノイマン曹長の存在は、弱い一人の人間でしかなかったナタルの背に一本の背筋を入れてくれた。
近寄ってきたノイマンの体に傷は見受けられない。彼もまたナタル同様に奇跡的に難を逃れた人間のようだ。
「ええ。お怪我は?」
「大丈夫だ。だが……」
司令ブースの惨状に目を落としながらも問いかけたノイマンに、上官が悉く死んだことを自覚せざるをえないナタルもまた沈鬱な表情を浮かべた。
この司令ブースにはアークエンジェルの艦長や指揮官クラスが集っていた。この惨状では士官の殆どが亡くなったと考えられる。
「空気が漏れていないと限りません。アークエンジェルへ行きましょう」
「ああ……」
ノイマンが先に立って進むの後を、上官でありながら今のナタルには付いて行くことしか出来なかった。その捨てられた子犬が一時だけ構ってくれた人間に必死に追いすがるかのような様子に、こんな事態でもないのにノイマンの胸にほっこりとした感情が過る。
「状況は? ザフト艦はどうなっている?」
道中を阻む破片や死体を仕方なくどけて進むノイマンの後を付いて行っていたナタルが気になったのが侵攻したザフトの動向だった。
地球連合軍の制服や作業服を着た男数人が別通路から現れてアークエンジェルに向かっているのを見ながら問いかける。
「分かりません。私達もまだ周辺の確認をするのが手一杯で。司令ブースの惨状を見るに艦長他、殆どが亡くなったかと。ドックも被害を受けて無事なのは艦内にいた数名のみです。恐らく生き残りの中でバジルール少尉が最上位になるかと思われます」
乗り込むアークエンジェルの地図は頭の中に入っている。二人でまだ機関が停止されていて無重力空間の通路を進みながらブリッジを目指す。
「わ、私が最上位だと!?」
艦長らも見つからず、最上位が少尉である自分だと言われれば動揺せずにはいられない。機密であるアークエンジェルと生き残った者達を背負うには階級も年齢もナタルには足りていなかった。軍人家系に生まれようとも覚悟が決まっていないナタルの気分はどこまでも重くなる。
ブリッジに辿り着いたナタルは新造戦艦――――アークエンジェルのシステムを立ち上げて艦の状況を確かめようとした。
「流石はアークエンジェル。これしきのことで沈みはしないか」
損傷はあちこちにあるものの運航に支障が出るようなダメージは負っていない。唯一の好情報にナタルはほっと胸を撫で下ろした。
「港口側は瓦礫が密集してしまっています。完全に閉じ込められました」
「ああ……まだ通信妨害されている」
どこでもいいから連絡を繋ごうとしたナタルは、ノイマンの話を聞いて状況の不可思議に気づいた。
アークエンジェルを目的とするならばもっと徹底的な破壊があってもいいはず。なのに、ナタルが目覚めてから一度も襲撃された様子がない。陽動というには規模が大きすぎる。
戦闘能力だけを奪って放置しているような印象を受けた。
「ザフトの狙いはモルゲンレーテということか。くそっ! あちらの状況は!? Gはどうなったのだ! これでは何も分からん!」
気づいたところで閉じ込められてしまったナタル達に出来ることはない。小娘のように喚くことしかナタルに出来ることはなかった。
殆ど同い年で女だてらに自分より階級が上のナタルに出会った時から隔意を抱いていたノイマンは、始めて見せる女の弱さに意外な面持ちと惹かれるものを感じ取った。
ノイマンの胸に走った甘酸っぱい感情に名前がつけられる前に、繋いでいる通信回線から声が聞こえて来た。
『こちら…………105……………ストライク……地球軍応答……』
「「!」」
ナタル達は思わず顔を見合わせた。一度は潰えたはずの希望を見つけたのだ。
ザフトの初代制式主力機にして世界初の汎用量産型MSジンに、地球連合宇宙軍の主力として活躍した量産型MAメビウスではよほど優れた乗り手でない限りは相手にもならない。
宇宙での戦闘においてメビウスがジンに対抗するには徒党を組んで数で圧殺するか、戦術によるものが大半である。真っ向勝負で戦えるのはエンデュミオンの鷹のようなエースに限られる。
ヘリオポリス外周の戦闘においても、たった一機のジンを相手に翻弄されていた。
コロニー内部でストライクがジンを仕留めた直後、外周での戦いにも決着が近づいていた。輸送艦に偽装していた戦艦がジンに攻撃を受けていた。艦載機のメビウスが全て落とされ、残るはエンデュミオンの鷹の乗るメビウス・ゼロのみ。
「操舵不能ぉ!!」
ジンの攻撃によって艦の操舵が利かなくなったパイロットが恐慌を来たして叫ぶ。
直進することしか出来なくなった艦の前方にはコロニーの外壁が迫っていた。操舵の利かなくなった状態では目の前に迫って来るコロニーは避けられない。乗っている艦長は待ち受ける死の運命を避けられないことを悟った。
「フラガ大尉、後は頼んだぞ!」
艦長はGの護衛任務で同行していた英雄というにはフランクする男に全てを託しながらヘリオポリスの外壁にぶつかって艦の爆散と共にその命を終えた。
「艦長?!」
自分を英雄視することなく一部下として扱ってくれた心地良い上官の呆気ない最後に、ムウ・ラ・フラガはメビウス・ゼロを操ってジンの後を追いながら見届けた。
「チィ! 部下だけでなく母艦までも…………貴様だけは墜とすっ!」
二人の部下を落とされて失意に沈みながらも仲間の仇を討たんと覇気を吐き、こちらに正面を向けて背面で移動しながら重突撃機銃を撃ってくるジンを墜とす決意を固める。
メビウス・ゼロ特有の兵装であるガンバレルと呼ばれる4基の有線誘導式無人機を切り離し、身軽になった機体でジンを上回る速さで旋回する。
ジンが本体に集中している間に横に回り込まさせたガンバレルが内蔵された2門の機関砲を撃ち放ち、見事に重突撃機銃を捉える。ジンは銃身の途中から破壊された重突撃機銃を捨てて、腰にマウントしていた重斬刀を取り出した。
「そんな接近戦用武器で俺をやれると思うな!」
遠距離攻撃兵装を失ったジンなど接近されなけば恐れるに足らない。ガンバレルを近くに並べて本体が装備する対装甲リニアガンを放って集中砲火を浴びせる。
一発が前進しようとしたジンの重斬刀を持っていた左腕に命中して吹き飛ばす。次弾は攻撃オプションが無くなって全力で回避動作に入ったジンを捉えることが出来ずに外れた。
「当たれっ!」
ムウの執念勝ちか、更に二発三発とジンに直撃弾を与えた。
腰部に被弾し、左手と頭部を失って動かなくなったジンに溜飲が下がったムウは、仇は取ったと逝った仲間に胸の裡で報告した。
ヘリオポリ内の状況が気になった。内に入り込んだジンがいるがヘリオポリスには常住した軍はなく、秘密裏に入っている地球連合軍の装備ではジンを相手にすることは無理だろう。
「誰か無事でいてくれよ。俺を生き残りにさせないでくれ」
ジンの中に乗っているパイロットが生きているかどうかは分からないが戦闘能力を失っているならいいと判断したムウは、せめて生き残っている仲間を助けようと機体をヘリオポリスに向けた走らせた。
「オロール機大破。救難信号が発信されています!」
ヴェサリウスの艦内に信じられないという感情が籠ったオペレーターの声が反響する。
「オロールが大破だとっ? こんな戦闘で奴ほどのパイロットがか?」
「はっ、機体に損傷を受けて動けないと」
オペレーターの報告に、艦長席に座るアデスは顎を引いて動揺を抑えようとしたが見る者が見れば明らかな狼狽が目の中にあった。
アデスは艦長席の手元のコンソールを操作してヴェサリウスとガモフの艦載機の数を調べた。
奪取したG4機と戻って来たばかりのマシューのジン、隊長であるクルーゼのシグーは動かせない。
ナチュラル用のOSを搭載していて再設定が必要なG4機を出撃できるはずもない。隊長のクルーゼが艦を離れるのは差し障りが大きい。
予備機が一機あるが、あれはクルーゼ隊に配属にされたばかりの赤の服を着る者達の訓練用に積み込んだ機体だ。奪ったばかりの機体の調整をしている赤の者達を出撃させられるはずがない。
アデスは頭の中で秤にかけて決めた。
「戻ってきたところで悪いがマシューにオロール機を回収に向かわせろ。オロール機の損傷具合は分からんが自力での帰投が出来んのだ、消火班をデッキへ付けておけ」
クルーに矢継ぎ早に指示を出してその通りに動くを見ながらも、アデスは信じられない面持ちで宙域を見つめた。
オロールはザフトのトップエースであるクルーゼの隊に配属されるだけの実力を兼ね備えた一流のパイロットである。黄昏の魔弾と名付けられたミゲルのような異名は持たぬものの、このような小規模の戦闘で機体を損傷するほど軟な腕はしていない。
アデスの動揺を近くの席に座って感じながらも、隊長のクルーゼはオロールの心配よりも自身を惹きつける感触を覚えていた。
「どうやら些か五月蠅い蠅が飛んでいるようだぞ」
「は?」
抽象的すぎるクルーゼの発言に振り返ったアデスは理解できないと首を振った。元より他人に理解される感覚でもないのでクルーゼは気にしなかった。
直ぐに気にしていられる状況でもなくなった。
「ミゲル・アイマンよりレーザービーコンを受信。エマージェンシーです!」
「あのミゲルが機体を失うほどに動いているとなれば…………最後の一機、そのままにはしておけん。私もシグーで出る」
ビービーと耳障りな信号の直後、オペレーターが今度こそ金切り声で叫ぶのを迷惑そうにしながら、C.E.70年2月22日の世界樹攻防戦でモビルアーマー37機・戦艦6隻を撃破してビュラ勲章を授与されたトップガンが椅子から立ち上がった。
「いるのだろ、ムウ・ラ・フラガ。いい加減に宿縁にも決着をつけようではないか」
ラウ・ル・クルーゼは不敵に笑いながらモビルスーツのあるデッキに向かってブリッジを出て行った。
止める間もなくブリッジから出て行った隊長に振り回されてばかりのアデスが溜息を吐いた。相変わらず何かあったら前線に出たがる面倒な癖を持つクルーゼのケツを持たされるアデスにブリッジ内の同情の視線が集中する。
ブリッジ内の視線が自分に集まっていることに気づいたアデスは被っている帽子を深く被って紅潮した顔を隠し、自分の仕事を果たそうと前を見た。
ヘリオポリスに向かっていたムウは胸の奥を誰かに障られるような奇妙な感覚に機体を止めた。
「何だ、この感覚は?」
違和感を確かめる為にモニターを操作して周辺宙域を探っていたムウの目に異変が飛びこんでくる。
機体のセンサーが反応して、味方の識別信号を発していない機体の接近警報を伝えて来る。
「このザラリとした感覚、覚えがある…………まさかラウ・ル・クルーゼか!?」
センサー外から近づいてきた敵機は、ムウが先程戦って撃墜したジンとはまるで速度が違う。ジンの三倍はあろうかという速度で一機のモビルスーツが急速に近づいてきている。
ジンではない。そもそも機種からして違っていた。ジンをスマートにしたような機体は、恐らくは後継機。
「私がお前を感じるように、お前も私を感じるのか? 奇妙な宿縁だな、ムウ・ラ・フラガ!」
グリマルディ戦線で交戦してから長きに渡る因縁の存在となった相手を感じえる奇妙な感覚。無謀にもノーマルスーツを着ずにシグーに搭乗しているクルーゼは、ムウが自分を感じ取ったことを感じ取り、遺伝子に込められた神秘に笑わずにはいられなかった。
「お前はいつでも邪魔をする。尤もお前にも私が御同様かな」
ジンが持つMMI-M8A3の改良型のMMI-M7S76mm重突撃機銃をメビウス・ゼロに向かって撃ち放ちながらクルーゼは笑い続ける。
「新型かよ!? こっちはまだ旧式のメビウス・ゼロだってのに!!」
以前に戦った時はジンで互角だったのに、性能が上の機体に乗られては旧式の機体に乗り続けているムウに不利だった。
ガンバレルを切り離してシグーを狙うものの、ジンを仕留めた弾丸はシグーに掠りともしない。逆にシグーが放つ重突撃機銃によって一機のガンバレルが撃墜された。
「ここで決着をつけるのも一興だが、今回は貴様の相手をしている暇はない!」
「ええーい!ヘリオポリスの中にっ!」
撃墜されたガンバレルの有線を切り離したムウが距離を開けた隙にクルーゼのシグーが身を翻してヘリオポリスに入って行った。残ったガンバレルを本体に接続してメビウスも後を追ってヘリオポリス内に侵入する。
シャフト内を走るムウは体に走る嫌な感覚が消えないことに苛立っていた。
「くっ! こんな所で攻撃してくるなんて……! 下手に撃てばシャフトに当たる」
そこへ待ち受けていたシグーが銃撃を仕掛けて来た。必死に躱すが、疑似重力が働いているシャフトに入ったことで宇宙空間でしか使えないガンバレルを封じられたムウが圧倒的に不利だった。
「まだ来るか……そんなモビルアーマー如きでよくもやる」
すれ違いざまに重突撃機銃を撃ち、命中したガンバレルを切り離したムウに呆れともつかない口調で嘲る。宇宙空間ならばまだしも、重力空間ではガンバレルは砲台と重しにしかならないことを何度も戦ってきたクルーゼはよく分かっていた。
アークエンジェルでナタル達が察知した通信を発していたキラが乗るストライクの姿は、壊滅状態になったモルゲンレーテの敷地内にある公園にあった。
「こちらX105ストライク。地球軍、応答願います。地球軍応答願います」
あまりやる気が感じられるとは言えない声に反応する通信がなかったことに逆に安堵したキラはコクピットの中で一人溜息を漏らした。それでも地球軍の軍人であるマリュー・ラミアスに脅されている身としては続けないわけにはいかない。
「こちらX105ストライク。地球軍……」
キラがやる気のない通信を続けていると車のエンジン音が聞こえて来て、通話を止めてコクピットから顔を出した。
目的の物が来たのだと分かったキラは、コクピットから出てラダーを使って下に降りる。そしてストライクの近くにある休憩所に向かって歩いた。
「№5のトレーラー。あれでいいですよね?」
「ええ、そう。ありがとう」
明らかに不機嫌と分かるサイがぶっきらぼうな口調で、ミリアリアに肩の銃創の治療を受けているマリューに問うた。反対にマリューは民間人を銃で脅して従わせていることに罪悪感を感じているのか、返した言葉は柔らかく申し訳なさそうだった。
だからといって、サイが不機嫌を収めるでもない。この状況に陥っている全てとはいかなくても、責任の7割ぐらいは彼女と彼女が所属する地球連合にあるのだから。
「それでこの後は僕達はどうすればいいです?」
「ストライカーバックを……そしたらキラ君。もう一回通信をしてみて」
話を向けられたキラは直ぐには返事をせず、まだ爆発や火災が続く危ないモルゲンレーテの工場からマリュー曰く「ストライカーバック」と呼ばれる物を運び出してきたトラックから降りるトールとカズィの無事な姿を見て肩を撫で下ろした。
軍の重要機密を見たとして強制的に協力させられているキラ達に拒否権は与えられていない。中立国の人間だなんだと理由を付けても、現実と拳銃を突きつけられれば従わざるをえないのが現状だ。
特にOSを書き換えて戦闘までしてしまったキラは良いようにマリューに使われている。このまま地球軍と合流すればコーディネイターである自分の身が危ういと分かっていても、肌を近づけたマリューを一人きりに出来ないと思うのはキラの甘さだろうか。
怪我をしているからだとか、ストライクを動かせれるのは自分だけだからとか理由を付けようとも、友達が巻き込まれている現状では虚しい言葉である。
「キラ君?」
「分かってますよ。やればいいんでしょ」
柔らかい口調で話しかけて来るマリューに敢えてキツイ口調で返すことだけがキラに出来る精一杯の反抗だった。そのくせして言った後にマリューの顔を見て後ろめたく思っている自分が情けなくなる。
勝手に忍び込んだキラを見捨てることも出来たのに助けてくれたマリューは、本来なら軍人をやっていることが不似合いな優しい女性なのだろうと罪の意識に苛まれている姿を隠せていないのを見れば分かる。
口を開けば開くだけドツボに嵌る自分を自覚して、トレーラーから降りてマリューの下に行き、彼女から何らかの指示があったのかカズィだけが再びトレーラーに戻って行く姿を視界の端から切って、キラは黙ってバッテリーが切れて元の鋼色を曝しているストライクの下へ向かって歩く。そんなキラに近づく人がいた。
サイが小走りで先を歩くキラに近づき、ストライクの足下で声をかけながら肩に手をかける。
「キラ」
掴まれた力は別段強くも弱くもない。どちらかといえばサイの心情を示すかのように強い部類に入る。掴まれた当人からすれば眉を顰めたくなるが状況を考えれば理解もする。ただ、重いとキラは感じた。理由は分からない。感覚的に肩を掴まれた手を重いと感じたのだ。
「何?」
振り返りながら口から出た言葉は自身ですらつっけんどんと感じる突き放した言い方だった。
何時もと違うどこか殺伐としたキラの様子に気圧されたように手を離しかけながらも、サイは癖なのか色眼鏡をズレてもいないのにかけ直した。気を取り直したサイ・アーガイルはカトウゼミの最年長のマントを被り直していた。
「これからどうするんだ? 地球連合に協力し続けるのは俺達はともかくお前はまずいだろ」
「分かってる」
今更なことを言われてキラは疲れたように瞼を一度閉じた。
サイの中でキラ・ヤマトは優秀でありながらどこか抜けていると認識されているらしく、マリューに協力し続けることの危うさに気づいていないとでも思っているのだろうか。
「でも、どうすることも出来ないよ。マリューさんを見捨てるならともかく」
後々のことを考えるならマリューを見捨ててしまうことが自身にとっても、仲間達にとっても最適な行動であるとキラは分かっていた。
「そりゃあそうだけど……」
キラに言われずとも言葉を濁したサイにも分かっていた。
ジンを倒してしまったストライクの存在は脱出したパイロットが伝えていることだろう。恐らくそう遠くない内に残った一機であるストライクを鹵獲・破壊せんと第二陣が襲撃してくることは目に見えている。
OSを書き換えることでストライクの全ての能力を発揮できるキラでなければ生き残る確率は万に一つもない。マリューではフェイズシフトを展開しようとも電力を使い潰されて圧殺されるのは当然の流れ。そしてそれは、計らずとも連合の最新鋭機に乗ってしまったキラにとって最も都合の良い流れでもある。
キラがストライクに乗ってジンを倒したことを知っているのはカトウゼミの四人以外にはマリューのみ。彼らだって銃で脅されたのと、口を開けば自分達も拘束されることを知っているので誰にも話せない。死人に口なしと良く言ったものだ。
仲間内で口裏を合わせてマリューを見捨て、どこかのシェルターに紛れ込む。言葉にすれば簡単なことが出来ない。良心の呵責と、人の情に縛られる。人には感情やしがらみがあって機械のように最適な行動を取れない。
「教えてほしいのは僕の方だよ、サイ。僕はどうしたらいいの?」
マリューの脅しは怪我をしている彼女を見捨てない免罪符になっても先の展望を明るくはしてくれない。
肉の温もりと女の柔らかさが生々しさとなってマリューを見ず知らずの赤の他人と見させてはくれない。優しさと厳しさを孕んだ内面は母に似ていて見捨てる選択肢を選ばせてくれなかった。
モビルスーツのOSを戦闘中に書き換えるという離れ業をやろうとキラ・ヤマトは16歳の若造に過ぎない。自身の行動如何によっては人を死なせるかもしれない恐怖がキラを苛立たせ受動的にさせる。
「…………俺にも分からない。こっちが聞きたいぐらいだ」
仲間内では最年長であるから行動の指針を示さないと分かっていても、背負わされている命の重みが迷いを生ませる。
サイもまたキラと3歳しか違わない19歳の若造なのだ。されど3年といえど、たった3歳しか違わないのだ。子供の世界から大人の世界へと移り変わっていた中で他人の命を背負わされては苦悩で道を決めらない。
「地球軍の重要機密を見た俺達は拘束されている。あの人の言うように戦争に無関係ではいられないかもしれない。だからって理解は出来ても納得することが出来ないんだ。だって数時間前には当たり前だった平和が壊されたんぞ。どうしろっていうんだ」
苦悩するように俯いて、頭を左右に振るサイの言いようは拘束されて命令されていることに対する愚痴だった。その愚痴に対してキラも理解は出来るし納得も出来た。だが、それをキラに言うことはモビルスーツに乗ってその一端に加担したことに対する当てつけのようにも聞こえた。
「ヘリオポリスを襲ったザフトには協力できないからストライクとマリューさんを地球連合に引き渡してさっさと出て行ってもらう。僕が今考えられるのはこれだけだよ」
考えることを放棄していると言われれば、きっとキラは否定できない。
この数時間の間に目まぐるしく事態が起こり続け、日常が冒されたのだ。世界が戦争をしていても偽りの平和を築いていた楽園から追放されて、家族の安否すら分からない現状で目の前のことしか頭に浮かばない。
「これだけってなんだよ。もっと他にも考えることがあるはずだろ。コーディネイターのキラがこんなものに乗って戦ったって知られたらただじゃすまないんだぞ」
「じゃあ、僕にどうしろっていうのさ! さっきからサイは僕に聞くばっかりで…………人に聞く前に自分で考えてよ!」
改めてサイに言われなくても状況が不味い方に不味い方に進んでいることを気づかぬはずがない。問うばかりで指針を示そうとしないサイにうんざりして思わずキラは叫んでしまった。
キラの怒鳴り声に、マリューの負傷を水で傷口を洗って清潔にしてからタオルを巻いただけの簡易処置を終えたミリアリアがビクリと肩を震わせた。
「っ!? お前がモビルスーツになんて乗らなければ俺達が拘束されるなんてこともなかったんだぞ!」
「僕が動かさなかったらみんな死んでたよ。こんな簡単なことがなんで分からないの!」
住んでいた街が襲撃されて見る影もなく廃墟と化した日常にストレスを抱えていた同じだった。逃げるのに必死で、戦うことに必死で、ぶつける当てもなかったから捌け口を見つけてこれ見たことかと言わんばかりに吐き出す。
売り言葉に買い言葉、戦場を間近で知らぬ感性が抱え込んだストレスが普段ならば抑え込む不満を爆発させる。
「そんなこと分からないだろうが!」
「分かるよ。分かったからあんなものを動かして戦ったんだ。僕は戦いたくなんてなかったのに!」
眼の前の相手に激情のまま掴みかかれば、サイの方が身長が5㎝は高いのでキラは爪先立ちを強いられる。それでもキラは言わねばならなかった。母との約束を破ってまで守ろうとしたのに、守ろうとしたこと自体が間違いだったと言われれば怒りたくもなる。
「ちょっとあなた達……」
子供を利用している負い目があって深く関わることを避けようとしていたが、言い合いから殴り合いに発展しそうな気配にマリューが痛みを押して立ち上がった。女の身であっても彼女には拳銃がある。怪我を負っていても制圧する自信があった。
拳銃を使わずにすめばいいと彼女の願いは、走って二人に向かう癖毛の少年によって叶う。
「おい、どうしたんだよ。こんな非常時に仲間内で喧嘩するなって」
今にも殴り合いの喧嘩に発展するかと思った二人の間に入ったのはトールだった。掴みかかっている二人の間に体を押しこんで距離を開けさせ、場に合っているとは言い難い和やかな口調と表情を浮かべる。
己の行為を無駄と言われたキラの怒りは大きく、トールが間に入っても収まらなかった。
「でも!」
「落ち着けって。キラだけじゃなくてサイもな」
トールは更に言い募りかけたキラの首を抱え込んで続く言葉を封じ込め、直接的な行動で言葉を封じ込めながらもサイを抑えにかかるのも忘れなかった。
「どっちの言い分も分かるけど言いすぎだ。こんな状況だからカッカッするのも分かるけど、喧嘩したって良いことは何にもないんだぜ。ほら、深呼吸してリラックスリラックス」
「俺はトールみたいに呑気にはなれないよ」
第三者が間に入ったことで落ち着きを取り戻しても年長者としての重荷を背負っているサイは、トールのように気楽にはなれない。
「呑気になってやしないさ。俺だって不満はあるし怖いとも思ってる」
返したトールの声は震えていた。声だけではない。キラの首を捕まえている手も、地面を踏みしめている足も、恐怖を示すように全身が震えていた。
「守ってやらなきゃならない人がいる。俺が怯えてちゃ不安にさせるだろ。馬鹿をやってでも平静を装わなきゃやってられねぇよ」
誰の事を言っているのか言われなくてもサイもキラも分かった。男のちっぽけなプライドと笑うことは出来ない。トールの気持ちは彼女がいた試しのないキラには理解しえない感情ではあったが誰かを守りたいと思う気持ちは共感できた。
共感しえた気持ちが熱していた頭を急速に冷やして、自分の言った傲慢な数々の言葉を理解させて羞恥に頬を赤らめる。恥を知っているキラは謝ることを選択した。
「ごめん」
「謝るのは俺じゃないだろ」
蚊の鳴くような声で謝るキラに、笑うばかりのトールは立てた親指でサイを示した。
トールに指差されたサイはキラよりも大人だった。トールの言わんとしていることも、喧嘩を止める為に敢えて道化に徹したことも分かっていた。
「すまない。年長者の俺が動揺してしまって」
「ううん、僕だってごめん」
頭を冷やせば両者共に喧嘩腰の態度も引っ込む。頭を下げ合って自らの過ちを認め合う二人の間に険悪なムードはない。
「ほら、仲直りの握手」
謝って終わりと思っていた二人はトールに唐突に言われて顔を見合わせた。
「おいおい、そこまでしなくなったっていいだろ」
「俺達を困らせた罰だ。さぁ、さっさとしろって」
仕方なく二人は困った顔を見合わせながら握手を交わす。まるで小さな子供を仲直りさせる儀式のようなものだが、トールの言うように罰ゲーム染みた感覚を抱いている時点で成功と言えるだろう。
握手を交わす二人の間で一人でニヤニヤと笑うトールの顔に、サイとキラは後で必ず復讐するとアイコンタクトを交わし合った。
「トール! こっちも手伝ってくれよ!」
「分かった! 今行く!」
マリューから命令された指示を一人では出来なかったらしいカズィがトールに助けを求めた。
「じゃ、仲良くやれよ」
ビッと腕を上げてトレーラーに走っていくトールの背中を見送る二人。そしてようやく何時までも手を繋いでいることに気づいて慌てて外した。
「キラには苦労をかける。なんとか俺も手を考えてみるから頑張ってくれ」
「うん」
頬を紅く染めながら素っ気なく言うサイに、キラも素直に頷いた。そこでキラはストライクのOSを書き換えることに気づいた疑念の一端を、カトウゼミの中では最も答えに近いであろうサイに問いたくなった。
「ねぇ、サイは……」
口を開いたはいいものの、続く言葉は中々出なかった。
予想した通りの言葉が返って来た時、キラは平静を保てる自信がない。ならば、疑念が残っても己の中だけで留めておくべきではないかと思ったのだ。
「ん? どうした?」
話してみろ、と以前までのカトウゼミの父親的な存在感を取り戻したサイの雰囲気にキラの中で激しい葛藤が生まれた。
父のいないキラに父性を向けて来るサイは頼り甲斐のある相手だった。幾ばくかの葛藤の後に、確信には至らないまでも答えに繋がる問いを発したくなった。
「カトウ教授がモルゲンレーテの何に協力していたか知ってる?」
「モルゲンレーテに?」
今の状況とはあまりにもそぐわない平和な時を思い起こさせる話題に、マリューに戦争に巻き込まれたことを思い知らされたサイは思考が追いつかずにフリーズしてしまった。
平和な時のことを思い起こされてまた怒りが湧き上がったが、不安そうにしているキラの姿に彼が自分よりも三歳も年下の子供であることを思い知る。
一度大きく息を吐いて怒りを外に出し、改めてキラが言ったことを考える。
「悪いけど分からない。俺がゼミの中でも一番上といっても教授の助手じゃないから、ここ一年ぐらいは何らかの極秘プロジェクトに関わってたらしいことまでは分かるけど詳しいことは何も教えてもらってないんだ。教授がどうかしたのか?」
「そっか、ごめん。変なことを聞いたよね。ちょっと気になって」
追及を避けるようにキラはサイに背を向けて下ろしているラダーに足をかけてコクピットへ上っていった。コクピットハッチも閉めてしまった。
様子のおかしいキラの様子にサイはどうしたものかと考えたが、ストライクのコクピットに篭られてしまっては何も聞けはしない。後で聞くかと戻ることにした。銃を持っているマリューがいるのにミリアリアだけにはしてはおけなかった。
休憩所に戻って行くサイの姿を、ストライクのコクピットのモニターで見送ったキラは両手で髪の毛を掻き毟った。
「言えるわけなんてないよ。教授が地球軍のモビルスーツの開発を手伝っていたんじゃないかって」
そしてその機体を操ってザフトのモビルスーツを倒し、今またそのコクピットに逃げ込んだ自分にも言う資格はないと嘆いた。
誰もが一杯一杯の状況で更なる不和を呼び込む要素を自分から投げ込むわけにはいかない。キラはこのことを胸の中に秘めておくことに決めた。
憂鬱なままシステムを立ち上げたところでマリューが言う「ストライカーパック」なるものをどうすればいいのか分からなかった。如何にシステム的なことや操作面でマリューを超えようともデータだけでは分からないことが多い。
「マニュアルなんてコクピットに置いてあるはずがないよね」
なんとかシステム上の情報だけで理解しようとするも、モビルスーツに一から十まで懇切丁寧に教えてくれるはずがない。分からないところは知っているマリューに聞くしかない。
「どれですか!? パワーパックって!?」
外部音声をオンにせずにコクピットハッチを開いて顔を出し、トレーラーのトールとカズィに向かって指示を出しているマリューに向かって叫ぶ。
肉声で叫び合うのは何時侵攻してくるか分からないザフトを警戒してのことだ。ないよりかはマシ程度だが気持ち的に大きな声が響き渡るのは避けたいキラの小心だった。
「武器とパワーパックは一体になってるの! そのまま装備して!」
叫ぶマリューの声に視線を映せば、ストライクのモニターにトールかカズィが操作したのだろうトレーラーの荷台が開いて大砲らしき物が見えた。
「あれか」
どう見ても武器にしか見えない大砲を扱わなければならないことに不満を覚えつつ、安全が確保されるまでだと自分に言い聞かせてストライクを操作しようとした瞬間だった。
鈍い爆発音が響き渡り、キラ達の上空のシャフトの一部が爆炎を上げた。そこから一機のモビルスーツと、遅れてモビルアーマーが飛び出した。
飛び出したMSシグーは眼下にいるストライクの存在に気づいたかのようにモノアイを向けた。
「ほう、あれが残ったGか」
シグーのコクピットでパイロットのクルーゼはストライクをみやって、丁度近くにいたことを好機と考えた。
「最後の一機か!?」
MAメビウス・ゼロを操縦するムウはザフトが侵攻してきた時点でGが標的にされていたことは理解している。眼下に一機だけがいるとなれば残る4機は既に奪取されたと答えに辿り着くのは早かった。
「装備を着けて! 早く!」
マリューに言われるまでもなくキラはトレーラーのシステムを外部から操作してストライカーバックを装着しようとキーボードを打っていた。
その速度は、モビルアーマーを蹴散らして迫るジンの類型機と思われる機体が迫って来る状況では遅すぎるとキラは思った。叫び出したい気持ちを抑え、ストライクの全長ぐらいはありそうな巨大な大砲が装着された瞬間に、充填されたバッテリーのエネルギーを見てフェイズシフトの装甲に電気を通した。
キラがストライクを立ち上がらせたと同時に、公園の近くで大きな爆発が起こった。
「今度は何なんだ!?」
発生した爆風に機体を揺るがされながら激動する事態に身を置くキラは叫ばずにはいられなかった。
濛々と立ち込める黒煙を掻き分けるように、白く輝く巨大な戦艦が現れた。
「――――アークエンジェル。無事だったのね!」
元々、Gが搭載される予定だった新造戦艦アークエンジェルの登場に喜んでいたのはマリューだけだった。
「戦艦……コロニーの中に!?」
モビルスーツやモビルアーマーに飽き足らず、遂には今まで暮らしてきたコロニー内に戦艦まで現れた現実にキラはただただ追い込まれていた。